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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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236/259

第三の融合人

 何が原因かはわからない。

 だが、眼前の銀色の化け物は、直前までは自分に対して執拗な殺意を持っていた。

 怒りに満ちた殺意ではなかった。どちらかといえば『愉しげな殺意』というものなのだろうか。

 標的をいかにして殺すか。より時間をかけて。より残酷に。

 しかし残酷なだけでは面白くない。いかに嬲り殺しにするか、ということに尽きる。相手が生きたいという欲望がなくなってはいけない。

 逃げ切れれば生き延びられるかもしれない。命乞いをすれば生き残れるかもしれない。諦めさえしなければ、まだ奇跡が起きて助かるかもしれない。

 その希望を奪ってはいけない。追い詰めるバランスを間違ってはいけない。生き残れる可能性をいきなり全て奪ってはいけないのだ。

 一つ。

 また一つ。

 順番に奪っていかなければいけない。

 恋心に目覚めた少女が、花びらでの恋占いをするかのように、一枚、また一枚と丁寧に祈りを込めて行わなければならない。

 生き残れるかもしれない道筋を、一つ一つ丁寧に潰していく作業を。苦しめ、苦しめ、と祈りを込めながら……。

 彼は銀色の怪物を目の前にしたこの瞬間、かつて自分がしたことを思い出し、後悔していた。

 自分はなんと卑劣なことをしていたのだ、と。

 彼は、自分がかつて別の兵役に服していたとき、植民地にいる先住民達を、同じやり方で追い詰めていったことを思い出していた。

 あの時もそうだった。

 自分達は、彼らの土地を入手することを命じられていた。

 当然、その首長は首を縦に振らない。どれだけ紳士的に話しても、武装をちらつかせても、金で懐柔しようとしても駄目だった。

 頑なな首長の態度が、植民地に派遣されたドメラガ兵の怒りを徐々に増大させていく。

 時間ばかりが浪費されれば、直接的な戦闘状態ではないとはいっても、戦闘準備態勢のままでいるのは身体的にも精神的にもきつかった。それが続けば続くほど、ドメラガ兵たちの心は荒んでいった。

 そして『それ』は、不幸というしかなかった。

 首長やその土地の住民の信じていた神が、あっさりと彼等を裏切ったのだ。

 裏切ったという表現は聞こえが良くないかもしれない。いわば、単なる自然現象が発生したに過ぎなかった。傍で住まう人間たちとっては致命的なものだったが。

 その集落の人間たちからすれば、彼等の望んでいた安寧な生活、つまり河川の氾濫や地震、火山の噴火などの自然災害のない生活を守って貰う為に、いわゆる『神』に生贄を捧げて『お願い』していたのだ。

 もちろん、その神とは、ファルガたちの関わる神とは別の存在を指す。

 海が、河川が、山が、全てが彼らにとっては神だった。

 敬い畏れることで、その神は神として機能していた。そして、その神はそれに応えて、安寧をその地にもたらしていた筈だった。

 だが、彼等の土地は未曽有の大地震に襲われる。更に、地震によって活性化した火山の爆発による降灰、溶岩の流出は、彼等の所有していた土地を使えないようにしただけでなく、彼らの居住地すらも奪い去ることになった。

 不幸は続く。

 彼等の飼っていた家畜や育てていた農作物など、彼等の生活の糧になる物全てが失われていったのだ。

 山に住めなくなった猛獣が山から下りてきて、家畜を襲う。貴重な水源であった河川も、流れ込んだ溶岩により猛毒化し、飲料水として使うことが出来なくなった。窪地に溜まった有毒ガスが天然のトラップとなり旅人を苦しめる。

