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界遊記  作者: かえで
ドレーノ擾乱
54/252

ガガロの決意

 交渉は決裂した。

 主張は平行線だった。

 ガガロは巨悪に対抗する為の準備を一刻も早く始めるべきだと主張し、レベセスは古代帝国を滅亡させた精霊神大戦争の再発を恐れた。

 魔王は存在する。

 ガガロはそう言った。

 ガガロ自身もフィアマーグとの邂逅はない。だが、その巨大な力はガガロに命令の遂行を厳命する。

 魔王が存在するなら、神も存在する筈。ならば、ザムマーグの意見を何とかして聞きたい。全てを知る神なら、レベセスの納得する答えも準備できる筈だ。そして、二つの世界崩壊の危機。どちらを残し、どちらを対応するのか。或いはその両方を回避する方法があるのかどうか。

 レベセスとガガロ双方の情報の不足。それが今回の交渉の決裂理由だった。

 交渉が決裂すれば、後は実力行使。

 ガガロが光龍剣を入手しない選択肢はない。

 レベセスが光龍剣を渡す選択肢はない。

 双方が戦うしかない。

 問題は、ガガロが光龍剣の所在を知らない事だった。もし、レベセスが聖剣を所持しているならば、それを強奪すればよい事。かつての戦友であろうと、自身が決めた目的を達するのに邪魔であれば排除する。

 対するレベセスは殺されても口を割らないだろう。だが、何とかして口を割らせるしかない。割らなければレベセスの勝ち、という構図はガガロにとっては非常に不利になる。


 食事を終えたガガロは、ゆっくりと席を立った。

「ありがとう。馳走になった」

 ガガロはそのまま背後の外套掛けから己のマントを取り、静かに纏った。この炎天下の中、彼は黒いマントを使い続ける。

「……どうする気だ……?」

 ガガロ退出の雰囲気を感じ取った少女ゼリュイアが、敷居布を上げて入ってくる。皿を下げるつもりで、お盆を小脇に抱えている。

「お口に合いましたでしょうか?」

 皿に残り物が全くない状態だ。ゼリュイアの作った料理にガガロもレベセスも満足したのは間違いない。それでも、美しい緋の目の男に尋ねざるを得なかった。どうしてもその口から感想を聞きたかったのは、少女の我儘以外の何者でもない。

 吸い込まれるような黒い瞳に真正面から見つめられると、ガガロの決意も揺るぎそうだった。それでも、彼は彼の目的を達しなければならない。

「ありがとう。機会があればまた馳走に与りたいものだ」

 一瞬の間の後、少女の頬が少し紅潮する。ガガロの言葉がさぞかし嬉しく、興奮したのだろう。

 レベセスは、すぐに皿を下げることをせずに、ガガロの傍で言葉を待つ少女を見て、現在起こりうる最悪の状況を想定した。

 この男は、少女ゼリュイアを人質にする選択肢をとるのではないか? この少女を人質にとる事で、自分から譲歩を引き出そうとしているのではないか? ならば、その前に一撃でガガロを倒さねばなるまい。

 だが、その策はあるのか?

 レベセスはガガロの挙動から、ガガロの意図を何とか汲み取ろうとした。そして、ガガロの一挙手一投足、ゼリュイアの一挙手一投足に意識を集中しつつ、この場でガガロを倒す策を練る。


 実は、レベセスは過去にガガロ以外のガイガロス人とも戦ったことがある。

 ガイガロス人には、蒼い髪と青白い肌、瞳孔が縦長である事や犬歯が明らかに発達しているなど、人間との容姿の違いは多々ある。だが、最大の特徴は、人間の黒目に相当する部分が鮮血の赤であること。

 この緋の目こそが、かつてガイガロス人が魔族として恐れられた時代の伝承として、人々の心に深く刻み込まれている。

 非常に身体能力が高く、通常ではどのような戦闘訓練を積んだ人間であっても、ガイガロス人を倒すことは不可能だ。そもそも人間とガイガロス人とでは基本的な能力が違いすぎる。

 だが、聖剣の力で増幅された氣をコントロールし、身体能力を高める事で、レベセスはガイガロス人たちと互角以上に戦い、今日まで生き永らえてきた。

 面白い事に、人間にも聖剣を抜くことが出来る者、所謂所有者の資格がある者とそうでない者がいるように、ガイガロス人の中にも、聖剣を抜くことが出来る者とそうでない者がいるらしかった。

 だが、ガイガロス人という種族は、聖剣を抜くことが出来る聖剣の所有者『聖勇者』としての資格を有する者であっても、聖剣の力を引き出すことはできないようだ。

 ガイガロス人という魔族と聖剣の持つ属性が相反する物だからなのか、その原因はわからない。

 その一方で、ガイガロス人は氣のコントロール技術に長けているようで、鍛錬を積み氣のコントロールを修得する事で、人間を大きく上回る身体能力以上に、高い戦闘能力を有することが出来る。つまり、鍛錬次第で聖剣を使わずとも、聖剣を使用した時の様な力を引き出せるという事だ。

 実は、それはレベセスも同じだ。

 聖剣を所持しておらずとも、氣のコントロールも多少は可能になった。聖剣を使用することで、徐々に体が氣のコントロールのコツを覚えていくという事なのだろうか。

 聖剣を使用した戦闘は、聖剣そのものの切れ味によって優位性を確保する物ではない。どちらかというと、聖剣が媒体となって、使用者の生命エネルギーである『氣』の増幅とコントロールを補助する役割を担い、身体能力で圧倒する戦闘が殆どだ。

