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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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251/254

『融合人(メタル・サイボーグ)』の成長と葛藤

 一体、どれほどの長い時間を飛び続けただろうか。

 今は変身後の各部パーツも順調に稼働し、トラブルなく飛行できている。

 無論、連続飛行ではなく、夕刻には安全と思われる比較的背丈の低い草原を探して着陸し、夜を明かす。

 それはネスクの休息というよりは、操縦するディグダインを初めとする、乗っている他の人間を休ませるためだった。

 同じ『融合人(サイボーグ)』でありながら、ディグダインは生命体同士の融合だが、ネスクはライブメタルとの融合になる。

 ライブメタルの融合とは、ライブメタルに吸収された生命体の状態を意味するが、ネスクの場合は、いわゆる『小機鎧』状態よりも結合の度合いがより濃密かつ繊細になっている状態、と定義してよいかもしれない。

 生命体ゆえ、金属でありながら自己修復を行う機能は有しているが、当然そのためのエネルギーは必要となる。

 しかし、人間でいうところの疲労という概念はなく、もしそれを当てはめるとするなら、動きが悪くなった関節部にライブメタルで再現した潤滑油を、新しいものに交換するという作業が出てくるかもしれない。だが、全てのパーツをライブメタルで形作っているため、不要な可能性もある。

 破損したパーツについても補修するのか、パーツそのものを新しいライブメタルで作成し、すげ替えるのか。

 ネスクの意志外の生命維持活動の一環として、自己修復を含めた新陳代謝は、どのような形でなされているのだろうか。

 想像力を働かせれば無限の可能性が見えてきてしまうが、それを突き詰めてしまうことで、同時に可能性を狭める致命的な何かになってしまう可能性も否定はできない。

 いずれにせよ、ライブメタルと生命体との結合の度合いが高くなっているからこそ、流動性の高い液体金属のような状態にも変形することができている。

 『融合人(メタル・サイボーグ)』の自身の身体のメンテについては、不明なところも多いのだ。そこまで『融合人(メタル・サイボーグ)』について研究が進んでいないことが大きい。デイガ界元において、『融合人(メタル・サイボーグ)』の出現は、文字通り史上初の出来事だったのだ。

 とはいえ、神勇者ネスクの命運をかけた変身は、今のところ大きな問題なく継続していた。

 しかし、本人は漠然とした恐怖に常に晒されていた。

 彼女の不安は、未経験に起因する。

 彼女は、生まれて間もない。それ故、知識や教養としては持ち合わせている情報も、その情報を扱った経験がない。それが彼女の不安を増長していた。

 彼女の不安は多岐にわたる。

 例えば。

 飛行機に変化した自分が、いつか稼働を止めてしまうのではないか。

 飛行機に変化した自分の意識は、そのまま飛行機でい続けた場合にいつか消失してしまうのか。

 飛行機に変形したはいいが、元の姿に戻れなくなってしまうのではないか。そしていつか、自分が変形した物体そのものになってしまうのではないか。

 もし仮に、今変形を解除して夜を明かした後、再度変身しようとしたとき、変身できなくなってしまうのではないか。

 不安は、自身の身体の話に限ったことだけではない。

 現在でこそ、絶対的に不足していたライブメタルを、草原の巨大な雑草を吸収・変化させることで補充している。

 燃料も同様だ。

 ローターを回すことで推力を得ているネスク機だが、そのローターを回転させるためのエネルギーは、休息のために着陸した場所に生い茂る雑草を吸収することで、ライブメタルとしての活動エネルギーを補充し、新鮮かつエネルギーに満ちたライブメタルを作り出しているのと同時に、稼働するエネルギーにも充当しているのだ。

 だが、これが『(マナ)』で構成される広い砂漠を飛行することになったら、エネルギーの補充は不可能だ。ライブメタルの特性上、『氣』で構成される生命体からしかエネルギーを補充できない。

 試してはいないが、ファルガやギュー、カインシーザが摂る食事では、ネスクは彼らのように、生命活動を営むための生命エネルギーを充填することはできないだろう。『(マナ)』を吸収して『氣』を作り出す機能は有していないのだ。現時点では。

