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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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223/258

首相官邸にて2

 二人の潜入捜査員と共にドメラガ国籍を持つファミス人・サムアラが、数少ないドメラガ国首都メガンワーダの生き残り達の元に戻ったのは、正体不明の侵入者を捕縛し、取り調べを開始してから一時間ほど過ぎた頃だった。

 中間報告と称し、金に物を言わせた装飾を施した執務室の奥にある、寝室とプライベートルームが一体化したヘッジホの部屋にサムアラと二人の黒いスーツの男たちが入っていく。彼らはソファに腰かけゴルフクラブを磨くヘッジホの前に立った。

「……どうだ。奴の正体がわかったか?」

 ちらりと三人の黒スーツの者達に視線を移した後、再びクラブを磨き始めるヘッジホ。彼がゴルフを行うゴルフ場がこの星上に残っているのかどうかは全く不明だが、そのような想像は働かないのだろうか。人がいなければ、今まで提供されてきたサービスなど何も使えなくなる可能性があるというのに。いくら人がいなくなった世界を征服したところで、誰もその権力に跪く者などいないというのに。

「総理。かの者の自白を促すのに、身体に苦痛を与える拷問では効果が得られませんでしたので、新薬を用い自白をさせました。この自白剤はあくまで本人にとっての真実の吐露を促進させる薬ですので、あの者の『真実』が実際の『真実』とは若干異なる場合もある事をご承知おきいただいた上で、取り調べ結果を報告させていただきます」

 サムアラは、ファルガから聞いたファミス国の機鎧の開発状況を、自白剤を使って聞き出したように伝えた。ドメラガの中型機鎧と同程度の寸法の機鎧の開発に着手していること。核融合炉のサイズの問題で現在は開発が頓挫していること。彼がこの地を訪れたのは、何度もファミス側から送ったメッセージに対しての応答がないため、ドメラガの調査に赴いたのだということ。

「ふん。その割には随分暴れまわってくれたじゃないか。奴がここに潜入したということは、あの番犬どもも小機鎧どもも、まるで役に立たなかったということだろう」

 ヘッジホは面白くもなさそうにクラブを磨き続けていたが、ふと邪悪な笑みを浮かべた。

「あの妙な格好をした青年がそれほどの身体能力を持つなら、小機鎧にしてもかなりの戦闘能力を持つはずだ。『編集』して、側近にするか、ん?」

 目線をあげることすらせず、ヘッジホはさも自分が面白いことを口にしたかのように含み笑いをした。

 まさか、あの青年さえも実験の材料にするつもりなのか。この欲望にまみれた男は……。

 サムアラの表情が一瞬固まる。どうも彼女の脳裏によぎったのはあまりいい記憶ではなさそうだ。

「小機鎧の技術は完成している。ただ、その元となる人間の力が弱すぎるのだ。だから、あの男にいいようにやられてしまった。

 だが、人間を『編集』して何倍かの身体能力を手に入れたはずの小機鎧をものともしないあの男の身体をベースにすれば、最強の小機鎧が出来るに違いない。

 もう一度あの男をここに連れてくるのだ。特別に見せてやる。最強の小機鎧を」

 何かを口にしようとしたサムアラ。

 突然地底の奥から響いてくるような轟音が、周囲の空気を激しく揺らす。地下に設営されたシェルターですら大きく揺れるほどだ。

 サムアラを始めとする黒いスーツの男たちは直立していることが出来ず、壁や床に手をつく。ヘッジホは不安のあまり腰を上げようとするが、横揺れが凄まじく立ち上がることが出来ずそのままソファに倒れ込んだ。

「な……、なんだ、何が起きた?」

 ヘッジホが驚くのも無理はなかった。

 防音効果は完璧で衝撃にも強いシェルター。少し距離はあったとはいえ、デモガメが完全消滅したときの爆風も衝撃波もこのシェルターには全く影響を及ぼさなかった。

 今回の振動の原因は、先の爆発よりも大きな何かが起こったからだと想像するのは難くない。

 直後、はっとしたように気づくヘッジホ。

 まさかとは思うが、ファミスの救援隊があの青年を救出しに来たとでもいうのか。ファルガを万が一勾留していることがファミス側に知れればさすがにファミス側もアクションを起こさざるをえないだろう。そして、その時ドメラガを含む世界情勢はどう動くのか。

 ヘッジホは、黒いスーツの男たちが拷問したとされる独房の様子を確認するために自ら走った。いつもならば自分は動かず他人任せにする肥満気味の禿げた男が必死になって。

 サムアラと数人の黒いスーツの男が後について走る。

 遅かった……!

