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界遊記  作者: かえで
ルイテウにて1
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レーテの要求

 リーザは言葉少なに語り終わると、そのまま窓の外に視線を移した。

 その表情には、何十年と沈黙を守り続けていたことを口にしてしまった罪悪感と、ずっと口をつぐんでいた内容を、やっと吐き出すことの出来た解放感。そして、秘密が秘密でなくなり、それがもう二度と戻らないという一抹の寂しさ。それら全ての感情がリーザの心を包んだ。

 リーザの部屋の空気から、張り詰めた何かが消えた。

 この場にいた全ての人間が、リーザが泣いていることを察した。

 涙も流さず、嗚咽するわけでもなく、慟哭もしない。

 身動き一つせず、無言で窓の外の輝く雲を見つめる老婆。その姿は、激情的な悲しみのない、摩耗し徐々に風化して消滅していく、退廃的な何か、としか捉えることができなかった。

 部屋の中の時間が止まった気がした。




「多分、奴はドレーノを目指すだろう。レーテの親父さんがいるドレーノに行けば、聖剣の在り処がはっきりするだろうからな」

 言いたいことはごまんとあったはずのヒータックだったが、強大であったはずの祖母の摩耗しきった姿を目の当たりにし、言葉を飲み込んで部屋から退出するしかなかった。そんな彼が完全に悄然とすまいと、後から廊下をついてくる三人に向かって言葉を掛けた。

 列の最後尾からついてきたレーテは、暫く思いつめた表情を浮かべていたが、やがてその口を重々しく開く。

「ヒータックさん、お願いがあります。私たちをドレーノまで連れて行ってくれませんか?」

 レーテからすれば、随分と調子のいい要望だという事は、彼女自身痛いほどわかっている。だが、成り行きとはいえルイテウに連れて来られた今、彼女にはドレーノに行くことは愚か、下界に降りる術がない。父の元に走り、迫る危機を伝えられるのは彼女以外には存在しないのだ。

「ガガロという人が、なぜ聖剣を集めたいのかはわかりません。ですが、父がすんなりと聖剣を渡すとは思えません。となると、彼は父を殺して聖剣を奪おうとするに違いありません。行って役に立つとも思えないけれど、見殺しにするわけにもいきません。一刻も早く父の元に行きたい。そして、迫る危険を伝えたい」

 ヒータックは歩みを止めた。そして、ゆっくりと振り返る。

 一陣の風がレーテの脇を吹き抜けていった気がした。同時に、少女の背を脂汗が濡らす。

「……何故、俺がお前をドレーノに連れて行かねばならんのか」

 低く鋭い言葉がヒータックの口から洩れ落ちる。そこには、幾何かの怒りが含まれている。その怒りは、誰に向けられているものなのか。

「待ってくれ。

 確かにデイエンから助け出してくれたことに関しては感謝している。だけど、このまま俺たちをここに置いて、何をさせようというんだ? 役に立たない人間を二人ここに残したところで、意味なんかないだろう」

 必死のファルガの言葉も、ヒータックには届かない。というより、むしろ火に油を注いでしまった感もある。

「このまま俺がお前らを地上に戻すことの方が、色々無駄だ。どうしても降りたかったらここから飛び降りろ」

 予想外の返事に面食らうファルガ。だが、レーテはたじろいだ様子なく言い放った。

「それなら、飛天龍を一台貸してください」

「な、なに?」

 ヒータックは一瞬怯む。全く予想しない要求だったからだ。

 世界の貿易警察機関SMGの主力兵器である飛天龍を、行動を共にして一日も経っていない少女が貸せという。

 飛天龍はSMGがSMG足り得るための根幹の要件の一つであり、対外的にも非常に貴重な戦力だ。同時に、SMGの機密事項でもある。それを部外者に触らせること自体ありえない。見せてくれと言われても拒絶してしかるべきだ。今回、SMGの人間ではないファルガとレーテが搭乗させてもらえた事は、緊急の事とはいえ、SMG史上類を見ない出来事だ。

 それを何の前触れもなく、貸してくれ、などとよく言えたものだ。

 もし百歩譲って、仮に飛天龍を貸せたとして、飛天龍の操縦などレーテはしたことがない。訓練を積んだ人間でさえ、操縦ができるのは一握りの人間だ。その一握りの人間に選任されるにしても長い訓練の後の話だ。初見で操縦などできるはずもない。

 それほど操縦の難易度の高い飛天龍だ。まともな状態で返却される可能性は皆無だろう。まだ墜落の痕跡が見つかればしめたもので、ルイテウからそのまま真っ逆さまに墜落すれば、飛天龍もろとも海の藻屑と消えるだろう。痕跡すら残らず、消滅することになる。単純に飛天龍という古代帝国の技術を一機失うことになるのだ。

 だが。

 それでも、少女は主張を変えぬ。

「でも、父に迫る危機を告げられるのは私しかいません。どのような方法を使っても、ドレーノに行かなければならないんです」

 ともすれば、そのまま飛天龍の格納庫に走り、操縦方法も曖昧なまま操縦桿を握り、漆黒の空の中にその身を踊らせかねない。そんな迫力を眼前の齢十一歳の少女から感じる。

 そして、その少女の暴走を援助し、実現できる少年がそばにいる。その気になれば、飛天龍を強奪することも可能なのだ。少なくとも、少年ファルガはそれが可能な力を有している。

 二人の子供たちを押し付けていたプレッシャーが掻き消えた。

 射抜いていた視線が、ふわりと柔らかくなる。

「今日はもう休め。部屋は準備してやる。明日早朝発つ」

 ヒータックは、後ろからついてくるサキに目配せをした。

 サキは、自身が顎で使われたことに一瞬ムッとしながらも、少年と少女を休憩室に案内し始めた。

 廊下を曲がり、姿が見えなくなるまで見送ったヒータックは呟く。

「あいつらの父親も滅茶苦茶な奴らだったが、あいつらも滅茶苦茶だな」

 あの少女なら、自分が言ったことを行動に移すだろう。そして、あの少年なら、少女の願いを叶えるためにあの力を用いるだろう。蒼き髪の戦士ガガロ=ドンを退けたあの少年の力なら、それも可能だろう。

 聖剣を使い、ガガロと再度相見えるファルガ。その時、あの驚くべき戦闘がもう一度見られるのか。はたまた別の展開を見せるのか。

 もう一本の聖剣を持つ聖剣の勇者レベセス=アーグとその娘レーテが、ドレーノの地で一体何をするのか。

 一日前に降って沸いたように出来上がった人間関係。その薄弱極まりない人間関係に、何故か酷く期待している自分に気づくヒータック。

 旅をして、いろいろ見てきた気になっていた彼自身。SMGを抜け、自分ひとりの力で生きていこうと決めたものの、その過程で旅をしていた期間よりも濃い一日を過ごすことになった。その衝撃的な一日を、もう一度過ごしたいという妙な欲望が沸き上がるのを彼自身抑えきれなくなっていた。

「……なんだ。俺自身、送っていきたいだけじゃなさそうだな。奴等を見届けたい、ということなのか」

 口角が上がるのを隠しもせず、ヒータックはドックに行き、飛天龍の整備を指示した後、自室に戻った。

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