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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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227/253

炎上亡都

 突然動き出した銀色の彫像が天井を打ち抜いていった直後、地響きと共に崩れ落ち始めたシェルター。

 黒服の男装の麗人サムアラと部下であるエンゴモは、シェルターからの脱出を試みるため、階段へ向かって駆け始めた。

 独房に閉じ込めた黒服のヘッジホの手下共を助けに行っている余裕はない。だが、あれだけ堅固な作りをしている独房ならば、シェルターの崩壊についても持ちこたえる可能性は高い。

 シェルターそのものの空間がドーム状であるため、外からの衝撃には強いが中からの衝撃には比較的弱い。

 まさか、内部からシェルターを破壊する人間など存在しないと想定していたから、そこまで設計段階において強度を加味する必要はなかったのだろう。

 だが、今回それが裏目に出る。

 小機鎧となったファルガが天井を破った際、ドーム状にすることによって外壁の強度を増すように組まれていたシェルターだったが、その力のバランスが崩れてしまい、シェルターが内側から崩落することになってしまったのだった。

 長い階段を必死に駆けあがり、間一髪でシェルターから抜け出すことができたサムアラとエンゴモ。

 長い通路を抜け地上に出た二人は、できるだけシェルターの入口から離れた所まで走り、入り口が崩れる轟音がしたのと同時にダイブするようにうつ伏せになり、瓦礫の破片や砂埃をやり過ごす。

 直後、シェルターの入口は大量の砂煙を吐きだし、その直後に轟音と共に崩れ落ちていった。

 轟音と砂埃が収まりかけたところで、サムアラはゆっくりと立ち上がる。

「間一髪だったな……」

 サムアラは収まりきらぬ砂煙を吸わないように、スーツの左腕の袖部分で鼻と口を塞いだ。エンゴモは未だ大地に伏せ、周囲の様子を窺う事すらできずにいる。

 科学技術の進んだドメラガ国のシェルター。

 数万年に一度周期で起きる大地震にも対応できるように設計されているとされる。無論、核兵器の使用にも耐えうるはずだった。

 核爆発の爆風自体は、シェルターが地下にある為に自動的に影響から外れるが、壁には核爆発時に発生する放射線をも通過させない程の技術が投入されていた。

 食糧的にもメガンワーダの住民の十日分位はストックがあったとされ、大災害に備えた画期的な新シェルター。

 そんな触れ込みだった。

 だが、図らずも核兵器よりもずっと威力の劣る存在の行動により、そのシェルターは内側から破壊されることになった。

 サムアラは未だ砂煙の立ち上がる、崩壊したシェルターの入口をみて、なんともいえぬ感情に駆られるのだった。

 ドメラガ国の首相として権勢をふるったあの男も、瓦礫の下に埋もれただろう。人間としては護る価値のなかった男ではあったかもしれないが、国家元首が簡単に失われる国家の体制とはいかがなものなのだろうか。

 国家元首を名乗った以上、これからは様々な問題に直面し、国家予算の策定や法律の制定なども行うようになるはず。それを半ば放棄した状態のヘッジホは国家元首になるべき器の人間ではなかったといわざるを得ない。

 今回のトラブルを自国の場合に置き換えた場合、残された国民がいたたまれなくなり少し思わず目を伏せた。

 しかし明るい。

 ファルガが独房の中に穿った穴は、深夜帯に出来上がったものだ。

 そして、それほど時間が経っていない状態で、なぜ周囲の様子がこれほど良く見えるのだろうか。

 少し考え込んだサムアラだったが、ある事実に気づき突然怯えたように背後を振り返った。

 やっと顔を擡げたエンゴモもその動きにつられて、サムアラの背後の空を注視する。

 次の瞬間、二人のファミス国の潜入捜査員は息を飲んだ。

 首相官邸の周囲に広がる雑木林の更に遠く、その空が赤く染め上げられていた。


 ドメラガ国首都メガンワーダには、既に人影はない。

 人気のない市街地を蠢いているのは、首相であったヘッジホが半分道楽で作り出した小機鎧たちだけだった。

 彼らはヘッジホの持つ銃により、身体に銀色の弾丸を打ち込まれ、激痛を感じて倒れた次の瞬間には、体中を金属に変換されていた。最初は表情や人間としての身体の造詣が残った状態で金属化されるだけだが、徐々に変異が進んでいくと金属の鎧をまとったように外見に差はなくなる。但し、本人の体形などの諸情報は残るため、ぱっと見でも長身の小機鎧、小太りの小機鎧など様々なシルエットを持つ個体が増える。そして、そのシルエットの差の通り、同じ小機鎧でも性能に差がある事が多い。

