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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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237/253

『神喰』の再来

 ほんの数十秒前まで三人の戦士たちが戦い、突然発生した漆黒の球体に飲み込まれて消えた場所。

 その場で立ち尽くしている、蒼い鎧の剣士と緋の鎧の斧術士。

 ドルクスという巨大な甲虫の大顎のごとき美しいカーブを描き、側頭部から延びる一対の角と、蒼い宝玉のついた額飾りから延びる一本の角を持つ兜は、彼の身に纏う蒼き鎧『蒼龍鎧』と同じく蒼を基調とした防具であり、黄金に近い黄色の装飾の施された美しい形状は、後世にも至高の名作として言い伝えられる。背に収められた竜王剣は、何物をも両断する神剣だが、その力を呼び出せるのは、ドイム界元の神勇者のみと言われている。

 逆立つ緑髪の少年は、その体躯に似合わず、ギラオ界元の超神剣装備『巨神斧』を自らの手足以上に使いこなす。『巨神斧』は、『緋神鎧』の背のパーツを展開させたものであり、この鎧も蒼き鎧に負けず劣らずの機能で所有者を守る。この装備には頭部を保護する部位はないように見えるが、この界元の神勇者が真の戦闘に突入した時には、鎧のどこかの部分が展開し、頭部を守る防具になるであろうというのが、所有者の予想である。それはつまり、齢五歳で魔神皇を倒したとされる、少年神勇者ギューの経験した程度の戦闘では、その防具が必要とされるレベルの攻撃をギュー自身が受けたことがないからだと推測される。

 それぞれが各界元を守った最強の神勇者たち。

 それが、廃墟と瓦礫で覆われたドメラガ国首都メガンワーダの中心部で立ち尽くす彼らの素性だ。

 横から差していた日の出時の朝日が、ゆっくりと高さを確保していくに従って、周囲を照らす明かりが赤から黄色に、そして白色へと近づいていく。

 万物の命の星でもある太陽が、長きにわたる戦闘の行われた闇を切り裂き、美しい二領の鎧を纏った戦士たちの姿を、鮮やかに照らしだしていた。

 そんな彼らのもとにゆっくりと近づく人影があった。

 大きい。

 大きいなんてものではない。

 身長だけでいえば、ドイムの神勇者ファルガやギラオの神勇者ギューの身長の七倍から八倍はあるだろう。

 全身が鋼鉄で覆われた一つ目の巨人。デイガ界元と呼ばれるこの世界の、機鎧という人型汎用兵器だ。先ほどまでは十五機という数で、敵を討つためにこの地に集結したはずだったが、直前の戦闘で最後の一機になるまで追い詰められてしまっていた。

 そんな状態の中で、舞台の上に役者が揃う。

 最終決戦。

 この界元の中で屈指の激しい戦闘になろうとした矢先、突然消滅した三人の『融合人』。

 唯一残された機鎧のパイロットであるヘニンガは、眼前で起きた奇跡の数々の痕跡を、肉眼で見たかったのかもしれない。仲間が瞬時に惨殺され、自分達が手も足もでなかった敵。その存在を一瞬でどこかに追いやった。倒したかは定かではない。しかしいずれ結論は出る。あの化物が勝てば、再びここに姿を現す。そして自分は蹂躙される。そうでなければ、先ほどの二人が戻ってくる。誰かに説明を受けたわけではないが、ヘニンガにもそれだけはわかった。

 鋼鉄の巨人はゆっくりと立膝をつくと、腹部のコックピットに左手を添えた。ハッチが開き、ヘニンガが姿を現した。パイロットスーツの男が掌に乗り移ると、機鎧はゆっくりと掌を大地へと降ろす。

 掌から飛び降りたパイロットスーツの男は、ゆっくりとファルガたちの前まで歩みを進めると、踵を合わせ自らヘルメットを脱いだ。

「ドメラガ国北方面第二機鎧部隊、部隊長のヘニンガであります。

 先ほどの援護、感謝致します」

 最初ファルガたちは、眼前に現れたドメラガ兵士が何を言い出すのかと思っていたが、ディーとネスクが争っている間、別の所ではドメラガ機鎧軍と金属塊が争っていたはずであったことに思い至り、そういえばそんなことがあったかもしれない、と思わず頭を搔いた。

