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界遊記  作者: かえで
新たなる世界

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202/254

界元の消滅

 ファルガは驚愕し通しだった。

 ガイガロス人の戦士ガガロは、六年前の神闘者との戦闘で、グアリザムの『黒い稲妻』を受け、爆散したはずだった。余りの爆発の威力のため、内側に向かったエネルギーは≪洞≫の術を発生させるほどだった。

 そのガガロが生きていた。ギラオ界元の神賢者となって。

 しかも、子供までいるという。

 もう、何でもありだな、とファルガは驚きのあまり苦笑しながら思った。

 また、ドイム界元の生命体であるガガロが、ギラオ界元の生命体と子を成せるのか、という疑問もあり、ドイム界元の神皇から仕入れた知識ですら、適用されないこともあるのだと心底思った。はたまた、界元によって事象の結果が異なる場合もあるということなのだろうか。

 だが、最もファルガを驚かせたのは、この少年の母親が、なんと六年前の爆発に共に飲み込まれた女性だということだった。

 レーテから聞いていた、働くサイディーラン・ギラ=ドリマ。

 褐色の肌に漆黒の瞳を持つ、黒髪の美しい少女。『巨悪』グアリザムによる選別に耐え、一度はドレーノ国を滅ぼしかけ、カタラット国では、大陸砲の砲台と化したゴウと共に、アーグ親子と死闘を演じた。

 だが、彼女は『魔』だったはず。

 潜在的な『魔』だったギラが、『黒い稲妻・誘魔弾』によって覚醒し、猛威を振るった。ファルガはそう解釈していた。

 『妖』であったガガロと、『魔』であるギラとの子ならば、この少年は一体どちらなのか。両方の特性を持つのか、はたまた、どちらの特性も持たないのか。爬虫類人のガイガロス人と、哺乳類人のイン=ギュアバ人で、果たして子を成せるのか。

 いや、そもそもどうして殺し合いさえ行なった者同士が、婚姻関係を結ぶことになったのか。

(この辺の話をレーテにしたら滅茶苦茶喜びそうだな……)

 何となく先程と若干違う方向性の驚きを得た脳裏に、興味津々で食らいついてくるときのレーテの表情が浮かび、ファルガは苦笑せざるを得なかった。

「ギラは、『黒い稲妻』によって、強制的に『魔』の側面を、前面に押し出された状態だった。ギラは『妖』の氣と『魔』の氣を持ち合わせていたのだ。『巨悪』グアリザムと同様、妖魔混合の人間だったということだ。

 だが、どうやらギラが特殊だったわけではないようだ」

 ガガロは一度言葉を切り、ファルガをじっと見つめた。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……俺は勿論のこと、お前やレベセス、レーテというあの娘……あの星の生きとし生ける全ての者の持つ『氣』が、『妖』と『魔』の両方の性質を持っている、ということらしいのだ」

 ガガロは言う。

 グアリザムがあの星に執心した理由の一つ。

 それは、一つの星でなされた妖魔混合の生態系の維持が、常時成立していたからだ。

 恐らくこのバランスは、少しでも崩れればどちらかに傾倒していき、最終的にはどちらかが滅んでしまうはず。しかし、そうはならず、『妖』と『魔』の存在が同一惑星内に存在していること。まさに奇跡のバランスだった。

 ドイム界元ですら、我々の星以外には起きえなかったからだ。そのバランスが維持できた理由。それは『妖』と『魔』の数のバランスが原因ではなかった。

 その答えは、ファルガたちの故郷となる星の生物が、個体の全てが『妖』と『魔』を含有している、ということだった。『妖』と『魔』が、お互いに生活距離を保ち、理性を持って暮らしているのではなく、生命体一個体に対して、両方の性質を持った個体が、理性を持って生活している。

 ファルガからすれば、その内容は恐るべきものだった。しかし、そうでないと説明のつかないことも多かった。

 ファルガは実際には目撃していないが、カタラット国で勃発した大陸砲を巡る戦いで、同じ人間であるにも拘らず、『黒い稲妻・誘魔弾』に撃たれた者が『魔』となり、超人的な力を引き出しされた状態で、その場から何人もの人間が立ち去っている。

