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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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209/253

交流

「カインーッ! 逃げろーっ!」

 今まさに闇に落ちようとする砂漠の端。

 巨大なミミズを退け、この界元との橋渡しになるかもしれぬ人命を救助した後、搬送をどうするか思案するタント界元の神勇者・カインシーザの頭上から齎された言葉は、彼が待ちわびていた男たちによる、最も予想できず聞きたくない言葉の一つだった。

「……な、なんだとっ!?」

 愕然とし、声の方を見上げるカインシーザ。

 上空で何が起きているのかはわからない。

 だが、声の主は間違いなくファルガ。グアリザムを破ったあの青き鎧の戦士が、まず逃げを打てと指示する状況とはいかなるものなのか。

 カインシーザは、上空からの言葉に反応し、まずは自身の武器である『風雷閃』を長槍として展開する。そして、岩柵の側面に沿うように急降下してくる蒼い鎧の青年と真紅の鎧の少年を見つけ、その背後にいる数体の影に攻撃を仕掛けた。

 『飛翔突』。

 カインシーザの数少ない、ロングレンジの攻撃だった。

 神勇者の装備『風雷閃』は、風とそれを用いて発生させた雷を主要属性とする超神槍だが、操者が使用可能なマナ術を乗せて打ち出すこともできる。今回のカインシーザの鋭い突きは、炎のマナ術≪燃滅≫を帯びていた。

 槍の穂先の形状を模した炎は高速で打ち出され、刺突の撃として黒い影に刺さると、その紅蓮の炎を体内で延焼させた。炎の穂先が、直撃した対象を体内から燃やし尽くす結果となるだろう。そして、その標的が外骨格であるからこそ、なお効果を生むことになる。

 ファルガの背後とギューの背後にいた黒い影は、不思議な声を発しながら墜落し、カインシーザの数メートル脇でのたうちまわると、やがて動かなくなる。その間も≪燃滅≫の炎は内部から敵を焼く。やがて動かなくなった敵の外骨格の隙間から炎が漏れ出し、敵の絶命を明らかなものにする。

「こいつらは……、なんだ!?」

 自分のすぐ横でのたうち続け、やがて動きを止めた、人とは異なる形状の生命体を見て、カインシーザは唸るように呟いた。

 タント界元では勿論のこと、他界元であるドイムでも、この大きさの外骨格の生物は見たことがない。外骨格の生物といえば節足動物だが、このサイズにまで成長できるというのか?

 だが、討った敵をじっくりと見ている時間はなかった。

 超神槍『風雷閃』の神勇者は、次から次へと押し寄せる黒い敵を迎撃すべく、炎の穂先を飛ばし続けた。

 超神槍『風雷閃』は、所有者であるカインシーザのイメージ通りに、槍の柄の長さや刃の形状を変えることができる。炎の穂先は三又の鉾の切っ先のような形状を取り、接近しながら飛行する黒い影を確実に刺突していた。

 だが、敵の数が多すぎて埒が明かないと思ったのだろうか。カインシーザは、穂先の炎の形状を変え、一匹一匹を戦闘不能にするのではなく、横に大きく広がったブレードのような形状の斬撃を飛ばす手法に切り替えた。その『飛翔閃』により、炎の刃に接触した広範囲の敵を、効率よく斬り裂き殲滅する。

 穂先の形状とは全く異なる、燃え盛る炎の巨大な刃を作り出すことに成功した蒼い髪の神勇者は、今度はそれを速射し、飛来する敵を切断していく。

 ファルガとギューが彼の下にたどり着くまでに、一体何体の黒い影を撃墜しただろうか。

「カイン! 早く逃げよう! 数が多すぎる!」

 カインシーザの横に立ったファルガとギューも、それぞれ『竜王剣』と『巨人斧』を振るい反撃に転じていたが、一向に黒い影の攻撃が緩む気配はない。それでも剣士と斧使いが迎撃するのは、どこかで逃亡のタイミングを計っているからなのだろう。

