レーテの覚醒
「あれ、おかしいな……。この部屋に置いたはずなんだが……」
「ちょっと、お父さん、しっかりしてよ! 私たちは聖剣の場所なんて知らないのよ? お父さんがわからなくなっちゃったんだとしたら、私たちにはどうしようもないじゃないの!」
演技ではなく心から困惑するレベセスに、実の娘であるレーテは本気で呆れてしまっていた。ドレーノでは、毅然とした大人の戦士であり、ラン=サイディール国の近衛隊長でもあったレベセスは、どこか近づきがたい雰囲気を醸し出していた物だが、ここ数日の様々な出来事で、レーテとの力関係が逆転したようにさえ見える。
両手を腰に当てて実の父親に対してぷりぷり怒る少女の姿を見て、ファルガは、自分が怒られている訳でもないのに、異常なまでの不安で目を瞬かせたものだった。
シュト大瀑布の滝の裏を進行して暫くして、カタラット国仮王の私兵軍団に急襲された三人。三人はそのまま戦闘に突入するという選択肢も持っていたが、レベセスの判断により、入手した大陸砲をその場で私兵集団のリーダー、スサッケイ=ノヴィに渡すことで取引が成立、無事に放免された。聖剣を入手する前に戦闘に巻き込まれた結果、受けなくてもいい痛手をわざわざ被る必要はないだろう、とのレベセスの判断だった。
大陸砲の入手は、光龍剣を手に入れてからでもできる。今はレーテが非戦闘人員である以上、有利な状態で戦闘に向かう事が出来そうになかったからだ。
その後、更にしばらく進行したレーテが発見した、滝の裏の空洞に続く入口に入る事で、彼らはディカイドウ大河川の下に潜り込む形になる。巨大な河川の下を潜る、という状況がいまいち少年たちには理解しづらかったが、言葉尻で『この天井の上が川なのだ』という風に告げられても、首を縦に振り、納得するしかなかった。
レーテがその通路に手を当てた瞬間、ふわりと中の空気が漏れ出した後は、目の前の壁が長方形に切り抜かれたかのように消失し、何もない空間が顔を覗かせる。
そこは完全に漆黒の空洞だった。そして、空洞の先もディカイドウ大河川同様、完全に地平線の彼方に消えている。弧のまま回廊が続くなら、河川同様、地平線の向こうまでつながっている可能性もある。
捉えどころのない恐怖に襲われたが、レベセスの同意の元、二人はその深淵に歩み入ると、背後が突然音もなく閉ざされた。大瀑布の轟音も遮断され、また、大瀑布の作り出す細かい水滴が空気を冷やすこともなく、ただそこに漆黒の闇が存在していた。
レベセスは≪操光≫を用い、周囲の様子を照らす。ファルガとレーテは、レベセスに≪操光≫のやり方を教わり、実行に移した。
レベセスの≪操光≫に驚いたファルガだったが、レベセスから≪操光≫やり方を教わった後のファルガには、≪操光≫がそれほど難しい術だとは思えなかった。ただ、汎用性の高い術であり、また精度の高い氣のコントロールをそれほど必要とするものでもなく、更に氣の消費量も決して多くないこの術は、今後のファルガの行動の幅を大きく広げる事になる。
そして、同時に≪操光≫は、ファルガの得意な術の一つとなる。光はエネルギーであり、そのコントロールは氣のコントロールとイコールである。その光を収束すれば、只の光ではなく、熱を帯びる事になる。その光を極限まで収束し、集まったエネルギーの発する熱を金属の切断に使ったり、掘削などの加工に使ったりと、用途は広い。
物質を加熱するマナ術の閃熱術も、≪操光≫と同様の使い方は出来る。今までそういう使い方をした者はおらず、戦闘に特化した用法となっていたが。閃熱術はその名の通り、熱をコントロールする術なのだが、発生させるのが熱だけであるため、大量の物質を加熱するのに≪閃熱術≫は長けているものの、金属の加工等の細かい作業には不向きだと言われている。
それはレーテも同じことを感じていた。
