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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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230/258

オーラ=ライフルの遠撃

 大地を進む二本の光の矢。

 一本は青白く、一本は薄黄緑。

 青白い光の矢は、実際はもっと速く飛ぶことも可能だったが、薄黄緑色の光の矢に合わせて飛んでいるようだった。たまに失速する薄黄緑色の光の矢に寄り添うように飛び、減速したら後ろから押しているようにも、上から引き揚げているようにも見えた。

 ただ、薄黄緑色の光の矢も、上達が著しい。暫くは軌道がぶれたり失速したりあらぬ方向に飛ぼうとしたりもしたが、飛行開始数時間後には青白い光の矢と比べても遜色なくなっている。

 既に日没から数時間が経過し、日付が変わるかどうかという時間帯に差し掛かっていた。

 本来であれば人々が寝静まる時間帯。

 ただ、寝静まるべき人々は、この大地には存在しなかった。漆黒の闇を照らし出す光の矢の輝きは、大地の凹凸がなくなっていることを如実に浮き彫りにしていた。

 動く存在は何もいない。光の矢が作り出す陰影すらもない。

 ただ、空を見上げると、嫌みなほどに空の星々が無数に輝いていた。

 天空を覆い尽くさんばかりのこの光で、以前は本を読む者もいたのかもしれない。

 空気が澄んでいるのだろう。大空を走る何本もの彗星が、まるで光の矢の飛行を歓迎して並走しているようにさえ思えた。

 彗星は時速何十万キロという恐るべき速度のはずだ。そして、その彗星の持つエネルギーは惑星を一瞬にして蒸発させ、生きとし生ける者を瞬時に絶滅に追いやる程のものだ。

 しかし、それゆえ美しい。

 そして、その美しい軌跡を何十秒、何分にもわたって見ていられるのは、その彗星たちがいかに巨大であり、かつ気の遠くなるほどの遠方を流れていることを物語っている。

 空を走るというよりは、頭上からゆっくりと滑り落ちていく。そんな表現が妥当な、夜の素敵な天体ショーだった。

 「ありがとう、ギュー君。

 大分高速飛行にも慣れてきたよ。ただ、君がやって見せたような高速飛行の戦闘は、俺にはまだ難しそうだ。高速飛行時の急な反転に、体がついていかない」

 「それは慣れですよ。僕も最初は難しかったです。でも、鍛練すればできるようになりますよ」

 「そうありたいものだな。ただ、それほど悠長に俺の飛行上達を、事態は待ってくれなさそうだ」

 飛行を続ける二本の光の矢は、そのスピードと方向を変えることなく進行している。

 遥か遠くに感じる、良く見知った気配。そして、そこに今まさに迫ろうとしている何者か。

 『氣』とはどこか違う何か。しかし『真』(マナ)ではないと断言できるその不思議な何かは、今初めて感じられたものだ。


 ファミス国の災害救助隊隊長グパは、ファルガの通信機の回線が開いたままの状態で接続も維持されている事は告げていた。だが、その傍にいる潜入捜査官の持つ無線機については、ギューとディーには伝えていなかった。

 ファルガはファミス国に技術提供をしてくれた人間の一人ではあるが、やはり別の世界の人間。別界元の人間なのだ。

 それに対し、彼の『すごい』部下の一人であったサムアラは、やはり自身の世界の……いや、自身の国家の戦士・潜入捜査官だった。

 心配ではあるものの、その存在を前面に押し出すことで、ギューやディーの活動の妨げになってはいけない。ギューとディー、そしてファルガには別界元より預けられてきた重要な目的があるはず。

 その目的を未だ達していない状態で、ただの自身の部下であるサムアラの保護を依頼するのは憚られた。同時に一人前の戦士サムアラに対して、勝手に保護依頼を掛けるのは彼女の誇りを傷つけてしまいはしないか、という思いもグパの心によぎる。

 今まさに命の危機を迎えようとしているサムアラ。

 それを音声だけとはいえ知ってしまっているグパ。だが、無線で聞いた部下の危機を救ってほしいと依頼することは、別界元の神勇者たちにとっても、最高峰の鍛錬を積み超一流の戦士となったサムアラにとっても、酷く失礼な気がしてならなかった。

 その気持ちの狭間で、グパはその涙を誰にも見せずに拭い、保護依頼の中身には触れなかった。


 飛行時間の増大は、そのまま不安の増大に直結していた。

 不安といっても、根拠のないものとは違う。

 明らかに『真』(マナ)ではない何かの存在は膨張し、ドメラガ国の首都であったという広大な土地を飲み込もうとしていた。

「……ギュー君は感じるか?