「大変な戦闘でした。貴方だけでも無事に生還されてよかったです」

 ファルガはそう答えたが、彼がファミス国に敵対するドメラガ国の兵士であることに思い至り、警戒しようとする。しかし、それそのものが間違いなのだと、彼自身を心の中で叱責した。

 その瞬間の敵味方が問題なのではない。そのような考え方に影響されるからこそ、カインシーザは関わるなと言ったのだ。『見守りの神勇者』は中立でなければならない。眼前の男は、『魔』ですらないのだ。

 ヘニンガと名乗る青年は、身長こそ二メートル弱だが、その体躯を見る限りでは肉弾戦が得意であるようには見えなかった。トレーニングは積んでいるのだろうが、やはり実戦では機鎧の操縦の技術に特化しているとみるべきだろう。

 軍に属しているだけあって、長髪は厳禁なのか。短く刈り込んである頭髪に、引き締まった顔立ちは、異性の話題に上がるのに十分だろう。

 そんな彼が、心底感服したように、ファルガたちに尋ねる。

「大変申し訳ないのですが、我々にとって悪夢としか思えない、今までの事象について、説明をしていただけないでしょうか」

 やはり、ドメラガ兵といえども、一連のライブメタルの出来事は想定外だったのだろう。

 ドメラガ国首都メガンワーダのゴーストタウン化、そして副首都デモガメの完全消滅。それは、他のドメラガの都市で生活する人々にとっては脅威だっただろう。

 大変な災害かもしれないが、それでもメガンワーダのゴーストタウン化やデモガメの消滅の理由がはっきり分かれば、他の都市の人々は安心まではできずとも対策が打てる。ところが、原因が不明で、突然その事実だけ伝えられたとすると、人々は不安しか覚えないはずだ。そして、不安は動揺を呼び、動揺は混乱を呼ぶ。それゆえ、情報非公開の状態でドメラガ軍も原因究明を急いでしまった。

 さらに被害を大きくしたのは、この騒動の原因が、ドメラガ国の首相の暴挙によるものであることを隠蔽したまま、政府機能が消滅したことにある。

 本来であれば、軍の出動プロセスは、政府より軍部大臣に出動要請がかかり、その要請の内容から、大臣がドメラガ領内に点在する基地からどの程度の戦力を割くかを決定し、各基地の司令官に通達を出す。

 おそらく、ドメラガ領内では、メガンワーダより先にデモガメがライブメタルの被害にあっていたはずだ。

 首相ヘッジホのスケジュールを確認すると、デモガメでの講演会が予定されていた。その日時こそ、ファルガがファミス国から出発し、ドメラガに侵入しようとした前日だった。

 驚くべきことに、ファルガが到着する前日まで、ドメラガ国副首都デモガメは存在し、デモガメの住民も普通に生活していたということなのだ。

 だが、デモガメ消滅はヘッジホがその地から離れた後に発覚した問題であり、デモガメ消滅はリアルタイムではメガンワーダに伝わらなかった。それ故、政府の対応が遅れた。

「わかりました。俺たちの知っていることをお話しします。

 ですが、その前にお伝えしておきます。

 今我々は、貴方たちの敵国であるファミス国と通信で繋がっています。この国の今この状態を、ファミス国は知っている。そして、その上でファミス国は災害救助隊の宿営地をデモガメに設営しています。すぐに救助活動に入れます。