 小機鎧の行動基準は、どうやら銃を撃った人間が直前に念じる事で決まるようだ。そして、小機鎧化した人間が持つ銃も同様の性質があり、司令を受けた小機鎧が撃ち、変換を促された新しい小機鎧にも引き継がれるらしかった。

 ヘッジホも元は学者だったのだろうか。学者上がりの首相もかつてメガンワーダにはいたようで、特段特別な出世ルートではないようだ。

 ただ、ヘッジホを首相にすることは、対抗派閥の大きな反対があった。その反対の理由は、ヘッジホそのものが政治に精通しておらず、どちらかというと学会の中でも賄賂のやり取りがあるという黒いうわさが絶えない人物であったためなのだが、彼はその反対勢力すら買収してしまい、首相に選任された経緯がある。

 能力が伴わない首相であったとしても、周囲の人間がある程度首相をコントロールできるような基盤が、ドメラガ国に存在していれば何の問題もなかったのだろう。だが、残念ながらそういった官僚が首相をある程度教育していくような慣習が、二世議員、三世議員が多くなっていけば行くほど、廃れてきているのは事実だった。

 大志を持つ人間であれば、既に政治家は目指さない。

 そのような環境が出来上がってしまっていた。

 燃え盛る都市に徘徊するのは小機鎧のみ。しかし、その小機鎧は命令に忠実に動くだけであるため、火災が発生しても、瓦礫の山が構築されても、救助活動を行うとか消火活動を行うなどの指令が与えられない限りは、直前に与えられた行動を延々と忠実に行う。

 その状態で、小機鎧の行動を変えようとするならば、再度銃で撃ち直すしかない。

 現時点で小機鎧と化した人間を元に戻す方法があるのかはわからない。銃で撃った当事者ですら、戻す手立ては知らないだろう。

 もし、ドメラガ国を再興するなら、その技術の確立は不可欠となるだろう。

 サムアラは赤くなった空を漠然と眺めていたが、上空に小さな点を見つけた。

 装備としてある双眼鏡で除くと、宙に浮いている小機鎧が何かを掌底から発射しているのが見て取れた。

 以前、ヘッジホが余興的に銃を撃ち続けた際に変身を強要された小機鎧には、火炎放射器を所持しているような様子はなかった。

 やはり、掌底から何かを出しては爆発炎上をさせているのは、ファルガの術であると考えて間違いないだろう。

「ファルガさんを何とか止めないと!」

 サムアラは上空に見つけたファルガのいる方角に向かって走り始めた。

 エンゴモもサムアラについて走るが、彼はサムアラに比べ諦め気味だった。


 首相官邸の周囲にあった森林を抜けたサムアラとエンゴモ。

 森林を抜けた途端に飛び込んできた光景は、木造でないはずの建造物の窓という窓から紅蓮の炎が噴き出し、熱に負けて崩れ落ちていく様だった。

 ビルディングも、そこまで高階層でない建造物も、内部には可燃性のものが揃えられているのだろう。ビルディングの中から噴き出した炎は外壁を舐め、外から建造物群を加熱している。見渡す限り火の海となっていた。

 燃え盛る建造物群の方に進もうとするが、熱風が周囲を舐め、近づくことができない。空気が燃えている。そんな表現がぴったり合うような状況で、この状態で深呼吸をしたなら、喉が焼き付いてしまうだろう。

 声が元々届いていないのか、はたまた業火で音が掻き消されてしまっているのか、サムアラが大声で呼びかけても、ファルガであった小機鎧は反応を返さない。

 サムアラは、先程ヘッジホから奪った銃を上空にいる小機鎧ファルガに向けて構えた。

 先程の仮設『小機鎧の行動指針を変えるなら、もう一度銃を撃ち、命令を込めた弾丸を当てねばならない』というものが本当であるなら、上空のファルガに『消火活動』を念じた弾丸を当て、行動パターンを変えるしかない。

