『調律者』たちの後日譚
ドイム界元の神皇ゾウガとの食事を終えたファルガは、レーテと共に故郷ラン=サイディールに戻った。
久しぶりに二人揃ったこともあり、ファルガとレーテは足を延ばし、悲しい思い出の地『陽床の丘ハタナハ』を訪れ、レーテの育ての恩人であった故人ツテーダ夫妻の墓参りをした。
思い返せば、かつて敵対していたガガロの連れた豚のような化け物に、ファルガとレーテを庇った夫妻は殺されてしまった。だが、まだ幼かった二人は仇を打てず、逃げるのが精一杯だった。
その後、それぞれ神勇者と神賢者になった二人は、改めてその地を訪れ、墓を建てて夫妻を弔ったが、その後も幾度か転機があるたび、二人で夫妻に報告がてら墓参りをしていた。
今回も、ハタナハの墓所で墓参りをした後、二人で今までの積もり積もった話をし、彼女をデイエンの家に送り届けた。
最初は不安そうだったレーテも、ファルガの話を全て聞いた結果、以前感じたような危うさを、彼からは感じられなくなったのだろう。別れる時は終始笑顔だった。
ファルガ自身も、病院でのレーテの頑張りが聞けて、なぜか安心したものだった。
その後、ファルガがちょうどラマ村の自宅に戻ったところで、界元神皇エリクシールから連絡が入った。
ついにファルガの新しい『見守り』の地が決まった。
ファルガは、その足で育ての親であるズエブとミラノの家を訪れ、再度の旅立ちを告げた。
幼馴染みのナイルにはそれを伝えられたが、レナには会うことができなかった。
だが、ファルガはそれで良かったと思っていた。
レナに会えば、絶対にレーテを連れていけと言い出すに決まっている。それに、そんな話がレーテの耳に入れば、彼女も同行すると言って聞かないだろう。
レーテのことで、正直な気持ちをナイルに吐露するものの、それをできない意地ともプライドとも違う想い。
彼女がいれば心強いのは間違いないが、恐らくレーテには『見守り』は無理だろう。
ファルガの件でさえ、わざわざ神皇ゾウガの城まで乗り込む程の気性だ。『見守りの神勇者』は、見捨てることも厭わなければ、その任を果たせない。
だが、レーテは全ての困った者に手を差しのべるだろう。彼女のことだ。結果的に起きた事象を自分で全て受け止めてしまい、傷ついていくはずだ。
自分の施した内容が人を傷つけるかもしれない。殺してしまうかもしれない。
関わりすぎてはいけない『見守りの神勇者』システム。
果たしてこのシステムが、きちんと機能をしているのか、本来目指した目的を達しているのかは不明だ。だが、今はこのシステムに則って動いている。それはまごう事なき事実。
ファルガは実際に、このシステムによって命を救われている。もっとも、地下水脈に流された彼が、カインシーザによって救出されたのは、既に川岸に打ち上げられてからであり、これを救助というのかはわからない。だが、打ち上げられてからも発見が遅れて衰弱死していた可能性もあることを考えると、やはりカインシーザは彼の命の恩人だといわざるを得ない。
物事は、見る人間によって相対的に意味が変わる。ある人間にはそれが吉報であっても、別の人間には凶報であることなど往々にしてある。それは行動についても同じことがいえる。ある人間のために行動したことが、大量の人間の死を招いてしまうことあるだろう。
だからこそ、見守りは、最小限になされなければならない。『精霊神大戦争』の発生を見届ける。そこまでが『見守りの神勇者』の責務なのだ。
そんなファルガの肩に手を置くと、ナイルは無言で頷いた。ファルガの兄貴分であるナイルは、立場は違えどファルガの気持ちはよくわかっているようだった。
デイガ界元での一件で、ファルガとギュー、そしてカインシーザは嫌というほど思い知らされた。思いのままに動くと、それ以上の後悔が訪れる。だが、動かなくても後悔する。どうすればいいのか、まだ結論は出ない。
それでも、ファルガは『見守りの神勇者』を断らない。いや、断れない。
自分がもしそこに行くことで救われる人がいるならば。救われる命があるならば。
同じ関わりを持った時、幸せになった人間が不幸になった人間より多いなら、それで良い。
そう割り切ることにした。
もちろん、大原則は『見守り』なのだが。
それと、もう一つ気になることがある。それは、界元魔神皇マラディの行動だ。
