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界遊記  作者: かえで
巨悪との確執

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黄金竜

 巨悪・魔神皇グアリザムは、かつてない程に全力で術を使っていた。

 質も量も。

 一撃一撃が、星を消滅させ得る威力の術。

 それを無数のマナ球から、標的に向かって放ち続けた。

 ≪燃滅≫の術は、かつてない程に激しく燃え盛る火球と立ち上がる炎の壁を作り出す。その熱は周囲の岩石を赤く輝く溶岩に変えた。

 三年前の戦いで、戦士ガガロ=ドンと共に消えた少女、かつては図らずも『巨悪』の手先となり、レーテやレベセスと激闘を繰り広げた、褐色の少女・働くサイディーランの異名を持つギラ=ドリマの得意とした術だ。だが、その威力は『黒い稲妻・誘魔弾』を受けたとはいえ、ただの人間であった少女のものと、界元の『魔』の頂点に立とうとする魔神皇とでは、そもそもの威力が異なる。少女の≪燃滅≫は岩石を溶かす程の威力は持ち合わせていない。

 ≪氷結≫の術は、周囲にいる者を超低温で包み、活動を抑制束縛しつつ物理的に破壊する。その冷気は、赤く輝く溶岩をその色の状態で凍り付かせた。

 ≪雷電光弾≫は、マナ球の中で発生した摩擦放電を指向性とし、凄まじい電圧で生命体の身体を焼く。凄まじい電撃が赤く輝く凍り付いた溶岩を激しく帯電させ、周囲を発光させた。

 ≪風塵≫の術は、標的の周囲の気圧を急激に変化させる他、標的の内部崩壊を招く程の体内外の圧力差を発生させる。対象に与えるその圧力差が、圧倒的な術群の奇跡を一気に弾けさせた。

 対極の位置にある物理現象。それを複合し実施に移すそれは、奇跡という現象以外の何物でもない。

 そんなことが物理的に可能なのか。それは、学者どもは勿論の事、神々ですら答えられまい。ただ、その奇跡が現実として眼前に示されただけだ。

 その術の凄まじさは、神皇ゾウガを以て、界元の全ての星の生命体を滅ぼして余りあるほどの力だと表現した程だ。それこそが、最高次には到達していないとはいえ、魔神皇の地位を主張する者の力だった。

 だが。

 黄金竜と化したファルガには、全くダメージが通っていないようだった。

 むしろ、グアリザムの発生させる術が、ドラゴン化し理性を失っている状態の少年ファルガに更なる刺激を与え、怒りを顕にした立ち振る舞いをさせるに過ぎなかった。

「化け物め……」

 『巨悪』は口惜しそうな笑みを蓄える。眉間から一筋の汗が流れ落ちる。

 ガイガロス人のドラゴン化。

 前回の『精霊神大戦争』中に、怒り狂った何人かのガイガロス人がドラゴン化し、星を焼き尽くした光景を、グアリザムは神の時に目の当たりにした。

 その時に感じた感情は『恐怖』だった。

 たかが現次の存在が、なぜあれほどに驚異的な力を発揮する事が出来たのか。だが、それは間違いなく現実だった。

 そのガイガロス人たちは、人に戻ることなく力を使い果たし、悲しげで、とてつもなく長い咆哮と共に、絶命した。そして絶命した直後、身体が崩壊し始め、灰とも砂ともつかぬ、光る粉末になった彼らは、この世に一片の肉片も残さなかった。

 肉体を維持する力すら使い果たし、崩壊していく。全ての属性エネルギー・生命エネルギーを失い、純粋な存在エネルギー『真』(マナ)に戻って霧散した彼らの想いは、何処へ帰っていったのだろうか。

 これはありとあらゆる生命体でも他に類を見ない現象だ。他の生命体は、身体の崩壊どころか、命の危険が差し迫る時点で、行動に抑制が掛かるからだ。

 ガイガロス人のドラゴン化というものは、それほどに生命エネルギーを酷使するものだという事はわかったが、同時に体にそれだけの負荷をかけてなお、猛った感情が発散しきらないという程のとてつもない怒りを……感情の昂りを必要とするものだという事を、グアリザムは見知ったのだった。

 確かに、現次の生命体としては十分な脅威だ。ガイガロス人の魔族伝説が誕生するのも頷ける。

 彼は、フィアマーグとザムマーグを孤立させるために、そのガイガロス人魔族伝説を利用した。

 ガイガロス人を魔族に。神勇者フィー=マーガーを魔王フィアマーグに。

 そう設定することで、力を落とした自身の回復の時間稼ぎをするとともに、体力を回復させた後、再度この星を攻める時に攻めやすいように、環境を整えておく意味もあった。

 ガイガロス人とイン=ギュアバ人の末裔の、三百年に渡る長期の憎しみ合いの対立構図は、グアリザムが制圧時、制圧後の統治の効率化を図る為の、占領政策の一環だったという事だ。