 だが、まだサムアラの持つこの銃に生命体を小機鎧化する機能があるのか、はたまたその機能のある弾丸を撃っているのに過ぎないのか、そこはまだわからない。

 ヘッジホは起きた事象を歓喜するだけで、法則性などは調べようとしなかった。もしサムアラが今ここでその機能の分析を行なおうとしても、小機鎧化していない人間はいないし、生体実験を行うにしても、時機を逸している。

 やはり、ファルガを止める為の射撃でそこに実験の意味も持たせるしかない。

 それと気になる点がもう一つ。

 ファルガはあれほどのエネルギーをあの小さな体から発しているが、その限界も近いだろう。もし、あの力を使い切ったとしたら、小機鎧の皮膚はどうなるのだろうか。変異させた人間を捨て、また何らかの形……弾丸にでも戻るのか、はたまた今度は捕食という方法で新しいエネルギーを補充するのか。

 いずれにせよ、『小機鎧』という科学の粋でありながら『機鎧』の技術とはまったく種の異なるシロモノを、実験もろくにせず使用したヘッジホの軽率さには怒りを通り越して呆れる事しかできない。これを実験だといわれても、こんな取り返しのつかないものが実験であるはずがないし、実験と認めるわけにはいかない。

 高度を維持し続けるファルガに近づくため、サムアラはできるだけ背の高く火災の影響を受けていない建造物を探すのだった。

 だが、サムアラとエンゴモが延焼していないビルディングを見つけ出して移動するには、時間がかかりすぎた。

 元々のファルガの能力なのか、小機鎧化した際の背にあるブースターの噴射による能力なのかは定かではないが、他の小機鎧に比べ、ファルガであった『それ』は、軽やかに宙を舞った。それ故、どの建造物に必死になって登ろうと、ファルガであった小機鎧を狙える高さに到達する頃には、ファルガは別の場所に移動していた。

 更に、ファルガに対する射撃を難しくしているのが、行く先々にいる一般市民が変化した小機鎧だった。

 彼らの戦闘能力は一般人に毛が生えた程度ではある。それゆえ、技や力の面では厳しい戦闘訓練を受けたサムアラやエンゴモの方に分がある。だが、とにかくサムアラやエンゴモの攻撃が通らないのだ。例え身体能力が人間であっても、全身に甲冑を身に纏い、更に小機鎧特有の飛び道具を持っているとすると、容易には接近できず、ダメージを通すこともできない。

 それでも、ファルガを巡る戦闘に臨むにあたって、一般市民の小機鎧との戦闘は無駄にはなっていなかった。

 一般市民の小機鎧から銃を奪いながら戦闘をし続けることによって、どの部分が弱点となるのか、だんだんわかってきた。

 狙いは眉間部の薄黄緑色に輝くLEDランプだ。そこに弾丸を当てることで、LEDランプの点灯が消え、暫くの間その小機鎧は動きを止める。ランプに再び明かりが灯り、活動を再開するまでには凡そ五分程度かかるようだ。

 その間に、小機鎧の持つ小機鎧化銃を奪う事で、彼らは戦闘力を失う。銃を失う事で戦意をも失うらしかった。行動パターンを規定するプログラムに、小機鎧化銃を使ったパターンが組まれていると、その時点でエラーを返すからかもしれない。

 銃を持っていない状態だと若干意思の疎通も可能そうには見えるが、こちらの言葉に興味は示すものの、彼らは言葉を発する事はできず、筆談を試みてもそこまでの知能は持ち合わせていないように感じられた。一般人から変化した小機鎧は、小機鎧化銃で撃たれた際の発砲者の命令に準ずる感情らしきものを基本に行動指針を決定しているようで、その変更は眉間のLEDランプを狙撃する事で、命令の書き換えができる事がほぼ決定的となった。

 サムアラとエンゴモは銃をうまく使って眉間のLEDに弾丸を当て、消火の命令を注入する事で、徐々に小機鎧の消防団を作ることに成功しつつあった。

 ただ、ファルガの暴走は衰えを知らず、都市の火災はどんどんその規模を拡大していく。

 エンゴモたちにはその相手こそ確認できなかったが、ファルガは何かと戦っているように思えた。その対象ははっきりしないが、小機鎧化した際に刷り込まれた仮想の相手と熾烈な戦いを行なっているようだった。

