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界遊記  作者: かえで
ラン=サイディール禍
19/252

戦士ソヴァ

近衛兵の副隊長ソヴァがファルガの事情聴取に取り掛かります。

 保護観察房に入れられた少年ファルガ。

 レーテのメディカルチェックは直ぐに終わったため、自分のメディカルチェックもすぐに終わると思っていた彼は、協力的に振る舞ったが、検査とは名ばかりの、高圧的ともいえる取り調べに辟易していた。

 ともすれば、彼を完全に悪党として取り扱おうとする近衛兵の取調官。

 取り調べの後に健康チェックを受けたなら、明らかにその結果は悪化していただろう。

 それほどに挑発的で、威圧的な取り調べが延々と続く。事あるごとに入れ替わる取調官に、最初から事のあらましを何度も説明していたが、流石に四人目に説明を求められた時点で、ファルガの我慢も限界に達した。

「いい加減にしてください! 俺だってやらなきゃいけない事があるんです! 同じことを何度も尋ねるのなら、みんな揃ったところで聞いてくださいよ! 何度も言っているように、俺はレーテを誘拐したんじゃない! ハタナハで襲ってきた三人組から逃げてここまで来たんだ! レーテから話を聞けばわかるでしょう!」

 四人目の取調官は、先の三人に比べても明らかに毛並みの違う取調官だった。どうみても、言葉で何かファルガから聞き出そうとしている感じではなかった。

「……おい坊主。俺らはそんな事を聞いているんじゃない。アーグ家の次女を誘拐したグループのアジトを聞いているんだよ。テキイセ貴族が裏で糸を引いているのは分かっている。そいつらを一網打尽にしたいんだ。お前さんも、奴らの振る舞いに嫌気が差して連れ出したんだろ? 嬢ちゃんを」

 男はすっと目を細めた。

「……坊主、いくら欲しいんだ」

 異常に筋骨隆々とした取調官。鎧こそ身に纏わず、帯剣もしていないが、どう見てもこの男は文官ではない。明らかに国防を仕事とした、百戦錬磨の戦士。角刈りにした頭、切れ長の鋭い眼差し。どう見ても兵士だ。粗暴な言葉遣いや激しい語尾から想像するに、一見末端の拷問兵に見えなくもない容姿をしているが、その実、質問の中身は的を射ており、ともすれば覗き込むような視線に、心の奥底まで読み取られてしまいそうな、漠然とした恐怖感をファルガはこの男から感じていた。

 その一方で、目の前の巨漢に、金を積まれればなんでもする人間だと思われたのも癪だった。それはちょうど、『お上り』初回でデイエンに入った時、どこの乞食の子だ、という目でデイエンの大人たちに見られたことを思い出す。

 表立って罵詈雑言を投げつけるわけではない。だが、表面上の優しい言葉の中に隠しても隠し切れない、彼を見下した眼差しがファルガの心を強く打ちつける。

 『地方から上ってきた哀れな子供に何かを恵んであげようとする私たちは素晴らしい人間』。

 そんな思いで自己満足に浸っている大人たちに対し、激しい怒りを覚える。だが、その怒りは別の感情も呼び起こす。

 金を積まれればなんでもやる? 自分はそんな人間ではない! 金を積まれてもジョーを許す等、絶対にありえない!

 それまでは感情的に反論していたファルガの目に、どこにいるかわからないジョーに対する殺意が一瞬ぶり返す。

 突然、男はどこからか取り出してきた大剣を抜き放ち、ファルガの首を刎ねた。

 ファルガは思わず目を閉じたが、不思議と痛みはなかった。と同時に、何かが右手の中に収まり、反射的にそれをかざして、男の大剣を防ぐ動きをとっていた。剣を剣で受け流すように。

「……こりゃ驚いた。噂には聞いていたが」

 息を呑んだ後、ゆっくりと吐き出すような男の声を聞き、ゆっくりとファルガは目を開けた。

 痛みがなく、意識もあるので、首は当然落ちていないのはわかったが、翳した自分の右手に、一振りの剣が握られていたのは予想外だった。確かに切りつけられたその瞬間、何かを右手が掴んだのはわかったが、まさか剣だったとは。

 見覚えのある剣。加工の全く見られない、柄と刃とが同じ材質で作られている、不思議な剣。ファルガは無意識のうちにこれをつかって、首を刎ね上げようとした男の斬撃を受け止めようとしたということなのか。

 いつの間にかこの剣を手に取っていたことは、過去に二回あった。

 ジョーとの対峙。そして、ガガロとの対峙。その時も、剣を持ち歩いていたわけではなかったが、取るもの取り敢えず手にとったのが、その剣。たまたまそこにあったものが手に触れただけで、それを用いて行動したに過ぎなかった。少なくともファルガの中では。だが、今回は、剣を兵士に取り上げられていた。そして、そのまま観察房に入れられていたはずだった。それにも拘らず、その剣が突如ファルガの手に収まることは、彼からしても異常なことだった。

 そして、ファルガがさらに驚いたのは、男の手には大剣など全く握られていなかったことだ。一体、何が起きたのかは彼にはわからなかった。大剣を振り下ろされ、首を刎ねられたと感じたのは、錯覚だったのか。自分は一体何をされたのか。


 男が驚いたのは、噂に聞いていた伝説の聖剣の機能の一つを垣間見たこと。

 何人もの尋問者が、この少年を問い詰めた際、彼は一貫してテキイセ貴族との関与を否定した。だが、状況の示す証拠はどう見ても、誘拐事件が何らかの理由で未遂に終わったということ。そこにいた少年が何も知らないはずはない。

