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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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256/259

生ける回廊ともう一体の超妖魔

 一日の休憩を挟み、遺跡への再進入を試みるファルガ達三人の神勇者。

 特に敵の襲撃もなく、罠が設置されているわけでもなく、唯一の進行しづらさが暗闇だけであった遺跡。

 三人が気になったところはといえば、回廊が異常なほどに巨大だったことだ。

 ファルガやエスタンシアに比べかなりの巨体を誇るゴンフォンですら、回廊の高さの半分以下の背丈だった。ゴンフォンの界元でも、これほど大きい回廊は存在しなかったようだ。実際、建造物としての容積が大きいものは幾つもあったが、それを結ぶ回廊としての尺の大きさは桁違いだ。そもそも、これほど回廊を大きく作る必要がない。回廊を巨大に作るくらいならば、建物のメインの部位にスペースを使う方がよほど理に適っている。

 この遺跡をここまで巨大に作る意味があるのだろうか。

 そう考えた時に、この界元の存在はすべてが巨大であることに思い至るエスタンシア。同じ遺跡で墜落した際、大蛇群と交戦した彼女は、その巨大さを思い出し、改めて戦慄する。

 しかし、驚異はそれだけだった。

 入り口から入り、直進する。回廊が直角に右に曲がる。さらに進むと、右に曲がる。もう一度右に曲がると、左手に入り口が見える丁字路にぶつかる。

 ただ一回りしてくるだけの回廊。

 最初は一歩一歩慎重に。二周目は、少しペースを上げ。三周目は通常の歩行速度で。四周目はほぼ全力疾走で。

「あほかーっ!」

 思わず叫ぶファルガに対し、エスタンシアも興奮気味に叫ぼうとして、ふと我に返る。

 先ほど死闘を演じた大蛇の間への落とし穴が見当たらない。

「ちょっと待って。おかしいよ。

 遺跡の中で、ファルガと出会ったあの場所が見当たらない。

 あの穴は、そこまで奥まった場所じゃなかったわよね。本当に、入口からちょっと入った位のところだったはず。それが、なんで見当たらないわけ?」

 そんな中、一見二人の漫談にも見えるやり取りを見ながら、ゴンフォンは観察を続けていた。

「回廊が、変わっています」

 最初、ファルガとエスタンシアはゴンフォンの指摘するものが何を指しているのかわからなかった。だが、二人はゴンフォンが凝視する一点に注意を払う。すると、驚くべきことがわかった。

 なんと、回廊そのものが定期的に蠕動運動をしているのだ。そして、その蠕動運動が終了すると、回廊の形状が変わっているのだった。

「なにこれ、どういうこと?」

「まだわかりませぬが、どうやらこの遺跡は生きているようです。

 というより、遺跡と思っていたこの回廊こそが、我々の知りえないような生命の体の一部、と判断すべきかもしれませぬな」

 ファルガもエスタンシアも、唖然とする。

 この回廊そのものが生物であるというのか。しかし、この回廊が生物だとすると、一体どのような生物なのか。

 そして。

 この回廊がどういった生物のどのような臓器なのか、という疑問については全く想像がつかないため、二人の神勇者は、ゴンフォンの言葉を待つしかなかった。

「某にも見当は付きませぬ。ですが、生命体として考える方が理に適っていますな」

 ≪索≫が使えればなあ、とファルガは強く思った。

 ≪索≫の触手を長く伸ばし、ぐるりと一回転させれば、概要が掴めるかもしれない。

 ここは超界元だ。

 回廊の壁をナイフでつついたところで、何か反応があるわけでもない。遺跡だと錯覚するような模様の内壁を持つ臓器であっても何ら不思議はない。師匠であり育ての親であるズエブと共に打ったダマスカス鋼のごとき刃紋を持つナイフ。そのナイフで表面をすっと削ってみたが、脆い岩を削るように、すっと刃が通った。

「……試してみるか」

 ファルガが呟いた言葉だったが、エスタンシアとゴンフォンは反応する。

「試すって……何を?」

「≪索≫ですか?」

 ファルガは無言で頷く。

 この正体不明の巨大生物と、命光石・アークリスタルが関係していないとは限らない。

 無論、関係していない可能性もある。だが、それを判断するのは調べてからでいい。

「もし、この遺跡が生命体なら、接触で≪索≫を飛ばしても、多分吸収されることはない。それに、ちょっと練習してみたんだけど、表皮下で『氣』を貯めることができそうだ。コントロールさえきちんとできれば、体内で膨大な量が貯められる。さすがに≪八大竜神王≫クラスの『氣』は難しいだろうけど、神勇者一人が戦闘時に『氣』を使う量位なら貯められそうだ。

