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界遊記  作者: かえで
巨悪との確執

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マインド=サクション2

「な……、なにっ……!」

 ファルガは呻いた。

 魔剣に吸収されたレーテの心魂。それを吐き出させる方法がない、という事実。

 これは、彼にとって絶望的な情報だった。

 魔剣マインド=サクションの中に入り込み、レーテの心魂を取り返す。これが今の彼にとっての至上命題だ。

 少年神勇者ファルガ=ノンは必死だった。高次の存在との戦い方を研究し、勝利することでレーテの心魂を取り戻す。勿論、説得なり交渉なりで、互いに傷つくことなく心魂を取り戻せれば、それに越したことはないが。

 目的を達成するにあたって、障害となる様々な可能性は確かにあった。

 まずは、マインド=サクションから心魂を取り出す技術がわからない。次に、マインド=サクション内で心魂の形状が既に残っていないかもしれない。さらに、心魂を取り戻せたとしても、レーテの身体に戻す方法がわからない。最後に、心魂が身体に戻ったとして、レーテが意識を取り戻すのかもわからない。

 だが、今彼が入手した情報は、それらのものとは明らかに異質なもの。

 『マインド=サクションには心魂を吐き出す機能がない』。

 方法があるにも拘らず技術や経験が不足していて実行に移せない、という本人依存の実現不能理由ではなく、本人の能力如何に拘らず実現することが不可能だということ。それは、根本にある『吸収されたのだから放出させることも可能だろう』という考え方そのものが否定されたことで、以後の手段が全て実現不能になったことを意味する。

 そして、それはファルガが二度と元の世界に戻れないということでもあった。

 ファルガの一瞬の沈黙を、剣宮の主は見逃さなかった。

 これまでは、剣宮の主に対して、ファルガが心理戦を優位に進めていた。

 先程まで、つかみどころのない化け物が狂ったように剣を振り、掌底からエネルギーを放ち続けていた。ましてやそれが、現次の姿を保ったまま高次への遷移を完了させた存在であるなら猶更のことだ。剣宮に訪れた人間など、古今例がない。

 初めて尽くしの来訪者に、終始主導権を握られていた剣宮の主。それだけの脅威をファルガは瞬時に剣宮の主に認識させていたのだ。

 だが、今この段になって、剣宮の主にとってようやく逆転の兆しが見えてきた。恐るべき来訪者の覚えた絶望は、魔剣に付け入る隙を大いに与えることだろう。

 突然少年神勇者は、輝きを纏った大剣で水晶を斬りつけた。

 だが、最強であるはずの剣から放たれた斬撃は、澄んだ音とともにはじき返された。

 今回ばかりは、ファルガが仕込んでおいた心理戦のための材料が裏目に作用したようだ。

 本来、斬撃で水晶を割ることは容易なはずだった。現次の世界であれば、超神剣の装備である竜王剣に斬れぬものは存在しない。

 だが。

 今回、ファルガは剣宮の戦いにおいて、現次にて最強の力を誇る剣を弱者の剣として取り扱った。剣宮の主に得体の知れぬ怖れを与えるために、竜王剣による斬撃と氣功術最強の攻撃術≪八大竜神王≫を無力なものとして、この剣宮の中において設定してしまったのだ。

 どのような斬撃や術を用いたとしても、剣宮の中においては力の弱いものだとしてしまった以上、それを上回る威力は期待できない。本人が設定を覆しても、相手の設定が覆ることがない以上、剣や術でどれ程強力な斬撃や術を放っても、標的に対して与える影響は薄弱なものになってしまう。

