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界遊記  作者: かえで
ドレーノ擾乱

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ドレーノ擾乱 第二章6 第三の勢力

 ガラビアという民族衣装は、非常に軽く風を通しやすい為、生活着としては非常に好ましい物だ。

 だが、暗器を忍ばせるという観点で見た場合、思いの他隠すところがないことに気づく。

 この地方独特の乾いた風を孕むと大きく膨らむので、着衣の隙間から体のラインが見えてしまう。その為、男も女もインナーを着用するのだが、身につける衣類がそれだけなので、暗器を隠しておく場所がない。また、ガラビアそのものにも何かを仕込んでおくことも難しい。

 ヒータックは暗器の使用にも長けていた。それ故、彼が飛天龍で行動する時には、機内にナイフや剣、槍などの獲物に始まり、『砲』と呼ばれる簡易拳銃のほか、様々な暗器も積んでおく。

 ただ、暗器すら身に付ける事のできない今回のような場面でも、常時丸腰でいる訳にはいかない。当然その場にある物を武器として使わなければならない事もある。それ故、徒手空拳を用いた格闘術だけでなく、その場で有り合わせの武器を創りだす訓練、そして、それを用いての戦闘術の訓練も受けている。

 今回、ヒータックは、内腿にナイフを一本仕込むだけという軽装で、再度ロニーコに潜入することにした。

 このナイフも、戦闘に耐える代物ではない。どちらかというと武器を作成するためのもの。もし戦闘に突入した場合でも、武器は現地調達というわけだ。今回は、戦闘に陥るような諜報活動にはならないと踏んでの事だった。逆に、こういった任務の場合、暗器から素性がしれてしまうこともある。潜入先で異端だと気づかれないようにするための努力は最大限しておく必要があるし、それこそが一番の防衛となる。

 顔や腕に軽く泥を塗ることで、肌の色をより褐色に見せ、肌の色で現地民でない事を悟られないようにする偽装も施した。これもSMGの技術だ。この偽装技術は変装とは違い、自身をいかに周囲に溶け込ませるかという事を最優先に考えられた技術で、これについてもヒータックは十分なスキルを持っている。

 準備に時間をかけ、日没を待ったヒータックは、暗闇の中ジャングルを移動し、人目につかない所からロニーコに再侵入、すぐに人の流れに乗り、人間が集まる所に向かった。

 町の中心にある規模の大きい酒場は、今回の大火災の影響はほとんど受けていないようだった。それは、街の状況からも、町の中心を行き交う人々の表情を見ても明らかだった。

 これほどの大火がありながら、延焼が進んだのは、ドレーノンの住居近辺だけだったようだ。

 普通に考えて、大火が起きれば被害が大きくなるのは歓楽街のはずだ。酒に酔った客もいる。一種興奮状態に陥っている人間も多い。それだけに混乱もより増大しそうなものだが、何故か、ドレーノンの住居付近のみの延焼だった。

 酒場で物静かに酒を啜りながら、周囲の会話に耳をそばだてていたヒータックには、昨日の深夜から今日の早朝にかけて起こった火災の概要が見えてきた。

 

 あれ程の規模の火災で、多数の死者を出したロニーコだったが、街の賑わいは衰えていなかった。

 そこにまず違和感を覚えたヒータック。

 いくつもの街の惨状を目の当たりにしてきたヒータックだったが、少なくとも災害のその日のうちに、繁華街が活気を取り戻すことはなかった。

 勿論、火災を初めとする災害後、すぐに活気を取り戻す街も歴史上は多数存在する。だが、その火災の原因を紐解いてみると、その災害が何か意図されたものであった場合が殆どだった。

 対岸の火事。

 酒場にいる人間の様子を見ている限りでは、彼等の行動はまさにその表現が適切だった。他人事なのか、それとも、意図されたものだからこそ安心しきっての発言なのか。

 ガラビアを腰に巻き、胸元をインナーのような黒い衣装で隠した女給が、店内を何人も行き来する。ホール状の添乗の高い建造物には円卓席が無数に並び、それぞれの席にはガラビアを身に付けターバンを被った男たちばかりが着席し、ここだけの許された快楽だと言わんばかりに、酒を呷り、出された料理を頬張った。

