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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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216/253

ドメラガ国

「ギューをお願いします」

 パクマンにそう告げて、『基地』(ホーム)を旅立ったファルガ。

 パクマンは従前にファルガに約束したとおり、食糧やテント、その他を準備しようとしていた。だが、ファルガはそれを柔らかく拒絶する。

 食糧は、現地調達すればよいし、テントも不要。洞窟や木の洞を見つければよいだけの話だし、最悪自分で作ればよい。移動に関しては、飛行術≪天空翔≫を使うつもりだった。≪天空翔≫も他の人の目に触れるような高速移動さえしなければ、さして問題もないだろう。

 そして、あまり考えたくなかった可能性だが、ドメラガに神勇者が存在し、ファミスが神闘者側であった場合。その場合には、ファミスと敵対しなければならないのだ。

 無論、ファミスの人々から『魔』の気配は感じない。しかし、別界元である以上、それを隠す技術もあるかもしれない。爬虫類人であるガイガロス人がその存在を隠し、哺乳類人であるように振舞う技術があるように。現に、未だにこの界元の神皇とはコンタクトがとれていない。その事実もファルガの不安を助長していた。

 カインシーザの言っていたことは正しかった。

 『見守りの神勇者は余り関わるな』。

 安っぽい同情や庇護欲に駆られて活動すれば、その分本来の目的を見失う。そして、その狭間に自分が立つことになり、自分が苦しむことになる。短期的にはそれでもよいが、長期的・マクロ的視点で見た場合、その活動結果により本来自分が護るべきもの、愛すべきものをも苦しめる結果になるかもしれないのだ。

 食糧やテントを拒絶したからといって、彼の中に芽生えたファミス国の人たちに対する親近感が消失するわけではない。だが、抱えてしまった疑念とその疑念に対する贖罪のつもりなのだと、後のファルガは述懐する。

 もっとも、彼の知る数少ない神の知り合いの一人、『精悍な女神』フィアマーグにその話をしようものなら、

『どれ程強くなっても人間としての葛藤は捨てられないか』

 と皮肉交じりに笑われるだろう。そして、その皮肉は当の女神自身にも向けられたものになるはずだ。ドイム界元の数多ある星の神である筈なのにもかかわらず、神として機能できなかった彼女は、事案が終結した後の今でもまだ、次善の策を追い求めているのだろうか。前回の『精霊神大戦争』の神勇者だった自分と、今回の『精霊神大戦争』の神となった自分の、やりきれなかった振る舞いを。

 ドォンキに見せて貰った地図では、副首都側から砂漠に入り、岩柵を越えた奥に続く熱帯雨林を抜けると、降りていくだけで一週間はかかる巨大な渓谷がある。その渓谷を降りて、河川を尻目に再度渓谷の反対側の斜面を上っていくと、その先がドメラガ領だという。

 ただ、空も活動域になっているファルガからすれば、移動自体は困難であるとは言い難い。

 彼の移動スケジュールによれば、早朝に出発すれば、五日後の夕方にはドメラガ領に入れるだろうとのことだった。出来るだけ休憩はとりたくないが、体力の消耗も避けたいというファルガの計画だった。全力で飛び続ければもう少し早いのだろうが、到着した途端に過労で倒れてしまっては元も子もない。

 『基地』(ホーム)の輸送機で飛び続けても十日以上かかる距離にあるドメラガに到達するのに、流石にその計画は無理があるだろうと指摘するパクマンだったが、指摘した当の本人ですら、機鎧との戦闘を見た後であれば、あながち嘘でもないだろうと納得する始末だ。

「とにかく、生きて帰ってきておくれよ」

 パクマンはそう言ったが、ドメラガ領までの道程に、この戦士ファルガを殺せる存在がいるとは、とても思えなかった。

 見送りの人間もほぼいない状態の早朝、ファルガは数少ない見送り人であるパクマンとドォンキに一時の別れを告げ、砂漠と熱帯雨林の向こう側のドメラガ領に向かって移動を開始した。


