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界遊記  作者: かえで
ドレーノ擾乱
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ドレーノ擾乱 ~ 間奏 ~

 暴動未遂事件から、二日が過ぎた。

 レベセスの演説に、人々は半信半疑ながらも安堵の溜息をつく。というより、強引に安堵の溜息をつかざるを得なかった。例え納得には程遠くとも、無理矢理にでも自分たちを納得させなければ、彼等は眠る事も落ち着くことも出来なかったからだ。状況と選択によっては、恐ろしい結果を招いていたかもしれないという現実を目の当たりにすると……。

 あの恐ろしい出来事を、総督レベセス=アーグは見事に再現して見せた。そして、驚くべきことに、あの出来事は誰でも鍛錬さえ積めば起こせるという。

 それは、彼の者がロニーコの市民である人々を欺こうとしたという事に他ならない。

 誰でも実現可能な手品を勿体ぶって見せ、魔王の術式と喧伝し、己に従わない者を排除する事を、彼の者は暗に示した。

 しかし、それは形骸でしかなかった。

 裏を返せば、民の一人一人がその力さえ身に付けることが出来れば、彼の者を退ける事も容易になる。彼の者一人に対して、たった一人で対抗できる。ならば、民衆の力を結集すれば、彼の者など恐れる必要はどこにもないという事。

 無知とは恐ろしい。

 彼の者の言葉が嘘であると言う事に気づかなかったならば、ロニーコの人々は、危うく狂言を鵜呑みにし、狂言でもたらされた怒りと共に行動を起こしてしまう所だった。そして、人々が大きな怒りと漠然とした恐怖をそのままに振る舞えば、それが更に恐怖と混乱を引き起こす引き金となったかもしれない。

 それは、ある意味非常に危険な事。

 詭弁に踊らされて、総督を排除するという名目の下、自ら街を破壊するという大罪を犯してしまう所だった。

 それを、レベセスの助言があったとはいえ、寸での所で見破ることが出来、また、総督レベセスはその『熟慮』を評価してくれた。そして、昂った感情そのままに、宴へと突入する。

 殆どの人々は、自分たちの力の可能性を感じると同時に、彼の者の謀略を見破ることがギリギリまで出来なかった事に恐怖した。その恐怖は、少しの間目を離した隙に、危険な場所に移動した赤子を、危機の直前に救い出した時の母親の気持ちに酷似する。

 もし、一瞬でも気づくことが遅れたら、とんでもないことになっていた……。

 人々は、己の持つ無限の可能性に酔い、危うく騙されそうだった事に肝を冷やし、それを誤魔化す為に、総督レベセスの振る舞った酒の力を借りた。そして、そのまま帰路に就いた。


 明日は祝日だ。総督が急遽認めてくれた休日。一日休んで気を取り直して働こう。あの恐ろしい現象も、我々が持つという可能性も、今我々の生活にはほぼ関係ない。

 我々は別に、圧倒的な力を手に入れ、何かをしたいわけではない。何かに怯えるでもなく、何かを虐げるでもなく、ただ普通に毎日生活していたいだけなのだ。


 殆どの人々はそう考えた。

 心の何処かに違和感を覚えつつ……。




「……見事な対応だったな、レベセスよ」

 暴動が祭りに変わった日の夜、蒼い髪の戦士は、旧友の元を訪れていた。

 事務次官カンジュイームは、今回の事件と人々の心の動きを記録に残すために事務次官室に閉じ籠りっぱなしで、ガガロとはこの時会っていないが、もし仮にこの場に居合わせたとしても、目の前の蒼い髪の戦士が暴動の種をまいた、後世のドレーノで『黒マントの彼の者』と呼ばれる存在であるとは、よもや思うまい。

 ガガロとレベセスの二人は、ゼリュイアの用意した食事をとりながら、二回目の話し合いを始めていた。

 ガガロの言葉を、額面通りの賞賛と受け取る事の出来ないレベセス。

 無理もない。

 今回は、様々な要因が絡まって、人々の混乱は、表面上は収束した形になる。

 だが、ドレーノンの総督府に対する不満は明らかに存在する。一朝一夕では信頼回復が不可能なレベルで。それが今回の件で明らかになった。

 レベセスが行なってきた『比較イベント』の開催と『昇竜二法』の制定。この二つでドレーノンの不満は大分取り除けていると思っていたレベセスからすれば、この暴動未遂はやはり彼の心に重く圧し掛かる。

 『まだ足りない』と。

 ドレーノが真に自立し、ラン=サイディール国と対等の立場を結び、盟友関係になるにはまだ足りない……。

 そして、今回はレベセスの計算通りに事が進んでいたわけではない。

 ≪雷電光弾≫の着弾場所が、極力ロニーコの被害を出さないようにと考えられた場所だったからこそ、その後レベセスは≪伝≫と≪操光≫の術を使い、民衆の混乱を最小限に食い止めることが出来た。

