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界遊記  作者: かえで
聖剣と氣とマナと
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リーザの勧誘

「おう。お前さんがレベセスか。噂には聞いていたが、実在していたとはな」

 木造の安楽椅子に腰掛け、フードを目深に被った老婆が、大空を描いた巨大な絵画の前に鎮座している。

 その絵画が普通の絵画と違うのは、その絵画は動いている所。眼下に広がる白い綿の絨毯は、それそのものが地平線になっているように見えなくもない。歴史上も名高い動く絵画『変わる風景画』だ。

 薄い黄色の毛布を膝に掛けている老婆のその容姿から推測するに、齢百をゆうに超えているようにしか見えないのだが、フードの中から見え隠れする双眸には、何故か凄まじい眼力が宿っていた。『猛虎の瞳』を持つ老婆という表現も、あながち大げさではないかもしれない。

 そして、年齢と反比例するような素晴らしい洞察力と、いささかも衰えを感じさせないその強力な眼力は、相対するレベセス=アーグを強く何度も射抜いたはずだった。だが、不思議なことに、その眼力はレベセスにはなんの影響も与えなかった。そのかわり、まるで身代わりとでもいうように、レベセスの真後ろにいるリーザの侍従たちが倒れ込んでいた。レベセスの隣にいるファルガとレーテも、二度目とはいえ背筋が凍るほどのプレッシャーを受けており、流石にレベセスにその視線が通用しないとは思ってもみなかったようだ。しかし、眼力の指向が違うだけでこうもプレッシャーが異なるものか。リーザの眼力が直撃していたら、正気を保っていられるかどうかわからない。

「ほう……。初見で儂の前にバリアを張ったか。大したものだ」

 SMG頭領リーザ=トオーリは、初めて声を上げて笑った。かつて、古代帝国の通商を取り仕切っていた巨大組織の末裔は、まるで幼女のように笑い転げた。

 老人が一人で使用するにしては、余りにも大きすぎるデスクを挟んで相対するレベセスも、楽しそうに笑い転げるリーザに対して口角を上げた。

「失礼は承知で、私の眼前に『氣』の障壁を作らせてもらったよ。SMG頭領リーザ=トオーリ。

 貴女の眼力には、太刀打ちできる人間はいないだろう、と親友夫婦も言っていたのでね。慎重を喫することにしたよ。

 後は、貴女の眼力を凌ぐには、貴女に眼力を直接見せる為の鏡を持ち歩くか、眼力を透過するフィルターが必要だった。その為、今回は『氣』の障壁を作らせてもらった。

 しかし、驚きだ。万全を喫している筈の予防をもってしても、あなたと正面で向かい合うのは若干怖い。まるで眼力が『氣』の障壁を透過してきているようにも感じられる。

 恐るべき能力をお持ちのようだ」

 レベセスの額に汗が一筋流れた。

「いやいや、愉快だ。伝説に違わぬ。

 初見でここまで対応してくれるとはな。この年になってくると、相手の考えや出方が目を見てわかるようになるんだよ。お前さんが儂の『猛虎の目』に対応策を練ってくるのは予想していたが、まさか『氣』の障壁を作ってくるとはね。

 儂もそこまでは詳しくはないが、『猛虎の目』は、物理法則を無視する。水の中にいる魚だろうが、空を飛ぶ鳥だろうが、竦ませることが出来るようなのだ。

 ……実はな、儂はお前さん以外に、聖勇者に二人会っていてね。そのうちの一人が、儂の『猛虎の目』に酷く興味を持ってな、色々実験させてくれ、ときたもんだ。

 SMGの頭領であるこの儂をつかまえて、自分の実験台になってくれ、だと。

 言うか? 普通そんな事……」

 レベセスは思わず眩暈を覚え、頭を抱え込みそうになる。そして、そんなレベセスを見て、リーザは更に笑った。

 だが、リーザは気づいているだろうか。普通ではありえないような申し出をしてきた者に対して、最初は不快感を示したかもしれないが、結果的にその実験に協力しているからこそ、わかる事象もあるのだ。

