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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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234/253

『融合人(バイオ・サイボーグ)』対『融合人(メタル・サイボーグ)』

 戦場へ戻るファルガ。だが、剣は鞘に納め、背に戻していた。

 剣の中に格納されている鞘。それがはばき部分から展開し、水晶の結晶を思わせる半透明の刃部分を包み込むようにして納刀される。

 ファルガの持つドイム界元の超神剣の装備は、他の界元のものと比較しても、細かいギミックが搭載されている。

 ファルガの纏う蒼龍鎧。

 盾はドイムの超神剣装備において独立しては存在しないが、鎧の一部の小手部分が展開し、小盾になる。また、両腕をガードする仕草で展開すると、右腕と左腕の小手部分が合体し、大盾に変形する。どちらも蒼が基調の美しい装飾の施された盾である。深紅のマントはブレスの攻撃等を軽減させる効果がある。そのマントも鎧内に格納でき、蒼が基調の鎧の背後に真紅のワンポイントを与えるだけの装飾となった。

 それらのギミックを全て収納し、突然現れた二人の戦士の戦いを見届けるために、ファルガは戦場へと急ぐ。

 パクマンの『氣』とドォンキの『氣』、そしてまた別の何者かの『氣』を発する戦士。この男の能力は、見る限りでは四肢を変形させ、武器に出来るようだ。その武器は多種多様であり、近接武器から遠距離武器まで、全ての攻撃レンジに対応可能。ただの造作を変えるだけの生半可な変形とは違い、変形者の意図を汲み、その機能を完全に持たせた形での変形を完了させる。

 そして、もう一人の戦士。

 個人のものとは思えない重厚な『氣』を持ち、金属で成型された、こちらも四肢を武器に変形できるスキルを持っているように思える。ファルガ自身は直接その能力と争ってはいないが、遠巻きに見た戦闘では、前者同様機能を伴った変形を四肢に施しているように感じられた。

 二人の『氣』は対照的だった。

 どちらもとてつもなく力強い。

 しかしそれぞれが特徴的であり、優劣を決めるべきものではないように思われた。

 例えるなら、一人はマイクでとてつもなく音量をあげたトリオの歌声。荒ぶる魂で奥底にある優しい心を封じ込め、時代に対して斜に構えながらも諦めることはせず、状況によっては正統派よりも熱く強く正しい心で攻め立てる、破壊調のシャウト。

 もう一人は何十人、何百人もの大合唱。己の命を犠牲にしても、守るべき者を守る鉄壁の意思を歌い、侵そうとする者を完膚なきまでに打ちのめし、反省や改心すらも受け入れぬ、場合によっては己もろとも完璧な排斥を実行しようとする自己犠牲の唄。

 どちらもロック調だが、全く異質な『氣』同士のぶつかり合い、せめぎ合いだった。

 重要なのは、どちらもこの界元の存在だということ。

 どこかで引っかかっていた感情。

 それは、どんなにファルガが懸命に行動を起こそうが、どんなにギューが語り掛けようが、全てが無駄になってしまうのではないかという葛藤。いや、無駄になるだけならばまだいい。むしろ、彼らが何をしようが何を言おうが、トータル的に見た時にはこの界元にとってマイナスの結果にしかならないと悟った時、覚えてしまうのは己がこの界元に存在することそのものへの罪悪感。

 おそらく、何人もの別の界元から訪問した『見守りの神勇者』が、罪悪感のあまりに命を絶った事例もあったはずだ。ただ、それを表沙汰にしない意図は、界元神皇のものなのか、その界元の神皇のものなのか。その事案がないはずはない。ファルガは痛切に感じている。

 それでも。

 目の前で仲間が苦しみ、倒れていく。それを見て見ぬ振りはできなかった。

 タント界元の神勇者カインシーザは、その苦しみから逃れるためには、関わらないことを提唱した。

 当該界元の者達とは関わらず、仲間意識も持たないこと。それこそが最終的に自身を護る術である。

 カインシーザはそれを強く説いていた。

 それが正解かは未だにわからない。それをすることで、今度は見捨てる罪悪感と戦わねばならないからだ。

 だが、戦闘を続ける超人二人の戦闘を目の当たりにして、ファルガは謂れのない束縛から解放された気がしていた。自分が手を出さず、やっと界元のあり方を預けて大丈夫な者たちが現れた。