 ファルガが結果的に掴んでしまった弾丸に、もともとは首相ヘッジホが、強力な刺客であるファルガに対抗する為の命令を込めていたとしたら、小機鎧化したファルガが、仮想対神勇者で行動していることは十分に考えられ、この災害の発生も納得できないところではない。

 火災の原因は、ファルガが放つ小規模の氣功術≪八大竜神王≫らしく、氣功術が得意であったファルガからすれば当然の帰結ではあるのだが、生命エネルギーを熱と光と音として放ち、対象を破壊するという意味では、直接放火しているのではなく、建造物にある可燃性のものや破損すると発火するような建造物の設備が≪八大竜神王≫によって破壊され、火を噴いたというのが、今回の大火災の根本原因のようだ。

 それに気づいたサムアラたちは、鎮火の困難さに思わず立ち尽くした。

 それでも、現状を打開するには、火災を止めるしかないし、ファルガの行動を止めるしかないのだ。

 恨めしげに上空のファルガを睨むサムアラの視界の一部、燃え盛るビルディング群の向こう側に何者かの巨大な影がよぎった。

 彼らはそれが何者であるかはわからなかった。

 ただ、その容姿は巨大な甲殻類のように見えたのだった。

 その巨大な生物の影に、流石の小機鎧化したファルガも動きを止めた。

 次の瞬間、サムアラとエンゴモは奇跡を目の当たりにした。

 言葉で表現するのは難しい。

 エンゴモは元々言葉で表現する事が得意でなかったこともあるので、そう言う表現を用いる事も多かった。しかし、サムアラは多言語に精通し、幾つものスパイを掛け持ちした事もある敏腕の女性工作員だ。その彼女が表現に困る現象が起きるということは生半可な状態ではない。

 サムアラは表現する。

「燃え盛る空間ごと掻き消え、すぐに火の消えた空間が現れた」

 と。

 巨大な甲殻類が無音で破裂した瞬間、周囲の空間が歪んだように感じられ、燃え盛っていたビルディングの空間が鎮火の終わったビルディングの空間に差し替えられた。

 何が起きたのかよくわからない。

 そう言いながらサムアラの綴った言葉が先述の通りだった。結果だけ見たらそう見えるということか。

 そして、上空に佇むファルガも差し替えられたのだろうか。

 眉間のLEDが消灯している。

 恐らく五分間は機能停止しているはずだ。

 だが浮遊を続けているということは、まだ意識があるということなのか。

「ファルガさん!」

 ファルガの漂う最寄りの建造物に飛び込んだサムアラは、外付けの非常階段を駆け上がりながら、ファルガの名前を絶叫した。

 ファルガであった小機鎧は、その声に反応はしているものの、どのように反応していいかわからず戸惑っている。

 まさに他の小機鎧と同じ反応をする、ファルガであった小機鎧。

 巨大なビルディング群の向こう側に姿を見せた巨大な甲殻類は、いつの間にか姿を消していた。

「チャンスは一度だけだ。

 幼き神勇者が、お前の元に向かっている。その者が連れている存在が、お前たちを救うだろう」

 音ではない言葉を聞き、思わずサムアラは非常階段の踊り場で立ち止まった。

 聞いたことのない声。この状況で彼女の傍にいて語り掛ける存在はエンゴモのみ。しかし、彼の声とは異なる上、話し方も言語も違っていた。

 いや、言葉で話したというよりは、その状況が一つの形として彼女の頭脳に入り込んできた、という表現が正しいかもしれない。

「幼き神勇者……。よくわからないが、増援はあるということなのか」

 納得はしていないが、立ち尽くしても仕方ない。

 何かしなければ状況は変わらない。第三者の介入があるならそれはよし。その機を逃さぬようにする為、動く。

 サムアラは、ファルガが活動していない今のうちに、彼の眉間に小機鎧化銃の弾丸を撃ちこみ、彼を完全停止させるのが最善の策だと結論付けた。

 仮にその幼き何者かが、来ようが来まいが……。

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