 正直、ファミスを見てきましたが、ドメラガもファミスも、もはや交戦状態とはいえない。

 今すぐに、ここで和平を結んでください」

 恩があるとはいえ、正体不明の蒼い鎧の剣士に、百年以上続く戦争の終結を突然求められても、隊長とはいえ一兵士にすぎないヘニンガに即答などできるはずもなかった。

「首相不在はわかっています。だからこそ、決定権者に一刻も早く話を通してもらいたい。

 ……可能ですよね?」

 ファルガの物言いは穏やかだったが、有無を言わせぬ力強さがあった。

 敵国であったファミス国の人間を名乗るこの剣士。状況が状況なら時代錯誤も甚だしいと嘲笑されそうな風体ではあるこの男たちだが、今までの惨劇を見続けてきたヘニンガには、彼らの要求を取るに足らぬことだと笑い飛ばすことは、到底できなかった。

「それ以後の説明は、私がさせてもらおう」

 一瞬周囲の空間が歪んだ気がしたが、特に風景が変わったわけではなかった。

 ただ、声のほうには、どこから現れたのか一匹の犬のような四本足の獣がいた。

 犬なのかもわからないが、オオカミのような獰猛さは感じられない。だが、人語を話す口の形状はしていないので、思念で話しかけてきていることは、ファルガにもギューにも想像できた。

 もはや、何が起こっているのかわからないと混乱しかけているのは、ヘニンガだけとなった。眼前に突然現れた犬が人語を話し、しかも今までの悪夢のような出来事を説明しようというのだ。

 腰が抜けてしまったヘニンガは、直立のまま動くことができなくなり、ギューに支えられたまま、機鎧の掌まで移動する。かろうじてコックピットに戻り、基地と交信をしだした。

 ギューはヘニンガを送り届けると、走ってファルガと犬の元に戻ってくる。

 その間に、ファルガは通信機で、事の次第をグパに説明する。

 グパは事の進みの速さに唖然とするものの、彼自身も戦争状態をこれ以上継続することに何の意味も見出していなかったため、ファルガの案には乗り気だった。ただ、グパにも戦争を終結させる権限はない。グパは更にファミスの軍部大臣を経由し、大統領と話をつけたようだ。

 話し合いの結果、正式な戦争の終結は別途行うとして、これ以上の戦闘行為を行わないという旨の同意を口頭による録音で取り付けることに成功したグパは、ファルガにそれを転送する。

 ファルガは通信機の使い方をそこまで熟知していなかったが、もともとそういう機械ものに強かったギューにより、通信機内の録音再生機能を使い、ファミス国大統領ノガンの声明を保存、ヘニンガを通じてドメラガの現最高権力者に意思を伝えられる体制を作り上げた。

 ヘニンガのほうも、司令官を通じて軍部大臣に話ができたらしかった。再度掌から降りてくるヘニンガの表情は、多少だが柔らかくなっているように、ファルガとギューの目には映った。

 突然現れた犬は、自身をデイガ界元の神皇だと名乗った。

 ロセフィン=クラビット。それがこの界元の神皇の名だ。

 もう何でもありだ、と失笑するファルガとギュー。

 ヘニンガにとっても、これだけ眼前であり得ぬことが頻発すると、たとえ犬が人語を話そうが大した問題ではなさそうだった。

 グパの災害救助隊は、部隊を二つに分け、片方をグパが率いてメガンワーダに移動を開始した。もう一方の部隊は引き続きデモガメの探索を行う。災害救助隊は、大統領の命を受け、使節団の任も拝命することになった。

 ドメラガ側には、副首相という男がいるそうだが、その男がこちらに来るにしても、多少時間はかかるとのこと。その間、彼らは戦場であったメガンワーダの地で待つこととなった。




 犬神皇ロセフィン=クラビットは言う。

 前回の『精霊神大戦争』までは、他の界元で定期的に行われているものと、何ら遜色はなかった。

 普通に時期が来れば神勇者候補が発生し、神賢者候補が発生する。どちらがタイミングを合わせているのかは不明だが、それと同時に魔神皇はより攻撃的になり、その攻撃の補助をするために神闘者が準備を行う。そして、優勢と思われる『氣』の持ち主が、≪洞≫の術を用いて仮想疑似空間を作り、極限まで戦う。

