新旧対決
二人の巨人が、百メートルほどの距離を取って向き合っている。
周囲の砂漠では、篠つくような雨が降ったり、波打つカーテンのような霧雨が降ったりと天候は不安定だった。
ただ一ついえるのは、常に雨は降り続いている。有史以後一度も降水があった記録のない砂漠であるにも拘らず。
ましてや、砂漠に虹がかかるということなど、誰も想像できなかっただろう。
雨が降らないどころか、空に雲さえかからない状態で、どうやって虹ができるのか。
見守る『基地』の兵士たちは、奇跡の瞬間を目の当たりにしながらも、それを愉しむことはできず、固唾を飲んで二人の巨人の挙動を見守っているしかなかった。
両者は金属の巨人を駆る。だが、同じ巨人でもそこには大人と子供ほどの身長差がある。
その身長差が、戦闘力の決定的な差ではないということを証明する戦闘でもあるのだが、見守る兵士たちは、この二人が勝敗をつけなければいけないことを何となく嫌がった。
優劣。勝敗。二機の機鎧の関係性を、やはり決めたくはなかったのだろうか。それは、そのパイロットであるギューとパクマンの優劣が決まってしまうという状況にすり替えられ、そこに思いを馳せていると思われた。
異界から来たというが、あっという間に『基地』のメンバーに受け入れられた少年ギュー。鬼と呼ばれながらも誰にでも面倒見が良く、他の基地の人間からも慕われている『親分』パクマン。
愛すべきこの二人に優劣をつけてほしくない、というのは見守る人々の本当の気持ちではなかったろうか。
ただの模擬戦にすぎないはずなのに。これで二人の何かの優劣や、機鎧の優劣がつくわけではないはずなのに。新機鎧の開発の進捗と、その成果を確認するだけのはずなのに。
なぜか、見守る人たちは、この戦いに必要以上の何かを勝手に付与してしまっていた。しかも、それは意図されたわけではないのに、その場にいる者達が全て共有している印象だった。
機鎧の起動音が周囲に響き渡る。
人間でいうところの口の部分と胸の部分から、タービンが回った際の圧縮した空気が吐き出される。
顔の中心にある一つ目が妖しく光った。
稲妻が虹を潜った瞬間。先に動いたのは新機鎧だった。
身長十五メートルを少し上回るかどうかの機体が、大地すれすれを滑るように飛び、両肩にあるスパイクを攻撃目標にぶつけるために突進した。と同時に背にあるミサイルポットから十数発のミサイルが発射される。無論ペイント弾だが、弾丸軌道は本物と同じ。ギュー機の背後から回り込むように打ち出されたミサイルは、大きい巨人の左右から挟み込むように攻撃を仕掛ける形になる。着弾後、爆炎がパクマン機の視界を奪っている間にスパイクの一撃を打ち込もうというのだ。左手に持った模擬剣ではなく。
見学している兵士たちは驚く。戦闘の仕方が、初めて模擬戦を行うパイロットのそれではなかったからだ。いくら適応力の高いギューとはいえ、まさかここまで新機鎧を使いこなすとは。
なぜスパイクなのか。それは、左手の模擬剣を振りかぶりながら進むと、相手の想定しない攻撃に対して反応が遅れるからだ。スパイクでの突進ならば、ハンドガンの構えもそのままに、相手の動きに柔軟に対応できる。併せて左右からのミサイル攻撃により、対象の動きの選択肢も狭めることに成功している。
対して、身長が三十メートル近くあるパクマンの駆る機鎧は、バックパックのスラスターを噴射させ、機体を横にずらすことで新機鎧の突進の軌道から自機を外すと、格闘戦用の模擬剣を構えながら大きく跳躍し、ギュー機の放ったミサイルを跳び越すように回避する。
ミサイルは引き続きパクマン機を追跡、一気に上昇するが、それを嫌がるパクマン機の左腕に仕込まれたガトリングが、ミサイルを全て撃墜する。ミサイル内に破壊用の火薬は搭載されていないが、ミサイルの推進部にある固体燃料のみが爆発し、花火のような小さな爆発が閃光と共に連続して起きる。それでも、周囲は爆音に包まれた。と同時に、本来なら殆ど残らないミサイルの部品の破片が、降りしきる雨に交じって砂漠に降り注いだ。