 『影飛び』の構成員の中には、血を分けた兄弟もいた。ところがその兄は『黒い稲妻』の影響を色濃く受け、弟は影響を全く受けなかった、という不可思議な様子をレーテとレベセスは目の当たりにしていた。

 それもファルガ達を混乱させる理由の一つだった。

 だが、『黒い稲妻・誘魔弾』の効果が『妖』を『魔』に変化させるのではなく、『魔』の部分を活性化させる効果があり、それが行動に影響したとするならば、ありえない話ではない。

 一度の雷撃では変わらずとも、数回の雷撃でその効果が蓄積され、最終的に『妖魔反転』することは十分ありえるだろう。

 勿論、生命体一個体における『妖』と『魔』の比率は一定ではない。それゆえ、心魂の比率差が原因の、個人間の仲不仲に気づかないまま、相手に対し何となく好感や嫌悪感を持ったりし、そこに一喜一憂するといった現象も起きてくる。

 例えば、『魔』氣六割『妖』氣四割の人間が、『魔』氣三割『妖』七割の人間と仲良くするのは非常に難しい。だが、反りが合わないだけだという感じ方であれば、互いに距離を取ることで問題は解決する。

 そして、その敵対心も、相手を完全に滅殺させようという程に強いものではないので、それぞれの心魂が、互いに干渉することができない程の距離を取ることが許される星だからこそ、結果的に双方が生き永らえているのだということ。

 恐らく、『妖』と『魔』の共存の理由を求め、それを実現するためにグアリザムは、ファルガたちの星の神となったのだろう。

 グアリザムは、自分の星どころか、自分の界元でも一人いるかいないかの『妖』と『魔』の両方の性質を持つ氣を持って生まれた。その状態は、ファルガたちの星の全生命体と同じ。

 彼の両親は完全な『妖』だったのにも拘らず。彼の界元の『妖』からも『魔』からも強い迫害を受けた彼は、自分と同じ性質を持つ存在を求め、ファルガたちの星に執心した。

 ただ、『妖』と『魔』の氣の比率も、個体によってかなり差がある。そのため、同じ条件下で『黒い稲妻・誘魔弾』を受けても『魔』化する者とそうでない者がいたのは、それが理由だった。

 そこまで言葉を綴ったところで、ガガロは改めてカインシーザを見た。

 それはあたかも、『魔』の気質も併せ持つ自分達ドイム界元出身者と、まだ共に行動をとれるのか、はたまたここで剣を交えるか、という暗黙の問いかけだった。

 カインシーザは、難しそうな表情を浮かべるが、言葉を発することはなかった。

 カインシーザも、この行動は界元神皇の命に従って行なっているという自負がある。自分の意志が全く入っていないとはいわないが、自身の何にもまして優先して『魔』を排除する、という行動理念では動いていない。何故なら界元神皇の命は当該界元の『魔』と戦うための人材の成長を見守る、というものだったからだ。

 もし、ガガロやファルガが『魔』の部分を発揮して、この界元の神勇者候補を抹殺しようとするならば、神皇との直接対決も考えられるが、今はその兆候は微塵もない以上、彼の行動指針は、今までと何も変わるものではない。ただ、ゆくゆくは何かしらそれに伴う関係の歪みのようなものは発生するかもしれない。

 その可能性をカインシーザは危惧していた。『魔』を僅かに持つ者と、完全に『妖』しか持たぬ者。その感性は突き詰めれば大きく異なる存在同士。何がきっかけでその感性に差異が生まれるのか。それは誰にもわからない。

 だが、それすらもユークリット界元神皇やドイム神皇は想定しているはずで、それでもなおファルガ=ノンという男をドイム界元の神勇者にし、更に『見守り神勇者』の任にあてたのだから、その想定は加味しなくてもいいということなのか。

 思いに耽るカインシーザをよそに、ガガロは話を続ける。

「……奴の『誘魔弾』が、強制ドラゴン化を俺の身体に施した際、奴の思念というか、奴の様々な感情が、流れ込んできた。

 奴になど、同情するつもりは微塵もないが、奴の行動原理がそこにあったと解すれば、奴の行動の不可解さにも納得がいく」

 一つの生命体が『妖』と『魔』の両方の性質を持ち合わせている。

 これは、非常に稀有な例だった。

 現在は『妖』の心魂の方が存在率は高いが、魔神皇が滅んでなお『魔』が若干数存在している。これは他の界元ではありえなかった事象らしい。そして、それが突然変異ではなく、全ての生物の種にありうるのは、今のところ発見されているのはドイム界元のファルガたちの住む惑星のみ、ということらしかった。

