黄金の覚醒、悪夢の終焉
「おや? 勝手知ったる顔が揃っているな」
漆黒の宝珠が割れ、ゆっくりと姿を表した人影。
長い髪を後ろで縛り、スラリとした肢体。肩当てのある法衣を身に付けた姿は、ファルガのよく知るあの少女と瓜二つだ。
かつてこの者は、ドイム界元神賢者の容姿に似せたと自ら公言していた。その方が戦いを有利に進められるという予測の元。
実際には、本当の姿は異なる筈なのだが、あえてその姿で出現したということは、異なる宇宙、つまり異なる界元で再び、ドイム界元の神勇者と戦うことを予期していたとでもいうのだろうか。
ただ、以前の容姿とも若干異なるのは、この身体が全て銀色だったことだ。それこそ指の先から足の先まで、髪の毛一本に至るまで。
少年が気にかける少女の容姿をした銀色の人影は、歯を剥いてこれ以上ない程の邪悪な笑顔を浮かべた。
「やっと戻ってこられたが、ここはどこだ?」
『巨悪』グアリザムは、少し周囲を見渡す。
寝惚けているのだろうか。彼自身、出現した場所に覚えがないのが不思議で仕方ない様子だ。なんとなく懐かしさを覚えるのは、ドイム界元でのかつての彼の居城であった彗星城の街並みに似ていなくもないからだろうか。
廃墟なのも同じだ。
ただ、彼にとって壊し方が半端過ぎた。
一気に吹き飛ばせば良いのに。こんな半端な状態にしたのは何者だ?
彼は、こちら側の世界に戻ってきて初めて、力を放出した。
爆風が大地を駆け抜け、ビルディング群はおろか、瓦礫の凹凸に至るまで、消し飛ばしていく。
「やはり、何もない方が良い」
銀色の『巨悪』は心地良さそうに目を細めた。
突然発生した爆発の中心から少し離れたところに、漆黒球が生まれた。それは紫色に帯電し、やがて割れた。黒い殻の欠片が大気に溶けていった。
その球体の中にいたのは、一匹の犬、緋の鎧に身を包んだ少年と、蒼い鎧に身を包んだ青年、そしてパイロットスーツの青年だった。
蒼い鎧の小手部が展開し、盾になっていたが、どうも使われなかったらしく、すぐに小手内に収納された。突然の爆発に対応しようとしたが、その直前に、ロセフィンが疑似仮想空間を展開し、その中に彼らを隠した為、結果的に爆発から回避できたのだった。
「びっくりしたー。
何なんですか、あれは。
またネスクさんみたいな『融合人』が新しく現れたんですか?
敵なんですかね?」
ギューは驚いた様を隠さずにファルガに矢継ぎ早に言葉を投げかけたが、返事のないファルガの表情を見て愕然とする。
行動を共にし始めてからそれほど時間は経っていないが、ギューにとって、頼りになる兄貴分であるという認識は変わらない。
少年が分からないこと、迷ったことも、兄貴分に相談すればたちどころに解決した。
少年の父親が、全幅の信頼を寄せていたからかもしれない。彼もそれに必然的に習うことになる。もちろん、ファルガのかつてのライバルでもあった父ガガロは認めない。その代わり明確に否定もしなかったが。
そんな青年の顔に浮かぶのは、紛れもない恐怖だった。
顔面蒼白というのはこういうものなのか、という程に明確に身体に刻まれる恐れ。ファルガほどの戦士が竦んで動けないとは。
ファルガの表情を見て不安になったギューは、何となくファルガの名を呼ぶ。
はっと我に返るファルガ。
全身を濡らす脂汗が、彼に不快感を思い出させた。
「あいつはグアリザム……。
『巨悪』グアリザムだ。おまえの父親も母親も、あいつに弄ばれた。あの女神たちも、ドイム界元の神皇ゾウガ様でさえも……。
でも、何で生きている? あいつは確かに俺が止めを刺したはず……」
「……一度倒しているなら、また倒しましょうよ」