 俺はまだ『氣』というものを体感できるようになって間もない。その感じ方が正しいのか、ということについてもまだ確証を持てない状態だ。

 だが、それを念頭に置いたとしても、我々とは違う種類の力を感じる。それは丁度『氣』と『真』(マナ)の中間のような……。

 いや、同じ存在から『氣』と『真』(マナ)が半分ずつ感じるとでも言えばいいのか? なかなか適切な表現はできないが……」

「……勿論感じますよ。

 ファルガさんの周りを取り囲んでいるのが、正にそれですよね。ファルガさんの『氣』は感じるんだけれども、その周りにある『氣』と『真』(マナ)もファルガさんのものに間違いない。

 自分で言っていておかしいとは思うのですが……。

 ファルガさんの『真』(マナ)ってなんなんだろう? マナ術を使う時の『真』(マナ)は無個性なのに……」

 ディーの言葉に対し、自分の混乱する頭の中を整理するために、独り言のように呻くギュー。

 元々『真』(マナ)は存在エネルギー。

 生命体が死を迎える時、生命体の身体のエネルギーは『氣』から『真』(マナ)へと遷移を始める。生命エネルギーから存在エネルギーへと性質を変え始めるのだ。その遷移は命を失った生命体ならば当然の自然の摂理だ。

 それでも『真』(マナ)に遷移し始める時には、いわゆる『氣』の個性は失われているか、殆ど残っていないはずなのだ。

 しかし、今回ファルガの個性が強く残っている。

 進行方向に向くディーのヘルメットに装備されたディスプレイ型のシールドが何かを映し出す。

 一瞬戸惑うディーだが、その文字列を読んでギューに伝えた。

「……ファルガ君の身体が膨張しているようだ……。どういうことだ?」

「膨張……。まるで、血を吸い過ぎた蚊みたいですね……」

 ディーの言葉に何となく反応するギューだが、そのギューの言葉が、ディーに大きなヒントを与えた。

 彼はまだ、メガンワーダでの惨劇を知らない。

 だが、前例のない何かが起きている事は、今までの出来事とギューたちの会話から推して知ることはできた。

 そして、それを物語っているのが、メガンワーダで何者かに包まれているファルガの存在だった。神勇者ゆえの膨大な『氣』は、かなり遠くからでもその『氣』の主の存在を確認でき、状態も示していた。

 ファルガはメガンワーダに潜入した直後に、小機鎧たちの『氣』を感じることはできなかった。しかし、ファルガは彼らから『氣』を感じようとしていたからこそ感知できなかったのであり、彼らの身体から微弱に発せられる『氣』と『真』(マナ)の中間物のような不思議なエネルギー存在形態を意図的に感知しようとしたならば、小機鎧たちから少ないながらもそのエネルギーの存在を拾い上げることはできただろう。

 シールドに表示された文字列を見て、思わず声を上げるディー。

「ライブ……メタル!?」

 ヘルメットのシールドには、ファルガの身体は依然として人型を保ってはいるものの、その周囲をミリ単位の鉄板が無数に覆い始め、外骨格がどんどん膨張を続けているというデータが表示されていた。現段階では目に見えての急激な変化ではないが、明らかにファルガに対してプラスの要素とは思えない。いつ急激な変化に移行するのか、という情報も正確なデータはないが、一刻の猶予もないだろう。

 このデータからは、金属の身体を持つ何者かが、ファルガの身体に寄生してエネルギーを吸収することで、自身を構成する細胞分裂を促進させ、成長巨大化させているということが読み取れる。

 まだ、ファルガの体内には十分な『氣』が残っているが、その『氣』を現す数値が徐々に減っていき、外骨格に吸い上げられているように見えた。膨張しているように見えたのは、ファルガの周りを覆う外骨格のような存在が、エネルギーを得て装甲が厚くなっている、ということなのだろう。ファルガの『氣』で強化され続けていくこの装甲を剥がすには、早いうちの方がいい。