 神勇者ファルガ=ノンは、剣宮において敵に倒されることはないものの、敵を倒すこともできない状況に陥った。

 かといって戦闘を終結させることはできず、かつ、剣宮からの脱出もできない。

 まさに無間地獄にはまった状態だった。


「レーテとファルガ君は大丈夫なのでしょうか……」

 現状、打つ手のないレベセス。

 界元における『魔』の神、魔神皇の居住地であった彗星城。

 一面灰色一色の空間で繰り広げられた死闘は、界元の神・神皇ゾウガにより創られた疑似仮想空間にその場所を移した。

 その戦闘の最中、ガイガロス人の血の覚醒により黄金竜と化したファルガの強力な一撃により、形状を維持できなくなった疑似仮想空間は、破裂してそのまま消滅してしまった。

 そして、神皇や魔神皇ですら知り得なかった疑似仮想空間を持っていたのは、魔剣と呼ばれる存在。入手経路は不明だったが、魔神皇が所持していた以上、その剣はファルガたちにとっては脅威となる。

 そして、その魔剣は確かに猛威を振るった。

 少女は魔神皇の一撃で。少年は神皇の一撃で剣の中に引き摺り込まれた。

 魔剣内にある高次の空間『剣宮』。

 剣の中に存在する回廊故、鋭い刀身を宮殿の回廊に見立て、剣の形状をした宮殿・剣宮と呼称している。

「……待つしかない。そして、恐らく結論はそろそろ出るだろう。

 疑似仮想空間では、物理法則と同様、時の流れも実空間でのそれとは体感が異なる。疑似仮想空間の中では何千年、何万年経過したように感じられても、現次の実空間では数秒も経過していないこともある。時の流れという尺度が、高次にいる存在の認識により異なるからだ。

 高次の存在となって魔剣に入ったファルガと、魔剣内に巣食う何者かとの戦いは、世界が生まれてから滅びるまでの、気の遠くなるような長い時間をかけて行われているようであり、刹那でしかないようでもあるのだ」

 精悍な女神の表情は、仮面の下に隠れて伺い知ることができない。だが、自身が認めた神勇者の安否は気になっているようだ。

 レベセスはフードの老人・神皇ゾウガによって守られるレーテに視線を落とし、自身の両膝頭を両手でつかみながら、自身の無力さに身を震わせるのだった。

「高次の影響がどこに出るかわからない。今はとにかく心を乱されることなく、周囲の様子に気を配るしかない。そうしなければ、彼らを助けられる僅かな機会を逸してしまうことになりかねない」

 かつて星を支配し、今までは滅びたとされていた古代帝国にて、永い眠りについていた皇帝であり最終兵器であった存在、イン=ギュアバ。その名は帝国の名でもある。

 レベセスは、いてもたってもいられず、帝国の名を冠した皇帝に尋ねる。

「皇帝陛下。

 貴方でもおわかりにならないものでしょうか? 聖戦の結果、心を失った我が娘と、彼女を取り返すために、単身で剣の中に乗り込んでいった少年。

 その者達の様子が僅かにでもわかるようなら、私は何でも致します……」

 レベセスの願いは悲痛なものだった。

 だが、神賢者の父の願いを聞き届けられる者が存在しないのと同様、剣宮内の様子を知りうる者もまた、存在しないのだった。


「ファルガ、何やってるの? 早く帰ろうよ。みんな心配しているはずよ」

 水晶に埋め込まれたレーテの胸像を見つめて呆然と立ち尽くすファルガの背後から、聞き慣れた声が掛かる。

 聞き違えるはずがない。

 少年神勇者ファルガ=ノンが命を賭して取り戻しに来た心魂の主、レーテ=アーグの声だ。

 ラマ村を出てからはほぼずっと共に行動し、三年間に及ぶ神勇者になるための鍛錬時以外は、ほぼ毎日顔を突き合わせ、共に笑い、共に泣き、時には喧嘩もした、美しき黒髪の少女レーテ。

 人々にとって、伝説でしかなかった『精霊神大戦争』が再勃発、少年たちは魔神皇グアリザムと雌雄を決するために彗星城を訪れた。

 そこでの人知を超えた戦いの最中、神皇ゾウガの造った疑似仮想空間内にレーテと二人でグアリザムをおびき寄せ、これ以上世界を破壊しないように、グアリザムをその空間内に閉じ込めた。そして、その地で最後の決戦が始まった。