水を得た魚のように軽やかに動いて見せたギューは、そう言うと背の巨神斧を展開し、構える。その時、緋神鎧が今までギューの見たことのない変形をした。首のところにある喉を守るパーツが一部展開し、彼の頭部を覆ったのだ。
この星にもラグビーに似たスポーツがあるが、その選手のつける頭部プロテクターに、『それ』は酷似していた。違うのは鳥の羽を組み合わせて作ったような装飾品ともプロテクターとも見えるパーツが、左右の側頭部に付属していることだ。
「なんだ、これ……」
初めての変形に戸惑うギュー。頭に覚えた違和感を頼りに左手で触ってみる。
だが、それも一瞬だった。
グアリザムを見据えたギューの目が、獲物を狙うハンターのように鋭く光る。
一気にオーラ=メイルを纏うと、巨神斧を振りかぶり、五十メートル以上離れたところに立つグアリザムとの間合いを一気に詰めた。
重々しい金属音が響き、赤い斧術士と銀色の人型から、衝撃波が放射状に広がっていく。直前の爆発で瓦礫は勿論の事、埃一つ残らず消し飛んだため、ファルガやロセフィンが視界を奪われることはなかったが、そこで見た最強の神勇者と魔神皇超えの存在との一瞬の挙動は、ファルガは勿論の事、神皇ロセフィンの度肝を抜くのに充分だった。
彼らの視界には、陽炎のように歪んだ空間の一部が放射状に拡がっていくのがはっきりと捉えられた。
陽炎の波紋の中心にいたのは、大地を割ろうかというギューの斧の一撃を造作もなくつまんでいたグアリザム。つまんだ斧を捻るように手首を返すと、ギューが空中で高速で一回転する。ちょうど扇風機のプロペラの中心をつまんで捻ると、プロペラそのものが大きく回転しはじめる時の様に似ている。
しかし、ギューも弄ばれてばかりでは済ませない。
グアリザムの施したその回転の勢いをそのまま用いて、グアリザムのこめかみを蹴り抜こうと狙う。だが、そのこめかみへの鋭い蹴りは、銀色の人型には掠りもしなかった。
ギューは空振りをしても慌てなかった。そのまま回転を続け、逆足の踵でグアリザムの眉間を打った。全力で攻撃を仕掛けたギューは、自らの攻撃をフェイントに使い、グアリザム相手に見事に一撃を加えたのだった。
だが。
驚くべき事に、ギューの攻撃は銀色の『巨悪』のダメージにはなっていない。グアリザムの頭は揺らぎもしなかった。衝撃すらも感じていないようだ。
だが、間違いなく『巨悪』は苛立っている。
全く取るに足らないと思っていた相手からの一撃を、油断していたとはいえ眉間に受けたのだから無理もない。
グアリザムの視線が、この時はっきりギューに向けられる。
「そこの蒼い鎧の奴以外、俺と戦えるとは思っていなかったが、少しはやるようだな。
ちょうどいい。
この新しい身体を試させてもらおうか。魔神皇ハイエンにくれてやった身体と同じこの身体の使い勝手を」
「魔神皇と同じ身体? それはどういう意味だ?」
ファルガが尋ねる。だが、怯えを隠そうとするあまり、その表情は硬い。
そして、尋ねてはみたものの、納得いく説明があるとも到底思えない。
グアリザムの言葉の通りに理解するなら、復活の遅れていた魔神皇ハイエンは、今回ライブメタルの身体を入手したことになる。
だが、ハイエンは空間生命体だ。
つまり、界元内を確率で存在することができる最高次の存在だ。
それは、現次の存在は勿論の事、ねじれの位置に存在する『氣』と『真』に対して干渉できる力を持つ高次の存在ですら、最高次には影響を及ぼすことができないということ。
触ることもできなければ、攻撃を仕掛けても当てることもできず、当然殺すことなどできようはずもない。
もし仮に、その『確率体』に攻撃を加えてダメージを与えようとするならば、『縦』『横』『高さ』それぞれ何十億光年以上はあろうという広大な宇宙空間全域に、余すことなく攻撃を仕掛けることができなければならない。