 ファルガの父は、姿を消して十数年経ってなお、様々な人に愛されているのだと、レベセスは思った。……いや、愛されているというより、ネタにされているというべきか。いずれにせよ、どうも記憶に残る男らしい。ファルガの父という存在は。

「でな、その男が楽しそうに語った人間。それがお前さんなんだよ、レベセス=アーグ。儂の中では、お前さんは既に伝説なんだ」

「私が、伝説だと?」

 レベセスは不思議そうに首を傾げる。

 確かに、ラン=サイディール国では兵部省長官、近衛隊長という地位であり、ドレーノ国では総督だった。全て『前』がつくが。

 国家間での力関係がはっきりしている所では、確かにレベセスという名前にはネームバリューがある。とはいえ、SMGで伝説になるほどに何かを成し遂げた……やらかした……記憶はない。

 そもそもSMGは超国家組織なのだ。

 そこに属する人間にとっては、国家で与えられた役職や地位など物の役に立たないだろう。そもそも、レベセスという人間自体が、余りそういう物を気にする人間ではないが。

「儂の中では、最後の聖剣の勇者なんだよ。お前さんは。

 十数年前に、聖剣の存在が現実であることを知った。その聖剣を集めるように指示も出した。だが、一本たりとも手元に集まる事はなかった。

 その代わり、個性豊かな奴らが集まったよ。

 聖剣の所有者と言われる輩がな。あれっきり戻ってこない所を見ると生きているのか死んでいるのかもわからんがな、愉快な連中だった。

 歴史上の伝説の聖剣の勇者たちが集った中で、それでも邂逅叶わぬレベセス=アーグという人間に興味を惹かれぬ筈も無かろう」

「なるほど。そういう事でしたか。

 あの時、私はラン=サイディール国の兵部省長官でした。流石に公務を放棄してここを訪れる訳にはいかなかったのですよ。しかし、現在では私は公人ではない。どこに行こうと誰と会おうと、何の問題もないのです。

 娘が世話になった。

 一人の父として、そのご挨拶に伺っただけです」

 リーザがニヤリと笑う。

「いい話を聞いた。

 どこにも属しておらぬというなら、SMGの特派員にならんか?

 個性豊かな奴らが、一目置いていたお前さんなら、その資質は十分ある様に思える。

 先程の話を総合するに、お前さんは祖国には戻れなさそうだな。レーテもファルガも。ドレーノからも敢えて距離を置こうとしておる。

 お前さんをリーダーとして、そこの聖剣の坊主と、お前さんの娘を班として編成し、動いてもらいたい。基本的に制約はないが、たまにこちらの依頼をこなしてもらうくらいだ」

「個性豊か……か。彼等の特性を非常に好意的に捕えた表現ですね」

 そういうとレベセスは声をあげて笑った。

 十数年前に共に戦った聖勇者達。

 今は生死不明の者もいれば、現時点では敵対関係にある者もいる。

 だが、あの時確かに、皆同じ方向を向いて戦っていた。世界を護るために。

 そして、敵対しているあの男も、世界を護ろうとしている。ただ、世界を護るにあたって、発生する可能性のある二つの事件のうち、どちらを優先的に防ぎつつ世界を護るか、という見解の相違に過ぎない。

 これを敵対といってよいのか、判断が分かれるところだ。

 それでも、レベセスは精霊神大戦争を再度引き起こしてでも、巨悪を止めようというガガロには賛同できない。

「特派員になる事のメリットとデメリットを教えていただきたい。特派員になる事で、この子たちの不利益になる事があるのでしたら、お受けできない」

 レベセスはちらりとレーテの方に目を向けるが、レーテはまだ先程受けたリーザの眼力の直撃から立ち直っていないようだった。

 ファルガに関して、親友と約束したわけではないが、聖勇者に育てるつもりでいたレベセスは、むしろSMGで揉まれる方が良いのかもしれない、と思っていた。ここまで育てたズエブが何というかはわからないが、少なくとも、聖剣と巡り会ってしまったのは決して偶然ではないだろう。