 言葉でダメなら拷問を……との上層部の見解はあったが、流石にソヴァにはそれをする気はなかった。しかし、前三人の尋問者と同様に、何も成果が得られなかった、とするわけには行かない。

 そこで、彼は、質問に答えない少年を、斬って捨てた。

 但し、実際に行動には移さずに。

 そう書くと、実際は何も起きていないように感じられるかもしれないが、大剣を引き抜き少年の首を刎ねる動作を行わなかっただけで、戦士ソヴァは少年に殺意を持ち、具体的な殺気を以て、心で少年の首を完全に刎ね飛ばす。それをイメージしていたため、相手に与える殺気も同じイメージで伝わる。そして、彼は少年の首を躊躇なく刎ねた。

 人は、実際に致死の傷やダメージを負っていなくとも、それに相当する傷を負った、あるいはダメージを負ったと錯覚することで、死に至ることがある。

 戦士ソヴァは、頑なに証言を拒む少年を仮想で斬って捨てるという拷問を加えることにより、実際の拷問と同じ心理的なプレッシャーを掛け、証言を引き出そうとしたのだ。

 だが、得られた結果は、戦士ソヴァの考えていたものとは違う方向性の驚きだった。

 平たく言えば、殺意を当てた、ということになるのだが、その効果は思わぬ方向で発現することになる。

「……坊主、名はなんという?」

 事態が事態だけに、急に行われた監禁と尋問。それゆえ、対象の名もわからぬまま行われていた。だが、目の当たりにしたのが、噂に聞きし聖剣の機能となれば、この聖剣と思しき剣が認めた所有者の名を聞かねばなるまい。一国の兵士であり、近衛兵の副隊長である前に、戦士である以上は聖剣を目指すのは至極当然のこと。その剣に認められている以上は、自分もその人間を知りたい。聖剣に認められる人間というのはどのような人間なのか。

 聖剣とはどのようなものなのか、ということは彼の上司にして近衛隊長であったレベセス=アーグから聞かされてはいた。だが、彼自身その姿を見たことはない。レベセスの口振りだと、レベセス自身は聖剣そのものを見たことはあるようだったが。

 そんな、一見すると正気を疑うような論法だが、戦士ソヴァはそう感じていた。兵士ではなく、戦士としてこの少年の正体を知りたいと思ったのだ。

「ファルガ……、ファルガ=ノン……」

 男はファルガの名を聞いて目を見開いた。ファルガという名前に聞き覚えはない。だが、ノンという名には聞き覚えがある。歴史では語られたことはないが、十数年前に起きたといわれる、四聖剣が激突し、世界が崩壊しかねなかったという戦闘。そこに参加した、彼の上司であるレベセス=アーグと共に闘った聖剣の勇者、聖勇者の名前に酷似していた。

 その聖剣の勇者に子がいるとは驚きだった。だが、その血統が間違いないという事は、武器を剥奪した少年を守るように現れた聖剣と思わしき一振りの剣。それこそが全てを物語っていた。この少年が牢に彼を幽閉する際に帯剣しているこの少年から剣を没収しないはずがない。そうなると、彼は先程自身が叩き付けた殺気に反応して聖剣を呼び寄せたことになる。本人の意思は兎も角として。

「彼の持つ剣は、やはり聖剣。そう判断してよかろう。聖剣の勇者の血を引くというのか。この少年が」

 彼は踵を返し、観察房を後にする。

「ファルガ。また改めて君を訪ねる事にする」

 少年が聖剣を手にしたから、態度を改めたわけではない。ソヴァは後にそう語る。真に驚いたのは、ファルガが感情で反論していた時、一瞬覗いた凄まじい殺気。自分に向けられたわけではないのはわかる。だが、その凄まじい殺気を浴びた時、殺さなければ殺される、と本能が感じた。ファルガを殺しに行こうとする本能を抑えるため、彼はファルガを殺気で疑似斬首した。

 その結果の聖剣召喚だ。

 恐らく、この少年は、剣術はほぼ身に付けていないに違いない。それどころか、聖剣というものがなんなのかについても知らないに違いない。

 引き締まった筋肉はしているが、それは鍛錬というよりは日常生活の労働で身に付いたもの。少なくとも、この平和ボケした都市デイエンにいる同じ年代の子供たちとは違う。

 そう感じた。

 この都市の子供たちは、制度という名の下、本人の意思に拘わらず学校に行き、学問や武術を学ぶ。それが完全に悪いわけではない。だが、本人の意思を無視して行なわれる教育が、一体どの程度子供たちに響くのだろうか。勿論適性をそこで感づく子もいるだろう。だが、そうでない子もいる。与えられたものが豊潤過ぎて、ありがたみがわかっていない子供が多い。それ故心身ともに怠惰な生活を送っている子も多いのだ。

 だが、この少年は、生きるために生活をしている。生きるために必死なのだ。

 そして、何故だかわからないが、この少年は、その生きる為の目標の一つに、何かを殺すことを据えている。既に何かを憎むことを覚えてしまった少年が、その力をそれだけに向けるのは、惜しいし危険だ。

 出来れば、もう少しこの少年の話を聞きたい。

 ソヴァはそう思ったのだった。

推敲しているのと方向性が違うほうに向いていますが、大丈夫だろうか。

それと、飲みながらやっているので推敲も雑(ーー;

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