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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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新たなる試み

「おや? ファルガ殿、洞窟に潜られている間にバンダナを交換されたのですか?」

 ファルガはもともと、レナに貰った赤いバンダナを額に巻き、常に冒険に従事していた。良くも悪くもそれがトレードマークになっていたようだが、今回エスタンシアはバンダナの上から手ぬぐいを巻いていたため、バンダナを外して手ぬぐいを額に巻いているように見えたのだった。

 ゴンフォンの質問に答えようとするファルガの横で、エスタンシアは人差し指を口に当て、ファルガに口を噤むように促す。

 ファルガは渋々口を噤むが、ゴンフォンは察したようで、彼の瞳は一瞬憐れみの光を帯びた。


 ファルガとエスタンシアが蛇の間の上階で合流を果たした後、彼らは、進む先でそれほど時間を経ずにゴンフォンと合流することができた。

 独眼の偉丈夫は、ファルガと別れた後、程なくして遺跡への入口を発見する。

 その入口は特に隠されていたわけではないので、発見そのものは容易だったが、入口の痛み具合が激しく、すぐに進入と言うわけには行かなかった。

 ゴンフォンはその持ち前の怪力を活かしつつ、見た目に似合わぬ繊細さで、入口前の障害物を撤去し、ファルガに渡したものと同じ簡易ランプを作り、ゆっくりと進入を開始した。

 そして、遺跡に進入した後、ものの五分もせずに、先に遺跡に入った神勇者二人との合流を果たすことになったのだった。


「それは、やはりエスタンシア殿が悪いですな」

「ほら。ゴンフォンだってそう言うだろ?」

「そんなこと言ったって、突然目の前に現れたら、咄嗟に攻撃しちゃうでしょう?」

「敵味方くらいは確認するだろう、普通は」

「あんなところにファルガがいるなんて思わないでしょう? 敵味方を判別していたら、私なんかやられちゃうわよ」

「そうか? なんか、ちゃんと俺だと認識した上で、改めてぶん殴ってきたように思えたんだけど……」

 ファルガの鋭い指摘に、思わずエスタンシアは視線を泳がせてしまった。

 ゴンフォンは思わず吹き出すが、いつまでも笑っているわけにもいかない。頬を膨らませて怒るエスタンシアを尻目に、この地を出て、カインシーザたちと早期の合流を提案した。

 だが、ファルガはその提案を拒否する。

「何故です? 何か気になることでも?」

 ファルガは押し黙り、周囲の違和を示そうとした。だが、それを適切に表現できる言葉をファルガは知らなかった。共感できぬものを主観のみで説明する時ほど、もどかしいと感じることはないとファルガは痛感した。

「二人は感じないか? この感覚……」

 ゴンフォンとエスタンシアは、周囲を見回す。特に彼らが何かを感じた様子はない。ファルガの言う感覚は、ファルガのみが感じられるものなのだろうか。

「≪索≫の術が使えるようになったのですか?」

「いや、そういう感じじゃないな。実際、いまだ氣功術は使えない。どちらかというと、本能的な感じ……かな」

(分かる?)

 エスタンシアは目配せをした後、ゴンフォンの表情を伺うものの、ゴンフォンは首を横に振ってこたえるだけだった。

「……ということは、俺だけが感じているってことか」

「それは今も、なの?」

「この遺跡の入り口に近づいたことで、少し遠くなったけど、まだ感じる。

 ……呼ばれている感じ、と言えばいいのかな」

 ファルガたちはゴンフォンと合流し、体勢を立て直すために入り口を一度目指していたが、ゴンフォンの進入してきた入り口に近づくにつれ、呼ばれている感覚が薄まったため、そのように告げたのだった。

 しばらく考え込んだ様子のゴンフォンだったが、ファルガの感覚を信じてみることにした。

 ファルガを呼ぶという代物が、一体何かはわからないが、そのまま無視して進行する意味もあまりない。そもそも探しているものの形状も性質もわからない状態であれば、気になるものについては、虱潰しに確認していくほうがよい。