 ということは、ファルガやレーテ、レベセスなどの人間は勿論のこと、果ては、女神フィアマーグとザムマーグの氣にすら、『魔』の因子が多かれ少なかれ存在するということ。それもファルガからすればまた驚きの一つだった。

「……星から離れた無数にある別の星々にも、更に大きな枠の界元にも、他にサンプルがないというのは、本当にすごいことなんだな」

「以前は他の界元にもあったようだが、バランスが崩れ、どちらか一方になってしまったようだ。『妖』と『魔』の比率が長期間ほぼ変異なく、そのバランスで生態系が成り立っていることが、まさに奇跡、ということらしい」

 神なり神皇なりが、何かしらの力を横から加え、惑星レベルで『妖魔混合』が疑似的に成立することはあっても、本来どちらかのバランスが強すぎ、いずれはどちらかに傾き、劣勢になった方はいずれ絶滅する。

 それが、どれくらいのサイクルかは不明だが、神皇・魔神皇が調整をしない状態で存在していた星の殆どの辿る道だった。

 グアリザムは、三百年前に自ら術を用い、『妖魔反転』を行なった。だが、理屈上ではできないはずだったというのだ。

 彼が反転できた理由は、彼の中に『妖』と『魔』の両方の因子があったからだといわれている。

 『巨悪』グアリザムは、元々はドイム界元の別の星の生命体だった。

 元々『魔』の側面も色濃く持つ『妖』だったために、かなり迫害されたようだ。だが、その星で力をつけ、迫害を退けた上で、その星の神と対峙した際、彼はその神の紹介で、ファルガたちの星に移住したという。

 彼はその類稀なる才能で、その星の神となった。

 グアリザムがファルガたちの星に拘ったのは、彼と同じ状況の者達が大多数だったためなのだろう。彼がとてつもなく苦労した『妖魔混合』の状態は、各界元を見てもひとりいるかいないか、という特殊なものだった。

 ところが、ファルガたちの星では、無数の『妖魔混合』の人々が、何事もなく平穏に暮らしていた。無論、多少のいざこざはあったかもしれない。しかし、それでも『妖』と『魔』が同じ星……それどころか家族規模で存在しているのは古今東西例がなかった。『妖寄りの魔』『魔寄りの妖』という、一概にどちらかわからない曖昧な存在も、この星だけ存在し、彼らを含有した社会が成り立っていた。

 そんな星を目の当たりにしたグアリザムが、異常に固執したのも、わからなくはない話だ。

 恐らく、かのグアリザムであっても、他の界元での妖魔反転は無理だったのではないか。ギラオ界元の神皇は、ガガロにそう伝えたという。

 『魔』と『妖』の存在数のバランスではなく別の要因で、『妖』と『魔』が存在できる環境が、ドイム界元のあの星にはあった。

 そして、その環境を構築する方法をグアリザムが知りたがった、といえば何となく、グアリザムの一貫しないように見える行動にも何かしら法則が見えてこようというもの。

「……まあ、その話も追ってすることになるだろう。我々も最近見知った話だからな。

 そして、このギラオ界元も、そのバランスを保つ環境に近かったようだ」

 ガガロはそう一度話を切ると、次はギラオ界元の現状について話し始めた。

 だが、その話もファルガたちにとっては驚きの連続だった。

「……その前に紹介しておこう。もうわかっているとは思うが、こいつが俺の息子、ギューだ」

「ギューです。今年で五歳になります」

 寝癖のように逆立った毛髪は、薄黄緑色をしている。ガイガロス人特有の髪の色ではないが、母親のギラの漆黒の髪とも違う。二人とも眼光鋭い双眸を持っていたが、この少年は二人には似つかぬ温和な目をしていた。