「一体、こいつらは何なんだ? 人間ではない飛翔生命体のようだが、暗がりでよく見えん。殺気があるから場所はわかるが、数が徐々に増えている気がするぞ!」

 カインシーザは飛ばす斬撃から、炎を纏った槍を振り回すことで、傍に来た黒い影を軒並み斬りつける戦法で、増え続ける敵に対応する。振り回す槍の切っ先が描く軌道は、カインシーザを中心とした斬撃の半球となり、それが攻撃の範囲になる。しかしそれは、それだけの数の敵の接近を許しているということであり、穂先を飛ばした迎撃だけでは追いつかなくなったことの証明でもあった。

「こいつら、蜂だよ! 人間の倍はある巨大蜂だ!」

 黒い影を切り捨てたファルガは、叫ぶように答えた。

「なんだと!? それでは敵の数は万を超えるじゃないか! 何十かは倒したが、それでは全然間に合わないということか」

「だから何度もそういっているだろう! 下手をすると、今この瞬間も孵った蜂の化け物が、どんどんこっちを目指して飛んできているに違いないんだ。増援はあっても敵の数が減ることはない!」

 ファルガの指摘を完全にスルーしたカインシーザは、足元で横たわる三人を抱えるように二人の神勇者に指示を出すと、自身はそのまま槍を振り回しながら上昇を始める。

「……だが、相手が蜂だというなら、戦い方も変わってくる」

 カインシーザは一瞬考えた後、言葉を発する。

「いいか、合図をしたら息を止めろ! いくぞ!」

 カインシーザの叫びと同時に、彼の身体から同心円状に何かが広がっていき、その何かに包まれた巨大蜂は、突然はばたくのをやめ、砂漠の砂の上に次から次へと落下してくる。

 死んでいるわけではないのだが、うまく体がコントロールできなくなっているらしかった。地面に落ちてのたうち回る様は、まるで蚊取り線香の煙にいぶされて床に落ちた蚊の集団のようだった。

「カイン、一体何をした……!?」

 ファルガは、眼に激しい痛みを覚え、眼を閉じながら叫ぶ。

 息を止めろという以上、息をするわけにはいかないが、息を止めるにしても限界はある。そして、眼が痛いというのはまた、別の状況の変化を思わせたからだ。

 だが、効果は覿面だったようだ。

「昆虫なら、息を止めるということはできないはず。混乱や麻痺などのガスをマナ術で作り出し、指向性を持たせた。匂いという特性故、多少拡散はするのは致し方ない。

 けが人は抱えたな? これからこの地から離脱するぞ。ついてきてくれ!」

 匂いのマナ術。

 自分の想像しない術の使い方にあっけにとられるファルガ。

 恐らく、神経毒を発生させるマナ術を使い、それをあの槍の持つ特性である大気の流れをコントロールし、蜂だけを飲み込むような、毒の噴射器を疑似的に作りだしたのだ。

 感心するファルガを尻目に、カインシーザは足元に横たわる人間を肩に担ぐ。置いていかれると困る、とファルガとギューも慌ててそれを真似た。ギューだけは身長の問題もあり、背中に完全に背負った形になった。

 そして、そのまま飛行術≪天空翔≫を用い、地を這うような低空飛行を開始した。 

 乾いた摩擦音が、そこここで発生する。

 背後で、蜂同士が同士討ちを始めているのが手に取るようにわかった。

 先程まで三人の神勇者に向いていた怒りと不安の矛先が、仲間であるはずの別の蜂に対して向けられ、その場で殺し合いを始めたのだ。

 昆虫特有の外骨格を、牙で砕き割る嫌な音があちらこちらで続く。

 蜂とはいっても、燃え尽きる直前のシルエットで見た限りでは、両腕が鎌状になっていたようだった。獲物をおさえこむだろうその鎌で、自身の仲間たちを攻撃しているのは、なんとも気の毒に思えないこともない。例え敵であろうと、例え人間でなかろうと、彼らは彼らの目的を達するために命を掛けていた。その一途さは見習わなければならないだろう。

 そして、あの鎌を一対体に持った蜂たちに、接近戦を挑まれたと仮定するなら、戦い方も変わってきただろう。あの蜂たちがロングレンジの攻撃手法を持っていないからこそ助かった場面ではある。

 この界元では蜂といっても両前足が鎌になっている形態なのだろうか。

 針はあるのか?

 毒は?