 劣勢になったグアリザムは、懐に隠し持っていた紫色の刀身を持つ魔剣『マインド=サクション』をレーテに向かって振り下ろした。

 刃はレーテに当たることはなかったが、空間が一瞬紫に染まった直後、レーテはその場にばったりと倒れ込み、それ以降意識を取り戻すことはなかった。

 少年神勇者ファルガは、魔神皇グアリザムを倒した後、少女の心魂を追いかけて剣の中・剣宮を訪れた。そして、気の遠くなるほどの時間を経て、剣宮の主と対峙してきた。

 それこそ、どれくらいの時間が経過したかわからない。

 星が瞬くよりも刹那の刻のようでもあり、護るべき世界が老衰により自然に滅んでしまったのではないかと感じられるほどに刻が経過したようでもある。

 まさに、『体感』時間だった。

 ファルガに声をかけてきたレーテは、三年以上前に共に冒険を始めた時と同じ、麻の冒険者の服を身に纏っていた。身に着けているのは長袖の服に厚手の皮なめしチョッキの袖なし。下は厚めの生地のズボンを履き、皮のブーツとグローブを装備している。

「レーテ……、無事だったのか?」

 ファルガの言葉は、少女の耳に届いていないようだ。心配をするファルガをよそに、レーテは少年の腕を取ると、水晶とは逆方向に歩み始めた。

「帰ろう? このまま回廊を戻れば、みんなが待つ世界に戻れるよ」

 レーテの心魂だからか? 彼女自身の恰好や挙動は、かつてのレーテとはおよそ異なっている。そして、従前のレーテよりかなり強い力でファルガの腕を引き続ける。

 魔神皇との決戦に臨む時のレーテは、豪奢な黄金の錫杖を持ち、白銀に輝く法衣を身に纏っていた。もし心魂の具現化という現象があるのならば、少女の心ともいうべき服装は、白銀の法衣『暁の銀嶺』であり、所持物は黄金の錫杖『黄道の軌跡』だったはずだ。

 また、魔剣に斬られる直前においては、現在ファルガが装備している蒼き鎧を身に纏っていた。そのまま心魂が身体から剥がされて剣宮に飲まれたならば、少女は蒼龍鎧を纏っていてしかるべきだった。

 だが、少女が身に纏っているのは、冒険者の服。デイエン城に一人で忍び込んだ時のあの格好のようだった。レーテにとって、その装備が何か特別の思い入れがあるというのだろうか。だが、その割には、少し色合いや形状の差が気になる。記憶があいまいなところについては、凝視しても霞んで見づらくなっているような気さえする。まるで、部分的に霞を纏っているのではないかと錯覚するほどだ。

 それにしても、レーテの腕を引く力が酷く強い。

 導くように腕に手を添えるというよりは、まるで体から肩ごと腕を引き千切らんばかりに、ぐいぐいと引っぱっていく。

 ファルガの身体は今でこそ高次となっているが、現次の身体の感覚を設定し、剣宮内に現次の身体の要領で留まっている。それゆえ、腕が千切れた場合、現次に戻っても腕は千切れたままになってしまうだろう。そのように設定してしまったからだ。

 剣宮に引き込まれたレーテは、それを行う暇はなかったはずだ。にも拘らず、いつの間にか少女は、自身の心魂に現次の身体の設定をし終わっており、ファルガの身体を現次のように取り扱おうとしている。

「ほら、早く! あの光の向こうで、みんな待っているよ!」

 体感スピードとしては、全力疾走を遥かに超えていた。もはやファルガは空中を引きずられる程の速度でレーテに引かれている。

 ファルガは現在高次の身体を持ち、レーテも現在心魂だけとはいえ、このレーテの挙動は、現次の物理法則からはかけ離れている。人間でも……哺乳人類であるレーテでも、心魂だけならば、今のような行動がとれるものなのだろうか。