 扉に穿たれた覗き窓から見ることのできた独房の中の様子は、想像を絶するものだった。

 扉の設置された壁とは反対側の壁がそのまま枠ごと外されたようにくり貫かれており、穿たれた穴は地上に向かって斜めに延びている。数十メートルは続く通路と化した独房の壁の向こうには、白い光が見える。先程の衝撃はシェルターの壁を突き破り、地上までの通路を作る際のものだったということなのか。

 しかし、どうやって?

 サムアラは息を飲む。確かに出来るだけ派手に独房から脱出してくれ、とは伝えたが、これはいくらなんでもやりすぎだ……。しかも、深夜帯に実行に移してほしいと告げたはず。

 しかし、あのファルガという青年は、シェルターの壁をぶち抜き地下数十メートルから地上へと抜ける通路を一瞬で作ることができる程の力を持っているということなのか。

 額に玉のような汗を浮かべて興奮するヘッジホと同様、またはそれを遥かに上回る驚きを覚えるサムアラ。

 やはりファルガという青年は規格外の力を持っている。ヘッジホに『編集』をさせるわけにはいかない。もしファルガがあの男に『編集』されてしまったなら、もはや誰も止めることのできない最強の人型兵器になるだろう。

「凄い……。凄いぞ……。これなら何者にも勝てる……」

 半ば狂ったようににやにやしながら何かを呟き続けるヘッジホを尻目に、サムアラは強く思うのだった。


 ファルガの昼間の行動から、彼と再合流する時間は深夜帯だと誤って伝わっていると考えたサムアラは、ヘッジホとその側近が寝静まったのを見計らい、再度独房へと足を運んだ。

 漆黒の闇の回廊を進む三人。ろうそくによる明かりだけが頼りだった。

 靴音だけが異常なほどに反響する。もう少し足音を殺せないかと思ったサムアラだったが、深夜にこの足音がどこに届くというのだろうか?

 日中と同じように見張りの部下を立たせたサムアラだったが、ファルガは現れなかった。

 確かに正確な時間を伝えていなかったのは失敗だった。どこかに隠れているのだろうか。だが、彼ほどの力があるなら隠れて行動する必要もあまり感じないが。それに、現状地上には彼以外動く人間はいないはず。

 暫く漆黒の独房で待機していたサムアラ。

 だが、やはりファルガは現れない。

 代わりに暗闇の中から現れたのは、既に就寝しているはずのヘッジホだった。傍に黒いスーツの男を四人配置し、それぞれが拳銃を構える。その銃口は、当然サムアラと二人の黒いスーツの男たちを確実にとらえていた。彼らは暗闇でも周囲の様子を見ることのできる暗視スコープを装着している。闇に紛れて逃亡はできなさそうだ。

 顔色は変えないが、明らかに焦りの色が隠せないサムアラ。だがこの状況下でなお口角が上がるのは、トラブルを予定外のイベントと捉え、常に処理を行なってきた豪胆なその気質故か。

「サムアラ。お前がファミス側の人間であることは知っていた。だが、お前は両親同様有能な人間だ。それ故、何とかこちらに寝返ってもらおうと待っていた。

 給金にせよ待遇にせよお前の意のままにしてやるつもりでいたのだ。

 だが、こんな形で決別とは残念だよ」

 ヘッジホはくるりと背を向けると、高らかに笑いながら独房から出ていった。

「最後のチャンスをやる。もし、俺に従うならお前の部下のエンゴモを殺せ。そして、その首を斬り落とし、トラコーンに持ってこさせろ。そうすればお前の忠誠を信じてやる」

 という言葉を残して。

「サムアラさん、すみませんね」

 トラコーンと呼ばれたサムアラより少し背の高い黒いスーツの男は、サムアラの耳元で呟いた。

「俺はドメラガの二重スパイでしてね。まあ、給金の多い方の仕事を優先するんですがね」

 エンゴモと呼ばれた少し背の低い黒いスーツの男は、憤怒の形相でトラコーンを睨みつけた。双方短髪で同じような服装をしているため、容姿としては体格で判断するしかない程によく似ている。