 ファルガは、二人の『融合人』の戦闘と金属塊と機鎧軍の戦闘が一望できる、周囲で一番高いビルディングの屋上に着地した。

 覚えのある『氣』が近づいてくる。ギューも間もなく到着するだろう。

 ファルガは、遅れてくる弟分、ギラオ界元の神勇者を受け入れるための言葉を準備した。


 無数に聳え立つビルディング。そして、かつてはそれであったであろう瓦礫の山も無数に存在する。誰も意図していないまま、瓦礫が広がる空間を取り囲むようにビルディングが残されたこの空間が、まるで闘技場の様相を呈してきていた。

 戦う二人も、自然とそのエリアで戦っているように思える。

 剣が交わる火花が、銃の弾の輝きが、瞬間的に周囲を鮮やかに照らす。瓦礫の山が、その閃光によって浮かび上がり、また影を落とす。それは人々の阿鼻叫喚の図のようにも、丑三つ時に跳梁する魑魅魍魎の百鬼夜行のようにも感じられた。

 ビルディングの間を飛び回り、大地を滑り、空間を縦横無尽に駆け巡る二体の獣。その戦闘は互角だった。

 接近戦での剣の実力は、速さ重さ共にディーの方が優れているように見えた。剣を打ちあうと、彼女の方が押し負けてしまう。それは、ファルガに斬撃を見舞った時も、竜王剣で弾かれてしまった事を考えると、彼女の斬撃は軽いということがわかる。それを知ってか知らずか、膂力不足を手数でカバーしようと考えた彼女だったが、ディーにすべての剣を受け止められているため、剣速ではディーと同じか、もしかしたらディーの方が若干速いのかもしれない。

 銃については、ディーも女性型小機鎧も同程度の技量だった。互いに照準を合わせて放つが、決定的な命中はない。ただ、速射や連射の技術についてはまだディーに一日の長があるといえた。

 だが、ある時より、剣の実力も彼女は追い付いたことがはっきりする。それは、彼女が剣の作り方を手で持つタイプから、ディーのように腕そのものを刃に変えるタイプに切り替えた瞬間からだった。

 同時に、銃に関しても連射が追い付くようになってきた。それにより格段に戦場を覆う爆発の規模が拡大し、戦いを見届けようとしているファルガは、少し遠くに移動しなければならなかった。


「大したもんだ。俺の剣のスピードにこの短期間で追い付いてこれるたぁな。あんたはよっぽどいい師匠に恵まれたみたいだな」

 剣の斬撃の速さから、銃の速打ちから、鍔迫り合いの勝負へと移行した時、ディーは初めて敵の金属人に言葉を掛けた。

「シ……ショウ……?」

 初めて彼女が言葉を発した瞬間だった。それまでは、うなり声や叫び声しかあげていなかったのに。

「おお。なんだお前、喋れるんじゃねぇかよ」

「シャベ……レル……?」

 突然、ディーは両手の武器を納めた。

「喋れるんなら、まずはお互い喋ってみようや。殴り合いはその後でも出来るぜ。喋ってみて気に入らなきゃぶん殴りゃいい。

 お前さん、名前はなんてぇんだ?

 俺はディー。俺もまだ呼ばれ慣れちゃいねぇが、他人が俺を識別するための名前らしい。嫌じゃなきゃ、お前さんも俺の事はディーと呼んでくれな」

 そういうと、上空にいるファルガにディーは尋ねる。

「おい、ファルガよ。このお嬢ちゃんは、ひょっとして生まれたばかりじゃないのか?」

 遥か上空のビルディングの屋上でこの戦闘を見守っていたファルガは、突然戦闘を辞め、問いかけてくるディーに度肝を抜かれていた。

 先程まで自分と死闘を繰り広げていた女性型小機鎧。そこに対話という選択肢はなかった。

 いや、そんなものがあろうはずはなかった。サムアラを守るために銃弾を掴んだ瞬間、ライブメタルに感染し、自身も小機鎧として、廃墟とはいえこの町並みを多少なりとも破壊してしまったファルガ。

