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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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228/253

融合人(バイオ・サイボーグ)

 ディーはいつ生まれたのか。

 なかなか答えづらい質問だった。

 その質問はギューからなされた。

 ディーは即答できなかった。ギューの意図が読めなかったからだ。

 だが、ギューがそんな意地悪な質問をするとは思えない。

 やや経ってから、ディーは消え入りそうな声で呟く。

「今日……、なのだろうな」

 ギューの表情がぱっと晴れた。

「そうか! じゃあ、ディーさんは今日が誕生日ですね! おめでとうございます!」

 弾ける笑顔とはこのようなものをいうのか。他人の記憶を借りて照らし合わせた感想と、ディーの覚えた感覚は同じだった。

 生まれることは尊いこと。

 残念ながら、生まれた姿が赤子ではないため、ディーに両親というものが存在したならば、通常の親が味わう幾つかの楽しみの機会は逸しているかもしれない。

 だが、それでも喜んでくれる人間がいる。それだけでディーの心の中は何となく暖かくなったのだった。

 だが、軍医オリマはディーの存在を認めたがらなかった。

 それは、ディーの存在そのものが、科学者としてのドォンキの功績と、兵士としてのパクマンの功績を覆して余りあるほどの倫理違反の具現だからだ。

 しかし、彼ら二人の純粋な想いでもある。二人の記憶を継いだ今のディーは、オリマにとっても友であることに違いはなかった。

 ギューとディーの二人が『基地』(ホーム)の建物を出るそのタイミングで、玄関にサンドカーが横付けされた。

 ギューは一瞬不安そうな表情を浮かべたが、その心配は杞憂に終わる。

 無限軌道にゴムキャタピラを持つサンドカーは、オリマが手配したものだった。

 ドアサービスでスライドドアを開けた兵士は、玄関で立ち尽くす二人に乗車を促すと、遠くに見える医務室の窓から様子を見届けようとするオリマに敬礼をした。それに気づいたギューはオリマに手を振り、ディーはファミスの敬礼をする。

 オリマは一瞬驚いたようだったが、手の甲で払うような仕草を見せると、そのまま背を向け医務室の窓のカーテンを閉めてしまった。

 それを見送ったギューとディー。

 ギューはちらりとディーの表情を盗み見る。無意識なのだろうが、ディーの口角が上がっていた。生まれて一日も経過していないディーだが、オリマの行動の裏に存在する確かな優しさを垣間見ることができたのだろう。そして、そのディーの反応にギューもほんの少しだけ嬉しくなった。

 運転席に入った兵士は、丁寧な口調で今後の予定を簡単に説明する。

「これからお二人をドメラガ国との国境までお連れします。

 本来、ドメラガ国までの経路には陸路と空路があるのですが、我々がお供できるのが国境までですので、その先はご自身でお進みください。

 なお、この車両は廃車手続きをしてありますので、『基地』(ホーム)から失われたとしても何の問題もありません」

 兵士は表情一つ変えずに説明を終えると、サンドカーを発進させた。

 砂漠を走りだした直後から、追跡者らしきサンドカーが二台ほどギューたちの乗るサンドカーを追走しはじめたが、一向に接近する様子もなければ、攻撃を仕掛けてくる様子もない。

 ギューとディーは当初ひやひやしていたが、後に後続の二台のサンドカーは、監視追跡の形をとった護衛であることに気づく。

 サンドカーの提供は、燃料が使えるぎりぎりまで移動し、宿としても使ってほしい、という配慮なのだろう。

 兵士の運転するサンドカーは国境まで何事もなく到着するが、国境といっても特に明確な仕切りや関所があるわけではない。ただ、サンドカーのマップに表示された部分には赤い線が引かれており、これが国境を指すものだと思われた。

「我々はここまでです。では、お達者で」

 サンドカーを運転して二人を連れてきた若い兵士は、運転席から退くと、スライドを開けて降りていった。ギューとディーはその兵士が後続の二台に乗り込み、反転して立ち去るのを見送った後、ディーが運転席に座り、サンドカーを走らせ始めた。