 まだ聖剣を上手く使いこなせないにも拘らず、既にソヴァやヒータックなど歴戦の戦士がいつの間にか食指を伸ばしているという点では、父親によく似ている。父親よりほんの少し慎重ではあるようだが、これも経験不足からきているのだろう。経験を積めば、どう化けるか見物ではある。

 そういう意味では、元聖勇者レベセス=アーグも食指を伸ばした一人であると言える。

「メリットは、世界中のSMGの情報網を自由に使う事が可能だ。そして、場合によっては飛天龍も貸そう。

 本来であれば、特派員というのは、こちらが指示した国で生活をしながら、その国家の様々な情報を集めるのが仕事なのだが、お前さん程の腕があるなら、一国に縛るより各国の特派員の補助に回るほうが運用として正しいだろうと思う。行く先々で特派員と合流し、特派員が問題を抱えていれば、その解決に力を貸してほしい。

 デメリットは、国籍が無くなる。勿論、その国に住むことは可能だが、戸籍がしっかりしている国家であればあるほど、その国では死者として取り扱われる事になる。何かその国で戸籍を確認されるような出来事に巻き込まれると、死者が生きていたことになってしまう。それによって派生する諸問題がデメリットだ。ついでに言うと、所謂お尋ね者になる、な。それが嫌で、あの単身最強の海賊は儂の元を去ったよ。まだ、やり取りはあるがね」

 一瞬考えるしぐさを見せるレベセス。

 親友の忘れ形見である、少年ファルガは見つけることが出来た。後は、この世のどこかにいるに違いない、親友を見つけ出す事。その事に関しては、SMGの情報網を使えるに越したことはない。

 アーグ家といえば、兵部省長官や通商省長官を何代か輩出している、ラン=サイディールの、所謂名家に分類される家柄だ。だが、家柄の事についてレベセスはあまり興味を持っていない。ただ、アーグ家が、自分の代で終わりになってしまうのかと思うと、少し自分の親に申し訳ない気もする。

 彼の母親はことあるごとにアーグ家の先祖の所業をレベセスに語ったものだ。

 だが、世界があってのラン=サイディール国であり、ラン=サイディール国があってのアーグ家だ。家を重視するあまり、本質を見誤ってはならない。

 最優先事項は、精霊神大戦争を再発させない事。

 それに、どうも今の為政者であるベニーバ=サイディールは彼が一生を賭して仕える人間だとは到底思えなかった。無論その息子リャニップ=サイディールも。

 ラン=サイディールに愛着がないとは言わないが、ガガロとSMGとの戦闘を通じて発生した暴動で破壊されたデイエンの再興は、残された者達でもできる。だが、精霊神大戦争を勃発させないための活動は、レベセスしかできない。適材適所という表現が正しいかは兎も角として。

 レベセスの腹は決まった。

「わかりました。お受けしましょう」

 リーザはニヤリと笑う。

「承知した。

 明日早朝にカタラットに発つ話は聞いておる。

 今日はささやかながら、新加入の歓迎の宴を開くことにする。その時に、また楽しい話を聞かせてくれ」

 そういうとリーザはゆっくりと来訪者たちに背を向け、安楽椅子をゆっくりと揺らし始めた。

 扉の外で待機していた、ヒータックとサキは、レベセスとファルガ、そしてレーテに、頭領の実務室から退出するように促した。

 些細なやり取りの筈だが、リーザも相当に消耗していたのだろうか。寄る年端の波には勝てないのだろう。

 ファルガとレーテ、ヒータックが部屋から出ようとするまさにその瞬間、背後から微かに寝息が聞こえたような気がした。

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