 ファミス国を出立し、ドメラガ領に入るまでのルートは、以前パクマンやドォンキに話した通りのものを辿った。

 そもそも、砂漠や岩柵、化け物のような生物の住む熱帯雨林など、障害は数多くあれど、彼にとっては迂回の必要は全くなかった。変えるとすれば進行する速度か、高度のみ。

 敵と思しき存在からは何度も急襲を受けるが、苦も無く退ける。

 そもそも、その妨害者もドメラガの者ではなく、自然現象であり自然環境の急襲なので、敵という表現が妥当かどうかもわからない。彼らの生活エリアを突っ切るのだから、彼らが怒り出すのも無理はない。ただ、彼らの元を早々に立ち去れば何の問題もない。もし、それ以上の行為に出るならば、それは彼の行動に対する邪魔者。それ故排除も辞さない。その表現が一番正しい。

 砂漠では、ファミス国のサンドカーを飲み込んだのと同種と思われる巨大ミミズの襲撃を受けた。飛行するファルガの左斜め前方から、砂を巻き上げながら出現すると、四つに割れる大きな口蓋をファルガに向ける。同時に、口蓋の横にある突起から強力な酸を放った。

 パクマン達の乗ったサンドカーを襲ったのと同じ個体なのだろうか。ファルガにはその区別はつかなかったが、恐らくそのサイズは最初に出現したものよりも、遥かに大きかったようだ。

 ファルガはその酸を躱しつつ、竜王剣を召喚し、ミミズにしては明確に殺意を持って襲ってきた化け物の首を刎ねた。ミミズは砂煙を巻き上げてのたうったが、ファルガは止めを刺すわけでもなく、進行の足を止めることも振り返る事もなかった。恐らくミミズは、徐々に体の部位を再生させ、砂の中に戻るだろう。

 砂漠を滑るように飛行していたファルガは、聳え立つ岩柵に対し、直前まで近づくと垂直に上昇を開始した。崖のぎりぎりを上昇していたファルガだったが、崖に幾つかの人が通れるほどの巨大な穴が無数に穿たれた場所を通過する際、何者かの逆鱗に触れたようだった。

 何か固いものを打ち鳴らす音と、羽音にしては異常に音の低い音が、ファルガの後方、足元から追ってくる。

 遠巻きに見れば、まるで人影のようにも見える巨大な蜂。テリトリーを侵された怒りに任せファルガを追跡する無数の凶悪な肉食蜂に対し、彼は対処することなく、まるで自身が彼らの王であるかのように、その群れの先頭を飛び続けた。

 肉食蜂の集団が進行方向からファルガを襲撃したならば、恐らく彼は手にした剣を振るって最低限の蜂を排除しただろう。だが、彼の進行を妨げていない現状、彼は無意味に肉食蜂の命を取ることはしなかった。

 蜂たちも、自身の縄張りから離れていくファルガを最後まで追跡する事はしなかった。

 岩柵を飛び越え、熱帯雨林に侵入したところで、肉食蜂の一団は樹木程の背丈のある二対の鎌を持つ巨大なカマキリもどきとの戦闘に突入したからだ。

 ファルガは出現した巨大カマキリもどきを横目に見ながら、その脇をすり抜けて進行した。外骨格の生物がよくあそこまで巨大になるものだ、と感心しながら。彼の知るカマキリは掌サイズだったからだ。

 熱帯雨林では、トンボのような巨大な昆虫、かつてこの星を席巻したであろう爬虫類の翼竜、そして柔らかな羽毛を持つ巨大猛禽が、それぞれ高度を変えて上空を飛翔していたが、ファルガはその優雅に飛翔する姿に目を奪われながらもその場に留まることなく、更に進行を続けた。