 ……ちょっと見てて」

 ファルガは右手人差し指を立て、エスタンシアとゴンフォンに見えるようにする。そのまま彼は、丹田をコントロールし、『氣』を人差し指第一関節から指先にかけて集中させた。

 人差し指が輝くが、これは≪操光≫の輝きとは一線を画していた。エネルギーは、本来すべての性質を持つ。光を放ち、熱を放ち、音を放つ。だが、光そのもの、熱そのもの、音そのものはエネルギーそのものではなく、エネルギーがそこに集中することによって生じる派生的な現象でしかない。それ故、輝くファルガの指からは、『氣』が立ち昇っているわけではないので、吸収されることはない。皮下で圧縮された『氣』のエネルギーが皮膚を透過して染み出しているのだ。

「おお……。見事ですな。輝きが第一関節のみに収まっています。しかも、第二関節は全く光っていない。ファルガ殿の仰るコントロールができているという事ですな」

「さらに……」

 ファルガは、舌なめずりをすると、人差し指の第二関節から掌底へと繋がる一節だけにも、光を灯した。

 今度は感嘆の声を上げるのはエスタンシアだった。

「すごい。同じ人差し指の中なのに、集中する場所を二箇所に分けられるのね」

 ファルガはにやりとした。

「鍛錬の効果だな。でも、これは俺たちにとって、かなりいい話だと思わないか? これは予測にすぎないけど、超神剣の装備の表面の少し下まで『氣』で体を包むことで、今までの同じ戦闘能力を維持できるってことだからな」

「でも、そうなると『氣功術』は接触の≪回癒≫は使えますが、マナ術は使えないという事ですか」

「そうなるんだよなあ。でも、ゴンフォンもエスタンシアも、戦闘スタイルとしては、ほぼ『マナ術』は使わないから、そこまで大きな問題にはならないんじゃないかな」

 ゴンフォンの眉間にしわが寄る。

「某にそこまで精密な『氣』のコントロールができるかどうか……。

 『氣功術』の最大攻撃術≪八大竜神王≫。打てなくはないですが、かなり時間がかかります。どちらかというと、その術を放つより、直に攻撃する方が早い」

 あっ……、とファルガとエスタンシアは妙に納得する。

 赤い巨人ゴンフォンの超神剣の装備は、ファルガの持つナイフと同じくらいの短剣だ。

 正直なところ、短剣での一撃を繰り出すより、ゴンフォンの『氣』が込められた鉄拳の方が何倍も破壊力があるように思えた。そして、それは真実だった。

 神皇が界元の神勇者の為に準備した超神剣が、最も似合わない神勇者、としてファルガたちの中では共通見解であり、ゴンフォンもその件は笑い飛ばしていた。それどころか、花柄模様でないだけ救いである、とまで自虐していた。

 今からでも、デザイン変更はできないもんかな、と提案するファルガだったが、神皇に拒否されたといわれ、二人で消沈したのは良い思い出だ。

 いわゆる『ゴンフォン・パンチ』と仲間たちに呼ばれた、『氣』を巡らせた強力な打撃は、彼を神勇者としての強者たらしめた。彼はまだ邂逅こそしていないが、この界元の人間の巨躯を目にしても、やはりゴンフォンのパワーは随一だ、と周囲を納得させるだけの強さをもっていたのだ。

「でも、ゴンフォンの力を、『氣』でコーティングしていない拳で相手にぶつけたら、ゴンフォンの拳もダメージがあるんじゃないか? ギリギリまで『氣』を表皮に近づけたとしても、皮だけは剥がれるだろう。

 ……風呂入った時、沁みない?」

 ファルガはゴンフォンの拳を心配する。

 やはり、界元神皇に直談判すべき事案と思ったファルガは、命光石を一つ手に入れたら、一回エリクシールの城に戻ることを、他の二人と確認した。


 ファルガは右掌を床に押し付けた。

 そのままの姿勢で、丹田で自身の『氣』を増幅させていく。だが、オーラ=メイルを発現させることなく、ファルガの立膝をついた姿は、戦闘時の動的な姿とは全く非なるものだった。

 ファルガの額に大粒の汗の玉が浮かび始める。

 だが、『氣』を表に出せない状態での集中は、難易度に反して見た目の派手さがない。それ故、話の説明を聞いていたゴンフォンとエスタンシアでも、見ていて一体何をしようとしているのかわからなくなることもあった。