 謎の光で覚醒したものの、その視界に飛び込んできたのはライブメタルの巨人だ。サムアラたちを襲おうとしていた巨人を唐竹割りで分断したが、その分断されたライブメタルが濃縮され一人の女性型小機鎧になった時、どうしてその存在が敵でないと即断できるだろうか。

 ファルガは明らかに狼狽えながら、ディーの問いに答える。ディーの問いかけの途中で、彼の背後の女性型小機鎧が、剣と銃を納めたからだ。

「俺も移動しながら、あんたとグパのジジイとのやりとりは通信機で聞いていた。

 お前さんが、この子を敵と認識するのはやむを得ない状況だったろう、とは俺も思う。

 だがな、この子はまだ乳児だぞ。お袋さんに抱かれているのが当たり前の時期だ。

 それをこれだけ大変な状況になれば、そりゃ怖がるよな。いろんな物をよ。

 ……なあ、お嬢ちゃん、これ、できるかい?」

 ディーはそういうと、自身の人差し指を金属のコネクタの形状に変形させた。

 女性型小機鎧も、変形したディーの指を両手で包み込み、撫で回すことで形状を確認していたが、彼女の掌もディーの指先の作り出したコネクタを受ける形状のコネクタを作り出していた。

 遠くのファルガには、二人は戦闘の意思をなくし、ガッチリと握手をしたように見えた。

 何分ほどそうしていただろうか。

 二人はゆっくりと手を離す。

 この突然現れたディーという男、疑うべくもないが、完全に信頼できるわけでもない。だが、妙な説得力と安心感がある。

 敵という先入観を取り払った上で、初めて女性型小機鎧に≪索≫を走らせようとするファルガ。だが、「無粋な真似するんじゃない」とディーに怒られ、彼は思わず≪索≫をひっこめざるをえなかった。

 現在は、背後でドメラガの機鎧とライブメタルの金属塊が争っているという、危機的な状況だ。そんな状況でも、自分の表情が、渋柿を食べてしまったような渋い表情を浮かべているだろうと想像すると、何か腹の底から楽しさが沸きあがってくるファルガだった。

 ディーと名乗るあの男。

 初めて会った人間だ。

 しかも、出会ってから経過した時間も一日や二日ではない。ほんの数分、或いは十数分前の話だ。

 余り出会ったことのないタイプの人間。単純に見ても失礼千万な男である。礼儀も何もあったものではない。言葉も軽薄だ。横暴といってもいいかもしれない。雰囲気は少しヒータックに似ている気もしていた。

 ヒータック=トオーリ。

 ドイム界元で彼がまだ聖剣を振るって冒険をしていた頃に、幾度となく彼と共に行動した。まだ≪天空翔≫という飛翔氣功術を使うことができるようになる前には、彼の所属する組織であったSMG(空中武装商船団)の所有する円盤型飛翔体『飛天龍』で、移動に関して相当に手助けをしてもらっている。

 元々この飛天龍は、三百年前にドイム界元の前『精霊神大戦争』の際に崩壊した古代帝国の技術の一つであった。

 最初はファルガと敵対した彼だった。しかし、SMGの頭領の孫という地位を抜けたいと思いながらも、SMGの力がなければ何もできない自分の無力さに気づき、打ちひしがれ、そして、ファルガと行動を共にするうちに、自身で行動するようになり、成長を遂げていった。だが、残念ながら自ら命を絶ってしまっている。

 彼のような気質を持つ知り合いを失ってしまったファルガにとっては、心のどこかでヒータックのような飄々とした、しかし芯のしっかりした人間からの刺激を得たいと思っていたのだろうか。

 ディーの発する一見粗暴な言葉には、その裏に人を傷つけないように、という優しさが垣間見える。ともすれば、自分を愚かに見せて相手をかばっているようにも感じられるが、蓋を開けてみると、実は何も考えていなかったという結果になっていることも多い。

