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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事
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ゴウの即位

 カタラット国宰相ゴウ=ツクリーバの元に、老王ビリンノ=カタラットの訃報が届いたのは、大陸砲の暴発による戦艦カタリティの空中崩壊事件、俗にいう『大陸砲惨(たいりくほうさん)』の報告の凡そ半日後だった。

 カタラット国には、軍隊に相当する組織はあるにはあるが非常に脆弱だ。かつては強国ラン=サイディールを退けたとさえ言われるカタラット国からすれば、その規模は見る影もない。だが、ビリンノの父の代からひっそりと太くあろうとする国家が理想だと方針を変えて以来、国防には最低限の国力だけを割き、その殆どを観光業の整備に回していた。

 他者を睥睨して安寧を得るのではなく、他者と共存しながら安寧を得る事。それこそがビリンノの父の、長きに渡る戦乱の歴史に終止符を打つための行動に指針となった。

 宰相ゴウ=ツクリーバは、その方針自体を不満に思っていた。だが、強力な軍を持たないと宣言していたカタラット王の血脈は、軍の整備を推進することはなかった。

 ゴウは、来たる『その日』に備え、私兵隊を開設、そこに己の財の殆どを投じていた。

 『その日』とは、ゴウが決起する日ではない。ましてや、反旗を翻す日でもない。いつしかビリンノを初めとするカタラットの一族がゴウの主張の正当性を認める日だ。あくまで、カタラット家に対する忠誠ありきなのだ。

 ゴウは、ほぼ形骸しつつあった軍に、大陸砲惨での怪我人の救助や死者の埋葬などを指示した。それと同時に、私兵に対しては、カタリティを消滅させ飛び去った大陸砲の結晶の探索を指示した。

 形骸化していた軍に、救助や埋葬……と言っても死者はビリンノ以下数名の貴族達だったが……が効率よくできる筈も無く、また物資も乏しかった軍は、あらゆる作業において後手に回った。

 軍に加え、有志の医療従事者のフォローにより、元々人口のそう多くないカタラット国の民に十分な治療は行き渡った。元々自給自足の形態に近い国家なので、貧困にあえぐこともなかった。ただ、外貨獲得の為の観光業が打撃を受ける事になる。カタラットは国家的には産業が偏っており、観光業で手に入れた外貨を使って他国から物資を調達するという活動ができず、徐々に物資的に困窮していくのが目に見えていた。自給自足の体制を構築しようとしたカタラット国だったが、全てにおいて生産は可能となった。しかし、それが全ての国民に行き届くにはまだしばらくかかり、またそれを成功させるためには大幅な産業の革命が必要だった。

 大陸砲惨直後から、人々の間に不穏な噂が飛び交い始める。

 今回事故でカタリティ共々消滅した大陸砲だったが、本当は、カタラット国はその大陸砲を使って侵略を始めるつもりだったのではないだろうか、と。

 時系列からすれば、大陸砲の発見があり、カタリティの慰労祭があり、大陸砲惨があったのだが、実はこの順序が異なっており、カタリティの慰労祭後の、カタリティの国防の役割を大陸砲に担わせようとしていた国は、外貨獲得の為に貿易ではなく武力を用いようとしていたのではなかったのだろうか。だが、事故によってカタリティも大陸砲も失ってしまったため、もはやカタラット国には外貨を手にする方法はなく、それにより物資的な貧困を徐々に余儀なくされるのではないだろうか。

 ゴウがそれを望んだように、一部の国民は大陸砲の絶対優位性を信じ、それを用いての国外進出をすべきだと考えた者が一定数いたというのが、ある意味驚きではある。

 そして、噂が全国民に知れ渡った時、また新たな噂が現れ始めた。

 『大陸砲は失われていないのではないのか』。

 カタリティは国民の目の前で崩壊した。

 だが、大陸砲は国民の目の前で飛び去っただけだ。破壊されてもいなければ、消滅してもいない。少なくとも、誰もその様を見届けた人間はいない。

 観光業に限界を感じていたごく一部の人間たちが、街の中の酒場でそんな物騒な話をし始めているという。

 まだ、表立って民意としては発現していない。

 だが、老王ビリンノには子がいない。つまり、後継者がいないのだ。純粋にカタラット家の血が廃れているかは一考の余地はあるが、少なくとも、平和主義者であったビリンノが失われた今、制御装置を失った眠れる竜が、目覚めのタイミングを模索し始めてもおかしい話ではない。

 ビリンノ亡き現在、譲位の順序はさておき、現状カタラットを指導していく立場はゴウだ。

 彼の望みを叶えられるタイミングは揃っていた。だが、それを実施に移していいかどうかは、彼には分らなかった。

 本来は、ビリンノの血縁者を探し、その人間に譲位を勧めるのが良いのではないか。しかし、ビリンノは天外孤独だったはず。譲位する人間そのものが存在しないのではないか。いや、ビリンノの血縁を遡って探すべきではないか。血を分けた人間はおらずとも、直系はおらずとも、血を多少なりとも引いている人間はいるのではないか。だが、それが王に相応しくない人間ならばどうする? その人間を排除して、カタラットに相応しい王を探すか? それとも、自分を偽り、周囲を偽り、能力を度外視して血統のみで王を支えるのか?