機鎧そのものの敏捷性は小さい新機鎧の方が勝っているが、身体が大きいパクマン機は多様な装備を非常に数多く搭載することができる。
コンパクトに戦う新機鎧は腕にガトリングなど仕込んでおらず、もしそれができたとしても装填弾数は非常に少なくなってしまうだろう。弾幕を張るには到底及ばない。
ギュー機の先制攻撃に対し、パクマンは満面の笑みで対応していた。初手としては想像以上の攻撃が来たことで、パクマン自身も血が滾ってきているに違いなかった。
大きく跳躍し、上昇したパクマンの機鎧は巨大で重い。
その重量を斬撃に込め、パクマン機の斬撃は上空からギュー機に斬りかかった。
だが、刃がギュー機の背中部を捉えようとしたその瞬間、ギュー機は更に加速。ボンッというスラスターから迸った閃光をその場に残し、大剣の斬撃を躱しながら反転すると、右手に装備した新機鎧用ハンドガンを連射した。
勿論弾はペイント弾ではあるものの、直撃すればそれなりの衝撃を与える弾丸が、剣を砂漠に打ち付けたパクマン機の側面から無数に襲い掛かるが、パクマン機は左腕のシールドをうまく使って力を逃がすことで、ペイント弾を破裂させないように弾丸の軌道を変えることで回避する。無論、叩きつけられた剣の一撃で空中に跳ね上がった砂の塊が、ハンドガンの弾丸の速度を殺しているのは言うまでもない。
ペイント弾が破裂しなければ、実際の戦闘でもダメージにはなっていない。審判であるコンピューターは、そう判断し命中判定を下さなかった。
人間の何倍もの大きさのある機鎧を、まるで手足のように使いこなす二人。それぞれの機鎧の特徴を存分にわかった上での攻防は、見ていた兵士たちに溜息すらつかせた。
次は、大きい巨人の攻勢の番だった。
背面のスラスターに火が灯る。
そのまま走り出すと、遠くに着地したギューの駆る新機鎧に向けてハンドガンを放った。それとほぼ同タイミングで、先程ギュー機が行なったように、背面スラスター横に搭載されたミサイルポットからミサイルを撃ち出した。しかし、その数は先程新機鎧が放った量とは比較にならない。パクマン機はスラスターの閃光と共に、発射された無数のミサイルの閃光も背負うことになった。
正面からはハンドガンの弾幕。左右からはミサイルポットからの熱反応誘導ミサイルが多数。
パクマン機から打ち出されたこの火力を、軽量のギュー機が受け止められるはずはなく、地上でミサイル群を細かい動きで躱すことも無理となれば、ギュー機は大きく上空に逃げざるをえない。
ギュー機はハンドガンの直進する弾道は外せたが、ミサイルは跳躍したギュー機を追いかけ、上昇しようとする。幾つかのミサイルはそのスピードについていけず目標を見失ったものの、それでも放たれたミサイルの半数ほどは、飛び上がった新機鎧のスラスターの熱を感知して追尾を続ける。
だが、それはギューの作戦だった。左右から来るミサイルを一方向からの攻撃にベクトルを変更させることで、ギューの持つハンドガンの速射による弾丸の結界を張ることができ、ミサイルそのものの誘爆も用いて、全てのミサイルの撃墜に成功する。
その次の瞬間、ギューの双眸は驚愕で見開かれた。
眼前には、模擬剣を大きく振りかぶり、まさに振り下ろす瞬間の機鎧がいたのだ。
ハンドガンの正面からの弾幕と、ミサイルによる左右からの弾幕を回避するには跳躍するしかない。しかも、限りなく垂直に。できるだけ弾幕の進行ベクトルに対し角度をつけることで、ミサイルの追跡を振り切る可能性が増す。
パクマンは、それを読んでいた。垂直に跳ね上がるギュー機の上を抑え、行動を封じた。
「貰ったぞ、ギュー君!!」
パクマンはそう叫ぶと、パクマンのパスティックの右腕を振り下ろす操作を行なった。
巨人の目が赤く妖しく輝き、そのまま剣を持つ右腕が振り下ろされる。
その軌道は間違いなく新機鎧を右袈裟に斬った……はずだった。
だが、そこでギューの機鎧は恐ろしく柔軟な行動を行う。ほぼ弾丸の尽きたハンドガンを投げ捨てたギューの機鎧は、全スラスターを用い、前進したのだ。本来、斬撃を躱すだけならば、ハンドガンで牽制しながらの後退でもよかったはずなのだが。
