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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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205/253

ディグダイン

「戦闘データの分析結果ですが、どのディグダインのものとも一致しません」

「ほう。それはどういうことなのだ?」

「恐らく、完全な新種ではないかと思われます」

 指揮官席に座る、髪で右目を隠した隻眼の男の眉間の皴が、より深くなる。

 新種とは……。

 男は周囲に気づかれないように鼻で笑う。

 既存種ですら未だに対抗策が完全に出来上がっているわけではない。それなのに、新種とは。しかも、一匹は機鎧の足首を切断したという。既存種より遥かに高い戦闘能力があるに違いない。

「調査隊を向けろ。あの弾幕の中を生き抜いたとは思えぬが、死骸から何かしらヒントが得られるやもしれん」

 指揮官席の男はそういうと、パイプを吹かしたのだった。

 何故か、口元が自嘲的に歪む。




 ディグダインと呼称される人型の異生物との抗争が始まったのは一体どれくらい前の事なのだろうか。

 容姿は自分たちと全く変わらない。しかし、身体能力が異常に高く、生身でも重火器を持った人間を相手にすら優位に戦いを押し進めることが可能な存在だという。

 酷く好戦的で、出会った人間の四肢をずたずたに引き裂く。その姿を見て生きて帰ってきた者はいないとされていたが、いつからかそういう人型の何者かの目撃数が増えてきているという。

 人間とディグダインを見分ける手段はない。しかも、何故抗争が始まったかについても、明確な記録はない。

 ある時森林に薪集めに出た少年が、同族異種に惨殺されたのが最初という書物もあれば、村に迷い込んだ美しい少女を助けた際、少女を媒介して疫病が村を襲い、村が全滅したのがきっかけであるという資料もある。辺境の地で、通常よりも何倍も重い赤子が生まれた時、ディグダインと交わったのではないかと謂れのない疑いをかけられ、その赤子と母親はそのまま火にかけられたという。

 だが、どれもおとぎ話的な内容である上、『薪』だの『疫病』だの『火炙りの刑』が逸話に出てくる時点で、人々が科学という技術を発展させる前の、太古の昔の寓話であるように思えてならない。

 この科学技術の進歩はここ数百年の事だが、それ以前から抗争は続いているということなのだろう。伝承にある『神』と『悪魔』の戦いのように。

 急激に加速する科学技術の進歩。その最先端の技術を用い、ディグダインどもとの戦闘に負けないために、人類は『機鎧』を開発する。

 最初は人類サイズのプロテクターを装備することで、その人間の身体能力の底上げを図った。着想はパワードスーツといってもいいかもしれない。

 それこそが『機鎧』の始まり。

 その後も、『機鎧』の歴史は刻まれていく。

 最初は、ただの固い物質で作られた甲冑のようなものだったが、ディグダインの攻撃をまともに防ぐためには、まずプロテクターの硬度を増すことが求められた。

 しかし、硬度の上昇はパーツとなる原材料の密度の上昇と同義。その増した硬度を維持すると、その重量ゆえ俊敏性が低下する。俊敏性を犠牲にすることで、ディグダインの攻撃を避けきれなくなるどころか、反撃もままならなくなったために、プロテクターの材質を変更し、軽量化を図りつつ調整が進められた。しかしながら、硬度を高めるとスピードが落ちるという構図はそこまで急激に変えることはできなかった。

 そこで、落ちたスピードを上げるため、機鎧に行動補助装置を搭載することになるが、それは稼働箇所全身に及ぶため、当初の『機鎧』に比べ、二回りも三回りも膨張した姿となった。

 更に、行動補助装置を大量に搭載させると、装置そのものの重量も加算され、装着者の負荷が更に増す。

 結果、防御力をあげるために強固な材質を採用すればするほど、その重量のためスピードが落ち、スピードを補う装置を積めば機鎧本体の大きさが増し、大きさが増せば防御用の材質の使用量が増え重量が増す。

 このスパイラルが『機鎧』の姿を徐々に巨大化させていった。敵であるディグダインのデータの収集がほぼできていないこともあり、想定される敵のデータは徐々に増加していく。そこに輪をかけて、不特定多数からの伝聞によりデータそのものに尾ひれがつくという事態も『機鎧』の巨大化に拍車をかけた形になる。

 そこまでの巨大さになると、もはや人間としての活動は難しくなり、身体を動かすのも、機鎧内に設けられたキャプチャルームで捉えられた体の動きを忠実に再現する制御方法ではなく、一つの乗り物として、アクションをプログラミングで制御する形の巨人へと変わっていった。

 最初期の『機鎧』の縮尺が、装着者の身長プラス三十センチ程度のものであったことを考慮に入れると、この巨大化というのは並々ならぬ変化だ。

 それはもう、技術の進歩と呼ぶことすら難しい。単純に、目標に向かって挑戦していた技術開発が別の方向にも啓蒙されたというよりは、別の目的を実現するために新しく発生した技術に成り代わってしまった、という感じだ。