 神勇者と神賢者が倒れれば、そのまま魔神皇は神闘者と共闘、『妖』神皇を襲撃し、極限までダメージを与え、封印する。

 魔神皇が倒れれば、神勇者と神賢者が二箇所で魔神皇を封印する。神勇者は魔神皇を攻め、神賢者は仮想疑似空間の外で、神勇者をバックアップしながら封印作業を行う。

 封印が強く行われれば行われるほど、界元は安定するという。

 しかし、今回はなぜか神勇者候補が生まれてこなかったのだという。そこに相まって、前回ダメージを受けた魔神皇の復活も、予測より遥かに遅れていたという。

 不思議なことではあるのだが、どこの界元でも、『魔』の神皇は、『妖』の神皇のように戦闘代理人を立てることより、自身の力を使った戦闘を好んだ。

 『魔』の神勇者である神闘者はどちらかというと『妖』の神皇と戦う存在というよりは、戦闘が発生するまでの状況づくりに尽力することが多かったようだ。 

 『精霊神大戦争』。

 それは、界元を界元として維持する為のエネルギー供給活動。

 つまり、宇宙の単位である『界元』を維持するために、妖神皇と魔神皇は己の力をぶつけ合う必要があるということだ。そして、相手にできるだけダメージを与えること。

 ファルガがかつて、冒険を始めたての少年期に聞いた内容とは、大分違っている。

 最初に少年が聞いたものは、まるで勧善懲悪物のファンタジー物語の裏設定のような話だった。

 だが、ファルガもその後にドイム界元の神皇から訂正され、真の『精霊神大戦争』がどういうものかについて、既に正しい知識を身に着けている。

 だからこそ、ファルガには『妖』と『魔』が争わなければいけない真の理由が猶更わからなかった。

 目的が、エネルギーを作り出すことのみに限られるなら、エネルギー供給効率がどれほど低かろうと、互いが苦しまない代替案を採用すれば、生まれ出る必要のない悲しみは減らすことができただろうに。

 いくつかの界元を旅した彼は、日に日にその思いを増していく。

 『精霊神大戦争』という呼び名のエネルギー供給活動は、空間生命体である『妖』の神皇・妖神皇と『魔』の神皇・魔神皇同士が争い、直接間接を問わずお互いを傷つけることで実施される。

 厳密には、空間生命体同士が傷つけた際のエネルギーがそのまま、空間の存在エネルギー、あるいは生命エネルギーに変異すると定義されている。

 だが、実際にその戦闘によって発生するエネルギーの性質は、存在エネルギーである『マナ』と生命エネルギーである『氣』の中間的なものだ。

 『ライザーン』と呼ばれるこのエネルギーは、非常に不安定であり、その状態で存在することはできず、発生した直後に『マナ』か『氣』として存在するようになる。

 『氣』には、何もエネルギーを付与しなければ、徐々に『マナ』へと遷移をし始めるが、『マナ』と『氣』が接触すると、『マナ』は『氣』へと変化するという特徴がある。

 具体的な例として。

 生物の体は、餌を食べなければいずれ餓死し、その体には外見的に何の変化がなくとも、生命エネルギーである『氣』から生物でない存在エネルギーとしての『マナ』に遷移していくが、その死した生物を別の存在が摂取ことにより、存在エネルギーであった『マナ』を体内で生命活動のエネルギー『氣』に変換する。消化活動がその一つに該当する。

 このエネルギー間交流こそが、世界を維持しているのだ、と神皇ロセフィンは言う。

 そして、それを何故両神皇が必死になって行うかといえば、神皇にとっても魔神皇にとっても、界元は自身の体に相当するからだ。それ故、片方が失われれば界元はいずれ消滅する。ギラオ界元のように両神皇が不在となれば、音を立てて界元は消滅する。

 神皇と魔神皇が一つの体で、どちらが優位に立てるかを常時争っている。同一の体を持ちながら、『妖』と『魔』が混在し、それぞれが体の覇権をめぐって争っているということだ。ただ、その体に該当するものが、界元という単位の一つの宇宙だということ。それが普通の生物と異なる空間生命体なのだ。