マナ術に比べ、氣功術の方が自身の生命力を基本にして術を構築するため、自分の力量と氣の量に合わせた繊細な術の組み立てが可能になる。それに対し、マナ術は詠唱や媒体、印などを用いて集めたマナに対してエネルギーの関連付け、現象の発生を誘導する為、出力は大きいがコントロールが困難で、失敗すると術者も死んでしまうという諸刃の剣となっている。
二人は≪操光≫を経験することで、『術』という、一見すると神や悪魔の力を借りて悪事を行なう為の技が、実はもっと人間にずっと近い存在である事を体感した。
そして、特筆すべきは、レーテの急激な成長だろう。
聖剣を使って力を引き出した経験があるとはいえ、聖剣なしで、術を使えるという事は、氣の制御に長けているという事。もし、聖剣を入手したならば、元々の運動神経も相まって相当なレベルの術剣士になるに違いないだろう。
≪操光≫は、レーテが使った初めての術だった。
この術の使用が引き金となり、レーテの様々な『術』に対する練度が急激に高まっていく事になる。生まれて幾許も無い赤子が二言三言呻いた後、突然立ち上がり何か国語も自在に操りだす。それほどの成長であり、変化だった。
その才能を目の当たりにしたレベセスは、唯々自分の娘に驚嘆するしかなかった。
滝の裏手からずっと続く空間を、更に奥へと進行しながら、ひとしきり若い才能達に囲まれたことで、妙な感動を覚えていたレベセスだったが、あるタイミングでふと違和に気付く。
目の前の闇が動いた気がした。と同時に、隠そうにも隠し切れない、妙に生々しい殺気が彼等を包んだ。
暗闇の中に発生した微かな殺気を捕えた壮年の剣士は、慌てて指先を前にかざす。それと同時に鋭く叫んだ。
「二人共離れろ!」
レベセスの短く鋭い指示に、レーテとファルガは飛び退きながら戦闘体勢を取る。ファルガは背の剣を抜き放ち、レーテはレベセスから護身用にと渡された短剣を構える。
何が起きたのか、彼等には瞬時に理解することは難しかったが、それでも、自分たちが元いた場所で鈍い破砕音がしたことで、自分たちが何らかの攻撃を受けた事を悟る。
「私の記憶が正しければ、このあたりに光龍剣を置いた。その場所に土砂でも流れ込んでしまい、剣が埋もれてしまったかと思ったが、どうやら奴が光龍剣に巻き付いてしまったようだな」
ファルガとレーテは目を見張った。
光の中で蠢くのは、蛇。彼等が見た事のないほどの、異常な大きさの蛇ではあるが。
そして。
蛇が聖剣に巻き付く? 聖剣を欲するのは力を欲する人間だけではないのか?
だが、レベセスの回答はあっさりとしたものだった。
「聖剣自体も、力を持っている。
聖剣の性質上、その力は生物に対してプラスに作用するだろう。その染み出るエネルギーを求めて巨大な蛇が巻き付いたとしてもおかしくないだろうな」
少年少女の前に現れた、≪操光≫の光を浴びてぬらりと光る泥の塊だと思っていた存在は、実は蛇の鱗だった。しかも、その鱗の一枚一枚の大きさは尋常ではない。直径十五メートルになろうかという巨大な蛇玉。巨大な蛇玉と化している為、長さは不明だが、見る限りでは太さだけでも少年たちの身長程はある。もしその巨体を伸ばしたら、何十メートルにもなるだろう。
「でも……、蛇にしては大きすぎないかしら?」
「見た目はどう考えても蛇のはずなんだけどな。余りに大きすぎて、逆に作り物みたいだ」
ファルガは右手に剣を、左手の≪操光≫で蛇玉を照らしながら呻いた。
「こいつは、大昔に絶滅した巨大蛇、ティタノコブラだ。その名に反して、毒は持たないと言われているが、そもそも大きさからして脅威だな」
レベセスはファルガとレーテに目配せする。
「術を維持しながら戦えるか? レーテには照明専属で、回避しながら戦闘を照らして欲しいのだが」
「わかった!」
自分の娘の反応に胸をなでおろすレベセス。