 葉巻を咥える者、水たばこを燻らせる者。大声で談笑する者。日中の仕事を終えて、酒場で一日の憂さを、酒と乾き物と共に晴らす。ロニーコのここそこで繰り広げられる光景。

 女給らが注文を受けて運ぶ料理は、冷たいものがほとんどない。砂漠地方特有の燻製に、これまた汁気のない粉末ソースをつけ、よく噛んで食べるのがこの地方のつまみだ。そして、乾いた口を果実酒や蒸留酒で潤す。水気が多い野菜も、あまり長持ちしないため、野菜が常に水を吸えるように、皿ではなく、水差しのような器に活けられるように盛り付けられた野菜がテーブルに並べられる。皿に盛られた料理というのは、それだけでこの地方では豪華なものだということなのだろう。価格も通常の燻製物に比べ数倍だった。

 レベセスの治世の結果、異常に経済格差のあったドレーノンとサイディーランの生活水準が徐々に近づいてきている。それは、サイディーランの威光が、没落の一途を辿ってきているということでもある。

 かつては、サイディーランはドレーノンにとって憎悪の対象ではあったにも拘らず、それをドレーノンがあからさまに表に出すことはなかった。しかしここ数年で、ドレーノンの犯行だと推測されるにも拘らず、犯人が特定できない暴行事件が発生することが増えた。その被害を恐れたサイディーランたちは、あからさまに自分たちがサイディーランだと悟られる派手な格好では外出を控えるようになった。昔ならば、そういった犯罪が発生すれば、発生現場近くのドレーノンに対してサイディーランからの報復が、普通かつ無差別に行われていたため、ドレーノンもサイディーランには手を出さなかったものだが。

 それ故、数の多いドレーノンに怯えた貴族階層。こういった大規模な大衆酒場で、少し豪華なものをひっそりと頼むことを生き甲斐にするサイディーランも増えてきているという情報は、特派員から得ていた。

 そんな中、メニューで『湿り物』を頼むテーブル席があった。それらの料理を並べるテーブルが、特派員の報告に比べ、今日はやたら多い。

 酒場のテーブルの過半数がサイディーランだろうとあたりをつけたヒータックは、徐々に席を移動し、話の中身が理解できる程度のところまで近づいた。

 一つテーブルを隔てて陣取ったヒータックだったが、酔った勢いで声のトーンのあがっているサイディーランたちの会話は、わざわざ聞き耳を立てることなく十分に聞き取ることができた。

 下卑た笑いを隠すことなく、酒場全体に聞こえるような声で、今回のドレーノンの住居の火災について嬉々と語るサイディーランには、ヒータックも辟易したものだが、同時にその物言いで、ここにいるサイディーランたちが今回の火災の首謀者ではないことがはっきりわかった。

 そして、やはりこの火災は放火であり、その目的はドレーノンの虐殺というよりは、ドレーノ総督レベセス=アーグの失脚であろうということもわかった。

 ここにいる連中ではないが、やはり首謀者はサイディーラン。その特定と、真の目的はまだわからない。

 そして、同時にレベセス=アーグが幽閉されていることもわかった。

 これも場所などは明らかにはならなかったが、ドレーノに住む貴族階級サイディーランにしてみれば、共有しておくべき事実だったからこそ、大衆酒場で少し高級な食材を頼み、管を巻くように話す、毒にも薬にもなりそうもない連中にも情報が流れてきたということなのだろう。

 少なくとも、計画の根幹にいない、いわば取るに足らぬサイディーラン達にも、少し旨めの情報を流しておくことで、彼らの安っぽい自尊心を刺激し、何かの時には協力をさせようという狙いがあるのだろうと想像がつく。

 レベセスを殺さずに生かしているということは、生かすメリットがあるということ。レベセスを生かしておくことで得られるメリットとして考えられるのは、やはり対ラン=サイディール国の交渉の手札ということだろうか。

 心に一物あるサイディーランも、純粋にドレーノの自主権を取り戻したいドレーノンも、ラン=サイディールとの属国関係の解除、すなわちドレーノ国の独立という点では同じ目的だといえる。どちらの人間がどれだけ積極的に考え、行動しているかは兎も角として。

「最悪の事態は、ラン=サイディール対ドレーノンとサイディーランの協力勢力という構図ということか。だが、国家としては団結力が強まるという観点では良いことなのだろうが、独立の気運を高めるために、仲間の犠牲を厭わないというやり方も如何なものか」