 今後ヘッジホさんの下につくなら、特別に俺の直属の部下にしてやりますよ。悪い話じゃないでしょう? どんなに意地を張ったってここから生きて出られなきゃ何の意味もないじゃないですか。ね?」

 そういうと、トラコーンはサムアラの耳たぶを咥え、長い舌をサムアラの耳にねじ込んだ。

「やめろ!」

 サムアラは激しく頭を振り自分の耳の中を這いずり回るおぞましいものを振り払うと、トラコーンから離れざまに鳩尾を狙って左の肘打ちを繰り出した。しかしトラコーンはその肘を左掌で難なく受け止める。

「いい動きだ。ますます気に入ったぜ。伊達に潜入捜査官はやってないよな」

 トラコーンは満足そうにそう言うと、振り返りざまにエンゴモの腹部に膝蹴りを入れた。

 エンゴモは苦痛に顔を歪ませながらも、トラコーンからその強い視線を外すことはなかった。

「……お前は俺を生意気な目で見るんじゃねぇぜ!」

 嘲笑を顔に張り付けたトラコーンは一度体を沈み込ませると、左足を軸にして巻き付けるように右足を天井向けて打ち上げる。そのまま回転を続けながらその右足を打ち下ろし、踵をエンゴモのこめかみに叩き込んだ。

「お前もずっとサムアラさんを見ていたよな。下卑た目でよぉ。

 お前も欲望を発散させたらどうだ? ん?」

 普通の人間であれば即死するだろう一撃。こめかみを抑えて蹲るエンゴモの方を見ながら、トラコーンは高々と笑った。そして、動けぬエンゴモを人質にとられた格好になったサムアラのワイシャツの首元に人差し指と中指を掛けると、一気に下に引きずり下ろした。ボタンが弾け飛び、年齢の割に引き締まったサムアラの上半身が露になる。四十過ぎとはいえ、常に過酷なトレーニングを積んでいたサムアラの肢体は美しかった。

 サムアラは露になった胸を隠すように腕を組みながら、直前まで部下だったはずのトラコーンを睨みつけた。

「ここからは、自主性にお任せしますよ。サムアラさん。……いや、サムアラ」

「……何だと!?」

「わかってるだろ? 俺が勝手に楽しむんじゃない。あんたが俺を楽しませろってことだ。そしてあんたも愉しむんだよ。我を忘れるほどに」

 漆黒の闇の中であっても、トラコーンの表情が下卑た笑みを張り付けているのがサムアラには手に取るようにわかった。こめかみ痛撃の苦しみに襲われているエンゴモも同様にそれを気配で感じとり苦渋に満ちた表情を浮かべていた。

「サムアラさん、やめてください! 俺は殺されてもいい。貴方だけは……」

 そこまで口走ったところで、横たわっているエンゴモの顔がトラコーンに踏みつけられた。エンゴモの口内が切れ、鮮血を吐きだす。頬から顎にかけて踏みつけられているため、言葉を発する事はできないが、呻き声だけは漆黒の闇に響いた。

「……黙ってろ。お前が殺されるのは確定要素だ。後は、この女がお前をどういう風に殺すかで、この女の命だけは助けてやるかどうかを決める」

 そういうと、トラコーンはエンゴモの後頭部をサッカーボールのように蹴り飛ばす。

 エンゴモは少し転がった後、人の声とは思えぬ変な音を口から発しピクリとも動かなくなった。

 トラコーンは、もう一度サムアラの元に歩み寄ると、スッと顔を近づけた。サムアラはおぞましそうに顔を背けるが、トラコーンは顎を掴むと無理矢理サムアラを自分の方に向かせ、そのまま唇に吸い付いた。

「……ちっ!」

 トラコーンは舌打ちをすると、顔を背け、何かを吐き捨てた。それは彼の口から流れ出た鮮血だった。サムアラはトラコーンの接吻を拒絶し、唇に噛みつく事で抵抗をしたのだった。

 トラコーンは無言でサムアラの頬を張り、次は返す拳で激しく打った。

 漆黒の闇の中、サムアラが床に倒れ込む音だけが周囲にこだました。

「糞が……。

 いいだろう。サムアラ、お前もこいつ同様殺してやる。俺にはお前に対する生殺与奪の権利が与えられている。

 俺がお前にこれから『死』をくれてやる。但し、簡単には殺さんぞ。

 ありとあらゆる苦痛と屈辱を味わわせてやる。死んだほうがましだと思えるほどのな。そして、お前は死を与えられる瞬間、俺に感謝をするんだ。殺してくれてありがとう、とな」