 界元は二重人格者だ。

 ファルガは『精霊神大戦争』と両神皇と界元の関係をそう評したことがあるが、それは誠に以て的を射ているだろう。




「今回の『精霊神大戦争』では、時期がこれだけ近くなっても神勇者の候補となる人間が誕生していなかった。

 もっと厳密にいえば、神勇者候補になるべき人間は生まれてはいたが、二人の人間として生まれてしまっていた。

 彼らを『魔』に殺させるわけにはいかなかったが、どのような形で神勇者になるかについては、想像がつかなかった。

 まさか、別界元の神勇者がデイガ界元の神勇者を誕生させる結果になるとは。界元神皇様には、この未来がお見えになっていたようだったが」

 神皇ロセフィンは、後ろ足で耳の後ろを掻きながら言った。

「ロセフィン様。

 今回の件は、わかっていて放置していたのですか?」

 ファルガは静かに尋ねた。

 彼の言葉は物腰こそ柔らかかったが、明らかに怒気が含まれていた。

 それも無理はないだろう。

 今回の『見守り』は、カインシーザがファルガを見守っていた時とも、ファルガがギューを見守っていた時とも明らかに異なっている。

 『見守りの神勇者』は、本来表に出ないことこそが肝心だ。そして、今回のデイガ界元の見守りでは、そうすることはほぼ不可能だった。あのカインシーザですら、関わらざるを得なかったのだ。

 そして、真相を調べるために界元神皇の元に戻ったカインシーザは、いまだに戻ってこない。

 今回、ファルガは『見守りの神勇者』として、非常に大きなトラウマを負った。

 それをロセフィンのせいにするつもりはない。そうせざるを得なかったのも事実だし、関わると決めたのは、ファルガでありギューであったからだ。ほかの誰に言われたわけでもなく、彼ら自身が自分の意志で決定したことは間違いない。

 しかし、その分、ファルガもギューも大きく傷ついた。

 それもまた、彼らからすれば、やりきれないことだった。

「カインは……、カインシーザは無事なんですか?」

 とめどなく溢れそうな不満を断ち切るために、ファルガは一度口をつぐみ、話題を変える。しかし、この話題ですらも、一歩間違えれば神皇ロセフィンの不手際……不手際ではないのかもしれないが……を責めそうになってしまう。

「カインシーザか。彼は今、別の界元の見守りに入っている。

 界元神皇様も、真相を知った上でカインシーザをこちらに戻すことは、本来の神勇者の誕生に影響があるとお考えになったようだな。

 真相を知ることによって、ファルガとギューの尽力が失われれば、神勇者ディグダインの誕生はなかった」

「……やはり、あの人がディグダインだったんですね」

 沈黙を守ったままのギューは、この時初めてロセフィンに対して言葉を発した。もともとはすべてファルガにやり取りを任せるつもりだったし、そうさせてくれとファルガから目配せもあったからだ。

 ファルガもディグダインについて少し知識はあったが、ディグダインを巡ってのやり取りをパクマンとおこなったのはギューだった。ファルガはディグダインのやり取りについてはギューに任せることにした。

「ディグダインという名は、個人名ではなかったのだ。四十八代前のこの界元の神勇者が最初にディグダインを名乗った。それまでは漠然とした英雄名だったが、神勇者として特に突出した能力があったため、その者自身が、というよりは周囲がその者をそう呼んだ」