 注文した果実酒の最後の一口を煽ると、ヒータックはその酒場を後にした。

 ここにいても、レベセスの幽閉場所はわからないだろう。もっと、今回の火災の首謀者に近づき、目的を明らかにすることが重要だ。

 首謀者はここにはいない。そして、この火災で全て計画が終わったとは思えない。火災の後に起こすアクションの為に、今もしたたかに牙を研いでいるはずだ。

 首謀者はどこにいるのか。だが、管を巻く彼等からそれ以上の情報を聞き出すことは無理そうだ。

 そして、気になるのがファルガの容態。

 少年は心を痛んでしまっている。

 大量の人間をその手で殺したというが、それよりはむしろ、たくさんの人間から浴びせ掛けられた悪意と殺意によって、心が傷ついている側面が大きい。

 一体どれほどの数の人間が、不特定多数から憎まれ、疎まれ、嫌われたことがあるのだろうか。そして、そうなった時、その扱いに耐えられる人間がどれほどいるだろうか。

 ファルガ自身、心を閉ざすことでなんとか生き延びているが、いつかはこの問題を片付けなければならない。開き直るのか、はたまた闇に飲まれるのか。それともまた別の存在になるのか。

 少年ファルガが、自身でどう結論づけるかによっても、彼という人間の根幹が変わってくるだろう。

 いずれにせよ、聖剣の力を使うことのできるファルガが元に戻らない限りは、この状況でレベセスの救出までたどり着く事は難しそうだ。

 一番良いのは、ヒータック自身が聖剣を使えるようになることだろうが、それはどうも不可能らしい。

 ルイテウからドレーノまでの間に、何度か聖剣の話をしたが、どうもヒータックはその使用者ではなさそうだ。ルイテウで一度抜き身の剣を渡されたが、とてもではないが持ち続けることはできなかった。とてつもない吐き気と悪寒が体を蝕み、立っていることすら困難になった。

 同じタイミングで恐る恐る手にしたレーテに対しては、剣が拒絶反応を示さなかったのは、やはり聖剣の勇者レベセス=アーグの実の娘だからだろうか。だが、血縁関係の有無では決まらないという説もあり、聖剣の使用者となれるか否かの法則は、謎に包まれている。それでも、手にした者が強大な力を手にするという点では、魅力的なものではある。そのような強大な力を、男なら誰でも欲するだけに、その争いの蚊帳の外に否応なしに出されることは、流石にヒータックのプライドを痛く傷つけたものだった。

 店の入口から表に出る際、余りにも他人事なサイディーラン共に対して思わず舌打ちが出てしまうが、それが新たな火種を生むことになってしまった。

 

「お前、この国の人間じゃないな?」

 酒場を出て、少し歩いたところで、ガラビアを身に纏った髭面の数名の男がヒータックの行く手を塞いだ。

 歩みを止めたヒータックの背後を、更に数名の男たちが抑える。ちょうど、半径数メートルの円の中心にヒータックが、円周上に男たちが並ぶ事になる。数は七人。

 ヒータックなら物の数にならない人数だ。

 だが、男たちは一向に距離を詰めてこない。かといって、援軍を待っている風にも見えない。

「何の用だ? 俺にはあまり時間がないのだが」

 はぐらかすように言葉を発するヒータック。七人の盗賊崩れを亡き者にする事など、ヒータックにとっては容易い。だが、余りこの地で目立つ事をしたくはなかった。やり過ごせるものならやり過ごしたかった。人の目がないのも、幸いといえば幸いだ。

「……失礼」

 男たちはガラビアから短剣を抜き出した。だが、短剣勝負ならヒータックに勝機がある。現在は丸腰だが、すぐに短剣勝負になる。武器なら、この男たちが皆持っているのだ。それを奪えばいいだけの事。

 ヒータックは、気取られないように前方の三名に近づいた。足を動かす素振りを見せず徐々に間合いを詰めたのだ。その様は、まるで地面を滑るかのようだ。衣擦れのしないガラビアは、この時にはヒータックの味方をする。意図的に武器を隠し持っているような素振りを見せ、男たちの視線を手に誘導させつつ、その間に間合いを詰める。

 次の瞬間、ヒータックは後ろ半身から右足の甲に乗せた砂粒を前方の三人に蹴り出しつつ、足を振ったその勢いで跳躍し、砂礫で一瞬視覚を奪われた男の一人から素早く短剣を奪い、その者の背後に回ると、短剣を喉元にあてがった。