 トラコーンは、横たわったまま呻いているサムアラの髪を掴むと無理矢理立ち上がらせた。そして、銃を構えた四人の配下の人間に向かって突き飛ばす。

 トラコーンから送られてきたこの女を『慰み者にしてよい』という指示と理解した男達は、サムアラを抱き止めるとそのまま欲望のままに体を動かそうとしたその瞬間。

 独房に閃光が走る。

 暗視スコープをしていた四人の黒いスーツの男は、悲鳴を上げ目を抑えた。ある者は余りの眩さに目を掻きむしり、またある者はスコープを外そうとしてパニックに陥り、そのまま奇声を上げて倒れ込んだ。

 ほんの僅かな光源で周囲の様子を目視できるようにするツールである暗視スコープにとって、閃光はまさに大敵だった。

 サムアラは激しく殴打され立ち上がれない程にダメージを受けたはずだったが、それが徐々に霧散していくのが実感できた。

 周囲はすぐに漆黒の闇に戻ったが、彼女はゆっくりと立ち上がると倒れてのたうちまわる四人のうちの一人から暗視スコープを奪って装着し、辺りの様子を伺った。

 そこには、床に倒れ込んだ四人の黒いスーツの男と、先程頭を蹴られ瀕死の重傷を負ったと思われるエンゴモの傍に跪き、何か処置を施している青年がいた。

「……ファルガさん……!」

 サムアラは感情を抑えきれずに、歓喜の表情で遅れてきた神勇者を迎えたのだった。

「サムアラさん、とりあえず奴らから服を奪って着ましょうよ」

 サムアラが上半身裸なのに気付いていたのだろう。ファルガはそういうと、敢えてサムアラに背を向けてエンゴモに向かって何かを始めた。

 ファルガのかざした掌底が薄く輝き、エンゴモにも徐々に力がみなぎってくる様子がサムアラにはわかった。

「あれは生物光子……。肉眼で観測できるほど強力なものは初めて見た」

 サムアラは輝くファルガのかざされた掌から青白い光がエンゴモの体に移っていくのをみた。ややあってエンゴモは気だるそうに立ち上がる。

「す……、すまない。不覚を取った」

「貴方達がドイム界元の氣功術≪回癒≫で回復できる身体でよかったですよ。俺には、それしかしてあげられない」

 ファルガはエンゴモに対してニヤリと笑った。

 トラコーンは、上ずった声で喚く。

「な……、何なんだお前は」

 短絡的な質問だとは思ったものの、確かに生まれてこの方見た事のない『氣』の輝き、オーラ=メイルによって目を焼かれた部下を目撃し、同時に自分が打ち倒したはずの二人の人間を再び立ち上がらせる。この異常な状態では、洒落の利いた粋な質問などできるはずもない。

 術という概念のないこの界元の戦士たちからすれば、突然眼前に現れたこの青年のやっていることは、神か悪魔の所業なのだと感じられたとしても仕方のない事だろう。

「俺は、サムアラさんやあんたと出会って間もない。

 だけど、その短時間に信頼と裏切りを見た。少なくとも、あんたは俺が背中を預けられる人間ではなさそうだ。

 ……押し込ませてもらう」

 そういうと、ファルガはトラコーンの後ろに素早く回り込んで左手でシャツの頚部に指を掛け首根っこを固定し、右手で腰のベルト部を掴むと、盾のようにかざしながら独房の扉をぶち破り、そのまま突進する。首根っこを押さえられたトラコーンは悲鳴すら上げられず顔面から独房の扉にぶつかり、激痛と共に頬の骨と額の骨が砕けたような音を聞いたが、先程打倒した二人が感じたとされる気を失いそうな激痛が徐々に小さくなり消える様を体感した。

 トラコーンが次に受けた衝撃は、ファルガの盾として進行する際味方の黒いスーツの男の放った銃弾を何十発も身体に受けたにも拘らず、覚えた激痛が徐々に溶けていく不思議な感覚だった。

 ファルガは日中に独房で行われた疑似的な取り調べの時に、この頃はまだ敵だと思っていたサムアラを盾にしてヘッジホの所に進攻することをイメージしていたが、結果トラコーンの身体を盾にして驀進する。