 単なる自然災害ではある。そして、地質的なデータの歴史的統計だけを見れば、周期的に発生する地震、火山活動が重なっただけの話だった。

 だが、彼等は神に裏切られたと怒り、悲しんだ。捨てられたと自棄になった先住民たちは皆、長に土地を明け渡すことを望んだ。それは、神との決別を意味していた。

 首長はついに折れた。そして、ドメラガに交渉を申し出た。

 土地は提供する。人々の生活さえ守ってくれるならば、と。

 だが、もはや手遅れだった。無駄ともいえる抵抗を受け続け、疲弊しきっていた兵士達は、残虐な感情に火が灯った後だった。

 兵士達を押さえるために、指揮官であった彼は、先住民たちから如何にして残酷に土地を含めた全てを奪うかを考えざるを得なかった。

 最初は嫌悪感も酷かったが、やがて彼自身もそこに快楽を覚えるようになる。

 最終的には土地を奪う。だが、その前に彼らの希望を全て奪い去らねば気が済まなかった。

 まずは種を奪った。家畜を奪った。水を奪った。娘を奪った。女を奪った。男を奪った。首長の権利を奪った。首長の四肢を奪った。光を奪った。声を奪った。音を奪った。希望を奪い、最後に命を奪った。

 途中からは愉しく奪った。その時は気が狂いかけていたのかもしれない。だが、そこに悦びは確かに存在していた。

 それと同じ狂気を、彼は意思の疎通も出来ぬはずの銀色の化け物からひしひしと感じていた。

 突如それが失われた。

 彼の知る限りの状況の変化はといえば、銀色の化け物の前に、二人の人影が立ったことくらいだ。

 彼が操縦しているのは、ドメラガ機鎧の最新機。第四世代の機鎧の中でも最も新しい型になる。

 バーニアの推力が二割増しになり、準飛行も可能となったと、大々的に報道された機体。準飛行などと謳ってはいるが、跳躍の放物線軌道の頂点から落下に転じた後の滑空距離が伸びている、という程度の話だ。その程度の事は、機鎧の形状や装備による重量増加に左右されるレベルの話であり、開発などと大々的に宣うのは甚だおかしい。

 頭部側面から胴体を通って足先までのスリット部に、前方から風が来ることによって、機体を持ち上げようとする浮力が働くように、切り込みが入れられている、という改良らしい。だが、それが果たして実測値にどれ程の影響があるのかは疑わしい。

 ドメラガの機鎧開発技術者達は、新機の開発において、性能は日進月歩の成果があると口を揃えて言う。

 だが、パイロットからしてみれば、中の空調系が良くなったとか、コンピューターの処理速度が上がり、敵のロックオンまでの時間が短縮された、というような、およそ戦場を知らぬ者の喧伝する機能向上など、正直どうでも良い話なのだった。

 第三世代後半の機鎧を扱うとされるファミスに比べると、第四世代の機鎧の性能の進歩は確かに素晴らしいものがあった。

 しかし、第四世代が主流になってくると、特筆すべき技術進歩は、最初の機体の小型化だけが大きな変化でしかなかったことに気付かされる。

 そして。

 次の改編に行き詰まった科学者が、出所の良くわからぬ技術を提供され、その裏付けを取らぬままそれを用いた改良を試みた。

 試行錯誤の結果、超人的な能力を発揮できる金属の鎧が開発され、何人もの兵士がその金属の鎧を身に付けた。兵士たちはその能力を手に入れたことに歓喜する余り、鎧を脱ぐことが出来なくなっていることに気付くまでには相当の時間を有した。

 そして、それが伝染病のごとく、鎧を着ていない者にまで蔓延し、感染した者は表皮が完全に金属に覆われてしまった。

 それでも、軍部はその事実を隠し、改良を進めていく。当然、変身した兵士達を元に戻す方法も同時に模索されたが、幾つかの案も全て効果がなかった。

 小機鎧と呼ばれ、当初は画期的な第五世代の機鎧の技術になり得ると持て囃された金属の鎧。

 だが、それは大いなる間違いだった。身に付けた者の数多くがその金属の鎧に『喰われ』、そのなれの果ての姿である銀色の化け物には、彼らが地道に開発してきた技術である機鎧でも全く太刀打ちできないという事実。

