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界遊記  作者: かえで
ルイテウにて1

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ヒータックの帰投

新章です。が、この章は、閑話的な扱いになる予定です。

 中空に無数に漂う水蒸気の塊。

 人々はそれを『雲』と呼ぶ。

 ある者は、その上に乗る事を想い夢見る。彼らは、心だけで自由に大空を駆けることで、仮初の空中散歩を楽しんだ。

 またある者は、その中に失われた古代都市の存在を想い、見果てぬ想像の世界に血沸き肉踊らせた。

 時空の歪み、異世界への門としての機能を付与し、生涯そこを目指す事を心に決め、その工程を一見空虚な努力と共に愉しんだ者もいる。

 だが、その様々な試みは、妄想の中でのみ行われた。極一部の人間を除いては。

 今、少年ファルガと少女レーテは、今まさにそのマイノリティの領域に足を踏み入れようとしていた。

 そもそも、空を飛ぶのも初めての経験。上空から自らの暮らしていた都市を眺めるのも初めて。レーテが何時もツテーダ夫妻の小屋の屋根から眺めていた湾も、高所からの景色ではあるが、上空からではなかった。

 眼下の海面は、余りに上空からの眺め故、波打つ水面ではなく、蒼く広大なスクリーンにしか見えない。そして、そこに円盤や雲の影が映し出されている。途轍もなく大規模な影絵遊びだ。もっとも、少女の理解はそのような子供心溢れた代物ではなかったが。

 少女にとって、眼前に広がるそれは、唯々圧倒される光景でしかなかった。見たことのない光景は、少女に描写の術を失わせ、溜息をつかせるだけだった。

 片やファルガはといえば、眼下ではなく進行方向に目を奪われていた。

 幾つもの弾力のありそうな白い塊の脇を抜けるが、その塊にもし当たったとしたら、痛みなく優しく押し戻されるのではないか。

 そんな場面をイメージしてはどぎまぎしていた。

 口に含むと綿飴のように甘いまでとは流石に思わないが、羽毛のように柔らかそうな白い物体は、これまた想像を掻き立てる。そして、たまに触れる雲の縁を体に浴びては、『雲には触れず、冷たい物』と認識はするのだが、何度も見ているうちに同じような妄想に取り憑かれる。

 彼も少女レーテと同様、上空から周囲を見るのは初めての事だった。

 師であるズエブと共によく見ていた仕事後の夕日も、あくまで地上から見ていた空を伴う美しい景色に過ぎない。今目の当たりにしている景色は、自分の想像の範囲を大幅に超えていた。

 雲。それを題材にして自由に妄想するのは、子供から大人まで自由なのだ。

 彼は、雲に触れた際の柔らかそうな感触を妄想し、悦に入っていた。

 今まで経験した藁にシーツを被せたベッドよりも、羊の毛が沢山用いられた布団よりも柔らかくて、寝心地が良さそうだ。シーツに雲を詰め込めば、どんな高級な布団より寝心地がよいベッドができるに違いない。

 だが、そんな妄想も、眼前に立ち上る巨大で縦長の雲の存在を目の当たりにし、胡散霧消させる少年ファルガ。

(他の雲とは違う!)

 それがファルガとレーテの感想だった。

 色形は他のものと変わらず、ただその巨大な姿をしているだけの雲。だが、それは彼らの背筋に何か冷たい物をあてがった様な錯覚を与えた。

 上空は非常に風が強い。ともすれば、飛天龍上の人間を遠くに弾き飛ばしかねない程の突風が吹き荒ぶ。だが、何故かその巨大な雲の塊の傍に来た瞬間、無風になった。

 いや、果たして無風になったのだろうか。飛天龍の風に流されると風の動きが釣り合ったために無風になったと勘違いしているだけなのではないか。

 そうファルガに感じさせたのは、雲の切れ目から見える僅かな空だった。巨大な雲の塊の傍に寄った時、感情を持っているのではないかと錯覚するほどに、飛天龍のすぐそばに雲は寄り添ってきた。その次の瞬間、彼等の周りが無風になったのだが、偶々ファルガの視界は、飛天龍と雲の間から遥か眼下に広がる海を捕えていた。その海に浮かぶ眼前の島が高速で動いているような錯覚を覚えたからだ。

 この雲は生きているのか? 少なくとも普通の雲とは違う。この雲の中には一体何があるのか?

 と、突然雲の中からごつごつした岩場が現れた。眼前に漂う岩の表面にある凹凸や、その体を低く岩の表面に張りつけた高山植物の、風に煽られながらも小さく開いたピンク色の花びらの数まで数えられるほどに、飛天龍はその岩に接近していた。それらがゆっくりと下に流れていくという事は、飛天龍が上昇しているという事だ。

 だが、そこでファルガは先程同様、海を見た。眼下には、先程と同様に海が広がり、眼前には巨大な山腹が見える。

 これは、本当に岩なのか? 岩のように見える幻覚ではないのか?

 思わずファルガは両目を擦り、眼前の岩場と眼下の海とを見比べた。

 だが、見える姿は同じ。眼前の岩は大地には根差していない。

 ファルガは、もはや言葉を発することもできず、飛天龍の上に立ち尽くしていた。

 この岩は、雲の中に納まりその姿を外界に晒さない。だが、それは途轍もなく異常事態だった。巨大な岩石が中空を彷徨っているという事なのだ。それは、ありとあらゆる物理現象を無視しているからだ。

「……どうやら気づいたようだな。SMGの本拠地『ルイテウ』は海上の巨大な積乱雲内にその姿を隠す、天空に漂う巨大な岩だ」

 操縦桿を握り、前を向いたままの状態で、ファルガとレーテを誘おうとするヒータックの言葉は、彼等にとって衝撃だった。

 暫く岩の傍を上昇し続ける飛天龍。

 やがて、ずっと眼前に存在し続けた岩場が切れる。飛天龍が上昇し切ったのだ。

 眼下に広がるのは、ごつごつした岩場。そこが不自然な平地を作り出している。広いのか狭いのか、はっきりとした距離感が掴みづらかったが、岩場の中央辺りに窪みができ、やがてその窪みは漆黒の穴となった。

 ヒータックの駆る飛天龍は、何の躊躇もせずにその穴の中に、円盤の機体をゆっくりと落とし込んでいった。

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