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界遊記  作者: かえで
ドレーノ擾乱
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ドレーノ擾乱 第二章2 ガガロの忠告

「このままでは終わらんぞ」


 後世では第一次ドレーノ擾乱と称される民衆の混乱が終了した後、蒼い髪の戦士ガガロ=ドンにより、ドレーノの現為政者レベセス=アーグに対して施された警告。

 その言葉を発したのが攻めたガガロではなく、守ったレベセスだったのなら違和感はなかっただろう。

 状況は完全にレベセスが劣勢だった。

 レベセスが事態を収めようとしたその次の一瞬で、もう一発の≪雷電光弾≫をロニーコのどこかに打ち込まれていたならば、ドレーノは文字通り壊滅状態になっていたはずだ。レベセスの総督としての立場は終わり、ロニーコは完全に暴動状態に陥るだろう。その後の混乱は推して知るべし、だ。

 レベセス自身、総督という地位などはどうでもよかった。だが、彼が手掛けた都市の再生に対する使命感は、彼の心の中でかなりの比重を占めていた。ラン=サイディールからの横槍という名の外部勢力と戦い、サイディーランの反発行動という内部勢力と戦い、怯えて縮こまったドレーノンの人々の心を解き放つために砕身した。だからこそ、ドレーノに対する……ロニーコに対する思い入れは人一倍あった。

 長女カナール=アーグとの関係構築に失敗したと、常日頃劣等感に悩まされていたレベセス。本来ならば最も守るべき自分の子供の一人を護ってやれなかったこと。

 その罪滅ぼしのつもりはないし、それで実の娘に対する負い目が消えるはずもないのだろうが、今、少なくとも目の前にいる不幸な人々をなんとか幸せにし、その生活を守りたい。その気持ちは、ロニーコで虐げられるドレーノンの親子を目の当たりにするたびに強まっていった。

 だからこそ、レベセスは聖剣争奪の勝負に、敢えて負けを選んだ。

 現状では、レベセスはドレーノ国そのものを人質に取られているに等しい。

 聖剣争奪の勝負は、『精霊神大戦争』と『巨悪の襲来』のどちらの対応を優先させるかの勝負だった。そして同時に、レベセス対ガガロの参謀対決と言ってよかった。

 今回、レベセスはロニーコの民衆を人質に取られ敗北する。

 だが、これは守護すべき物を持つ者とそうでない者との圧倒的な優位性の差だ。それを主張し、参謀勝負単体では決して負けない、という意味でこの言葉をレベセスが発したとするならば、違和感はないということなのだ。

 だが、今回この言葉はガガロが発した。これは勝利した者が使う表現ではない。

 ガガロも表情にこそ表さないが、レベセスの進んで得た敗北の意味はわかっているに違いなかった。

『精霊神大戦争』と『巨悪の襲来』という、人々が回避すべき至上命題を口実に、現在の人々の生活を脅かしてはならない、という答えにレベセスが至ったのだということに。

 そして。

 今回の混乱とは違う所で、また新たな火種が生じる可能性を、聖剣の勇者たちは感じ取っていた。ドレーノンの高まる機運を、サイディーランが放置するはずもないからだ。


 既に周囲の人々は寝静まり、侍女として総督府に住み込みで働く少女ゼリュイアも、レベセスとガガロの食事の後片付けをした後、既に寝室に下がっていた。

 応接の照明も既に落とされ、テーブルにある燭台に火が点っているだけだ。

 果実酒の瓶を、既に数本開けている二人だったが、あまり酔いは回っていないように見える。ただ、この場所でのこの時間だけがゆっくりと流れている。言葉にはしないが、二人共そんな不思議な感覚に包まれる事を愉しんでいる節さえあった。

 昼間の猛暑は落ち着きを見せ、海からのやわらかい風が建物の中をゆっくりと通り抜けていく。スコールが止んでからは涼しいひと時となるが、深夜帯になると、肌寒ささえ覚えるほどだ。

 たまに遠くで動物の吠える声が聞こえる。熱帯雨林の猛獣たちのものだろうか。日中の酷暑は、野生の動物たちの活動も自粛させるのだろう。あまり彼自身ここに赴任してきて意識したことはないが、確かに深夜には様々な動物の気配がする。

 ドレーノ国首都ロニーコの周囲に張り巡らされた壁は、野生の猛獣たちの侵入を防いでいる。ロニーコ建設当時は障壁がなかった為、猛獣の宿営地ロニーコ乱入による悲惨な事件も何度か起きたようだが、ここ数十年の間は、猛獣を初めとする外敵の侵入によって引き起こされる事件は起きていない。それ故、民衆は安心して寝られる生活だけは確保できている。