 それゆえ、聖剣を発動しない状態での人間とガイガロス人との戦闘の場合、剣技が優れている兵士であろうと、速さが秀でている戦士であろうと、大勢に影響はないということだ。

 それだけ氣をコントロールする術を身に付け、身体能力を増加させた存在の強さが際立っているのだという事だ。

 レベセスは結論する。

『あの時』のガガロは、レベセスが全力で聖剣を使った時と同じように氣のコントロールを行なうことが出来ていた。そのガガロの氣のコントロール技術が落ちているとは考えられない。となると、今のガガロの実力は当時と同じかそれ以上という事。

 そんなガガロを倒すのには、やはり聖剣の力が必要だ。

 聖剣の所有者ならば聖剣を呼び出すことは可能だろう。だが、剣を呼び寄せて戦いを挑み敗北した場合、ガガロの手に光龍剣が移る。

 彼も聖剣の勇者、聖勇者の資格がある以上、彼の手元に剣は行くだろう。その時、世界は精霊神大戦争にまた一歩近づく。

 ならば、光龍剣を呼び寄せずに、ガガロの持つ聖剣を奪取し、死神の剣を振るう事でガガロを退ければよい。

 奇策?

 確かに奇策だ。

 だが、聖勇者ならば四本の聖剣全てを同じように使うことが出来る。であれば、ガガロから死神の剣を奪い、ガガロと対峙する。それこそがこの状況を打開する唯一無二の方法だ。

 レベセスは、静かに氣を溜め、来たる一瞬に備えた。

 チャンスは、ガガロがゼリュイアを抑えたその瞬間だ。そのタイミングで、全力で襲撃を敢行し、ガガロから死神の剣を奪い、聖剣を発動させる。ガガロもまさか自分が剣を奪われるだろうとは思っていない。そこに付け入る隙がある。


 だが、ガガロはゼリュイアの頭に手を乗せると、そのまま敷居布を手でかき上げ、歩み去った。ややあって、玄関の扉が閉まった音がする。

 後には、呆けたようにガガロを見送るゼリュイアが残されただけだった。




 レベセスとの再会、そして交渉が終了し、二日が経過した。

 ガガロは、ロニーコの遥か上空にいた。地上から彼を見たとしても、黒い点にしか見えなかっただろう。そして、いちいち空を仰ぎ見る人間などいはしない。

 黒い外套が風を大きく孕む。赤道直下のロニーコを撫でる風は、その全てが陸風と海風だ。

 上空にいるガガロにとっては、日の出は済んでいるが、地表のロニーコは日の出間際の黎明の筈。これだけ上空にいると、地表部の何処まで陽が当たり、何処から陽が射していないのかがわかる。

 この幻想的な光景を美しいと感じている余裕は、ガガロにはない。これからガガロは、己の意志に反する行動を起こさねばならない。

 大義の為に己の意志を黙殺する。

 本当であれば、時間をかけてレベセスを説得し、光龍剣を譲渡してもらう。できれば、フィアマーグの計画に賛同してもらい、レベセスにも協力を仰ぎたいくらいだ。

 だが、フィアマーグは人間からすれば宿敵の魔王。フィアマーグが何をしたという事はまだないのだが、『精霊神大戦争』でのフィアマーグのイメージは改善していないのが現状だ。事情を説明したところでレベセスの協力が取り付けられるとは思えなかった。そして、現在は火急の事態。譲渡してもらう事に時間を割いていられないのだ。

 少年ファルガの持つ勇者の剣は、そのまま所持させておけ、との指示がフィアマーグからあった。聖勇者になりつつあるファルガを育てる為にも、聖剣と共に様々な経験をさせる必要がある。フィアマーグはそう判断した。それ以上の事をガガロは言えない。

 聖剣の最後の一本『刃殺し』は、ガガロが所持している。現在の所有者はいない。かつての心の師であった男の命と引き換えに手に入れた。そして、それを彼はフィアマーグの神殿で管理する。

 巨悪に対する為には、聖剣を四本揃えるのは最低条件だ。その上で、『神勇』と『神賢』を揃えなければならない、とはフィアマーグの弁。

 『神勇』とは何なのか。『神賢』とは何なのか。

 これはフィアマーグしかわからない。だが、ガガロはそれに従うしかない。

 時間がない。

 フィアマーグの予測では、後三年。そこまでに巨悪を迎え撃つことのできる環境に持って行く必要がある。

「……あまりに短い。三年とは」

 双眸を細め、太陽を見る。真っ赤な球体が地平線の上に昇り、徐々に黄色、そして白色へと色を変えていく。

(やはりこの方法しかないのか)

 ため息をつくガガロ。

 だが、取り巻く状況は何ら変わらない。

 ならば、やるしかない。それが世界を守る為ならば。

 己の存在を拒否したこの世界を護るのに何の意味がある?

 そんな考えを、己に問いかけたことがある。だが、出てくる結論は、やはりこの世界を消したくない。なんとしてもこの世界を護りたいのだ。

「世界が無くなってしまえば、俺の名など残らん。ならば、敢えてこの俺の悪名だけでもこの世に残してやる。それが殺されていく者達への手向けだ。

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