「……それが、この星の人たちの記憶に、伝説の戦士……ではなく悪鬼の名としてずっと残っていた、ということなんですね」

「人の記憶に残ることは大変なことだが、その記憶が正しく受け継がれていくことはもっと大変なのだ。そのことに対して努力をする必要は全くないはずなのだが」

 犬神皇は、大きく欠伸をすると前足を伸ばし、伸びをする。その仕草が、会話の内容の深刻さを、多少軽くしている効果があるのだろうか。

 余りに緊張感を欠いた所作に、ファルガは苛立ちを通り越し、あきれたように天を仰いだ。

「つまり神皇様たちは、デイガ界元の神勇者が僕たちの介入で発生することを知っていて、あえて何も手を出さずにいた、と。

 それを知ってしまったカインシーザさんが僕たちにその情報をもたらす危険を避けるため、カインシーザさんをこの界元には戻さなかった、と。

 ……そういうわけですね?」

 ギューも、ギューなりに思うところがあったのだろうか。

 確かに、機鎧の模擬戦において、ギューはファルガ以上に苦労をし、また体にも心にもダメージを負っているはず。

 その結果、ドメラガへの潜入もファルガ一人に任せることになってしまったし、デモガメでの調査もファルガ一人に預けることになってしまった。メガンワーダでの件に至っては、ファルガは瀕死の状態にまで陥っていた。

 ギューからすれば、それも自身のひどい失策であるように感じられていた。もし、自分がファルガに同行すれば、ファルガが被った様々なダメージはなかったかもしれなかったのだ。

「……だが、もしギューがファルガに同行すれば、パクマンとドォンキの融合人は発生しなかっただろう。

 もししたとしても、その融合人は神勇者としての力を持つことはなく、ただの倫理違反の、命をもてあそんで作り出された生命体という位置づけにしかならず、オリマもグパもお前たちの話など聞かなかっただろうし、協力を仰ぐなどもっての外だったろう」

 ロセフィンは表情を変えずに話す。

 ただ、背中がかゆいのか、地面に背中を擦りつけながらのたうつ様は、どうしても緊張感に欠けるのは致し方ないのかもしれない。

「……それに、カインシーザがこの地に戻ってきてお前たちに情報を伝えた時の未来に、神勇者誕生の流れはなかった。

 つまり、ライブメタルからネスクや魔神皇は誕生したかもしれないが、ネスクが『魔』側につき、魔神皇の側近になった未来もあった。

 それくらい、ライブメタルから発生した融合人は不安定だったということだ」

 ファルガとギューは押し黙ってしまった。

 確かに、デイガ界元神皇ロセフィンの主張は正しい。

 全てがギリギリの選択の結果、現在がある。

 もし、ギューがディー誕生の場に居合わせなければ、あの『融合人サイボーグ』は左右の腕を義手にすることはなかったかもしれない。その時点で、ファルガの死は確定となった。ディーのオーラ=ライフルはこの世に存在せず、ファルガの小機鎧化からの死亡の未来は確かに存在した。

 もっとも、ファルガ自身が小機鎧化状態を打ち破っていた可能性もなくはない。それでも、デイガ界元の神勇者は発生しない。

 犬神皇ロセフィンは、周囲の匂いを嗅ぎ、縄張りの確認をしながら言葉を紡いだ。

 非常に重要な話を、神皇がしているのにも拘らず、なぜか緊迫感をそこまで持てないことに、ファルガとギューは顔を見合わせると渋い表情を浮かべた。

 ロセフィンはもう一度耳の後ろを足で掻くと、首から順番に激しく身震いをさせ、最後は尾の先をぶるぶる震わせて、その後はつまらなさそうに地面に伏せた。それは、ただの犬の仕草にも見えるが、同時にすべてのケースを想定して動いている神皇から見て、現状に一喜一憂する人間たちに呆れているロセフィンの心中を示しているようでもあった。

 ただ、ロセフィンも、だからお前ら人間どもは神皇の意図するところに従っておけばいい、と言い放つほど傲慢ではなかった。

 ロセフィンも、この状況はファルガとギュー、そしてディグダインとなったパクマンやドォンキ、その他数多くの人間に救われている部分は多々あるのだ。

 もし、その助力がなければ、ロセフィンもギラオ界元の神皇同様、消滅の憂き目にあっていたかもしれないからだ。

 ギューが新型の機鎧の戦闘を行わなかったならば、パクマンとドォンキに『氣』と『マナ』の概念は伝わらなかったし、ファルガがメガンワーダで金属の巨人を両断せねば、ネスクの意志が巨人の中で顕在化することもなく、そのまま金属片の巨人で終わっていた可能性もあった。

