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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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消えた遺体、残された願い

 救護室の役割を果たすテントは、ドメラガ領内に設置された災害救助隊本部の端の方にひっそりと建っていた。

 次から次へと運ばれてくる怪我人に対し、数の限られた看護師たちが歯を食いしばりながら、懸命に処置を行なっている野戦病院のような、殺伐としていながらも漠然と存在する不思議な躍動感は、この救護室にはない。どちらかというと、如何にして穏やかな死を迎えるかに重きを置いた、ホスピスのような印象さえ受ける。

 元々は、災害救助隊という使命もあって、もっと大規模な救護室を準備していたのだが、現場に到着した瞬間、設置する予定であったテントの数の二十分の一を展開したのみだった。

 ドメラガ領デモガメ。

 かつては中規模の都市であっただろうと思われるこの地において、複数穿たれた巨大なクレーターの存在は、それがそのまま絶望の象徴となった。

 赤十字の描かれた物静かな救護テントに到着したファルガは、パクマンの名を呼びながらテント内に進入する。

 突然テントの中に入ってきた若者に、テント内で作業をしていた看護師達は怪訝そうな表情を浮かべるが、白衣を身に着けた太めの師長らしき壮年の女性が、慌てる様を隠さないファルガを叱責する。

「怪我人がいます。大騒ぎしないでください」

 テントに入るなり怒られたファルガは、少し恐縮する。それによりテント内に静寂が戻った。

「あの……、パクマンさんがこちらにいると聞いてきたのですが……」

 看護師長は溜息をつきながら苦笑すると、テントの最も奥に設置されたベッドを指さした。

「奥で休んでいます。薬で眠らせた状態です」

「ありがとうございます」

 ファルガは礼を言うとそのまま奥のベッドに向かって駆け出そうとするが、そこで再度師長に怒られる。

「走るなっ!」

 びくっとして立ち止まったファルガは目を白黒させながら、再度師長に謝った。

「パクマンさんの容体はよくないのですか?」

 看護師長はゆっくりと奥のベッドに向かってファルガを案内する。

「……よくないなどという状態ではありません」

 ファルガの表情が曇る。

 そのままテントの奥に目を移すと、ゆっくりと床を踏みしめながら、一歩一歩歩みを進めた。

 いくつも並ぶベッドにパクマンはいない。

 看護師長が最も奥と言った場所は、狭いテント内で、垂れ幕により視界が隔てられていた。本来であれば、司令官クラスの病室ともなれば、個室であるべきなのだろうが、野戦病院の体になっている災害救助隊の本部では、目隠しが精一杯だった。

 ファルガは垂れ幕を払うように持ち上げると、隔離されたパクマンのベッドのある空間へと入った。

 パクマンは、はたしてそこにいた。

 包帯でぐるぐる巻きにされており、パクマンであるかどうかの判別は見た目では難しかったが、パクマンから立ち昇る『氣』を感じられるファルガは、それがパクマンだとすぐわかった。しかし、なんとも弱々しい『氣』だ。鼻と口に当てられているのは人工呼吸器だ。そんなものを当てられていないと、自発的な呼吸すらできないのか。

 ファルガは、ベッドに横たわるパクマンの様子を目の当たりにして、彼の現状をすんなりと受け入れることはできなかった。

 パクマンの双眸は固く閉じられ、痛みや苦しみを感じている様子はなかった。透明な樹脂で作られていると思われる呼吸器のマスクは、彼の呼気で白く曇り、小さな水滴を内部に無数に作るのだった。

 生命力の象徴である『氣』が弱々しくなっているパクマン。自分が想像していたより、彼の状態は相当芳しくないのだろうか。

 そんな中、ファルガはベッドに横たわるパクマンの姿に違和感を覚えた。

 顔は包帯でぐるぐる巻きにされているため、パクマンであることはわからないのは変わらないが、その『氣』は、何度確認しても間違いなくパクマンのものだった。それ故、本人が生存していることは確認できる。