「わかりました。

 一度入り口に出て、体勢を立て直したうえで再進入しましょう。幸い、あの鳥たちのくれた肉があります。一日休み、改めて遺跡探索に臨むことを提案します」

「別行動していた時の情報も、少し整理もしたいしね」

 エスタンシアはそういうと、入り口の方に向かって歩き出す。

 平静を装って歩いているが、やはり大蛇との戦闘は、彼女のスタミナを大分削っていたようだ。

 『氣』を用いて戦えばなんということはない相手だ。だが、彼女は件の蛇どもとは、技術と手ぬぐい術のみで戦った。

 作業用氣功術という『氣』の消耗を防ぎつつパフォーマンスを上げる戦い方は、その時には消耗はあまりないが、後でどっと疲れが出る。やはり『氣』を思う存分使えない戦闘は、彼女にとってはかなりの負担のようだった。

 『氣』を使って身体能力を高められない分、身体能力のブーストを掛けないで活動しているゆえ、体に直接負担がかかり、疲労度も大きかった。それはちょうど、同じ距離を同じ速度で走った場合に、全力疾走するのと自転車で走るのとでは疲れ具合が異なるのと似ているかもしれない。

 おそらく、エスタンシアが経験したような、『氣』を使わない肉弾戦では、ファルガやゴンフォンについても、疲労度合い的には同じことが言えるだろう。

 だが、特に『氣』の保持量の多さがアドバンテージになっているエスタンシアにとっては、『氣』を使えないことそのものが、やはり大きな問題になりそうな気がしたため、彼女自身はもう一度準備を念入りにしたかったようだ。

「遺跡への再進入は明朝にするとして、各自準備をしよう。

 実は、ちょっと俺も試したいことがあるんだよ。『氣』を使えないとはいっても、全く使えないのか、どこまでなら使えるのかとか、そういう事も試したいしね。

 それと試すと多分とんでもなく疲れるから、休息をとってからの進入にしたい」

 ファルガたちは一度、ゴンフォンが瓦礫を撤去した入り口から外に出ると、そこで野営の準備に入る。

 猛獣がいるとも思えないが、用心のため、野営の火を起こし、日が暮れる前に休息を取れるように、それぞれ準備に取り掛かった。


 いくら敵がそばにいないといっても、やはりあの大蛇たちが大地を隔てた地下にいると思うと、エスタンシアは他のメンバーのように深い眠りにつくことはできなかった。いないというのは、あくまで眼前にいないというだけで、≪索≫の術で裏打ちされた安心ではないからだ。

 今思い出しても、大蛇の巨大さは圧巻だった。

 無論、大きいから大蛇なのだが、頭部だけで自分の背丈よりも大きい蛇など、アグリ界元ではもちろんのこと、『見守りの神勇者』として別の界元を訪れても、そこまでの巨大な存在は見たことも聞いたこともなかった。

 体の大きさも含めた生物の能力の取得、という観点で見た場合、大きさをそこまで必要とする動物が界元には存在しなかった、と考えるのが妥当だ。

 理屈上は存在しても、維持ができなければ、死にはしなくとも余分な要素は切り捨てていくはずだからだ。それができない生命力の弱い個体は、そのまま死に絶え、生命力の強い個体は種を繋いでいくが、その時にそれに適応する情報を色濃く残す。

 大蛇を最初に想像し、その後芋蔓式にいろいろ考えこんでしまったエスタンシア。それでも、うつらうつらはしてしまっていたらしい。

 ふと目を覚ますと、ファルガがいないことに気づいた。

 消えかけた焚火に薪を足すと、立ち上がり周囲を探すエスタンシア。しかし、彼女の目の届くところにファルガの姿は確認できなかった。

 独眼の巨人ゴンフォン。

 彼は単眸を強く閉じ、深い眠りについているようで、エスタンシアの動きに全く反応することはない。しかし、見る限り隙も全く無い。視覚という限られた感覚において、目が多ければ多いほうがいいのかという問題はあるが、彼の場合は、その特徴である独眼に頼らずとも索敵できる技術を構築したのだろうか。確かに、それは『氣』を使えない現状において、非常に役立つスキルかもしれない。