 グアリザムはガイガロス人のその凄まじい戦闘能力を見て、計画に盛り込むことを決めた。裏を返せば、その恐るべき戦闘能力は、神であった時のグアリザムにとっても、十分な脅威だったのだろう。ドラゴン化したガイガロス人は、ある意味高次に近い存在となっていたのかもしれない。

 そして。

 そのガイガロス人が、鬼子『ゴールデン=ゴールド』の資質を持ち、かつ神皇ゾウガに神勇者となる為の鍛錬を受けているとすれば、その者のドラゴン化は、魔神皇をもってしても凄まじい脅威になることは、容易に想像できる。

 そして、現実にそれは起きていた。

 黄金の竜は、狂ったようにグアリザムを狙う。

 激しい踏みつけと、鋭い爪による一撃。それを躱した対象めがけて振り下ろされる、鞭のように撓った尾の一撃。

 そのとてつもなく重い攻撃が、容赦なくグアリザムを狙った。距離を取ろうとすれば、息を吐くかの如くに軽々と吐き出される、黄金の光の奔流。

 『巨悪』は、間合いを取るわけにはいかなかった。あの光の奔流に飲まれるのが最もダメージが大きいと潜在的にわかっていたのだ。

 他の攻撃は、所謂物理攻撃。

 どれほどに威力が高かろうが、それは現次の域を出ない。例えグアリザムにとってノーダメージではないにせよ、それ自体は恐れるに足らない。ただ、この奇跡の黄金竜の攻撃が、いつ何時高次に到達するかわからない以上、現時点で現次にすぎない攻撃も受け続ける事が良いとは言えない。その為、物理攻撃もグアリザムはすべて回避するという選択を取らざるを得なかった。

 紙一重で回避できていたそれらの攻撃が、徐々に『巨悪』の体に影響を及ぼし始めた。

 躱しきれていたと思っていた体の端々に、破損が見られるようになってきたからだ。

 回避しきっていた筈の左の肩当てが溶け、ローブに穴が開き始める。直撃したからではなく、黄金の光の奔流が周囲に及ぼす圧倒的な破壊エネルギーの片鱗の影響なのだろうか。

 それでも、これらの攻撃を全てこのまま回避しきることができれば、この黄金竜はやがて朽ちていく。ガイガロスの先人たちのように。

 過去の経験から察していたグアリザムは、確信する。

 徐々に、黄金竜の口角が崩壊を始めているようだった。

 確かにそうだ。

 注視すれば発見できるが、皮膜状の翼の先端部が、徐々に破れ始めている。尾や爪の攻撃により、自身の身体も傷ついているようだ。

 奔流を吐き出す口腔に生え揃う牙の先端が、徐々に溶解し始めている。恐らく口内は傷だらけの筈だ。

 そして、そこから体力を消耗し、いずれはこの黄金竜は消滅する。

 腕の一撃、尾の一撃は、それでも黄金竜の身体能力を使った攻撃なので、それそのものが竜の身体を傷つけるものではない。だが、吐き出す黄金の光の奔流は、ドラゴン化した神勇者ですら、制御しきれるものではないようだ。

 恐るべきは、ただの現次の少年ファルガ=ノン。

 この少年の何処に、これほどの力を絞り出せるだけの能力が秘められていたというのか。

 三百年前に『妖魔反転』の術で『魔』と化したグアリザム。そして、魔神皇を完全消滅させ、その座についた。

 思いの外、力をつけていた神勇者フィー=マーガーと、神賢者サミー=マーガーにより消耗させられ、撤退を余儀なくされたが、その三百年後にこの地を訪れたその瞬間に、何故また、かつて彼の行動を阻害した脅威よりも、更に圧倒的な力を持った存在に彼の行動は阻まれようとしているのか。

 まるでグアリザム自身の行動を、全て見通されているような出来事の数々。

「おのれ、どいつもこいつも俺の行動の邪魔をしやがって!」

 光の奔流を躱し、魔剣『マインド=サクション』を黄金竜の身体に突き立てようと、一気に間合いを詰めたその瞬間、体を反転させた黄金竜の尾が、グアリザムの横腹を直撃する。