 まさにそれを目の当たりにした、第四世代の機鎧を駆るパイロットの絶望も想像に固くない。

「何が始まるんだ……!?」

 操縦桿を強く握ったままのヘニンガは、眼前で起きている事態が理解できず、身動きを取ることが出来なかった。


 金属塊の前に立ち塞がったディーとネスク。

 だが、ディーは最初からネスクを戦闘に参加させるつもりはなかったようだ。

「あなたの意図はわかっているつもりよ。あなたがヤツに繰り出す戦闘技術を、まずは覚えるわ」

「よーし、いい子だ。それでいい。

 この聞き分けの良さを、どこかの誰かさんにも見習ってほしいものだぜ」

 果たして、ディーの言葉は蒼き鎧の戦士の元に届いただろうか。

 ディーの体に薄黄緑の炎のような『氣』が立ち上る。と同時に、更に強く輝く右腕と左腕。そして、肘より先の部分はまばゆい光に包まれ、もはや直視することはできない。

「いいか、ネスク。俺はあくまでこのスタイルというだけだ。

 近接を右手の剣で、遠距離をオーラ=ガンでミドルからロングレンジの敵を殺る。

 俺は、左右の腕の義手を使って武器を再現するが、お前は全身を好きに出来るはず。身体加工という面でいえば、俺より遥かに上だ。

 お前の一番いい形を探せ。腕の数だって、二本である必要はない。形状も人型に捕らわれる必要は全くない。お前が一番戦いやすいスタイルを早く見つけるんだ」

 そう言い終わるや否や、ディーは左腕をかざすと五回の射撃を素早く行い、金属塊が今まさに投げつけようとしていた瓦礫を砕くと同時に、ネスクに向かって放たれようとしていた触手の槍の切っ先を切り飛ばした。

「まったく、最近の若いもんは、喧嘩の仕方を知らない。これじゃあお袋さんも泣いちまうぜ?」

 ディーは諭すように独り言を呟いた。

 金属塊には、その独り言が聞こえたようだ。明らかにディーに対して敵意を向けてきた。

 触手の数が大幅に増え、周囲の瓦礫はもちろんのこと、まだ破壊されていないビルディングまで掴みだし、それを手当たり次第にディーに向けて投げはじめたのだ。

 最初は、機鎧軍を壊滅させたスリングショットを警戒したディー。

 だが、あのサイズのビルディングをスリングショットで投擲しようものなら、投げる瞬間にビルそのものがバラバラに分解されてしまう。スリングショットは鞭側の強度も問題だが、弾丸の役割をする物体の強度も相当に必要となる。

 だが、そこに金属塊の深い考えが及んでいるわけではなく、ただただ闇雲に物を投げてきている印象が強い。まるで、癇癪を起こした幼子が、手に届くところにある積み木やらミニカーやらをつかんで投げてくるイメージ……。戦闘における相手を倒すための投擲とは明らかに違うものだった。

 ディーは、慌てる傍目をよそに、ゆっくりと歩みを開始した。一歩一歩踏みしめるように金属塊に近づいていく。

 その間も、金属塊は暴れるかのように触手を使い、物を投げたり、そのまま触手で叩こうとしたりした。だが、不思議とディーに向かって放たれた触手そのものに凶器性の変形を付与することはなかった。

 攻撃に怯むことなくまっすぐ歩んでくる男に、金属塊は明らかに恐れを抱いているようだった。ディーが手を伸ばせば届くか届かないかまで接近した時、金属塊はついに触手でディーに対する乱打をはじめた。

 だが、ディーは大した動きも見せず、その触手の動きを読み、回避し尽くす。そして、眼前に来た触手の一本に手を触れた。

「馬鹿者! これ以上人様に迷惑をかけるんじゃない!!」

 ディーの撃ち抜くような喝を受け、言いたいことを思ったように言えず地団駄を踏む子供のようにバタバタしていた触手が、ピタリと動きを止めた。そして、それきり動かなくなった。