 だが。

 ファルガの心が警鐘を鳴らす。

 やはりおかしい。

 高次の閉鎖空間であること、そして、少女も心魂であることを考えると、現次の物理速度をかけ離れている移動であってもおかしいことではない。そう考えてみても……。

 何故か違和感が拭えない。

「レーテ……、ちょっと待ってくれ……」

 ファルガが声をかけるも、レーテはその呼びかけには全く反応せず、少年に背を向けたままぐいぐいと腕を引っ張り続ける。いつの間にか、掴まれているのはファルガの右腕だけに留まらず、右足首、左足首、左腕、そして腰の周りも……。中空に何本も出現した腕は、レーテの腕のように皮のグローブを身に着けているが、指先から肘までしか存在せず、それより手元が見えない。一本一本がとてつもなく強い力で各部位を握りしめ、ファルガを引きずり、運搬していくつもりなのがよくわかった。

「ファルガ……行くよ……いくよ……イクヨ……」

 こちらには一瞥もくれない、レーテの姿をした何者かが、ファルガをどこかに引きずっていこうとしている。

「……離してくれ!」

 ファルガは左腕を振り払い、同時に体中の全ての拘束を引き剥がそうとした。

 レーテの皮のグローブは、いつの間にか鋼鉄の拘束具に変わり、ファルガの首は鎖に繋がれていた。

 レーテだと思っていた細い人影は、黒く歪み、もはや人の形状を取っていない。

 勿論全ての可能性はまだ残されている。黒く変化した存在でさえも、レーテであることを否定はできない。

 だが、ファルガには妙な確信があった。

 この人影はレーテではない。レーテであった物でもない。

 例え、現次の物理法則が通用しない剣宮の中であったとしても。例え、心魂に触れあうことができる高次の身体を手に入れて、その目で見ていたとしても。

 眼前にいる何かは、ファルガが命を賭して救いに来た、少女レーテの心魂ではない。

 何か途轍もない邪悪な存在だ。

「離せっ!」

 ファルガはそう叫ぶと、何人もの骸骨が引っぱる無数の黒い鎖を握りしめ、全力で引っ張り返した。それと同時に、背に収まっていた竜王剣を封印から解く。

 刀身に巻き付いていた鞘が刃内に格納され、同時に眩い光がブレードとなる。

「レーテを返せ!」

 ファルガの叫びと同時に光の剣が骸骨を斬り裂いた。

 骸骨は背を向けたまま蒸発、ファルガの前から完全に消滅した。

 回廊内に降り立つファルガ。そして、己が引きずられてきた方向に振り返る。

 恐ろしい速度で長い距離を引きずられてきた印象があったが、眼前には巨大な水晶が鎮座する。そして、レーテの姿をした胸像が埋め込まれているのも変わっていない。

 だが。

 心なしかレーテの体が、水晶の中に引き摺り込まれたような感じがする。

 ……間違いない。

 先程に比べ、レーテの肩がより深く水晶に食い込んでいる。

 ファルガは確信した。

 この胸像こそが、レーテの心魂であり、この心魂を吸収しようとする水晶がいる。そして、この水晶こそが、魔剣マインド=サクション内の主の正体なのだ、と。

「……つまり、この水晶を破壊すれば、レーテは解放されるってことだな」

 ファルガは先程も心に思ったことを、敢えて声に出して言った。そうすることで、剣宮の主に、さらにプレッシャーをかけられると思ったからだ。

 そして、それは正しかった。

 一瞬、剣宮の中の空気が張り詰めた。

 ちょうど、やましいことのある人間が図星をつかれてドキリとするような、余り芳しくない反応。それが剣宮の壁を微かに揺らしたのだろうか。

 剣宮は、ファルガの行動を阻止するため、もう一度背後に神賢者であったレーテの姿を出現させた。だが次の瞬間、ファルガはそのレーテを振り向きざまに斬って捨てた。何の躊躇もなく、あっさりと。

 黒ずんだレーテの驚愕に歪んだ顔は、醜かった。

 だが、それすらファルガは気にしなかった。そして、剣宮の水晶に憎悪の視線を向ける。

「偽者だとはわかってる。だが、俺にレーテを斬らせたことそのものが許せない」

 そう吐き捨てると、ファルガは光り輝く竜王剣を八相に構えた。

「無駄だ無駄だ!