 皮肉なことに、それはドレーノンを守る為のものではなく、サイディーランを守る為に設置された防護壁だったはずなのだが。そして、どちらかといえば、外壁内部で発生するサイディーランによるドレーノンに対する略奪行為の方が、遥かに件数も悲惨さも上回っている筈なのだが。

 それでもレベセスの赴任後は、ロニーコの治安もある一定のレベルで保たれるようになっており、彼の組織したサイディーランメインの自警団が、サイディーラン達の異常なほどの略奪行為を抑える事により、町そのものが落ち着きを見せているというのは、何とも皮肉というほかない。


 ガガロの唐突に発せられた言葉に、しばらくの間の後、レベセスは深くゆっくりと頷く。

 その表情は、先程までの平和を切望する一人の人間のものではなく、今まさに戦いを控えた戦士のそれになっていた。

「わかっている。

 良くも悪くも、現在この地はラン=サイディールの影響を色濃く受けている。そこに、お前を象徴とするフィアマーグの勢力が進出してきた。

 今回の件で、あの光を見たロニーコの民衆は、何かを感じとったようだ。

 あの力に恐怖を感じるのは、人間が生物である以上は仕方のないことだろう。そして、それと同時に、あの超常の現象を目の当たりにして、人々はこの支配形態が絶対のものではないと察し始めた」

 ドレーノ国首都ロニーコの民ドレーノンは、サイディーランによる圧政を受け続けている。その圧政の歴史はドレーノ国の歴史と同義でもある。

 とりわけ、サイディーランによる搾取は、夕暮れのスコールといった自然現象のようなものとして考えられており、既にドレーノンの生活の一部となっていた。そして、ドレーノン間でも弱肉強食の状況が続いていた。

 生まれ落ちたドレーノンは、生まれてすぐその価値観の中で生活を開始する。人は無理にでもその価値観を悟らされ、それを悟れないものは無残に打ち倒されていく。その者を見て、残された者はその価値観をより一層心に焼き付ける。

 強いドレーノンはサイディーランに、弱いドレーノンはサイディーランと強いドレーノンに、それぞれ『奪』われる。弱い者は強い者に。女は男に。子供は大人に。様々なものを奪われることになる。

 それ故、ドレーノンは、奪われるものを持たぬ生活を目指すようになった。どうしても持たなければならないならば、自らの生活を守る為、食料や水は隠し、隠している事さえも隠した。男は女を守る為、母は子を守る為、極力『強者』の興味を惹かぬように振舞ってきた。自らを強者から隠してきたのだ。『生かさず殺さず』という表現は、ここの略奪者には通用しないのを肌で感じているからだ。

 いや、奪われるという発想すらないかもしれない。見つかってしまえば手元からなくなってしまう。ただ、それだけだ。だから見つからないようにするしかない。隠すことこそがせめてもの反抗。しかし、その反抗も悟られてはならない。

 だが、その前提が全て覆せるものなのだとしたら?

 その時、今まで当たり前だと思っていたことが変化によって、当たり前ではなくなるのだとしたら?

 その変化を起こせば、自分たちの環境も劇的に変わるかも知れない。

 ドレーノンたちがそう考え始めたとしても不思議はない。

「お前は、絶対である筈の彼らの価値観を壊した。お前の意図せぬところで。

 彼らの『価値観』が壊され、彼らの置かれた『無条件に奪われ続ける』という状況が自分たちの意思で変えることができる、という理解が進んだならば、ドレーノンは一気にその方向に動き出すだろう。

 少なくとも、お前はその可能性を示し、そのリアクションをドレーノン達から受け取っている。それこそが、今回の混乱なのだからな。あれは、彼らの不満の発現だ」

「私は、ここに赴任してからというもの、歴代の総督が成し得なかったサイディーランによるドレーノン支配の圧政をなんとか崩したいと思っていた。

 それを実施に移すのに、ドレーノとラン=サイディールの力関係を利用するという方法をとった。だが、結果私が画策していたことはすべて失敗に終わった。何がきっかけになるかわからないものだな……」

 レベセスの言葉を聞いたガガロは、思わず眉を寄せた。

「お前の望む治世とは、サイディーランのドレーノンに対する圧政を押さえた上で、ラン=サイディールによるドレーノ支配を継続することなのか? それとも、サイディーランとドレーノンの関係を清算し、且つ宗主国と属国の関係も清算することなのか?」

 ガガロの言葉で、レベセスははっとする。

 そうなのだ。

 今、ドレーノ国はラン=サイディール国の属国、植民地状態になっている。ラン=サイディール国が、ドレーノ国から様々な資源を他の国に比べて格安で入手できるのは、この関係が維持されているからだ。

