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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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225/253

少年のリハビリ2

 軍医オリマの準備したリハビリプログラムを終了したギュー。

 そのプログラムは、兄貴分である神勇者ファルガ=ノンが軍医オリマに頼み込み、ギュー向けに特別に設計してもらったものだった。

 その内容はといえば、心魂と肉体が剥離しかけてしまっていたギューの身体を整え、本来の状態に戻すためのもの。それと同時に、今後も続いていくギューの社会生活を豊かにするためのプログラムでもあった。


 ギューはギラオ界元の神勇者となったが、その年齢は五歳。

 身体こそガイガロス人の特性を受け継ぎ成長が早く、五歳にしてほぼファルガの肩くらいまでの背丈になっている。そのため、神勇者としての力を習得するのに時間はかからなかった。

 彼の成長が著しく早くならざるを得なかったもう一つの理由が、ギラオ界元の魔神皇による異常なまでの侵攻の速さだった。

 ギラオ界元の神闘者は神勇者より先に誕生し、鍛錬により力をつけると、神皇……彼ら『魔』から言わせれば妖神皇……を討伐する為に一気に『妖神皇』の拠点に攻め込んできた。ドイム界元で言えば、ちょうど神勇者ファルガと神賢者レーテが『巨悪』グアリザムの居城である彗星城に攻め込んだのと同じ状況だ。攻め手と守り手が逆ではあるが。

 その時、ギューは突貫で神勇者としての力を高めるための鍛錬中だった。

 神皇により『巨神斧』を与えられたギューは、赤い超神剣の装備の鎧『朱神鎧』に身を包み、仮想の魔神皇との戦闘に明け暮れる。その戦歴はといえば、白星が黒星を大幅に上回っていた。まさに魔神皇を狩る技術と能力に特化した鍛練を積んでいるといって良かった。

 ただ。

 ギューは知らなかった。

 自身が仮想の魔神皇を何度も倒している間に、間隙を縫って襲ってきた神闘者によって、神皇は瀕死の重傷を負わされていたことを。

 ギューの鍛錬用の疑似仮想空間を作っていたために力が分散されてしまい、神皇そのものが戦う力を十分に確保できず、神闘者の急襲により瀕死のダメージを負ってしまったのだ。

 最高次である神皇でも超神剣の攻撃はダメージを受けてしまう。『聖剣』が高次の存在に干渉できるように、超神剣は最高次の存在に唯一干渉できる武器なのだ。

 鍛錬中のギューを護るための疑似仮想空間が弾け、少年が大地に降り立った瞬間、眼前に広がるのは死闘の現場だった。

 神皇は地面に倒れ込み、向こう側が視認できる程に半透明になっている。その存在感や力が、正に失われようとしていた。

 神皇は叫んだ。しかし、その声は消え入りそうなものとなってしまっていた。

「ギュー。

 魔神皇を倒せ……!

 私が消滅すればいずれにせよギラオ界元は消える。

 我々が仮に消滅しても、『魔』の存在を認めるわけにはいかないのだ」

 ギューは『朱神鎧』の背面部から巨大な戦斧型超神剣『巨神斧』を分離させ、下から打ち上げるように構えた。そして、そのまま体を開かず腰を落とし、ギラオ界元の神皇にまさに止めを刺さんとする神闘者を待った。

 仮想とはいえ魔神皇を何度も屠っているギューからすれば、神闘者を倒すのは造作もなかった。そして、幼子特有の残酷さと自身を特別視する『主人公意識』は、神皇の言葉を忠実に再現させた。