 ディーは、じろりと金属塊を睨みあげた。視線は下から上に投げられてこそいるが、それはまるで、悪いことをした幼子を上から見下ろし、叱りつけているように見えた。

 そして。

 なんと、怒られた金属塊が、なんと泣き出した。

 泣き声を上げているわけでもなければ、涙を流しているわけでもない。だが、その瞬間を見ていた者には、そうとしか見えなかった。


「な……、何が起きているんだ!?」

 ビルディングの上から状況を見極めようとするファルガとギュー。だが、金属塊がいきなり動きを止めた理由が、彼らにはわからなかった。

 ディーが何かをした。

 それはわかる。だが、何をしたのかはわからない。ディーが何かを叫んだ途端、金属塊は、動きを止めたのだ。

 しばらく凝視していたギューが、ポツリと漏らす。

「泣いてる……。金属塊が……、叱られて……」


「……サーカスの入場者数は、百十万人を突破していた。

 そして、この日も満員だった。この日は、メガンワーダの保育所、幼稚園などの育児支援施設の子供達が大勢招待されていたそうだ」

 ディーは、後ろで見ていたネスクに告げた。

 それによりネスクも金属塊の行動を悟ったようだった。

「……その子達なのね」

 無言で頷くディー。

 ディーはゆっくりと右手を金属塊の表面に当てる。そしてそのまま言葉を続けた。

「サーカスは愉しかったか?

 その後は怖かったか? でも、もう大丈夫だ。

 お母ちゃん達も一緒に来たのか? そうか。多分すぐそばにいるはずだ。ちょっとわかりにくいかもしれないが、君たちのそばにいるぞ。ちょっと探してみろ。すぐ見つかるぞ」

 悲劇だというしかない。サーカスを見に来ていた育児支援所の子供達と、その親たち。サーカスを見ている最中に、ライブメタルの襲撃にあったのだ。

 サーカスのテント内では、最初は何が起きているかはわからなかった筈だ。

 異変に気づいてからも、その異変はサーカス内の効果的な演出なのだろうと親たちは思った。子供たちは不安に思っていたが、親が傍にいることである程度安心していた。恐怖を感じている事を親に伝え、抱きしめて貰いさえすれば、彼等の心はある程度救われたからだ。

 だが、ライブメタルの襲撃は、サーカス内での意図された演出などではなかった。

 サーカスのテント内が混乱に包まれた時、一体どれほどの人間が状況を正確に把握していただろうか。

 あっという間に増殖していったライブメタルの波に、彼らは一瞬にして飲まれてしまったのだろう。

 雪崩に飲み込まれたのと同じで、すぐそばにいながらお互いの存在に気付かず、互いを探し求めていた何百組もの親子。

 彼らの中では、まだライブメタルの惨劇は終わっていなかった。

 小さな銀色に光る無数の物体が体を這いずり回り、叩き落としてもむしりとっても、後から後からこびりついてくる。

 アリの巣を間違えて壊してしまった動物が、アリの大群の反撃を受ける様にも似ている。だが、彼らはこの銀色の細かい存在の生活の場など侵してはいない。奴らはただ、何の前触れもなく群がってきたのだ。

 皮膚を喰い破って体の中に入ったのか、穴という穴から体内に侵入したのかはわからない。

 彼らが覚えているのは、漠然とした痛みと激しい恐怖、そして親を見失った不安と、子を離してしまった親の後悔の念だけだった。

 ディーは、金属塊の中で温もりを求め続ける無数の親子の、正しいマッチングの手助けをほんの少ししただけだった。

 元々彼等は親を求め、子を求め動き続けていた。ただ、互いを認識する術がなかったのだ。暗闇の中で子は親を声と臭いで求め、親は子を泣き声で求めた。しかし、身体を失ってしまっている彼等に、それを発する事も受け取る事も出来なかった。だが、その思いだけはライブメタルの中に吸収された命であっても残っている。

 ディーは自らの生体変形の能力を使い、金属塊に留まる無数の心と対話し、その情報を纏めていく。

 膨大な演算力を誇るディーのヘルメット内のコンピューターと、吸い上げたその情報を解析し、フィードバックするディーの『融合人バイオ・サイボーグ』としての機能が見事に融合した瞬間であり、ファルガにもギューにも決して真似の出来ぬ解決法だった。

