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界遊記  作者: かえで
ドレーノ擾乱

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ガガロの訪問2

「久しいな、ガガロ」

「そうだな。あの日以来か」

「お前は『あの』後、姿を消したな。どうしていた……?」

 蒼い髪の剣士と向き合うのは短髪の戦士。総督とは、どちらかというと政治家。だが、ただの政治家と感じさせない独特の雰囲気がその男にはある。

 すらりと伸びた身体は程よく締まる。ドレーノ国の総督を拝命して以来、鎧は身に付けていない。彼が身に纏っているのは、ドレーノの民族衣装である白いガラビア。ターバンこそ巻いていないが、暑さ対策のサンダルは、まさにドレーノ国の成人男子の普段着のままだった。腰にはサーベルを身に付けているが、かつて世界の存亡をかけて戦った聖勇者の扱う聖剣とは全くデザインが違っている。これが聖剣とはとても思えないほどに弱々しい剣だった。

 切れ長の双眸は相手に対して鋭い眼差しを向ける。旧友の来訪を決して歓迎しているようには見えない。二重瞼に通った鼻筋、娘に似ているが若干太い眉。薄く引き締まった口元には、どちらかといえば苛立ちすら感じられる。女性のような綺麗な顔立ちをしているものの、それはそのまま体の線の細さを意味しない。見るからに屈強な戦士ではないだけで、女装をすればかなり背の高めの女性ということで十分通用するだろう。その趣味がないのは、娘のレーテにとっては救いだったが、民族衣装のカラビアに身を包むレベセスは、酷く中性的な容姿になってしまったため、口髭を蓄えざるを得なくなったのは、ある意味皮肉なことかもしれない。

「闇に堕ちたお前が、聖剣を欲したという噂は聞いている。そろそろ来ると思っていた」

 取り付くしまもないレベセスの言い草に、ガガロは自嘲の笑みを浮かべた。

「堕ちたつもりはない。俺はそれが最もこの世界にダメージが少ない選択だと考えただけだ。それが堕落だというなら、それはそうなのだろう。その結果がそう見えるだけなのかもしれないが」

「……手段を選ばなくなった時点で、幾ら目的を達しようと堕落の誹りは免れん。それはまごうことなき事実。目的の達成は、過程が正しく行われることによって初めてなされたと言える物」

「それは重々承知している。だが、手段を選んでいて世界が消えたなら、それは本末転倒。誰を護るために戦うのか。選択した方法の差に過ぎない。目的は同じだ」

 総督府の応接室。

 大理石の床には白い毛皮が敷かれ、その毛皮の上にテーブルとソファーが準備されている。レベセスはホスト席に座り、ガガロはビジター席に腰を下ろしていた。天井には空気の攪拌機があり、その巨大な翼はゆっくりと、しかし確実に空気をかき混ぜていく。

 ガガロのフードがふわふわ揺れる。攪拌機の起こす風の影響だ。だが、そのおかげでこの応接室も、風が抜けて非常に過ごしやすい環境になっている。

「ガガロよ、マントを脱いだらどうだ。ここはお前が警戒するべきものは何もない」

 来訪して数瞬で一触即発の空気になった、南国の総督府の一室。流石にレベセスもすぐに戦闘状態に突入したくないという思惑があったのだろうか。少しガガロの興奮を治めるための会話を織り込もうとした。だが、ガガロは相当に急いでいるようで、しきりにレベセスに勝負を迫る。

「その剣、どうしたら私に渡す?」

 レベセスの両目が細くなる。

 対決は避けられないか。だが、今の自分の状態ではガガロとはまともに戦えない。今のガガロとは、第三段階の聖剣を所持した状態で、やっと互角と言える。退ける事はできるかもしれないが、倒すことは不可能。そして、今戦闘が始まったとすると、十割勝ち目はない。

 レベセスの背に冷たい物が走る。ガガロの目は本気だ。彼の愚直なほどの感情は、理解するに余りある。

 その時、室外から声がかかる。この地方では扉は室内には設置しない。部屋の用途ごとに区分けをするときは、その境に布を垂らす。防音などの効果はほぼないに等しいが、酷暑のその地方において、温度が篭る設備は人の生死に関わるからだ。