 地上から豹の化け物がファルガを狙うが、眼があった瞬間、豹は動きを止め、竦みあがった。突進してきた象の化け物は、根元の大木をその長い鼻で引き抜き、剣のように振るいながらファルガを狙うが、飛び続ける青年に敵意がないと見るや、そのまま視線を外し、護るべき子供と群れを率いて茂みに消えていく。

 熱帯雨林を飛び越えた直後に、ぱっくりと口を開けた渓谷が出現する。その切り立った崖に挟まれたエリアを這いずり回る、頭部に角を持つ巨大な蛇も数匹眼下に確認できたが、特に彼に攻撃を仕掛けてくることもなかったので、そのまま上空を通過する。

 ドイムにも生存していただろうファルガの見知った生物が、全て巨大。この分だと、密林の中に生活していると思われる全ての生物も、まるで怪獣のような巨体を持ったものになっているに違いないだろう。

 彼らは部外者の進入を非常に嫌がっている。

 ドイムの自然の動物はそうだったから、やはりサイズは大きくなっても習性はそう変わらないようだ。

 そして、彼らの巨体。なるほど、ファミス国も機鎧のような兵器を開発しないと、自国の民を護れぬわけだ。

 ファルガはそう納得し、渓谷を飛び越えたところで、目標物にして飛んでいたテーブル型の高台に着地する。遠くから見ると平坦だった頂上部も、近くによれば割に凹凸があり、雨風が凌げそうな窪みもそこここに見られる。彼はその場所で最後の休息をとった後、ドメラガ領に入るつもりだった。

 途中の熱帯雨林で飛行中に入手した梨のような果実を頬張りながら、高台の端に歩みを進めたファルガだったが、その視界が開けていくにつれて、その歩みがどんどん速くなり、縁までたどり着く頃には、完全に駆けだしていた。

 様々な修羅場を潜ってきたファルガ。その彼が、思わずこぼす驚愕を隠せぬ言葉。

「なんだ、これは……」

 崖下から吹き上げる暴風が、ファルガの髪を掻き揚げる。

 思わず目を伏せながら呻くファルガの眼下に広がる光景は、広大な平地に広がる草木すら生えぬ平野だった。直径も不明なほどの巨大なクレーターが複数個あり、特にその周囲の構造物は完全に崩壊し、その面影もなかった。かつては立派な建造物だったのだろうか、という瓦礫の山が、クレーターから遠くにかすかに見えるが、その山も山脈のように連なっているところを見ると、かつてはかなりの規模のビルディングが並び立つ大都市だったに違いない。

 数か月前、副首都にて新機鎧の開発に携わっていた時、当然ドメラガとの交戦が開始された場合のシミュレーションも行なわれた。それに付随して、仮想敵国であるドメラガの知識も授けられた。その際のドメラガの画像は、現在彼がいる高台から撮影されたものではなかったが、ファミス国以上に様々な技術が充実していることが見て取る事の出来る画像だった。

 乱立するビルディングに、縦横無尽に走る道路。そして、大量輸送用に整備された鉄道群。

 それが、眼前には全く存在していなかった。

「ドメラガが……ない……」

 氣功術である≪索≫を走らせずとも、生存者がいるようにはとても思えなかった。調べるには周囲から、とも思ったが、まず何が起きたのか、知る必要があると考えたファルガは、クレーターの中心部へと進むのに際し、超神剣の装備を纏う事にした。

 有識者がその現場を見たならば、巨大隕石の衝突か、はたまた核爆発が原因、と見立てただろう。

 ファルガはそこまで思いを馳せることはしなかったが、人間がその地に滞在できる環境ではないと考え、装備した人間の身体を護る超神剣の防具を呼び出し、身に纏った。

 先程までは、第三段階のオーラ=メイルを纏った状態で、氣の光の尾を引きながら飛翔をしていたが、現在は光が身体を縁取っている状態だった。

 所謂、聖剣発動における第一段階だ。

 ファルガは、様々な鍛錬の結果、第一段階であるオーラ=フィルムが一番体力の消耗が少なく、実は毒や衝撃に対する防御力のコストパフォーマンスが最も良いことに気づいていた。無論、第三段階が最も防御力は高いが、『氣』の消費に対しての防御力は等倍ではない。