重量のない新機鎧の突進など、大したダメージなどあろうはずもない。だが、両肩のスパイクだけは要注意だ。スパイクの棘にエネルギーが集中するが故、それほどの威力を感じずとも、機鎧のボディは相当傷んでしまうからだ。
勿論、慌てることはない。
新機鎧が、いくら出力の高いスラスターを使い、突進したところで、新機鎧のスパイクが機鎧のボディに到達する前に、パクマン機の振るう模擬剣はギューの機鎧を捉えるだろう。それに気づき、パクマン機から距離を取る移動を画策したとしても、そうなればパクマン機のハンドガンの餌食になる。
だが。
ギューの狙いは、肩のスパイクによるチャージを、パクマン機のボディに打ち込み斬撃のエネルギーを殺すことではなかった。
なんと、ギュー機は、振り下ろしてくる右腕の手首部に取りつき、パクマン機の剣を振り下ろす力をそのまま流用し、更に新機鎧のスラスターの力をフルに使うことで、パクマンの駆る身長三十メートル強の機鎧を投げ飛ばしたのだ。剣を振り下ろす力が、結果的にギューの一本背負いを補助してしまった形になる。
地上で見ていた兵士たちは絶句する。
自分達の機鎧での戦闘は、弾丸の打ち合いであり、せいぜい剣の打ち合いだった。
だが、眼前で繰り広げられている機鎧戦は、どう見ても拳法家の達人同士の戦いにしか見えない。まさに、格闘戦だった。
パクマン機は、投げられた場所からかなり距離のある砂漠に落ちた。
身長が三十メートル近いパクマンの機鎧・パスティック一号機の重量は数十トンになる。その重量が、剣を振り下ろす力を使ったギューの投げに合わさり、瞬間的な衝突エネルギーは凄まじく大きいものになってしまうだろう。
パクマンは、投げ飛ばされた際の軌道のベクトルをスラスターで調整し、ほぼ砂漠面と平行に接地したらしかった。
見る人が見るならば、ギューの機鎧の投げが凄まじい力で打たれたものであり、パクマン機を遠くまで投げ飛ばしたのだ、とも見えなくもない。だが、今回は投げの結果、地面に叩きつけられるよりは遠くに飛ぶ方が、受け身としては正解だったのだ。それは、中の人間に負荷がかからないように減速しながらの着地でもあった。
パクマン機はかなり遠くに落ちた。だが、機体にダメージはない。即座に立ち上がり、ギュー機の次の攻撃に備えた。
コックピットのギューは、全身汗でびっしょりだった。
ただコックピットに座っているだけだったにも拘らず。まるで激しい運動を長時間行なったような、激しい息遣いになっている。
だが、それも無理はないだろう。
通常の機鎧の操縦に加え、マナ術を常時発動させ続け、新機鎧のタービンを回し続けるのだ。疲れないはずがない。
まだ息が上がった状態のギューは、ヘルメットの中でニヤリと笑った。
「降参です、パクマンさん。僕はこれ以上模擬戦を続けることは無理です……」
通信を聞いた兵士たちは、歓声を挙げた。どちらも負けて欲しくないが、戦い始めた以上、決着はつくまで終わらない。そんな戦いだった。
そして。
ギューの降参で、この模擬戦は終了したが、もし、この投げの後も模擬戦が継続していたとしたら、勝敗はまたわからなかった。それほどに卓越したギューの機鎧操縦技術だった。
パクマンにとっても、この戦闘は初めてのものだった。
これほどまでの、機鎧の巨大なボディを用いての格闘戦は経験がない。文字通りの格闘戦だ。無論、中のコックピットも振り回される。並の人間では耐えることが不可能なほどの巨大な加速度による負担が、コックピット内のパイロットに掛かり、この変則的な動きを続けたならば、パクマンの身体にも重篤なダメージを残すことになるかもしれない。
今回のような、機鎧の投げが戦闘に用いられた場合、体の大きい機鎧の方が内部のパイロットのダメージは大きくなるだろう。重量がある方が有利だといわれる、打撃系の攻防とはまた違う結果になるはずだ。
パクマンは、この少年の操作技術に賛辞を贈るとともに、新機鎧の可能性と課題に思いを馳せるのだった。