 言葉は悪いが気っ風がいい。

 見ていて楽しくて、その人間の周りで起きるいろんなことに付き合っていたら、トラブルと笑いの絶えない生活を送らせてくれそうな、そんな男に思えた。

「不思議な感じの奴だな」

「僕もそう思います」

 独り言に返事をされて、思わず飛びずさるファルガ。

 ファルガの隣には、いつの間にか朱の鎧を身に纏ったギューがいた。

 ディーと女性型小機鎧の戦闘が白熱していたが、突然事態が変わり戦闘が終了したことに、いつの間にか気を取られていたファルガは、ギューの接近を直前まで認識していたが、ギューの到着には完全に気付かずにいた。

「ギュー、いつの間に……」

「今さっきですよ。しかし、珍しいですね。ファルガさんが気づかないなんて」

 ギューの言葉に、思わずばつの悪そうな表情を浮かべるファルガ。

 そうなのだ。

 眼下で行われていた死闘から一変しての異種交流。これだけ目まぐるしくシチュエーションが変われば、幾らファルガといえども気を取られざるを得ない。

 加えて、独り言のつもりで口にした言葉に返事があったならば、慌てるのも無理はないだろう。

「面白い人ですよね。ディーさん」

 ファルガは、軽く溜息をつく。

 面白い、だけで割り切られても、それはそれで少し腹立たしい。

「面白いだけではなあ。でも腕は確かのようだし」

「行きましょうよ、僕たちも」

 ギューの誘いに乗り、ファルガもビルディングの屋上からふわりと飛び降りた。


「おう、ギューも来たか。なんとかこっちは落ち着いたぜ」

 幾つもの瓦礫の山の中に立つ二人の人影は、周囲の闇に埋もれ、すぐには人間なのか小機鎧なのか判別が出来ない。だが、少なくとも一触即発の空気はそこにはなかった。

「彼女と話し合ったんですか?」

 ギューのストレートな質問に、眼だけをちらりと少年の方に向けたディーは、ニヤリと笑う。

「話し合った、か。どっちかってぇと彼女に言葉を教えるところからのスタートだったがね」

 ディーの返答に、ファルガとギューは驚く。

 女性型小機鎧が言葉を今まで認識していなかったという事実。そして、ディーが教えた言葉で、女性型小機鎧が意思の疎通が可能になったという現状。

 事態が一足飛びに進んでいる。

「おいおい、女性型小機鎧、なんて堅っ苦しい呼び方はやめてやれよ。彼女にはネスクっていい名前があるんだ」

 もはや、ファルガもギューも唖然とするしかなかった。

 彼の表情を見る限り、ディーが名前を付けたわけではなさそうだ。彼女との対話で名前がある事を聞き出したのだろう。

「お化けでも見たような顔をしなさんな。彼女のお袋さんが教えてくれたよ。

 ……ちょっと失礼するぜ」

 ディーはそう断ると、右手の人差し指と中指の先端を吸盤に変え、その吸盤をファルガとギューの額に張り付かせた。

「言葉で説明するより、こっちの方が早いからな」

 ディーの言葉が終わらないうちに、ファルガとギューの脳裏にはとある場面が浮かんだ。

 それは、驚くべき映像だった。




 ネスクが生まれたのは、ドメラガ国首都メガンワーダの北西にある国立大病院だった。

 予定日を過ぎても生まれる気配がないので、一度自宅で様子を見て、陣痛が始まったら病院に来るようにいわれたネスクの母は、普通に家事をしていたという。

 ところが、いざ陣痛が始まると、それを合図にしたとでもいわんばかりに、いきむ間もなく、赤子の頭が見えてきたという。

 その速度は驚くほど速く、病院につく前から額まで出ていたというから、安産といえばそういえない事もなかったかもしれない。

 産後一週間ほどで、母と共に家に戻るネスク。そこには、年の離れた兄と姉が二人ずつおり、彼女の誕生を心から喜んだ。

 世間一般に見て、ネスクの育った家庭は裕福だったのだろう。

 父は自分で商売をしていたらしく、家には割と頻繁に家族以外の人間が訪れていたが、父親以外の家族とも談笑していたので、家族の仲が良いだけではなく取引先ともうまくいっていたのだろうと思われた。