 凌辱しようとしていた自身が何倍もの苦痛に晒されている男にとっての、長く短い回廊の終点は木製の扉だった。

 トラコーンはそこで盾の役目を終え、そのままの勢いで投げ捨てられた。彼はそのまま床を滑るように飛んでいき、壁に激突するとそのまま床に身体を投げ出し失神した。

 深夜に起こされたヘッジホはそのまま彼の悪趣味な執務室にいた。

 時間帯的にも深夜であったため、ボディカード役の黒いスーツの男も室内に三人と決して多い人数ではなかったが、命を狙われる可能性がある立場ならば当然防衛策は打っておかなければならない。

 その為の布陣を敷いていたつもりだったが、突進してきた青年の構えていた人盾に全てを阻まれ、投げ捨てられたその盾に直撃した黒いスーツの男たちは、盾の男同様気を失った。

「さて……、やっと話ができるようになったな。ヘッジホ首相」

 ファルガの憤怒の表情を見て、ヘッジホは上ずった声で呻くように降参の意志表示をする。こんな化け物とまともにやり合えるわけがない。その瞳は完全に怯え抵抗の意志など微塵もないように感じられた。恐怖と絶望のあまり、彼は直立している事すら困難になり、へなへなとしゃがみ込んだ。

「本来、俺が出る幕ではないんだが、今回は俺もそれなりに損害を被っている。

 ドメラガのこの状況を、俺にもわかるように説明してもらおうか」

 そういうと、ファルガはスーツの両肩の部分を両手でつかみ、釣り上げるように小太りの男を立たせた。反撃をしようとしてできなかった銃は、右手に強く握られたままだ。

 もはや、ヘッジホには手にした銃を構えて反撃をする気力すらない。禿げあがった小太りの男を相手にするのに、『氣』の力を全開にして戦う必要など微塵もなかった。

 失禁する男を床に下ろすと、後から駆けつけてきたサムアラとエンゴモと共に失神する黒いスーツの男を縛り上げ、一カ所に纏めた。

「向こうの奴らは?」

 ファルガは独房に残された四人の黒いスーツの男をどうしたのか確認する。意識を取り戻して襲撃されても厄介だからだ。

「大丈夫。彼らも縛り上げてきたわ。彼らの黒いスーツを使ってね」

 ファルガは頷くと、改めてゆっくりとヘッジホの方に向き直る。

「さあ、話してもらおう。ドメラガ国で一体何が起きたのか。

 何故デモガメがエビスードに消滅させられたのか。メガンワーダの人たちはどこに行ったのか。あの人間サイズの機鎧たちは一体何なのかを」

 呆然自失の体でしゃがみ込むヘッジホを、執務室の椅子に座らせたファルガ。そして、その正面に置かれたソファに腰かけるファルガとサムアラ。エンゴモはヘッジホの後ろに控え、逃亡を阻止するのと二人からの質問に対して言い淀んだ時の煽り役をすることになった。

 ファルガは、まずデモガメとメガンワーダの人たちに対して何をしたのかを問いただした。デモガメが消滅したのはエビスードの戦闘結果なのだが、エビスードは生命体について攻撃は仕掛けていないという。そこに嘘はないだろうとファルガは思う。神や魔神、神皇や魔神皇ならば耳障りの良い言葉を並べる意味もあるだろうが、『妖』と『魔』から外れた存在の『超妖魔』エビスードがそこで嘘をつくメリットは全くないからだ。

 となると、エビスードがデモガメを消滅させる直前の実際は、やはりメガンワーダ同様小機鎧で満ち溢れており、それが何かアクションを起こしたからエビスードの逆鱗に触れて消滅させられたと考えるのが妥当だ。

 ヘッジホは最初言い淀んでいたが、やがて禿げた小太りの男が口にした内容は、為政者としてあるまじき私的な理由だった。

 その理由は簡単で、ドメラガ国の首相を決める選挙で勝ったヘッジホは公約を守ろうとすると、自分の望んだ生活が遠ざかる事に気づき、公約を守るアクションをしているようプロパガンダを行いながら公約を実現しない手法を取り続けていた。しかし徐々に嘘が積み重なっていったことが公になり、次の選挙で大敗失脚を余儀なくされることがはっきりとしてきたため、選挙をさせないための方法を模索していた。