パクマン機を投げ飛ばしたギュー機は、墜落だけは避けようと弱々しくスラスターを稼働させ、ゆっくりと着地したが、ギューのできた操縦はそこまでだった。
ハッチを開け、機鎧から降りて来ようとするギューを抱きとめようとして、ギューが異常に衰弱していることに気づくファルガ。
無理もない。
新機鎧を動かし続けるということは、常時タービンを回さなければならないが、それは即ち常時マナ術を発動させ続けている状態と同じだ。
連続で所謂『念動力』を発動させ続けるのは、ただ物体を動かすのとは疲労度がまるで違う。まさに、全力で走ることと全力で走り続けることがイコールではないのと同じということだ。
それはマナ術でも同様であり、いくらマナ術を得意とする術者でも、発動させ続けながらの戦闘はあり得ない。通常のマナ術は、マナ術を発動終了後に放つからだ。
そうすることにより、走らせたマナ術は術者の手から完全に離れ、術者はまた別のアクションに取り掛かることができる。
飛行しながらの術戦が、より高度な『真』コントロールが必要とされるのと、新機鎧の駆動用タービンを動かし続けながら操縦することの大変さは、酷似しているといっていい。
ましてやギューは神勇者だ。
ドイム界元の例で説明しきれるわけでもないが、マナ術の分野は神賢者が得手としている。神の術師とも呼ばれる神賢者でやっとできる同時使用をやって見せたギューの才能は、眼を見張るものがある。
だが、新機鎧はタービンを回すことで動力などを得ているが、タービンから意識を外すと、簡単に新機鎧は稼動エネルギー不足で停止してしまう。
マナ術の力でタービンを回し、動力を得続けるためには大量の『真』を扱うため、『氣』をコントロールして『真』を集めながら、機鎧の操縦及び戦闘を行うのは、至難の業だといえた。
そんな状態で機鎧の操縦の精度を落とすことなく、数分とはいえその戦いを最後まで続けることができたのは、ギューの精神力が凄まじいものであることを物語っていた。
「大丈夫か、ギュー」
ファルガはそう言いながら、ハッチの空いた新機鎧から落ちつつあるギューを抱き止めた。
おそらく、機鎧のコックピット内のケーブル類を断線させないように外してハッチを開けるのが精一杯だったのだろう。この状況では、零れ落ちてきた、と表現した方がよいかもしれない。自身の落下防止のために飛行術≪天空翔≫を使おうとしたが、使う集中力が既に失われていたのか。
「アハハ……。負けちゃいました。
でも、パクマンさんの操縦技術は凄いです」
一瞬溜息をついた後、ギューは力なく笑った。
「……少し眠いので眠らせてください。すみません」
そう言うと、ギューは双眸をゆっくりと閉じ、直ぐに寝息を立て始めた。
彼の腕の中で無邪気な寝顔を見せるギューに対し、ファルガは改めて敬意の念を抱かざるを得なかった。
「パクマンさん、俺との模擬戦は明日にしませんか?」
ギューを『基地』の医務室に連れていき、ベッドに横たえたファルガは、再び機鎧の格納庫に戻ってきた。
タラップを使って機鎧から降りてきたパクマンは、ヘルメットを脱ぐと、ギューと同様に汗をびっしょり書いた顔をタオルで拭っている。心なしか疲労も伺える。
ファミス国屈指のエースパイロットであり、機鎧操縦の鬼教官でもあるパクマンの口元からは、満足げな笑みがこぼれていたが、ファルガの言葉を聞き、表情を引き締めた。
零さないように独特の形状をした器に入った水分兼栄養剤を、ストローから摂取するパクマン。
機鎧の操縦に関しては経験豊富なはずのパクマンも、ギューほどではないにせよ、相当疲労しているように見えた。
だが、ファルガの提案に対する隻眼の戦士の答えは、模擬戦の続行だった。
「本来であれば、ベストの状況で君とも戦ってみたい。だが、そうすれば、君の望む時期にドメラガに送り出すことができなくなってしまう。
時間は少し空くが、燃料を補給したらでどうかね」
「……俺は構いません」
「では、二時間後に」
「わかりました」