 初めて、黄金竜の攻撃がまともにグアリザムに入った瞬間だった。

 弾丸。

 まさにそう表現するにふさわしかった。

 尾を振り回すだけでも、衝撃波を発生させるほどの速度とエネルギーを持つ黄金竜。

 その尾の直撃がグアリザムを跳ね飛ばしたが、グアリザムの弾かれた速度は、まさに弾丸と呼ぶにふさわしかった。

 激しく『く』の字に折れ曲がる魔神皇の身体だったが、直ぐに体勢を立て直しつつ、自身の身体を修復する。そして、黄金竜の次の攻撃に備えた。

 だが、その周囲に黄金竜の姿はない。

 一瞬、逃亡を図ったかと思ったが、黄金竜に逃げる理由などありはしない。直ぐに、三キロ以上離れた場所に、先程まで感じていた強力なエネルギーを感じる。

 まさか、あの一撃の直後、一気にそこまで弾き飛ばされたというのか。

 『巨悪』グアリザムには、神になる前の生命体の名残として、体内にまだ骨格がある。

 その骨格と内臓器がずたずたになっている事を、体の痛みが伝えてくる。

「なぜこのタイミングで、神勇者の『ゴールデン=ゴールド』が生まれ出でたのか。最高次であるこの俺にすら、干渉しようとする更に大いなる存在があるとでもいうのか!?」

 グアリザムは、自分の身体を修復しながら、怒りに震えた。

 自分が頂点だと思った存在の、更にまだ上があるというのか。だが、そんなものが存在するのなら、また謀略の限りを尽くして、その地位まで上り詰めてやる。

 美しい少女の表情を持つ巨悪は、醜悪な笑みを浮かべた。

「……そんなものはない。

 だが、高次を名乗る神々も、最高次を名乗る我々神皇ですら、万物の全てをコントロールしきれる存在ではないという事だ。我々は管理者に過ぎず、創造主ではない。我々ですら及ばぬ事も数えきれないほどある。我々は神だが、完璧ではないのだ」

 どこからともなく、声が聞こえる。

 遠くから? 近くから? 上から? 下から? 体の中から? 体の外から?

 いや、声なのかどうかもわからない。だが、その言葉はグアリザムに届いていた。

 そして、この声に彼は聞き覚えがあった。

 神皇ゾウガ。

 この閉鎖疑似空間を作った主だ。

 恐らく、巨悪グアリザムの力と、神勇者ファルガ=ノンの力がぶつかり合えば、その莫大なエネルギーが、界元ドイムを大きく傷つけるであろうことは、容易に想像できた。だからこそ、他の生きとし生ける者の為に、ゾウガは己の力を全て使い、三人をこの空間に幽閉したのだ。

 少年ファルガの金色のドラゴン化は、ゾウガですら予期はできなかったに違いない。少年ファルガが、ガイガロス人の血を半分引いている事は知っていたが、今まで変身がなかったことが、ゾウガの予測を完全に裏切ったと言える。

 そして。

 ドイム界元の超神剣は、ガイガロス人のドラゴン化を阻止する機能があるようだ。それは無論、超神剣の製作者がその目的でつけた機能ではない。

 しかし、この機能があるからこそ、超神剣の力が封印された状態の聖剣でも、ガイガロス人は聖剣を用いても、力を呼び出す機能が発動しないという結果になっている。抜刀できた以上、聖剣の勇者であることには違いないのだが。

 同一惑星上の生態系の頂点に存在する二種類の人間。

 だが、生まれ持った彼らの身体能力は、余りに違い過ぎた。

 片やドラゴン化すれば、ありとあらゆる生物を蹂躙できる戦闘能力を持つ、マナ術の得意な青白い肌を持つ爬虫類人。片や、知能は高いが生物的にはどんどん弱体化が進んでおり、それを類稀なる道具術にて解決し、現存し続ける薄い褐色の肌を持つ哺乳類人。

 たまに突然変異として強い個体が現れることもあるが、爬虫類人と哺乳類人のバランスを埋める為に、哺乳類人しか聖剣の力を引き出せなくなっていたのかもしれない。

 そして、神皇ゾウガは、自分にはグアリザムを倒すことはできないと察していたからなのだろう。それ故、神皇の持ちうる最高戦力を疑似空間に幽閉した。最大の敵と共に。

 思えば残酷な話ではある。コブラとマングースを無理矢理小さな水槽に押し込み、どちらかが死ぬまで戦わせる様なもの。所謂『デスマッチ』を神の力で強制的に行わせるのだから。