 自問自答を繰り返すゴウ。だが、そう簡単に結論は出ない。それどころか、結論を出したところで、そのように物事が進むとも限らない。

 ゴウは決断する。

 自分が指揮を執る。あくまでカタラットの血を引く者が現れ、その者が王たる知性と威厳と品格を得た時に、自分が笑顔でカタラットの行く末を預けられるその時まで。

「……その時まで、カタラットは俺が預かる!」

 ゴウの中で、何かが音を立てて壊れた。それが何かは、誰も知りえない。ゴウ自身ですら。

 ゴウは、軍を使い、カタラット一族の血を引く者を探した。そして、彼が長い間抱えてきた私兵には、あるかどうかわからぬ大陸砲を引き続き探させた。歴史学者には大陸砲についてありとあらゆる情報を調べさせた。

 もし、仮にカタラットの血を引く者が存在せず、自身がカタラット国の宰相として国政を担い続け、いよいよ王でなければならぬ選択を迫られた場合、自身が王となろう。

 そう心に決めるまでに半日かかった。だが、その半日間の間に、彼は一気に老いた。

 眉間には深い溝を刻み、見事な烏の濡れ羽色の短髪は、その半日の間に一気に白くなった。文字通り、まだらの頭となる。だが、その髪の色が、彼が努力ではどうしても手に入れられなかった、年齢故の重みを彼に加える事になる。

 ゴウは宰相という立場でありながら、初めて副宰相という役職を作った。そして、彼自身は宰相という地位を辞退し、『予備王』を名乗った。

 『予備王』。

 限りなく軽んじられそうな役職ではある。自分が真の王であるということを謳わない。と同時に、実権を握るのが宰相だけではなく、副宰相も含めた複数の治世であるということ。自分の意見も真の王の御心には遠く届かず、だが常にそこを向いて行動をする。

 その思いこそが、自分一人ではカタラット国を治められない、治めてはいけないと思い至ったゴウに、彼をサポートする人間が別の野心を持たぬようにさせ、カタラット家の人間が現れた時には、それが民を幸福にするに足る人物だと判断されれば、スムーズに権限を譲渡できるように、譲渡体制を拡充させ構築するという行動をとらせた。

 ゴウは、その宣言を行うために、『大陸砲惨』の二日後に、仮即位の議を執り行うことにした。自身がなぜか勘違いをして、自分が為政者であると錯覚した時に、民衆に止めてもらうためだ。

 真の王のための国家の予備預かり。

 この状態を作る事が、現在の彼にできる限界だった。

 自分は『仮』であり、『真』ではない。仮は所詮仮でしかない。真には遠く及ばない。だからこそ、仮は真を待ち焦がれ、真が現れた時にすんなりと仮は去れるように、準備をする。それこそが彼のカタラットとカタリティに対する最大の愛国心だった。




 大陸砲が暴発し為政者ビリンノ=カタラットが崩御し、国家の夢であった巨大遊覧船カタリティが灰となっていった日。

 人々の記憶に残り、瞼に焼きつけられたカタラット変革の日から二日。

 カタラット城の前庭に台が設けられた。

 人々は、今日その台で何か変化がある事を察していた。

 誰しもが不安と期待に包まれる。

 『予備王の宣言』が成されるのは、今日の正午。

 人々は急いで仕事を終わらせ、またある人は屋台を片づけ、太陽が最高位地点に到達する時間を待った。

 ビリンノ王が崩御したことは村人も何となく知っていた。

 その日の空は淀んでいた。まるでビリンノ王の死を悼むかのように。

 重く垂れこめる濃い灰色の雲の中、光の龍が踊り狂っているのが見える。直後に腹の底に響き渡る咆哮。いつ涙雨が降り始めてもおかしくなかった。

 カタラットの王城は平屋だ。ともすれば少し資産のある農家の建造物だといっても、違和感はない。

 一般の家よりほんの少しだけ豪奢なその玄関の横に設置された台に、宰相改め予備王ゴウ=ツクリーバが登壇したのは、日が頂点に達してすぐだった。

「平和にして豊穣の国の民たちよ」

 ビリンノ王を始めとする、歴代のカタラット王が民に語り掛けるときの紋切り型の表現。だが、それをカタラット一族以外の人間が用いることは大問題だ。それを、ゴウはあえて用いた。それは、ゴウ=ツクリーバの決意の表れともいえた。