 そして、設計図もそうだが、諸元が明言されていない以上、運用計画はネスクの身体の調子如何となってしまう。

 万が一飛べなくなった時、せっかく得た己の存在意義が失われてしまうのではないか。

 変身ができなくなったとき、自分の居場所がなくなってしまうのではないか。

 そんな漠然とした多岐にわたる不安が、彼女の中に常時存在しており、声の出せない飛行機でい続けることが、実は彼女にとって一番『まし』な安寧となるのだった。

 他の神勇者が機外で焚き火を起こし、その側で休息するのに対し、同じデイガ界元の神勇者であるディグダインは、ネスクの気持ちを理解し、唯一機内で就寝し、また指ケーブルを用いてネスクに接続し、不安を聞いてやるのだった。


 カインシーザは、少しずつ焦り始めていた。

 ファルガ達と離れて数日が立ち、移動手段も手に入れた。

 決して多難な旅ではないはずだった。

 それでも、本来の目的である『命光石』の存在には、全く近づけていないという自覚があった。

 探索回収だけならいざ知らず、形状から効果から存在場所から、情報といって差し支えないものは依然何一つ集められておらず、神皇のいう現象でのみ存在の確認が体感できるに過ぎない状態だ。

 カインシーザにも、ファルガと同様の不安があった。

 神勇者は、専用の武器を用い、術を用いることで、神に匹敵する戦闘能力を駆使する。

 だが、その根本にある力は『氣』であり『(マナ)』だ。その二つの根源エネルギーのコントロールが不可能だというなら、その存在価値はゼロに等しい。

 存在価値というと、神の手先としての意義を前提とする表現になってしまうが、つまりは彼らが自分たちの身を守ることすらも難しくなる、ということなのだ。

 それが、一時的なものであればいい。

 だが、それが半永久的に続くものであるとするなら、彼らの生存確率はほぼ失われる。

 数年前の出来事だった、犬神皇ロセフィンが不在だった時のデイガ界元での活動でも、同じことが起きていた。

 この時はまだ根源エネルギー『氣』と『(マナ)』は問題なく使用することはでき、神勇者としての活動と、目標達成ができる状態ではあったため、事なきを得た。

 あの時と同じく、前代未聞の事象が発生していながら、その原因が全く見えてこない。

 その当時、カインシーザはその舞台から退場を余儀なくされたが、今回も同様、原因が全く見えてこないのだ。

 『命光石』の個数に始まり、形状から効果から、全く情報がない。その情報については、界元神皇ですら持ちえないというのだから、噴飯ものである。

 正直に言えば、『命光石』の存在=『氣』が使えないという法則すら、怪しいものだ。

 そもそも、『氣』が使えなくする効果のあるものを集めて、自分の手元に置いておこうと考えている界元神皇エリクシールも界元魔神皇マラディも、一体何を目指そうとしているのか。

 だが、それをギューに伝えたところで、ギューの意見は流石に彼の参考にはならないだろう。

 少年ギューは強い。平均的な神勇者の強さは優に超えており、恐らく全界元の神勇者と比較しても、五本の指には間違いなく入るだろう。

 しかし、強いだけなのだ。

 ファルガのような圧倒的な探求心もなければ、ゴンフォンのように無からなんでも作り出してしまうほどの手先の器用さもない。ディグダインやネスクのように予想外の所から技術を提供するような、奇をてらったような引き出しを持ち合わせているわけでもない。

 もちろん、ギューが役立たずとは、これっぽっちも思っていない。カインシーザが知るだけでも、新機鎧の操縦は見事だった。やはり、デイガ界元での彼の功績は計り知れない。

 だが、カインシーザが現在望む相談相手としては、ギューではやはり経験不足なのだった。

 では、他の神勇者達がカインシーザの持つ焦りに共感できるかというと、それはそれでまた別問題だ。

 ただ、カインシーザがなぜかまとめ役のようになっている現状では、彼が弱音を吐けないというプレッシャーを、勝手に彼が抱え込んでいる節はある。

 そして、相談相手にはならないかもしれないギューの寝顔を見ながら、カインシーザは自分が酷く優しい表情を浮かべていることに気づくのだった。


 さらに数日間の飛行後、ネスク機のレーダーが町らしき物を捉えた。

 ネスク機は、稼働中もディグダインから情報を受け取る事で、常時機体性能をアップグレードしていた。

 ライブメタルの機能をフルに使っているネスクには、情報を提供しているディグダインも脱帽だが、同時に、ディグダイン自身が、機体機能向上のための情報を矢継ぎ早に提供することで、ネスクが自身の持つ漠然とした恐怖について、あまり考えこまないで済むようにしているのも事実だった。