 ギューは運転席の燃料メーターを見て驚く。

 あれだけの距離を走ってきて、満タンなのだ。

 少し思案したギューだったが、すぐに思い至る。

 彼らが乗ってきたサンドカーを運転していた兵士が、酷く時間をかけて今後の見通しやサンドカーのノウハウ、その他もろもろの知識をディーにレクチャーしていた。パクマンの記憶を受け継いでいるディーなのだから、それくらいわかっているだろうと思っていたが、実際の所はその作業に従事している間、後続のサンドカーに詰んでいた予備タンクの燃料を、別の兵士たちがギューたちのサンドカーに補充していたのだ。

 時間稼ぎ、ではないだろう。そんなことをする意味もなければそれそのものが趣旨から外れる。もう一度満タンにする、という説明をすればいいだけなのだ。

 ただそれだけ。そして、それがありがたい気遣いだった。

 これで、メインタンクも予備タンクも全て満タンの状態になったということ。一体ここからどこまで走れるようになったのだろうか。

 ギューは『基地』(ホーム)の人たちから受けた配慮の多さに愕然とした。皆ギューを、ディーを、そしてパクマンとドォンキを気にかけてくれていたのだ。

 ディーの運転は卓越していた。

 先程の兵士の運転も砂の山の凹凸を拾わないように走っていたが、ディーの運転はまるで砂上を滑るように進んだ。

 そもそも砂の山などないとでもいうように、中にいるギューに全く揺れを感じさせずに進んだのだ。

 これは、パクマンのスキルなのだろう。適切な操縦方法を知っているのもパクマンの記憶なのだろうが、脳の記憶だけでなく操縦などの技術は肉体が覚えているのだろう。

 ギューは羨ましいと思う反面、やった事のないにも拘らず習得済みであった技術については、どういう感覚なのだろうか、と疑問に思ったものだった。

 恐らく、兄貴分であるファルガならその不思議な感覚を知っているかもしれない。

 氣功術唯一の攻撃術≪八大竜神王≫を生まれて初めて放つ時、彼の星の神から『経験の転送』という術で≪八大竜神王≫における『氣』のコントロールの仕方を頭と体に瞬時に叩き込まれ、それに則って術を放ったという。

 やり方はわかるし、その工程がうまくいっているかについてもわかる。ただ、なぜわかるのかがわからない、という不思議な心理状態。学んだ記憶がないのに知っている。どちらかというと本能に近いものなのかもしれない。本能は、遺伝子レベルでの『経験の転送』術なのだろうか。或いは、『経験の転送』を生物は遺伝という形で取り扱っているのかもしれない。

 恐らく、ディーがサンドカーを運転するのも同じ心理状態に違いない。

 なぜわかるのかわからない。

 それを当然ディーも不安に感じるだろう。

 ギューは無意識に「大丈夫ですよ」と口にしていた。

 ディーは特段ギューの方を振り返る事はしなかったが、そのギューのフォローをきちっと受け止めていた。


 砂漠を走って三日目。

 ついにサンドカーの燃料が尽きた。幾つかの予備タンクがあり、それについても適宜足していた。が、それもついに使い切ったことになる。

 その瞬間は突然来た。

 エンジンが今までないような振動を発し、そのまま沈黙した。

 砂の抵抗は大きい。無限軌道で砂をかき分け走っていたサンドカーは、エンジン停止後程なくその動きを止めた。同時に、砂漠の灼熱の外気を取り込まないようにしていたエアコンディショナーも稼働を止める。もともと車内はお世辞にも涼しいとは言えなかったが、暑くて仕方ないという状況を回避するためのこの設備も、エンジンの稼働と連携していたのだろう。