「……捨てろ」

 男の背後を取ったヒータックは、他の六人の男たちに顎で獲物を捨てるように、短く鋭く指示をする。

 SMG屈指の隠密が本気で攻撃を仕掛ければ、男たちを周囲に気取られずに地獄に叩き落とすことは容易だった。だが、それをヒータックはしなかった。

 ヒータックの言葉に男たちは従う。

「……お、お見事……」

 頚動脈に刃を当てられた男は呻いた。

 ヒータックは短剣を男に返すと、視線を男たちから離すことなく顎で合図する。そして、彼が喉を抑えた男の耳元で一言囁く。

 男たちは無言でヒータックの指示に従い、先行して歩き出した。

 ヒータックは気づいていた。この集団は只の盗賊共ではない。

 戦闘には多少慣れているようだが、そこまで暗殺者集団ではない。しかし、この七人の連携は取れており、何か一つの目的の為に行動をしていた。彼らがヒータックの違和に気付いたのは、ドレーノンの数多くの被害者が出たあの火災を笑うサイディーラン達に対して、微かに見せた嫌悪の感情だった事だろうということも、ヒータックは察していた。

「この国で起きている、俺の知らない何かを知っているな、お前ら。俺にその情報をよこせ。できればお前らに指示を出した人間に会わせろ」

 

 ドレーノ、とりわけロニーコにはいくつもの勢力が存在することは、SMGの特派員から報告を受けていたヒータック。だが、その特派員からの連絡は、今は無くなってしまった。消されたとは思いたくなかったが、突然コンタクトを失ったヒータックからすればそう考えるのも無理はない。

 今回の大火災ではっきり分かったのは、ドレーノの貴族階級サイディーランと、ドレーノの奴隷階級ドレーノンのそれぞれが、ラン=サイディールの影響下からの脱却を望んでいる、ということ。

 サイディーランはドレーノで支配階級として君臨し、リオ大陸の覇権を得ようとしており、ドレーノンを奴隷階級のままで様々な作業に従事させようとしている、ということ。ドレーノンは、サイディーランという生まれ持っての身分差を排除し、対等な立場でドレーノンを独立国にしていきたいと考えているという事。

 少なくとも、ドレーノの独立機運は間違いなく高まっている。望まれる道筋が二つある状態ではあるが。

 ヒータックの立場からすれば、ラン=サイディールからドレーノが独立しようがしまいが、サイディーランとドレーノンの力関係が壊れようが壊れまいが、正直どうでもよかった。SMGの立場からすれば、ラン=サイディールはSMGを無視しての貿易を行なおうとしている造反国だと言えるし、ドレーノはその片棒を担いで、ラン=サイディールの貿易国家化の重要な資源調達国となっているが、それもSMGに対する造反だと言えた。

 その構図は少なくともSMGにとっては面白くない。かといって、大勢が一気に動くと、それはそれでSMGも対応できなくなる。それほどにSMGの影響力は衰えてきている。

 事態がどう動こうと、痛し痒しといったところだ。

 かといって、このまま事態が膠着しても、長期的な視点で見れば、SMGは摩耗していく。いずれにせよ、SMGそのものが何かしら抜本的な改善策を打ち出さざるを得ないのは間違いない。

「あまり人目に触れたくない。少し距離を取ってついてきていただきたい」

 そういうと、ガラビアを身に纏った七人の男たちは、まるで闇に溶けるように姿を消した。

 ヒータックは思わず口角を上げる。

 大した体術だ。文字通り、一瞬にして姿を消した。

 戦闘能力こそヒータックの後塵を拝したものの、隠密としての能力は著しく高い集団ではないか、と。

 この集団を率いるのは誰なのか。そこに酷く興味を惹かれるヒータック。

 無能なサイディーランでも卑屈なドレーノンでもない、全く別の存在。そんな存在がこの地にいたとは。

 今回、ドレーノ内の対立構図を理解することは、非常に重要な問題であり、今後ヒータックたちがどの勢力と手を組むのかによって、事態が大分流動的に変化するものだろうということは予測ができた。

 今回のロニーコ来訪の目的は、レーテの父であるレベセスに会うこと。そして、もう一本の聖剣の在り処を聞き出すためにこの地を訪れるであろう、ガガロから保護すること。

 だが、この国の混乱も尋常ではない。それこそ、彼が聖剣と少年少女と出会ったラン=サイディールの禍に勝るとも劣らない。

 一つ一つ慎重に事を進めていかないと、予期せぬ失敗が起きかねない。

 この時点で、レベセスとガガロが既に話し合いの場を持っている事をヒータックたちは知らない。

 だが、今回この隠密たちが、ドレーノンともサイディーランとも違う目的を持って行動しようとしている事はすぐに見て取れた。

(案外レベセス自体はすぐに見つかるかもしれんな)

 ヒータックも遅れること数瞬、闇の中に姿を消した。

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