ファルガは、会釈をするとその場を立ち去り、再びギューの元に向かった。
『基地』でも最も砂漠寄りにある医務室には、八基のベッドが準備されているが、現在そこを使用しているのはギューだけだった。パーティションによって仕切られている八基のベッドも、医務室の奥にある軍医のデスクからは全て見えるように配置されていた。
窓際のギューのベッドからは、ギューの寝息が聞こえる。
ノックの後、返事を待たずに入ったファルガは、椅子に腰かけたまま振り返る軍医に睨まれた。
「お前さんも、他の奴ら同様デリカシーがないのう。
ギュー君は眠っておるよ。先程来た時と何にも変わっとらん。
特に、お前さんは今さっき会ったばかりじゃないか」
白衣を着た初老の男性は、白くなった髪を後ろに撫でつけているが、隙間から地肌も見える程に頭髪の密度は低い。言葉に反し、黒縁メガネの奥にある瞳からは優しさを感じる。
「……大方、ギュー君に相談でもあったんじゃないか? だが、残念だったのう。恐ろしい程の勢いで体力は戻ってきているようだが、大分深く眠っておるよ」
少し驚いたような表情でギューの急激な回復を語る軍医だった。だが、その裏の心情はファルガにも読めなかった。
研究熱心な軍医なら、国に進言して生体実験をしたい、とでも言いかねないのだろうが、年齢のせいか、はたまたその柔和な表情のせいか、彼の本心は煙に巻かれている。
「……そうでしょうね」
ファルガはその後も言葉を続けようとして、言い淀む。パクマンやドォンキならば、『氣』と『真』についてもある程度理解があるから、術の使い過ぎがどうなるか、説明してもある程度納得してもらえるだろうが、軍医オリマには通じるだろうか。無論、『基地』の戦友から話は聞いているだろうが、それを前提にして話していいものかどうか迷ったからだ。
ベッドの中で眠るギューの顔色は、ファルガが連れてきた時とは比較にならない程に色艶がよくなっていた。先程までは、青白くやつれた顔をしていたギュー。
抱きながら氣功術の≪回癒≫を施してはきたものの、今回のギューの不調は、術中毒ともいわれるものであり、氣功術ではどうにもならない。
マナ術を使用しすぎると、体力もだが精神力を激しく消耗する。その状態を、古の人たちは術中毒と呼んだ。人によっては、違法薬物を摂取した時のような半酩酊状態になったともいわれている。
現象を発生させるのは、存在エネルギーである『真』だが、そこに現象発生の命令を下すのは術者の精神力だ。この数値化できないなにものかが、術には重要な要素となる。そして、通常の術ならば、一度集めてきた『真』にエネルギー転化の命令を下すと、その命令に応じたエネルギー転化を行い、集めた『真』を全て行い切ることになる。つまり集めた『真』は、一回の術の発動により、全て使い切ってしまうということだ。
だが、機鎧を動かすためのタービンを回すという、回転エネルギーへの転化命令は、『真』を集め続け、常時転化命令を出し続けなければならない。しかも、機鎧の行動によっては、必要なタービン回転量が異なるため、それに応じたエネルギー転化を行なわなければならない。それを一連の流れとして常時行ない続けるのだ。それこそがギューを極度に疲労させた原因だ。
この『精神力』と呼ばれるものは非常に厄介で、体力のように術で回復させることができない。無論、その回復についても体力の状況によって早さも量も異なってくるが、基本は睡眠でしか回復しない。それ故、ギューは機鎧のコックピットから落ちるほどに突如気を失い、今も眠っているのだ。
いくら魔神皇を五歳で屠り、神勇者のファルガと同等の戦闘能力を有する頑強な肉体を持っていたとしても、気を失った状態で高い所から落ちれば、簡単に命を落としてしまうだろう。あくまで、彼らの特異な身体能力は、『氣』のコントロールによって引き上げられ、維持されているものだからだ。
暫く立ち尽くしていたファルガだったが、慌ただしく医務室に入ってきた非礼を一言詫びると、再度医務室から出ていこうとする。
だが、それを呼び止めたのは軍医オリマだった。
