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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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248/253

『融合人(サイボーグ)』の挑戦

 少し以前の話に戻る。

 ちょうど、ファルガが猛禽に襲われ、上空へと連れ去られる刹那、それを救出するためにエスタンシアとゴンフォンが帯同して行った直後になる。

 ファルガを襲った巨大な鳥は、ぐんぐんと上昇していき、もはや青空に浮かぶ黒い点にしか見えなくなっていた。

「ファルガさん、大丈夫かな……」

 ギューは遠ざかる黒い点を見ながら、不安そうに思わず呟く。

「まあ、大丈夫だろう。

 奴も『見守り』を何度も潜り抜けてきている。それにゴンフォンもエスタンシアも付いて行ったからな」

 カインシーザは、ギューの肩をポンと叩くと、残されたメンバーの方へと振り返った。

 カインシーザの視線の先には、二人の神勇者がいる。ネスクとディグダイン。デイガ界元の二人の神勇者だ。

 元々、カインシーザが見た中でも、デイガ界元は特に異質な界元だった。

 最初に『見守りの神勇者』がその地を訪れた時、神勇者候補はおろか、神皇すらも姿を表さなかった。更に、この時点では、ディグダインもネスクも存在していない。

 『見守りの神勇者』が訪れた時に、神勇者候補が特定できていないことは、通常あり得ないことだった。なぜなら、本来見守るべき存在がそこにいないということは、『見守りの神勇者』の存在自体を無意味にしてしまうからだ。また、本来候補がわからない状態で、全ての人間を見守るのには無理があった。

 それに加え、『魔近衛』とも呼ばれる神闘者も、最初こそ現れていたが、途中からは全く姿を見せなくなった。

 カインシーザが、ファルガとギューと共に界元を訪れた後の、人型汎用兵器『機鎧』との二度目の邂逅となった砂漠での戦いでは、神闘者を退けこそしたが、倒してはいないのだ。神闘者そのものが敗戦に奮起し、再度ギューやファルガたちに挑んでくる可能性は間違いなくあったにもかかわらず、あれ以降音沙汰がない。さらに、あの神闘者たちもデイガ界元の存在ではなかった。

 界元魔神皇が、『見守りの神勇者』と同じシステムを採用している話は聞いたことがないが、そうなのかもしれないと勘ぐるには十分な状況だったといえる。

 そして、神皇と同様、魔神皇も姿はおろか、存在の片鱗すら見せなかった。

 結論から言えば、前回の『精霊神大戦争』での被ダメージが大きかったため、復活が遅れただけだったが、魔神皇フーツーは、自分があまりに劣勢状態に置かれた状態でのスタートとなってしまったことに、甚大な危機感を感じていた。その状況を打破するアイデアに困窮した魔神皇は、『超妖魔』となったグアリザムの甘言に依存してしまい、他界元のライブメタルを『実体』の核としてしまった。

 『実体』化の力を手にすることは、神皇自身が『精霊神大戦争』を戦い抜く力が戻ったという指標になるのだが、その指標そのものが、グアリザムによってもたらされた偽りのものであり、実際は様々な力が本来の状態に戻っていなかった。にもかかわらず、フーツーは神皇と神勇者たちに勝負を挑んでしまった。

 その為、『精霊神大戦争』では、本来受けるはずのない攻撃で大ダメージを受けてしまうことになる。

 界元を身体として持つ神皇と魔神皇は、どんなことがあっても『実体』の媒体を他界元の物質を依り代にしてはいけなかったのだ。それは体に異物を入れる行為。不純物を体内に宿してプラスになることはないに等しい。

 もし『実体』化にまだ不安があるなら、復活しても事を起こさないでおけばよかったのだ。

 実際、神勇者はその時点では誕生しておらず、神皇ロセフィンも力を完全に取り戻してはいなかった。フーツーの早合点とそれに伴う焦りが、今回の『精霊神大戦争』をある意味台無しにしてしまった。