 だが、ドレーノンがサイディーランとの関係だけでなく、ラン=サイディールとの関係まで解消したいと意図し始めたとしたら、また厄介なことになる。少なくとも、レベセス=アーグという人間がこの地で総督としてドレーノの各問題に対して意見指示をする根拠がなくなる。そもそも彼がここにいる理由そのものもなくなるのだ。

 ドレーノ国の独立。

 この機運は、そこまで事態を進展させかねない。


 ラン=サイディール国がドレーノ国との植民地関係を成立させて数百年、その兆候は全くなかった。

 それは無理もないことだ。

 人が人であるための様々な誇りやそれを持つためのテクニック、そして、手に入れたいという熱い欲望のどれもがドレーノには存在しなかった。ドレーノがラン=サイディールの統治下に入るということは、生と死が隣り合わせ……弱肉強食の原住民の生活が、そのまま奴隷生活に推移したに過ぎない。弱者が権利を体感する間を与えられていなかったはず。弱者が自覚なく弱者としてそれを世の常として受け入れていたならば、そもそも反発しようとすら思わないだろう。

 だが、この数日で急激にそれは発生した。その人間の歴史から鑑みても自発的とは思えぬその欲望。それはその感情が第三者に誘導され、コントロールされているのではないかとさえ勘繰ってしまう。

 だが、それが何者の影響も受けていないドレーノ国民の本当の気持ちが、独立の機運の高まりとして発現しているのだとすれば、それは好ましい事なのだろう。

 レベセスは改めてそう感じた。

「そうだな……。もし、ドレーノ国民が、真に独立を望み、自治を行いたいというなら、私は今すぐにでも総督の職を辞し、後継者たちに譲渡することも厭わない。

 だが、そうでないとすれば……時期尚早だとするならば、止めねばならない。成熟していない状態での民衆主導の治世は、破滅しか招かない」

「人々の理想形を追い求めるのではなく、ただ現状に対して不満だけを連ね、現状打破を試みるなら、その着地点は荒廃したものになるだろう。今、ロニーコ内に生まれようとしている勢力は、恐らくまだその先を示す指導者を持たぬ存在。ただ闇雲に現状の不安不満を煽るだけに終始している。

 俺はそう感じている」

「その者の最終的な狙いが何なのか、突き止めたいところではあるが、今はまだ難しそうだな」

「すまんが、俺は俺で動かねばならん。お前に助力することはできん。

 だが、一つだけ言えるのは、今回の騒動には恐らく『巨悪』が関わっている。推測の域は出んが、俺の中では限りなく確証に近い。新しい勢力は、ドレーノの純粋な心の叫びから生まれたものではない。それに惑わされるなよ」

「そうだな。

 だが、ドレーノンの心の動きは、その勢力の動向をきっかけに己の気持ちとして覚醒する可能性はある。その時、それを不当に抑え付ける力への防波堤になれればと思っている」

 ラン=サイディールは軍事国家から貿易国家へと移行を果たした。ドレーノを軍事的に縛る事にドレーノ総督が固執しても、総督の権力母体であるラン=サイディールが変われば、全て変わってしまう。自分にはラン=サイディールや、総督という地位に対して未練があるわけではない。ドレーノの人々がそれを望むなら、独立もありだろう、とレベセスは思う。

 この地を離れ、ラン=サイディールにも戻らないとしたら、自身はこれからどうするのだろうか。そんなことをふと考えた。

(……いずれ奴と共闘する日が来るかもしれない。かつてのあの時のように)

 別の方向を向いていながら、実は同じ所にゴールを置いている。あの時もそうだった。

 にやりと口角を上げ、ガガロは立ち上がると、コート掛けの黒マントを身に付けながら、呟いた。その足取りは、直前まで果実酒をあおり続けていた男のそれとは思えなかった。

 レベセスはグラスを手にしながら、中空を見つめ、ガガロの所作を目で追うことをしなかった。

「……もう行くのか」

「ああ。時間を無駄にはできん。カタラット国にあると分かっただけで十分だ」

 ガガロは一瞬笑みを浮かべたように見えた。彼は、座したままのレベセスの横を抜け、扉から表へと出て行った。

 ガガロが総督府を辞し、その直後遠ざかる気配を感じたレベセスだったが、彼は決して動こうとしなかった。

 レベセスとガガロはまだ互いに関わるだろう。妙な確信がそこにあった。

 ガガロの助言を自分なりに解釈し、次の手を打たねば。

 彼は去り際にこう言った。

「敵はこちらに見えぬ所でよく見ている。『火の手』は、最も目につかぬところから上がるだろう」

 と。

タイトルちょっと変更しました。

どこに何書いたか覚えていないと、参照するんですが、探すのに手間なので(笑)

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