(もし、機会があったら教えてもらおうかしら)

 そんなことをふと考えたところで、エスタンシアは、自分の立つ位置より少し下った場所で瞬く、何かの存在に気づいた。

 少し斜面を下ると、その瞬きが周期的に起こっていることに気づく。光の色は青白いようにも見えるが、周囲の岩場の反射なので、正確な色はわからない。

 エスタンシアは懐から出した手ぬぐいに明かりを灯すと、足元を確認しながらゆっくりと斜面を下り始めた。

 点滅する何かの傍に来たところで、一度岩陰に身を潜める。

 当然、敵がこの地にいるという予測ではないが、それでも大蛇のような、ユークリッド起源の何者かがいる可能性は捨てきれない。それが害をなすかはわからないが、存在を確認しておくに越したことはない。

 岩から少し顔を出して覗いたエスタンシアの視界に飛び込んできたのは、岩の上で胡坐をかき、背筋を伸ばした状態で目を閉じているファルガだった。

 ファルガの身体は、光の膜が覆っては消える変化を繰り返していた。

 見ていると、最初はファルガの身体が光にゆっくりと包まれ、ゆっくりと消えていくという、一見すると『氣』のコントロールでいうところの第一段階を発現させてはいるものの、正体不明の何かに『氣』の吸引を許しているように見えた。

「一体何をしているのかしら。あれじゃ、『氣』の無駄遣いじゃないの?」

 そう言いながらも観察を続けるエスタンシア。

 だが、ファルガのその行為を観察していると、徐々にその点滅が速くなっていることに気づく。

 ジワリと染み出してファルガの身体を縁取った光がゆっくりと消えていく状態だったのが、徐々に縁取る速さが増していく。例えるなら、通電後の水銀灯の電球がゆっくりと輝きを蓄えていくのに対し、豆電球のフィラメントに光が宿る速度で発光するようになり、ついにはLEDのように瞬時のオンオフで、光量が零か百かという状態にまで変化した。

 しかし、その高速オンオフを数回行なった直後、ファルガは疲労のために仰向けにひっくり返ったのだった。


 ユークリッド界元で見つけた遺跡に再進入する前にやっておきたいことがあったファルガ。その鍛錬中に、理屈では使用可能ではあるもののかなり精度の高い『氣』のコントロールが必要であることが分かった。

「これはきつい……。パワーとか、スピードとか、そういうものだけを鍛えていてはどうにもならないな、こりゃ」

 起きているのもつらく、岩場の上に大の字に横たわり、全身で呼吸をするファルガ。

 と、横たわった直後の視界の上部に、何かが映り込む。

 慌てて起きようにも、体が動かず、何とか視界の端に捉えたものを理解しようとした。

 敵ならやられている。致命的だ。

 だが、すぐに攻撃を仕掛けてこないところを見ると、敵ではないようだ。

 目を開けているのもつらかったが、重い瞼を無理矢理こじ開け、眼球を上に向けると、桃色のボブカットの少女の頭頂部がちらりと視界に映り込む。

「あ、エスタンシアか……。また殴りに来たのか……?」

 ファルガはそう呟くと、口角を上げたまま気を失った。


「まだ根に持っているの? 遺跡内でのこと」

 ≪回癒≫の手ぬぐい術を施してもらい、再び意識を取り戻したファルガ。

 エスタンシアの膝枕であることに気づいて、少し気恥ずかしさを覚え、起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。

「大人しくしていなさい。大人しくしないなら、大人しくさせるわよ」

 恐ろしく物騒なセリフでファルガを安静にさせるエスタンシア。

 だがもちろん、それは心の底から脅かしているつもりはないし、ファルガもそれをわかっていた。

「おお、おっかないことを言うなぁ」

 ファルガはやつれた表情ながらもにっこりと笑って見せた。

 そんな表情を浮かべるファルガを、エスタンシアはほんの少しだけ愛おしいと思ってしまった。

 だが、彼女はわかっていた。

 彼女の心の中に少しだけもたげているのは、信頼の上に成り立った、少しだけはみ出して形成された、いまだ名付けられない感情なのだと。そして、そこからどう転がっても、少し厄介になりそうな感情なのだと。

