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界遊記  作者: かえで
ラン=サイディール禍
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少女の決意と天からの襲撃1

レーテが自分の気持ちで初めて冒険に挑みます。

 少女は、戻らぬファルガに得も言われぬ違和感を覚えていた。

 当初、自宅の応接室にて行われたやりとりでは、時の宰相ベニーバ=サイディールに、少年ファルガの持つ聖剣を見せることで、軍の協力を仰ぐのだと結論された。

 ファルガの聖剣をダシにして、何故国家を動かすような話をするのか、納得も理解もできなかったレーテではあったが、それでも当のファルガが嫌がらない以上、意見としては述べられても、強硬に拒否することはできなかった。

 少年は、一振りの剣を背に携え、二人の男に連れられて王城へと向かったのだった。

 それが、約三日前。

 出かけて行った当日は、そのまま歓迎され、薔薇城の客間にでも泊まったのだろうと思っていた。ところが、二日目になるといささか長いような気がする。演舞をしたとして、それでも二日は長い。それが三日戻ってこないとなると、なにか異常事態が起きたと思わざるを得ない。

 マーシアンもソヴァも戻ってこない。ファルガが今どうなっているのか聞こうにも、聞ける人間も戻ってこないのだから、レーテに打つ手はなかった。

 四日目、城で何が起きているのか知るため、レーテは薔薇城を訪れようとするが、この時だけは、何故か訪城を門番によって拒絶された。いつもならば、近衛隊長レベセス=アーグの娘として歓迎されることはあっても、訪城を拒否されることなどなかったのだが。

 素っ気ないというよりは、頑なな拒絶といってもいい門番の対応に、あからさまに不信感を募らせるレーテ。昨今の兵部省と通商省の対立を目の当たりにしている以上、ファルガはその争いに巻き込まれた可能性が高いと判断せざるを得ない。とはいえ、訪城しても追い返される以上、またしても彼女は地団太を踏むことになった。

「こうなったら、夜に忍び込むしかないわね」

 令嬢にしては些か物騒な言い回しで自分の成すべきことを確認するレーテ。

 少女がまだ幼女であった頃、彼女は幼少期薔薇城に入り込んでは、次期女王マユリの薔薇城庭園管理を手伝っていた。その時の入り口は、決して訪城の正攻法ではなかった。そして、その通路は未だにレーテ以外は知らないだろう。

 何かの時にはそれを使って侵入する。マユリに何かあった時、彼女はその通路を使って彼女を助けるのだと心に決めていた。だが、今回その通路を使うのは、マユリの為ではなく、少年ファルガの為だった。

 好きなワンピースのスカートからパンツに着替え、行動を阻害しない厚手の麻服を身に纏い、脛をスパッツでガード。完全に山越えをするスタイルへと換装するレーテ。夏にしては些か厚着のような気もするが、父と荒野を移動した時の記憶は新しい。例え気温が高かろうと、出来るだけ肌を露出しない装備で移動しなければならない。肌を出す事はそれがそのままダメージに直結し、死に繋がる。それは、冒険時の心得であったが、夜の薔薇城潜入は文字通り冒険であった。少女は父の言いつけを護り、装備を整えた。

 ファルガに何かあったに違いない。ならば、かつて彼が三人の男の襲撃から彼女を守ってくれたように、今度は自身が彼を護る。借りは返さなければならない。

 聖剣を持つ少年だったが、その身体能力や戦闘能力より、心の力の弱さを危惧した少女レーテは、彼の元へ動き出す。

 少年は、繊細だ。

 それ故、憎悪の対象を憎むが如く、自身を簡単に憎む。だが、それは破滅への歩みだ。決して己を憎むことで目的を達するようなことがあってはならない。

 少女は深夜帯、侍女達が寝静まってから、アーグ邸を後にした。


 これほど遅い時間に、少女が出歩いていることは、幾ら治安の良い首都デイエンでもそうあることではない。ましてや、日付が替わってしまっていると、人通りもない。たまにゴミ箱をあさる野良犬を目にするくらいだ。これが、『お上り』の日だと、日付が替わっても屋台が並び、人々も日中や日没直後くらいは往来を行き来しているものだが。

 夏の夜の蒸し暑さは、海沿いの都市デイエンにはあまり縁が無い。日中に温められた海水は夜になっても冷えないので、温まりやすく冷めやすい陸地との間に発生した温度差のせいで、海風が吹くからだ。風は容易にデイエンの城壁を飛び越え、街の中を優しく撫ぜる。