 そして、『機鎧』を開発している間、幾つかの機鎧のコンセプトが誕生し、そのコンセプト自体が人類の思想の経典となり、派閥が出来上がっていく。

 その頃には、ディグダインとの戦闘ではなく、コンセプトそのものの闘争が人類間で起こり、勢力を二分し戦争状態に陥っていた。

 もし仮に、ディグダインとの接触・戦闘が実際に記録に残っているとすれば、ここまで『機鎧』を巨大化させる必要はなかったはずだ。戦闘能力のみパワードスーツで対応すればよかったはずだからだ。小さい敵に対し、少し体躯が大きいというなら戦闘におけるアドバンテージもあるだろう。しかし、巨大すぎる体躯は、圧倒的防御力と攻撃力を誇ることはできても、ディグダインの速度についていくことは難しいだろう。

 それにも拘らず、三十メートル近い体高の『機鎧』に行きついたのは、実は、人類はディグダインとの接触は、ほぼ……いや、全くなかったからではないのだろうか。

 人類が勝手にディグダインのイメージを具現化し、更に所業をイメージし勝手に憎悪を滾らせているだけではないのだろうか。

 かつて。

 まだ、街灯がなく夜の帳が降りると全くの闇に包まれ、夜空の星だけがかろうじての道導になっていた頃に、人は闇を怖れ『光』を崇拝した。やがて、光を自分で起こせるようになった人間。

 自らで起こした『光』で闇を照らしてやれば、自分が何者なのか、自分が何をすべきか、どこに向かうべきか、どこにいるのか、という根本的な問いに対して、答えまでは見えずとも、ある程度方向性は見えるはずなのだが、人類は自身の心に照明をつけることより、仮想の敵を闇の中で確実に討つ方法を求めてしまった。自分の影に怯え、その影を倒す手法を追い求めてしまった。

 そんな印象を受ける。

 片や機鎧をコントロールする才能に特化した人間をエリート、とりわけその中でも五本の指に入る人間を為政者とし、自分たちの思想の下で国家の構築が始まった。

 もう一方の勢力は、弱者を護るために強い者が戦う、という一見すると非常に人道に則った思想を持ち合わせていたが、機鎧を用いた際の弱者が強者からの庇護を受ける分、弱者は強者に感謝してひれ伏して礼を言うべき、尽くすべき、という過剰な思想に変化してしまい、結果同じような偏った思想を持つ国家が成立してしまう。

 片や、強い者を評価する国家。

 片や、強い者への感謝を強要する国家。

 最終的には双方が双方を疎ましく思い、とある事変を境に開戦したが、お互いに似たような思想になっていたため、戦争の結果はどちらが優勢であろうと世界の趨勢はあまり関係はなかったという。

 結局、さも既得の権利であるように振舞う強者たちであり、その者たちの陰で泣くのは弱者。どちらの国家も幸せとは程遠い。一部の人間だけが潤う状態。

 そして、二つの思想からなる国家が、対ディグダインを謳いながら人間同士争い続け、長い年月が過ぎた。




 パクマンは、その交戦状態が日常の世界に生まれてきた。

 男なら、学校を卒業したらそのまま従軍する。それが当然の流れだった。

 パクマンもその流れに従った。いや、従わざるを得なかった。

 だが、幸か不幸か、パクマンには素養があった。それを伸ばし、高めていくうちに自分の階級も上がっていった。

 それがその時代の人間社会における社会的成長の段階であったといえる。また、そのルートから外れた者は所謂社会不適合者の烙印を押され、中々そこから立ち直ることは難しかったという。

 当然生活の水準も落ち、扱いとしては犯罪者と同様かそれ以下のものだった。

 機鎧のエースとして、様々な戦役や災害復興に携わっていた、現場主義の現役時代も終焉に近づき、後輩に道を譲ることになる。やがて、ついに彼は戦闘そのものからは退き、最前線での機鎧隊の大隊長・司令官に任じられるようになった。

 この時も、機鎧の操縦テクニックが優れている者が階級が上がるのであり、大局を見渡せる人間が司令官になるという流れはなかったという。

 軍の人員は全てが機鎧のパイロットだった。

 整備部隊や補給部隊でもその作業に従事するために、必要な機能に特化した機鎧が存在し、必要な作業を機鎧を用いて的確に処置のできない人間は階級が落ちる。逆に機鎧操作の達者な者は、配属された部署以外でも社会的地位が保証される。人類総機鎧パイロット化された社会において、その操縦技術が全ての価値観に優先された。

 司令官となっても、自分の機鎧のメンテは怠っていない。何かがあったら、司令官も先陣を切らねばならない場合もあるからだ。

 パクマンは疑問に思っていた。

 社会は全て機鎧で成立しており、機鎧の操縦テクニックが全てであるのは、十分承知している。

 だが、元々の機鎧の技術全般は、ディグダインという人型異生物に対抗するために形成されたもののはずだ。そして、ディグダインと疑わしきものを見た人間は一定数存在するようだが、これがディグダインであると断言した者には会ったことがない。