「あ……、止まっちゃった」

 ギューの言葉に、ディーは頷いた。

 ついに、砂漠を歩かねばならない。その設備があるかといえば、サンドカーの中に詰んではある。だが、それを持って移動を開始するには荷物が多すぎた。

「ギューよ。もう少しすると日が暮れる。日没と同時に出発する。少し寝ておくといい」

 ディーはそう言うと、運転席の後ろのスペースに毛布を敷き、ギューに横になるように勧めた。

「ディーさんはどうするんです?」

 横になったギューは不安そうにディーを見上げるが、ディーは自身の装着しているヘルメットをポンポンと叩いた。

「どうも、俺は純粋な人間じゃないらしい。

 俺のつけているヘルメットは、取り外しが効くものではないようだ。その代わり、そのヘルメットから絶え間なく情報が入ってくる。

 君の兄貴分である男の存在や、彼が要望した災害救助隊の宿営地の場所。そういった情報が入ってくるようだ。

 その情報を整理し、日没後に出発する目的地を決める。

 パクマンとドォンキは災害救助隊の宿営地に向かうべきだと考えているようだ。しかし、やはり君はファルガの所に行きたいのだろう。

 感情を排し、どう行動すれば一番それが効果的になるかを検討しておく」

「わ……、わかりました」

 ディーのヘルメット内の記憶は、それぞれの人間の記憶が一つの人格として彼に語り掛けてくるのだろうか。二人の記憶を吸い上げているので、二人分の人格。つまり、ディーの頭の中では三人が常に協議していることになる。一人で考えるよりは、三人で考えた方がより公平かつ客観的な意見が出るのだろうが、それはそれで取り纏めることは大変そうだ。

 突然休んでおくよう告げられたギューは、少々の困惑と共に毛布を頭まで被った。


「飛べますか?」

「……何?」

 日没直前、サンドカーのスライドドアから外に出たギューとディー。

 サンドカーが止まり、すぐに地獄のような暑さに包まれると思っていたギューだったが、思った以上に車内温度が上昇しなかった理由を、車外に出て外からサンドカーを見た時に初めて察した。

 エンジンが止まってすぐ、ギューには横になるように指示した後、ディーは車外に出て、光を反射するシートをサンドカーの上から被せたのだ。その為、強烈な日光を反射しサンドカーが熱せられることを妨げることができた。

 また、サンドカーから少し離れた砂部分の照り返しについても、その場所までシートを広げて掛けることで半減し、快適とは到底いえないものの、命の危険を覚える程ではない空間を作ったディー。

 これも、パクマンの知識なのだろう。サンドカーにミラーシートが積載しているなどとはギューは知る由もなかった。恐らくドォンキも知らないはずだ。

 日没が近づき、周囲の気温が下がってくる。同時に、何処からともなく暖かい風が吹いてくる。日中であれば、熱風と呼ぶにふさわしい風だったはずだ。

 この風を全身に浴びながら、ギューはディーに尋ねたのだった。

「……飛ぶ、だと?」

 流石のディーも少し面食らったような表情を浮かべた。

 確かに、彼の記憶ではギューやファルガ、そして神闘者と呼ばれた何人もの人影達が、機鎧との戦闘において飛翔していた。不思議な輝きを発して飛行する時もあれば、ただ浮遊しているだけという状況があったのを思い出す。

 あの輝きを、彼らは『氣』の力だといい『オーラ=メイル』と呼んでいた。科学的には生物光子と呼ばれる発光現象だが、その輝きも生命エネルギーの一部であることをパクマンは気づいていなかった。

 だが、彼らの力の源が『氣』という生命エネルギーであるならば、ファルガやギューにできるもろもろの技術が、ディーにできない理由はない。勿論、人間と融合人では様々なところで差異はあるだろうが、生命体である以上『氣』は持っている。その理屈でいえば、ディーも『氣』のコントロールはできるはずであり、≪天空翔≫は当然使用できるということになる。更にいえば、理屈上は攻撃用の術≪八大竜神王≫すら使用可能である筈なのだ。

 とはいえ。

 勿論、飛翔術≪天空翔≫を使っている二人は見ているが、それを突然やってみろと言われて即座にできるとはとても思えない。

「でも、僕も最初はできなかったんですよ」

 それはそうだろう。大空を自由に舞う大鷲も、生まれてすぐに飛べたわけではない。成長し、飛行鍛錬を積んでやっと一人前になるのだ。

 そこまで考えたところで、ディーはギューが≪天空翔≫を覚えろといっていることを察し、少し辟易した。

 ギューの見当では、この地で『氣』のコントロールを習得するのに費やした時間を加味しても、ここから目的地に歩いていく時間よりはずっと早く到着できるはずだった。ましてや、これから向かう災害救助隊の宿営地に到着するのは、徒歩であれば普通に考えても十日以上はかかるだろうということを加味すると、寝床としてはまだまだ使えるサンドカーの所で≪天空翔≫の鍛錬をすべきだという結論に至る。

 ファルガやギューのような爆発的な速度が出せずとも、中空を直線的に進むことが出来ればどれほど速いかは火を見るより明らかだからだ。

 ディーは日没と同時にギューと共に≪天空翔≫の鍛錬を始めることになった。

 ディーの『氣』のコントロール技術については、完全な未経験者だ。だが、先程のギューの言葉にあった、同じ『氣』であれば使い方もそうは変わらぬはず、という言葉はディーを不安からほんの少しだけ解放したのだった。