 ギューは、ギラオ界元歴代最強の神勇者だったに違いない。『見守りの神勇者』達が到着したときには、ギラオ界元での『精霊神大戦争』はすでに終結していた。

 そして、ギラオ界元の未来もまた終結していたのだった。


 長く短いリハビリを終え、ギューは医務室から外に出た。

 二週間以上ぶりの屋外だったが、さして変わった様子はない。確かに、二週間という時間では惑星レベルでの変化に大差があるわけがない。

 基地からは砂漠の遥か遠くに岩柵が見え、その向こう側は雨雲と思われる薄暗い雲で覆われていた。

「オリマ先生はもう大丈夫って言ってたっけ。少し試してみようかな」

 ギューは『基地』(ホーム)の建物から少し離れた、砂漠の際に立った。

 体調を知る上で、『氣』のコントロールができるかできないかは大事な要素だ。

 コントロールの範囲内で高まればよし。コントロールした状態での『氣』が想定より高まらなければ問題だが、想定より高まりすぎているのもまた問題なのだ。

 ギューは腹部にあるとされる丹田に力を入れ、生命エネルギーである『氣』を練り始めていた。

 不思議な感覚だ。

 以前『氣』のコントロールをした時は、相当に気を使わなければ抑えきれなかった『氣』の力。一歩間違えれば暴れ馬のように、エネルギーの奔流をあちこちに吐き出し続ける。

 だが、今日のギューは、以前よりあっさりと『氣』のコントロールが出来たらしかった。

 体の細かい所まで感覚が行き届く。不思議な感覚ではあるのだが、決して不快なものではない。以前と変わらぬ迸る力はあるが、その力のコントロールが容易になっている気がする。

 ギューは知る由もないが、一度剥がれかけた心魂が、安静という休息を経て体との繋がりを強化したことと、ファルガの考案したプログラムの実践により、ギューの身体が筋力や『氣』の力の繊細なコントロールを覚えてきたことが原因だった。

 「何となく『氣』が柔らかいな。これなら自由に形や質を変えられる気がする。マナ術でも」

 ギューは掌底を天に向けると、父ガガロが得意としていた≪雷電光弾≫を使うために、岩柵の遥か向こう側に見える雨雲を上空に呼び寄せ、掌底に稲妻を何発か落とした。

 天に向けた掌にスパークを伴う光の玉が発生する。この輝きが稲妻を球状にして掌底に納めたものであり、この高熱高電圧の玉を敵にぶつけることでダメージを与える術だ。

 ギューはそれにまた一手間加える。その光球を潰し、円盤状にしたのだ。回転をその円盤に加えることで対象に切断という追加ダメージを与える強力なマナ術が誕生した。

 「≪雷電光斬≫!!」

 ギューの掌から放たれた円盤は亜光速で飛行し、狙いをつけた岩柵の一部に、溜め息が出るほどに美しい切断面を残して飛び去っていった。光の円盤が通過した後は、岩柵の切断面の縁が高熱を帯びて赤く輝いている。

 「……できた。前は雷球を円盤にすることも難しかったのに」

 ギラオ界元の魔神皇に致命傷となる『巨神斧』の一撃を当てるために、直前に大ダメージを与える事で動きを封じた、偶然の産物で発動したマナ術≪雷電光斬≫。

 長期化しそうだった戦闘を終結させるきっかけを作ったこの術は、今のギューにとって再現は容易だった。

 ギューは新術の威力の高さと、それ以上にその術を実行可能になった自分自身に対して驚愕するのだった。


 『基地』(ホーム)に戻った緑色の髪の少年。

 彼の向かう先は、科学者ドォンキの部屋だった。

 『基地』(ホーム)の司令官パクマンの親友でありライバルであり同じく十賢の一人でもあるドォンキ。

 彼であれば、パクマンの身に何が起こったのか知っているに違いない。

 ギューがベッドに横たわったまま夢見心地で聞いた言葉が本当であれば、パクマンの機鎧の撃墜、そしてパイロットの死が確定する事になる。

 だが、俄かに信じられなかった。

 新機鎧を開発する為の動力となるかもしれない『氣』と『真』(マナ)