 ガガロの息子、ギュー=ドン。その名前もだが、ファルガはまずその少年の年齢に驚いた。

「ご、五歳!?」

「……驚くなよ。こいつが、この界元の魔神皇を倒したのは、三歳の時だ」

 ファルガは絶句した。

 無理もない。

 少年ギューは、確かに少年ではあるが、幼児という外見ではない。どちらかというと、ファルガが神勇者として覚醒した十五歳という年齢だといわれても、何の違和もない。

 ましてや、魔神皇を倒したのが三歳だとは。

 カインシーザが気になったのは、ギューの年齢もそうだが、それ以上に魔神皇を倒したという事実だった。

「魔神皇を倒した、というのか。なぜ……」

 カインシーザの言い分はわかる。

 界元を構成する『氣』と『真』(マナ)は、『妖』の心魂と『魔』の心魂のぶつかり合いによって発生するといわれる。『氣』も『真』(マナ)も具体的な数値的データがあるわけではなく、反心魂同士が長く戦う環境の方が、界元が栄えているという統計結果があるに過ぎない。

 しかし、それを勘違いだと斬り捨てるには、成立を裏付けるサンプルが多すぎた。

「それは、ギラオ界元の神皇・ビュウラック様の最期の言葉だったからです」

 最期の言葉。

 ギューの言葉に、再度カインシーザが反応した。

「最期の言葉、だと……? ということは、ギラオ界元の神皇様は、封印されたということか。魔神皇か、或いは神闘者によって……」

 『魔』の優勢な界元。

 カインシーザも、『魔』が優勢な界元の『見守りの神勇者』は初めての経験だった。覇権を握った『魔』の目を盗み、神勇者が育つのを見守るのも困難だが、それ以上に封印された神皇のいる界元で、どのように神勇者を『魔』に討たせずに成長させるか、という道筋が見えない。それこそ当界元の神皇と相談しながら進めていくべき話のはずなのだが。

 その環境下で、このギューという少年は、神勇者としての力を手に入れ、ギラオ界元の魔神皇を滅したというのか……。

 だが、次の言葉は二人の神勇者の予想を超えたものだった。

「いや、ビュウラック様は消滅した」

 ガガロの言葉にファルガもカインシーザも愕然とする。

 消滅……。

 ドイム界元とは全くの逆。最高次である神皇が消滅するということは、何者かに吸収されたということ。ギラオ界元はもはや元には戻らない。滅びていくだけの界元になっている。このギラオ界元もドイム界元と同様に……。

「ビュウラック様は仰いました。『私はこのまま魔神皇に吸収されて、消滅するかもしれぬ。その場合は、魔神皇を倒せ』と」

 少年ギューは、少し視線を落とし感情を押し殺し、淡々と語った。

 この少年のいうことが事実ならば、ギラオ界元には、神皇も魔神皇も不在ということになる。これでは、界元の消滅は時間の問題だ。それでも、『妖』と『魔』のどちらかの神皇が存在しない界元より、ずっと消滅の速度は遅いといわれた。

 片方だけの神皇が存在するドイムよりは、まだましだ、ということなのか。

 『妖』と『魔』がどの規模で戦いを続けるかは不明だが、アンバランスなエネルギー供給にはならないという意味では、ドイムよりは消滅の危機は少ないということなのか。

 ギラオ界元の神皇はそう判断したということか。

「……俺は、それは逆だと思うのだがな」

 カインシーザの言葉の中にあった『逆』とは。

 『魔』と『妖』の神皇のいない界元は、片方しかいない界元より、界元としての持ちは長い。それが神皇ビュウラックの判断だった。

 だが、それでは神皇以外の『妖』と『魔』の戦闘の継続という条件は残る。しかし、神闘者、或いは神勇者からダメージを受ける神皇、或いは魔神皇の生み出すエネルギー値は、それ以外の『妖』と『魔』の戦闘で発生するエネルギー値とは比較にならない程に圧倒的な量のはずだ。

 つまり、両神皇のいない界元で、『氣』と『真』(マナ)を生み出す程の戦闘を行なおうとするなら、一瞬で双方が滅ぶくらいの激しい戦闘が必要だということだ。

 『精霊神大戦争』は、どこの界元であれ、ある程度の破壊と崩壊を伴う。そして、新しく生まれたエネルギーを優勢の神皇が使用して、世界を再構成するはずなのだ。

 だが、ガガロは神皇ビュウラックの指示に従った。

 ギューと共に戦い、魔神皇ゼクソンを消滅させた。

 結果、ギラオ界元は、急速なエネルギーの不足が顕在化する。

 再構成するはずの神皇が、妖魔ともに不在なのだ。それどころか、そのエネルギーが『氣』にも『真』(マナ)にもならず、『観測不可・使用不可』のエネルギーのまま存在し続ける。それは恐らく界元にとっては好ましい状態ではないはずだ。