だが、そんなことは、神皇は無論の事、界元神皇でも不可能だ。
そのため、魔神皇にダメージを与えるには、神皇は魔神皇を『確率体』から『実体』に『固め』なければならず、『固め』るためには、無理矢理魔神皇の全てを疑似仮想空間に閉じ込めなければならない。
神勇者と共に。
神皇が『精霊神大戦争』時に必ず、魔神皇を疑似仮想空間に閉じ込める戦術をとるのは、『固め』て初めて、神勇者の攻撃が魔神皇に干渉するようになるからなのだ。
それでなければ、如何に超神剣であろうと、確率で存在する相手を斬ったりできるはずもない。攻撃力だけは神皇を大きく上回る神勇者を、魔神皇にぶつけてダメージを与えるにはそうするしかないのだ。
逆に魔神皇が攻める場合には、魔神皇が作り出した仮想疑似空間に神皇を閉じ込めて、魔神皇自身の攻撃で神皇にダメージを与えていく必要がある。
両神皇同士の争いは、自分の作り出した疑似仮想空間に、いかにして相手を閉じ込めるか、ということが勝負の分かれ目であり、閉じ込めた方が勝ちだといえる。
先ほどの問いに対する答えなど期待していないファルガは、先ほどの『巨悪』の出現方法を思い出す。
あれは、間違いなく≪洞≫の術だった。
≪洞≫の術が使えるということは、すなわち、グアリザムは確率で界元内に存在できる空間生命体になったということを意味する。
ドイム界元の魔神皇の座を狙っていたグアリザム。それはいまだに果たしてこそいないが、少なくとも空間生命体になったということは、超妖魔に匹敵する存在になったということ。
界元が神皇と魔神皇の体というなら、グアリザムは身体を界元にしなければ魔神皇にはなれないが、それに準ずる存在にはなったということなのだ。
そしてそれは、以前にも増して、容易には倒すことができなくなった事を意味する。
文字通り、存在確率を上げ、その位置に百パーセントの確率で存在している状態を作り出さない限りは。
ただ、現在のギューの攻撃は、グアリザムに干渉出来ている。ギューの巨神斧の一撃をグアリザムが受け止めているからだ。
ということは、今のグアリザムは『確率体』ではなく『実体』でギューと戦っていることになる。
ギューを圧倒しているのは、元々のグアリザムの強さ故であり、最高次に昇華したからギューを圧倒しているわけではないということだ。
「倒すなら今しかない!」
グアリザムと激しく戦うギューに加勢すべく動き出そうとするファルガだったが、身体が硬直してしまい、動くことができない。
なぜ動けない、と強く思うファルガだったが、それはグアリザムの攻撃のせいではなく、グアリザムに対する彼自身のトラウマであることも薄々気付いていた。
ギューの攻撃が、徐々にグアリザムに当たらなくなっていく。
恐ろしいまで身体能力ゆえ、今まで魔神皇にすら遅れをとったことのないギュー。
しかし、それ故初めて自分に比肩する、あるいは上回る敵を相手にした時、彼は自身の戦い方を自然に崩していくことになってしまった。
一撃で倒そうとしての、巨神斧の不要な大振り。
当てればいいだけのはずの電撃の刃の術≪雷電光斬≫も、過剰な大きさを求めるあまり、直径を三メートル大の円盤にしてしまい、それをいくつも放つが容易に回避され、更に体力を消耗する。
まさに自滅コースだった。
ギューの表情が変わった。呼吸が激しくなる。
明らかにスタミナ切れに陥った事を、彼自身が自覚したのだ。
ロセフィンも、ギューの劣勢を何とか打開したいと思っていたが、神皇の力をもってしてもグアリザムは倒せない。
現時点で疑似仮想空間にギューとファルガを送り込んだところで、彼らには、グアリザムは討てないだろう。