 その剣での斬撃では、水晶を破壊するどころか、傷つけることすらできないだろう。先程の通りだ。無理をすれば剣が折れてしまうぞ!」

 だが、ファルガは口角を上げる。

「そうかな? 俺が『氣』を込めると、その込めた分だけ威力が上がる。

 当然の話だ。そして、俺が力を溜めきったこの剣でその水晶を割ることはたやすい」

「そんなことができるものか。やれるものならやってみればいい。そのとっておきの技とやらも、無効化してくれるわ」

 壮絶な舌戦だ。

 この舌戦に負けた方が、この戦いに敗北する。

 それははっきりしていた。だからこそ、この舌戦……心理戦には勝利しなければならない。

 ファルガが言葉を発することで、状況が定義されていく。そして、その定義を覆そうと、剣宮の主はファルガの言葉に揺さぶりをかける。

 この状態が、まだしばらく続くだろう。どちらかが決定的な言葉やリアクションを起こさない限りは。


 大剣を八相に構えたファルガ。少年の身体を青白い氣の炎が彩る。

 体内で生み出される生命エネルギーである『氣』を貯めつつ、その一部を『氣』の発生器官といわれる丹田に戻して丹田の働きを活性化させ、更なる『氣』を生成させる。その繰り返しを行うことで、理論的には無限に『氣』を発生させることができる。

 生命体には、発生させた『氣』を体内に留めておくことができる限界量が存在し、それは種族や個体によって差がある。そして、その『氣』を貯め込むための器である体を鍛えることにより、限界量は引き上げることが可能だともいわれている。

 しかし、どれ程体を鍛え上げたとしても、体内に貯め込む量にはやはり限界が存在する。

 それ故、氣功術である≪八大竜神王≫は、それを身体の外……殆どの術者は掌底を重ねたその部分……に溜めることで、器の持つ容量を大きく超えても貯めることが可能になってくる。そして、放った純粋な生命エネルギーは、熱と光と衝撃を帯び、全てを消滅させる力となりうる。その威力は、理論上では上限がない。威力に現実的な上限があるとすれば、『氣』のコントロール技術の問題だ。技術が伴わなければ、貯めた『氣』は限界を超えれば四散していく。どれほどの大量の水があっても、手で掬える水の量は限られているのに良く似ている。

 だが。

 今回の戦闘において、表に姿を見せることのない剣宮の主を引きずり出すためとはいえ、竜王剣での一撃、全ての物質を斬り裂く流星斬の威力を低く設定してしまった。氣功術最大の攻撃術である≪八大竜神王≫についても同様だ。

 疑似仮想空間では、その主がそう理解してしまえば、実際にそのように処理されてしまう。どれほど≪八大竜神王≫を連射しても、高次の存在である以上不定形であり、弱く設定された力で破壊をすることは不可能なのだ。

 ファルガは、その術のエネルギーを全て斬撃に込めるために、敢えて体内に≪八大竜神王≫のエネルギーを蓄え、それを刃に乗せるつもりだった。

 無謀だ。

 実際問題として、増幅させた≪八大竜神王≫の『氣』を体内に留めておくことなど不可能だ。人間は勿論のこと、神でさえ体内に留めておくことはできないだろう。高次と現次の差こそあれ、神も人間も『氣』で構成された体を持つ生命体であることに違いはないのだ。その生命体が、高速増殖した『氣』を体内に貯め込むのは不可能だ。そんなことをすれば、身体が爆散してしまう。

 そのため、≪八大竜神王≫を放つことのできる者達も、その膨大なエネルギーを体内には貯め込まず、体の外でありながら、繊細なコントロールの可能な掌底に集めて放つのだ。

 だが、ファルガの二大攻撃方法が全て封じられてしまっている。

 それゆえ、ファルガには攻撃の方法は一つしかない。既存の術や技などではない、剣宮の主がまだ定義していない全く新しい攻撃方法を編み出し、それを用いて一撃で相手を倒すという攻撃方法。

