ファルガの衣替え
「貴方、いつまでその服を着ているつもりなの?」
最初はデイエンでの激闘で泥だらけ、煤だらけになった格好が汚らしい、何とかならないのか、という指摘を受けたのだと思ったファルガ。そこから何か厄介な問題に発展していくのではないかと身構えざるをえない。
無理もない。
ラン=サイディール首都デイエンから離れ、SMGの本部ルイテウまでやってきたラマ村出身の少年ファルガ。デイエンの貴族に準ずる生活水準を与えられていながら、本人の意図せぬ所で追われる様にその地を去らざるをえなかった少女レーテ。
崩落していく栄華の証明『薔薇城』をなす術もなく見ているしかなかった少年と少女は、精神的にも肉体的にも極限状態だった。そして、兎に角その場から離れる選択をした結果、その行き先があのSMGの本拠地だった。
当面自分たちに牙を剥いている敵はいなくなったが、当然この地も安心できる場所というわけではない。レーテの破天荒とも言うべき交渉の結果、ドレーノへ送り届けてもらう承諾はヒータックから取り付けたものの、この直後にどうなるかわかったものではない。
何しろここはSMGの本拠地だ。
あのマーシアンやソヴァが恐れた組織。ともすれば国を滅ぼす選択を容易にしかねない気性と力とを持ち合わせた人間達が彷徨いているかもしれぬ所。今でこそSMGとの関係は表面上悪化していないように感じられるが、一寸先は闇だ。油断など出来はしない。知識も経験もない状態で放り出されたファルガとレーテが、SMGの本拠地ルイテウという場所は魑魅魍魎の跋扈する場所だ、という認識でいても全く不思議はない。救いのない状況下に置かれたファルガとレーテが、錯乱状態にも自暴自棄にも陥らなかったのは、単に運が良かったという他ない。
この極限状態が継続する中、個室を準備して貰えるというのは、僅かな救いだった。少なくとも危険からは一瞬遠ざかることはできる。もし、その後危険が襲ってきたとしても、個室であればほんの少しだけ間ができ、危機を回避するチャンスが生まれる。実際はそうはいかないかもしれないが、少なくとも今ここで、ほんの少し危機から逃れられるという安堵感を感じられただけでも幸せだったかもしれない。
だが、個室に到着する直前に投げかけられたサキの言葉。一瞬身構えたファルガだったが、どうもその視線からは悪意を感じない。そして、悪意を排除して考えると、サキの指摘の意味がどうにも意味がわからない。
警戒を無理矢理解くと、後は疑問のみが残る。不思議そうな表情を浮かべ、自分の身なりを確認するファルガ。
一瞬の沈黙の後、愕然とする。
(そういえばそうだった! 俺は女物の服を着ていたんだった!)
彼が身につけたのは、薔薇城の侍女たちが身に纏う服。
薔薇城からの逃亡中、収監着を身につけていたファルガは、追手に対して嫌でも目立つ格好だった。追手の目を掻い潜るために飛び込んだ部屋がたまたま衣装部屋だった。その場所で、暗がりの中必死に服を探す。サイズの合わない服はむしろ人の視線を誘導しやすいという考えのあったファルガは、とにかくサイズが自分にあったものを探し、暗がりの中袖を通した。その結果がメイド服だったのだが、その服に愕然としたのを思い出した。
なんだこの服は。だが、今更別の服に着替えている時間もない。
そう割り切り、その後の行動をとった。
鐘楼堂での激闘で、自分の身なりの事などすっかり忘れていたが、サキの指摘で改めて自分の服装を思い出させられた格好になる。
SMG頭領との緊迫の面会も、この格好で行なったのかと考えると、ファルガは自分自身がいたたまれなくなった。
難しくも悲しげな表情を浮かべるファルガ。
服は今すぐ変えたいが、替えの服はない。どこかで買おうにも無一文だ。それに何よりここは上空のルイテウ。この状態で暫く過ごさざるをえないという事だ。
ふと隣を見ると、哀れみと僅かばかりの嫌悪の視線でまじまじと彼を見つめるレーテ。
悲壮感漂うファルガの表情と、好奇とも侮蔑とも嫌悪ともとれるレーテの視線。
流石にこの状態でのファルガは余りに可哀想すぎる。
サキは大きなため息をついた。
「……わかったわよ。一着服を準備させる。但し、文句は言わないでね? 町にあるような流行りの服なんかないからね」
こうして、ファルガは激闘を共に掻い潜った服と別れを告げることになった。しかし、メイド服を着た少年剣士の話は、ファルガがルイテウを去った後も暫くの間は語り継がれることになる。それは、決して彼だけのせいではあるまい。
ファルガがサキより与えられたのは、SMGの戦闘服。
なめし革に似た素材で作られた両肩、心臓部、股間部、両膝、両脛ガードするためのプロテクターのついた黒装束。プロテクター部分は締まっているが、他の部位は動きを妨げないように少しゆとりがあるようにも見える。
ファルガは、その衣装の上から剣を背負った。剣を固定するベルトは鞘に付属していたが、ヒータックの見立てでは、剣と鞘は一式のようだが、ベルトは後から付けられた物らしかった。その証拠に、ジョーとの激闘、そしてガガロとの激闘では摩耗が進み、ちぎれる直前になっていた。
もっとも、聖剣自体は放置してもファルガの後を追い続けるようなので、無くす心配はなさそうだが。
当初の緊張感などどこ吹く風と言わんばかりに、個室に入ったファルガとレーテは、寝床に横たわった瞬間、気を失うように深い眠りについた。
翌朝、陽のまだ昇らぬうちに、ヒータックの操縦する飛天龍は、戦闘服を着たファルガと冒険者の服を身に付けたレーテを乗せ、一路地上へと降下を開始した。
ファルガがメイド服だったこと、すっかり忘れていました(笑)
というわけで、自分の頭の中を切り替える為にエピソードと共に明文化しました。
一応、ファルガの今後の正式な衣装となる予定です。