 彼女は誰も見ていない心中で、少し締め付けられるその心を笑い飛ばし、言葉を続けた。

「今、ファルガは何のトレーニングをしていたの?」

 ファルガは目を閉じたまま会話をしていたが、一瞬苦渋を押し殺すように眉間にしわが寄ったのは、鍛錬の過酷さはもちろんだが、今の自分自身の力不足を改めて思い知らされたからだった。

「あ、まだ体調が芳しくないならそのままでいいわよ。安静にしていて」

 ファルガは目を閉じたまま、小さく頷いた。

「……エスタンシアもそうかもしれないが、俺も『氣』で戦うタイプの神勇者だ。それが『氣』が全く使えない状態では、ここにいても足を引っ張るだけだ。

 だからと言って、足を引っ張り続けているわけにもいかない。何とかして、自分の身くらいは自分で守れるだけの力を取り戻しておきたいと思ってさ」

「……そういう事か……。そういう意味では、私も何か考えなければいけないわね。

 このままずっと戦闘がなければいいと思っていたけれど、敵は『魔』だけとは限らないものね。

 実際に、私はあの遺跡の中で、猛禽の巣を襲った蛇と同じか、それ以上の大きさの蛇と戦ったわ。うまく彼らの攻撃を凌いで、ここまで来られたけれど、極限まで争う前提の勝ち負けでいったら、完全に負けだった」

「……そうか。

 俺もこの短い時間の旅の中で、いろいろと見極めようとしていたんだ。

 出発直後のギューの墜落と、あの大きな鳥の雛に施した接触型の≪回癒≫。

 あとは今までの行動時の自分の体調を考えた時、『作業用氣功術』なら、体力をほとんど奪われることなく行動できるんじゃないか、とあたりを付けていた。それで、それはその通りだという結果に至った。

 でも正直言うと、この界元の存在を相手にする場合、やっぱり『作業用氣功術』では心もとないんだよ。足りないんだよな。根本的なパワーが。

 で、今のうちに試してみようと思ったのが、さっきのトレーニングさ。

 オーラ=メイルが体を覆うほどのエネルギーを放出したら、オーラ=メイルは、ユークリッドにいる『何か』にあっという間に吸われて掻き消えるかもしれないけれど、奪われる量も想定して、自分の欲しい身体能力プラスアルファの『氣』を瞬発的に開放して、瞬間的な身体能力アップができないかな、と思ってさ。

 作った『氣』を余分に吸われないように、オンオフを一瞬でできれば、吸われる量も少なくて済むんじゃないかって思い至ったんだよ」

「そんな難しいことを……」

「でも、理屈はわかるだろ? それを実践できるのかできないのかを試すなら今だな、と思った。

 で、結論から言えば、『氣』の放出の精度を上げることができれば、何とかできそうだ。

 でも、恐ろしく緻密な『氣』のコントロール能力が必要そうだけどな」

 エスタンシアはファルガの腹部に充てられた≪回癒≫の手ぬぐいを裏返した。

 ファルガの丹田を回復させたいという彼女の意図だ。

「すまないが、もう少しこのままにしてもらっても大丈夫かな?」

 エスタンシアの頬が少しだけ緩んだ。

「……いいよ」

 エスタンシアの答えを耳にしたのだろうか。ファルガは深く息を吐き出すと、すぐに寝息を立て始めた。


 いつのまにか寝てしまっていたのだろうか。

 エスタンシアが起きたときには、ファルガは既にそこにいなかった。

 少し離れたところで、先ほど……といってもどれだけ眠っていたのかは分からないが……と同じような鍛練を続けているらしい。岩陰から点滅する光が漏れる。

 エスタンシアは立ち上がると、その地に向かって歩き始めた。彼女も彼女なりに『氣』の使い方を学ぶために。

 戦士たちは、その場所に合わせた戦いかたを自ら進んで学んでいく。

 結局、遺跡に向けての出発には、更に一日という時間を要したのだった。


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