 そのエネルギーを他の科学者たちに見せ、データを取らせる事で新機鎧の開発に協力する事を目的とした、新首都の兵器機能試験エリアでのファルガとギューの戦い。

 この戦闘で放たれた攻撃は、剣と斧の衝突による一撃だけだったが、列席した科学者たちに異次元の世界を見せ、同時に希望と恐怖を垣間見せるには十分だった。

 『氣』を使った斬撃は、核融合など比較にならない程の圧倒的なエネルギー変換率を持つ。この戦闘によりその事実が科学者の心に深く刻み込まれることになった。 

 そして。

 砂漠で行われた機鎧と新機鎧の模擬戦。

 この戦闘は、本来のギューの戦闘スタイルとは大分異なる。

 ……というより全く別物であったといっていい。それでも、ギューは全力を尽くし戦った。その為、敗れたとはいえ彼の中では最高の戦いの一つとして記憶に留まる事になった。

 彼にとって初めての機鎧の戦闘。

 しかし、それは戦闘に用いる媒体が違うだけで、彼にとっては全てが常に全力だった。

 そして、その戦闘はパクマンという人間の持つ類稀なる強さをギューの中に記憶させた。それはまさに、先輩であり強大な力を持つ神勇者ファルガと同じくらいの位置づけとして、パクマンが彼の心に鎮座するようになった事を意味する。

 全力のギューと互角の戦いを行なえる存在。戦闘媒体こそ違えど彼の中に、明確な記録を残したのだった。


 ドォンキがいない。

 不思議なことに『基地』(ホーム)でドォンキを見かけた人間がいないというのだ。『基地』(ホーム)内の会合には欠席し、食堂にも姿を見せていないという。

 いつから目撃情報がないのかを遡ると、パクマン死亡説が流れた時期あたりからだということが聞き込みで分かった。

 まずはドォンキの部屋を訪れてみれば、何かわかるかもしれない。そう思って彼の部屋を訪れたギュー。

 感じたのは違和。

 その場に『氣』を持つ者が居なくとも、かつて居た痕跡はある。

 これは『残氣』といわれるもので、『氣』の主がその場に居たときに発せられた『氣』が、その場に何らかの形で残り、本人の情報を残したまま『真』(マナ)化したものを指す。

 いわゆる残留思念と呼ばれるものもこの一種なのだが、今ここにあるものは、『氣』でもないが『真』(マナ)に遷移しきったものでもない。なんとも中途半端なものだった。

 近くにドォンキはいる。

 しかし、生きているわけではなさそうだ。では死んでいるのか? だとしたら誰かによって殺されたのか? だが、その痕跡はない。自然死? それならここにドォンキの遺体があってもおかしくない。しかし見当たらない。なぜ? そう考えたとき、死んでもいないという不思議な状態であることに気づく。

 『氣』から『真』(マナ)へと遷移する過程は確かに存在するが、その状態で停止しているなどということは、通常ではあり得ない。

 ドォンキの身に一体何が起こったのか。

 ギューはその『残氣』を辿っていて、隠し通路を見つけた。それは非常に巧妙に隠されており、探索術≪索≫でないと探し出すのは不可能だった。

 ギューは発見した隠し通路に向かってゆっくりと歩みを進めた。

 ドォンキの部屋から少し通路に入ると闇に包まれるが、探索術≪索≫を使えば、周囲の状況を把握するのに光はいらない。

「こんなに便利な術があるんだぞ」

 兄貴分であるファルガにそう言われ、必死になって習得に励んだ術が、今この場でも役に立つ。

 ゆっくりと長い階段を降りていくと、徐々に進行方向が明るくなってくる。その光を求めて進んでいくと、広いホールに出た。

 円形ドーム型の建造物の内側を想像させる造りの空間の中心に、円柱形の槽があり、その中に膝を抱えるようにして何らかの液体に浸かっている人影がいる。その槽に繋がる何本ものパイプの太さは様々であり、それらのパイプは槽の横に仰々しく鎮座する幾つものコンピューター端末に繋がっていた。

 槽の中にいる人影は、中が若干輝いているせいか表情は勿論の事、人物の人相についてもうかがい知ることはできなかったが、筋骨隆々とした成人男性であるようだった。

 そしてその隣にある、人口冬眠機を連想させるケースの中に横たわる人間は、なんとパクマンその人だった。両手足を切断された痛々しい姿のままだったが、表情は安らかだった。

 円柱形の槽を挟んだ反対側には、小さなケースがあり、そこにはドォンキの顔があった。

 よく見ると、どう見てもドォンキの首から下がない。機械の影に入って見えない訳でもない。

 ドォンキは何者かによって斬首され、このケースに入れられたというのか?

