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界遊記  作者: かえで
巨悪との確執

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混沌のファルガ

 永い夢だった。

 色々な夢を見ていた気がする。

 嬉しい夢、悲しい夢、猛々しい夢、悍ましい夢。

 それらがゆっくり遠ざかっていき、闇に沈んでいった。

 それまでは、身体がドロドロの何かに浸かっているようだった。いや、感覚が身体を感じられず、手足の感覚すらはっきりせずに、ドロドロの何かが全て手足のようでもあり、頭や顔のようでもあり、体の部位が明確ではない気がしていた。

 ドロドロの何かは動かすことはできたような気がするが、それは動かせたという感覚だけであり、実際には動いていないのかもしれない。

 そんな不安に駆られる。

 表現のしようのない夢だった。

 悪夢?

 悪夢と表現してよいのかもわからない。

 悪夢にしては嬉しいことも楽しいことも沢山あった気がする。

 闇に沈んでいた視界が、不思議な模様を捉えた。

 ファルガは何となくその模様を眺めていたが、最初は何だかわからなかった。

 ただ、夢の中で感じたような不安や怒りや悲しみを覚える模様ではなかった。

(なんだか、酷く懐かしい模様だな。ずっと前から知っていたような気がする……)

 朦朧としている、という表現が適切だろうか。

 ファルガの意識が深淵からゆっくり登ってき始めた時、懐かしい模様が一体何なのかを思い出し始めていた。

(そうだ……。この模様は、俺が自分の家でベッドに入った時に見ていた、天井の木目の模様によく似ているんだ……)

 ファルガは、自分が懐かしいと感じた模様の正体がわかり、安堵してもう一度目をつぶろうとした。

「……!」

 そのまま沈んでいこうとする意識を、無理矢理叩き起こすファルガ。

 何故、自分の家にいるのだろうか。自分は、今まで生きてきた空間とは別の場所で、何か大切な物を護る為に、自分の命を燃やして戦っていた筈なのだが……。

 ……いや、いいんだ。やっと目覚めるのだろう。

 随分永い夢を見ていた気がする。

 窓の方に顔を向けているわけではないが、真冬でも日の出の直前には部屋は明るくなるから、時間ならばおおよそわかる。まだ部屋が闇に包まれているところをみると、深夜帯なのだろう。

 酷く疲れているのだが、親方の仕事の手伝いで連日鍛冶場に通い詰めであり、長時間の重労働をずっとこなしていたことを考えれば無理もない。毎日、真夏の炎天下より暑い作業所で鉄を打っている。その疲れがピークなのだろう。しかし、そんなに無理をして働く程に、納期が近かっただろうか。

 だが、自分が最後に鍛冶屋で作業をした記憶は、親方ズエブと共に短剣を打った時のものだ。あの短剣は誰に注文を受けたものだったか。

 あの短剣は、確か自分が受け取ったはず。誰に納品したのだったか。

 いや、あれはまだ納品していない。自分が持っているはずだ。うっかりしていた。本来ならば、受け取ったその日に納品すべきだ。それを、失念したまま持ち帰ってしまった。

 明日……、いや、もう今日かもしれないが……、親方ズエブにしこたま怒られるだろう。だが、忘れたのは自分だ。怒られるのも仕方あるまい。

 ……納品先はどこだったか? まさかそれすら覚えていないとは。

 大人しく謝って、拳骨を貰った上で納品先をもう一度教えて貰うしかない。

 今はとにかく瞼が重い。

 もう一度眠りにつき、疲れを取った上で朝を迎えないと、その日一日がかなりハードなものになってしまう。睡眠不足での鍛冶場は地獄だ。

 少年はそう考え、再度目を閉じ、もう一眠りしようとした。

 だが、寝付けない。

 いや、寝付けないという夢を見ているだけなのかもしれない。

 一度考え出すと、様々な考えがぐるぐる回り、とりとめがなくなる。ちょうど、浅い眠りに入るか入らないかの時に、その直前に考えていたことが暴走しだし、収拾がつかなくなってから記憶が途切れていく状態に似ていた。

 とにかく落ち着かない。

 今この状態が快感なのか不快感なのかもわからず、とりあえず何とかして起き上がってみようとしたが、身体がうまく動かない。というより、動こうという指令が末梢まで届かず、途中で分散しているように感じる。液体のようになったと感じられる五感を頼ると、指を動かそうとしたならば、液面の様々なところが盛り上がるような感覚。