「……まあ、ギュー君のように答えられるかはわからないが、少し座って話していかんかね」
ファルガは一瞬困ったような表情を浮かべたが、扉に一番近いベッドの付き添い人用の椅子に腰かけた。
「窓からも見ていたが、新機鎧とやらをこの少年は、相当うまく使いこなしていたようだな」
軍医の発言の真意を量りかねているファルガだったが、軍医のその言葉については同意だったので、首をゆっくりと縦に振った。
「そして、相当に消耗していたようだ。今の彼を見ていればわかるが、あのマナ術というのは、相当に精神力を消耗するようだな。
新機鎧のパイロットがこんな状態では、新機鎧を配備することはできないな。一戦ごとにパイロットがこんな状態になっていてはな」
ファルガは頷いた。
「その通りだと思います。今、ドォンキさんが、機鎧駆動用のタービンを回す方法を開発しようとしているんです。俺たちはその手伝いをしていました」
「模擬戦と言っていたが、何かデータを採取していたということなのか?」
「そうです。
現状の機鎧で十分な稼働を得るためのエンジンでは、大きすぎるそうです。
本来は、運用のコストや製造コストを抑えるにはもっとサイズを落としたい。そうするとエンジンを小さくしなければならないんですが、現状の技術では核融合エンジンのコンパクト化は困難なのだそうです」
「ほう……」
最初軍医オリマは、また無策の上層部が何か思いつきてやっている、と考えていたようだ。しかし、ファルガの話を聞いているうちに、些か興味が出てきたようだ。彼の眼鏡の奥では、明らかに研究家の目の輝きが宿っていた。
ファルガは言葉を続けた。
「……そこでドォンキさんは、俺たちの使う『真』に目を付けました。『真』の力でエンジン内にあるタービンを回して、現行の機鎧と同じ出力か、それ以上の力が出せないか、と考えました。実際、ドメラガ国ではサイズを小さくした機鎧が既に運用もされている、という情報もあって、ドメラガでの運用が現実なら、何らかの方法でサイズの小さくなったエンジンを実現した筈だ、と考えたんです」
「ドメラガでその小さい機鎧というのは、実際に目撃されているのか?」
「あくまで伝聞だそうです。ただ、相当信頼できる情報筋だそうですね。
ひょっとしたら、ドメラガは小さい核融合エンジンの開発に成功したのかもしれません。でも、ドォンキさんによれば、それは理論上不可能だそうなんです。そこで、ドォンキさんは、別のエネルギーの利用を考えた。ちょうどその時、三機の機鎧撃墜事件があって、それを機会に『真』の研究をしようと思ったみたいです」
「あの事件だな。
赤い矢が機鎧を貫いたとかなんとか。実際に見ていたのがパクマン司令官だというから間違いないんだろうが、ただのパイロットの報告では、発狂を疑われるな」
「実際、パクマンさんも疑われたそうで、烈火のごとく怒ったそうですよ」
ファルガはそう言って笑った。
「……でも、そのためには『真』が観測できなければ、それを取り扱う機構の造りようがない。そこでパクマンさんはドォンキさんに依頼されて、俺たちが『真』を扱うのを数値化するために、理想サイズの機鎧を二体だけ造らせました。『真』観測用の機鎧ですが、エンジンの開発成功時には、それが搭載できるような造りにするため、わざわざ副首都と呼ばれた大きな都市の研究所で製造が行われました。
今回の機鎧の模擬戦は、その時に作られた新機鎧で『真』の観測データを取るためのものでした。人間の想像しうるエネルギーの観測をしたようですね。その中身は俺たちにはわかりませんが、戦闘データ分析を行なっているそうです」
「ワシには、あの模擬戦の意味はわからんかったが、そういうわけか。
で、ギュー君に相談しようとした中身はその話なのか?」
「いいえ、別件です。
ギューと俺は、別の理由でこの界元に来ています。その目的を果たすために、ドメラガを見ておきたい。
ドメラガとの戦争状態はまだ続いています。でも、実際の交戦はないとのこと。ドメラガで一体何が起きているのか。それを確かめて、今後の行動を決めたい。