 神勇者でありながら、怪談が苦手なギューは、自分の背中に嫌な汗が流れるのが分かった。

「よく来たな、ギュー君」

 ケースに入った生首が突然喋り出したのは、ギューにとっては衝撃だった。

「ぎゃああああああっ!!」

 思わず悲鳴を上げ、しゃがみ込んでしまったギュー。逃げ出そうとするが、腰が抜けてしまって立ち上がれない。

 そんなギューを見て高らかに笑うドォンキの生首。

「いや、すまんすまん。驚かすつもりはなかったんだがなあ」

 申し訳なさそうな表情を浮かべる生首だが、その口元は歪み、完全に笑いを押し殺していた。まるで悪戯を成功させた小学生のような笑みだ。

 「ドォンキさんなんですか? 何でそんなところにいるんですか? ホログラムか何かなのですか?」

 恐る恐るケースに近づくギュー。両手をケースに当てて、覗き込むようにケースに額を押し当てた。

 確かにドォンキの頭部だ。だが、何かが違う。蝋人形の頭部とも違う、生々しい頭部ではある。だが切断面があるわけではない。自然な形状としてそこにあった。

 「ホログラムではないぞ。れっきとした俺の頭だ。ただ、機能の移植中でな」

 「機能の移植……? 機能って……」

 ギューは頭部の入ったケースから一度目を離し、ドーム状の空間に鎮座する不思議な機械の全体を見回す。

 だが、想像のつかないギューは、もう一度尋ねようとケースの中の生首に目を戻したが、ドォンキの頭部は目から上だけになっていた。

 「ぎゃああああああっ!!」

 耳元で絶叫されたドォンキは顔をしかめたようだったが、顔面部をほぼ失っているため、それを見ることは叶わなかった。

 「うるさいのう。そんなに耳元で叫ばんでも……」

 ドォンキの嘆きが悲鳴を上げ続けるギューの耳に微かに届く。ドォンキの頭部がケースの中から完全に消えたのは、それからすぐだった。


 ドォンキの頭部が消滅してから、暫くの間ドーム状の空洞には静寂が訪れた。

 何の機能があるのかわからないこのマシンだ。しかし、この空間に存在するオブジェクトの形状を考えると、液体の満たされた円柱形の槽の中にいる人型の何者かに対して何かしらの変化や変更、修正といった類いを与えるものであることは想像がつく。

 そして、消滅間際のドォンキの言葉から推測するに、円柱形の槽にいる人型の何者かに機能を移植しているということなのだ。

 機能とは、人体の臓器の事を指すのか、それともドォンキの持つ知識や才能などを機能と呼び、それを移植しているというのか。

 このタイミングで、ギューはこの大きな装置を裏側から見ていないことに気づく。急いで反対側に回ってみると、パクマンの遺体が収められていた人口冬眠機を彷彿とさせる装置と同じものがもう一機あり、その中には先程まで会話をしていた科学者ドォンキが横たわっていた。

 こういう時こそ≪索≫を使えばよかった。

 ギューは思わず後悔する。恐ろしがっている場合ではなかったのだ。

 モーターが回り始めたような音が背後から聞こえる。振り返ってみると、音はパクマンの遺体が横たわっているほうの装置からしていた。

 今度は見逃すものか。

 ギューは≪索≫の円を広げ、装置の中でパクマンの遺体に何が起きているのかを調べることにした。

 『氣』と『真』(マナ)。その濃度が最も濃い存在が生命体であり物質だと、ギラオ界元の神皇に教わった。

 あのときはただひたすら聞き流し、力を高めることに従事していたギュー。

 だが、今はその知識の大切さがわかる。

 ギューは、気づいてしまった。

 パクマンの体に、細い管が何十本もつけられていることに。欠損した両手両足部は、止血のために雑に縫合された感じだが、その部分に集中してその細い管が繋がれ、その中を透明な液体と赤い液体が流れる。その流れはパクマンの体に送り込まれ、パクマンの体から流れ出てきていた。