現次の生物ならば、全く関係ないくらいの長いスパンの話ではある。
その行動の結果が災いとして降りかかるのが明日なのか、はたまた数億年先の話なのか。何億年後かの話だと、そもそもこの星があるかどうかも不明だ。ファルガに至っては確実に生きてはいまい。いや、災いなのかすらも不明だ。
だが、明らかに界元神皇エリクシールは、マラディの行動を異常だと言った。
それを見極めたかった。マラディは何をしようとしているのか。
ゾウガは言う。
今、『見守りの神勇者』として呼ばれている者は、自身の界元の『精霊神大戦争』に生き残った神勇者なのだ。
エリクシールは、マラディが事を起こす前に何かをしようとしているようだ。それが何かはわからないが、と。
その時に備えて、戦力を蓄えている。
そんな風に思えて仕方ない、とゾウガは去り際のファルガに伝えた。
「まあ、見極めますよ。俺が生きているうちに『事』があるかどうかもわかりませんけどね」
ファルガはそう言い、ユークリット界元の界元神皇の元に行く途中に立ち寄ったゾウガの城で、ゾウガを励ましたのだった。
ファルガとギューが去った後のデイガ界元。
ディグダインとネスクが、かつてはドメラガ国の首都であったメガンワーダに戻ってきた時、既にファルガとギューが居なくなっていることを聞き、ひどくがっかりしていた。
加えて、ロセフィンの記憶操作により、ファミス国で組織された災害援助隊の隊長グパや、ドメラガ国の首相のシークレットサービスであったサムアラも、ファルガとギューの事は完全に記憶から消え去っていた。
ただ、サムアラにも、グパにも、自分たちがひどく感謝していた人がいたような気がする、という漠然とした感情の記憶だけは残っていた。
夢の中で、強く激しく人を愛したにもかかわらず、目が覚めてみるとその激流のような感情は覚えているものの、その相手が誰なのか全く思い出せない。
その状況に似ているかもしれない。
それは、遠く離れた地の、ファミス国内の人間たちも同様だった。
砂漠の傍にある僻地『基地』の職員たちは、波乱万丈な何かがあった記憶は残っている。瞬間風速だけはとてつもなく強かった、何かが。
実際、その爪痕は凄まじい。
司令官であったパクマンを失い、さらに科学者ドォンキが行方不明になっている。『基地』の主要メンバーのうちの二人がいなくなっているのだ。これは由々しき事態だった。
サンドカーも一台失われているが、恐らくパクマンを探しにドォンキがサンドカーを持ち出したのだろうと推測されるデータに書き換わっていた。
老司令官でエースパイロットであったパクマンの技術と経験、ドォンキの機械の知識と科学の知識だけを引き継ぎ、彼らの人格はほぼ消滅したディグダイン。
彼は、軍内のネットワークに侵入し、『ディー』という籍は設けたものの、軍に戻るつもりはなかった。
仮に自分が軍に戻ったところで、何かができるわけではない。むしろ、腫れ物を触るように扱われるか、二人の人間を融合させた『倫理的破綻』を来たしている存在として、人体実験をされるかの二通りしかない。
少なくとも、以前のような普通の生活には決して戻れない。
その為、死亡者リストの中に自身の仮の名を埋め込み、彼はネスクと共にデイガを離れることにした。
人々の記憶からは、ライブメタルの記憶もなくなっている。
ライブメタル自体は、デイガ界元に存在するのだが、まだこの星では誕生していない。ネスクの体に提供されたライブメタルが、せめて同一界元上で発生した技術のものであれば、『宇宙人からの技術提供』という形でロセフィンも容認もできただろうが、全く別界元の技術であるため、そのまま捨て置くこともできなかった。
ちょうど、体内に異物がある状態。ロセフィンはファルガたちに、ネスクがこの界元にいる状態、つまり、ライブメタルが残った状態をそのように伝えている。
「ネスクよ、私を助けてくれたのに、すまんな……」
ロセフィンの謝罪に、ネスクは笑顔で答えた。
ネスクは、ライブメタルの性質をうまく使いこなせるようになった。
肌の色から質感、体温の部分まで再現することに成功し、レントゲンやMRI、その他医療器具を介しても『融合人』であることがわからないようにする事もできるようになり、一般の人間に紛れて生活することも可能なレベルになった。だが、先述の通り、ロセフィンから見れば、ネスクは体内にある『異物』となる。