 最高次の神皇が、高次の域にしか及んでいない魔神皇のなりそこないを、倒すことができないものなのだろうか。

 現次の存在は、肉体が朽ちればその時点で心魂は消滅し、無に帰す。だが、高次、最高次の存在には、肉体という概念がない。

 特に神皇に至っては、界元において確率で存在する事が出来る。最高次の存在を含めた高次の存在は、精神……つまり、心魂が消滅さえしなければ、時間はかかるにせよ何度でも復活が可能になる。決まった身体を持たぬ神と神、或いは神皇と魔神皇の戦いでは、勝敗の決着は生死ではなく、存在か消滅となるわけだ。

 そういう意味では、魔神皇ゼガを完全に消滅させたグアリザムは、数少ない神皇殺しである。この肩書が名誉なのか不名誉なのかは、判断に迷うところではあるが。

 力の強さと、力の在り方。

 その双方を揃って使いこなせないと、高次の存在として、世界に対する干渉は難しいという事なのか。

「……あの黄金竜を倒しさえすれば、この空間を打ち破る方法も見えてくるだろう。

 その暁には、ゾウガ。貴様の存在も消してやる。

 神皇と魔神皇の兼任。妖と魔の共存。

 それこそが、俺の望む世界の形の一つかもしれんな」

 ゾウガは答えない。

 ただ、諦めにも似た溜息が聞こえたような気がした。

 遠く離れた地から、黄金の光の奔流がグアリザムを狙って放たれた。

 グアリザムは上空に逃げながら、光の照射元を探す。

 あの黄金の竜は、こちらを見つけている。三キロ以上離れた地からでも、正確な射撃だ。

 グアリザムは苦悶の表情を浮かべた。

 グアリザムが現次であった頃の名残。身体のダメージ。だが、高次になった今でもそのダメージの影響は色濃く受ける。

 現次の頃、負傷を完治させるためには時間が掛かった。

 その認識である以上は、最高次となったグアリザムの治癒でも、やはり時間が掛かる。

 本来高次は、体の造りなど関係ないはずなのだ。高次の存在は、体という概念が希薄になっているはずだから。

 だが、グアリザムにはその影響があった。

 その認識を覆すことは、グアリザムがグアリザムであることそのものを認めないという事にもなりかねない。現次である頃の感覚は中々払えるものではないようだ。

 そして、高次であるグアリザムが、どれほどに強いとはいえ、現次である黄金竜ファルガの攻撃によりダメージを受けるという事も、まさにそれを示唆していた。


 皮膜の両翼を大きく広げ、天に向かって幾度となく咆哮する黄金竜。

 それは、大切なものを奪われた悲しみの慟哭だった。

 だが、奇跡は起きた。

 黄金竜となったファルガの迸る凄まじい生命エネルギーが、魔剣マインド=サクションの一撃で倒れたレーテの身体をいつの間にか完全に修復していた。

 眠っているようにしか見えない。

 あどけない寝顔。

 だが、少女レーテの身体は、先程までは間違いなく生命活動を停止していた。

 『ゴールデン=ゴールド』の迸る生命力が、少女レーテの傷ついた体を癒し、生命活動を再開したようだった。まだレーテの身体が『氣』から『真』(マナ)へと遷移し始める前だったのが幸いしたのか。

 ただ、目覚めることはない。少女の心は、何者かに奪われたようだった。

 少年だった黄金竜は、少女をやさしく掬い上げる。そして、左手に黄金の光の玉を作り出し、そこに少女の身体を収めた。

 幾ら体が元気でも、心がなくなれば、いずれ肉体は死ぬ。

 少年ファルガは、薄々気づいていた。

 あの巨悪の持つ剣は、人の心を吸い取る。心魂を身体から切り分ける力を持っているようだ。金色のドラゴンに変異し、恐らく最強の力を手に入れたファルガではあったが、魔剣『マインド=サクション』は、それとはまったく種を異にする強さを持つ剣の様だった。

 あの剣を壊すしかない。

 黄金竜の少年は、消え入りそうな理性の中で、漠然と思った。

「グアリザムを倒せ! ファルガよ、今のそなたの力なら可能なはずだ!」

 霞のかかったファルガの意識に、まるで落雷のように衝撃を与える言葉。

 こんなことができるのは、神皇ゾウガ以外存在しない。

 だが。

 ファルガは混乱する頭でしきりに考える。

 魔神皇は、本来倒してはいけない相手ではなかったのか? それをしてしまったから、この界元ドイムは、徐々に消え去る運命になったのではないのか? だが、そうなら今いる眼前の存在は、魔神皇ではないのか? そもそも、この声の主は誰だ? 自分がしきりに倒そうとしていた存在は、一体何者なのだ?