 そして、ファルガにはその目算があった。

 試したことはない。

 というより、試せる時間も場所もない。その中で、ぶっつけ本番で成功させるしか、この界元を残す方法はないのだ。剣宮の主が未定義であり、かつ剣宮の主の想像を超えた一撃を加えるしか、剣宮の主を倒すことはできない。

 剣宮の主のしばらくの沈黙の後、紫色の超神剣を身に纏った人影が姿を現す。

 剣宮の主が再度神勇者を模倣したのだ。今度は、恐らく、ファルガがこれから用いる手段が、剣宮の水晶を破壊するに足る技なのだろうという予測を立てたからだろう。

 紫の神勇者も、眼前のファルガ同様、剣を八相に構える。

 ファルガが放とうとする技なのか、術なのか。

 それを紫の神勇者が模倣することにより、抑え込む。同威力が衝突すれば、消滅するだけだ。

 紫の神勇者と蒼き神勇者が、八相の構えで向き合う。

 蒼き神勇者は青白い気炎をあげ、紫の神勇者は薄紫の気炎をあげる。

 その炎は徐々に濃くなり、人影しか伺えなくなった。勿論、ファルガには相手の様子が手に取るようにわかる。だが、今更退く気もなかった。同じ技を放てるのならば、放てばよい。その力をさらに凌駕したエネルギーをぶつけ、水晶を割るだけだ。

 ファルガはそう心に決めていた。

 歯を食いしばり、眼を見開くファルガ。

 鼻孔から血が流れ始めた。やや遅れて、口元からも鮮血が流れ落ちる。目は充血し、眼球上の毛細血管が切れたのだろうか、目頭からも真紅が滴り落ちる。蒼龍鎧に覆われて伺い知ることはできないが、恐らく全身から出血があるはずだ。

 オーラ=メイルの外殻から、蒸気のようなものが噴き出し始め、周囲に強風をまき散らす。まるで蒸気機関車のようだ。

 高次でありながら、現次としての身体を持ってこの地を訪れた者の末路。だが、それでもファルガは体内に≪八大竜神王≫を放つために増幅された『氣』を溜め続けた。

 紫の神勇者も同様だった。ファルガの放つ青白い気炎同様、紫の神勇者も体に『氣』を溜め始めたようだ。ファルガと同じく、身体が徐々に痙攣してくる。

「ふ……、ふはははは……! お前がどれほど力を溜めようが、相手は鏡に映した自分自身だ。同じ威力の技を返されるにすぎん。お前がどれほど体を痛めようが、全くの無意味だというわけだ!」

 剣宮の主は、狂ったように嘲笑した。

「……敵を倒すのに、そいつを倒せるだけの力を持った技を繰り出す。何かおかしいか?」

「無駄だと言っているのだ。それがなぜわからん。所詮現次の生命体では、理論立てて物事を考えることは不可能だということだな!」

 ファルガの青白い気炎が、激しく燃え盛り、体内に貯める際の臨界点を迎えようとしているのは、彼自身にもよくわかった。

 だが、もっと。

 レーテの心魂を助け出すには、もっと強い力が必要だ。

 ファルガの気炎に呼応するように、紫の神勇者のあげる気炎も激しさを増す。

「……そう思うのか。なら、何故再度紫の俺を出した? 俺の技が取るに足らないものだと思っていれば、わざわざそいつを作り出す必要もなかっただろう?」

 剣宮の主は、反応を示さない。だが、人間でいうところの、反論できず口を噤んださまが雰囲気から感じることができた。

「わかっているぞ。

 あんたは、俺のこれから放とうとしている技を怖れているんだ。だから、紫の俺を出した。模倣がうまくいけば同じ威力が放てるわけだからな。

 だが、それがそもそも間違っている」

 突然、紫の神勇者の気炎が大爆発を起こした。

 光と爆風が、回廊をいっぱいに広がり、ファルガの気炎を巻き込み、回廊の先へと消えていった。回廊に傷がないことが奇跡であるといわんばかりの威力。後には、何も残されていなかった。回廊に立つのは、青白い炎を纏ったファルガのみ。