それを彼女もわかっているため、彼女もデイガ界元を離れ、自身の界元を探すつもりになっていた。
ディグダインが軍籍上の死を選び、軍に戻らなかったのは、それに付き合うためだと思われた。ロセフィンにはっきりと明言はしていないが、神皇ロセフィンはそれを把握していたはずだ。
ファミス国の新機鎧は、記憶操作により『真』を扱える人間の記憶が消されても、通常のファミス機鎧を小型化するための試作機である、という軍部の認識は変わらなかった。だが、タービンを回す機構が抜け落ちた状態であるにもかかわらず、なぜ設計図がそのまま書かれ、実際に試作機が二機も作られたのか、その経緯は全く不明だった。
このような穴だらけの開発になっているのか不思議に思った上層部は、調査チームを組織した。その結果、開発記録や会議の議事録は残されているが、そこに誰かわからぬ人間が関わっていたような記述が見つかった。しかし、誰もその人間を覚えてはいなかった。
さらに、新エネルギーを用いた理論が構築されており、その実験結果のデータも残されていたが、実験の再現は不可能だった。
これらの異常は、議事録には残された。だが、この時ファミス国は、それ以上深追いすることはしなかった。できなかったのも事実だが、その謎の人物という存在に対し、どうしても感謝の念しか浮かんでこなかったためだ。
どちらかというと、ドメラガ国との終戦の調整、そして『巨大隕石の墜落によるメガンワーダとデモガメの消滅』に人々の興味は移った。加えて、ドメラガの第四世代の機鎧の技術がファミスに伝えられた結果、ファミス新機鎧の開発は完全に凍結され、数年後にはファミスの科学者の記憶からも失われ、言い伝えレベルの眉唾物の伝承として一部の人間の記憶に微かに残る程度となった。
ファルガ=ノン。
デイガ界元での『精霊神大戦争』の発生を、イレギュラーな事象が続きながらも、自ら事象に飛び込んでいき解決してきたことが評価され、引き続き幾つもの界元で『見守りの神勇者』として、神勇者の成長とその界元での『精霊神大戦争』の発生までを見守り続けた。界元の『見守り』期間は、七日程度の場合もあれば、数ヵ月、数年に及ぶものもあった。エリクシールは、ここぞとばかりに大変な界元をファルガに押し付けたのだろうか。場合によっては二ヵ所、三ヵ所を同時に担当させることもあり、さすがにその時はファルガもエリクシールに苦言を呈した。ただ、デイガ界元以後の『見守りの神勇者』において、命の危機も何度かあったとされるが、犬神皇ロセフィンが名付けた『超勇者』形態には一度も変身しなかったとされる。
ギュー=ドン。
齡五歳で、自身の界元の魔神皇を倒してしまい、界元の消滅という悲劇を目の当たりにしてしまった少年。彼はファルガとペアを組み、幾つもの界元で冒険を経験する。その類い稀な戦闘センスと物怖じしない性格ゆえか、行く先々の界元で人間関係を構築してしまう。それが先輩神勇者のカインシーザは気に入らなかったようだが、ファルガと組んで、事象に関わりながらも、必ずその界元を『精霊神大戦争』まで辿り着かせるため、彼もエリクシールからはある程度評価されていたようだ。
カインシーザ。
デイガ界元の『見守り』を途中でリタイアした彼は、グオン界元の『見守り』に行き、赤い肌をした一つ目の巨人の神勇者・ゴンフォンと魔神皇ジンマの『精霊神大戦争』の戦いまでを見守った。残念ながら神賢者であった、赤い神勇者・ゴンフォンの友人は、その戦闘に於いて命を落とした。それを知ったカインシーザが自身の『見守りの神勇者』論にほんの僅かだけ疑問をもったようだ。ちょうどファルガと逆であったといえるかもしれない。カインシーザが一言助言をしさえすれば、回避できていた死である可能性は高いと、彼自身が思わざるを得ない事案だったからだ。彼は、その後も『見守りの神勇者』を続け、ファルガやギュー、ゴンフォンと組んで、幾つかの『見守り』を完遂した。
ディグダインとネスク。