 その時に『黒い稲妻』と称される現象が起き、それに撃たれたとされる側近からとある銃を渡される。

 ただの銃だと思っていたヘッジホだが、反対勢力の過激派から襲撃され、その銃で身を護った際、被弾した存在が機鎧のような全身を金属に覆われた人型の何かになっていき、撃った本人であるヘッジホの命令に対し従順になることに気づいた。

 ただ一つ言えたのは、その全身を金属の鎧に覆われた人型は、四面楚歌のドメラガ国首相に従順でありながら酷くおぞましく感じられる存在だった。それ故、彼は弾丸を打ち込んだ人間には指示を与えると自分から遠ざけ、自分に対する反対勢力の排除を指示した。

 小機鎧となった存在が持つ銃が放った銃弾に倒れた者も、小機鎧化するとヘッジホの指令を忠実に実現する存在となった。小機鎧は自己増殖していき、文字通りヘッジホを頂点とした小機鎧軍が自動的に完成したことになる。

 無言で聞いていたファルガ。

 ファルガの異変に気付いたサムアラは、表情の険しくなった青年の肩に手を置き、無言で背をさすった。母となった事のないサムアラではあるが、無意識のうちにしたのは不安になった子供のあやし方だった。

 そのおかげかファルガは取り乱すことはなかった。

「……ありがとう」

 サムアラに礼を言うファルガ。彼女が彼女なりに暴走しそうなファルガを抑えてくれたのだろうということは、彼にも想像がついたのだ。

「続けろ!」

 一瞬我を忘れかけたファルガが落ち着きを取り戻したのを見計らい、エンゴモはヘッジホを煽り始めた。

 ドメラガ国の首相であるはずのヘッジホは、恐怖に震えながら言葉を続けた。

 最初は面白半分に小機鎧を増やしていたヘッジホ。しかしその数が多くなると必然的に人口が減っていく。

 気が付くとメガンワーダの人口の殆どが小機鎧になってしまっていた。

 メガンワーダの人々は金属化するウイルスに感染したようなものだった。弾丸に撃たれると、弾丸が身体を貫く痛みと共に変身が始まり、ものの数分で全身を金属の甲冑で覆われたような、人と同じサイズの機鎧に姿を変える。そして小機鎧の標準装備となるその銃が、次の小機鎧を作り上げていった。

 小機鎧が圧倒的に増加したことで同時に人口が減り、物の数日の間にメガンワーダの人々はほぼ消滅していた。

「なんと愚かな……」

 サムアラが呻く。

 一度発砲してしまえば、鼠算的に小機鎧が増えていくのは件の銃の性質上仕方のないことかもしれない。だがこの私欲に溺れた男はそれを自ら加速させる。そして、メガンワーダだけでなく直接の接点のないデモガメの市民まで小機鎧化させたというのか。

 その話を聞いた後では、エビスードがデモガメの街を消滅させたのは、デモガメの市民を救うためだったといわれてもあながち嘘とは思えない。ヘッジホの行為はそれほどに愚かで惨たらしいものだった。

 メガンワーダも人はいないのか……? 総小機鎧化が済んでしまったのか?

