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界遊記  作者: かえで
ラン=サイディール禍
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ラン=サイディール禍5 その後

 こうして、ラン=サイディール禍の第二幕は下ろされることになる。

 デイエンは業火に包まれ、貿易都市としての機能は停止した。

 今回の混乱は、SMGの免状を取り返そうというヒータックのデイエン侵攻、SMG頭領の孫ヒータックを援護しようという有志の出現、それらを阻止しようという聖剣の勇者の出現、そしてそれらを全て覆い尽くすようなベニーバの欲望に駆られた行動が原因だと言える。しかし、そのどれもが同じタイミングで起きない限りは、ここまでの悲劇は生まなかっただろう。

 諸悪の根源であるベニーバは、業火に包まれた鐘楼堂へと続く塔の中に残された。飛天龍が飛び去った後で、塔の崩落から脱出できたかどうかは定かではない。現時点でベニーバの生死ははっきりしない。そして、この混乱ではベニーバの息子リャニップの生死も不明だ。混乱の炎があちこちで噴出した際、リャニップは城の自室で怯えていたという。その後、リャニップが滞在したとされる自室が焼け落ちたという記録もあり、また、その後の混乱もあり、消息に関する詳細は不明だ。

 しかし、事態はこれで収束に向かうわけではなかった。為政者と国民との混乱はまだ続く。


 免状を奪取できなかったヒータック達だったが、城内のありとあらゆる部屋を……まさに隠し通路まで……探した結果の諦めだった。実際には、彼らはSMGの人間でありながら、免状の実物を見たことがなかった。

 さらに驚くべき事に、調べてみると公式の記録でSMGが免状という物を今までに発行した事実そのものが存在しないというのだ。ということは、免状そのものが空想の産物だったということなのか。だが、その一方で免状を貰ったという港町は幾つか存在するという。

 デイエンで起こった数々の出来事を頭領リーザに報告をする為に、そして、この問題に取り組んだ時に生じた幾つかの疑問を直接リーザに問う為に、ヒータックは再度SMG本拠地であるルイテウに戻る。その上で必要であるとヒータック自身判断すれば、ラン=サイディール国首都デイエンに、再度訪れる事になるだろう。

 免状とはどのような物なのか。あるいは、免状という物は本当に実在するのか。

 その謎を解く為に。


 聖剣の勇者達は、ラン=サイディールの混乱では、何一つ有効な行動をとる事が出来ずにその地を去る事になった。

 力不足は否めない。

 しかし、それ以上の課題を彼らは突き付けられることになる。

 敵が明確ではない動乱に、どのように立ち向かっていかなければいけないのか。何か根源を見つけて排除すれば収まるのか。それとも、倒すことのできる敵を見つけ、あるいは敵を作り上げ、その敵を倒すことで事態を収拾するのか。その方法で事態を収拾させることが出来るのか。

 歴史上様々な出来事が発生するが、一つの問題をクリアすることで劇的に状況が変わるケースなど、実は殆ど存在しない。そして、この出来事こそ、聖剣の存在意義に対するファルガの根本的な疑問を提起する。

『聖剣はなぜ存在するのか。誰が何のために作ったのか』……。

 身体能力を高め、潜在能力を引き出すという、『勇者の剣』を初めとする四聖剣の特色。技術としては確かに目を見張るものがある。しかし、それだけの能力でこれらの武器が『聖剣』と冠され、伝説として語り継がれていくことは難しい。

 何か、もっと別の能力があるのか。それとも、現状与えられている能力は、もっと別の使い方をすべきだったのか。

 未熟ながらも聖剣の勇者として、この出来事に関わったファルガにしてみれば、今回の出来事の結末としては到底納得できる結果ではなかった。もっとも、あの混乱の中で、鐘楼堂から生きて脱出することができただけでも、奇跡に近いといっても過言ではないのだが。


 デイエンの混乱は、朝日の輝きと共に、急激に収束へと向かっていく。

 混乱発生時、首都は漆黒の闇に包まれていた為、人々の恐怖心は頂点を迎えた。ところが、朝日が差すことにより、恐怖に震えた者はその恐怖に立ち向かう勇気を得た。欲望に駆られていた者は、微かに残されていた理性を取り戻した。我武者羅に愛する者を護る為に戦い続けていた者は、その剣を降ろした。

 光が差し、周囲の状況を把握できた時に誰しもが感じたことは、その惨劇の爪痕の大きさだった。

 地震や嵐などの自然災害が起こったのではない。

 全ては、自分たち人間が行なった事。

 火を放ち、女を犯し、男を殺し、金品を奪い、建物を壊し、町を壊滅させた。

 人々の持っていたこの国に対しての潜在的な憎悪と、自らの置かれた環境に対する嫌悪。それらが、暗闇の中で大きく膨らんだ恐怖と憔悴と混乱で、一気に爆発した。

 徐々に斜陽になっていくこの国に於いて、それでも今の自分だけは現在の表面的な潤いを維持していきたいという、人間ならば誰しもが持つ安定欲。三大欲求の一つ上位の階層に位置する欲求。

 どこかでこのままではいけないと思いながらも、仮初の満足感を捨てることが出来ず、邪な方法を用いてその欲を満たすにつれて、人々の心は徐々に腐敗してきていた。

 問題の先送り。手短な権威の確保。既得権の保護。それら全てが、表層の安心感を与えつつも、誰しもが持っている先々の不安を炙り続けた。

 これでいいのか? いい訳がない。だが仕方ない。今更どうにも変えられない。その手間も時間も自分にはない。いずれ来る崩壊も、来たら来た時だ。

 皆がそう感じていた。

 自然災害であれば、圧倒的な力を目の当たりにし、人間の無力さを噛みしめ、絶望することも許されただろう。自身に鞭を打ち、立ち上がる気力を奮い起こし、再度大地を踏みしめ、復興へとその歩みを進む勇気も称えられただろう。

 だが。

 これらは全て自分たちの行なった行為。

 愚かといえばその一言に集約されるが、その言葉では示しきれぬ、脱力感と倦怠感、厭世観とも違う、当て字になるが『嫌世感』と表現するのが最も妥当な出来事。

 人間が別の人間を嫌うだけでなく、自分自身すら嫌ってしまう、人間社会の末期的な状況になった。

 まだ生き抜こうという気持ちのある人間は、早々にデイエンを後にした。

 残されたのは、具体的に何か手を講ずることのできないまま、只そこで消耗していく事を待ち続ける人間たち。絶望し、自ら死を選ぶ事すらできない人間だけが残された。

 人の心は、ここ十年でそこまで疲弊していたという事なのだろうか。

 後世の学者たちは、まさに人間社会が様々な条件を満たした状態で、自分たちで破壊殺戮という滅亡行為を行なったこの事件を『禍』と呼んだ。

 自然災害でもなければ不幸な事故でもない。相手が他国ではないので、戦争でもない。為政者と民衆の戦いでもないので紛争でもない。

 誰のせいでもない。明確な悪が……、象徴的な敵がいたわけではない。居たのは自分自身のみ。暴れたのは自身の邪な心のみ。その邪な心が相互に作用した結果の悲劇だ。

『ラン=サイディール禍』。

 落人の首都となったこの都市で、更にある事件が起きるのは、この事件から数年経ったある日の事だ。それまでの間、徐々に物理的にも精神的にも腐敗したデイエンという『機能しなくなった貿易都市』は、誰にも救いの手を差し伸べられないまま、堕落していく事になる。

『ラン=サイディール禍』の章は、これで終了です。

加筆するところもあるかもしれませんが、その先を書いていくつもりです。

少しだけ、休憩しようっと。

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