 と、瞬間的に疑問を覚えるギューだったが、彼も二人の神勇者についていくのに必死だった。

 何匹かの蜂は、低く飛び去ろうとする神勇者三人を追跡しようと試みるが、他者の妨害にあったり、自身が追跡の意識をなくしたりと、眼前の敵に対する処置ができないまま動作を停止したのだった。

 光のない空間において、前後左右から耳障りな硬いものが割れる音が不気味に響き続ける中、神勇者の三人と救助した三人の人間は、何とか戦線を離脱することに成功したのだった。




 自分は、既に死んだと思っていた。

 あの時、サンドカーの中で様々なメーター器が火を噴き、徐々に車内の形状が変わっていくのがわかった。背にした壁がせり出し、自分の背中を押すと同時に反対側の壁がひしゃげ始める。明らかに金属疲労の進行している音が響き渡り、徐々に砕けていく接合部の溶接部分。

 時間の問題だ。

 脱出のための出入り口は破損し、人間の力では押せなくなった。

 二人の部下は気を失っているが、残念ながら、自分はこういうところでは意識を失いにくい。それ故、体感する苦しみが長引いてしまうのは、損な役割だとは思う。

 ただ、その体の性質は、ぎりぎりの戦場では、無意識に死に抗うことで彼を生存できる状態へと近づけるものだった。

 サンドカーのコクピット部分に掛かる巨大な力がなくなり、突然空中に放り出されるのが感覚的に理解できた。空中で回転しているのがわかる。それがやがて大地を転がる衝撃になり、そこでパクマンの意識は失われた。

 次にパクマンが意識を取り戻したのは、上空だった。

 状況を確認しようと周囲を見渡そうとするパクマンに対し、聞き覚えのある声が耳元でする。

「あ、暴れないでください! 大丈夫ですから!」

 機鎧の全方位モニタ裏のスピーカーを通して聞こえたのと同じその声は、真紅の鎧の少年のものだった。

 やはり、言葉が通じるのか。彼こそ『ディグダイン』なのか……。

 パクマンは少年の言葉に従い、身体を少年に預ける。

 星明りでうっすらと見える周囲の様子は、砂漠の凹凸を黒のグラデーションで鮮やかに描く。黒い砂漠の見え方から判断するに。それほど高度のないところを、速度をあげずに移動している。ただ、足を砂に取られるはずの砂漠を進む歩行スピードとしては速すぎる。そんな印象だ。

 まだ、機鎧のサイズが爆発的に巨大化をする前の時代は、制空は飛行機で行なった。パクマンもまだその時は空軍兵であり、耳にした開発中の機鎧などという人型の兵器のことは、夢物語だと笑い飛ばしたものだった。

 だが、それから十数年も経たず、人力の補助であったはずのパワードスーツは徐々に巨大化していき、機鎧と呼称される巨人型パワードスーツは戦場の様子を一変させた。

 その経験をしているパクマンは、旧時代の戦闘技術を行使する少年兵を見ても、それほど不思議には思わなかった。ただ、あの岩柵に突然出現したこの少年の存在が夢ではなかったと安堵しただけだった。

「少年、ありがとう。

 私は恐らく君のおかげで大丈夫だ。暫くこのままの状態で移動すればいいのかな?」

 少年は、前を飛行する青い髪の戦士と、赤いマントをはためかせ蒼き鎧を纏った戦士に声を掛ける。

「僕の運んでいる方が目を覚ましましたよ。一度下に降りませんか?」

「少年、少し待ってくれ」

 少年におぶさるように乗っているパクマンは、自分の時計と星の位置から、現在位置を割り出そうとしていた。

「少年、日没は今からどれくらい前だ?」

「多分、一時間は経過していないと思います」

「わかった。ありがとう。

 今の季節と時間、星の位置から推測するに、このまま後数キロ進めば、砂漠が切れる。砂漠が切れたら、少し南に進行すると足元に小山がある。その小山が我々の『基地』(ホーム)だ」

 一度、パクマンは言葉を切った。次の言葉を、不思議な力を使う三人に聞かせるためだ。それは、彼なりの誠意でもあった。

「……君らがこの星の存在ではないとはうすうす気づいている。そうでありながら、流暢に我々の言葉を話し、距離や時間の観念も同じか非常に近いというのは、何か意図があってのものと考える。