 そういう意味では、今回のデイガ界元の『精霊神大戦争』は、『魔』の惨敗であるといっていい。しかも、フーツーの復活は限りなく遅くなるだろう。ともすれば、半永久的に復活は厳しいかもしれない。

 デイガ界元でおきた出来事は、何から何まで、通常の『精霊神大戦争』とは違う形だった。

 神賢者が誕生せず、神勇者が二人誕生する、という状況も古今例がない。というより、神皇と神がそういう選び方をまずしない。

 しかも、超神剣の装備についても、エリクシールが歴代の神勇者のために作っておいたものが形を変えて神勇者の元に届いたのではなく、もともと存在する武器または防具、その他道具類に対して、後から無理矢理エリクシールが加護を与えている。他の界元のような、界元神皇が意図した装備を神勇者たちが徐々に使いこなしていく、という形ではなく、彼らが元々使っていた道具や機能に、遅ればせながらに対魔神皇の力を持たせた、という表現がしっくり来る運用だ。

 科学者ドォンキがパクマンとドォンキの細胞を使い、拒絶反応が起きないように融合させた左右の義手が超神剣装備になるなどと、一体誰が思うだろうか。

 デイガ界元においては、いろいろと『間に合わせ』で対応した感が拭えないのだ。

 そして、そこにはファルガが以前ドイム界元で倒したグアリザムも、別の形で復活を遂げたという変則的な事実が背景にある。消滅したはずのグアリザムの、更に『超妖魔』の力を身に着けての再登場も、両神皇には予想外だっただろう。

 グアリザムのように、妖神が魔神に『妖魔反転』する事案など、全界元を通じてもほぼ例がない。さらにそこから魔神皇への昇華を目指す存在となると、前代未聞だ。

 前代未聞の界元の出身者であるこの二人が、『見守りの神勇者』経験者だけで固められた、今回の界元神皇エリクシールの徴兵のカギを握っていると、カインシーザには思えて仕方なかった。界元神皇は、彼らに一体何をさせるつもりなのだろうか。

 更に、実際にはカインシーザは見ていないが、グアリザムを倒したというファルガの変身についても疑問が残る。

 後に聞いた話では、復活したグアリザムを瞬殺したという話なので驚きを禁じ得ない。

 復活したグアリザムに対しては、ドラゴン化したファルガでも瞬殺というわけにはいかなかったはずだ。ということは、ファルガは黄金竜『ゴールデン=ゴールド』とは違う何者かに変身したというのか。エリクシールと犬神皇ロセフィンが話している内容を全部聞いたわけではないが、その時の力は魔神皇以上の力だったとも言われていた。『超妖魔殺し』という、中々おどろおどろしい二つ名を与えられているのも、カインシーザの心に引っかかった。