「都市規模は決して大きくはないかしら。この界元の広さと周囲の都市との距離を考えると、あまり文化交流はなさそうね。私の存在を見て、パニックに陥るかもしれない」

「そうか。ならば、一日程度は歩くことになるかもしれないが、少し離れた安全な地に降りた上で訪問しよう」

 ディグダインの指示は明快だった。

 カインシーザは不服そうな表情を浮かべるが、その裏には、一刻も早く情報を収集したいという気持ちがある。

 ユークリッド界元に到着してからというもの、行なっている活動は移動のみだ。そして、ディグダインやネスクのように、彼自身が何かしているわけでもない。

 それが余計に彼を苛立たせる。

 いくつ探さなければいけないか分からないものを、まだ一つも見つけていない。それが不満と不安を煽っているようだった。

「カインシーザよ。焦っても仕方ないだろう。我々も食事と休息は摂らねばならんのだ。

 それに、ネスクが人型に戻るのも時間はかかるだろう。

 この界元の人間が飛行機という技術に触れたことがないのであれば、ネスクに対して……、ひいては我々に対して警戒心を持つ一つの要因になってしまう。そうなっては、情報がほしい我々にとって逆効果だろう」

「……そうだな。そうなれば、ネスクの努力も無駄になってしまう」

「……よし、いい子だ」

 操縦席から立ち上がったディグダインは、軽くウインクしながらカインシーザの肩に手を置き、そのままいくつか並ぶ座席背後のソファーに腰を下ろした。

「……ネスク。その町から徒歩一日程度の、安全な地形と思われる箇所を探して着陸してくれ」

 本来であれば、バカにされたと怒りだしそうなシチュエーションだったが、不思議とカインシーザは腹が立たなかった。

 それどころか、飛行中に操縦桿を放棄し、離席するディグダインを見て、慌てたものだ。

「……そんなところにソファーなどあったか?」

「え?」

 カインシーザの問いに、ギューはあからさまに不思議そうな表情を浮かべたが、カインシーザに指摘された箇所に悠然と腰かけるディグダインを見て、驚いていた。

「あれ? あれ?」

 何日も乗っているのに、内装の変化に気付かなかったギューは、カインシーザ以上に混乱した。だが、ディグダインの一言で全ては解決した。

「何だ。あんたら気付いてなかったのか。

 ネスクは日々、機体を改造しているぞ。今はオートパイロット機能もついたし、先ほどのバージョンアップで、ソファーまでついた。

 今は絶賛スピードアップを画策中だ」

 ディグダインの言葉に対して、技術的な変化に疎いカインシーザの反応が今一つなのは、致し方ない所なのだろうが、自身の界元にも飛行機が存在したギューからすれば、プロペラ機の更にスピードアップとなると、ジェットエンジンを搭載するしかないという事はすぐに分かる。

 プロペラを回すのは燃料を用いてエンジンを動かすのだが、ライブメタルであるネスクが、燃料と空気の圧縮を必要とする内燃機関、すなわちジェットエンジンを身体で再現できるかというのは、甚だ疑問だった。

 だが、ディグダイン曰く、およその見当はつき始めているらしかった。

「そうはいっても、今の『氣』も『(マナ)』も使えない状態だと、その機構を作っても爆発的な速度上昇は望めない。やっぱり媒体が必要なのよ」

 ネスク機の内部全体がネスクの声で包まれる。

 駆け足のように前進するネスクの変化に、ギューもカインシーザも開いた口がふさがらなかった。

「……見つけた。

 あの丘の上にしましょう。あそこなら、徒歩なら町まで一日程度の時間を要するし、何より、出発する前に高台から町の様子が観察できる。

 それに、向こうからは発見されにくいわ」

 ネスクはそういうと、進行速度を落とし、町のそばにある高台に向かい、進路を変えたのだった。


 ネスク機は、高台の際ではなく、少し内側の平らな箇所を見繕うと垂直に降下し、無事に着陸した。

 あまり高台の端の方に着陸すると、彼女が離発着する際に目につきやすくなる可能性が上がることと、ともすれば彼女が見られることを最も嫌がる変形を、何らかの形で目撃されかねないからだ。