「≪索・弾丸≫!」

 床に押し付けられたファルガの掌底から、≪索≫の触手が打ち出される。といっても、今までの≪索≫のイメージとは全く別物だった。

 今までの≪索≫の術は、術者が方角を定めた後、指向性の『氣』の触手を伸ばし、その職種に触れたものの情報を術者に伝える、というものだった。指向性の触手よりはずっと範囲が狭まるが、術者を中心にした球体状の≪索≫の触手を伸ばす、という使用方法もある。だが、触手の延びるスピードに関しては、あまり留意されたことがない。

 視界の悪い戦場にて、二人の術者が互いを発見し攻撃する際に、相手を発見する方が先制して攻撃を仕掛けられるというメリットはあるものの、そもそもが『氣』の波動の進行速度について言及されたことがなく、永らく≪索≫の術の進歩はないといってよかった。

 だが。

 今回のファルガの行なった改造。

 それが改良なのか改悪なのかはまだわからないものの、『氣』のコントロールという点においては、明らかに革新的ではあった。

 目に見えるものではないが、イメージとしては弾丸の形状をした≪索≫が、直進で地下に向けて飛んでいき、かつ、感じた情報をファルガが受信できるように、濃度は濃いが細い≪索≫のワイヤーを弾丸の最後尾に装着し、ファルガとの接続を残す、という方法だった。

 弾丸の進行速度と、情報伝達のためのワイヤー。それをイメージした、指向性の高速探査、情報の高速受信に特化した≪索≫の術だった。それにより、≪索≫の弾丸が消失するまでの間に受信した様々な情報が、余すことなくファルガにもたらされることになった。

 ≪索≫の術を放った後のファルガは、そのまま身じろぎ一つせず、与えられた情報を読み取っていた。だが、あまり表情が変わらない。

「……どうでした?」

 リアクションのないファルガに、思わず問い合わせるゴンフォン。

「うまくいかなかったの?」

 エスタンシアも不安そうな表情で問いかける。

 ファルガは、まだ目を閉じたままだったが、反応を返した。

「いや……。≪索≫の術自体は成功したよ。

 遺跡の中を進んで、いろいろな情報は与えてくれている。

 けれど、その情報が判断つかないんだよ」

「……どういうこと?」

「遺跡だと思っていたもの。これが巨大な生物であるのは間違いない。

 けれども、何の生物だかがわからないんだ。」

「……なんと」

 ゴンフォンは、驚きを隠さなかった。だが、その一方で妙に納得したような表情も見せる。

 ここは超界元なのだ。

 大蛇の大きさも異常。猛禽の大きさも異常。雑草であるはずの草も大木と変わらない。

 いままで、自分たちが見知ってきた動植物のサイズがただ大きいだけ、の世界であるはずもない。予想だにしない生物がいてもおかしくない。

「……こいつは超妖魔だ」

 突然、聞こえるはずのない声が周囲に響く。

 ゴンフォンの単眼が大きく見開かれ、エスタンシアもファルガから一歩後退し、まるで化け物を見るような目で、ファルガの背に張り付いているものを見た。

 それは、ファルガの背にぬいぐるみ然として張り付いていた超妖魔、エビスードの声だった。

「あ、背中につけた覚えのないエビのぬいぐるみがついているなあ、と思ったらエビスードだったのか。久しぶりだなあ」

 背から聞こえた声に驚くこともなく、背中のぬいぐるみに声を掛けるファルガ。

「ファルガよ、懐かしんでいる場合ではないぞ。今お前が飛ばした≪索≫の術で、山に擬態して仮眠状態に入っていた奴が目を覚ましつつある」

「……とはいっても、どうすればいいのさ。超妖魔相手じゃ戦えないだろうし、逃げるにしてもどこに逃げればいいのかわからない」

 背中から肩口まで上がってきた、十五センチほどのピンク色の可愛らしいエビのぬいぐるみは、そのままファルガの首筋を鋏でつつく。フニフニとした綿のような感触の鋏を見て、エスタンシアの愛玩心に火が付いたようだ。

「何この子、かわいいー!!」

 ファルガの肩のエビスードに対し手を伸ばし、しきりに自分の手に乗るように仕向けた。

 最初はエスタンシアの行動を無視していたエビスードだったが、度重なるエスタンシアのちょっかいに、仕方なくエスタンシアの手に飛び移った。

「きゃー!」

 黄色い歓声を上げると、エビスードを舐り始めるエスタンシア。少女でありながら、そのような反応を示したことのないエスタンシアだったが、今回の様子のあまりの変わりように、今度はファルガとゴンフォンが唖然とする番だった。