竦んで動けぬファルガ。焦りに駆られ、戦い方のペースを崩したギュー。
この状態で、疑似仮想空間で包んでも、単純にロセフィンからのフォローがなくなるだけだ。戦況的にはより厳しくなることは容易に想像できた。
完全になす術がなかった。
そして。
またグアリザムの戦い方が変わる。
ギューの空振りに合わせるように、グアリザムがギューに対し、カウンターを当てはじめたのだ。さらに、グアリザムの回避方法も変わってきた。今までは斧の一撃や術をきちんと丁寧に回避していたが、いつの間にか回避行為をとらなくなり、その代わり攻撃が身体をすり抜けるようになった。
今まで『銀の巨悪』がなぜギューに対して攻撃を仕掛けなかったのか、この時にやっとロセフィンは気付いた。入手したばかりのライブメタルの身体が、復活したグアリザムにまだ馴染んでいなかったのだ。
ところが、神勇者でも最高峰といっていいギューの攻撃を避け、防ぎ続けることで身体の使い方を学んでいったグアリザム。
躱す為の身体の動き自体は、スムーズになってきてしまった。
今度は、その圧倒的なパワーを最大限発揮するためにインパクトの瞬間だけ確率を高めるコントロールができるようになってしまうと、いよいよ手がつけられなくなる。
ギューの攻撃の時は、『確率体』となって攻撃を無効化し、自らが攻撃する時は、インパクトの瞬間だけ『実体』となっている。
グアリザムは真に厄介な相手、超妖魔になりつつあった。
同じ空間生命体でありながら、両神皇と超妖魔には決定的な違いがある。それは、ドイム界元神皇ゾウガやデイガ界元神皇ロセフィンは、界元を維持しながら実体を作る技術を身に着けている。つまり、『確率体』であることをベースにしながら、その一部の『実体』を作り出すことができるのだ。そのため、同じ時間帯に数か所同時に存在することもできる。
超妖魔は『確率体』から『実体』への変化、そしてその逆の変化までは可能だ。しかし、『確率体』の一部を『実体』にすることができない。すなわち、両神皇のような、生命体が中で存在する世界を構築して維持しながら、自身もその世界に入り込んで生活することができない。
あくまで、超妖魔はエビスードがメガンワーダのビルディングの火災を消したように、燃え盛るビルディングを作り出した疑似仮想空間に入れることは可能だ。だが、その中で自身が何かをすることができない。
それこそが神皇と超妖魔の決定的な違いだ。
そして、グアリザムは徐々に空間生命体としてのスキルを高めつつある。攻撃の瞬間だけ体を『実体』化し、後は『確率体』化しておけば、実際にグアリザムを倒せる存在は皆無となる。
まだ体変化を使いこなす前に、早く倒さないと間に合わなくなる。
ロセフィンがチラリと横目で見ると、ファルガを押さえ込んでいた恐怖による竦みが、徐々に外れつつある状態だった。
痛め付けられているギューを目の当たりにして、仲間を嬲る『巨悪』に対する怒りと、そんな現場に居合わせながら、何もできずに立ち尽くしている自分自身に対する怒りが、ファルガの全身を覆い始めた。
この状況を打開するには、二つの条件がある。
一つは、ファルガの身体の戒めが自身の怒りによって解けること。それともう一つは、『超妖魔』グアリザムの、『確率体』への変化の習得が少しでも遅れること。
ギューは、ファルガが参戦すれば恐らく正気を取り戻すだろう。ギューとファルガが同時にかかれば、まだまだグアリザムといい勝負ができるはずだ。
『銀の巨悪』が『確率体』へと変身するスキルを完全に身に付ける前に、何とか二人の神勇者をぶつけ、同時に界元神皇に更なる増援を求めるのだ。