 目の前の男を倒して、小機鎧化したメガンワーダの市民を救いたい。

 ファルガは何度もそう思った。

 だが。

 それをファルガがすることはできない。するべきではない。

 やはり、それを行うのはこの界元の人間でなければならない。

 ただ、今その人間は現れていない。ならば、その人間が現れた時に彼らの知る情報をすぐに渡せるように整理するしかない。

 ファルガは一度きつく双眸を閉じ、感情を落ち着かせた。

 ヘッジホから更なる情報を聞き出すために、彼は自分の感情を殺さねばならなかった。

「ヘッジホ……。その銃を貴様に渡した側近とやらはどこにいる? サムアラさんたちと同じような黒いスーツの男ではなかったのか?」

 ヘッジホは、怒りを押し殺したファルガの言葉に完全に竦みあがっていた。

 わかりやすい。わかりやすすぎる。

 ストレスに対する耐性がまるでない。

 答えろ! と背後から叱責するエンゴモ。

 ひぃっというわかりやすい悲鳴を上げた後、両耳を塞ぐように頭を抱え込んだヘッジホ。

 極度の緊張状態が続き、ついに彼の理性がオーバーヒートしたらしかった。

 再び地下の執務室に独特のアンモニア臭が立ち昇る。

「あ、この野郎、また漏らしやがったな」

 エンゴモは咎めるようにヘッジホの頭を小突くが、ヘッジホはもはや震えながら頭を抱えているだけだった。

「哀れだわ……」

 サムアラもさも見ていられないとでもいうように徐々に呆けていくヘッジホを視界から外した。

「『黒い稲妻』……。まさかとは思うが……」

 ファルガは思わず呻いた。

 不思議そうに様子を窺うサムアラとエンゴモ。

 だが、今日はこれ以上の取り調べは無理そうだった。

 ヘッジホの取り調べは一度ストップすると、彼らは腹を満たすために食物庫へ移動して調理できそうなシロモノを物色し始めた。

 無論自分達の食事だけを考えていたわけではない。独房で気を失っている者達にも、ここで拘束されている者達にも、食事の機会は均等に与えられるはずだった。

 サムアラとエンゴモは、ヘッジホを除いた気絶している全ての人間を独房に運び込むと、銃などの武器になりそうなものは全て取り上げた上で、作った食糧を置いてキーを閉めた。

 取り調べが済めば、運が良ければ彼らは助かるかもしれない。独房で目を覚ましている者がいたら、まだ気を失っている者の独房にそのキーもまとめて放り込んでおけば、自分達で出てくることができるだろう。彼らが必死になって気を失っている者の意識を取り戻させることが出来れば、首相官邸だった建造物から脱出も可能になる。

 すべての条件が揃えば、彼らは外に出ることができる。だが、それは赦されたのではなく、自分達の愚かな行為を目の当たりにする機会を得たに過ぎない。彼らは一体そこで何を感じるのだろうか。

 サムアラとエンゴモは素早く準備を終えた。これで、少なくともヘッジホの取り調べは静かに行えるはずだった。ヘッジホの話が本当であれば、メガンワーダも住民は全て小機鎧化しているはずだ。生き残っている人間は恐らくいないだろう。

 サムアラたちの今後の行動は、生きた人間をドメラガ国領内で探し救出することであり、小機鎧化した人間を元に戻すことができるかどうかの調査を行うことになる。

 元凶ヘッジホを除くここにいる全ての人間が、そう思っていた矢先。

 これは事故だった。

 過失。強いていうなら過失。

 その男から早々に取り上げておかなかったこと。

 呆然自失のその男が、突然銃を構えるとは。

 殺気はなかった。

 ほぼ発狂していたその男は、自分で作り出した幻影の敵に向かってその銃を向けた。

 その動作にはファルガもサムアラも、そしてエンゴモも気づいていた。

 引き金を引くであろうことも。

 それでも、銃口は彼らを捉えていない。

 安心していた。いや、油断といってもいい。

 弾丸が放たれた瞬間、彼らは何となく眺めていた。

 もう聞き取り調査はできないのだろう。ヘッジホの心は壊れ、≪回癒≫でも修復不可能かもしれない。しかし、幸いにもヘッジホが知る情報はサムアラもエンゴモもある程度把握している。それをファルガに伝えさえすれば、その後の具体的な行動指針も決まるはずだ。

 そう漠然と思いながら……。

 だが。

 放たれた弾丸は壁に当たり跳ね返った。

 その弾丸は一直線にサムアラの眉間へと進路を変えた。

 まさか。

 そう思った瞬間、軌道を読み切っていたファルガは、弾丸を右手で掴んだ。

 一瞬の出来事に唖然としながらも胸をなでおろす三人。

 突然右掌に激痛が走り、ファルガは思わず自身の掌を確認する。

 掌の中にあるはずの弾丸は消え、激痛を覚えた箇所が銀色になっていることに気づく。

 その侵蝕は速かった。

 ほんの数秒で、肘まで銀色と化すファルガの腕。

「何故だ!? 銃で撃たれない限りは小機鎧化しないはず……!」

 叫ぶエンゴモ。

「発動条件は、撃たれることではなくその弾丸に接触することなのか!?」

 思わず正気を失っているヘッジホに向かって、サムアラは詰め寄った。まさに一太刀で斬り割かんばかりの勢いだ。まさか、所持者のヘッジホが勘違いしていたというのか。

「……腕を捨てるしかないのか?」

 ファルガは一瞬躊躇したが、左手の手刀で右腕の肘から先を斬り落とそうとする。

 だが、そこまでだった。

 ファルガは動きを止め、全身が銀色の彫刻のようになり固まった。

 次の瞬間、ファルガだった銀色の彫像は跳躍し、天井を突き破っていった。

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