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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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204/253

砂漠の巨人像

 視界が開けた瞬間、足元には何もなかった。

 どうやら空中に放り出されたらしい。『ゲート』が中空にある場合もあるのか、とは考える間もなかった。ただ、現状そうとしか思えない。後でそう納得することになるだろう。

 水色と白色の風景が、視界をぐるぐる回る。落下しているのは何となくわかるが、水色と白色のどちらが大地でどちらが空なのか、どちらが上でどちらが下なのかわからない。

 呼吸ができない。このまま窒息するのか? 日差しが著しく強いのはわかるが、顔に当たる風が強すぎて、声を発することもできない。意識が朦朧として、≪天空翔≫を使うという選択肢も持てなかった。

 界元が異なり、星が異なると、大気や重力、その他様々な環境が通常と異なる。その差異は微小であったり極大であったりと、文字通り千差万別だ。それを界元神皇、あるいは神皇に訪問者は、身体の機能や感覚を訪問する界元の星の生物として再構成してもらい、その界元・星で活動できるようになるのが神術の一つ≪適応≫だが、これは最高次である神皇しか用いることができない。魔法のように、発動させればオートで対応できるようになるのではなく、派遣先のあらゆる状況を知る神皇や界元神皇が≪適応≫の神術を使う事で、『見守りの神勇者』たちは派遣先で活動できるようになる。

 それでも、完全な適応は直ぐにというわけにもいかず、身体がそれを受け入れるのに若干の時間はかかってしまうようだ。逆に、神皇の≪適応≫の神術なしで何らかの方法で自身を転送させた場合、仮に転送時は生きていても転送先の環境が合わないこともままある。運が良くて死。最悪の場合、意識が残りながら体が変異するために、苦痛を味わいながらその場に永久に居続けなければならない、といった事案もあるというから、ドイムからギラオに飛ばされたガガロとギラは運がよかったという以外にない。

 ズンッと鈍い音がして、大地に叩きつけられたにしては酷く小さい衝撃を覚えるファルガ。

 ただ、身体に触れている何かが、酷く熱い。そして、それは鎧の隙間から体に侵入してくる。……熱湯?? いや、そこまでではないような気もする。

 中空に放り出された時点で、氣の鎧『オーラ=メイル』を発動させていたファルガは、衝撃こそ感じたが気を失うことはなかったので、即座に立ち上がろうとした。しかし、足元の踏ん張りが効かずに転倒した。

「く……くそっ……。我ながらよく落ちる……」

 まだ別界元訪問も二回目だが、二回とも新界元に到着したとたんに墜落しているという意味では、墜落率は百パーセントだ。

 自分の周囲を見ると、カインシーザも着地後の姿勢の制御に苦労しているようだった。

 カインシーザが姿勢制御に苦労している理由は、砂だ。どうやら砂丘に落ちたらしく、何かを手すり代わりにして立ち上がろうにも、掴むもの、踏ん張ろうとするものが全て崩れ落ちてしまうため、姿勢を保つことができないのだ。

 少し青みがかかった酷く目の細かい砂が、ファルガ達神勇者を受け止め、そのまま大地に転がした。そんな表現がしっくりくる着地だった。

 砂で踏ん張って足場を固めることを諦めたファルガは、≪天空翔≫の術を使い、ふわりと宙に浮かぶ。甲冑の中に熱い砂が残っていたが、徐々に温度は下がっていく。ただ、足先や手先部に砂が留まり、著しく装着感が悪い。

 ファルガは甲冑を脱ぎ捨て、砂を外に捨てたかった。だが、見渡す限り砂の続くこの場所において、落ち着いて甲冑から砂を摘出する作業ができそうな場所はなかった。

 新しい神勇者、赤い鎧を身に纏ったギュー=ドンは、二人が落ちた場所より少し離れた所に墜落した。

 ガチャン、という金属同士がぶつかる音がし、ファルガたちは一瞬息を飲む。自分達が墜落した時の状況とは異なり、酷く硬度の高い部分に墜落したことを想像させるその異音に、ファルガとカインシーザは音の方に慌てて振り返ったが、ギューは何事もなかったかのように立ち上がった。