グアリザムは『精霊神大戦争』の対象外。
誰が倒すべきだとか、どうやって倒すべきだとか、といった話は完全に度外視し、確実に倒さねば、デイガ界元だけでなく、他の界元も消される事になってしまう。
グアリザムはドイム界元の魔神皇を吸収し、倒した。
力を失った魔神皇が『確率体』になれなくなったところを狙ったのだ。だが、それは結果的にそうなったに過ぎなかった。
今回のグアリザムは、自分の意志で『確率体』になることができるようになった。
事態がより悪い方へと進む前に、何とかドイム界元の神勇者・ファルガ=ノンの復活を願わざるを得ない。
「ファルガッ!!」
ロセフィンは最後の希望を託し、ファルガの名を叫んだ。
脂汗を全身に浮かべながら、緋の鎧の少年と銀色の少女の戦いを見守っていたファルガ。
厳密には見守っていたのではない。
眼前の『巨悪』によって、過去の死闘での絶望を思い出し、更にそれを上回る力で暴れ狂うレーテと同じ顔をした『魔』の神に、完全に戦意を削がれてしまっていた。
竦んでしまい、気を失わないようにするのがやっとだった。
元々は、ギューの父であるガガロが戦うはずだった。
三年前のドイム界元で巨悪を迎え撃つ直前、神勇者に選ばれたガガロ=ドンは、超神剣を封印した聖剣四本を一か所に集め、精悍な女神・フィアマーグと共に、剣の本来の姿を取り戻すべく、時間をかけて封印を解こうとしていた。
その時、元聖勇者であるファルガ=ノンは予備戦力として、黒い神殿に近づこうとする神闘者を排除するため、戦い続けていた。
一人の神闘者をやっと倒した直後。
グアリザムがはるか遠い彼方から放つ『黒い稲妻』・≪誘魔弾≫を受けた何十人という神闘者が、列をなして丸腰のファルガを嬲り始めることになった。
だが、自らの命と引き換えにすべての神闘者を道連れにする覚悟で、『氣』を爆発的に高めたファルガに呼応し、四聖剣は自ら封印を破り、超神剣として復活した。
それはあり得ない現象だった。
超神剣を封じたフィアマーグとザムマーグが、時間をかけて術式を施さないと、封印は解除されないはずだったからだ。ファルガは、その封印を消し飛ばしてしまった。
竜王剣。蒼龍鎧。光龍兜。
それぞれが自分の意志でファルガの体を包み、迫りくる神闘者を一掃した。
そして、三年の月日を経て、神勇者となったファルガは、神賢者レーテと共に完全に復活したグアリザムを迎え撃った。
お世辞にも勝ったとは言いづらい結果だった。
ファルガは超神剣を身に着ける資格をレーテに奪われ、レーテはグアリザムの持つ魔剣マインド=サクションに斬られ、危うく心魂を失いかけた。
だが、それすら死闘の幕開けに過ぎなかった。
ガイガロス人のドラゴン化を抑える効果があった超神剣の装備を失ったことにより、ファルガの中の黄金竜『ゴールデン=ゴールド』の血が覚醒し、金色のドラゴンと化したファルガは、グアリザムを完全に消滅させた。
……はずだった。
だが、グアリザムは生きていた。
肉体を消滅させられたはずのグアリザムだったが、その強く悪しき心は、ずっと漂っていたに違いない。そして、その心魂は『魔』の力をより色濃くし、『確率で存在できる』力をグアリザムに付与した。
そして、ファルガたちの目の前で、『確率体』から『実体』になるための技術を習得し、ライブメタルを体躯とし、デイガ界元で復活を遂げた。
ファルガにとっての『悪夢』が、より力をつけて帰ってきたのだ。
グアリザムの放った一撃がギューの鎧の胸プレート部を直撃した。
嫌な音が周囲に響き渡る。
緋の神の鎧は、その一撃を完全に防ぎきったように見えた。だが、低く鈍い音ではなく、明らかに何か壊れたような、半音上がった音だった。
壊れた!