レベセスは、まだレーテには戦闘は無理だと思っていた。
『戦闘』とは命を奪い合う行為。
どれ程術のセンスがあろうが、剣のセンスがあろうが、殺し合いという悪夢をまだ齢十一歳の娘に経験してほしくはなかったし、出来れば一生知らないでいて欲しいという気持ちもあった。
だが、この地にファルガやレベセス、ヒータックと共に足を踏み入れた以上、無垢なままの手でいて欲しいと望むことは、余りに的外れではないだろうか。
それでも、娘の手が汚れる時期を少しでもあとに伸ばしたかったというのは、レベセスの拙いながらの親心と言えるのかもしれない。例え、手が汚れるという事が、自身を死から遠ざける事と半ば同義であることに、レベセス自身が肯定する気持ちがあったとしても。自分の娘だけは、世界の闘争や戦争、無秩序な殺し合いの場から隔絶された所にいて欲しいと望むことが、親としてそれほど罰当たりで常識知らずだと嘲笑されるべき内容だろうか。
ファルガは聖剣を構え、最初の一撃を放とうとしたが、蛇玉の何処に打ち込んでいいのか皆目見当もつかなかった。蛇玉の中から頭部が出現し、彼等を急襲でもしようものならば、その首を狙って聖剣の一撃を放つ事は可能だったが、如何せん、的が絞れない。胴体を分断した所で、効果があるかわからない。そもそも分断できるかどうかも不明だ。その大きさから、聖剣で圧倒できるかも、今となっては懸案だった。やはり狙うなら一撃で首を刎ねたかった。
最初の破砕音は、あの蛇玉のどこかにある顔が攻撃を放ったに違いなかった。
その瞬間を見ていなかったファルガは、攻撃の標的を敵の攻撃により確定できることに気付き、先程の破砕音の存在を悔しがったものだった。
戦闘が始まったなら、敵から気を離してはいけない。
基本だ。
だが、ファルガ自身はどれほどに高い身体能力を持ち、聖剣の力を引き出せたとしても、戦闘に関しては素人だ。そして、師に従事したといえる程、何かを学べる期間があったわけでもない。
生と死の狭間で、生き残るための選択をかいつまみ、道を覚えるが如くに行動パターンを紡いでいく。それを続ける事でしか生き残る方法はなかった。そして、彼が今までやってきた事だった。
最初の失態をずっと思い悩んでいても仕方がない。
ファルガは次の相手の攻撃を待ち、それと同時に攻撃を仕掛ける事にした。
だが、敵は別の所から現れた。
ファルガは、左手から不意に現れた巨大な口を持つ者に激しく拘束された。激しい痛みを伴う拘束は、一瞬彼を動転させた。少年は現状を把握せぬまま強く咥えられ、そのまま部屋の奥に引きずりこまれていった。
第三者の攻撃にファルガが対応できなかったのは、眼前の蛇玉に気を取られていたからだ。次の攻撃に備えて、頭部であろう攻撃をかわし、それと同じタイミングで斬り込みさえすれば、ティタノコブラから聖剣を奪い取れる筈だと確信しての攻撃待機。
それ故第三者からの攻撃を完全に度外視していた。
「ファルガ!」
レーテはファルガを追おうとするが、レベセスに制される。
「レーテ、目の前の敵に集中しろ! ファルガ君は聖剣の勇者だ。あの程度の相手にやられはしない!」
我が子の動揺を抑える為に、レベセスは咄嗟にそう叫んだが、ファルガを咥えた者は、ティタノコブラの別固体だとは思えなかった。どちらかというと、ワニに近い姿をしていた。そして、途轍もなく大きかった。巨大な蛇玉と比較しても遜色ないほどに。
恐らく、ティタノコブラのこの蛇玉は、自身の卵か何かを護ろうとしていたのだろう。その場所が、たまたまレベセスが聖剣を置いた場所であったのは、聖剣そのものが何か力を発していて、日溜まりに集まる猫のごとく、巨大な蛇はその場所を産卵場所にし、卵を守るべくそこにとぐろを巻いたというのが真相だろう。