 怒りで我を忘れていたファルガが理性を徐々に取り戻そうとした時、激しい頭痛が少年を襲う。混乱に拍車がかかり、その混乱に恐怖を感じる。その恐怖に打ち勝つため、更なる闘争を選択しようとする黄金竜ファルガ。

 だが、徐々に頭が整理されてくる。

 巨悪の術≪恒星創造≫の威力を抑えるため、レーテの前に立ち塞がり、全力で威力を受け止めた。その結果、彼は深刻なダメージを負い、超神剣の装備はファルガの元を離れ、被ダメージの少ないレーテを神勇者として認め、戦う準備を行なった。だが、竜王剣を扱えぬレーテでは、グアリザムに歯が立たなかった。『巨悪』の持つ魔剣マインド=サクションに斬りつけられ、少女は命を落とした。

 ……筈だった。

 少年の激しい動揺と怒りに因ってガイガロスの血が沸騰、かつての戦友ガガロのように、ファルガのドラゴン化が始まってしまった。黒髪であったファルガ。だが、彼の母親は、鬼子と呼ばれた黄金のガイガロス人。その力が覚醒した今、彼の身体は黄金の竜に変異する。

 累乗の戦闘能力を身に着けたファルガだったが、理性を失い、暴れ狂っていたが攻撃対象がグアリザムであるという事だけはわかっていた。

 グアリザムを倒せという指示が、神皇ゾウガより発された。その言葉は、怒りと混乱、恐怖によって揉み消されそうになっていた神勇者ファルガ=ノンの心を呼び戻した。

 ドラゴンの姿と力を保持しながら、神勇者として戦う理由を思い出したファルガ=ノン。

 彼のドラゴン化した瞳は、縦に開いた漆黒の瞳孔に鮮血のような赤いガイガロスのそれだったが、濁っていたその瞳が急激に透明感を帯びた。

「そなたの強力な『氣』の力で、神賢者レーテの身体の『真』(マナ)化を遅らせる事が出来ている。今ならマインド=サクションに奪われたレーテの心魂を取り戻しさえすれば、レーテは蘇る!

 ゆけ、ファルガよ! 『巨悪』グアリザムを倒すのだ!」

 ファルガは吼えた。

 先程までの、混乱と悲しみを帯びた咆哮ではなく、強い意志を帯びた雄々しき響き。

 神勇者としての技と力を、黄金竜『ゴールデン=ゴールド』の姿のまま取り戻したファルガは、今この瞬間、界元で最強の力を手に入れた。

 ドラゴン化して巨大化しているファルガの身体を、今までで最も輝きのある黄金の氣の炎が包む。そして、その氣炎の中、尾の先の背鰭から、徐々に眩い輝きが伝わっていく。

 漠然とした破壊衝動ではなく、標的を選定した初めての黄金の光の奔流。

 ファルガは大きく翼を広げると、上空へと舞う。そして、三キロ以上離れた所にいる満身創痍のグアリザムに向かって突進した。

 約三キロ先から飛来する黄金の竜の姿は、グアリザムにとって恐怖でしかなかった。元々暴竜であった存在が、その殺意を自分に集中し、己を殺すために飛来したのだ。

 元々、高次の存在に『死』という概念はないのは再三再四の明示の通り。

 存在か消滅かの二択。

 巨悪・魔神皇グアリザムは、初めて自分の才能以上の敵に遭遇し、恐怖していた。

 全力の黄金光がグアリザムを襲う。

 黄金の奔流に、確かにグアリザムは飲み込まれた。その中で崩壊していく姿は見えない。それでも、奔流の中で、グアリザムの持つ『魔』の氣が完全に消滅するのを、ファルガは勿論の事、神皇ゾウガ、そしてこの戦いを見守っていた全ての者たちが感じた。

 同時に、何かが破裂したような音が周囲に響き渡る。

 どこで鳴っているかは、誰にも場所を特定できない。遠くなのか。近くなのか。それすらわからない。そもそも、それが空気の振動である『音』なのかどうかも不明だ。

 だが、『それ』が鳴り響いた瞬間、少年ファルガの身体も黄金の輝きの爆発を起こし、同時にゾウガの造っていた疑似仮想空間も剥がれ落ちるように徐々に消滅した。あの爆発はゾウガが対グアリザム戦用に準備していた疑似仮想空間が弾け飛んだものだった。

 少年ファルガは、気を失った状態で灰色の大地に倒れ落ちた。

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