そこにいる全ての者が思った。
緋神鎧が……、界元神皇が作った超神剣の装備が、グアリザムの一撃に耐えられなかったのだ。
そして。
グアリザムの一撃が、赤い鎧の胸プレートを破損させたことにより、その威力が貫通し、中の人間に深刻なダメージを与えたのだ。
敵を討つべく、怒りの視線をグアリザムに向けていたギューの焦点が合わなくなっていく。同時に、大量に吐血した。
『銀の巨悪』の一撃が、ギューの内蔵にまで浸透したのだろう。
過去のトラウマを目の当たりにして、恐ろしくないはずはなかった。だが、その瞬間は、ファルガは我を忘れていた。
バランスを崩し、墜落するギュー。
蒼い鎧の青年は、少年の名を叫びながら飛び出した。そして、地面に激突する直前で、抱き止める事に成功する。
だが。
少年は力無くうなだれ、ピクリとも動かなくなっていた。
グアリザムの一撃は、やはり少年の内臓に深刻なダメージを与えていたのだ。
ファルガは必死に氣功術≪回癒≫を施した。だが、ギューの意識は戻らない。
不自然なほどに荒い呼吸と、耳障りな喘鳴だけが周囲に染み込んでいく。
「ファルガ、ギューの事は任せてくれ!」
ファルガに遅れて到着した犬神皇ロセフィンは、即座にギューに治療を施す。神皇の術は強大だ。ギューの喘鳴はすぐに収まったが、ギューが目を開けることはなかった。
ファルガは中空にいる『巨悪』グアリザムを睨み付けた。
トラウマを超えて。怒りが恐怖を凌駕して。
再び、父の『星辰体』と母の『鬼子のガイガロス人』の血が煮え滾る。
「う……、ううぅぅ……」
怒りが頂点に達した瞬間、ファルガは唸り声を発し始めた。
ロセフィンは、界元神皇から話だけは聞いたことがあった。
グアリザムは、かつてその存在と手合わせをしたことがあった。
鬼子と言われた黄金のガイガロス人のドラゴン化。生まれれば種を亡ぼすと言われ、悉く失われてきた黄金の血。
その力は圧倒的だった。
その当時、空間生命体になる技術を習得せずとも、容易にドイム界元の魔神皇を屠ったグアリザムにすら、真の恐怖を刷り込むのに充分だった。
その存在が、今まさに覚醒しようとしていた。
兜の下から除くファルガの前髪一本一本が、中から光が漏れ出すようにゆっくりと黄金に変わっていく。食い縛った歯の犬歯部分だけが、他の歯に比べ異様に大きくなっていた。
青年の固く閉じられた双眸がカッと見開かれた瞬間、漆黒であった瞳が赤く輝き、円形であったはずの瞳孔が、縦に切れ長のそれに姿を変える。ちょうど爬虫類に酷似しているそれに。
アンダーメイルの覆う腕と足の筋肉が膨れ上がり、蒼龍鎧の背面に、巨大な皮膜状の翼が一対現れた。鎧を突き破ったのか、はたまた鎧が体のその変化を受け入れたのか。
そして、尾骶骨のあるあたりから、弾力性のあるしなやかな黄金の尾が生えてくる。長さはファルガの身長の約二倍。それが独立した生き物のようにしなやかに動き続ける。
後頭部からは一対の長い角が背後に向かって生えていく。光龍兜もファルガの体の変形を受け入れたようで、もともとの兜の角部は収納され、小さな突起のようになった。
全ての変身と同時に、黄金の『氣』の炎が全身から噴き出し始めた。その勢いは凄まじく、神勇者がオーラ=メイルとして戦闘時に使う時の『氣』の炎のとは比較にならないほどに激しく強い。
骨格の変化を伴うために激痛に苦しめられる黄金竜への変身とは異なり、この変化は一瞬で起こった。
角と尾と翼が生えた人型の存在というと、翼をもった爬虫類型の竜戦士のようだが、その神々しさは、もはや筆舌に尽くし難かった。
強さがそのまま美になるとは、まさにこのことなのだろう。
「な……、なんだ、あの変身は……。ガイガロス人はドラゴン化するだけじゃなかったのか?」
思わず手を止め、見入ってしまったグアリザム。
だが、グアリザムのその仕草が、今生の最後の行動となった。
ファルガの右手一本で放たれた、黄金の≪八大竜神王≫は黄金の奔流となり、魔神皇を超越して誕生した超妖魔を抵抗させること無く、たったの一撃で瞬時に消し去った。
いや、グアリザムも何か抵抗したのかもしれない。
だがその抵抗もむなしく、たったの一撃、一瞬で『巨悪』は完全に消滅させられたのだった。
得体のしれない神々しさを持つ黄金の『氣』、オーラ=メイルが一気に弾けた後には、黒髪に戻り、先ほどの変身の影も形もなくなったファルガが、まるで何事もなかったように立っていた。
ファルガのこの変身を描くのが三十年ぶりです。前よりはよくなったかな、と思っています。
 