 このライブメタルという存在は、ドメラガが研究していた機鎧の小型化を進める上での新開発技術といわれている。ファルガがメガンワーダ潜入時に、首相官邸以外の公官庁の幾つかの書庫を調べた時に見つけ、グパに転送した幾つかの情報のうちの一つであり、潜入捜査官サムアラがグパにある程度報告済みであった情報でもある。

 サムアラの得た情報では、疑似生命体であるライブメタルの研究をヘッジホの私的科学者集団が行なっていたというのだが、その大本のアイデアはまた別の存在から齎されたという事まではわかっている。

 金属片が宿主の『氣』を吸い取り、自身の身体を成長増強させていく。メガンワーダで感じる『氣』と『真』(マナ)を持つ存在がライブメタルだとすると、ドメラガが実用化したというよりは、実用化しようとして失敗した人為的なバイオハザードと言わざるを得ない。

 研究の技術的失敗というよりは、研究機関の無能なトップの実証実験軽視による人為的なバイオハザード。

 正直呼び名はどうでもいいとディーは思ったが、状況は予断を許さない。

 いくらファルガといえども体力は無尽蔵ではない。

 このままいけば、ファルガの『氣』は数日で吸い尽くされ、見た目も巨大な怪物のような姿になってしまうだろう。或いは、あの体躯からは考えられない程のエネルギー保有量ゆえ、新機鎧程度の体躯の小機鎧になる可能性はある。

 『氣』を全て吸い取られたら果たしてどうなるのか。

 イコール『死』であることは想像に難くない。

 一刻も早くファルガはその状況下から抜け出さなければならない。

 では、それをファルガが一人でできるかと言えば、恐らく不可能だろう。もしできるならとうの昔にやっているはずだからだ。ファルガ自身の位置情報の移動がないこと、活動している形跡がない事も、それを示している。

 そう考えた時、ファルガの置かれた状況はかなり危機的であることに気づく。しかし、彼を助けようにも、このまま休憩無しで高速で飛行したとしても十数時間はかかる。そこまでファルガが持ちこたえられるとは到底思えない。

 ギューはその状況に唖然とし、ディーはファルガの命を救うために、何か手を講じなければ、と思い悩むのだった。


 「ギュー君、『氣』の波動の伝播速度はわかるか?」

 「……少なくとも、音よりは速いと思いますが、僕も詳しいことは」

 「我々の飛行速度よりは速いな?」

 「それは間違いないと思います。接近する僕らの存在を、相手は感じていますから。僕らが遠くにいるファルガさんの存在を感じているように」

 しばらく考え込むディー。

 ディーという『融合人』(バイオ・サイボーグ)の中で、三人の人格が相談する。

 パクマンは、『氣』のコントロールに関しては、トータル的に見てギューよりはディーが上だと見る。

 その理由は、彼の左腕に形成される『銃』だ。

 ここまでの観測の結果、『氣』のエネルギーを集める時に、ディーの『銃』は掌底に比べて、いわゆる速く強い状態で集まっているからだ。その理由は、エネルギーを集めた銃が発射する様子がイメージしやすいからだとしている。

 銃から弾が出る。

 当たり前のことだ。

 しかし、それに慣れ親しんでいるディーは、掌底に集めて『氣』を収束させて発射するイメージよりは明確に、銃を用いた方が収束から発射まで流れとして組み立てられるからだ。

 理屈で行けば、ディーも腕を銃化することなく≪八大竜神王≫を放つことは出来るはずだが、彼にとっては銃で撃つというイメージが、『氣』の増幅収束、そして発射をよりイメージしやすくしている。

 ≪八大竜神王≫という氣功術の難しさ。

 それは、威力は果てしなく上昇するが、術者の生命の危機に直結してしまう術だからだ。

 生命エネルギーを収束させ、指向性のエネルギーとして発射する。

 ただそれだけの術。

 しかし、単純明快であるはずのその術が全ての術において、もっとも威力があるのには理由がある。

 ≪八大竜神王≫を放つ殆どの術者が、合わせた掌底に『氣』を収束させ、敵に向かって放つ。だが、体の部位の何処に『氣』を集めるかが問題なのではない。身体の何処に『氣』を貯めようとも、ただその状態では威力はないに等しいからだ。

 必要なのは、術者がイメージしやすい部位に、自身のコントロール可能な最大量の『氣』を集めること。そして、自身の身体から絞り出した生命エネルギーである『氣』を集める過程で『高速増殖法』と呼ばれる繊細な技を使わなければならないこと。