 植物は大地に根を下ろさず、まるで土を拒絶するように、根を周囲に広げた後、無残に枯れる。魚は水を嫌い、陸上に這い出てそのまま干からびる。動物たちは、何故か異性を繁殖の対象とは見ず、快楽殺戮の対象として見始めた。

 大量殺戮の始まりだ。

 人間はといえば、酷く争うことが増えた。短絡的に人を殺し、周囲に暴力暴行が流行った。

 たまに『妖』が『魔』を討ち滅ぼし、またその逆もあった。

 ……ファルガの感じた違和はこれだった。

 ドイム界元と同じ多彩な生命体が荒れ始めたのだ。妖魔両神皇の不在による『氣』と『真』(マナ)の維持システムの崩壊。

 『妖』は、『魔』だけでなく同心魂である『妖』にも攻撃を始めた。『魔』もまたしかり。

 文字通り、何かのバランスが一気に崩れ始めた。そんな感じだった。

「実は、先程我々が存在していた都市でも、不特定多数の人間を別の人間が殺し始めている」

「と……止めないのか?」

「止めるといっても、どうやって止めるんだ? 互いが互いを殺し合い始めるんだぞ。主義主張もなく、理由なぞ、我々のわからない世界での殺し合いだ。

 どちらかが暴れ、どちらかが逃げ惑うんじゃない。目の前にいる存在全てを、一つの存在が攻撃対象にし始めたのだ」

 ガガロは口惜しそうに答えた。

「ギューの母親は? ギラは?」

 ファルガは思わず、直接は面識のない元『働くサイディーラン』の存在を呼ぶ。

「それは安心しろ。

 彼女は少し離れた安全な場所にいる。

 彼女も、元々ギラオの人間ではなかったことが幸いした。『妖』と『魔』の間の狂った殺戮祭りには参加しないでいられている」

「……頭で考えた、理性の上で成り立っている行動ではないということなのだな」

 カインシーザも、ガガロとギューの話を聞き、話の全貌が見えてきたようだ。

 やがて、この星の生物は一匹を残し死に絶えるだろう。そして、その残された一匹もいずれ餓死する。

「そんなことが……」

 ファルガとカインシーザは思わず顔を見合わせる。

 そして、外を伺うように魔法陣から頭を出す。

 確かに、先程までは平和だと思っていた星の、そこら中から火の手が上がり、怒号が飛び交っているのがわかった。空が濃い紫色だったのは、空気の層の問題ではなく、燃え盛る煙が成層圏まで到達したからだ。そう考えるべきだろう。

 恐ろしいのは、人間や動物の住まう集落以外の場所からも、漠然としたざわめきが聞こえてくる。

 ありえない話ではあるが、まるで大地を覆い尽くす植物同士が、動けない体を如何にか使って、周囲の同族の樹木を枯らしに掛かっているようだった。

 ファルガ達からの視界では確認できないが、この界元の星にある全ての動植物が、己だけが生き残るために周囲にいるありとあらゆる生の存在を死に至らしめる、『狂気の祭り』が始まったようだった。

 生存のための本能が壊れた。

 そう表現するしかなかった。

 この界元を訪れた直後、ファルガの乗っていた枝はしっかりした造りのはずだった。だが、いとも簡単に折れた。そして、氣功術≪天空翔≫も用いることができなかった。それは、両神皇不在の、壊れつつあるありとあらゆる法則のせいではないのか。