 だが。

 何かが違う。

 ファルガは舐めるようにベッドの中で横たわるパクマンの身体を見つめた。

 ……おかしい。

 やはり何かが違う。

 暫く考えていたが、ファルガはパクマンにかけられた布団を剥ぎ取った。

 ……ない。

 パクマンの四肢がない。

 右足は太ももから下が。左足は膝から下が欠損している。

 そして。

 右腕も左腕も、肘から下を失っていた。

 ファルガは絶句した。

 それぞれ欠損した部分に止血が施されているようだが、包帯が真っ赤に染まっているため、十分な止血が施されているとは思えなかった。

「血が……!」

 ファルガは背後に佇む看護師長に訴えかけるが、眼を閉じて首を左右に振るだけだった。

「……パクマン少将の怪我は、何時間もの手術により、止血と縫合を施されています。しかし、出血が止まらない。輸血と点滴とを繰り返していますが、現在でも出血は続いています。二時間に一回は包帯を変えていますが、出血が止まる気配がありません。

 近々、もう一度縫合し直す手術が行われる予定ですが、それが功を奏すかは未知数です」

 ファルガは一歩ベッドに近づくと、添えるように掌を重ね合わせ、膝から下を欠損している左膝部に近づけた。

 ファルガの身体が青白い光に包まれ、その光が掌底に集まり始めた。掌の光の宝玉が、全身を包む青白い光の炎の色よりも濃くなった瞬間、ファルガは絞り出すように呟いた。

「≪回癒≫!」

 ファルガの掌から放たれた柔らかい光は、左膝先の切断部に照射された。

 包帯をしているので傷口の変化は見てとれないが、明らかに包帯に染み出して広がっていく速度が遅くなっているように見えた。やがて、包帯部がもそもそと動き始める。細胞の再生が加速したのだ。とはいえ、完璧に切断されている四肢を再生する事は、≪回癒≫では難しい。≪回癒≫は、細胞の新陳代謝を早め、体力を回復するための術だ。生物であれば欠損した部分の再生に使える場合もあるが、限定的だ。

 ファルガは止血している箇所に全て≪回癒≫を施す。

 生命エネルギーそのものである『氣』に灯された傷口は、やがて血を噴き出すのをやめ、傷口の盛り上がりを見せると、そのまま小康状態に陥った。

 看護師が目を丸くする中、ファルガは引き続き、欠損時のダメージの大きいと思われる、右太ももの欠損部の先端に、先程と同様に≪回癒≫の光を照射し始めた。

 自分にマナ術である≪修復≫を並行して使えるのならば、それが一番いいに決まっている。だが、その力は今のファルガにはない。

 マナ術に長けた神賢者レーテがいれば、たちどころに欠損部の修復など終わるだろう。

 それでなくとも、ギラオ界元の神勇者ギューでも、マナ術≪修復≫を使いこなすことはできるだろう。だが、二人を呼びに行っている時間などない。

 今は、とにかくパクマンの命を繋ぐことが大切だ。

 止血が進むにつれ、パクマンの息遣いが穏やかになっていくのが分かる。

 それでも。

 やはり、彼の手足が生えてくることはなかった。

 驚きを隠さない看護師長を横目に、ファルガは穏やかに眠るパクマンに声を掛けた。

「貴方をこんな目に合わせたのは一体何者なんですか? 俺が必ず仇を打ちます」

 勿論、ファルガの言葉は、パクマンの耳に届かせるための言葉ではない。パクマンに語り掛けることで、ファルガが自分の気持ちの整理をするための言葉だ。

 だが、≪回癒≫を終えたファルガがパクマンに語り掛けると、パクマンはゆっくりとその双眸を開いた。

「パクマンさん!」

 ファルガの声に反応し、看護師長と数名の看護師が駆け寄り、パクマンの容体を確認し始めた。勿論、彼女たちはパクマンが目を覚ますとは微塵も考えていなかった。それ故、驚いた様のまま処置を施そうとする看護師たちの表情は、半分以上呆けた状態といっても過言ではなかったが、それでも施術の腕を止めずに、精度の高い処置を行う様は流石だといえた。