 第三段階は、移動速度や攻撃力など、ありとあらゆる瞬発的な力を五十倍近くに跳ね上げるが、身体には非常に大きな負荷がかかる。それに対し、第一段階では能力はそこまで爆発的には高まらないが、安定した防御力と力の消耗を極限まで抑えることができる。

 それは、ファルガの父が考案した『作業用氣功術』にも通じるところがあるが、それをレベセスに指摘されたのはかなり後の事だ。

 垂れ込める毒や放射線、そういったものの影響を受けないように、無意識下でも維持できるオーラ=フィルムで体を包み、ファルガはゆっくりと歩みを進めた。

 目標地点は、眼前に広がる廃墟の中でも、最も巨大なクレーターの中心部。そこに行けば、一体この地で何が起きたのか、わかるはずだ。

 ドイムであれば、確率で存在する神皇ゾウガと情報を共有し、常に最新の情報を仕入れることもできたが、この界元の神皇とは、邂逅は愚か未だコンタクトすら取れていない。

 ギューの故郷であるギラオ界元は、神皇と魔神皇の不在で一気に消滅の憂き目にあった。今回は世界の状況もそうだが、神皇と魔神皇の力関係も判然としていない。

 ただ一つ言えるのは、この地を訪れて数時間後に、神闘者……カインシーザ曰く、魔近衛という呼称になっている……数名が機鎧を襲撃、破壊しており、その者たちを退けたのが、この界元での『精霊神大戦争』に関連しそうな事象としては唯一のものだった。

 しかも、その際の戦闘でも、機鎧に対して攻撃を仕掛ける神闘者にチャージでブロックしただけに過ぎず、その後の戦闘は継続されていない。そして、その後は『魔』の行動は、まるで息を潜めるかのように鎮静化している。

 神闘者が、どこかのタイミングで大量に打って出る可能性もあるが、ドイムの偽神闘者とは違い、真の魔神皇が選んだ神闘者は、やはり界元に一人なのだそうだ。ということは、砂漠で剣を交えた神闘者達は、ファルガ達『見守りの神勇者』同様の役割を担った存在だったということなのだろうか。

 いずれにせよ、この界元の神皇とコンタクトが取れない以上、断定はできないし、界元神皇に話を聞きに行ったカインシーザが、この界元に戻るまでは情報の共有も難しいだろう。

 行動には慎重を期さねばならない。

 ファルガは、第一段階のオーラ=フィルムで体力の消耗を抑えながら、≪索≫を張り巡らせ、敵の襲撃と荒らされた環境の被害に意識を配りながら、ゆっくりと爆心地に向かって歩みを進めたのだった。


 クレーターの最深部まで到達するファルガ。

 最深部から周囲を見渡すと、地表が自分の背よりも高い所に存在し、謂れのない不安に駆られる。幼少期に子供同士で遊んでいた頃に、自分の背よりも深く掘られた落とし穴に落ちた事がある。その時に覚えた不安に類似している。あの時も不安に押しつぶされそうだったが、何とか泣かずに堪えていたのを思い出す。

 かすかに残る土が焦げた匂いは、このクレーターが割と新しい物である印になるだろうか。恐らくこの地はファミス国の副首都のように整備され、平坦な道が伸びていた筈だ。かつての写真を見てそうだったのだから、現在の都市は、周囲の緑地も併せ美しく整備された未来型都市の街並みだったはずだ。このクレーターが穿たれる直前までは。