 微かに『氣』は感じるが、迸る生命エネルギーという感じではない。どちらかというと、早朝靄に包まれた山道に佇む空気のような、少し肌寒く落ち着いた感じだ。

 生きている? というより生かされている感じだ。

 自力で心臓を動かしていないため、本来であれば既に生命活動を停止している状態であるといわざるを得ないが、外的な力により強制的に新鮮な血と栄養分が送り込まれている。

 パクマンの身体が完全に死ぬ前に生命活動に準ずる現象を、外的刺激により強制継続することがパクマンの体で成立してしまっている。

 復活の可能性を加味していない、限りなく低い延命措置。

 『氣』ではないが、『真』(マナ)にもなっていない半端な状況。

 この状態こそが、パクマンが無理矢理生かされているという探索術≪索≫の示した検知結果なのだった。

 パクマンの身体全体から、非常に細かい泡が立ち始める。その泡は細かく揺れながら装置内を上の方に登っていく。

 この人口冬眠機のような機械には、液体が満たされていたのだ。

 ギューは初めてそれに気づいた。

 全身から登る泡の量がどんどん増えていき、泡で内部が確認できなくなった時、先程ドォンキの頭部が入っていたケースに、パクマンの頭部が浮かび上がる。

「……パクマンさん……」

 ギューは思わずケースの傍に駆け寄る。だが、ケースを覗き込むギューに対しての明確な反応はない。どちらかというと、朦朧として前後不覚といった状態のようだ。

「何故意識があるのだ……? 私はあの赤い弾丸にコックピットごと貫かれ、機鎧もろとも爆発したのではなかったか? あの時、私は死んだと思っていたが、違うのか? 夢の中にいるようだが、実際はどうなのだ……」

 パクマンの声に間違いはなかった。

 だがその声は酷く頼りなく、周囲の状況の把握が一切出来ていない。そんな印象だった。

「パクマンさん!」

 ギューはケースを何度も叩き、パクマンの意識を自分の方に向けようとした。

 だが、パクマンの意識が冴えることはなかった。ただ、何者かに呼ばれているのはわかったようだ。

「……誰だ、私を呼ぶのは……。何か聞こえるが、すまないな、良くわからないのだ」

 パクマンは、焦点の定まらぬ目で明後日の方向を向き、申し訳なさそうに呟いた。

「パクマンさん! パクマンさん!」

 せっかく再会できたパクマンがどこかに消えてしまいそうで、ギューは何度も何度もパクマンの名を呼ぶ。

 だが、呼びかけも虚しくパクマンの首も、先程のドォンキ同様徐々に失われていった。

 機能の移植。

 先程までこのケースの中にいた生首・ドォンキはそんなことを言っていた。

 しかし、移植というのは円柱形の槽の中にいる人影に為されるということなのか? 何の機能を?

 ギューは涙で滲んだ視界の中心に、円柱の槽の人影を捉えた。

 パクマンの身体が入っていた容器に満たされた泡が徐々に消失すると、パクマンの身体は既に存在していなかった。慌ててドォンキの横たわる容器を確認するが、ドォンキの身体も失われている。

 ギューは涙を拭うと、槽の中の人影をじっと見つめた。

 少年は確信する。

 この二人は、どちらかの命が失われようとした時、あるいは失われた時、この人影に『機能』を移すと約束していたのだ。

 そんなことできるのか? 移植するとしたら、何をどこまで? そもそも何のために?

 ギューが大人程の常識に汚染されていたら、様々な否定から入っていただろう。

 ギューはどれほどの修羅場を潜ってこようとも、まだ少年だった。

 理屈だとか理論だとかはわからない。更に言及するなら、そんなことはどうでもいい。

 ただ、二人は約束を果たしたのだ。

 そして。

 誕生する。

 最強の戦士であり機鎧乗りだった者の技術と、ファミスの十賢と呼ばれた叡智を兼ね備えた一人の存在が。

 円柱形の槽内部の液体が徐々に失われていく。

 溶液が完全に機械に吸引されたと同時に、培養槽の側面の透明なガラス部がゆっくりと機械の中に収納されていく。

 後には、髪の長い成人が立膝をついた状態で蹲るように、そこにいた。


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