 金属塊の表面から、銀色の細かい粒子が徐々に剥がれ落ち、ひらひらと大地に落ちると、そのまま溶けるように消えていく。

 朝日がビルディングの隙間から差し込んできた瞬間は、周囲がきらきらと輝き、まるで雪原に舞い飛ぶダイヤモンドダストのようだった。

「……終わったのね」

 ネスクは、未だ金属塊から手を当てたままのディーに歩み寄ると、声をかけた。

「子供達の方はな。

 だが、本当の勝負はこれからだぜ。気を抜くなよ?」

「ええ。準備はできているわ」

 そういうや否や、左腕を銃に変形させたディーと、全身から砲身を無数に発生させたネスクは、各銃口からマシンガンのように連続して光の弾丸を打ち出した。

 崩れゆく金属塊に止めを刺さんばかりの勢いだったが、遠巻きに見ていたファルガにもギューにもわかった。彼らは、落ちてゆく金属片に対しては全く銃弾を当てぬように、連射しているのだ。

 ある程度金属塊が小さくなったところで、ディーは薄黄緑色のオーラ=メイルを纏うと、両腕を一つの巨大なドリルに変え、自身を回転させながら金属塊の中心部目掛けて特攻し、見事金属塊のボディを貫いた。

「悪党の真打が登場だぜ。拍手でお出迎えといこうか」

 金属塊を貫いたディーは、着地で回転にブレーキをかけ、すぐさま振り返った。

 巨大であった金属塊は、表層の金属片が落ちてもまだドメラガ機鎧の倍ほどの身長はある。だが、それが徐々に圧縮されていく。それはちょうど、少し前のネスク誕生の様にも似ていた。

 それまでは何となく表面がざらついているような印象を与えていた金属塊。

 だが、収縮していくに従って、表面の凹凸がなくなっていき、つるりとした人型へと姿を変えていく。ちょうどそれは、鱗を全身に纏った魚人から、表面が鈍く光るマネキン人形へと姿を変えた感じに近い。

「……おでましだ」

 ディーは両腕を再度剣と銃に戻し、ネスクはオーソドックスな人型へと姿を戻した。

「こいつね……。私とよく似ているわ」

 何気なく呟いたネスクだったがディーは聞き逃さなかった。

「いや、お前とこいつとは全く別物だよ。石炭とダイヤモンドくらいには違うぜ」

 ディーの言葉に表情は変えなかったネスクだが、彼女の心にはディーの言葉が強く響いたようだった。

 ネスクは小さく呟く。

「ありがとう、ディー」

 ディーは何も聞こえない振りをした。

 

 少し離れたところでも禍々しさを感じ取ったファルガとギュー同様、ディーは眼前の銀色の人型に悪意を感じていた。

「あんたは誰だい?」

 緊迫した状況とは全く無縁の、飄々としたディーの質問。だが、彼はその受け答えから内部の存在の実力を図ろうとしていた。

 彼のヘルメットのシールド部には、眼前の銀色の存在の様々なデータが表示される。

 身長、体重、最大出力、可変部位、変形速度。

 その他諸々のデータを元に、今までの銀色の巨人から金属塊になり、そしてまた圧縮されて精巧な人型に姿を変えたこの存在が、一体どのような攻撃を仕掛けてくるのか。得意な戦術は何なのか。ありとあらゆる採取したデータから、予測される攻撃方法とその威力が分析され、ディーの頭脳に入っていく。

 その上で、大量の生命体の生体エネルギーを集め、かつ知識や技術も習得したライブメタルは、主人格が誰であるかが非常に大きな問題となった。誰が主人格になっているかで、攻撃の方法や作戦の綿密さなど、まるで違う個体の敵として取り扱わねばならない。あるいは、途中で主人格の交代などされようものなら、まったく動きが読めなくなる。