 『高速増殖法』。

 身体に貯めた一部の『氣』を使って、丹田を活動させることで『氣』を大量に作り、その一部を更に次の『氣』の製造運用に充てるという、非常に繊細な技を使用して初めて膨大な『氣』を得ることが出来るからだ。しかも、それを可能な限り迅速に繰り返し行わなければ巨大な生命エネルギーとはならない。

 理論上、威力は無限に高まる。

 ≪八大竜神王≫の最大の威力は、本人が収束状態を維持しておける『氣』の量によって決まるからだ。従って、感情によっても体調によっても年齢によってもその威力は増減する。

 暫くの沈黙の後、ディーはギューに尋ねた。

 ギューの身体を踏み台にし、そこから射撃を行なっても構わないか、と。

 ギューには一瞬意味が分からなかった。

 自分を踏み台にして射撃をする?

 だが、ディーが射撃に集中すると、恐らく≪天空翔≫の術を使う事は出来なくなるはずだ。まだ、そこまで空中戦に慣れていないことは、ディー自身自覚していた。

 かといって、今ここでファルガの危機に手を講じず、三日かけてメガンワーダに到着しても、ファルガは既に完全に小機鎧化してしまっている可能性は高い。

 そうなれば今後の神勇者としての旅には差し支えが出てしまう。それは同時にこの界元の終末を意味する事になりかねない。

 飛行中に≪八大竜神王≫を放つことはギューならば可能かもしれない。しかし、新月の深夜に糸を針に通すような精度を要求されるこの射撃を成功させることは難しい。

 やはり、現在の状況でファルガを救うには、ディーが放つしかない。

 出力が最も管理しやすく、攻撃形状も自在に変えられる≪八大竜神王≫。これをこの遠距離において適切な威力で、かつ精度を上げて放ち、当てることができる力を持つディー。

 消去法でもそうせざるを得ない。

「……でも、ファルガさんを覆う金属片を全部剥がしきれますかね?」

 ギューの確認については、ディーはニヤリとしただけだった。

 遥か遠方のファルガの危機に、手をこまねいていることはできないが、手を講じた結果も保証されているわけではない。それでも、何かできるのは自分しかいない、という意識が強くあるようだ。

 ファルガとサムアラ、グパの通信履歴はディーのデータベースには残っている。更に演算データを基にすると、ファルガの完全小機鎧化を遅らせるには、ディーの射撃が最も有効な方法であるように思われた。

 何故ならメガンワーダの小機鎧たちの現状も、ファルガを襲っている危機も、ライブメタルに端を発するのはほぼ間違いないからだ。となれば、ライブメタルに対する対応を取る事が、ファルガ救出に一番の近道となるだろう。

 まずは、小機鎧化したファルガの眉間のLEDを打ち抜く事で、再度機能を停止させる。同時に、膨大な≪八大竜神王≫のエネルギーを金属片の正体と思われるライブメタルに与えることで、ファルガからのエネルギー搾取を止めさせ、ファルガそのものが吸収される時間を稼ぐ。

 今、それがファルガに対してディーの出来る全ての事であり、思惑だった。

 ディーはギューの背の上に立て膝をついた。だがこれでは高速で飛行するギューと同じ速度でディーも飛行する必要があり、解決にはなっていない。

 「どこかに降りますか? 少しロスにはなるけれど……」

 撃てば後方に弾き飛ばされるのがわかったギューは、飛行の中断を提案する。

 だが、ディーはそれを拒否する。

 万が一とはいえ、射撃が失敗した場合に、その分の時間がロスになる。そのロスになった時間があれば、事態が悪化する事も防げるかもしれない。

 やらなければいけないという意志は固いが、リスクマネジメントの点から考えて、移動は続けたまま。

 ギューにも負担がかかるのは勿論の事だが、ディーの負担も半端ではない。それでも、敢えて超遠距離の射撃を実行に移すのは、ディーなりの責任感なのだろう。

「ギュー君、俺を肩車してくれ。その状態で俺が射撃を行なえば、反動で後ろに反っても、落ちることはない。足が千切れてもそれは俺の弱さが失敗なだけだ。必ずファルガ君は救って見せるさ」

 ギューは飛行状態で体を立てる。風の抵抗は増すが、この方がディーを肩車しやすいからだ。

 ギューの前髪が激しく揺さぶられ、逆立った髪が更に大きく波打つ。だが、肩車のフォーメーションが完了し、ギューがディーの両足を支え、再度前傾姿勢を取る事でディーの射撃姿勢は安定した。