 様々な分岐点は無数に存在するが、不可欠なターニングポイントは確かに存在した。その中の一つが、ファルガとギューがディーと関わる必要があったということ。特にその関わりの中で、ディーが神勇者候補であることを知るのではなく、自分自身で勘づくこと。これが非常に大事なポイントだった。

 ロセフィンは、それをファルガとギューに伝えた。

「そなたたちの尽力で、この界元の『精霊神大戦争』は、無事に行われた。感謝する。

 後の結果は彼ら次第だ」

 ロセフィンの話を聞いてしまうと、ファルガもギューも振り上げた拳をどうしていいかわからず、力なく降ろすしかなかった。

「ところで、この界元には神賢者はいないのですか?」

「いい質問だ、と言いたいところだが、実は理由は簡単だ。

 高次の存在であるこの星の神が不在なのだ。ただ、不在になってしまっている原因が特定できていない。前回の『精霊神大戦争』の時には、確かにいたのだが」

 ロセフィンの不穏な言葉に、ファルガは一瞬疑問を持つ。

 ロセフィンは神皇だというなら、最高次の空間生命体であることを意味する。それはつまり、界元内であればどこにでも出現可能であり、同空間に二箇所、あるいはそれ以上の箇所に同時に存在することも可能なはずだ。だからこそ、≪洞≫の術の使用も可能なのだ。

 その神皇が、自身の体であるこの界元内を把握しきれていない場所があるというのが、ファルガにとっては違和でしかなかった。

「界元というものは、時間が経てば経つほど広がっていく。その結果、神皇がよほど力を蓄えぬ限りは、いわゆる存在可能性を示す『濃度』も徐々に逓減していく。

 濃度が高ければ、その地点に重点的に存在する可能性は上がるし、濃度が低ければ存在する可能性も低くなる。存在する可能性が高ければ、その箇所の状況認識も上がるはずなのだ。

 人間が自分の背中が見えないのと同じような状態だとイメージしてもらえばいい。

 ちょうど、この界元のこの星というのが、前回の『精霊神大戦争』時から薄まっている。それについてはすまなかった、としか言えない……」

 ロセフィンは初めて謝罪した。この時のロセフィンの尾は後ろ足の間に巻かれており、初めて言動と犬の仕草とが一致した瞬間だった。

「神皇様によっては、存在の確率が上下する場合もあるんですね」

 ギューが助け舟を出した。

 だが、そもそも神皇が重点的に存在していない地域と、神の『効果』が失われる問題がイコールであるはずもない。

 ファルガはそう思うのだった。

「そういえば……。レーテが神賢者になる為の鍛錬を積んだのは、ザムマーグ様とだったっけ……」

 神という概念を頭に呼び起こした時、ドイム界元では、二人の女神がいたことを思い出すファルガ。

 精悍な女神・かつての魔王(神闘者を指す魔王ではなく、通常のおとぎ話に出てくる魔族の王)と言われた先代の神勇者フィアマーグと、可憐な女神・おとぎ話上の神の立場でもあり、神皇に星を預けられたもう一人の『神』でもある先代の神賢者ザムマーグが、手分けしてレーテに神賢者としての技術と装備を提供していた。

 『黄道の軌跡』と呼ばれる錫杖と、『暁の銀嶺』と呼ばれる法衣。

 特に『暁の銀嶺』に関しては、レーテが自分自身の『氣』を糸状に練り、それを編み上げて作られたというレーテ専用の装備だ。

 神と共に技術を高め、装備を作り出していくという意味で、神賢者の誕生した星の神の役割は重要だ。だが、デイガ界元では神が不在であったため、神賢者も誕生せず、装備も存在しなかった。