「大丈夫か、ギュー!」

 ファルガの呼びかけに、ギューは元気そうに手を振って答えた。

 ただ、ギューが墜落した場所は、ファルガたちの墜落した場所とは状況とは全く異なっていた。

 周囲には青みがかった砂漠が広がるが、ここに誰が製作したのだろうか、四体の巨人像が砂漠の中に屹立している。その大きさたるや、生半可なものではない。それぞれの像の身長が三十メートル近くはある。そして、外見も色合いも全く同じだった。まるでおそろいの甲冑を身に着けているかのように。

 不思議な光景だった。

 海岸に打ち寄せる大海原がそのまま時を止められ、固まったかのような凹凸の激しい景色は、まさに砂砂漠の特徴だ。そして、周囲には砂丘が延々と連なっていく。ましてや青白い砂礫は、文字通り海や湖を彷彿とさせる。

 『砂海』。

 後程この表現が正解だったと知る三人の神勇者だったが、その予備知識が無くとも、この見渡す限りの砂漠を海と表現するのに、何ら躊躇はなかった。

 そのような条件の場所だ。

 昼間は砂嵐も多かろう。夜は気温が氷点下になることもあるだろう。この異常なほどの昼夜の温度差は、砂漠を広げるに必要な条件だった。

 それならば……、いや、だからこそ、巨人像は砂嵐などで半分程埋まっていても何らおかしくない。そして、この砂漠の砂は、ファルガたちが知る砂よりも粒子のきめが細かい。掴んでも掴んだ感触はほとんどなく、指の間からすり抜けてしまう。

 ところが、その巨人像の屹立する様子は、まるでその巨人像が意志を持ち、直前まで歩いていたかのように、足の裏まで全く埋まっている様子もない。逆に、巨人像の後ろには転々とした窪みすら見られる。その窪みが足跡だと断言できないのは、その形状が足形と呼べるほど明確な形を残した窪みではないからだが、砂砂漠であることを考えると、海岸線の砂浜のように足跡が残るかといえば、実際の所は恐らくそこまで残りはしないだろう。

 むしろ、像そのものが足元を固定されていない印象を受けた。像なのに足元を固定しない? 設置の仕方は愚か、設置の選定場所も、設置の目的も、いよいよ不明だ。

 そして、設置に至る経緯。何らかの知的生命体がいるのならば、生活の痕跡がその巨人像の傍に何らかの形でありそうなものだが、そういったものも全く見られない。

 誰が何故この場所に、どうやって身長が三十メートル近い巨人像を建造したのか。

 その意図は全く不明だった。

 そして、少年ギューの落ちた場所は、砂漠の砂の上ではなく、なんとその巨人像の左肩の上だった。

「……大丈夫です!」

 三十メートル弱もある身長の巨人像の、肩の上であれば、周囲の様子を確認するのは容易だ。

「そこから何か見えるか?」

 カインシーザの問い合わせに、ギューはもう一度周囲を見回す。

「見えないです! 他の巨人像三体見えますが、それ以外は辺り一面砂だらけです! まるで大きい砂場みたいです!」

 体躯は大きいが、五歳児のあどけなさも感じさせる、かつての宿敵・ガガロ=ドンの息子。出会って数日も経っていないが、妙にファルガとは気が合った。

 出会った界元こそ異なるが、元は両親がドイム界元の同じ星の人間。その子供であれば、実質自分と同じ星の生まれといっても過言ではない。それに、両親がガイガロス人とドレーノ国出身のイン=ギュアバ人であるなら、環境はほぼファルガと同じだ。それもファルガが少年を気に掛けるようになった理由の一つかもしれない。

 逆立った髪の毛は明るい碧色。黒目の大きな二重の双眸は、髪の色よりも更に鮮やかな碧眼だった。赤い鎧は、ファルガの蒼龍鎧に似たデザインではあるが、肩当ての部分がなく、その分アンダーメイルの方に装甲がついているイメージだ。

 ギューの使用する武器は、白銀の巨大な戦斧。刃の部分に装飾の施された諸刃の戦斧はギューの身長ほどもある巨大なものだったが、それをギューは軽々と片手で振るってみせた。また、柄の先端には鋭い穂が付き、刺突攻撃にも対応しているようだ。