 ここ数年という、界元レベルでいえば『刹那』で出現した異様な存在たち。

 界元神皇エリクシールは、ファルガとディグダイン、そしてネスクを『精霊神大戦争』以外の何か別の目的で利用しようとしているのか。

 ……だが、今はそれを探る時ではない。

 彼らの使命は、『命光石』という『氣』が結晶化した石を見つけ出してくること。

 ユークリッド界元のどこに幾つ存在するのか、明確なことは何一つわかっていないからこそ、エリクシールはこれだけの人数の神勇者を招聘したのだ。

 デイガ界元に戻れなかったカインシーザ。その時から、微かに芽生えた界元神皇への不信感。それが、今回の『見守りの神勇者』総動員の本当の目的に続いているとしたら。

 注視しなければなるまい。

 自身が『妖』の存在である以上……、界元神皇に逆らっては生きていくことはできない以上は。


 カインシーザは、双眸を一度きつく閉じ、その後何事もなかったかのように、ディグダインに言葉をかけた。

「ディグダイン。君は先程『氣』の吸収先の場所を特定した、と言っていたな。それは本当か?」

 ディグダインはにやりと笑みを浮かべた。

「場所はわかった。ただ、残念ながら移動手段がない。

 ここにいる全員が≪天空翔≫という術を使えると仮定して、飛び続けて約一か月の距離だ。歩いていこうものなら、何年かかるかわかりはしない」

 移動手段がないこと。

 それこそが、今このパーティにとって、一番の問題点だった。

 どのような手段を考えようとも、移動手段がないということが、一番のネックとなっていた。

 今、唯一の移動手段である徒歩で移動しているが、徒歩の移動の限界は近かった。

 背丈の倍以上はある、雑草の繁る草原を歩き続けるのは、それだけで至難の業だ。ましてや、その雑草そのものの茎も太い。

 『氣』さえ使えれば、飛んで回避するなり、術で草を刈るなり、なんとでもできただろう。

 だが、『氣功術』とそれに付随する『マナ術』が使えないとなると、神勇者達には打つ手がない。

 この界元の人間も、この距離感には苦労しているはずであり、町や村に行けば高速移動のヒントも得られるかもしれないが、そもそも町や村の位置がわからない。

 場所を探ろうにも『氣功術』の≪索≫が使えない状態なのだ。探る方法がなく、地理的にも情報が乏しければ、目的地はおろか、現在位置も分からない。

 そうなるとお手上げだった。

 一瞬あげられて、またどん底に叩き落とされたような、重い空気がパーティ内に流れた。

「飛行機でもあればなぁ……」

 ギューは草むらにひっくり返ったまま、何気なく呟く。

 だが、そこに反応したのは、『融合人(サイボーグ)』神勇者・ネスクだった。

「飛行機……、作りませんか?」

 ネスクの言葉に、思わずギューは飛び起き、カインシーザはネスクの顔を凝視する。

 そんな中、ディグダインだけは、先ほど蓄えた笑みをそのまま残していた。一瞬だけ見えた憂いの表情は誰にも気づかれなかっただろう。

「作るって……、ネスクさん、どうやって作るんですか? 作る材料もなければ、作れる人もいない。操縦できる人だって怪しいものなのに……」

 ギューは本気で問い詰めた。

 もちろん、ネスクがふざけているとは思っていない。しかも、ネスクのいた界元には機鎧があった。知識的には飛行機を知らないわけもないだろう。

 では、何か方法があるということなのだろうが、それがギューには皆目見当もつかなかった。ネスクは、ギューの知らない何か特別な方法を知っているのだろうか。

「この場所から離れて、高速で移動するには、空に出るしかないとは私も思っていました。

 ファルガさんが、救出するために銃を構えたディグダインを止めたのも、打開策を求めてのことですし。

 ですが、私も含め、皆さんは術が使えない。使おうと『氣』を練ろうとした瞬間に、何者かに奪われてしまうわけですから。

 そこで考えたのが、私の身体を変形させて、空を飛べる何かになれないかということです。

 ライブメタルのボディの変形はもう慣れてきましたので、ある程度思うようにはなるはずです」

「……ということは、何にでも変身できるということですか? 凄い!」

 先ほどまで寝転んでいたギューは、それまでの無気力さが嘘のように、身を乗り出してネスクの話に食らい付いた。

「……どのように変形を設計すればよいか、はこいつが教えてくれる」

 ディグダインは人差し指で、ヘルメットの側部をポンポンと叩いた。

「問題は、ネスクの身体のライブメタルの容量が少なすぎるということだ。

 あの身体のサイズで飛行機に変形しても、少し大型の模型程度の大きさにしかならない。作る設計図があっても、それ相応の大きさのものを作ろうとしたら、膨大な量の材料が必要となる。