 デイエンの幹線を足早に進んでいたレーテは、夜の街が思いのほか闇ではない事に驚いていた。環状線と幹線には等間隔で照明が設置され、街中が完全に漆黒の闇に沈むことを防いでいたが、歩くのには全く不自由がなかった。ただ、人とすれ違った時にその人間が誰かを判別することは難しそうだったが。

 照明でうっすらと照らされた街並みの遥か遠くに黒くそそり立つ薔薇城は、まるで小山のようだった。城から漏れ出る光も殆どない。完全に首都デイエンは眠りについてしまっているようだった。眠る街の中で起きているのが自分だけだと思うと、レーテは心なしか胸が踊った。

 たまにデイエン内を見回る二人組の兵士を見かけたが、物陰に隠れてやり過ごす。どう考えてもこの時間帯に出歩いている子供が見逃されるはずもない。捕まった時点で、ファルガを助け出すことはできなくなってしまう。

 助け出したあとのことなど殆ど考えていないが、現在理不尽な理由で監禁されているだろうファルガをそのまま放置することはできなかった。

 薔薇城の幾つかある内城壁の門の前に来た時、何人かの兵士が入口内を固めていることに気付くレーテ。一体何があったのかはわからない。しかし、見回りがいつもより多いのは一目で見て取れた。

「やっぱり正面からでは無理ね」

 薔薇城の門を物陰から窺っていたレーテだったが、少女が目の当たりにした門番の数とその動きを見る限り、やはり何か異常事態が起きている印象だ。そうなると、中の警護も大変なことになっているに違いなかった。

 少女は足早に門から離れ、庭園へと続く階段を、他人の目につかないように移動した。やはり庭園に続く門にも兵士が多く見える。しかも、その場を離れる気配は見せない。

 庭園から少女の知っている薔薇城内部への非公式の入口を目指す。そこなら誰もいないはずだ。


「やっぱりあそこを使うしかないわね」

 もう一度門へと続く長階段を最後まで降り切ると、長階段と内城壁の間の、いわば『薔薇城の裾』を抜けるようにして、少女はとある場所に急ぐ。

 着いた先は薔薇城の根元。人があまり立ち入らない為、雑草が鬱蒼と茂るこの場所は、昔は薔薇城築城時に職人が出入りしていた入口として使われていたようだ。十年も経つと、その存在も忘れられて久しいが、築城を急いだが故の通路だ。

 城は、ベニーバの力を誇示するため、速度最優先で造られた。それ故、設計図の作成とほぼ同時進行で構築がなされるという、あまり歴史上例を見ない形態でこのプロジェクトは進められた。ともすれば、実際の築城に合わせて設計図が書かれた期間もあり、実際に、設計図には存在しない通路も、この通路以外にもいくつかあると言われる。しかも、その存在しない通路自体も、口伝でごく僅かに伝えられているだけであり、通路として把握されていない物も無数にあるはずだ。恐らくこの通路もレーテ以外知る者はいないだろう。

 草むらをかき分けて到達したその場所で、大きく深呼吸を行うレーテ。

 彼女の肺に青臭いにおいと同時に新鮮な酸素が流れ込む。

 月明かりのせいか、行動には全く苦労しなかったが、少女はランタンを持ってこなかったことをひどく後悔した。数日前にこの近くを訪れた時に比べ、あっという間に雑草が伸びていたからだ。それ故、足元が見えない。何度も石に躓きながら通路に到達した。

 深夜では、人の手の殆ど入らない通路は、漆黒の闇のはずだ。だが、ここまで来た以上引き返せない。ランタンがないならないなりに行動しなければならない。レーテは通路の入口を塞いでいた板を外し、中に入ろうとしたところで、はたと手を止めた。

 雷?

 遠くで風を切るような音が聞こえる。最初は耳鳴りか聞き違いかと思ったが、それは絶え間なく続き、徐々に近づいて来るように感じられた。音源は一つではない。

 それはやがて、薔薇城の上空へと到達したところで停止した。

 空を見上げたレーテ。内城壁と城の建物のすぐ傍にいるせいか、空は非常に狭かったが、それでもいくつかの黒い物体がレーテの遥か頭上を通過し、城の上空に滞留しているのがわかった。

 レーテは、不吉な予感を覚え、腰までの扉を開けて、素早く体を滑り込ませた。

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