 ファルガはそれを持たせてもらったが、片手で扱うことは、神勇者の彼ですら到底不可能だった。

 『巨神斧』と呼ばれる神勇者の装備を、魔神皇との戦いでも使って戦ったが、ギューは戦斧をまるで自分の手足のように使いこなし、魔神皇を追いつめたという。

 『巨神斧』は何重かに折り畳まれ、赤い鎧の背にあるプレート部に鎧の一部として格納されるため、一見すると赤い鎧を身に纏ったギューは丸腰のようにも見える。

「本当に怪我はないか?」

 ファルガから少し離れた所に落ちたカインシーザも立ち上がり、ファルガとギューの安否を確認する。

 答えたギューの様子を見て、カインシーザも胸を撫で下ろしたようだ。

 ギューは、そのまま巨人像の肩から飛び降りるつもりらしかった。

「しかし、この大きな像は何なんですかね?」

 巨人像の肩の上で周りを見渡すと、肩に落ちた巨大な人型の像のほかに、砂漠に立ち尽くす三体の巨大な人型の像。先程までは砂丘の窪地にいたが、砂丘の尾根部に移動したファルガにも確認できる。しかし、その位置もポージングも全く製作者の意図が読めない。

 像は、青白い砂漠の砂と同じ色をしているため、材質はその砂を押し固めて作られたものであるように思えたが、この粒子の非常に細かい砂を押し固める技術などあるのだろうか。それに、ギューの衝突音が金属音だったところを見ると、この像たちは、砂とは全く違う素材でできているのかもしれない。あるいは、この砂の方が像の材料が粉末化したものなのか。

 ギューはふわりと浮くと、ゆっくりとファルガ達の方に滑空するように飛行を始めた。

 ≪天空翔≫。

 ファルガがドイム界元でやっと習得した飛行術を、五歳という年齢のこの少年は既に身に着けているらしかった。しかも、今は滑空で飛んでいるが、恐らく高速飛行も可能だろう。

 若干の驚きと、ほんの少しの嫉妬心を胸に、ファルガは滑空してくる少年を待った。

 だが、ギューは安全にファルガたちの元に到達できなかった。

 突然砂色の人型像が動き出し、滑空するギューを左手で捕獲したのだ。

 人型像の一つ目が妖しく光る。

 どこかで覚えていた違和感。それがまさに具現化した瞬間だった。

「こいつ! ギューを放せ!」

 ファルガは大きく跳躍すると、巨人像の腹部に蹴りを入れた。

 二足歩行の存在は、よほど姿勢が特殊でない限りは、両足を支える腰部に重心がある。そこを全力で攻撃することで、バランスを崩させ、ギューを救出するつもりだった。

 巨人像は表情を変えずに、そのままもんどりうって倒れたが、ファルガの足にも激痛が走る。地面に降り立ったファルガはおもむろに足を摩り始めた。

「なっ……、なんて固い鎧を身に着けてるんだ。しかも、あいつら動くのか。氣は全く感じないのに」

 ファルガに蹴りを見舞われたことで、手からギューを取りこぼした巨人像は、一度砂を巻き上げて転倒したが、直ぐに立ち上がり、ファルガを見据えたようだ。その時も、巨人たちは砂でバランスを取ろうとしている様子は見られなかった。

 それと同時に他の三人の巨人像もファルガを取り囲むように砂の中に聳える。

「待て、ファルガ! 何度も言っているが、他の界元で様子もわからないまま勝手に行動をするんじゃ……!」

 カインシーザはファルガを制しようとするが、彼の後方から棍棒を振り下ろしてきた巨人像の一撃をすんでのところで躱すと、カインシーザの戦闘本能にも火が付いたようだ。

 腰につけていた柄の長さが自由に変わる槍、『風雷閃』を手にし、棍棒を振り下ろしてきた右手の肘の部分に、鋭い突きを数発繰り出した。

 巨人像は飛び退くように回避しようとしたが、カインシーザの一撃は関節部に向け何発も、電撃を帯びた突きとして繰り出され、振り下ろした棍棒を体に引き戻していない巨人像の肘から下の自由を奪ったようだ。

 背後に飛びずさった巨人の足裏と、背中、腰辺りから青白い光が見え、周囲に爆風を巻き起こした。数十メートル離れた所に着地した巨人だったが、カインシーザの破壊した肘関節はぐらぐらであり、およそ体と連動した動きをしているようには見えなかった。しかし、痛みを感じているようにも見えない。