 概して商売が順調だと、それを妬む輩も多いものだが、ネスクの家でもそういう人間の被害にあったことは皆無ではなかった。

 だが、真にそのような悪党が彼女の一家を貶めようとした時には、ネスクの父が何か策を講じずとも周囲の人間が色々動いてくれ、結果的にネスクの父は無論の事、家族に被害が及ぶことはなかった。

 彼女の一家は、かなり人に恵まれていたが、それを実力だと過信せずに、人との繋がりを非常に大切にしていた。

 僻んだ方がより自分が憐れに思えてしまう。

 そう言い切ってしまえる辺り、正真正銘の『いい人』揃いの家族なのだろう。

 優しい家族と面倒見のいい近隣住民に囲まれたネスクは、すくすくと育っていく……はずだった。

 悲劇はある新月の晩に起きた。

 この日はメガンワーダを挙げた祭りが催され、ネスクの家族はもちろんのこと、近隣住民も含めた者たちが楽しんだ。深夜遅くまで酒が入り、日付が変わる頃には皆寝静まっていた。まさに宴の後、という状態だったようだ。

 やっと首が据わったかどうかのネスクは、父と母の眠る寝室に組み立てられたベビーベッドの中で、悪夢にうなされること無く静かに寝息をたてていた。

 夜泣きをすることもなかった彼女は、親からしても育てやすい乳飲み子であったに違いない。

 豪邸とはいささか大袈裟な表現ではあるが、近隣住宅よりはずっと大きいネスクの家に侵入者があったのは、日付が変わって一時間ほど経った頃だろうか。

 庭先の気配に気付いたのは、ネスクの一番上の兄だった。

 彼は剣術と槍術ではメガンワーダでも有数の実力者として名を馳せていたが、その実力に見合うだけの自信は持ち合わせていた。

 今回も庭に紛れ込んだのは、嫌がらせをしようとする人間か、はたまたメガンワーダ祭りを楽しみすぎた酔っぱらいか。

 いずれにせよ、お引き取りいただくしかないし、それが叶わない場合は取り押さえて通報、警察に突き出すしかない。

 類型事案がいくつかあり、その都度解決していた長男は、今回もそのつもりで護身用の槍を手にした。

 だが、庭に出た瞬間に、彼の目に飛び込んできたのは、全身銀色の人形の化物だった。

 最初は、『なんだこの悪趣味なヒト型は?』と一瞬戸惑った長男だったが、一族の中でも勇猛な彼は、即座に木槍を振るい、銀メッキで塗装した着ぐるみを着た何者かを取り押さえようとした。

 どうせ酔っぱらいが調子に乗って、銀色の全身タイツを身に纏って敷地内に侵入してきたのだろうと高を括っていたのだ。

 だが。

 長男の木槍は、彼の斬撃に耐えきれずポッキリと折れてしまった。割と強めの一撃を放った認識でいた長男は、相手を死に至らしめてしまったかと内心反省したが、念のため状態を確認するために近寄った次の瞬間、太股に激痛を覚え、思わず飛びあがった。