「いろいろドイムとかギラオとは違った界元だったけど、神賢者の不在の理由がよくわからないな」

 ファルガはロセフィンに聞こえるように尋ねたが、それこそ神皇ロセフィンでもわからなかったようだ。

「……その代わりと言っては何だが、この界元は、神勇者が二人いる。

 ディグダインとネスクだ。その力を二人に授けるための基礎の鍛錬は、ギューがやってくれた」

 ギューは訳が分からないという表情を浮かべたまま沈黙する。取り立てて彼はディーに何かをした意識がなかったからだ。

「今回のデイガ界元の見守りは、非常に難しい状態だったと思う。礼を言うぞ、ファルガ。そして、少年神勇者ギューよ」

 ロセフィンでない者が干渉する。

 声の主は、界元神皇であることはすぐわかった。

 界元神皇も、この状況を知っていた。そして、敢えてそれをファルガやギューに伝えなかった。

 揶揄することなく、純粋にファルガは質問した。

 界元神皇は答える。

 先ほどロセフィンが言ったとおり、ファルガとギューがその事を知った先の未来は完全になかった、と。

「界元……宇宙空間の姿を、そなたたちは知っているか?

 その姿は、生命体の思考を司る器官である脳の神経系に非常によく似ている。

 実際、空間生命体である我々にとって、それはいわば脳なのだ」

「……空間生命体は、界元そのものが体であり脳である、と。界元そのもので思考し予想する、ということなのですか? 体の部位で機能が分かれているのではなく……」

 ファルガの問いに、界元神皇ではなくデイガ界元の神皇ロセフィンが答える。

「その通りだ。

 厳密にいえば、界元神皇様の予知は、未来を見ているのではなく、その膨大な情報を思考によって処理した際の予測、なのだ」

 ギューは呆れたようにファルガに目配せする。

「……そう聞いてしまうと、途端にあいまいなものに感じられてしまいますね」

「そうかもしれんな。

 いわゆる預言者という存在は、その界元神皇様の思考の一部を受信しているのだろうな。

 そして、おそらく今回の神勇者発生を狂わせた張本人がいる。その者が具体的に何かしたわけではないのだろうが、その者がここにいるからこそ、ファルガとギューをここに残した」

 界元神皇の言葉が終わらぬうちに、先程魔神皇と名乗り、漆黒の球体に飲まれていった者よりも、更におぞましい『氣』が周囲に立ち込める。そこに『妖』の生命体が存在したならば、間違いなく皆気を失っていただろう。

 超神剣の装備『蒼龍鎧』と『緋神鎧』を身に纏っているファルガとギューですら、無意識にオーラ=メイルで防御を行う程だった。

 そしてそれは、奇しくもファルガが感じたことのある『氣』だった。

 先ほど≪洞≫の術の漆黒球が消えた場所の上空に、同様に≪洞≫の術の漆黒球が出現した。だが、その漆黒球の周囲を迸るスパークは、紫ではなく赤黒い。

 ファルガは呻く。

「……あいつなのか……? でも、あいつは完全に消滅させたはず。それなのに、神皇様達しか使えない≪洞≫の術を使えるようになって復活しているんだ……? あの時、俺は倒したんじゃなかったのか?」

 だが、その体からは震えが止まらない。背中は冷や汗が玉になって噴き出しているはずだ。それほどに、ファルガにとっては強大なトラウマを植え付けた相手でもあった。

 徐々に大きくなっていく漆黒球。

 スパークとともに大きく弾けたその瞬間、ファルガとギュー、ロセフィンは地面に投げ出された。あまりの圧力に、人間の数千倍の重量を持つ機鎧すら、横倒しになってしまった。

 弾けた漆黒球の中心から、ファルガの見覚えのある人影がゆっくりと姿を現した。

 ドイム界元の魔神皇を吸収し、席の空いた魔神皇の座に就こうとした存在。神皇を倒そうとし、界元そのものを崩壊直前まで追い込んだ存在。その戦闘能力はすさまじく、超神剣の装備を身に着けたファルガですら足元にも及ばなかった。

 その者が帰ってくる。

 神皇殺しの存在が、ファルガたちの前に帰ってきたのだ。

 ファルガは背の竜王剣を抜き放ち、戦闘態勢を取る。

「く……、くそっ……!」

 ファルガの声は、漆黒球から噴き出す暴風に掻き消された。

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