そう思ってパクマンさんに申し出ました」
「……些か解せないところもあるが、それは聞いてもよいのか? 聞いてワシでわかる話なのか?」
「さっき話した、機鎧撃墜事件の赤い光の矢。あれが、恐らく俺たちが倒さなきゃいけない相手か、その一味です。そいつらが、ドメラガに関わっているのか。それを見てきたいんです。実際に交戦が始まってしまってからでは遅い。そう考えています」
「なるほど」
オリマは、少し俯き加減になり、考え込んだようだ。
ファルガは、少し申し訳ない気持ちになった。
流石に『妖』対『魔』の構図は簡単に説明できない。この界元で生まれるべき神勇者がドメラガにいるのか、それともまた別の場所にいるのか、はたまたこれから生まれてくるのか。
それを確かめたい、と告げても理解はできないだろうし、もしドメラガに神勇者になる存在がいたならば、ファミス国と敵対を始めるのか、と尋ねられた時に即答はできない。もし答えたとしても、それはその時点では嘘になる。
ならば、嘘にならない範囲での現状を伝えるしかなく、それはかなりあいまいな現状でしかない。
ただ、彼の中ではドメラガも『魔』の影響下……魔神皇、或いは魔神、神闘者……で、技術提供を受けて、ファミス国でいうところの新機鎧を開発できたとは考えていなかった。
いや、考えなくてよいという確信を得るために行ってみたかった。そして、この界元における『魔』の様子等も見てみたかった。
「パクマンさんに、ドメラガ入りの許可を求めたんですが、その時、新機鎧の模擬戦の後に、俺との模擬戦も提案されました。
ただ、今回の新機鎧との模擬戦で彼もかなり消耗しています。その状態で、俺は彼と手合わせをしていいものか、迷っているんです」
「行ってから、後で手合わせではいけないのか?」
「それは、俺も話したんですが、彼はどうしても今手合わせしたいのだそうです。拒否はできない雰囲気でした。何か切実なものを感じて……」
「それで悩んでいたわけか」
ファルガは頷いた。
パクマンのあの雰囲気は、ドイム界元での精霊神大戦争後、最後に会った時のヒータックの雰囲気に似ていた。
ヒータックは、ファルガ達と別れた後、ルイテウで命を絶ったと聞いている。その時は意味も分からず、何故そんな選択をしたのかわからなかった。今はうっすらと事情は聞いたが、それでもなお納得はできていない。未だに何も告げずにこの世を去ったヒータックに対する怒りすらある。そして、それを察することの出来なかった自分自身にも怒りはある。
その時の雰囲気と、ファルガに本気の手合わせを望んだパクマンの雰囲気は酷似していた。もし、ここで手合わせをしなければ、彼とは二度と手合わせが出来ない。
パクマンが死を選ぶ理由は何も思い至らないが、何故かやらなければならない気がしていた。
恐らく、全力で戦えば、パクマン機を落とすことは容易だろう。だが、それでいいのか。パクマンはそれが望みなのか。それとも、神勇者の力を見たいだけなのか。はたまた別の意図があるのか……。
冷静に考えれば、五歳のギューに相談することはいかがなものか。
それでも、ファルガには決断できなかった。もし、剣の勝負であるなら、また話は違っただろうが、機鎧との戦闘では……。
軍医オリマは沈黙を守っていた。
オリマにもわからなかったのだ。ファルガの駆る新機鎧との戦いならば理解もできる。ただ、機鎧を操るファルガではなく、生身のファルガと手合わせをしたい理由が。
ややあって、オリマの絞り出した言葉は、
「もし君が良ければ、司令官の思う通りにしてやってくれ……」
という、やはり抽象的な助言だった。
原稿遂行に『GEMINI』を使ってみました。
表現等おかしい所はおかしい、と言ってくれるので、使いやすい半面、意図しない表現を修正案として出してくるので、よく読まないと、ですね。
でも、技術がどんどん進んでいくのは凄いです。
文章の能力とかも大事ですが、アイデアがすごく大事だな、と思ってます。
丁寧にやっていかねば。
 