 レベセスは、フードをそのままに、とガガロに目配せをすると、入室を許可した。

 敷居布を上げて入ってきたのは、先程ガガロが花を購入した少女に勝るとも劣らない、南国特有の瞳の美しい少女だった。薄く日焼けした褐色の肌に、クリクリと動く瞳の大きな美しい少女。地域柄だろうか、少女は頭頂にだけ髪を長く残し、ほかの面を刈り上げている。だが、その長い髪が顔以外の全てを、通常の切りそろえたような状態で隠していたため、一見すると髪を短くして肩上で揃えているような印象を受ける。時より側頭部に覗く地肌も、既に褐色に焼けているため、それほど違和感はない。鉢回りに細いチェーンが巻かれ、そこにカットされた赤い宝石が施されたヘッドドレスが、少女を少女然とさせず、大人の女性に見せている。また、民族衣装のガラビアを身に纏っているため、その生地の白さが浮き立つ。サンダルもこの地特有のつま先上がりだ。

「お水をお持ちしました」

 一触即発の空気を感じる筈も無い少女は、そういうと手早く二人の男性の前に水を灌ぐ。微かに香るのは、この地方で採れる柑橘類の皮から煮出したであろう甘酸っぱい香り。ほんの少しでも水を味わってもらいたいという少女なりの心遣いだ。

 ガガロは礼を言うと、グラスの水を一気に煽ろうとして、微かな香りに手を止めた。ガガロも少女の気遣いがわかったらしい。何度か香りを堪能した後、水を味わいながら飲んだ。

 ガガロはそれ以上何も言葉を発しなかったが、それは彼の最大の賞賛であることをレベセスは見抜いていた。同時に、この一杯の水は、ガガロのささくれだった心を急激に癒している事も、南国の総督は勘付いている。

「……すまないが、もう一杯貰えないだろうか」

 ガガロは、きまりが悪そうにグラスを少女に向かって差し出す。少女は即座に返事をすると、すぐにポットからグラスへと水を注いだ。心なしか、少女の頬が紅潮しているように見える。レベセスが応接室に通すほどの客人が、自分の準備した水を喜んでくれている事が、少女からすれば何とも嬉しかったようだ。

 ポットを持って部屋から出て行く直前に、ガガロに気付かれぬよう、少女は軽く拳を握りしめ、自分の胸元に引く仕草を見せ、レベセスへと自分の感情をアピールした。

 レベセスは表立ってそれに対する大きいアクションは起こさなかったが、ニヤリとする。

 レベセスの相槌は少女に届いただろうか。少女は仕切り布を潜り、足取り軽く出て行った。

 少女が遠ざかったことが気配で感じられたガガロは、ゆっくりと自身が被ったフードを降ろした。フードに隠れていた、ガイガロス人独特の緋の目を隠すものはない。

 鮮血の如くに赤い黒目部分。そこに縦に割れた黒い瞳孔。猫目とも爬虫類目とも称されるが、爬虫類人に分類されるガイガロス人の外見上の特徴としては一番わかりやすい物だろう。

 その特徴を、ガガロはレベセスの前では隠すことはない。それは、レベセスに対するガガロの絶対的な信頼の証でもある。そして、ガガロの正体は無論の事、ガガロの素性から思想から全て知っているレベセスにすれば、フードによる目隠しなど何の意味もなかった。

「その緋の目、久しぶりに見たが、相変わらず美しいな。黒い瞳も良いが、紅い瞳も趣がある」

 笑わぬはずのガガロの微笑は、一体何を意味するのか。

「そういってくれるのは、お前と奴位のものだ。もっとも、お前も奴もガイガロス人とはかなり縁が深い。緋の目程度で驚くはずもない」

「そうでもないさ……」

 その言葉通り、次の少女との邂逅で、彼は緋の目を少女に晒すことになる。だが、少女はその緋の目に驚きこそすれ、怯える事はなかった。少女も、レベセスと同じように『綺麗だ』と、かつては悪魔の目だと言われたガイガロスの緋の目を評したのだった。

「で、話を元に戻そうか。あれほど死に場所を求めていたお前が、何故また聖剣を揃えようと思い至った?」

 冷静になったガガロ。その緋の目から、焦りの色が消えた。そして、その口から出る言葉は、レベセスへの協力依頼だった。

「『精霊神大戦争』は知っていよう。世界に様々な技術を残した古代帝国。その帝国が滅んだと言われる戦争。

 だが、お前は知らないはずだ。古代帝国が何と闘ったのかを。最強の種族ガイガロスと共闘関係を結んでいた古代帝国が、一体何と戦い、滅んだのか」

 レベセスの目付きが変わる。

 ガガロが口にしようとしているのは、かつて共に闘い、世界を救うために犠牲となった親友が最も知りたがっていた事。その事をガガロは突き止めたという事なのだろうか。

「古代帝国とガイガロスが手を組み、共闘した敵とは『巨悪』」

「巨悪? それは何かの隠語か? それとも古代帝国を滅ぼした存在そのものの名なのか?」

 ガガロが熱く語ろうとする情報は、人間である彼には少し理解しづらい。ガガロの主張を理解する為の更なる情報提供をレベセスは求めた。

 だが、そのガガロの答えは抽象的過ぎた。

「巨悪というのは、当然その存在の名ではない。ただ、その存在は確かにある。古代帝国と共に、フィアマーグ様も戦った。無論、貴様らの神ザムマーグもな。そして、巨悪の攻撃を凌ぎ切り、この世界を何とか維持することが出来た。だが、その代償は古代帝国の崩壊と聖剣の誕生だった」