 なるほど、現在、眼を開けて視界に入ったものでさえ、正しくその像を脳が把握しているかはわからない。ということは目の前にある像も、本当にそれが眼前にあるのか、については確かめようがないということだ。

 感覚のあいまい。

 抗おうとしても抗っているか、抗えているのかどうかの確証もない。

 結局、全てにおいて自分の感覚がでたらめであることを悟ったファルガは、感覚を全て無視して再度眠りにつくことにした。

 今の不思議な感覚も夢。

 聖剣という不思議な剣を手に入れ、レナの敵を討つために旅立ったことも夢。

 様々な国で様々な冒険をした記憶も夢。神や魔王と出会い、戦い、和解したのも夢。聖剣が真の姿を取り戻し、その装備と共に最後の戦いに臨んだのも夢。嬉しいことも悲しいことも全て夢。

 もう一度眠りにつけば、すっきりと目覚められるはずだ。

 毎日のように親方の元にいき、包丁や鎌など、人々の生活に必要な刃物を打っては『お上り』で首都デイエンを訪れ、ラマ村で取れた様々な野菜や果実と同様に、便利な刃物として売り、その売り上げを使って、ラマ村では手に入らないものを購入して戻る。

 毎年のサイクル。ファルガが生まれる前から、ずっと続く村の風習。

 またその現実に引き戻される前に、夢にしては余りに濃い記憶を眠りの中で再度楽しもう。

 ……本当の意味で眠れるかどうかは別にして。


 魔神皇の居城であった彗星城。

 ファルガたちの住む惑星からかなり遠い場所にありながら、その巨大さゆえ、空一面を覆い尽くすように鎮座する。

 神勇者である少年ファルガ=ノンと、神賢者である少女レーテ=アーグは、神皇ゾウガによってその居城に送り込まれた。

 妖と魔の長期にわたる戦争『精霊神大戦争』は、妖と魔が戦うことにより発生するという存在エネルギー『真』(マナ)を効率的に作りだすための定期戦だった。

 だが、謀反を起こした妖神グアリザムによって、真の魔神皇ゼガが倒されてしまい、魔神皇の地位が不在となった今、ドイム界元では新しい物質を作り出すためのエネルギーが補填されることがなくなってしまった。

 界元の滅亡に向かってカウントダウンは、三百年前の先の大戦から既に始まっている。だが、そのカウントダウンも、幾つからスタートしたカウントなのかは全く不明だ。十なのか、百なのか、はたまた億なのか。誰もそれはわからない。

 魔神皇ゼガの消滅から三百年の月日が経過し、再度上空に姿を見せた彗星城では、妖の裏切り者グアリザムが魔神皇として王座につき、決戦を挑んできた。

 そして。

 現『精霊神大戦争』は、偽りの魔神皇グアリザムの消滅という形で幕を閉じた。

 だが。

 ひとつの疑問が残る。

 グアリザムは、何故それほどにこの星に拘ったのか。

 まがりなりにも、ドイム界元の『魔』の頂点、魔神皇を名乗っていた。それほどの力を得たならば、この星ごときに執心する必要はないはずだ。グアリザムが欲したものを入手するのに、この星でなければいけないということはなかったはず。

 そんなことを考えながら天を仰ぐ者。そんなことなど考えもしない者。ありもしない別の脅威に怯え、動揺する者。そもそも、この戦争の意味を理解せず、ただ自己顕示のためのみに参戦した者。戦争に参加できず、何が起きたかもわからない者の大多数も、不安だけは覚えている。

 魔神皇が消滅してなお、人々の心に不安を募る存在、彗星城。

 この存在を何とかしなければならない、と星に残された者達は思案し始めた。だが、到達することのできない場所をどうこうしようと計画を立てたところで、机上の空論を地でいくことになる。


「ずいぶんと壮大な夢だったな……それに、夢の記憶がかなりはっきりしているし」

 目は閉じていたが、脳が覚醒していくのがわかる。

 電気信号がシナプスを走り、それにより伝えられた情報が、脳の周囲を巡る。

 ファルガはゆっくりと目を開いた。

 先程の夢では、まだ真っ暗で周囲の様子は全くわからなかった。ただ、夢だと思い込んだだけだ。

 だが、今回は眼を開けた時に入ってきた天井の模様は、先程の夢で見たものと同じだった。天井の模様を知覚した少年は、隣に人の気配を感じ、そちらの方を向こうとした。

 だが、先程と同じように体に力が入らない。

 自分がいるのはやはり、ラマ村にある自宅。それは天井の模様から推すことができた。だが、自分の傍でベッドの掛け布団に突っ伏して眠っている存在が、誰なのか皆目見当もつかなかった。