 遠くから見て、太陽の光を受けた何かがキラキラ光っているように見えたが、それは、爆心地の傍で、高熱により出来上がる石英だった。

 クレーターの中心は深く抉れており、隕石の衝突を彷彿とさせたが、隕鉄のような、地上では生成されない金属は存在しなかった。しかし、核爆発で発生するような同位体や放射線も、感知することができなかった。

 そもそも、神勇者の≪索≫が放射線を検知できるかは甚だ疑問だ。実際、≪索≫の検知内容を、具体的な物質名で検証しようとするなら、それは不可能かもしれない。しかし、人間……、特に自分に対して仇なすものかどうかの検知は、恐らく可能なはずだ。

 それが、自身の遺伝子を壊し、身体を崩壊させてゆくというなら猶更のこと。

 だが、予想に反して、消滅したドメラガの街並みには、何の情報も残されていなかった。

 はっきりしていることは、ドメラガ国の領土内にクレーターが複数穿たれ、ビルディングが消失したということ。

 つまり、クレーターが複数発生し、巨大な建造物群が消滅するような爆発が起きた。

 分かる事はそれだけだった。

 ファルガは上空に舞い上がり、周囲の様子も確認した。だが、クレーターから遠ざかると、徐々に建造物の名残らしき瓦礫の山が確認できるようになるくらいで、何か目新しい発見があるわけでもなかった。

 周囲の様子を確認し終わったファルガは、力なく大地に降り立った。

 そこでふと疑問に思う。

 これほどの爆発被害だ。ドメラガの消滅は、渓谷と熱帯雨林、砂漠を挟んだ『基地』(ホーム)でも、認識できたはずだ。しかし、その事実をパクマンやドォンキは愚か、副首都で実験と開発に同席した国家上層部の人間も把握していなかった。これは一体どういうことなのだろうか。

 当然、ファミス国はドメラガにスパイを送り込んでいる筈だ。そして、恐らくその逆も然り。情報操作も行なわれる可能性はあるが、スパイから連絡が途絶えている時点で、ファミス側が異常を把握していてもおかしくはない。しかし、それがないということは、発生が直近であった可能性は高い。

 新機鎧の模擬戦の時。

 砂漠に雨が降り、雹すら降った。

 これが実は、ドメラガ消滅の原因となる何かが発生したタイミングであるとすれば。

「……今ならまだ生存者がいるかもしれない」

 ファルガの行動指針が、潜入捜査から生き残った人間の人命救助にシフトした瞬間だった。

 ファルガはもう一度クレーターの中心から、≪索≫の球を広げた。これだけの爆発があったならば、地表に生存者がいる可能性は限りなく低い。生存しているならば地中にいる可能性もある。

 本来ならファミスに援助要請をしたかった。パクマンに渡された通信機で伝達をするしかないが、傍受されることを恐れたパクマンにより、通信機については極力使うな、という指示を受けていた。

 通信を傍受されれば、単独とはいえファミス国のスパイがドメラガに紛れ込んでいることが知れてしまい、ドメラガ国内への侵入脱出は勿論のこと、情報の持ち出しについても厳しくなる。更に、既に潜り込んでいる既存のスパイの行動制限が掛かる他、業務遂行どころか命の保証さえも怪しくなる。

 かといって、再度ファミス国に戻り、災害派遣団を組織させ、この地に到着させるには余りに時間が無さ過ぎた。

 最速の災害派遣団の到着させる方法は、やはり通信機での連絡なのだ。

 ファルガは、≪索≫の球を作り出した状態でクレーター中心部から円を描くように飛行し、生存者を探索する。だが、クレーター中心近辺には、人間は愚か小動物の生体反応すら感じることはできなかった。