 ギューも背から『巨神斧』を取り出すと、滑空中に彼を捕まえた巨人像の足元に滑り込み、右足のくるぶしあたりを勢いよく薙ぎ払った。真紅の鎧の背中を保護するプレートが一瞬で巨大な戦斧に変形したのには、ファルガも驚きを隠さない。

 巨人像は右足首を失い、そのまま背後に転倒する。

 刹那、斬り飛ばされた右足首は砂地に音を立てて落ちるが、そこに出血は見られない。血液のない生物など、存在するのだろうか。

 例え界元が違っていたとしても、そして、体を構成する物質は違っていたとしても、体の機能が界元ごとに全く違う進化をする、とは些か考えづらい。やはり生命体の変化はまずは効率性・汎用性を考えたものが多いと考えられる以上、環境があまりに違わない限りはそこまで体を構成する要素はドイム界元と変わらないのではないか。

 ファルガは何となくそう感じていた。

「……しかし、あいつらも凄いな。カインもギューも、攻撃発生後の動きに無駄がない」

 カインシーザの身体を薄紫色のオーラ=メイルが、ギューの身体は、ファルガと同じ青白いオーラ=メイルが包む。

 聖剣の使用段階でいうところの第三段階に到達している彼らは、生命エネルギーである『氣』を完全に使いこなしているようだった。

 ファルガも負けじと背から竜王剣を抜き放ち、残った二体の巨人像に斬撃を食らわせようと、竜王剣の刀身に力を込めた。

 竜王剣の刀身に光が灯り、それが眩い閃光を放つようになる。

 ……だが、戦闘はそこまでだった。

 転倒した巨人像は、滑るように立ち上がると、後方に大きく跳躍した。と同時に、他の三体も三人の神勇者から距離を取り始めた。一気に数百メートルは距離を取ったように感じられた。

 巨人たちが怯えた?