「聖剣の誕生?」

 どうもガガロの言葉の意味が通らない。

 戦って敵の攻撃を凌いで、追い返している。

 それはどう見てもプラスの要素。だが、巨悪とやらを追い返した代償が、聖剣の誕生だとは。つまり、様々な武具の見本とされる四本の聖剣が、巨悪との戦いの代償として作られたという事なのだが、どうもレベセスの耳にはその事象がいい形で聞こえてこない。

 聖剣が四本集まって、巨悪を退けたのではないのか。それならば、『聖剣を全て揃えた人間は、世界を手に入れるほどの力を手にすることが出来る』という言い伝えの意味も解る。だが、ガガロの言葉は、聖剣の誕生は巨悪との戦いの後だと明確に告げている。どうも事実関係が逆だと感じざるを得ない。

 聖剣とは何なのか。以前から感じていた問いだ。所有者に圧倒的な力を与える剣。だが、それだけでは『聖剣』たりえない。力のあるだけの剣ならば、妖刀とも魔剣とも言われるだろう。だが、それが『聖剣』であるなら、それ相応の理由がある筈なのだ。

 暫くの沈黙。やがて、レベセスは呻くように言葉を発した。

「すんなりとは理解できん話ではあるが、いずれにせよ、お前やお前を動かしている魔王フィアマーグは聖剣を欲しているという事だな。それは理解した。

 だが、渡すわけにはいかん」

 ガガロは表情一つ変えない。まるで、レベセスの答えを予測していたかのように。

「お前は何か勘違いしている。

 お前は俺を『堕ちた』と評した。だが、俺は……、俺とフィアマーグ様は、この世界を残す為の戦いをする準備をしている。巨悪の再度の来襲が迫っている以上、その迎撃態勢を取るのは至極当たり前のこと。お前に手を貸してほしいと言っているのだ」

「お前のやろうとしている方法、いや、フィアマーグのやろうとしていることに賛同はできん。目的は十分賛同できる要素はあるとは思っているが。

『精霊神大戦争』の構図は、巨悪対神と魔王、ではないのだろう。

 巨悪対神対魔王。

 そうだからこそ、古代帝国は滅んだのではないのか? 巨悪を追い返した後の神と魔王との戦いが、浮遊大陸を墜落させたのではないのか? その戦いこそが大量の古代帝国人を滅ぼし、ガイガロスの真の王がこの地を去る原因になったのではないのか? 国のない時代が暫くの間続いたのも、その戦いで全ての物が失われたからではないのか?」

 シェラガは、怒りに任せてガガロに言葉を叩きつけた。それが真実かどうかはわからない。だが、親友が命を賭して調べ続け、また自分自身が柵の中調査し、たどり着いた結論は、少なくとも正義対悪の安易な二元論による、圧倒的な規模で行われた戦争でなかった。

 ガガロとレベセスの会談は二度目の決裂の危機を迎えた。

 だが、そのタイミングで、少女は出来上がった料理を持ち込んできた。

 少女は、初めて緋の目を見た。少女は溜息をつく。宝石の様な瞳の色に。

 そんな少女の反応を見たガガロは、ほんの少しだけ、これから行おうとする行為に躊躇した。

 食事の時間の沈黙は、聖勇者レベセス=アーグとガイガロスの戦士、ガガロ=ドンの互いの主張を互いに反芻する時間となった。

 巨悪による世界崩壊を恐れるフィアマーグとガガロ。そして、神ザムマーグと魔王フィアマーグとの戦闘により『精霊神大戦争』の再勃発を恐れるレベセス。三百年前の二つの危機が、再度起ころうとしている事実はわかったが、その回避方法があるのか。

 そもそも、フィアマーグそのものが伝説の魔王。当然レベセスは接したことはない。だが、もしガガロの言葉の通り、魔王フィアマーグが実在するのなら、神ザムマーグも実在しても良いのではないか。そうすれば、ザムマーグの主張も解ろうという物。

 必死になってドレーノの改変に当たってきたレベセスだったが、突然その眼前に現れた巨大な『山』に立ち向かうには、力不足が否めない。

 巨悪とは何なのか。それを知りたかったが残念ながら、それを知る方法は今のレベセスにはなかった。

一度投稿します。後で微調整するかもしれません。

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