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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事
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ワーヘの賑わい

 SMGの特派員チームは、カタラット国首都ワーヘにある城、カタラット城の直近の宿にチェックインする段取りになっている。ポートで待っていた特派員が、宿以外の様々な準備を進めていた。

 SMGの戦闘艇飛天龍を発着ポートに置いた四人は、移動しながらカタラット国の特派員から現状を聞く。

 このカタラットの特派員は、考古学者だった。カタラット城へも出入りが許されたカタラット国の職員。いわば国家公務員の考古学者だ。

 SMGの特派員は、最初こそSMGから派遣される場合が殆どだが、ある程度在任期間を経ると、現地で選任する場合も多い。そのほうが、その国家に完全に紛れ、深く潜る事が出来るからだ。現地で生まれ育ち、長い時間を現地で生活する事で、その地域独特の価値観も身に付けることが出来、結果的に、最も精度の高い報告を上げることが出来る。

 その半面、特派員はその一代で終わる事が殆どだ。特派員を世襲制にすると、様々な意味でSMGにメリットもある筈なのだが、何故か計画は進まない。

 カタラット国にしても例外ではなく、現ビリンノ政権の何代も前から特派員を送り込み、同時に現地で選任も行っているが、殆どの場合、現地採用の特派員はその代で終わる。

 何時来るかわからない、没落しつつあるSMGからの『定時連絡』を待ちながら特派員を続けるよりは、現地での人間として一生懸命しているほうが、よほど人生に実りがあるだろう。ましてや、国家を半分裏切っているという状態を、子や孫に伝えることは普通の親では難しい。

 そんな現状であるから、世襲制を取る特派員は限りなく少ない。そんな中、カタラット国政府の貴重な研究人員として、何代も続く国お抱えの考古学者の一族は、特派員の血筋でもあり、特派員としても中々特殊な一族だといえる。

 考古学者の家系が、考古学者として生計を立てられるだけの研究を行えるのは、偏にSMGの援助による。

 考古学者の父親が、国では得られない援助をSMGから得て、研究を続けているのを見て育った考古学者の子は、自身も考古学者になった後、国からの援助で研究を続けられるのだと考えるが、実際は不可能であり、そこで初めてSMG特派員の話を聞く。結果、自分の研究を行うために特派員になる選択をする。

 そして、それが孫の代、曾孫の代、玄孫の代まで続くことになるのだ。

 その反面、彼らの立ち位置は中立に近く、SMGに対して自分の所属する国家の情報は流すが、工作員として実際に作業をすることはほとんどない。そして、カタラットに限らず、各国の特派員の殆どは、SMGに対して絶対的な忠誠を誓っているというよりは、自分たちの目標に対する援助を、スポンサーの立ち位置であるSMGから受けるため、その情報を提供する場合がほとんどだ。

 従って、自分たちの研究の障害になりそうな情報に関しては流さない。

 この考古学者は、カタラット国を愛していた。コジンマ=カタラットの興したこの国を。彼は……、彼の一族は、カタラット一族に対して忠誠を誓っているのではない。SMGに対しても同様だ。カタラット国という国家そのものを愛していた。今のカタラットに、カタラット足りえない執政を行なう王がいたならば、この一族は間違いなく政権に敵対するだろうし、SMGの干渉が入る事で現状のカタラットのカタラットらしさが消滅する様であれば、やはりSMGに対して手を貸したり情報を流したりはしないだろう。

 また、特派員がSMGから受ける援助は、金銭だけに留まらない。移動の援助だったり、研究資料の提供だったりと、その援助の種類は多岐にわたる。それゆえ、SMGの特派員就任の打診を受けることができるのは、表立って他者に雄弁に語ることこそできないが、業界人としては超一流であることの証明ともなり、所謂箔と捉えることもできた。そして、逆に、SMGの特派員であることで、過剰ともいえる援助を受けることが出来る為、更に具体的な研究に従事することもでき、近年異常なほどの内容の濃い研究成果を発表できる研究者は、皮肉を込めてSMGの申し子、と呼ばれる事もある。