 爆発の規模は非常に大きかった。シェルターなどの設備があれば生き残っている可能性もあったが、どうもシェルター自体も見当たらない。

 ファルガの心の中で不安が増大していく。

 かつてドイム界元では古代帝国皇帝イン=ギュアバが懸念し、この界元では『基地』(ホーム)司令官パクマンが危惧していた『魔』の襲撃があったのではないか。

 核爆発があったなら、その痕跡はあるはず。隕石による災害なら、地表そのものにもう少し熱が残っていてもいいはずだ。ところが、現在の地表にはくすぶる火もない。

 十中八九、『魔』の何者かによる破壊工作の結果が、かつてドメラガであった場所の消滅なのだ。

 現状、ドメラガ国領を調査すればするほど、被害状況は甚大であることが分かる。もし、ドメラガ国に通信を傍受し、かつそれに対する何かしらの策を講じることができる余裕があるなら、とうにドメラガの別のエリアから調査隊なり災害救助隊なりが出動し、対応している筈だ。例え災害が発生してそれほど時間が経過していないにしても。

 それに、例えファルガの通信を傍受できる環境があり、ドメラガ国がまだ人を動かす力が残っていたとしても、人道的に災害救助隊は出すべきではないのか。冷戦状態であったとしても。

 ファルガは通信機の使用を決断する。

 ファルガは報告のために、懐に入れておいた袋から取り出した掌サイズの通信機を手に持つと、一度ゆっくり舞い上がり高台に戻る。そして、通信機のスイッチを入れたのだった。


「ファルガ君か。どうした? そこは安全な場所なのか?」

「安全と言えば安全です」

 無線機の向こう側のパクマンが、一瞬訝しげな表情を浮かべた様子が目に浮かぶ。

「……どういう意味だ?」

「ドメラガ国がありません」

「な……なに?」

「俺は今、ドォンキさんから見せて貰った写真に写っている高台にいるんですが、崖下にある筈のビルディング群は消滅し、廃墟すらありません。

 巨大なクレーターが幾つか見えますが、それが何かが起きた痕跡なのは間違いなさそうですが、核爆発があったわけでも、隕石の衝突があったわけでもなさそうです。

 生き残った人間がいるかはわかりませんが、災害救助隊の派遣を要請します」

 無線機の向こうで、息を飲むパクマン。ややあって、パクマンは絞り出すように指示を出す。

「君には画像の転送の仕方は教えていなかったが、今から言う方法を試してみてくれ」

 ファルガは、無線機の向こう側のパクマンの指示の通り、無線機の側面のレンズカバーを外すと、発言ボタンを押した。

 カシャッという音がする。小さいモニタには、撮影した画像らしきものが映っているが、パクマン曰く、この画像が転送されるということなのだろうか。

「撮影はできているようですが、画像は届いていますか?」

「うむ。画像そのものは鮮明だ。しかしこれは……」

 パクマンは回線を開いたまま絶句した。

 崩壊というより、消滅。眼前にあるクレーター群は、大きなエネルギーが爆ぜた痕跡ではあるが、その大きなエネルギーの正体はわからない。

 パクマンは首都にある最高司令官にオンラインのアポイントを取り、ファルガから送信された、ドメラガ国であった場所の画像を転送し、災害救助隊の組織の是非を問うた。


「……以上のデータより、ドメラガ国に何らかのアクシデントがあったと推測されます。

 最高司令官殿。

 ドメラガ国は敵国ではありますが、副首都デモガメの消滅は、ドメラガ国のみならず、我が国にも大きな影響を与えかねない事案を誘発する可能性もあります。

 人道的にも、今後の和平交渉の為にも、災害救助隊を編成すべきだと私は考えます」

「君の考えはよくわかった。私も、災害救助隊の編成には賛成だ。

 ただ、各基地ごとに動かせる人員や装備の数が違う筈だ。その件については戦略上の基地の機能が失われぬように、各基地稼働可能兵站(軍事作戦での人員や兵器、備品に加え、食料や燃料、医療品など、作戦遂行に必要なあらゆる物資の調達、輸送、補給のこと)を報告してほしい。但し、場合によってはそのまま局所戦が勃発する事も考えられるため、それも加味した選定をするように各基地に私の名で伝えてくれ。

