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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事

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レベセスの望み

 激しいトレーニングを続けていたファルガとレーテは、力尽きたように飛天龍のキャビンの上で眠りについていた。

 力尽きるその瞬間の様子を微笑みながら見つめていたレベセスは、キャビンに腰を下ろしたまま、ヒータックの方に向き直ると、何気なく尋ねた。

「滑空しながらの移動だから、通常に比べて移動速度はかなり速いとは思うが、実際にはあとどれくらいでカタラットに到着できそうかな?」

 手練れのパイロットでさえ、バランサーを二人つけてやっと操れる飛天龍を、たった一人で操縦することのできる稀有なパイロット、ヒータック=トオーリ。

 飛天龍を一人で駆れる人間は、彼を除いては一人しかいないとされる。

 飛天龍の操縦桿では、機体の動きは微細な調整しかできず、空を漂う凧に毛が生えた程度のものでしかない。飛天龍の動きの真骨頂である上下左右の鋭い動き……特に、墜落よりも速い降下と、そこからの大地を滑るように飛ぶ航行法はヒータックオリジナルだ……は、パイロットとバランサーの体重移動で行われる。その絶妙な体重移動が出来る人間が殆どいないという事なのだ。

 その飛天龍を一人で動かすことがどれほどに難しいことか。そして、その卓越したバランス感覚を持つヒータックですら、この世界で最も速い丼型戦闘艇『飛天龍』を、丸一日滑空状態を続けつつ高速で移動させるのは相当の消耗を余儀なくされるはずだ。

 体力的にも、精神的にも。

 操縦桿を握り、機体の微妙なバランスを調整しつつ飛天龍を駆り続けるヒータックは、前方から視線を逸らさない。

 彼は、赴任先へと急ぐ特派員の質問には、いささかの疲れも見せずに答えた。

 そこにあるのは、パイロットとしての意地か、はたまた憧れの聖剣の勇者に対する強がりか。

「……そうだな、後半日もあれば到着するだろう。いい具合に滑空を後押しする風が吹いている分、通常の滑空より大分速度がある。これが向かい風だったならあと一日、という所だろうが」

 よく見ると、ヒータックの額には汗の球が無数に出来上がっていた。それだけ集中しているということなのだろう。

 これだけの移動速度で飛行しているにもかかわらず、キャビンに風がほとんど流れ込んでこないのは、丼状の機体の先端部に取り付けられた部品が、機体に激しくぶつかる気流の流れを変え、ちょうど機体全体をフードのように覆い隠すようになっているからだ。スピードを出せば出すほど、飛天龍のキャビンは、強固な空気の流れによるシールドで守られる仕組みになっている。