「もちるおぉぉぉん、あぶぶぶぶ……、まだこいいいいいつは、ううううまれてすぐうううの……」

 エビスードは、山に擬態した超妖魔の説明をしようとするが、執拗に抱きしめ、舐り、愛玩行動を繰り返すエスタンシアによって発言が揺さぶられてしまい、まともに口が利けない状態になっていた。

 余りに気の毒になったゴンフォンが、エスタンシアに対し、エビスードのぬいぐるみを抱くだけにしておいてくれないか、と頼み込む。

 そんな中、横で見ていたファルガは、エビスードに少し助言をした。

「かわいいエビのぬいぐるみじゃなくて、リアルなエビの姿になれば、とりあえずは離れてくれると思うぞ……」

 数瞬後、エスタンシアの腹の底から突き上げる悲鳴と共に、リアルなイセエビ状のエビスードは放り出され、地面に落ちそうになったところを、ファルガがキャッチする。

 空間生命体であるエビスードが、地面に落ちたところで痛みを感じるなどのダメージはなさそうだが、それでもファルガはエビスードをとっさに助けた。

「そんなに駄目か、この姿は……」

 ゴンフォンにしがみつき、泣き続けるエスタンシアの姿は、放り出されたはずのエビスードが哀れに思うほどだったようだ。大人しくファルガの肩に戻ったエビスードは、すぐにぬいぐるみの姿に戻った。

「……なかなか話が先に進まないなあ。

 この山の遺跡が、生きているというのはわかったけれど、まさか超妖魔なのか。

 エビスードがデイガ界元に紛れ込んだ時のような感じなのか?」

 ファルガは思わず苦笑いをしながら、左肩に戻ったエビスードに問いかけた。

「この界元は大きい。

 それは一重にエリクシールとマラディの力の大きさを示しているが、厳密には『確率体』になった超妖魔といえども、確率が薄くなりすぎてしまうと、自分の身体である界元内で起きていることが把握できなくなる。薄くなりそうになったら修正をかけるのが常だが、それができないと、空間生命体としての超妖魔は死を迎えることになる。いわゆる消滅だ。

 そうなる原因は大きく分けて二つある。

 一つは、超妖魔の身体全体に大きなダメージがあること。『実体』になっている際に起きやすい。

 もう一つは、『確率体』を広げすぎ、濃度が薄くなりすぎると、情報……エネルギー伝達も含めたやり取りが上手く行かず、『確率体』を維持できなくなり、消滅への道を歩む」

「つまり、大きくなりすぎても小さくなりすぎてもダメ、ってことね」

 エビパニックにより、一番話を聞いていなさそうだったエスタンシアが呻くように話を纏める。

 その意外性に少し驚くファルガだったが、彼は質問を続けた。

「……で、この山に擬態しているってのは、『実体』が山ってことなのか? それとも、『実体』は別の姿で、山の格好をして身を潜めている状態なのか?」

「それはわからない。超妖魔は互いが互いを全て把握しているわけではないからな。だが、一ついえるのは、ファルガ。お前は超妖魔から狙われやすい」

「ほら、ファルガ。嫌われることばかりするから……」

 エスタンシアの言葉に地味に傷つくファルガ。

 エビスードとゴンフォンは笑うが、ファルガにしてみれば笑い事ではない。

「そんなに俺、嫌われることしているのか?」

 半分涙目になるファルガ。どうも本人には自覚がないらしい。

「まあ、厳密には嫌われることをしている、というよりは他の人の努力を容易に超えていくところですかね」

 ゴンフォンの言葉に首をかしげるファルガ。

「……他の人が必死になって身に付けた事を、意図も簡単にやってのけるからよ。それは間接的に他の人の努力を踏みにじっているようにも見えるわけ」

 ファルガはエスタンシアの言葉に一瞬むきになる。

「俺だって、簡単にやっているわけじゃないさ。色々考えに考えて、試行錯誤してやってみる。その繰り返しなんだぜ?」

「他の人もそれは必死にやっているはずなの。だけれど、実際にはできない人の方が圧倒的に多いのよ。どんなに努力してもね」

「なので、ある意味ファルガ殿も被害者かもしれませぬなあ。

 努力してできなかった悔しさを知らないと思われてしまいがちですから」

 眉間にシワを寄せ、考え込むファルガ。

「いや、俺だって色々、相当苦労しているはずなんだけどなあ……」

 本気で悩み始めたファルガを見て、ゴンフォン、エスタンシア、そして超妖魔であるエビスードも笑ったのだった。

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