 痛みの箇所を見てみると、太股には釘のような何かが刺さっていた。

 彼は治療のために室内に戻ろうとした。だが、彼はそこで意識を失い、ネスクの兄として立ち上がることは二度となかった。

 二人目の被害者は、二番目の姉だった。

 祭りを楽しんだ後、深夜に帰宅した彼女は、そのままシャワーを浴びようとバスルームに向かう。

 銀色の怪物とはそこで鉢合わせする。

 彼女はなんの抵抗も出来なかった。

 眉間に釘のような金属を打ち付けられ、そのまま絶命する。だが、命が消えるまさにその瞬間に、妹のネスクを守らなければ、と彼女は強く思ったのだった。

 自身の身体の負傷より、皆ネスクの身を案じる。

 それは、その後の被害者である父母も当然だった。そして、兄や姉たちも。

 深夜帯に人間の悲鳴が上がれば、何かあったと思うのは当然だ。そして、それがこの地区の目印ともいえるこの豪邸からであれば尚更の事。

 心配した近隣の人間が駆けつけたが、悉く銀色の怪物の毒牙にかかった。

 誰かしら通報したのだろう。メカンワーダの警察が押っ取り刀で駆けつけるのは至極当たり前だといえた。

 そして、皆生まれてきたばかりのネスクを気にかけていた。

 だが。

 近隣住民と警察が駆けつけ、豪邸の中に突入した時には、もはやネスクの家族や親戚はそこには存在しなかった。

 彼らの死体はどこにもなく、直前まで家にいた人間と同数の金属に覆われた怪物が、屋敷の中を闊歩していた。

 不測の事態に慌てる人々。だが、そんな彼らもすぐに金属に覆われ、自我を失った。

 ベビーベッドで眠るネスクが、痛みや苦しみを感じたかはわからない。

 ただ、そばにいた人間は皆、金属の化物に姿を変えながらも、ネスクを守ろうとした。また、その気持ちを持ちながら怪物になっていった。

 だが、ネスクを取り巻く人々の、彼女に対する愛は、より強固に結びつく。

 様々な人間の想いを持ち、それを飲み込むようにして巨大化したライブメタルの巨人。その体躯は、飲み込まれていった人々の思いを全て、体内に宿しているようにも感じられた。

 ファルガによって両断されたことにより、他の者を飲み込み吸収したいというライブメタルそのものの本能とでもいうべき行動指針と、ネスクを護りたいという個人個人の強い想いが分断され、彼女を護りたいという気持ちだけが強くなった集団が、他のライブメタルを排除するほどの強烈な想いで合体し一個体化し、この『女性型小機鎧』ネスクの誕生となったようだ。

 ただ、悲しい過去をディーに伝えたネスクの母も、他の人間たちの感情と同じように徐々に溶けていき、ライブメタル・ネスクの一個性の中に吸収されつつある。

 ネスクの母はディーに、『ネスクを頼みます』とだけ伝え、ネスクの中に溶けていった。




 ディーから映像で情報を共有された二人。

 ファルガもギューも、ディーから与えられた情報に涙していた。

「ふ……、ファルガ?」

 ネスクが、突然名を呼ぶ。一瞬驚いたように顔を上げたファルガだったが、何度も頷く。もはや、ファルガには眼前の銀色の存在が女性型小機鎧ではなく、泣きそうな少女にしか見えなかった。

「そうだよ。俺はファルガ。ファルガ=ノンだよ。ネスク、さっきはごめんな。痛かっただろ?」

「……平気。でも、さっきはファルガ怖かった。今、ファルガ怒ってない?」

「怒ってないよ。みんな怒ってない。大丈夫だよ」

 ネスクは、嬉しそうに頷くと、赤い鎧の少年の方を見る。

「貴方はギュー?」

「そうだよ。僕はギュー=ドン。初めて会うね。よろしくね」

 少女に気付かれぬように涙を拭ったギューは、にこやかに微笑みかけた。

 少女はそんなギューとファルガの様子に、嬉しそうに頷いた。

 ややあって、ネスクは周囲を見回したあと、ポツリと呟く。

 「ギューって、背は高いけど、まだ子供なのね。どうして?」

 突然年齢の話をされ、慌てるギュー。

 彼自身、今の身長と言動のせいか、五歳児と見られたことがない。それ故、五歳と知られると、そのギャップのせいからか、バカにされたり舐められたり、とあまりいい思い出がなかったのだ。

 あまりネスク相手に本気て抗弁しても仕方ないとわかっていながらも、何か言い返さないといけない気がして、ギューが思わず口走った言葉は、

「いや、ディーさんなんてまだゼロ歳だよ? 生まれてまだ数日なんだからね?」

 だった。

 まるで、五歳はすごく年上なんだ、とでもいわんばかりだ。

 ギューに指を指されたディーは、目を白黒させながら喚いた。

「なんだと? それを言い出したら、ネスクなんてたった今じゃねぇかよ」

 その後も、自分の年齢とその立ち位置についてわいわいやっている三人を見て、ファルガは溜め息をつくと、暁の空を見上げながら呆れたように呻いた。

「何なんだ、この会話は……」

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