 特派員に選ばれる者は、無作為とはいえ、大抵その国の国民であることが多い。当然、その国に対して帰属意識はあるだろう。そして、その意識の発露に対して、SMGもそれを否定することはしない。要は、SMGが欲したその瞬間に、有用な情報を流してくれさえすればいい、ということになる。そして、ほんの少しのSMGに対する協力。

 それは、SMGに特派員として加入したレベセス、ファルガ、レーテの三人にも求められたものだ。そう考えると、特派員によるSMGに対する協力はそれほどの裏切り行為ではない気もする。虚偽の報告は処分の対象になるが、報告拒否自体の権利は認められている。スパイという呼称も極端な表現と言えなくもない。

 特筆すべきは、同国の特派員同士であっても、お互いの存在を知らないことが殆どだという事なのだ。

 特派員という存在は、あくまで個人とSMGとの契約であり、とある国家の国民である者たちが組織的に『特派員』という構成を成り立たせているとは限らない、ということだ。無論、成り立たせているとは『限らない』のだから、成り立っている国家もある。SMG傘下の下部ギルドという組織が存在する国家もある。ただ、ラン=サイディールとカタラットに関しては、成り立っていなかったのではないか、という後世の学者の研究結果である。いずれにせよ、特派員制度というものは、様々な形態をとっているといえるだろう。


 街道に出たファルガたちは、まず最寄りの屋台を覗いた。

 その屋台は飴菓子屋だった。サトウキビから搾った糖度の高いサトウキビ汁を煮沸させ、そこに竹串をくぐらせつつぐるぐる鍋の中をかき混ぜることで、ドロドロした甘い液体が竹串に絡み、それが丸い飴状になる。

 サトウキビを使った飴玉は、出店の中でも子供たちには大人気だった。

 次に彼等が覗いたのは、乾燥トウモロコシを炒って破裂させることで、軽い歯触りを楽しむ菓子だ。

 これも子供達には人気で、塩を振りかけたり、チーズを粉末状にしたものを振りかけたりすることで、ただのトウモロコシを破裂させた菓子にコクが出て、味に深みが生まれる。

 これをレーテは口一杯頬張り、幸せそうな笑顔を浮かべることで、周囲の人間に炒りトウモロコシの菓子がおいしいことを、言葉を使わず告知することになる。

 腸詰の肉焼き、甘い炭酸水、いわゆるヨーヨーと呼ばれるおもちゃを多数掬うこともでき、ファルガとレーテは、実質初の祭り体験に胸躍らせながら、カタラットという国を堪能していた。

 特に、レーテの食べっぷりは、傍から見ているファルガも惚れ惚れする程のものだった。

 レーテは一言も喧伝をしない。量もそれほど食べる訳ではない。だが、少女が食べる姿が、他の人間の食欲を大層刺激する様で、レーテが並び、購入した食べ物の出店はその後に長蛇の列ができていた。

「本当に美味しそうに食べるね……」

 ファルガが呆れた表情を浮かべながら思わず呟くほど、レーテは嬉しそうに口に頬張るのだった。

「だって、美味しいんだもん」

 レーテは嬉しそうに応える。

「確かに美味しいけどさ」

 ファルガは、いつの間にか自分が食べる事を忘れ、幸せそうに食べるレーテに見とれていた。そして、そんなファルガを遠巻きに微笑ましく眺めるレベセスとヒータック。

 通常の少年と少女であれば経験など絶対にしない過酷な環境を生き抜いてきたファルガとレーテ。その二人は、自然と感性が他の人間とずれてしまっているのではないか。

 そんなことをレベセスは心配していた。

 レーテは実の娘。ファルガも血縁関係こそないものの親友の息子。いわば彼は二人の保護者のようなものだ。過酷な環境を生き抜く生命力を身につけて欲しい反面、人並みの感性も身に着けてほしい。一見すると矛盾している事のようだが、レベセスは、彼等に人並みの幸せを、幸せとして感じて欲しいと思うのだった。