 パクマンは、弱々しく口を開いた。

「ファルガ君か……。

 このまま伝えるべきことも伝えられずに、死ぬのではないかと思ったぞ。

『基地』(ホーム)からの仲間に、一体何が起こったのか。それを伝えぬ限り、とても死にきれん」

 どうやら、パクマンはこれだけの傷を負っても、意識は保っていたようだ。ただ、動いたり話したりする体力はなかったということなのか。凄まじい精神力だ。

 ファルガの≪回癒≫の照射を受け、やっと口を開けるほどに体力は回復した様だが、それでも、彼のたどたどしい口振りを見る限り、全快とは程遠いようだ。

「パクマンさん、黙っててください。

 ≪回癒≫の治療を続けます。本当は、≪修復≫の術も使いたいところですが、俺の技術ではどうしても併用はできません。とにかく、体力を戻して、それからギューなり、レーテなりを呼んで、≪修復≫の術を施してもらいます。そうすれば失われた四肢も元に戻る筈です」

「……もういいんだ。

 私は長く生き過ぎた。

 私は、満足している。私の戦闘技術や戦士としての心意気まで、伝えるべきものは伝えてきた。得手不得手はあろうが、皆それを糧に、成長してきてくれたのだ。

 ある者は機鎧の指導員となって他の基地で機鎧の操縦指導にあたり、戦闘に勝って生き残るための力を与えた。ある者は昇進して、戦果を挙げる事だけではなく、生きて帰ることの大切さを説き、軍の生存率の向上に貢献した。

 もし、この傷がただの負傷なら、君の術の照射で復活している。

 しかし、それが出来ないということは、徐々に身体が死を受け入れ始めているということなのだろう。

 それに抗うことはできないし、したくない」

「パクマンさん……」

 ファルガは、ベッドの上のパクマンに翳していた両手を力なく落とす。

『基地』(ホーム)の部下たちの駆る機鎧が、黒い稲妻に打たれた直後、突然私の機鎧を羽交い絞めにした。そこに、赤黒い光を放つ男たちが現れ、パスティック一号の機体を貫いたのだ。

 しかも、奴らはパスティック一号を羽交い絞めにしている他の機鎧たちの身体も貫いたのだ。無論、三機とも爆散した。

 私が……、この身体で生き残っていることそのものが奇跡だ」

「『黒い稲妻』……」

 聞き覚えのある言葉だ。

 しかも、異なった星どころか異なった界元で、まさかその言葉を聞くとは。

 ファルガは、三年以上も前に何度も耳にし、その原因を突き止めようとした。

 『黒い稲妻』は、術だった。

 ≪誘魔弾≫。

 ドイム界元の魔神皇になりたかった存在が使用していた術。

 人々はこの術の為に、膨大な悲しみを背負った。

 その術を受けた者は、妖から魔へと身体の特性を変える場合がある。全ての存在がそうなるわけではないが、体の中に『魔』が眠る『妖』は、その『魔』の比率が増し、場合によっては『魔』として活動を開始する場合もある。

 ファルガがいたドイム界元では、≪誘魔弾≫を受けた者のうちの約半数が、超人的な力を得る代償に、理性を失いその場から立ち去った。

 その術が発動した時の姿が、『黒い稲妻』。

 この術を使う事の出来る存在は、ファルガは一人しか知らない。

 ドイム界元の神皇ゾウガや、魔神皇ゼガですら使用しなかった。使用する必要がなかったのか、使用できなかったのかは定かではない。しかし、『妖』にせよ『魔』にせよ、反転させる必要はない。