 その前段階での様子見だった。

「頑固な奴は、ライブメタル片になっても頑固だったよ。力をちょっと貸せば、あっという間にこの世界の支配者になることもできるといっても、ガキは泣くばかりだった」

 銀色の人型は、嘲るように言葉を発する。根本的に他者を見下しているところは、なんとなくドメラガ国首相だったヘッジホを彷彿とさせた。

 だが。

 ヘッジホは、確かに野心はあったかもしれない。

 しかしながら、あの男にこの『世界』を求める甲斐性があるのだろうか。

 過去のデータから見ても、ヘッジホにそこまで大それた野心はない。どちらかといえば、他の政治家に担ぎ出され、結果的にドメラガ国の首相になった印象は否めない。いわば、首相とは名ばかりの傀儡政権だった可能性も高い。

 無論、ヘッジホ自身が傀儡となっている自分自身の立場を受け入れながらも、どこかで一発逆転を考えていた可能性はないとはいえない。それでも、今までの言動を見るに、せいぜいドメラガの首相が関の山だ。

 他の国家との外交によって政治的に、軍事的に占領していき、この星全ての支配者になるという事までは考えていないはずだ。彼はそこまでの物は求めていないはずだし、現在の自分の世界の先を考えられるほどの人間でもなさそうだ。

 現実に、あの銃を使って小機鎧を大量に作り出し、自分が首相官邸から出られなくなる状態を作り出すなど愚の骨頂だ。

 食料はある程度はあるだろう。首相官邸のシェルタであれば、それはわかる。

 だが、その食料が尽きるまでに事態が収束に向かうかといえば、それは誰にも予測できない。むしろ、そうなる可能性は高くないであろうことも、今のディーは勿論の事、ファルガやギュー、遠くでこちらの一挙手一投足を窺っている災害救助隊隊長のグパですら、予測しているに違いないだろう。

 そして、現状メガンワーダはこの廃墟の状態だ。ヘッジホが意図的であったとしてもなかったとしても、事態は最悪の状態に近い。

「……ヘッジホの野郎じゃねえな」

 ディーは呟く。

 だとしたら、現在金属塊から収束された人型のライブメタルの主人格は一体何者なのか。

「ディー、危ない!」

 背後にいたネスクが叫び、横っ飛びでディーを抱き抱え、地面に伏せた。その直後にネスクは自分の腕をシールド化し、無数に飛来した何かを弾き飛ばしたようだった。

「すまん、ネスク。油断したわけではなかったが、データが意味不明の事を示しているのでな、一瞬そちらに気を取られた」

「大丈夫よ。貴方は私が守る」

 ゆっくりと立ち上がった二人の融合人。

 ネスクのシールドと化していた右腕から、何かがぽろぽろと落ちた。

「こりゃ……、ライブメタルの破片か」

「奴が打ち出したみたいね。自分の体の一部を弾丸のように飛ばすこともできるみたい」

 ネスクの言葉を聞いた、眼前の人型のライブメタルは嘲笑した。

「体の一部? 違うな。今飛ばしたのは、いわば排泄物だ。

 この俺にとっては不要の存在。

 ドメラガ国のヘッジホ首相? 不要だ。

 首相のシークレットサービスのトラコーン? 不要だ。

 不要な存在を排除しただけだ。それがたまたまお前たちの方に飛んでいっただけだな。

 奴らに一矢報いるチャンスをくれてやったつもりだったが、その力すらなかったようだ」

 圧倒的な力を持っていたにも拘らず纏まりのなかった金属塊が、収束し余分な要素を吐き出し破棄したことで、充実した『融合人』(サイボーグ)となった。これは、ディーにもネスクにも脅威だった。

 単純に体躯が巨大だ。これは、より多くのライブメタルの統率を完了したことを意味し、持つスキルも膨大だということを意味する。

 この存在が、一体どのような目的で活動を開始するのか。

 だが、この『融合人』(サイボーグ)の一言が、全てを決定づける。この悲劇の理由も、これからのこの界元の在り方も。同時に、今までの金属塊とは比較にならない『氣』が、新しく誕生した『融合人』(サイボーグ)の体から迸り始めた。