 だが、それとは別に命を二度助けられている事実はある。最終的には決別しなければならないかもしれないが、少なくとも今は感謝をしている。

 まずはそこで我々の出来ることをさせてくれ」

 先頭を飛ぶ青い髪の青年は、背後のパクマンを一瞥したが、終始無言だった。

 反応を返してきたのは、蒼い鎧の戦士だった。

「そうしてもらえると非常にありがたい。俺たちも、実は何も情報がないままここにいる。

 多分、俺たちがここに来た目的を話してもピンとこないとは思うが、少なくとも今は俺たちも敵意はない。最終的に対立することになってしまうかもしれないが、それは諦めるしかないだろう。

 言葉に関していえば、俺たち三人の間でも、同じ界元の人間は一人もいない。けれど、とある方法で互いの発言を認識している。

 貴方の言葉に関しても恐らく同じ技術が作用している。それ故、少し難しい概念でも、ある程度理解はできるはず。できれば情報交換をしていきたいと思っている」

 暗闇の中、パクマンはニヤリと笑った。

 生命的なものから、風俗習慣まで全く未知の存在同士の邂逅。だが、その割にはいろいろな前提が合致していて、下手をすると、同じ星の別の大陸に住む言語の異なる種族より、意志の疎通は容易且つ適切かもしれない。

 昔、物語で読んだ内容を、まさかこの年齢で実体験するとは。

 人生とはわからない。

 六人の男たちは、そのまま何者の襲撃も受けることなく、パクマンのいう『小山』に到達した。




 『基地』(ホーム)に帰還したパクマンは、『基地』(ホーム)のスタッフに、まるで幽霊が現れたかのように驚かれた。

 無理もないだろう。

 砂漠で三機の機鎧が失われ、四機の機鎧が中破の損害を受けている。それが突如砂漠に現れた何者かの仕業であることは明らかだった。

 『基地』(ホーム)が設営されてから約五十年の時間が経過している。その間、この地は前線基地となることはなく、大陸の西部寄りの中央に聳え立つ岩柵・長城壁の監視を主目的とした『基地』(ホーム)は、資源の確保と『機鎧』という新技術・新兵器の訓練所としての側面を暗に持ち続けた。

 長城壁を挟んで広がる砂漠と熱帯雨林には、何か化け物が住むと、『基地』(ホーム)設営当時からまことしやかに囁かれていた。

 だが、砂漠においては化け物といわれるような存在の目撃の記録はなく、熱帯雨林には未だ発見されていない新種の様々な生物がいるといわれていたが、既存種以外の目撃情報もなかった。

 ただ、現れては消えたのが、『ディグダイン』と呼ばれる何かの目撃情報。

 『ディグダイン』が何なのか、誰もわからない。

 ほぼ熱帯雨林で発せられた目撃情報も、そもそも定義が曖昧なので、何だかわからないが生命体っぽい何者かが『ディグダイン』と評されていたようだ。

 人型の何かといわれるが、詳細は不明。

 そんな伝説が渦巻く中、ある日突然四機の演習中の機鎧が、砂漠にて中破の損害を被る。続いて、パクマンの部下であり弟子でもあるカピィ、ルダーゼ、リグーンの駆る機鎧が撃墜された。そして更にサンドカーで砂漠に入ったパクマン達も音信不通となったのだ。

 ものの数日で発生する不可思議な事案群。

 彼らの身に何かが起きたと思わない方がおかしい。

 そんな彼らが、サンドカーを失い、徒歩で戻った。

 もはや彼らの評価は、死人か化け物か、といったところだ。

「そんな下らんことをいってないで、仕事に戻らんか!」

 医務室で横になる六人の兵士たちを覗きに来る『基地』(ホーム)の面々に、パクマンは会心の雷を落とす。

 ……自分たちの界元にも、ああいうタイプの雷親父がいたものだ。

 ファルガとカインシーザは、目配せをし苦笑いをするのだった。無論、ファルガが思い浮かべたのは、育ての父にして鍛冶の師ズエブ=ゴートンその人なのはいうまでもない。

 六人のヘルスチェックが終わり、メディカルマシンは異常なしの結果を出した。彼らの身体は何らかの形で治癒しているということだ。もはや医務室のベッドで横になっている必要もない。