 頼んだぞ、パクマン君」


 数日間はかかるだろうと思われた災害救助隊の編成の決定は、ものの一時間もかからなかった。

 パクマンより災害救助隊の編成に関する回答の返信があったのは、提案を投げ掛けたファルガの無線仮終了後、食事後、体力の回復と温存を兼ねた仮眠を取るために、半径二十メートルほどの球状の≪索≫を作り終わった直後だった。この≪索≫は所謂『置き≪索≫』と言われ、術者が意識を氣功術≪索≫から離しても、一定時間機能し続ける術であり、ドイム界元の偽の魔神皇グアリザムを倒した時ですら使えなかった術の段階だ。

 急遽編成された最高司令官直下の作戦本部による検討の結果、『基地』(ホーム)からはパクマン機含めた三機の機鎧と、国内で発生した中規模災害時と同規模の編成での後方支援部隊の出動命令が下る。他の基地からも数機の機鎧の出動するとのことで、ある程度の規模の災害救助隊が編成されることになった。

 ファミス国軍の決定の速さに驚きながら、ファルガは現地に残りもう少し調査を続けることをパクマンに伝え、無線機の回線を切断した。

 通信の終了の直前、パクマンからのアドバイスがあった。

 クレーターの傍は幾らファルガといえども危険なので、これ以上近づかないこと。クレーターの傍には生存者はいないので、クレーターを中心に半径十キロ圏外を調査してほしいということ。通信機の電源は切らず、待機モードで所持すること。敵に遭遇した場合、極力戦闘突入を避け、逃走をはかること。但し、それがファルガたちの界元訪問理由の存在であると判断された場合はその限りではないこと。そして、その場合でも、対話が可能な場合は対話し、ドメラガ国消滅の原因追及に努めること。

 もし、クレーター発生の原因が核爆発だったとしたら、クレーターに近寄ったのは迂闊だったかもしれない。だが、オーラ=フィルムでの防護は施していた。この界元での防護服よりは大分ましだろう、とは思える。第三段階のオーラ=メイルと蒼龍鎧のシールドは、極小の恒星とはいえその爆発の熱と衝撃波と宇宙線に耐えきるものなのだから。

 もうクレーターの真ん中まで行ってしまったよ、と内心苦笑しながら、ファルガはアドバイスの内容を了承した。

「長丁場になりそうだな。一度本格的に休息をとった方がいいだろうな。

 輸送機の移動速度は≪天空翔≫よりは大分遅い。

 どんなに早く見積もっても十日はかかる。それまでにある程度助けられるなら助けたいし、状況を調べておきたい。

 災害救助隊が到着するまでの十日間、ペース配分しながら活動しなきゃ」

 ファルガは、置き≪索≫を中断し、熱帯雨林へと戻ることにした。食糧を大量に確保するために。

「……十日のうちにギューも来てくれるといいんだけどなあ」

 僅か数か月ではあるが、二つの界元での冒険を通じて、ギューという少年に対する信頼は確立されていた。

 ファルガと同等の戦闘能力。五歳児とは思えない知識と閃き。そして、彼からもファルガに対する信頼は感じることができた。父親であり、かつて敵同士として剣を交えた事もあるガガロ=ドンの息子を、これほど頼りにしていたとは。ファルガ自身、ギューがいないことを不安に思っている事すら、気づいてはいないだろう。

 災害救助隊の到着までの間、気丈に活動し続けることになるファルガだったが、食糧確保のための熱帯雨林までの道中、大きな溜息に合わせ、ほんの少しだけある漠然とした不安を吐露するのだった。

AIの推敲は助かります……。全部ではないけど、修正指示の出たところを治すと、確かにそっちの方がすっきりします。編集さんがつくってこういう状態なのかな、とちょっと思いました。違うかもしれないけど。

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