「その追い風を狙って降りたのだろう。大した船乗りだ。

 ……ところで、ヒータック君。

 君の祖母であるSMG頭領リーザ=トオーリは、随分あっさりとファルガ君とレーテのSMG在籍を認めたものだな。その理由は、聖剣の所有者だというだけではあるまい?」

 ヒータックは、レベセスからの突然の探りに対し、完全に動揺を隠しきった。だが、その隠しきった事が逆にレベセスにリーザの意図を悟らせる。

「こちらも心の準備が欲しい。それに、場合によっては後半日で、もう一トレーニング、連中に課さねばならんかもしれん」

 レベセスは、背後で大の字になって眠る二人の子供たちをちらりと見ながら呻いた。

「SMGの特派員になった以上は、リーザの意向に応えるつもりではいる。だが、むざむざと我が子と親友の子を死地に旅立たせるつもりはない。

 ……私は化かし合いが苦手でな。端的に答えて欲しい」

 言葉と言葉の間に若干の間がある。言葉を選びながら話している、といった感じだ。

 馬鹿をぬかすな、とヒータックは思う。

 レベセス=アーグという男は、ラン=サイディール国の元近衛隊隊長であり、ドレーノ国の前総督。そして、契約こそ解除しているが、聖剣『光龍剣』の元聖剣の勇者、聖勇者。

 そんな男が、所謂『化かし合い』が苦手な筈がない。好きか嫌いかはあるだろうが、その駆け引きができない人間ではないはずなのだ。

 ラン=サイディール国の兵部省長官が、通商省の官僚連中とは、まともな話し合いなど出来ないだろう。

 ドレーノンとサイディーランの間に立って数年間、ここまで完全にサイディーランを抑え込み、かつドレーノンにはサイディーランに迎合させるわけでもなく、不必要な蜂起の風潮も起こさせなかった。総督府が、ドレーノンともサイディーランともなれ合ってはいけないということを察していたが故の方向性、そしてその卓越したバランス感覚。

 レベセスの立場からすれば、途轍もない心労を伴ったはずだ。そして、その心労が、更にレベセスの総督としての、そして隊長としての調整力を向上させたはずだ。

 そのレベセスが、純粋にヒータックから正確な情報を欲している。その様はなりふり構ってなどいられないという感じだ。

 もし、この期に及んで事実を偽れば、それなりの報復があるに違いないだろう。SMGの特派員になったとはいえ、SMGの配下になったわけではないからだ。彼とSMGの関係は、対等。

 ファルガとレーテに対しては、彼自身が少年と少女の成長を見守りたいという欲の赴くまま、助力を申し出た。

 しかし、レベセス=アーグとは協調した覚えはない。ただ、ファルガの師匠であり、レーテの父親だからこそ行動を共にしている。

 だが。

 その人間が、純粋に情報を欲している。そして、彼はその役に立ちたいのだろうと自問自答する。

 レベセスとの想定されたありとあらゆるやり取りを瞬時にシミュレーションしたヒータックは、やはり率直に伝える事を選択した。

 ヒータックは、深呼吸すると、ゆっくりと話し出す。

「流石に、内緒にすることはできないだろうな。

 正直に話そう。

 カタラット国は観光国家であるとともに、貿易国家であることはご存知の事と思う。

 観光国家としては、古代帝国の遺跡発掘ツアーを実施し好評を得ているが、同時に貿易国家としては、調査隊が発見した発掘物で、売却出来る物は売却し、売り上げを上げている。

 あくまで特派員の報告にすぎないが、どうもカタラット国は遺跡発掘の最中に『当たり』を引いたらしい。俺は、その調査も任じられている」

「その『当たり』とは?」

「聞いた事はあると思う。古代帝国の最大級と言ってもいい兵器。

 『大陸砲』。

 あれが出てきてしまった」

 背筋に冷たい物を感じるのは、今度はレベセスの番だった。

 大陸砲の伝説は、レベセスも聞き及んでいる。古代帝国が世界を席巻した時に、一方的な虐殺の兵器として使用された兵器だ。

 歯向かった国家は世界と共に燃やされたとされる。

 ……まさに一方的だったはずだ。上空に浮かぶ古代帝国の国土である浮遊大陸。

 その下部から打ち出されたとてつもないエネルギーが大地を打つ。

 閃光の後に衝撃波が走り、轟音。その後着弾地点を知らせるキノコ雲。

 抵抗できる存在はいない。人は勿論、地を駆ける猛獣も、大地を舞う猛禽も、伝説のドラゴンでさえも、その直撃には耐えられないだろう。

 人も魔物も、全てを排することのできる圧倒的な力の具現。

 その兵器が、発掘されたというのだ。

「しかし、大陸砲とは言っても、機能を残した状態でのものは発掘されたことはないはずだ。大陸の下部に設置されていたあの『悪魔の兵器』は、墜落時に大地との衝突ですべて破損しきったはずだ……」