 ベッドから起き上がったパクマンは、部下たちに幾つかの指示を迅速に飛ばす。それに応じて、カピィ隊長が先陣を切って、医務室から出ていった。

 ファルガとカインシーザは、一度寝泊まりをする部屋を経由した上で、移動した先の応接室らしき場所で待たされることになった。

 ファルガはその部屋に甲冑と剣を置き、SMG時代の装束に身を包む。なんとなく、ファルガはSMGの装束姿が一番落ち着くのだった。

 カインシーザはプロテクターを脱ぐことはしなかったが、元々戦闘時は硬度を増し、ショックを吸収する仕様になっているらしく、通常時は柔らかい厚手の服を身に着けている、といった印象だ。

 ギューはその席には立ち会わなかった。パクマン達が『基地』(ホーム)と呼ぶ砂漠の僻地に造成されたこの場所でも、他の兵士たちと交流をし、既に輪の中に入っているようだった。恐るべき順応能力だ。彼は彼なりに情報収集のために尽力をしているのだろうか。

 兵士たちが時間つぶしに行うカードゲームも、ギューは早々にルールを覚えてしまっているらしい。しかも、たまに兵士たちの叫び声とはやし立てる声が聞こえるところをみると、ギューは割と兵士たちを負かしているようだ。

「凄いものだな、ギューは。既に他界元の人間と交流を楽しんでいる」

 心底感服したように、カインシーザは溜息をついた。

「親を知っているだけに、あの親からどうやったらこんな友好的な奴が生まれるのか、って感じだよ。俺からすると」

 ファルガも思わず零れる微笑のまま呟いた。

 彼らの座っているソファは、応接というには少し地味な印象を受ける。

 天井にある二本の長い棒から光が放たれているらしく、まるで昼のような明るさで周囲の様々なものを見ることができるが、現在は日没から数時間過ぎた時間帯だ。いわば深夜の直前。

 蝋燭などとは違い、炎が光を供給しているわけではないので、明るさは一定且つ蝋燭を用いたランタンより安定した光源となった。

 部屋を取り囲むように設置された本棚は、何の書物だろうか。本棚の隙間にある窓から外を見ると星空が広がり、砂漠は闇に沈んでしまっている。

 彼らの背後にあるドアが鳴る。

「失礼するぞ」

 入ってきたのは、ほんの数時間前まで、ギューの背の上で意識を失っていたパクマンだった。

 ファルガたちが見たことのあるどのような軍服とも種類の違うそれは、とても刃を防げるような代物には見えなかったが、彼らはその服を着て戦をするのだという。

 カインシーザが≪回癒≫を使い、パイロットたちの傷を癒した時に、彼らが身に着けていたのはパイロットスーツ。どちらかというと、こちらの方がヘルメットもある分、甲冑に近い気がする。

 パクマンは木製の盆の上に乗せた白い三つのカップをテーブルに置き、ポットのようなものから茶色い液体を注いだ。

 一瞬、パクマンの行動の意図がわからず、躊躇したファルガとカインシーザだが、彼らの警戒を祓うようにパクマンは手で制すると、自身の前にある茶色い液体のカップに口をつけ、一口飲んだ。

 どうやら、それがこの場所での礼儀なのだろうか。はたまた、毒が入っていないというアピールか。いずれにせよ、手探りながら好意的な行動を示してくれているのは間違いない。

 ファルガもカインシーザも、パクマンの行動をなぞり、カップを手に取るとその茶色い液体を飲んだ。

 苦みがあるが、不思議と嫌な苦みではない。炒った豆を挽いたような、非常に香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。

「……ありがとう。

 それはチャという飲料でな、チャの木の葉を収穫、乾燥させて粉末にしたものに、沸騰した湯をかけると、このチャが煮だされ出来上がる。リラックス効果があるので、是非ご賞味いただきたい」

 この味は、カインシーザの口にあったらしく、一口含んだ後、カップの中の茶色い液体を一気に流し込んだ。その後、静かにカップを手元のソーサーの上に置き、テーブルに戻す。