 『氣』を持たぬ巨人像たちの動きは予想できず、それ故ファルガたちの反応は遅れた。

 上空から何かが迫る。

 一本や二本ではない。数十本の矢のようなものが煙を吐きながら飛来した。一体どこから放たれたものなのだろうか。

 飛来する矢は、羽の先から火を噴き、その火を推進力として使っているようだ。全ての矢が三人をめがけて飛んでくる。

 近づいてくる矢の大きさを認識し、驚く三人の神勇者。だが、その驚嘆も一瞬のうちに掻き消えた。

 轟音と共にファルガたちの立つ砂地に衝突した瞬間、その鏃は大爆発を起こしたのだった。次々と着弾しては爆発する鏃群。

 爆音と閃光、そして地響きが辺りを揺らし、衝撃波が幾度となく砂漠を走った。

 数十回は続いた爆発。

 そして、その後に訪れたのは静寂。

 砂漠特有の焼けつくような風が吹き、立ち昇った煙を連れ去った時、砂地には巨大なクレーターが出来上がっていた。


「やったか……?」

 一度は大跳躍で、爆風から退避した四体の巨人。

 その巨人たちは、再度爆心地に歩みを向ける。

 巨人たちは、砂に沈むことなく、軽々と歩いた。彼らの持つ、砂漠歩行の技術の賜物なのだろう。

 直径五十メートルはあろうかというクレーター。その周りを取り囲むように、巨人たちは立った。そして、クレーターの中を覗き込むような姿勢を取る。

 ややあって巨人たちは、自分たちの勝利を確信したようだった。

「本部へ。

 砂漠での『機鎧』ティックの演習中、ディグダインと思われる敵三名の襲撃あり。

 一号機の右脚部先端に損傷あり。また、二号機の腹部に被弾。二号機の損害は不明。三号機の右肘の駆動部に異常あり。

 敵は殲滅した。

 四機全て自走可能。帰還する」

 巨人像の一体が、別の場所との交信を終えた。

「帰還了解が出た。行くぞ」

 右足首を切り落とされた巨人像を先頭に、一体、また一体と巨人像が跳躍する。

 腰と背から光を放ち、足首を切り落とされている巨人像以外の三体は、足の裏にある円形の窪みからも光を放ちながら、砂漠の丘陵の奥に飛び去っていった。

 ややあって、砂漠に穿かれた巨大なクレーターから少し離れた所から、三人の人影が立ち上がった。

 完全に砂に埋もれていたが、三人とも怪我はしていないように見える。

「酷い目にあった。耳の中も砂だらけだよ……」

 蒼い鎧を身に纏った男は、兜を脱ぎ、中に入った砂を外に出す。赤い鎧の少年は口の中の砂を仕切りに吐き出そうとして、咳き込んでいた。

「どうも、あれは生物じゃないようだな。だが、何かと交信していた。近くに奴らの本拠地があるかもしれん」

 カインシーザの言葉にファルガも応じた。

「あの巨人像たちから『氣』は感じなかった。でも、確かに奴らは動いていた。ありゃ一体何だ。術で作った巨人像だとしても、生命体なら『氣』は感じるはずなのに……」

「それはそうだ。界元が異なっても、『氣』と『真』(マナ)の関係は必ず成立する。だが、それを感じないとなると、何者かが遠隔操作であの巨人像を動かしていた、と考えるのが妥当だろうな」

「そうか。だから、ダメージを与えても痛みを感じないんですね」

 ギューは背に巨大な戦斧を収め、全身の砂をはたきながら答えた。

 その後、三人は砂に触れぬよう、しかし高度を取ることであの正体の知れぬ巨人像どもに悟られぬよう、ギューの切り落とした足首の元に近づいた。

「あの巨人は鉄でできているのか……。しかも、切り落とされた方のこの足は砂に埋もれている……」

 ファルガは砂漠に残された足首に≪索≫を走らせ、確認する。

「ただ、鉄の塊を加工してできた巨人像、というわけでもなさそうだ。鉄より酷く軽い。しかし固い」

「僕が昔家で作ったものに似ていますね。あれはプラと呼ばれる物質でできていましたが。

 それで作った像は、ある程度の固さはありますが、簡単に熱で加工できました」

 足首の切り口を見ていたギューはそう呟いた。

「物語でありましたよ。人間が造った巨大な像を動かして戦うお話。

 あんな感じの巨人像に乗って動かすタイプと、遠隔操作で動かすタイプがあるみたいで、戦うこともできる人型の乗り物、というイメージでしょうか。

 僕たちの界元では、実現はしませんでしたが……」

「この界元は、俺たちが今まで見てきた界元とは文化レベルや道具術のレベルも大分違うみたいだな」

「そのようですね」

 ファルガたちは、先程戦場となったクレーターから少し離れた所に野営用の穴を掘り、そこで休むことにした。ギューが巨人像の肩の上から観測した限り、この辺りは砂だけであり、日を避けられそうなものは何もない。柔らかい砂だが、マナ術≪氷結≫を用いて水分を作り出し、砂と混ぜ合わせると思いの外固まった。これをうまく使い、日を避けられるだけの疑似的な防空壕を作ったのだ。

 もう少しすれば、先程の巨人像の仲間がもう一度その地を訪れるはずだ。

 そこで自分たちが戦った謎の小さな人間たちの痕跡を探し、調査のために持ち帰ろうとするだろう。自分たちがあの鋼鉄の巨人像が初見であるのと同様、彼らからしても、自分たちは珍しい調査の対象となりうるだろうからだ。

 一人は巨人像の腹に蹴りを入れ、転倒させた。

 またある一人は槍で右腕の関節を使えなくし、最後の一人は巨大な……といっても、巨人像から見ればおもちゃのような大きさではあるが……斧を使い、あの巨人の足首を切り落としたのだから。

 正体のわからぬその存在を、そのままにしておくはずはないだろう。何らかのアクションを起こすはずだ。

 彼らが再訪した時に、どうやってコンタクトを取るか。

 そこがもっぱら三人の神勇者の話題だった。


「ところでカイン、この界元の神皇様とは話はできるのか?」

 ファルガは全て鎧を脱ぎ、直接日の当たらぬ窪地で、巨人像の再訪を待つ。

「砂漠で待つのには暑すぎるから、鎧を脱ぎたいのはわかるが、奴さんの訪問は恐らく急だぞ。対応できるか?」

 武器防具を全て脱いでしまったファルガはいわば丸腰。身に着けているのは、ミラノがかつて作ったSMGの装束に似せた服だ。その状態での急な敵の襲来に対応できるのか。カインシーザはそれを危惧したが、ファルガは問題ない、という。