 そこで、考えなければならないのは、どうやってライブメタルを増やすかなのだが、そのための方法の策定、その分析と成功率の算出を、俺のマシンでずっと行なっていた。

 その結果、この辺りの草を分解して、吸収してライブメタル生成に至る方法にたどり着いたというわけだ。

 ……というより、この辺りにあるものといえば、この化物じみた高さと太さの雑草だけだ。こいつを使ってなんとかするしかなかったのだがな」

 カインシーザは無言でディグダインを見た。

 彼らは確かに、凄い才能を持っている。

 その辺の雑草……というには規模が桁違いだが……から、ライブメタルを作ろうなどという発想には到底至らない。

 そしてその技術を構築するディグダイン。

 ファミス一位の処理速度を持つコンピューターのお陰だと彼はいうが、そのアイデアを思い付くのは、やはり科学者ドォンキの頭脳なのだろう。コンピューター以上に、ディグダインという人間は、ファミスの……、いや、デイガ界元の叡智の結晶なのだ。

 ……頼りにはなる。

 しかし、カインシーザの思う神勇者とは異なり、かなり異質の存在なのだと思わざるを得ない。

 だが、対案などない。

 カインシーザですら、この雑草からライブメタルを、そして、ライブメタルから飛行機の製作が可能なら、それがベストだと思うのだった。

「ディグダイン、頼りにさせてもらうぞ」

 カインシーザから出た言葉に、ディグダインは少し驚いた表情を見せた。

 彼にとってカインシーザという男は、かなりの偏屈に見えたからだ。

 偏屈というと聞こえは悪いかもしれない。

 良くも悪くも一本気なのだ。

 それは、ファルガから聞いた今までの逸話を思い返しても、彼自身が見たカインシーザという人間の人柄と、何ら矛盾しない。

 ただ、そのような自分に対しても他人に対しても平等に向けられる厳しさは、時に自分をただひたすらに追い詰めることになるだろう。追い詰めるだけ追い詰めて、その打開策が根性論のみ、という可能性は往々にある。他人にはそれを強要せずとも、自身に高い壁を設定し、如何にしてそれを上るか。その努力に終始しかねない。

 本人がいくら律しても、どうにもならないことなど、世の中にはごまんとある。設定した壁を避けることも場合によっては必要なのだ。

 彼の心が打ち折られることもあるだろう。それでも這いつくばって生き続け、立ち上がらねばならない。立ち上がらねば、カインシーザという存在の敗北が決まってしまう。

 方法は何であれ、立ち上がってさえしまえばいいのだ。

 それが出来るのかどうか。ディグダインは少しそれを心配していた。

 今のカインシーザでは実力的にどうにもならないが、現時点でなんとか出来る人間もいる。それを目の当たりにした時に、自分の力不足のみを嘆き、闇雲にその力を得ようとするのではなく、出来る人間を頼ってしまうことも一つの解決方法なのだ。それは敗北ではなく、壁の迂回にすぎない。

 そういう意味でいえば、カインシーザの今の言葉は、ディグダインを、そしてネスクを頼るものだった。それは、付き合いの一番長いファルガですら、ほとんど聞いたことがなかった言葉かもしれない。

「……任せてくれ。ただ、やるのはネスクだがな」

 ディグダインはそう答えると、カインシーザと強く握手を交わした。


 四人の神勇者たちは、ネスクから少し離れたところに座る。

 この草原……というよりはもはや草で出来た森だが……の深さにおいて、少し離れると、もはや姿を確認することはできない。ざわめく草原が、数メートル離れた人間の気配をものの見事に消し去ってくれる。

 だが、ネスクはそれを望んだ。

 恐らく、人体が飛行機に変形するのは、彼女自身にとってあまり見てもらいたくない瞬間なのかもしれない。やっと人間に慣れた彼女。その彼女が人の姿を失い、人の言葉を失う。思考や記憶は何とか横によけて取っておけるかもしれない。しかし、元に戻れる保証はやはりないのだ。それでもやるしかない。