 戦場に身を置き続けた兵士が、平和な世の中では身の置き方がわからずに居場所を失い、別の紛争地に赴くことはままある。それどころか、この世に居場所を失い、戦士であるにも拘わらず、戦いではない散り方をすることもある。戦争がないに越したことはないが、戦争を終わらせた英雄たちのケアは必要だ。そして、幼くしてその世界に否応なしに引き込まれた自分の子供たちに、多様な価値観を授けておく事こそが、結果的に彼らを幸せにすることになるだろう。

 レベセスはそう考えざるを得なかった。

 カタラット領に入ってすぐの街道から、点々と続いていた出店の数が、カタラット城に近づいていくにつれて増えていき、街道を犇めく様になってきた。

 それに伴って、人の往来も増えてくる。ファルガやレーテと同じくらいの年代の少年少女。彼らの弟か妹位の年代の子供たちも街道を駆けている。そして、その傍にはその保護者達であろうと思われる夫婦も何組も見える。老夫婦は、お互いがお互いを気にしながら、周囲にいる子供たちよりはゆったりと雰囲気を満喫している。街道は延々と続いているが、沿道に設けられた見世物でもあるのだろうか。出店にできる人だまりとは種を異にする人の輪がそこかしこで出来上がっていた。若者から老人まで、この縁日を愉しんでいるようだった。

 人の集まるところでは歓声が上がる。

 観光が主たる収入源になるカタラット国も、国民たちは食べていかねばならない。外貨を獲得するのは観光業だが、国民同士のやり取りでは貨幣よりはむしろ物々交換が主流となっているらしかった。

 焼き魚を並べる出店もあれば、焼肉を並べる出店もある。竹細工を売っている店もある。

 出店はどちらかというと、通常の物々交換で余りそうなものをうまく加工して人々にふるまっている。生活に必要な物品の物々交換の場。そんな印象であり、決して国内で経済を動かし、皆で富を増やしていくための催しではない。レベセスにはそう感じられた。

 そして、ラン=サイディール国、ドレーノ国という二つの国家の動乱を目の当たりにしてきたファルガとレーテからすると、国民の殆どが幸せに包まれているように感じられるこのカタラットという小国という存在が、酷く例外的な物のような気がしてならなかった。

 特に彼等が最初に経験したラン=サイディール禍に関して言えば、自分たちが生まれ育った国家が一晩にして火の海になり、永遠に続くと思われた首都が崩壊した、最も衝撃的な事件。平和だと思っていた自分の住む場所が、簡単に失われる物であるという事を痛感させられる事態だった。もっとも近しい国家の突然の惨状を見せつけられて、どうして他の国家が平和であると思えようか。

 世界の国家は全て、件の二国のように、常に崩壊の危機に晒されているのではないのか。表立っては穏やかで裕福に見える国家であったとしても。逆に、自分達のいた国家だけが、容易に人が死に、都市が壊される状況にあったとするなら、それは余りに酷すぎる事態ではないだろうか。

 そう考えざるを得なかった二人には、現在訪れているカタラット国が奇跡の国に感じられ、そこで生活を営む人々が、とても眩しく見えた。


 城に近づくにつれ、街道沿いだけでなく、街道の傍に建てられた数々の民家からも人が出てくるようになり、街道をまっすぐ歩くのも困難になってきたが、常に視界に入り続けるものがあった。

 戦艦カタリティ。

 レベセスも名前だけは聞いたことがあり、ヒータックも遠巻きに数度目撃したことのある巨大木造船舶だ。

 だが、この巨大遊覧船がかつて軍艦であったことは、噂では聞いていても現実には想像がつかない。湾内に停泊しているせいもあるが、いささか窮屈ですらある。

「あれがカタリティか。大きいな……。人がこの巨大な船を動かせるのか?」

 レベセスの、誰にともなく発せられた一言に、すぐそばで焼き肉をほおばりながら果実酒を啜る壮年の男性が反応する。

「お、あんたは観光客かい? いいタイミングでここを訪れたな。

 明日は我らがカタリティの引退セレモニーなんだ。

 俺らからすればよぉ、生まれる前からカタラットで仕事して、みんなの面倒を見ていた田舎の大爺さんみたいなもんだぜ。この国の人間は俺も含めて、その大爺さんの子供や孫みたいなもんなんだ。