 幾度と無く行われている垂直離発着は、ネスク機をベテランパイロットか操縦する機体であると認識させるのに、十分なほどの技量となっていた。

 タラップが開放され、階段を降りた三人の神勇者は、ただただ驚きを隠せなかった。

 機体の垂直着陸の技術そのものは勿論の事だが、ネスク機の外観は、最初に搭乗した時のものとは大分異なっていた。

 初回の搭乗時には、まるで航空ショーに訪れた男児のように興奮し、ディグダインからいい加減に搭乗するよう苦言を呈されるほどに、長い時間をかけてネスク機の外観を様々な角度から観察していたギューとカインシーザだったが、何日も搭乗し続けているとさすがに慣れてしまっていた。それ故、ディグダインの言っていた日々のバージョンアップには全く気付いていなかったのだろう。

 特に、ネスク機をベテランパイロットの操縦と言わしめる柔らかな着陸は、設置部のパーツの金属サスペンションからエアサスペンションへと変更されたことにより、実現されていることをネスク機より説明されると、カインシーザは素直に感心し、ギューは再度興奮したものだった。

 そんなネスクに感心する二人の神勇者に、ディグダインは声をかけた。

「カインシーザよ。ギューと共に先行し、町の様子を調べてくれないか。

 俺は、彼女の変身解除のサポートに入り、終わり次第追いかける」

 いつまでもネスク機の観察の終わらないギューを尻目に、ディグダインは、カインシーザに町の調査を依頼した。

 ユークリッド界元に入る時点で、ユークリッドに住まう人々の言語等の情報は界元神皇により、経験と記憶を≪転送術≫で施されているため、ユークリッド界元に存在する、言語による意思疎通が可能な生命体に対して、コミュニケーション自体は可能なはずだ。

 かつてファルガが神勇者になる直前、ドイム界元の神闘者ハンゾを退ける際、彼自身は一度も使用したことの無い大出力の氣功術≪八大竜神王≫の、彼女が用いた時の使用経験を、可憐な女神ザムマーグから渡された。この≪転送術≫は、その際に用いられたものと同じ術ではあるが、情報の転送量は比較すべくもない。

 とはいえ、コミュニケーションがとれたといえども、その町の住民が命光石の事を知っているとは限らない。だが、こればかりは聞いてみるしか方法がないのだ。しかも、うまく聞きださないと、大したことがない理由でも、その街の住人が情報の隠蔽に走る可能性は十分にある。

 チームではある。

 だが、常に四人で行動し続ける必要もない。手分けできるところは手分けをしなければならない。

 カインシーザは、それを了承し、ネスク機の改良に後ろ髪を引かれるギューと共に先行し、町に向かって歩きだしたのだった。

 彼らの姿が点になった時、やっとディグダインは、ネスクに変身解除を促す。

「あのね、あなたにも見られたくないのよ、私は」

 ネスクの気持ちは分かるが、ディグダインにとって、それはできない相談だった。

「……そうはいかん。

 ネスクよ。

 お前、自分の身体が今回の変身で、どれ程痛んでいるのか分かっているのか?」

 飛行機化しているネスクの表情を読み取ることはでないが、図星をつかれたネスクは、視線を泳がせていることだろう。

 ライブメタルそのものに疲労という感覚はないかもしれないが、ネスクの身体は相当に酷使され続けているはずだ。金属疲労こそ起こりえないが、それは存在する金属が、常に新陳代謝されているからであり、その新陳代謝のためのエネルギーは、やはり何かしらの形で『氣』を採取するしかない。