 ただ、それは誰にも見られたくはなかった。

 それを敏感に感じ取ったディグダインとカインシーザは、ギューをつれて、数メートルではあるが、ネスクから距離をとった。

「ディグダイン、私のことは見えないわよね? もし覗いたら、エッチって呼ぶから」

 少し不安そうに問いかけるネスク。だが、最後の言葉は、彼女の最後のはったりだったのかもしれない。

「大丈夫だ。全く見えない」

 嘘である。

 ディグダインのシールドには、透過装置もついており、シールドから何メートルまでの距離の障害物をキャンセルして、視野にいれないようにする機能もついていた。

 いわゆる透視機能だ。

 だが、それを話したところで誰も得はしないという考えのため、ディグダインは誰にも話していない。知らないなら知らないままの方がいいこともあるのだ。

 それに、わざわざ見るなといわれているものを覗き見するつもりも、ディグダインにはなかった。


 草むらの中で立ち尽くすネスク。

 徐々に彼女の足首が地面に飲み込まれていく。脛が、膝が、太股が、地面に飲まれていくように見える。そして、足元には銀色の液体が徐々に溜まっていく。

 彼女は、自分の体構造をゆっくりと溶かし、全身を金属の液体のように変形させた。

 と同時に、ゆっくりと周囲の草を飲み込むように広がり始める。

 かつて、デイガ界元のドメラガ国首相ヘッジホが、遊び半分で人に向かって撃ちまくった、銀色の銃と弾丸。それが人に当たって、ライブメタルの小機鎧に姿を変えるとき、このような現象が起こったに違いなかった。

 一握りはありそうな茎をもつ草が、地面に一番近い付け根の部分を金属の液体で覆われた瞬間、ゆっくりと倒れていく。だが、根本を切られた為にバランスを崩して倒れるのではなく、根本にある銀色の液体が草を吸収し始める。草が徐々に溶けて、金属の池の中に飲み込まれていく、という表現が一番正しいかもしれない。

 半田鏝で半田を溶かしていくように、溶けていった草の茎は銀色の液体となり、ネスクであった金属溜まりと交わり、銀色の水溜まりを徐々に大きくしていく。

 ちょうど水銀を大地に垂らしたときに、このような状態になっていくのだろうか。

 ネスクが溶けた時には、直径一メートル程度の銀色の水溜まりのような物体でしかなかったものが、辺りの草をどんどん吸収していくことで、巨大な金属の池として広がっていく。

 銀色の池が、直径三十メートルほどの大きさになったところで、ネスクは言葉ではない方法でディグダインを呼んだ。

 草むらを隔てて座るディグダインは、何事もないように右手を点に向かって伸ばした。まるで、漁港に釣りに来た釣り人が、当たり前のように餌を針につけて波間に投げ込むように、誰しもが違和感を与えられずに、その様子を受け入れていた。

 ディグダインの五本の指が、音もなく草むらの向こうへと伸びていく。

 不自然な動きを自然に受け入れていた自分に、思わずぎょっとしたギューは目を見開いて、ディグダインから放たれた五本の紐がどこに行ったのか目で追うが、特にそれ以上口を開くことはなかった。ギューは彼なりに何かを感じ取っていたのかもしれない。