「よし、ありがとう。

 後は何とかする。初めての試みだが、こちらの方が絶対にうまくいく。集中もしやすいからな」

「集中?」

 ギューは一瞬首を傾げたが、ディーの発した言葉の意図はわからない。

 だが、ディーを固定する事が出来たため、その分ギューは全力で飛行に集中する事が出来た。その結果、到着時間は若干早まるだろう。それが吉と出るか凶と出るか。

 ディーは、ギューの背の上で両手をがっちりと組む。

 それはちょうど、美しい乙女が神に祈りを捧げるために胸の前で両手を組んだ時の姿勢に似ている。

 だが、美しい乙女ではなく『融合人』(バイオ・サイボーグ)である彼が神に対して切望するのは、漠然とした世界平和や愛しい者への祈りではない。

 ただ強烈に、親友にして最強の戦士であったファルガ=ノンという青年を、ライブメタルの侵蝕から救うのだという恐ろしいまでの強固な意志。それは一歩間違えば憎悪にも匹敵するほどの感情だった。

 その意思を反映させるかのように、齢十数日の天才戦士ディーは、その組んだ手の強い握りをそのままに、前方に突き出した。それは奇しくも、未だ数千キロ離れているはずの、小機鎧と化したファルガの眉間のLEDを捉えていた。

 次の瞬間、見ていないはずのギューにもわかる程の、圧倒的な力を込めた変形が、ディーの両腕で行われた。

 突き出された両腕が、ねじれ始める。まるで組んで延ばした両腕が絡みあい、ねじれることで一本の螺子になったかのようだ。

 かつてディーが巨大ミミズを仕留めた時の左腕の銃とは、長さも細さも全く異なった、別種類の銃だった。いや、砲身そのものはディーの身長の倍以上はある。そして、二の腕からねじれ始めた砲身は肘の先で一本にまとまる。砲身の長さは三メートル強、直径が三センチもないような砲が完成した。

 そして、その砲が徐々に金属色を帯びていく。形状を変形させた上に材質も変化した、現在のディーの考える超遠距離射撃用の『銃』……いや、『砲』だった。対戦車砲のような見た目をしているが、その実、命中精度を上げるため、ディーの左腕の銃『オーラ=ガン』をより繊細に作り変えて安定度を高めたもの、という表現が妥当かもしれない。

 『オーラ=ライフル』。

 後にディーが名づけた銃の形態だった。

 ディーの身体が光り輝き、その光が銃身に集束していく。

 威力だけではない、針の穴を通す程の精度を備えた、超長身銃。

 その銃身から眩いばかりの閃光が放たれた。これは奇しくも、三年前にドイム界元の神勇者ファルガ=ノンと神賢者レーテ=アーグが、対『巨悪』グアリザムに対して二人で放った≪双頭八大竜神王・針≫という術とそっくりだった。

 銃身を包む『氣』の炎が砲身の銃口の中に集められ、正視できない程の眩い光を放つ。

 ヘルメットの中のディーの顔には珠のような汗が無数に浮かぶ。

 瞳は充血し、身体を支えるのも困難なほどの倦怠感に包まれているのは明らかだった。当然銃身も揺れる。とても照準を合わせられる状態ではなかった。

 だが、ディーは渾身の一発を発射した。

 先程までのディーの銃身の揺れが、まるで嘘のように停止したまさにその瞬間……それはまさに射撃の瞬間であり、ディーの凄まじいまでの集中力により周囲の時間が止まった瞬間でもあった。

 眩い光は一瞬で闇の中を駆け抜けていった。

 余りの閃光の強さの為、放ったディーも後ろを向いているはずのギューですらも、眼がくらんでしまい、暫くは激しい頭痛と戦わざるを得なかった。それでもその状態で飛行の速度を緩めていないのは、流石だといえるだろう。

 果たしてディーの放った≪八大竜神王・針≫の進行先には、彼らが望む標的はいたのか。少年達が望んだ形で標的に命中はしたのか。着弾までに想定通りのエネルギー値になり、標的を必要以上に傷つけないことができたのか。

 著しく集中力を欠いた彼らは、飛行速度を維持する事が精一杯であり、暫くの間は超ロングレンジでの射撃の結果を認識することができなかった。

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