 その事実は、自分の両親や元上官、そして様々な年配者に聞いても、歴史上の著名な著書を調べても、同様の答えが返ってくる。つまり、ディグダインと呼ばれる人型異生物は、それそのものの存在が概念化しているだけで、実物に出会ったことがある人間は、少なくとも身の回りには存在しないのだ。

 だが、日々起きる不可思議な事象……原因が特定できない自然現象や社会現象。とりわけ人間に害をなす現象全般……は全てディグダインが目論んだもの、あるいは仕組んだものであるという認識の下、社会は動いている。

 そんな概念的な対抗勢力に対して、様々な投資や研究が行われ、その結果、研究者が財を成したり成果を上げたとしても、実際にディグダインであると確認された存在に使用された実績はないという不思議な現象が起きている。実はそれが過剰な技術向上の結果であり、その技術が形を変えて財としてこの社会にストックされている状態が、今のこの社会状況なのだ。

 つまり、『枯れ尾花』であった幽霊討伐に世界中が躍起になっている状態。

 パグマンはそのような認識でいる。無論、彼もその社会状態の恩恵を受けてはいるので、正式に口には出せないが。

 しかし。

 赴任した大隊の軍事活動の一環である、砂漠での機鎧の操演中に、実際の不可思議な事案が起きた。

 三人の人型異形物が空中に突如出現し、一人は機鎧を蹴り倒したという。もう一人は機鎧の右肘部の可動部を使用不能にし、最後の一人は、機鎧の右足首を切り落としたという。

 その被害は実際に上がっている。以前のような、事象自体はあったとされるが、いつどこで誰が観測、目撃したのか明確ではない、やはり都市伝説の域を出なかったものとは訳が違う。

 何かとんでもない事案が発生したのではないか。

 ディグダイン。

 恐るべき概念的な存在であるにも拘らず、何故か人型での存在以外を疑われる不思議な存在。

 いよいよその存在と対面できるかもしれない。




「調査隊を向けろ。あの弾幕の中を生き抜いたとは思えぬが、死骸から何かしらヒントが得られるやもしれん」

 司令官席にてパイプを咥えたまま、命令を下す隻眼の司令官、パクマン。

 彼は生まれて初めて遭遇するかもしれぬディグダインに対し、恐ろしさと嬉しさの入り混じった不思議な感情の昂りに震える手を抑えるため、シートの肘掛を強く握りしめるのだった。

 パクマンの司令官席の前で指示を受けた機鎧パイロットたちは、コンバットスーツを身に纏い、ヘルメットを左手に持った状態で敬礼をすると、駆け足で彼の下を走り去った。

 何人もの部下たちが、司令官パクマンの前に背を向けた状態で、何枚もあるモニタを食い入るように見つめ、必要に応じてキーボードを叩いている。電子音とキーボードを叩く音だけが辺りにこだまする。

 パクマンの前方に広がる巨大なモニタの画面が幾つかに分割され、基地内の様子を時間によって細かく切り替え、映像を通じてパクマンに届ける。

「私の機鎧も出撃準備をしておけ」

 パクマンはそう告げると、レーダーの画面に切り替わった前方の巨大モニタを食い入るように見つめた。

 数時間前の応援・攻撃要請。

 パクマンは、現在眼前に広がるモニタ内に映し出されたレーダー画面に、機鎧以外の存在が映ったことを確認していた。

 レーダーに映った未確認物体の大きさは、機鎧を尺度に考えてみると、せいぜい一メートルから二メートルの間。

 機鎧の反応と比較すると、個体サイズが明らかに小さすぎる。

 幾ら敵国が小さい機鎧を開発したとしても、縮尺が人間と同サイズなものは、実現していないはずだ。

 だが、現実に一機の機鎧は、腹部を激しく蹴られ一瞬ではあるが昏倒しており、別の機体は右肘を破損し、更に別の機体は、足首を切り落とされているという事実は間違いなく存在する。

 その時の様子は、映像としてではないが、レーダーの動きを見るに、実際に人間サイズの何者かが行動を起こした結果であると断言できた。

 しかし、敵国に送り込まれたスパイから、人間サイズにまで縮小できた『機鎧』の開発情報は聞こえてきていない。

 今まで何度もディグダインの出現情報が流れてきた。しかし、その度にパクマンは空振りしている。その頻度のせいか、最近はもう情報が齎された時には、呆れて欠伸が出る程だった。

 口に出さぬが、彼は思う。

 どうせ、怯えた人間の誤った目撃情報だろう、と。あるいは、話題性を求めたインフルエンサー気取りの人間か。

 だが、今回のデータは余りにリアルすぎた。

「……伝説のディグダイン。この私が初めての目撃者になるかもしれんな。

 もっとも、それを目撃したところで、本当のディグダインは私も知らぬ。今回捕獲できたなら、それがディグダインのスタンダードになるのだろうがな」

 彼も席を立った。

 その背後には、生まれて初めて司令官の席に座らねばならない、副司令官が真っ青な顔をして立ち尽くしていた。

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