 その爺さんが、いよいよ隠居して、余生をゆっくり送ろうってんだ。名残惜しいけどよ、安心して引退してもらいてぇじゃねえかよ。

 俺らはこれからもこの国で頑張っていくぜ。そう伝えたくて、ここに来た。

 多分、みんな同じだろうぜ」

 レベセスの後ろに控えたヒータックは表情を変えずにカタリティを仰ぎ見た。

「この人混みは、この大型遊覧船カタリティの引退セレモニーの参列者集団というわけか。今日はその前夜祭といったところだな。これだけの人の目があると、強襲による大陸砲の奪取や、聖剣探しは難しそうだ。

 恐らく、あのガガロという男でも、この人の多さでは聖剣を探すどころではないだろう」

 レベセスにそう耳打ちをする。

「……具体的に場所は伝えていないからな、光龍剣がカタラットにあること以外は。

 だが、奴の事だ、すでに手に入れている可能性も視野に入れねばならん。ただ、この人だかりだ。人に姿を見られることを好まぬ奴は、活動するならば夜だろう」

 レベセスはそう答えるが、実際のところはガガロが聖剣を手に入れていようが入れていまいが大勢に影響はない。ファルガの持つ勇者の剣さえ押さえていれば、最悪の事態は免れる。

 そして、光龍剣はカタラットにあるという事くらいしか、実はレベセスも知らなかった。何故なら、光龍剣の存在する場所は、移り変わるのだ。恐らく、光龍剣自身はその場所からは移動をしていないだろうというだけ。ただ、光龍剣の存在する場所『その物』が、彼の予想しえぬ移動をしていたら、もはやレベセスにも存在場所はわからない。

 レベセスは、『契約』を解除した時、二度と聖剣を手にする事がないように、という覚悟で聖剣と離別した。それは、強い感情でありながら、一時の思いではなかっただろう。

 ラン=サイディールに属する。聖剣の勇者ではなく、一国の戦士として。

 その覚悟が、聖剣を彼の元から遠ざけた。同時に、彼自身もその場所を知っている訳にはいかない。知っている事は、それだけで枷になる。

 そして、その時の強い思いこそが、再度聖剣を娘に手に入れさせようという目的遂行を困難にしていた。

 レベセスは少年と少女に声を掛ける。

「二人とも、買い食いはそれぐらいにして、宿に行こう。一度チェックインした上で、もう一度外出すればいい。私もいくつか見て回りたいところがあるのでな」

 ファルガとレーテは両手に腸詰肉焼きを串で刺したものと、トウモロコシの弾けた物を成形した、食べられるケースに乗せた冷凍乳製品を両手に持ちながら、レベセスに駆け寄ってくる。

 この二人の行動を見ている限りでは、ラン=サイディール国とドレーノ国の双方で発生した異常状態を潜り抜けて生き残った戦士たちであるとはとても見えない。その姿はまるで、長閑な農村で育った少女と、旅の途中で祭りを純粋に愉しむ職人の少年だ。

 ファルガたちは、レベセスの提案の元、カタラット国の特派員が準備していた宿へと向かった。その宿は、カタラット城からそう離れていない、小さな素泊まりの宿だった。

 夜通し飛んでいたヒータックは、宿で仮眠を取る為に、早々に部屋に籠った。

 一度荷物を宿に置いたファルガとレーテ、レベセスの三人は、観光がてら、木造遊覧船カタリティを見に行く事にした。

 飛天龍で十分な睡眠がとれた彼等からすると、陽の高いうちから横になる必要は微塵もなかった。

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