「『氣』の集中はそんな感じです。

 後は、身体が下に引っ張られる感覚を打ち消してみましょう。

 僕のイメージでは≪天空翔≫は、重力のベクトルの方向を変えて、自分を浮かせる術という感じです。

 だから、戦闘中に対象を弾き飛ばすことも上空に放り投げることもできるはずなんです。

 実戦でも、一回だけ成功したことがあります。ただ、それをするより直接攻撃する方が早いんで、そういう使い方は殆どしなかったですけど」

 ……簡単に言ってくれる。

 ディーは苦笑する。

 鍛錬を始めてから三日間。

 食糧はまだ十分にサンドカーの中にある。

 逆に言えば、その食糧があるうちに飛行術≪天空翔≫を習得してしまえば、その後の移動時間は激的に短縮できる。

 食糧残という期限は設けられているが、計画は立案済みといえる。

 勿論、習得が順調に進めば、だが。

 そして。

 順調に進むはずもなかった。

 この砂漠には巨大なミミズの怪物がいる。

 その怪物は砂漠を走る動物の足音や物音を地中より聞きつけ、襲撃してくる。

 サンドカーがそのミミズの襲撃を受けなかったのは、偏にサンドカーの移動速度がミミズの地中を這いずりながら進行する速度を大幅に上回っていたからに過ぎない。

 しかし。

 その巨大なミミズの化け物が、その音に敏感に反応して追跡を開始していたとしたら。

 両足を砂に埋まらない程度に肩幅に開いて踏ん張っていたディー。身体の重心が腰骨の少し上部であることは、自身の経験からもギューの説明からもわかっていた。その部分に掛かる重力をカットする為の術を施すことが出来れば、ファルガやギューのような神勇者と呼ばれる存在のように、自身も大空を舞うことが出来るようになるのだ。

 『氣』のコントロールにより、腰を持ち上げさえすれは身体がついてくるのはわかっている。なんとかそのイメージを持とうとするディー。だが、浮遊経験がないためになかなか身体が浮き上がらない。