 騒めく民。

 宰相がこの表現を使うということは、ゴウが王を名乗ることを意味し、それは同時に、老王ビリンノが崩御したことを意味した。だが、それは『仮』であり、『真』ではない。

 集まった人々の群れの至る所で、すすり泣く声が聞こえ始めた。紋切り型の言葉は人々に全てを悟らせるのに十分だった。

 登壇したゴウも、暫くの間目頭を押さえて押し黙る。だが、それではいけないと民に目を向けた。

「平和にして豊穣の国の民たちよ。先日の英雄の死は、もう一つの死とともにあった。我らがビリンノ王は、英雄カタリティとともに旅に出た。

 寂しい。悲しい。

 だが、先王はそれを望まれたのだろう。最高にして最強の戦艦カタリティの勇退の場に、今回古代帝国の栄の後より出土した『大陸砲』をもたらすことにより、最高にして最強の戦艦カタリティは、文字通り『史上最高にして史上最強』となった。

 平和を望みながら、一方で最強の力を欲した。恐らく先人たちもそれを望んだはずだ。

 私は、先人たちの遺志を継ごうと思う。皆も協力をしてほしい。

 私は、先王が悔しくして逝ったと思いたくない。思っていない。望んで自ら幸せへと進んで逝ったと思いたい。

 あの方がここに心を残さぬに済むよう、共に先王の望んだ豊穣の王国を完成させよう」

 人々は嗚咽を漏らしながら、ぽつりぽつりと手を叩き始める。その拍手が呼んだかの如く、重い空から雨粒が落ちてき始める。

 不思議な光景だった。

 ゴウの言葉に呼応するかのように、天の雨雲は渦を巻き始めた。そして、その渦の中で何匹もの光の龍が舞い踊り、咆哮する。

 気象学的には珍しい現象ではない。準温暖湿潤のこの地方では、イア海から吹き込む風の力が海流の影響を受け強まったときにたまに起きる現象で、パルス山脈にぶつかった湿った空気が『パルス降ろし』に掬い上げられるように上昇し、急激に冷やされることで巨大なつるし雲ができる。その吊るし雲……所謂レンズ雲は、積乱雲の更に下部にできるため、竜巻の直前のように思われるが、竜巻が発生する気象状況とは若干異なる。所謂積乱雲の仲間なのだが、その山脈の形状から、ある特定の条件が揃った時に発生する自然現象であり、有史以前からその現象の観測はされている。しかし、そう頻繁に起こるわけではなく、目撃されるときは頻発するが、目撃されないときは五年も十年も見られない。

 ただ、老王ビリンノの崩御と英雄カタリティの消失、そして宰相ゴウ=ツクリーバの即位宣言とが重なり、歴史上に残る出来事として、合わせて記録されることになった。


 ゴウは、巨大帆船型の戦艦の建造を企画していた。

 いうまでもなく、カタリティをもう一度作り出そうという考えだ。

 多くの者はそれに賛同した。

 例え、実際の戦艦ではないとしても。

 戦艦の機能を持たせた遊覧船であったとしても。

 ビリンノの指導は、骨の髄までしみ込んでおり、人々は象徴を作り出したとしても、それを実際に用いて侵略に出ようとは考えていなかった。世界最高戦力を『持つ』こと、それこそが彼らの目的だった。彼らの安寧の糧となった。

 他国がカタラットを危険視しない理由も、実はここにある。世界最高峰の戦艦を持っていたカタラット国が、その最高戦力を防御のみに使う。それゆえ、刺激さえしなければ、他国に対して進出してこない。その確約があったからだ。それこそがカタラットの血統だった。

 人々は、心の平和のため、最高戦力を作る事をゴウの指導の下、始めることになった。無論、それで生活が立ち行かなくなってはならない。生活の傍らではあるが、人々は進んでその労働力を提供した。戦艦カタリティは復活のための活動を始めた。

 だが、そこで人々は行き詰る。

 焼失したカタリティを形作る技術は、やはり遠い過去に失われたものだった。

 巨木の加工による竜骨の作成、巨大なマストを船体に立ち上げる技術。巨大帆船を作る技術は失われてしまっていた

 最高戦力の確保。

 それは巨大戦艦でなくともいい。

 巨大戦艦は確かに象徴。それに勝るものはない。

 だが、それが出来ない場合の代替物が存在する。

 『大陸砲』。

 慰労祭でその圧倒的な力を見せた大陸砲。それがあれば、間違いなく世界最高戦力となる。

 だが、この時、ゴウを初めとするカタラットの国民は気づいていなかった。

 カタリティ級戦艦と大陸砲。この二つの巨大戦力は、確かに最高戦力だ。だが、質が違う。

 カタリティ級戦艦は、攻めなければ脅威にならない。護る分には安全なのだ。

 だが。

 大陸砲は攻めなくとも脅威になる。それは攻撃範囲の問題だ。

 大陸砲惨は、大陸砲の脅威を徐々に他国に知らしめることになる。そして、短期間に徐々に集まりつつある仮王ゴウ=ツクリーバに対する危機感を高めていく事になる。それは同時にゴウの孤立を深めた。

 大陸砲惨は、カタラットに暗雲をもたらす……。

勢いで投稿してしまいましたが、推敲終了しました。ただまた見直すかも。

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