 だが、これが魔王フィアマーグの指示、或いはガガロの気まぐれで、ロニーコの中央部に落とされていたとしたら、大惨事になっていたことは想像に難くない。

 多数の死者も出ただろうし、その後の暴動も手の付けられない物になっていただろう。その行く故は、レベセスも未だ知らぬ、象徴の薔薇城さえも崩落の危機にある現在のデイエンの様な状況になっていただろう。

 人々の心は容易に乱れる。

 それを痛感させられる出来事だった。

 まだまだ、過去のサイディーランがつけたとされる、この街の民衆の心の傷は全く癒えていない。少しでも人々の理解を超越した事象が発生すれば、たちまち民衆の心は卑屈な時代のドレーノンに逆戻りしてしまうだろう。いや、理解を越えた事象を極度に恐れるのは人間という存在の特性かも知れない。

 そして、そんな状況でガガロを抑える事はほぼ不可能に近い。次に≪雷電光弾≫を落とす場所を中心に設定すれば、その時点で趨勢は決定する。

 荒ぶる人たちは、二度は止められない。

 現状のレベセスからすれば、もはや≪雷電光弾≫を首都の中心に落とさなかったことなど、どうでもよかった。今まさに、ガガロがその気になれば、この都市を護ることが出来ない事がはっきりしているからだ。

「……聖剣はここにはない。身の回りに置いておいても全く用はないからな」

 レベセスは、日中の出来事で、人々に振る舞ったのと同じ肉料理を口に運びながら、言葉を発する。その言葉は、レベセスの完全敗北を意味していた。

「レベセスよ、聖剣を譲ってもらえるという理解でよいのか?」

 レベセスは、ガガロの不躾ともいえる問いには、すんなりとは答えなかった。応えられる筈も無い。

 無論、聖剣をガガロに譲り渡すことを承認したくはない。

 だが、現況では、単純に渡さざるを得ない。

 もう一度同じ事をされれば、今度は流石に如何なる手段をもってしてもロニーコの住民は抑えきれない。

 人々の心はバランスを崩し、見えない恐怖に抗う為に戦い続けるだろう。その行動は暗闇の中、隣に立つ愛すべき者や、背後に立つ守るべき者を切りつける行為に直結し、やがてドレーノは暴動に発展し、いずれ崩壊する。

 それをレベセスは痛いほどに解っていた。

 剣を振るって戦っていた以前とは違う。剣を使わず、護る事。それこそが今の彼にとって重要な要素。

 身近な民衆を護れない人間が、精霊神大戦争の回避だの、巨悪の襲来への対抗だの、スケールの大きな話をしたところで何の説得力があるだろうか。

 精霊神大戦争が起きる前に。

 巨悪がこの世界を壊す前に。

 レベセスが守るべきこの国が滅びてしまっては何もならない。

 聖勇者として世界を護った後の彼からすれば、守った筈の世界を壊されることは我慢ならなかっただろう。だが、それでも力ある者から世界を守る為の聖剣を放棄した以上、彼はそれを言う資格はないという事か。

 目に見える範囲を護りたい。

 ある高名な戦士はそう語った。

 だが、今の為政者としてのレベセスにとって、世界は広く見えすぎるのだ。目に見える範囲が。

「やはり、私としては精霊神大戦争の再発の方が恐ろしい。

 その気持ちは変わらない。得体の知れぬ巨悪より、現実味を帯びる精霊神大戦争の発生を阻止したいという気持ちの方が強い。

 だがガガロよ、お前はそれを許すまい。

 それは、魔王フィアマーグの影響なのか。はたまた、世界を回ったお前が得た結論なのか。それはわからん。そして、それを知った所で、現状は何も変わらん。

 ……一つ約束をしてほしい。

 巨悪亡き後、精霊神大戦争の再発だけは、絶対に阻止してくれ。

 私は、聖剣をお前に預けてしまうと、戦士としての力は失ったに等しい。私は、ロニーコの安定はドレーノの安定に繋がり、その安定は世界の安定に繋がると思っている。例え、世界が平和であると言っても、ドレーノの不安の上に成り立つ平和など、私にとっては意味がない。それを忘れないでほしい」

 ガガロはゆっくりと頷いた。そして、注がれた酒をゆっくりと喉に流し込んだ。

 そんなガガロの表情を見て、レベセスもいたたまれない気持ちになった。

 ガガロは決して殺戮が好きな男ではない。そんな彼が、人々の命を大量に奪いかねない≪雷電光弾≫の発射に嬉々として取り組めるはずもない。

 何も言えない。どんな言葉を掛けていいのかわからない。

 その思考を繰り返しては、彼は酒を口にするたび、ガガロに声を掛け続けた。

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