 『妖』は『妖』。『魔』は『魔』。

 それこそが、この世界の……界元のあるべき姿のはずなのだ。

 『妖』と『魔』。

 その二つの存在がぶつかるからこそ、界元の物質を構成するエネルギーが発生する。

 神勇者対魔神皇、神闘者対妖神皇。この二つの戦いが『精霊神大戦争』と呼ばれる、無から有を生み出す戦いなのだ。

 片方がどれだけ無残に痛めつけられ瀕死の憂き目にあっても、世界は再生され、存在は生き残る。

 その為のエネルギーを発生させるために長い間、『妖』と『魔』の闘争は続いてきた。

 しかし、それを覆そうとする輩が、三年前にドイム界元に現れた。

 『巨悪』グアリザム。

 ファルガたちの故郷の星の妖神だった存在だ。そしてその正体は、ドイム界元の別惑星からの移住者だったようだ。

 だが、この存在は三年前の『精霊神大戦争』で、ファルガに倒された筈なのだ。

 その存在が、別の界元に出現するとは考えづらい。

 ただの黒い稲妻なら、自然現象としてあり得るかもしれない。

 だが、『黒い稲妻』に打たれた瞬間、ファミス国の機鎧が突然、神闘者に力を貸し、そのまま命を捨てるというのは、正気の沙汰ではない。まさに、ドイム界元での『黒い稲妻』に打たれることで発生した、疑似的な神闘者と同じなのだ。

 二の句が告げぬファルガに、パクマンは呻くように語り掛けた。

「ファルガ君。私の命はこのまま終わる。

 私が死んだ後のこの身体は、ドォンキの元に送ってくれ。

 奴が私の身体を欲していた。何かの実験に使うのだろう。奴との付き合いは長いが、ことごとく悪趣味な男だ。

 ファルガ君。

 私の望みを叶えてくれた君に、更にこのような願いを託すのは、甘えが過ぎているとは思う。だが、ぜひ、そのようにしてほしい。

 ファミス国を頼んだぞ……」

 パクマンはゆっくりと双眸を閉じる。そして、二度と開かれることはなかった。

 ファルガは、パクマンの名を呼ばなかった。ゆっくりと歩み寄ってくるパクマンの死を理解していたからだ。

 パクマンの身体から染み出る『氣』が徐々に薄まっていき、完全に消滅した。

 と、次の瞬間、パクマンの身体の上に、紫色に縁どられた黒い球体が出現した。

 薄紫色の放電現象を伴った球体は、一気にパクマンのベッドサイズまで大きくなり、パクマンの遺体に被さるように重なると一気に小さくなり、そのまま消失した。

 ベッドはもぬけの殻になった。

 ベッドが何者かに削られたわけではなく、単純にパクマンがその場にいなくなっただけの光景が、ファルガの眼前に広がる。

 一瞬だけ出現した≪洞≫の術。

「……パクマンの『願い』を誰かが聞いてくれたのか」

 ファルガはただただ、ベッドの上に視線を落として立ち尽くしていた。


 ファルガは、その日は一日宿営地の仮眠所で休み、翌日、ドメラガ国の首都メガンワーダへと移動を開始する。

 パクマン逝去の報告を司令官グパに伝えた時、グパもテントを訪れようとしたが、パクマンの亡骸は既にそこにはない旨を伝えると、彼は席から立ち上がり、テントの方向に頭を下げ黙祷を捧げたのだった。

 一分ほどの黙祷だっただろうか。

 グパはゆっくりと首を挙げ、司令官席に腰かけると、ファルガの方を見つめた。

 恐らく、この災害救助隊の誰よりも、移動速度が速いのはファルガだ。

 グパはそれをファルガに伝え、斥候を依頼した。

 グパは拭いきれない不安の内容をファルガに伝える。

 それは、ドメラガ国首都メガンワーダも、この地デモガメ同様、既に消滅してしまっている可能性も否定できないというもの。

 ファルガは言葉には出さなかったが、ある確信があった。もし、ドメラガがエビスードを怒らせていたとするなら、メガンワーダもデモガメと同じ道を辿っている可能性はあるのだ。むしろ、先にメガンワーダの方が消滅していた可能性もある。

 もし、そうならば、災害救助隊の進軍はもはや必要ない。生存者がいないのは明らかだからだ。

 グパは新しい通信機をファルガに渡し、回線は常にオープンにしておくように命じた。

 グパも察していたのだ。首都メガンワーダもデモガメ同様、既にすべての人々が死に絶えてしまっているということを。

なんか最近、章が短めですね……。

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