 今回、そそり立つ雑草群から『氣』を拝借しているが、それ以前のネスクは、明確な食事という形でエネルギーを補充したことはなかった。

 そして、人間形態であれば、姿勢を変えることで新陳代謝を促すこともできるが、固定部については如何にライブメタルといえども、新陳代謝は困難だ。そうなると、どれほどに特殊なコーティングをしていても、徐々に劣化していくというのは理に適った話ではある。

 ライブメタルは、形状を自由に変えられ、成長分裂を繰り返していく生命体だ。だがその一方で、ただの金属の機械とはまた異なる、難解かつ高度なメンテナンスを必要とするはずだということだ。そのやり方がどのようなものであるかは、さすがにディグダインにもまだわからないのだが。

「……お前は何でもこなすことの出来る、いい戦士だ。

 だが、そのパフォーマンスを維持するためにはメンテが必要なのさ。ライブメタルなら、その辺の機能も持たせられるだろうが、今はまだ無理だ。それに、今の変身設計図をこちらに保存もしておきたい。

 大量に摂取した『氣』を変換するための時間も、必要なはずだ。

 ……休むんだ、ネスク」

「……わかったわよ」

 少し強めのディグダインの言葉に、不承不承同意の意を示すネスク。

 彼女の能力を過小評価しているわけでもなく、過大評価もしていない、適切な所見を示すディグダイン。そして、どれほど良いものであっても、メンテナンスは必要なのだということを、言葉と行動とで、彼はネスクに丁寧に示した。

 彼女の言葉を聞いた瞬間、飛行機化している彼女の表情は実際には窺えなかったが、ネスクが半ば諦めたように苦笑している表情として、彼女の複雑な感情はディグダインの脳裏にありありと伝わったのだった。

 ディグダインは、再度指を転送ケーブル化し、伸ばしながら彼女の体に突き刺す。

 ここ数日の間で、何度もネスクは飛行機に変形している。

 変身するたびに、外見的にも機能的にも新しい部分が出てきており、それをデータとして保存するしか、ネスクが新しい変身を再現する方法はなかった。

 数瞬後。

 まるで、飴細工のように飛行機が溶け始めた。

 設置しているサスペンション部から、先ほどまで人間が搭乗していたタラップ部から、強力なエンジンの先端に繋がるプロペラから、ネスク機を空に浮かせる浮力を供給する主翼から。

 溶けたライブメタルは、滴り落ちるように地面に溜まり、銀色の巨大な水溜まりを作り出した。その一部が盛り上がると、徐々に人の形を成していく。

 銀色の女性のシルエットは、徐々に小細部まで造形されていき、やがて、全身銀色だったボディの色素配列を変えたのだろうか。パイロットスーツを身に纏った一人の若い女性の細かい色彩が描かれていく。

「……ふう。

 ディグダイン、ありがとう」

「やはり、設計図を注入しないと元の姿に戻れないようだな」

 ディグダインはそうつぶやくと、大地に広がった残りのライブメタルに、伸ばした左手の指先をケーブルとして突き刺すと、いくつかのシルバーのタブレットを作り出した。一粒当たり直径五ミリくらいの大きさだ。

「ネスク。このシルバーのタブレットが、変形の設計図だ。

 自分自身で覚えられればいいが、今のうちは、変形の際にこれを体内に取り入れ、体を形作るライブメタル全体に設計図をいきわたらせる必要がある」

 そう言うと、ディグダインは周囲に広がっている残りのライブメタルを、どのように処置するか思案するのだった。

 飛行機に姿を変えたネスクには必要な量のライブメタルだったが、人型に戻った際には、どうしても余剰のライブメタルが出来上がってしまう。

 これをこの地にそのまま放置しておくわけにもいかない。

「ネスク。この余ったライブメタルを体に吸収すると、どうなる?」

 ネスクは、ディグダインの言わんとすることがすぐに理解できた。

 変形するたびに、物理的に不足するライブメタルを周囲の草原など『氣』を使って作成すると、変形が終わったのちにライブメタルに変換し終わった元の植物群分のライブメタルが不要になる。しかし、それをそのまま捨て置くわけにもいかない。