 ディグダインの伸びていった五本の指は、彼のヘルメット内で作成された飛行機の設計図と仕様書のデータをネスクに渡すためのケーブルだったのだ。

 数分後、ディグダインの五本の指は、いつのまにか戻ってきていた。

 そして待つこと三時間。

 ディグダインは立ち上がり、草むらに腰かける二人の神勇者に声をかけた。

「行くぞ。準備が出来たようだ」

 風が草むらを撫でた際の葉の鳴る音しか聞こえなかったカインシーザとギューだったが、慌てて立ち上がり、ディグダインに付いていく。

 ディグダインが草を掻き分けて十数歩進んで、歩み出た空間には、草は全く生えていなかった。代わりに、セスナ機大の銀色の構造体が空間の真ん中に鎮座していた。

 形状は特徴的で、主翼の左右に巨大なプロペラの付いたエンジンを搭載し、そのプロペラの方向を変えることにより、垂直に離陸することも可能のようだった。

 コックピットは一人で操縦するようになっていたが、その後ろには五人乗れるシートが設置されているのが、フロントの窓ガラスから透けて見えた。

 ディグダインが機体に近づくと、搭乗用の扉が開くのと同時に、階段の形状をしたタラップが降りてきた。

 ディグダインに続き、カインシーザとギューはゆっくりとその階段を上がり、飛行機に乗り込む。

 カインシーザは、そもそも飛行機が見たことはなく、この物体が何をするものなのかわかっていなかったが、ギューの独り言に近い解説を聞き、この飛行機がオスプレイと呼ばれる機体に形状が似ていること、垂直離発着が可能なことを知った。

 もっとも、ギュー自身もオスプレイそのものは映像でしか見たことはなかったようだが。

 ディグダインは操縦席に座り、カインシーザとギューは後部のシートに座ろうとする。

 ネスクが気を利かせたのだろう。シートの真ん中に、チャイルドシートが設置してあったが、ギューはこれを断固拒否した。

「この飛行機に年齢制限はないでしょう? そもそも僕の身長じゃ、このチャイルドシートには座れませんよ!」

 ディグダインは、ネスクのいたずらに気付き、口をとがらせて文句を言うギューの姿に思わず口角を上げたが、カインシーザにはそのいたずらもギューが癇癪を起こした意味も分からなかったに違いない。彼の界元にはチャイルドシートやジュニアシートなどないのかもしれない。

 そして、ギューのチャイルドシートの隣が、異常に大きなシートになっているところを見ると、このシートはゴンフォンの着席を想定していたのだろうか。そして、カインシーザとギューがその巨大なシートに目を奪われている間に、『飛行機(ネスク)』はこっそりとチャイルドシートを引き上げたのだった。

 全員がシートに着席し、シートベルトを着用したのを確認したところで、ディグダインは操縦桿を引き上げた。

 左右の窓から見えるプロペラが徐々に回転し始め、それがやがて残像を伴って見えるようになってきた。

 少しだけ機体を前にずらしたところで、ディグダインは操縦桿横のレバーを引き上げ、左右の主翼にあるエンジンごとプロペラの角度を変えた。

 プロペラがさらに回転を速めると、機体がゆっくりと浮き上がる。

「おお、浮いた!」

「そりゃ浮きますよ。飛行機ですもん」

 カインシーザは、少し上気した顔で左右の窓から見える景色に対し、何かしら反応を示す。だがその反応は、空の旅を楽しんでいるという感じではない。

「……あれ、カインさん、ひょっとして怖いんですか?」

 ギューの言葉に、手摺をしっかり掴んだカインシーザは、少し吃りながら答える。

「怖い……わけではない……が、少し驚いただけだ……」

 ギューはそれには答えず、明らかに浮き足立つカインシーザを不思議そうに見つめていた。

 カインシーザからすれば、空を飛ぶのが怖いのではなく、他の人間の操縦で鉄の塊が浮いていることそのものが、受け入れづらかった。技術的にそれが可能なのは分かった。そして、自分たちがそれに乗って空を舞えることもわかった。操縦によっては、≪天空翔≫より航続距離が長いことも容易に想像がつく。

 だが、自分の意志で動かしていないものに対するカインシーザの異常なほどの警戒心は、タント界元最強の神勇者になっても、≪天空翔≫という飛翔術を身に着けても、収まることはなかった。いずれギューやディグダインは体験するが、他の人間の駆る馬車よりも、自分で馬を操る方が、何倍も彼は安心できるのだった。

「……怖いんだ……。カインさん、飛べるのに……」

 ギューはいまだ、カインシーザが空を飛ぶことを恐れているように感じていた。

 ディグダインはそんな二人のやり取りを聞き、口角を上げた。そして、操縦桿の横のメーター部を優しく撫でたのだった。

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