(親方なら、そもそも起こしに来ないし、起こしに来たなら、確実に起きるように乱暴に起こすはず。

 ミラノさんかズーブか。それなら可能性があるかもしれないな。でも、それなら、俺のベッドに突っ伏して眠ることはないだろう……。

 ……一体、誰なんだ?)

 ファルガは、動かぬ首を酷使し、彼の隣で突っ伏して眠る何者かを見ようとした。

 ……少女だ。

 だが、少女はレナではない。不思議と、少女の姿は見ていないにも拘らず、気配で彼女の容姿がよく分かった。五感以外の何かが、自分の身体から伸び、その少女をキャッチし、情報を提供しているのだ。

 ≪索≫。

 脳裏に何となく過った言葉だ。だが、何のことだかわからない。うっすらと記憶にあるあたり夢で見たのだろうか。

 長い髪を後ろで縛るこの少女は、献身的にファルガを介抱していたようだった。その少女が眠りについている理由が、介抱疲れであることが容易に推測できた。

 夢の中で出会った少女が、現実に現れたことにファルガは驚きを隠せない。

 そして、どんなに驚き、起き上がろうと思っても動きが取れない。夢の中で共に冒険した少女が眼前に現れ、彼の介抱をしているのも謎だ。まだ夢から醒めていないのだと思い込み、しきりに目覚めようとしたファルガ。だが、どれ程頑張っても目を覚ますことができない。今までの明晰夢ならば、簡単にその睡眠から脱出できたはずなのに。

 頭が混乱する。そして、頭が痛い。

 体が思うように動かせないのも、ファルガの解釈を助長した。

「ファルガが起きた!」

 さっきまで横で眠っていたレーテが、外に向かって叫んだようだった。いつの間にか起きていたのか。

 ややあって、玄関の扉が開き、入ってきた者達を視界の端に見たファルガは、いよいよ混乱する。

 馴染みのあるラマ村の面々と、夢の中で自分と共に冒険した仲間たちと神々。ファルガの部屋は人々で溢れ返った。

 今までの夢の記憶と、ラマでの生活の記憶が混濁する。

 何か声を発しようとするが、声帯が震えず、声にならない。

 部屋に入ってきた者の中には、ファルガが恋した少女レナもいた。だが、レナは夢の通り、一児の母になっていた。ということは、その子の父親は、やはりナイルか。

 ファルガは力の入らない体を無理矢理起こし、すっきりしない頭を無理に動かし、状況を理解しようとした。

 眩暈が凄まじい。

 起きようとして倒れ込んだファルガ。

「まだ横になっていろ、ファルガ」

 親方ズエブの声だ。

 もう鍛冶場にいなければいけない時間なのだろう。いつまで寝ているつもりだ、とどやしに来たのだろうが、思いの外自分の体調が凄まじく悪いように見えているのか、ズエブは寝ていろ、という。

「無理もあるまい。その体のまま高次に上がり、再度現次に降りてきたのだ。身体の感覚は乱れに乱れているはずだ」

 聞き覚えのある声。見た目は、ローブを頭からすっぽり被った老人。だが、その実はこの界元・ドイム界元の神皇ゾウガ。

 ……確か、夢ではそんな設定だった気がする。

(壮大だな。昔聞いた話でも、神様は出てきたけど、神様の神様なんて存在まで出てきた夢だしな)

 夢見心地のファルガ。だが、どれ程頭で考えてみても、自分の閉じられた瞼の向こう側には、夢で出会った仲間たちがいるのだ。

 ……まだ半分眠っているようだ。

「そんなに酷いのですか、ファルガの状態は」

 レナの声だ。昔聞き惚れた、少し鼻に掛かるような声。だが、その響きは一児の母になったせいか、落ち着きを孕んでいるような気がする。

(そうだ、夢の中ではレナとレーテは面識があるのだった。いや、どっちが夢なんだ? そもそも夢なのか、これは?)