「……な……、何故だ……。何故、奴は爆散し、お前は残るのだ? 私は眼前のお前と同じ能力の存在を生み出したはずなのだ……」

 もはや怖れを隠さない剣宮の主。

 そして、紫の神勇者の爆発により、心魂を閉じ込めている水晶に僅かながらひびが入っているのをファルガは見逃さなかった。

「やはり、構成する力より大きな力で刺激を与えれば、物は壊れる。それは、心魂を閉じ込めている水晶でも同じことのようだな」

 空間に恐怖が蔓延する。ついに、剣宮の主が、高次でありながら現次の身体を持つ、ただの神勇者に覚えた恐怖を隠せなくなった瞬間だった。

「……お前は何故残る……」

 心が壊れたかのように、同じ言葉を繰り返す剣宮の主。

 やがて、剣宮の主の言葉が止まった。得体の知れぬ恐怖から、恐怖の正体が判明し、絶望したのがはっきりとわかった。 

「……お前の身体、徐々に許容量が増えているのか……。

 何という化け物だ。こんな化け物相手では、グアリザムごときでは勝てるはずがなかった……」

 ファルガの身体。

 爬虫人類の黄金の鬼子と、哺乳人類の星辰体の身体を持つ聖勇者との子。生まれながらに限りなく高次に近い現次の存在。生命エネルギーをほぼ無尽蔵に供給できる黄金の奇跡と、現次の膨大なエネルギーを高次のねじれを使ってほぼ無尽蔵に蓄積、運用できる『不可視』の奇跡の能力を併せ持って生まれたならば、今までの様々な能力の成長速度も頷ける。

 その者が神皇により鍛錬を施されれば、瞬間的とはいえ唯一無二の存在になることも可能だろう。

 青白き力が大きく弾けた。

『閃光彗星斬』。

 少年神勇者が編み出した、高次と現次問わず狙った敵を切断・破壊する技。

 魂の絶叫と同時に光の矢と化した蒼き鎧の戦士が水晶に直撃、水晶は破壊され、周囲には白い輝きが溢れた。

 水晶の隙間から無数の光の玉が溺れ落ちて、飛び散りながら霧消していく。

 先程まで何をしても揺るがなかった回廊の天井や壁、床が大きくたわみ始めた。

 ファルガの技が、高次である疑似仮想空間の大元を斬り裂いたため、空間が維持できなくなってきたのだ。

 崩れ落ちていくのではなく、一つのものに戻ろうとしている。

 そんな印象を受ける周囲の空間の動き。

 砕かれた水晶の中心から、光の球が溢れ返り、空間が光のうねりに飲まれてしまった。


 灰色の空間に横たわる少女。

 少女は白銀の法衣を身に着け、黄金の錫杖を手にしていた。

 そして、その少女を見守る者たち。

 フードを目深にかぶった背の低い老人が、少女の一番近くで黄金の錫杖に力を送り込み、その力を生命維持の力に変換させ、白銀の法衣『暁の銀嶺』に転送、少女の身体に生きる力を施し続ける。

 神皇ゾウガをフォローするために、女神フィアマーグも傍らに控えるが、果たして彼女の能力でどの程度神皇のアシストができるのかどうか。皇帝兵器イン=ギュアバは、自身の目に記録として保存し、帝国内のデータベースに転送し続ける。それを星に残された人々は、感じることができた。

 そして、少女の父レベセス=アーグは、目の前に神が揃っているにも拘らず、何者かに祈り続けるのだった。

「……まさか……」

 力を使い続けるゾウガが、呻くように呟いた。

 ゾウガの言葉は、彼に視線を集めた。

「来た……」

 ゾウガの言葉が終わるか否かの瞬間、眩い光と轟音が周囲に広がり、少女を囲む者たちは思わず顔を伏せた。

 轟音と閃光が消失した後には、背を向けた蒼き鎧を身に纏う少年剣士がいた。

 斬撃を放ち終わった直後だったのだろうか。少年神勇者ファルガ=ノンは、剣を振り抜いて膝を屈めた状態で着地していた。

 思わず駆け寄るレベセスたち。だが、少年は立ち上がることなくそのまま崩れ落ちた。

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