「ストックがあったのだろうか。リビルドなのかはわからんが」

 レベセスの口角が上がる。

 SMGの頭領の判断は早い。真偽のほどは定かではないが、もし出土品の大陸砲が生きているものだとしたら、早々に手を打っておく必要がある。

 十数年前の聖剣争奪戦の時とは違い、欲する『それ』の所有者ははっきりしていない。

 国際法上は発掘した国家が所有権を有し、研究順位は第一位となる。だが、その認定の手続きについては、カタラット国はまだしていないようだ。

 そのことに若干の違和感を覚えたレベセスだったが、それが実はカタラット国王ビリンノ=カタラットの意志であることなど知る由もない。

 あの老王は、世界を治める力の入手より、世界中の国家のパワーバランスを保つことを優先したということなのだろうか。

 その腹心の欲望が、鎌首をもたげたことを知らずに。

「……なるほど。その奪取または破壊が我々に課される特派員としての使命か。確かに、一国が持つ戦力としては規格外だな。

 そして、その奪取または破壊工作に、聖剣の力を使おうという魂胆か」

「頭領の本当の思惑は誰もわからない。

 だが、あなたの見立て通り、聖剣の勇者の力を欲しているということは間違いないだろうな。約十数年前のあのルイテウでの戦闘を目の当たりにした人間であれば、当たり前だろう」

 ヒータックは微動だにせず、十数年前に起きたルイテウの大事件について思いを馳せる。

 あれほどの大事件でありながら、軽症者が数名で済んだという事実は、少年ヒータックの心に鮮烈な印象を残す。

 背景はわからない。

 幼少期ゆえ、ヒータックの記憶は、巨大なドラゴンと一人の聖剣の戦士との激烈な戦闘だ。

 地を割り、空を裂いたあの戦闘が、後にも先にもヒータックの目撃した戦闘の中では随一だった。

「……ガイガロスの力と聖剣の力の双方を目の当たりにした事案だからな、無理もないだろう。ガイガロスの力は自由になる可能性は低いが、聖剣ならば可能性はある」

 レベセスはふっと息を吐いた。

 実は、このセリフを聞くことが、レベセスの目的だった。そのセリフを口にするヒータックの心情こそが、虚偽を語っていないことの証だと思っていたからだ。

 もっとも、このヒータックという青年が虚偽の話をするとも思えなかったが。今ここでSMGの特派員となったレベセスに対して虚偽の話をしたところで、彼にとっては一分の得もない。レベセスとの信頼関係を構築しようとするにあたって、その選択はベストであるといえた。

「話はよく分かった。大陸砲の奪取あるいは破壊について手を貸すことはやぶさかではないが、本来の我々にとってのこの移動の趣旨は、光龍剣を取り戻すことだ。

 恐らく、SMGにとってもそのほうが目的を達しやすくなるだろう。

 それに、聖剣の勇者一人で大陸砲を奪取または破壊するよりは、聖剣の勇者二人で行う方が、格段に成功率は上がる。

 そして、もっと言ってしまえば、破壊より、奪取の可能性が限りなく上がるということだ」

 そうだろうな、とヒータックは呟く。

「……よろしい。

 あなたは、ファルガ、レーテを使っての聖剣探索を最優先事項にしてもらって構わない。その代わり、聖剣入手の暁には、SMGの大陸砲奪取について全身全霊を以て対応していただきたい」

 レベセスはくるりとヒータックに背を向け、少年たちの眠れる表情を確認する。

「結構だ。ただ、ファルガ君とレーテの意思は尊重してほしいものだ」

 一瞬レベセスの瞳に輝く怪しげな光。

 だが、ヒータックにそれを断り、より困難な大陸砲奪取のミッションをこなすことは難しかった。

「承知した」

 そこまで言ったところで、レベセスは語気を和らげた。

「まあ、ファルガ君にしても、レーテにしても、ヒータック君に恩義は感じているはずだ。

 彼らは裏切らんよ。SMGに裏切られない限りは」

 ヒータックにしては珍しく、失笑を浮かべた。言いえて妙だったからだ。

 