「ファルガよ。まだ無理に体を動かすな。

 魔剣『マインド=サクション』によって剥がされかけた心魂を、ゾウガ様の神術を用い、身体に止め直した。そして、そのままそなたの身体ごと高次へと昇華させた。

 疑似的な『星辰体』(アストラルボディ)にすることで、ゾウガ様はマインド=サクション内に神勇者の力を持ったまま送り込んだのだ。

 その状態で現次に戻ってきた時、心魂が元の状態とはやや違う状態で、身体に癒着した。

 それが今のそなたの感じる体の感覚のズレであり、違和感だ。

 だが、いずれその感覚にも慣れていくだろう。そしてその状態が通常となる。あるいは、本来の状態で癒着の収束が起きるのかもしれない。

 現次の身体は蛹のようなものだ。心魂がその体の中でドロドロの状態で存在している。徐々に体に馴染んでいき、本来の状態に戻るだろう。

 だが、注意しておけ。

 今のそなたの身体は高次に変異しやすい。つまり、ドラゴン化しやすいということだ。封じる術は施してあるが、完全ではない。それほどにそなたの力は増大した」

 精悍な女神フィアマーグは、まだ言葉を紡ごうとしたが、ファルガは心魂が剥がされたレーテを気にする。

 とりあえず、自分の下で眠りについていた少女が起きだして、皆を呼んだことは何となくわかる。ということは、レーテの心魂は、うまく体に戻ることができ、少女は無事に目を覚ましたということ。そして、今のところは普通に生活できていたということなのだろう。

「レーテ……。君は何ともないのか?」

 目を閉じたままファルガは傍らにいる少女に問いかけた。

 自分が、身体と心魂の繋がりが悪く、これほどのダメージを受けた状態であるのに、レーテがそうでない保証などない。

「大丈夫……、大丈夫よ……。

 ファルガのおかげで私は元に戻れたよ。ありがとう……」

 目を閉じたままのファルガには、少女の表情は伺えなかったが、涙声になっているところを見ると、泣きながら少女は語り掛けてくれているらしい。

「それならよかったよ……。

 親方、すみません。今日は仕事休ませてください。ちょっと起きれなさそうです」

 当たり前だ、お前は些か働きすぎだ。

 そう言ったズエブも、少し鼻声になっていたような気がするのは気のせいだろうか。

 よく知っているはずの少女と、良く知っているはずの代理父の言葉を聞き、嬉しくなって微笑んだはずのファルガ。だが、実際には口元が歪んだだけだった。

 口角が上がったファルガは、そのまま寝息を立て始めた。

 大人たちは口を噤み、顔を見合わせ微笑み合うと、そっと出ていき始めた。

 徐々に人が減っていくファルガの家。

 その中に、レーテもレベセスも知らぬ者達がちらほら存在した。だが、その者たちは、ファルガをよく知っているようだった。

 後程レベセスが確認したところ、どうやらファルガは、彼らの知らぬところでも幾つかの事件やトラブルを解決していたようだった。時系列的には、ファルガが『国家連携』に合流するためにジョウノ=ソウ国からカタラット国へと移動している時のことらしい。

 聖剣を入手するためにカタラット国を訪れた際、シュト大瀑布の奥にあった地下水脈にファルガが飲まれてしまい、半年ほどレーテやレベセスと離れ離れになったことがある。その最中に交流のあった人間が、訪問者として訪れたのならば、レーテやレベセスが知らない者たちであっても無理もないということか。

 『国家連携』に参加する程の力は持ち合わせていなかったが、恩人であるファルガが『国家連携』にて戦い、生還した情報を聞きつけ、代表者数名とその従者数名がラマを訪れたらしかった。

 沢山の訪問者がファルガの家から出ていった後も、ナイルとレナは最後まで部屋に残っていた。ナイルは愛息ドナウを抱き上げ、レナと顔を見合わせ、ほっとしたように笑い合った。