「カインシーザ殿は、チャを飲み慣れておられるのか」

 パクマンは、少し驚いた様子で、前に置かれたカップとカインシーザとの顔を見比べた。

「この界元ではチャと呼ばれているようですが、我々の界元でも飲まれていました」

 パクマンとカインシーザの会話を聞いたファルガは、界元によっては、全く同じものも存在するのだな、と不思議そうにもう一口あおる。

「ファルガの所でもこのような飲料はあるんじゃないか?」

「ドイムでは、紅茶があったけど、それに近いかな」

 日が変わって最初の仕事である窯への火入れの後に、くべてあったポットのお湯で作る紅茶は、子供ながらに非常においしかったのを覚えている。だが、これほど苦くなかったのは、ミラノがミルクを入れてくれたからなのだと思い出すには、少し時間を要したものだった。

 パクマンは二人のやり取りを見ていたが、「さて」、と話を切りだす。

「……もう一度尋ねるが、君たちは『ディグダイン』ではないのだな?」

 ファルガの方を向いていたカインシーザは、改めてパクマンの方を振り向いた。

「同じ回答になってしまうが、我々は『ディグダイン』ではない。

 『ディグダイン』という名は勿論のことだが、概念もいまいちしっくり来ていない。

 先程のパクマン殿の説明では、常人離れした身体能力を持つ人型をした何か、とのことだったが、それだけの情報だと我々が該当してしまうのもわからなくはない。

 貴方方のいう『ディグダイン』の定義をもう少し詳しく教えていただきたい」

 パクマンは、残っていたチャを飲み干すと、ソーサーにカップを置き、背もたれによりかかった。

「いや、実は他の情報は本当に何もないのだ。人型、というだけで、映像も何も残っていない。『ディグダイン』が人型であるという情報も、伝承として残っているだけで、その情報の出所を探ると、途轍もなく怪しくなる。

 だが、それでもこの世界の人間は、それを信じて疑わない。

 不思議なものだ。こう話している俺ですら、『ディグダイン』は人型なのだという先入観が抜けないのだ」

「神話のようなものか……。誰も実在は信じていないが、神の名を聞かない世界はないからな」

 そう呟きながら、かつては魔王として恐れられた精悍な女神フィアマーグと、癒しの神・可憐な女神ザムマーグを思い描くファルガ。

 だが、ファルガの隣で双眸を閉じていたカインシーザが、突然口を開いた。

「『ディグダイン』。先程は覚えがないといったが、今思い出した。俺は『ディグダイン』という名を聞いたことがある。だが、勿論本物は見ていないし、言い伝えを聞いたに過ぎない。

 『ディグダイン』とは、過去に存在した強力な力を持った神勇者だったらしい」

「……だったらしい?」

 疑問形の答えを聞いたファルガの言葉に、ゆっくり双眸を開くカインシーザ。

「そうだ。俺自身ではなく、タント界元の神皇様がご存じだった。

 ただ、この界元での『ディグダイン』という言葉が、神勇者と同義なのかはわからないそうだ。伝説の超神勇者ライ=ブレイブのように、最強の神勇者として界元内で語られているのではないか、とのことだそうだ」

「ライ=ブレイブ……」

 聞いたことのない名前が二つ、突然現れたことに戸惑いを隠せないファルガ。

 だが、今でこそ普通に会話をしているが、このカインシーザという男も別界元の神勇者なのだ。そして、別界元の情報が、言い伝えとして残っている。これもなんとも不思議なことだった。

 結局は、神皇同士の交流も当然あるだろうし、そこから情報が伝わってくるのだろうが、宇宙が生まれてから消失するまでの長いスパンを光速で移動しても、到達できない距離にある者同士が、情報のやり取りができることに驚きを隠せない。

「まあ『ディグダイン』が、この星の中での過去で随一の使い手だったのなら、彼らの中に神話の英雄として名前が残ることは不思議ではない」

 カインシーザはそう話すが、彼もまだ完全に納得している様子ではなかった。

 通常神話の英雄であれば、誰もが知っている存在ではあれ、目撃情報は出ないはずだ。だが、正体不明の存在として、そこここで目撃情報があるというのが、不思議でならない。やはり、『ディグダイン』という存在は、何らかの形で現存するのだろう。