それに対し、ワニはその卵かあるいは子供を狙ってきたという事か。ティタノコブラを攻撃し、隙を見て卵を捕食するつもりだったワニが、瞬間的に目の前でちょろちょろと動き回るファルガに反応したとしても不思議ではない。
少し遠くで何か巨大な物が水に飛び込む音がした。
滝の裏の遺跡のさらに奥に水源があるというのか。その水源からあのワニらしきものはきたというのか。それとも、また別の個体が水源に飛び込んだのか。いずれにせよ、この暗闇の中では動き回るのは危険だと言わざるを得ない。
突然、周囲が明るくなった。
空間にある照明設備が復旧したのか、とレベセスは一瞬感じたが、そもそも彼が聖剣を置いたとされるこの空間には、光源はなかったはず。
はっとして背後を振り返るレベセス。
背後のレーテの≪操光≫が、輝きを増し、空間を完全に照らしきるだけの光源となったことにレベセスが気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「レーテ、お前、一体何をした!?」
レーテ自身も、突然自分の手の輝きが急激に増したことに驚いていた。
「わからない! けれど、こうやったらもっと楽に明るくできるんじゃないかなって思った事をやってみたの。そうしたら明るくなったの」
レベセスがレーテの氣の動きを辿ると、丹田から発生した氣を手の平に集中させていたのが、いつの間にか丹田を循環させ、氣を強化した上で術に用いている。
少女は数少ない経験の中で、本来であれば聖剣を使用することで学んでいく氣のコントロール術を既に身に着け始めていた。
発生した氣の一部を一度丹田に戻し増幅させた上で、増幅させた氣の更に一部を丹田に戻し増幅させる、という方法。発生量の逓減は若干あるが、理屈上はこの方法で、氣は無尽蔵に作り出すことが出来る。氣の生成の限界は、その大量に発生する氣のエネルギーをコントロールする精神力が追い付かなくなること。発生した氣をその場に留めておくことが出来ず、結果として使えぬまま発散してしまう。
少女が感覚的に行なったのは、聖剣で学ぶ氣のコントロールを聖剣抜きで行うときのそれだった。
そして、氣のコントロールができるようになった者が最初にぶつかる困難は、氣を体内で増幅させる為、体が増幅させた氣を受容できるだけの身体の強度を持たなければならないことだ。そのため、肉体そのものを鍛えるもトレーニングを続けなければならない。
レーテはまだ弱い。
だが、その弱さを克服するための努力を始め、それが早々に花開いた。
元聖勇者レベセス=アーグは稀代の術師の誕生の片鱗を垣間見た事に、興奮を抑えきれなかった。
元々手先が器用で、人より若干勘が鋭いとは思っていたが、まさか、自分の娘がそれほどの才能を有していようとは。
「レーテ、お前は、いつからそれが出来るようになった?」
現在の氣のコントロールを維持し続けるのがきついのか、憂鬱そうに父を見るレーテ。幾ら器用で人がすぐにできない事が出来る少女でも、それを維持するのは相当辛いという事か。
「たった今よ! それよりお父さん、ファルガを!」
「何? このティタノコブラが先じゃないのか!?」
「この子は、自分の卵を護ろうとしていただけ。蛇玉を作って警戒していたのは、私たちに対してじゃなくて、さっきのワニの化け物に対してよ!」
明るくなった空間に刻まれた、先程ファルガとレーテのいた場所に放たれた攻撃の形跡。それは、レーテの光の輝きが増したことで、さらに奥にある洞穴から来た何者かが放った攻撃痕である事が判明する。
「この子は怒っていない。不安なだけ……」
レーテの言葉が終わらぬうちに、奥の空洞からワニのような怪物が姿を見せた。先程ファルガを襲った個体なのか、はたまた別の個体なのか。
異常に速く這いずる巨大な爬虫類。ティタノコブラに超巨大ワニ。旧時代の巨大生物がシュト大瀑布の奥の遺跡に跋扈しているとは。