 ナイルが、自分達も辞するか、とレナに目配せする。

 レナは頷き、レーテの傍に歩み寄るとファルガを見守る少女レーテの肩に手を置いた。

 肩に置かれた手に自分の手を重ねたレーテは、レナに眼差しを向けると強く頷いた。

 これからは、自分がファルガと一番長い時間を歩んでいく。

 一人の母親となったレナは、最後にファルガ邸のドアを静かに閉めた。居残ろうとするズエブをミラノが首根っこを捕まえて、引きずるように連れ出していった後に。

 レーテは一人その場に残り、寝息を立てるファルガの横に腰かけると、彼女も少し目を閉じ、休息をとることにしたのだった。


 現次の人間を高次に引き上げることは、高次が最高次に昇華する以上に簡単ではないとされている。ましてや、高次を現次に凝華するなど不可能だとさえ言われている。

 聖剣の第三段階に到達することで、ねじれの位置にある『氣』や『真』(マナ)を認識し、干渉できるようになるが、それは体が高次に昇華したことを意味するわけではない。

 高次は、現次では強く受けてしまうはずの様々な物理法則の影響を受けなくなるが、現次を構成する『氣』と『真』(マナ)といったエネルギーの影響を受けるようになるのと同時に、ねじれの位置にある『氣』と『真』(マナ)からの干渉も強く受けてしまうため、それに耐えきるだけの強い『星辰体』(アストラルボディ)を持たねば、瞬時に高次の『心魂』は消滅してしまう。

 その干渉に耐えられるだけの『星辰体』(アストラルボディ)を持つ存在が、神と呼ばれる存在になる。

 今回、ファルガはマインド=サクションにより、『氣』でできた物質である身体から『心魂』だけを剥がされそうになった。しかし、神皇ゾウガは、体そのものを『心魂』のような状態に昇華し、ファルガの『心魂』を強制的にその疑似心魂となった身体に縫い付け、固定した。それにより、マインド=サクション内に神勇者の力を保ったままのファルガを侵入させることに成功した。

 だが、それは本来実行に移すべきではなかったのかもしれない。

 実際、ファルガの心魂が、凝華したファルガの肉体に戻ることができたのも奇跡に近い。今でこそ心魂と体とでズレがあるようだが、それもいずれは馴染んでいくのだろう。

 ゾウガはそう言っていた。


 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 毎日毎晩眠り続けるファルガの元に通い続けるレーテ。

 少女の父はそれを許可した。

 レーテは現在十四歳。

 本当は、中等学校の生徒として通学し、義務教育と呼ばれる過程を就学せねばならなかったが、ラン=サイディール国首都デイエンにいくつか存在した中等学校は、三年前に発生した『ラン=サイディール禍』によって、消滅の憂き目にあった。町を破壊する暴徒たちに物理的に完全破壊された形になっている。

 あれから三年たち、街並みの再興は進んだが、まだ学校を運営できる程に復興が進んでいるとはとても言えない状態だった。自分たちの生活が安定していない状態で、直ぐに教育に直結できる活動を設けるのは、非現実的だった。

 中等学校の授業が再開したら、通いつつ看病にいくこと。

 それを条件に、レーテはラマ村への滞在を許された。

 つきっきりで看病する、と言っても特にレーテにできることはなかった。

 体は完全に回復している。

 ただ、目覚めないだけなのだ。

 その理由はひとつ。

 神皇ゾウガによって、高次の存在に体ごと作り変えられたが、目的を果たし、現次に戻ろうとした際、身体との間に若干のズレが生じたためだった。

 その心魂と体のズレとの調整をするため、ファルガは眠り続けていた。

 心魂と体とが乖離すれば、人間は勿論のこと、生命体ならば全て死に至る。現次での生命体と呼ばれるありとあらゆる存在が、非生命体へと姿を変えるはずだった。つまり『氣』の物質が『真』(マナ)の物質に遷移するということ。

 だが、ファルガはぎりぎりのところで踏みとどまっている。

 はっきりとこれが原因だ、と断言することはできない。

 神勇者であったこと。超神剣の装備を身に着けていたこと。神皇の指導を受けたこと。ガイガロス人でも驚異の潜在能力を持つ黄金竜『ゴールデン=ゴールド』の力を受け継いでいること。そして、身体が『星辰体』(アストラルボディ)への変化経験があること。どれもが欠けてはいけない重要な要素なのかもしれない。

 ポテンシャル的には神皇をも上回るものがありながら、とある惑星の一人の人間として生を受けた。このまま現次での存在媒体である身体が滅びれば、ひょっとすると高次へと昇華するのかもしれなかったが、意識のない中でもファルガはそれを断固として拒否した。

 現次で生を受け、そこで生きていくことこそが、今のファルガの望むこと。

 だからこそ、眠れる少年は現次としての生に固執し続けた。

 ……そして、夏のとある日。

 少年ファルガは、ゆっくりとその双眸を開いた。

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