彼らも『見守りの神勇者』として幾つかの界元に行くが、彼らは『見守り』はしていたものの、カインシーザの『見守りの神勇者』論の通り、まったく手を出さなかったため、その界元の神勇者は魔神皇に破れ、『魔』が優勢となった界元となった。実はこのケースは珍しくなく、ファルガたちがたまたま『妖』が勝ったケースに立ち会っただけなのだが、ディグダインはともかく、ネスクがショックを受けてしまい、しばらく『見守りの神勇者』から遠ざかる結果となった。ペアを失ったディグダインは、ファルガやギュー、カインシーザと組んだこともあるが、一番うまく行ったのはギューと組んだときだった、と彼は述懐している。
神皇ロセフィン=クラビット。
『実体』化時は、小さい柴犬の姿を取っているが、その形状が一番しっくりするからだと語っている。彼の界元でのもう一つの個性である魔神皇ハイエンとの前回の争いは、他の界元でも殆ど例のない、惑星を隔てた存在同士のものとなった。その結果、惑星ごとに存在する神は『妖神』『魔神』共に戦闘に巻き込まれ消滅してしまった。当然、神勇者と魔神皇の戦いもあったが、神勇者は魔神皇ハイエンに敗れ、ロセフィンは結果ハイエンと直接対決となった。双方戦いの結果、神皇同士が消滅の危機になり、双方が活動を停止することで界元の消滅を免れた。それが、今回神勇者のファルガの問いかけに全く神皇が応じないという状況となった。『精霊神大戦争』上の戦闘能力は妖神皇より魔神皇の方が優れているのが通常だが、活動開始に必要な力の回復は妖神皇の方が早かった。その為、復活を焦ったハイエンは、超妖魔になりたてであったグアリザムの甘言に乗り、他の界元のライブメタルを媒体にして復活したため、今回の『精霊神大戦争』では、完全敗北を喫することになった。ハイエンの次の復活は文字通り、気の遠くなるほどの時間が必要となる事だろう。
超妖魔エビスード。
彼……といっても繁殖という行為はしないので、性別はないが……は、超妖魔化したグアリザムを屠ったファルガの今後を案じた。『超妖魔殺し』は、他の超妖魔の個体にとって異常事態だった。界元という身体の中に様々な生命体を宿し、自身の延命を図った神皇と魔神皇に対し、超妖魔は、超然とした空間生命体として他者に干渉せず、他者から干渉を受けずに存在のみ是としている。エビスードが界元に隠れ住んだのは、エビスードがデイガ界元の存在エネルギーである『真』と生命エネルギーである『氣』を若干拝借するために寄生していたのだが、そこで人間をはじめとする様々な生命体の在り方を知り、『精霊神大戦争』のシステムに興味を持つことになった。そして、『妖』と『魔』がお互いに傷つけあうことで界元の存在エネルギーを補填するこのシステムに不毛さを覚えた。この方法が、一番エネルギー摂取率がいいのは確かなのだが、その分苦しみが多く『魔』と『妖』の対立を増幅させているのではないか。それが、エビスードの結論だった。同じような考えを持つファルガに興味をひかれ、彼を何度か保護するが、成り行き上ファルガは『超妖魔』を消去できる力を得てしまった。まだ自在にコントロールできていないうちに、自分たちを脅かす存在となりかねないファルガを消そうと考える超妖魔や、一部の神皇、そして魔神皇が付け狙う可能性を危惧したロセフィンは、ファルガを守る役をエビスードに依頼し、エビスードは承知するのだった。
魔神皇ハイエン。
この魔神皇は、既にファルガによって完全に消滅した超妖魔グアリザムの甘言に乗ってしまった。しかしながら、その甘言を受け入れたがために、副産物として神勇者二人……ディグダインと、本来は神闘者となるはずだったネスク……を発生させてしまうことになる。神勇者二人という類を見ない戦闘の高ダメージ故、ハイエン自体もあっけなく眠りにつくことになった。しかも、今までの被ダメージとは比較にならないほどであり、ハイエンは半永久的に眠りについた形になる。
まだ大分先の話となるが、界元を維持するための戦いに交わり、戦いを招き、戦いを止めた者たちを、人々は後世に『世界を整え、調整する者たち』として、調律者という名で伝えるようになったという。
時は来た。
界元神皇のエリクシールが、全ての界元の『見守りの神勇者』として活動していた神勇者に召集をかけたのだ。
ファルガたち『見守りの神勇者』たちの最後の冒険が始まる。
もし、どなたかの目に留まって、イメージソングができるようだったら、ぜひ森口博子さんに歌ってほしいなあ。『君を見つめて』が個人的にはこの物語のイメージソングでした。勝手ですが。




