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界遊記  作者: かえで
ドレーノ擾乱

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ドレーノ擾乱 第二章10 裁判当日

裁判当日の異様な空気を表現したくて、裁判本編の直前に一節設けてみました。

 ドレーノにとって歴史的な日。

 ドレーノンも、サイディーランも、この日を境にドレーノの何かが変わると思っていた。

 ドレーノ史に残る、公開裁判。


 ドレーノ国の存在するリオ大陸は、その立地上、冬という気候を体感することはできない。暦上、冬と呼ばれる季節であったとしても、気温も湿度もそう変わらないからだ。どちらかというと、夏でないことを証明する方が容易い。

 定義された夏は、正午に影が消滅する。それは、大地に対して垂直に降り注ぐ太陽光が原因だ。それ故、人々は天然の避暑を求めることができず、皆建物に避難する。

 ラン=サイディールより遅れて夏の訪れるドレーノ国は、現在ちょうど真夏。

 その気候はといえば、まさに灼熱地獄と言って良かった。そして、この時期も他の季節同様、日中に気温が上がり、午後にはスコールが降るというサイクルは変わらない。しかし、そのタイミングが早まり、正午を過ぎて一時間ほど経った頃から降り始める。太陽光が周囲の海を暖める速度が上がる為、積乱雲の発生が早いからだ。そして、その雲の持つエネルギーも他の季節に比べて膨大で、降水量も圧倒的に多い。その様を、昔の詩人は天空の神の怒りと表現した。稲光でも火山の噴火でもなく、只の降水を『怒り』と表現した詩人が、ロニーコのスコールに度肝を抜かれたか想像に難くないだろう。

 強い直射日光で照らされて高温になった大地にも、あっという間に水の膜が出来る。多い時にはあっという間に膝まで浸かる。その水が引くのは夕方頃。量が多ければ夜半にまで至る。その為、夏が来ると、人々は皆生活の場を二階に移す。一階に寝泊まりすると、毎日のように水害に見舞われるからだ。

 灼熱地獄の中の癒しの雨ではあるはずなのだが、その量が問題だった。


 公開裁判は、当初議会の中の一室を使って行われる予定だった。

 裁判という形だけ行なえば良いというハギーマの思惑では、出来るだけ少人数で早急にレベセス有罪の判決を出したかった。そこには、前述の天候の件もある。余り長引かれてもスコールに見舞われてしまい、原告も被告も裁判官も身動きが取れなくなるからだ。

 ところが、ドレーノ国で生活する殆どの人間が傍聴を希望した。

 それは、ドレーノ史上前例のないことだった。それ故、民の意に沿うという意味合いで、屋外の総督府の建物の前に広がる集会場に公判廷は設置される事となる。流石に、ドレーノに住むドレーノンは兎も角としても、サイディーランも会場の都合で傍聴できない場合がある、というのでは新生ドレーノ国政府の対応としては、あまりにお粗末だったからだ。

 そして、公判期日の変更もできなかった。

 大々的に告示した期日をそう簡単に変更しては、新生政権の治世能力を国内外から疑われてしまう。それこそ、国家として独立を宣言する前にラン=サイディールから先手を打たれてしまう可能性があった。

 国家間通例では、植民地の反乱は重罪とされた。

 植民地の反乱に関しては、国家における反逆罪を適用するケースが多かったのだ。

 だが、例外もある。

 その例外こそが、属国立場の国家による第三国に対する治世能力の証明だった。

 属国内で法整備等を行い、為政者とは別の議会がその法に基づき独立を採択する。その間に宗主国が何も手を打たなければ、宗主国は属国の独立を承認したと、国家間通例では解釈する。裏を返せば、そこまで属国に準備させる隙を与えた宗主国には、独立を阻止する資格がないという風にも解釈することが出来る。

 ハギーマは、迅速にラン=サイディールから赴任した総督をドレーノの法で裁き、有罪とした上で、独立を新生議会で採択させ、国家間通例に照らし合わせて独立を宣言させる必要があった。そして、その独立の宣言は、為政者たるハギーマが行わなければならなかった。

 元々、設定された公判期日は、議会の一室で裁判そのものを行う為だけを想定していた物だった。そして、そこでラン=サイディール出身のドレーノ総督の罪状を明らかにし、『最終総督』の有罪とともに、独立を謳うだけで良かったはずだった。

 ところが、予想外の傍聴希望者の数に応じて急遽会場を変更したため、会場の設営をゼロから行わなければならなくなってしまった。

 当初、傍聴者を抽選にする案も出たが、今回の裁判は、全サイディーランと全ドレーノンに対するプロパガンダの意味合いも強く持つ。ここで、喧伝対象を限定してはならないことが、期日を守ることと同じくらい重要な意味合いを持つことを、ハギーマは理解していた。その為、彼の配下といってもいいサイディーラン達に期日を守りつつ、全ロニーコ住人が傍聴できる公判廷を準備するよう指示した。

 そして、ドレーノン達を三交代で働かせた突貫工事の末、前日のうちに何とか総督府の前の広場を法廷の形に整えたサイディーラン達は、翌日の裁判に備えて、満足のうちに寝床の明かりを消した。

 ……はずだった。

 翌日早朝、公判廷に到着した殆どのサイディーランは愕然とした。

 黎明のうちに活動を開始した民衆は、巨大テントを作り出していたからだ。

 どうしても裁判を傍聴したかったドレーノン達は、強烈な日差し対策の為、自発的にそれぞれの家にあるテントに使えるような麻布を持ち寄り、それを繋げる事で巨大な一枚布を疑似的に作り上げ、テントを設営したのだ。

 サイディーランは自分たちの天蓋だけを準備していたのだが、彼等のこの行動を予測していなかっただけに、設営された巨大テントは脅威だった。

 それこそ、大きさだけでいえば、元々三日で施工終了した公判廷の十六倍以上の面積を持つテントだったからだ。天蓋だけとはいえ、その巨大な設備を一晩で作り上げるドレーノンの行動力には、サイディーランも閉口せざるを得なかった。

 今更、テントを排除することもできない。

 このドレーノン達の行動は意外であると共に、数で遥かに勝るドレーノン達が力を結集した時の恐ろしさを想像することは難しくなかった。それ故、サイディーランの国家が成立した暁には、ドレーノンの締め付けをより強化する方向で考えるサイディーランも多かったようだ。


 総督派では、裁判当日の早朝まで意見が割れていた。

 裁判が開廷する前に、総督レベセスを奪取するべきだと主張する一派がいる。

 また別の一派は、裁判の趨勢を見極め、レベセスに都合の悪い判決が出る直前に奪取するべきだと主張する一派がいる。

 そして、もう一派、裁判そのもので勝訴することでレベセスを無罪にし、解放するべきだと主張する一派がいた。

 もっと前にレベセスを救出する一派もいたが、その時点ではレベセスの幽閉されている場所が不明だったため、その一派は前述の三つの派閥に吸収されていく事になった。

 ヒータックは、どの派閥にも属していなかった。ヒータックは総督派の元から一度姿を消した。その口元には嘲りともとれる笑みが張り付いていたという。

 ドレーノは、黎明の時間帯から、既に動き出していた。

 主権を手に入れようとするサイディーラン。人並みの生活を手に入れたいと願うドレーノン。ドレーノンの生きやすい国家をつくろうと奮闘したレベセス。レベセスを助け出したい総督派一味。

 四者の異なった思惑が交錯する、南国の大陸、リオ。

 いよいよ大陸に日が昇る。

 そして、日の出が開廷の合図となる。

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