「ドイム界元の超神剣は、どこに武器と防具を置いていても、呼び寄せることができるんだ。カインの武器防具にはその機能はないのか?」

 カインシーザは首を横に振る。ギューは身を乗り出し、羨ましそうに口を尖らせた。

「あ、いいなー、ファルガさんの超神剣。僕のも、呼び出せば来るんですが、身に着けるのは自分でしなければいけないんですよ」

 その後、ギューは、悪の秘密結社と戦う五人の戦士の物語の事を熱く語り始めようとしたので、ファルガとカインシーザは苦笑しながら止めた。どうやら、ギューの界元では何者かが撮影した画像を映し出せる機能を持つ機械があったらしい。そして、それを通じて定期的に配信される番組があったらしく、それを毎日欠かさず見ていたそうだ。『スーパー小隊シリーズ』。それぞれの戦士が色分けされた鎧を身に着けて戦う寓話らしい。

「……かっこいいんだけどなあ。変身の様子とか」

 ギューは自分の楽しみをファルガやカインに共有してもらえなかったために、少し膨れながらも、自身の会話を鞘に納めた。

「この界元の神皇様との交信だったな。

 実は、巨人像と戦う少し前から続けているのだが、ここでも音信は不通だ」

「またか……。まさか、また既に神皇様や魔神皇が倒されている、いわくありの界元なんじゃないだろうな?」

 ファルガはつまらなそうに呻いたが、カインシーザの深刻そうな表情を見て、顔を横に背けると大きく溜息をついた。そんなファルガを、ギューは気の毒そうに見つめるのだった。

「俺もおかしいとは思っているのだ。

 こう何度も神皇不在の界元への訪問が続くと、流石に訳アリの界元だけに回されているのではないかと思ってしまう」

「でもまあ、もし、偉い神様たちがきちんと機能している界元なら、そもそも『見守りの神勇者』を送り込む必要もないだろうから、そもそも大前提が神皇様、魔神皇、神勇者や神闘者が何かしらの事情で不在な場所で、これから育とうとしている当該界元の神勇者を保護するのが目的なのかもしれないな、このシステムは」

 そういう意味でいえば、ファルガのいたドイムの界元も、神皇はいるが魔神皇が不在だった。『もどき』はいたが……。

 ひょっとすると、また誤って神皇と魔神皇を両方失って、界元消滅という可能性もあるのかもしれない。

 ギラオ界元では、ドイム出身でありながら、ギラオ界元の神賢者になったガガロから話を聞くことができたため、界元消滅の際も危うく難を逃れることができた。

 しかし、この界元に至っては、状況がよくわからない。そして、問題なのが、それ以上に界元の名称などもわからないことだ。

 それどころか、『氣』を持たぬ巨人像が、実はこの世界の住人という可能性もあり、『氣』は感じないが、『氣』を表に出さないで行動する技術も開発されているかもしれない。それなら、自分たちもその技術を習得すれば、戦闘において『氣』を消して行動できるようになり、それはそれで有用なはずだ。

 色々総合して考えると、その界元の神皇にまず話を聞いて、そこから様々な行動指針を決定していくという方法が、やはり有用な気がする。

「……それができればな……。いずれにせよ、情報がもらえないならば、我々自身でとりにいく必要がある。

 どんな小さな情報でもな」

 今回は、完全にゼロからの冒険だ。

 いろんな可能性を考えて動く必要がある。

 まずは、あの知能の在りそうで、かつ『氣』を持たぬ不思議な巨人像に何とかしてコンタクトを諮る必要はありそうだ。そして、この界元とは言わずともこの星の情報位は得ておかねばならないだろう。

 あの巨人像がそういったことを知っていれば、の話だが。

「うーん、やはり一度界元神皇様に文句がいいたい」

 ファルガは大きく伸びをすると、砂のベッドの上に横になった。

 そんな様子をギューとカインシーザは苦笑しながら見つめるのだった。

「最近、ファルガさんはずっと寝ますね」

「まあ、そういうな。ああすることで奴は頭の中を整理しているんだ」

「本当ですか……?」

「……多分な」

 カインシーザの笑顔は、若干引きつっていた。

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