 SMGは、簡単に人を切り捨てる。

 その取捨は、リーザの選択ではなく、各セクションの長の判断で行われるものだった。道具、人、兵器、関係、命。それら全てが、各セクションの長の判断で行われた。

 頭領へは事後報告。

 その判断は長の判断であり、決定。その決定だけはリーザも覆せなかった。もし仮に覆したとしても、処断後であれば結果は変わらない。いまだにリーザに対する事前報告の体制を作れていない。名目は、リーザへの判断機能の集約による機能不全を避けるため。

 かつてリーザが不在時に事が起き、それに対する決定が遅れたことで甚大な被害を出したことがあり、その省みの結果、ある程度の裁量をセクション長に与えることになった。それが徐々に肥大化していったというのが現状だ。

 だが、長の判断により発生する諸問題は、結局全てリーザに降りかかってくる。その事が、結局リーザをSMG内で孤立させた。

 SMGの女帝であることは、即ち孤独なのだ。

 肉親であるはずのヒータックが反旗を翻し、そして、ヒータックの父が実績を上げてSMGから去ったように。

 彼女の元には誰も残らない。

 SMGの本拠地はルイテウという巨大浮遊岩石の中にある。SMGが切り捨てた人間をわざわざ地上に戻すことはしない。文字通り、ルイテウから放出する。その結果、生き残ることができれば脱退を認めるといったような、至極シンプルなようで、非常に危険なやり方なのだ。

 そして、SMGのやり方はといえば、過去の在籍者は勿論の事、現在の在籍者でも、ルイテウから『突き放す』。SMGに仇なすとされた人間は『突き放』される。

 今のSMG内の権力者たちは、何人もの政敵や失策者をそうやって葬ってきた。

 それが是か非かという観点でヒータックは悩むが、『突き放し』慣習を撤廃するのならば、その具体策はSMGのセクション長の交代、という選択肢が最善の選択である結論に至るとはいえ、人材もまた不足している。

 SMGも高齢化が進んでいるのだ。

 現在のセクションの長は、リーザの時代の人事であり、いわばリーザの戦友だ。

 ヒータックが頭領を継ぐとすれば、その片腕が必要だ。リーザの片腕たちの末裔、ではなく、彼自身が血と汗を伴って得た固い絆、そして、彼に対する絶対の信頼。同時に、その者たちに対するヒータックの絶対的な信頼。

 それがないと、SMGのヒータック体制は確立しない。そもそも摩耗し、経年劣化を迎えている組織だ。どこかで革新的なことをしない限りは、この組織は廃れる。

 ファルガとレーテが彼らの右腕となり、SMGの各セクションを切り盛りするところを想像してみた。しかし、その想像は容易に拒否される。

 どう見ても、あの自由人の男の息子と、その自由人に勝るとも劣らない、よく言えば柔軟な発想を持ち、悪く言えば非常識極まりない少女が、年齢とともに精神の成長を遂げたところで、SMGの枠に収まるとはとても思えない。

 どうシミュレーションしたところで、SMGの各セクションの長には収まらないことを再認識したヒータックは、思わず失笑を浮かべる。

 そのヒータックの妄想を、ヒータックの後ろ姿から感じたのだろうか、レベセスはヒータックの判断に駄目を押す。

「……奴らは組織には向かない。国家は勿論の事、SMGですら、奴らは扱いきれないだろう。特派員に今でこそなっているが、奴らは枠には収まらない。……彼らの意志は、尊重してやってほしい」

 ヒータックは答えない。

 ニヤリと笑う。

 リーザが特派員として欲したのは、あんたなんだよ、レベセス。

 その言葉は、ヒータックの口からは一度も漏れず、また、レベセスの耳に一度も届く事はなかった。

やはり遅筆でした。すみません。ちょっと最後のほうは未消化なので、また修正するかもです。

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