「ワイヤーで腰を吊られるようなイメージです。そういう経験はないですか?」

 あるわけないだろう。

 そう言い放とうとしたディーだったが、何故かそのイメージが頭をよぎった。

 若かりし頃のパクマンが、ヘリコプターからワイヤーで腰を吊られた状態で降ろされ、負傷者役の他の兵士を釣り上げるというシチュエーションの救助訓練を経験していたのだ。

 誕生して数日しか経たないはずのディーだったが、何故か知っているという不思議な感覚に混乱を覚えつつも、その感覚が彼に施す影響は甚大だった。

 そして、その影響は彼の命を救うことになった。

 ふわりとディーの体が宙に浮いた次の瞬間、突如砂漠の砂よりせり出した四本のブレードが、ディーの身体を挟み込み砂漠の中に引き摺り込もうとした。

 だが、済んでのところで彼は上空に逃げることに成功する。

 鈍く光る漆黒の四本のブレードは、刃物ではなかった。数か月前に『基地』(ホーム)の傍でサンドカーを襲撃した巨大ミミズの化け物の口吻部だった。

 ギューはミミズの化け物を迎撃しようとしたが、『巨人斧』を手にしていなかった。超神剣の装備のないギューが敵を攻撃する術は、『術』を用いるしかなかった。

 上空へと逃れたディーは、融合人としての特殊能力を発揮する。

 その形状変化は、初めて行なったとは思えぬ程にスムーズだった。恐らくこれも戦士としてのパクマンの記憶……銃を構え、撃つという動作……を身体が覚えていたのだろう。

 ただ、ディーは化け物に攻撃を行うための銃を持ち合わせていなかった。

 そこでディーは、かつて自らの手で引き千切り、義手に交換した自身の腕の手首から先を形状変化させ、拳銃を作り出すと光の弾丸を発射した。

 類稀なる戦闘センスだ。

 サンドカーの上で戦闘の一部始終を見ていたギューだったが、回避と反撃のタイミングがほぼ同時に為されている事に驚愕する。

 ただ、攻撃の方法がまだ洗練されていない感じだった。

 光の弾丸の威力も微々たるもので、光の弾丸はミミズに当たるも、ミミズに外傷はなく光の弾丸も霧散してしまった。

 拳銃状に変えた手首から放った光の弾丸は、圧縮した『氣』の弾丸。

 いわば≪八大竜神王≫の弾丸版といってよかったが、≪八大竜神王≫を放つ場合、収束させた『氣』をいきなり発射するのではなく、体内で増幅させねばならない。その作業をせずに収束させた生命エネルギーを放ってしまうと、一気に放出される生命エネルギーの為に自身の生命力を著しく失いかねず、その後の追加攻撃や回避運動、果ては生命活動の維持に大きな弊害が出る。

「ディーさん!

 手を拳銃に変形させるよりは、肘から先を大きな砲身に変形させるほうがいいと思います!

 それと『氣』を圧縮して相手に発射する前に、体の中で増幅してください! そうしないとエネルギー切れを起こしてしまいます!」

 そういいながら、ギューは以前完成させたマナ術≪雷電光斬≫を、掲げた右掌の上に作り出す。

 次に地中からミミズの化け物がディーに攻撃を仕掛けるタイミングで、横から切断するつもりなのだ。

「わかった!」

 上空に回避したディーは、砂中に逃げ込んだミミズの化け物の再出現を待った。

 ディーの眼前にあるディスプレイに文字列が走り、左後方に矢印が出る。

 左後方にミミズの化け物が出現するのだ。それをヘルメットが感知した。

 ディーは空中で反転すると、左腕をそのまま突き出した。

 ディーの左腕が蠕動運動で波打つ。五本の指が一本にまとまり、ディーの筋肉質の腕のラインを残して砲身のように変形する。銃口は腕よりは少し細いが、なんとも美しいシルエットを醸し出していた。

 肌色の砲身内に光が集まる。

 ファルガやギューが≪八大竜神王≫を放つ時の輝きと同じだ。ただ、ディーは銃、あるいは砲として認識しているためか、体内で増幅された『氣』のエネルギーを掌底に集めるのに比べ、かなり収束しやすいのだろう。いわゆるチャージの時間が、ファルガたちの≪八大竜神王≫に比べ、凄まじく短かった。

「凄い!」

 ギューの歓声が上がる。

 だが、ディーはミミズの化け物の攻撃を回避したに留まり、≪八大竜神王≫を発射しなかった。

「どうして撃たないんですか!?」

 思わず叫ぶギュー。

 だが、ディーは冷静だった。

 今は、自身の腕を銃として取り扱っただけだった。つまり、左腕を銃砲の形状に変形させ、『氣』を集めたのは成功したといえる。

 だが、その状態で更に収束させた『氣』のエネルギーを放てば、彼の腕は焼け焦げることになるだろう。そして、二度と使用する事が出来なくなるに違いなかった。

 彼の中にいるドォンキが告げた。

 それは、自身の腕の原子配列を金属に変更し、熱に対して耐性を作れ、という理に適ったアドバイスだった。

 次の左腕の変形は、高速でなされた。しかも、左の二の腕の途中から金属へと変異させた美しい流線型を描く銃に。

 その変形速度は、攻撃を回避されたミミズが、再度砂の中に戻るまでのほんの一瞬で行われた。収束された≪八大竜神王≫はミミズの化け物の胴体を貫通し、まるで光の刃のようにミミズの化け物を縦に斬り割いた。

 その瞬間を見計らい、ギューも貯めていた≪雷電光斬≫をミミズに向かって放ち、四つに分かれた口吻と首とを完全に切断したのだった。

 縦に二つに割かれ、更に首だけを別に切断された状態で大地に放り出された巨大なミミズの化け物は、暫くのたうちまわっていたが、やがて動きを止めた。

 地面に降り立ったギューとディー。

「凄い! ≪八大竜神王≫と≪天空翔≫をほぼ同時に使えるようになるなんて!」

 ギューは興奮しながら叫んだ。

 左腕が変化し、筋肉を象った美しい曲線で創り出された金属の銃口からは、実際に弾丸を発射した直後のような発煙が見られた。

 ディーはそれほど嬉々とはしなかったが、できないことができるようになった人間が嬉しくないはずもない。左手の砲身に息を吹きかけ、立ち昇る煙を吹き消すとギューにちらりと目配せをし、微かにニヤリとした。

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