 ファルガは、えもいわれぬ不安に駆られ、周囲の様子を確認するため、思わず≪索≫を飛ばす。

 だが、それは直ぐにガガロに止められる。

 ファルガが、ガガロに≪索≫での外部探索を止められるまでの時間は、コンマ何秒だっただろう。

 だが、ファルガの表情は瞬時に青ざめる。額には脂汗が無数に浮かび、唇は紫色に染まった。

 ガガロは勿論、カインシーザですら、ファルガのそんな表情を見たのは初めてだった。

「命が……、命が溶けていく……」

 ファルガはそういうと、反り返って嘔吐、痙攣し、そのままピクリとも動かなくなった。

「ガガロ! 直ぐに夫人をこの中へ!」

 ギューは結界から飛び出していき、直ぐにギューの母であるギラを連れて、魔法陣の中に戻ってきた。

 外の狂気に触れたのは僅かな時間であったが、ギューは顔面蒼白になり、ギラは朦朧としているようだった。逆に、ギラは早々に意識が朦朧としたことが幸いしたかもしれない。まともにこの狂気を浴びてしまったら、瞬時の発狂後死亡していた可能性は高い。

 まさに、タッチの差の救出だった。

「『氣』は全て『真』(マナ)にとって代わり、『真』(マナ)はその姿を維持することなく、形を崩していく。『氣』は『真』(マナ)に触れることで『氣』になり、『氣』は徐々に『真』(マナ)に遷移し始める。この当たり前の自然法則が、両神皇不在により破綻した。

 文字通り、生命体は愚か、全ての物質がその形を維持することができなくなる。維持するためのエネルギー不足だ」

 ガガロは、卒倒したファルガに肩を貸し、ギラと共にゲートを潜る。カインシーザは、それを見送った後、ギューと共にゲートへと歩みを進め始めた。

 ギューは、現在結界の外で発生した現象を最後にもう一度その目に焼き付けようと思っていた。

 二年前に、神皇ビュウラックに言われた、魔神皇ゼクソン討伐。

 ギラオ神皇のミス。

 いや、ビュウラックはこの結果がわかり切っていたのか。

 最高次のゼクソン討伐は、ギューの力を物語っていたが、『妖』の神皇と『魔』の神皇の双方が失われてしまえば、『氣』と『真』(マナ)というエネルギーが、エネルギーとしての形を維持できなくなるのは、わかり切った話だった。

 生命エネルギー『氣』も、非生命体物質を構成する存在エネルギー『真』(マナ)も、その形を維持できなくなり、融けていく。存在することに力を使い果たした存在エネルギーは、やがてゼロに限りなく近づいていき、実際にはほぼ消滅する。

 それは父からもギューは聞いて知っていた。しかし、エネルギーの均衡が崩れ、生命体は愚か、物質の存在エネルギーすらその形状を保てなくなると、まるで物質が風化し、砂糖が水に溶けて消えてしまうように、完全に見えなくなるとは。

 違うのは、砂糖は水を蒸発させれば存在は元に戻るが、界元が消滅しても、エネルギーが戻ることはないということ。

 ほぼ完全な無になってしまう。

 ギューが最後に見た光景。

 それは、地上が削り取られるように消えていく様子だった。

 強大なブラックホールに大地が吸い込まれていくのとも違う、ありとあらゆる存在が形状を維持できずに、粉末化していくように見え、その先は光も崩壊し、失われてしまうため、何となく淀んだ闇が漂うだけ。その漂う闇の端が徐々に接近してくる。確認はしていないが、全方位からだろう。

 存在が溶けていく。

 ギューは後にギラオ界元の消滅をそう表現した。

 ギューが魔法陣内に頭を入れた直後、魔法陣の描いてあった岩壁が風化するように消え、同時にその地面に描かれた魔法陣も消えた。

「界元が……溶けた……」

 眼前の全てを消し去っていく何者かを、ファルガは感じることができない。もはや≪索≫を飛ばす気力もなかった。

 ただ、眼前で今まさに界元の消滅が起きるのを見ているしかなかった。

 なんでこんなことが……。

 ガガロに肩を抱かれたファルガは思わず唸ったが、『滅びそうな国』が、滅びそうな状態を長く続けることはできない。

 神皇と魔神皇が消滅した界元が、崩壊へと転がり落ちるのは早かった。

 実際に『地獄』という場所があるとしても、ここまで殺伐とはしないだろう。

 界元神皇の城に戻った者たちは、すぐ背後のゲートを食い入るように見つめていたが、ゲートは、先程の岩壁のように破片も散らさずに削り取られて行く。

 やがて。

 神皇たちですら作り出すことのできない、自然発生の『ゲート』が、今完全に消え去った。


自分で風呂敷を広げたにも拘らず、概念が分からなくなりそうです。でも、そこで頭捻るのがまた楽しいのですが……。

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