 それはおぞましい『氣』。おぞましく邪悪な『氣』だった。

「お前は、この俺の名を聞きたがっていたな。

 教えてやろう。俺はハイエン。この界元の魔神皇ハイエンだ!」

 

 巨大な融合人の言葉は、遠くで戦闘を見守るファルガとギューの耳にも届いていた。

「なんだと!? 魔神皇がいきなり出てくるのかよ!」

「ファルガさん、僕は行きますよ!」

 ギューは先ほど展開させた巨神斧を片手に戦いを見守っていた。だが、対魔神皇戦だということであれば、神勇者である彼が戦闘に参加する意味は、確実にあるはずだ。

 先ほどからお預けばかりを食わされていたギュー。今回こそは自分が力を振るう。そう思って戦闘態勢に入ろうとした。

 だが、ファルガは止める。

「いや、待て! あの魔神皇は、この界元の魔神皇なんだろう? お前が行って戦ったら、やっぱり駄目だろう!」

「そんなこと言ったって、いくらディーさんでも、神勇者ではない彼が魔神皇と戦えるはずはないでしょう!」

 ギューはそう言い放つと、青白いオーラ=メイルを纏い、ファルガと共にいたビルディングから大きく上昇、斧を振り抜くべく、振りかぶりながら魔神皇ハイエンを名乗る融合人に向かって襲い掛かる。

 ファルガは舌打ちをすると、竜王剣を展開し、ギューに続いた。彼もこのままディーとネスクという人間をむざむざと見殺しにしたくはなかったのだ。

 だが。

 飛び込もうとする彼らの眼前。正確には魔神皇ハイエンと、魔神皇となった『融合人』(サイボーグ)と向き合うディーとネスクの間に、全ての光を吸収するような漆黒の球体が出現する。その球体は紫の放電現象を伴っていた。

「あれは……≪洞≫の術! まさか!」

 ファルガは叫んだ。ギューも慌てて攻撃を中断する。

 ≪洞≫の術は、星の神ですら使うことのできぬ、空間転移術。

 神皇のみが使うことができる、いわゆる神術だ。

 その真似事はできる者もいるとされるが、その中に疑似仮想空間を作ることは、神皇と魔神皇、そして超妖魔という空間生命体だけだった。

 それが、あの三人の間に現れたということは、この界元の神皇がやっと動き始めたことを意味する。ファルガたちと同じ『妖』の神皇が……。

 発生した漆黒の球体は、一瞬直径数十メートルまで広がると、一秒も経たずに収縮し、完全に消滅した。その後には、ディーとネスク、そして魔神皇ハイエンの姿だけが完全に失われていた。

 先に飛び出したギューに続き、先ほどまで死闘の続いていた大地に降り立つファルガ。

 ギューは何が起きたのかわからないようだった。

 突然消滅した三人の所で、振りかぶった斧を振り下ろせずに、周囲をきょろきょろと見まわしているだけだった。

 そんなギューの背後に、竜王剣を収めたファルガがゆっくりと近づき、肩に手を置いた。

「終わったんだよ、ギュー。俺たちの役目は」

「え……? それはどういう……」

 ギューは力なく振り上げた斧を下に降ろす。その巨大な刃部分が、廃墟となった大地に轟音と振動と共に置かれる。

「後で聞いてみなきゃ正確なことはわからん。

 だが、あのディーとネスクという二人の『融合人』(サイボーグ)。彼らがこの界元の神勇者だったってことさ。……いや、正確には『成った』んだろうな。

 たった今。

 そして、魔神皇と戦うための『精霊神大戦争』が今まさに始まったってことだ」

 ファルガは、かつて自身が経験した、ドイム界元での『巨悪』グアリザムとの闘いに思いを馳せ、ギューはギラオ界元の魔神皇との戦いを思い返した。

「……待とう。彼らが帰ってくるのを」

 ファルガの言葉にギューは無言で頷いた。

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