蛇玉が、再度現れた外敵に対し方向を変える。その時に、レベセスは見た。蛇玉の中に見えた一振りの剣を。
「レーテ、あれだ! 一振りの剣が見えるだろう。あれが光龍剣だ!」
蛇玉は、レベセスの予想通り、光龍剣を飲み込むようにして作られていた。
ティタノコブラが聖剣を巻き込むように蛇玉を構成したのは、光龍剣から漏れ出る氣の力を卵の成長に使うつもりだったのだろうか。だとすると、ティタノコブラも相当の知能の主だという事になる。
何とか蛇玉の中から光龍剣を取り出せないかと画策するレベセス。だが、姿が見えるとはいえ、刀身に巻き付く様に構成された蛇玉から剣を取り出すことが出来るとは思えなかった。それに、ワニに対し警戒している蛇玉に近づくことは危険極まりない。
と、驚くべき事が起きた。
蛇玉から一振りの剣がレーテの方に押し出されてきたのだ。それは、蛇玉の狭間から見えた光龍剣に間違いない。
レーテはその剣を受け取ると、一気に引き抜いた。
「なんと、蛇が聖剣をレーテに託したというのか……」
レーテに驚きの表情はない。
ということは、言葉にならぬ言葉で蛇と交信し、光龍剣を譲らせたという事なのか。それとも、聖剣が自らレーテの為に蛇玉を潜り抜けて出てきたとでもいうのか。
レイピアにも見える程の細い刀身。その刀身がレーテの氣を吸収し、薄く輝いた。その次の瞬間、レーテの身体を光の膜が包む。そして、光の膜からゆっくりと湯気が立ち上る。飛天龍上でのトレーニングで、既に勇者の剣を使って聖剣の第二段階を引き出すことが出来るようになっていたレーテが、光龍剣で聖剣の第二段階を引き出すことにできるようになっている事には何の違和感もなかった。
「ありがとう。あのワニを追い払えばいいのよね」
レーテはレベセスに話しかけるでもなく呟くと、ワニと蛇玉の間に入った。
ワニは半歩後退する。だが、それは突進する為の準備だった。
ワニが跳躍したその瞬間、レーテは体を当てるようにワニの腹部に突進し、少女の十数倍はあるワニを弾き飛ばした。
「このワニから、ファルガの氣を感じた。でも、食べられてはいない。彼は聖剣の力で脱出することはできたみたいね。それで、またここに食べ物を求めてきたみたい」
レベセスは驚愕の眼差しで、己の娘を見た。
自分の娘の筈なのに、驚きを通り越して恐怖すら感じる。
僅か数分の間に、一気に聖剣の勇者となったレーテ=アーグ。
「……ただ、その戦いの途中で、地下水脈に落ちたのかしら。高速で遠ざかっている……。大丈夫、彼は死なないわ」
腹部を斬られた事でダメージを受け、洞穴へ逃げ帰るワニを見届けると、レーテは突然糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
地面に顔から落ち込むレーテを抱きかかえたレベセスは、蛇玉の方をちらりと見ると、レーテを抱きかかえ、光龍剣を持ち、この空間から離れた。
蛇玉の目は、常にレーテをとらえていた。その瞳から感情は伺えない。だが、確かにレーテはこの巨大な蛇との交感を果たしたようだった。
様々な、突然の開眼。
このレーテの成長は異常だ。ファルガの父にして、稀代の考古学者であったあの男ですら、ここまでの成長は見せなかった。
速い。上手い。しかし、非常に儚い。
聖剣を使い、様々な感覚を高めることで圧倒的な能力を引き出しているが、それが如実に体に対して負担を掛けているようだ。大きな氣の力をコントロールする器用さは持ち合わせているが、その大きな氣の力を体内に押しとどめておくことが、少女の体には負荷が掛かる。
その危うさをレベセスはひしひしと感じていた。
いずれにせよ、光龍剣の入手という目的は果たした。
この遺跡にいる意味はない。
レベセスはレーテを背負い、来た道を戻り始めた。