「……いるかいないかといわれれば、いるのだろうという話はわかりました。で、パクマンさんは、その『ディグダイン』に、何かして欲しいと思っているわけですか?」

 具体的に『ディグダイン』という存在の有無には触れるが、何かの目的を遂行するにあたっての必要な存在であるという風には捉えていないパクマンに対し、ファルガは疑問をぶつけてみた。

 それに対し、パクマンはこのように返した。

「俺は『ディグダイン』はいないと思っているよ。

 どちらかというと、予期せぬ現象があった場合の心の拠り所として、『ディグダイン』というものが存在しているのだろうとは感じている。まさに貴方達のいう神のような存在なのだと。

 ただ、機鎧を蹴り飛ばしたり、足首を切断したりできるような存在が現れれば、そういう習慣で生活している者たちがその存在を『ディグダイン』として認識しても不思議ではないのだろう、ということだ。

 今後は機鎧同士の中近距離戦闘が予見される現在において、機鎧の格闘戦はつきものになってくるだろう。敵国との対機鎧戦のシミュレーションは必須だ」

「現在、戦争状態なのですか?」

 カインシーザは、言葉のトーンを落とした。あまり周囲には聞かせたくないだろいうという配慮からだ。

 だが、パクマンは気にしないでいいという合図をしながら言葉を続けた。

「何十年も交戦のない戦争状態というのは、厭戦気分を増大させる。定期的な軍事演習さえ集中力を欠き、余分な事故を増やすことになってしまいかねない。だからこそ、演習は怠らず、意識を持続するための処置は必要だった」

「いっそのこと終結を謳ってしまえばよかったのに」

「そうもいかない。

 やはり、国家間の対立が根底にある。そこにはまだ蟠りしかない。そして、百年以上前になるが、宣戦布告をした後、停戦の宣言がなされていないのだ。例え、前線と規定されている地点ですら、交戦の事実がここ数十年ないとしても。

 どちらかというと、機鎧を戦術兵器ではなく戦略兵器として認識し、敵国との開発競争が過熱しているという状態だ。実際、機鎧を一機投入すれば、それだけで戦力は数十倍に膨れ上がる。歩兵の攻撃は勿論、飛行機からの攻撃も回避するだろう。唯一戦車の砲がダメージを与えられるかもしれないが、決定打にはならないだろう。

 その認識でいるからこそ、戦場での機鎧の導入数がそのまま勝敗に直結する。そして、我が国ファミス国は、ドメラガ国に機鎧の開発で後れを取っている。

 恐らく、ドメラガ国の機鎧は、我々の扱う機鎧の半分くらいの体高だろう。実戦において、出力が同程度で小型化が進んでいるならば、格闘戦においては小さい方が圧倒的に有利だ。単純に的が小さくなるからな」

 パクマンは溜息をついた。

 戦争がなくなれば、自分たちの稼ぎはなくなる。だが、だからといって無理に戦争状態にしておくのも、自分たちがやっているわけではないとはいえ、気が引ける。戦争状態にしておかねば、兵士たちの食い扶持を奪いかねなくなってしまうからだ。

 砂漠の中の『基地』(ホーム)において、様々な訓練生を見て、ほんの少しの虚しさを感じているのだろうか。

 カインシーザとファルガは、カップに注がれたチャを飲み干した。


 その後は、ずっとパクマンからの質問尽くしだった。

 界元とは。

 神勇者とは。

 神皇、魔神皇とは。

 『超神』の装備とは。

 精霊神大戦争とは。

 カインシーザとファルガは、自分たちが聞き取りに費やした時間の約三倍から四倍は質問攻めにあうことになる。

 そして、それが終わり、与えられた部屋に戻った時には、日付はとうに変わっていた。詰め所にて兵士たちとコミュニケーションを取り続けていたギラオ界元の神勇者・ギュー=ドンは、部屋には戻っておらず、『基地』(ホーム)内を探し回った結果、カードゲームに興じ、そのまま眠りこけていた他の兵士に交じって、幸せそうな寝顔を浮かべていたのだった。


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