「例えば、この余ったライブメタルを、元の草に戻すことはできないんだよな?」

「そう。草の形に似せることはできるけど、やはりどうしてもライブメタルになってしまう。考えたこともなかったけど、ライブメタルが放置されたら、どうなるのかしら。いずれ食事を取らなくなって、死んでしまうのかしら。

 私にもわからないわ……」

「ライブメタルに知能があれば、ネスクを飛行機化するための材料であったライブメタルたちは、再度元の『氣』の生物に戻ったのかもしれないが、恐らくそんなことは無理だろう」

 ライブメタル。

 一見すると革新的な機能を持つ金属生命体ではあるが、その裏事情は、かなり恐ろしい内容だ。

 ディグダインとネスクは、眼前に広がる割と大きなライブメタルの池を見ながら、思わず呟いた。

 もし、ネスクが戦闘方法を問わなければ、液体化して相手にとびかかり、相手を吸収し、相手の身体を自分のエネルギーに変えることもできてしまうのだ。一見とんでもない話ではあるが、冷静に考えれば、人間だって同じことを行なおうと思えばできる。

 敵兵をとらえて殺して調理した後、食することで、彼らの身体は、兵士たちの血となり骨となる。それと同じことなのだ。

 今のところ、どの界元もその倫理にのっとって動いているようには見えるが、蛮族と呼ばれる人種たちは、それを平然とやってのける。いわゆる食人種は、その倫理感を持ち合わせていないということだ。いや、その倫理感が歪んで伝わっている場合すらある。そして、それは特段珍しい風習ではない。

 自分の村の英雄の死を悼み、英雄を荼毘に付した後、その灰を自らの食事にふりかけ、英雄との融合を図ろうとする文化は、デイガの文明にもあっただろうし、ドイムやタント、果てはユークリッドにも存在するだろう。

「せめて、金属の身体も土に還ればいいのに」

 ネスクは自分の体の特徴に若干の嫌悪感を示しながらも、ディグダインに示された、普通の人間も持ちうる禁忌侵犯の可能性を説かれ、呪われた体を持っているのは自分だけではないのかもしれない、とほんの少しだけ救われた気になった。

「俺も、残されたライブメタルがどうなるのか、興味がある。

 例えは適切とはいいがたいが、このライブメタル溜まりは、意思を持たぬ肉片と同じ状態だと思われる。

 せめて、地中に埋めていこう。

 後でここに戻ってきてどうなっているかも、知っておきたい」

「そうね……」

 美しい少女に戻ったネスクは、残ったライブメタルを一か所にまとめ、地中に潜らせた。

 あれほどの大きさのあった飛行機の余剰ライブメタルは、直方体の結晶としてみると、意外と小さかった。如何に、飛行機の内部が空洞であり、かつ様々な機能を持つ部位が『空間』を大事にされて作られているかを、ネスクは思い知らされた。

「いつか、変形を別の『氣』を使わずに成功させたいな……」

 なんとなく展望を口にするネスク。

 だが、ネスクの展望をディグダインは、即座に是とできなかった。

「生存とは、他の存在からエネルギーを奪う行動だ。

 それは、他の生命体も同じだ。『融合人サイボーグ』に限った話ではない。

 全ての生物が、他の生命体の持つ『氣』の力、『(マナ)』の力を取り込み、己の力に変えている。吸収する、というと聞こえはいいが、犠牲にしているともとれる。

 行動や繁殖、その他の生命活動を行うためには、外部からのエネルギー摂取が必要になるが、それを必要ととらえるか、悪と捉えるか。

 この話は恐らく、宗教観にまで話が膨らんでいくはずだ。

 気にするな、とはいわん。だが、これについては恐らく神皇や魔神皇レベルですら、結論は持っていないだろう。その時に、自身が納得する手法を取るしかない。

 漠然とした話ですまんが、俺にはこれくらいしか言えん」

 ネスクは、ゆっくりと頷くと、ディグダインの左手を、両手で強く握りしめ、両眼を閉じた。自分の乱れた心を、ディグダインの言葉を使って何とか収めようとしているのだ。

 そんなネスクを見て、ディグダインは何も言わず、ネスクが自ら手を離し、行動を開始するまで待ち続けたのだった。

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