表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
界遊記  作者: かえで
巨悪との確執

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

184/257

神皇の秘策

「貴様ら、一体何をした!?」

 今まで、眼前でどのような出来事が起きようが、敵対する存在が不慮の抵抗をしようが全く余裕の姿勢を崩さなかった『巨悪』グアリザム。

 全ての能力において先代の……、いや、歴代の魔神皇の力を凌ぐほどの戦闘能力を手に入れ、絶対的な存在になったはずの存在が、初めて見せた動揺の姿。

 それは恐ろしくも憐れだった。

 対照的なのは、少年神勇者だった。

 彼もこの地を訪れた事はない。だが、グアリザムの動揺が明らかに滑稽に思えるほど、落ち着いていた。

「俺もここに来たことはない。けれど、ここがどこなのかは何となくわかる。

 グアリザム。

 あんたは女神たちの先代の神だと言ったが、彼女たちは先代の神勇者と神賢者だった。

 俺と同じく、ゾウガ様から知識を授けられ、鍛錬を受けた。その前の神勇者だったあんたも、ゾウガ様から鍛錬を受けたんじゃないのか? なら、ここがどこなのか、わかるんじゃないのか?」

 巨悪グアリザムは、仮面の向こう側の鮮血のように赤い双眸に、ありったけの憎しみを込めてファルガを見据えた。


 周囲は見渡す限りの赤黒い岩砂漠。

 永い刻の経過により粉砕された岩が砂塵となり、眼に見えないはずの風の柱を彩る。

 周囲を全て山脈に囲まれたこの場所から周囲を確認するに、人工物は何もない。遥か山脈の向こう側だけは、分厚い雲が立ち込め、その下部分が激しく点滅しているところを見ると、激しい落雷がおきているということなのだろうか。

 そして、上空には大小様々な惑星や恒星が見える。地平線に半分以上その体を沈めているように見える、ここから最も近いと思われる惑星は土星のような輪を持ち、通常の星とは全く異なる様子が伺えた。

 天空を縦断する無数の光の粒の帯は、天の川なのか。

 まるで太陽のように燃え盛る大小様々な恒星が天空に幾つも輝く。しかし、そのどれもが地上にいる者達に熱を全く伝えなかった。

 気温は高くも低くもない。暑くも寒くもないのだ。酸素を作り出す植物などは一切存在しないが、息苦しくなることもない。

 大気中には存在エネルギーの『真』(マナ)が満ち溢れているが、生命体が存在しないせいか、『氣』のエネルギーは皆無だった。しかし、呼吸さえすれば、体内に『真』(マナ)が取り込まれ、体内で『氣』になっていけば、生命エネルギーも十分に発揮できるだろう。

 マナ術は使い放題。術者の『真』(マナ)を扱う力量で威力は際限なく増すだろう。しかし、それは対する相手も同様。術の技の熟練度が問われる場所だ。

 周囲の様子ははっきり見えるのだが、上空に浮かぶ星々を見る限り、この地は夜なのか。いや、昼夜の概念もない場所なのかもしれない。

「よくぞやってくれた。神勇者ファルガ=ノン。そして、神賢者レーテ=アーグ。

 特に、本来であれば神賢者は、そなたたちの護るべき地上にて神勇者を援護する役割のはずだが、この地に来たという事に、大きな意味があった。

 安心してほしい。そなたたちの星は護られた」

 ファルガには聞き覚えのある声。

 レーテは初めて聞くはずの声。しかし、その声に不安を覚えることはなかった。

 対照的に怒り狂うのが『巨悪』グアリザムだ。

「おのれ……! おのれおのれ……! ゾウガめ、よくもやってくれたな!」

 怒りのあまり、相手を貶め挑発する言葉すら出てこないグアリザム。何が彼をそこまで怒らせるのか。

 それは、神皇の策にグアリザムが見事にはまったからだった。


 ファルガとレーテの星を護る主である、二人の女性フィアマーグとザムマーグ。

 彼女たちは神を名乗り、ファルガやレーテを始めとする人間やその他の生物より高次の存在となった。星の神ならば、定型の身体……所謂、正体と表現する書物もある……を崩したとしても、存在を残すことはできた。つまり、真の姿はあるものの、存在を自由に変える事が出来るということ。その体を変化させ、意志だけ別の物体に憑依させ、自らの身体であるかのように振舞うこともできた。つまり、神でない者には不可能だが、精神だけを単独で保持できるという事だ。それは、同時に数カ所に存在できるという事だ。それこそが高次の存在になったという一つの尺度でもある。

 だが。

 神皇は更にその高次の存在となる。

 神皇は活動をするに当たって、当然定型の身体を持たずとも存在できた。それに加え、何かに姿を変えたり憑依させたりすることは勿論の事、空間に一定の確率で自身を存在させる事が出来た。それは、物体として変異せずともエネルギー体として、とある空間を切り取って考えた場合に、確率で存在する事が出来るのだ。

 今回のグアリザムとの戦闘において、女神たちは神皇の存在を常に感じていた。しかし、どこにいるのか特定できなかった理由がこれだ。

 神皇ゾウガは、ファルガとレーテの護ろうとした星の至る所に、一定の確率で存在し続けた。それは、巨悪がどのタイミングで星の何処にどのような方法で手を出してくるのか不明だったため、この星の何処にいても、即座に対応できるように、星全体を覆うように存在し続けることで待ち伏せをしていたのだ。

 神勇者ファルガと神賢者レーテの二人が、女神たちの力を借りて、彗星城のピラミッドの中にグアリザムがいる事を確定させるまで、ゾウガは星全体に存在し続け、動きを監視した。

 そして『巨悪』グアリザムが、先代の魔神皇の彗星城に蓄積し続けていたエネルギーを使って≪洞≫の術を発動させ、白銀の戦士と白銀の砲台を地上に送り込んだことで、グアリザムの居場所を限定できたゾウガは、彗星城内に存在確率を集中させ、更にグアリザムの居場所の特定に努めた。

 やがて、彗星城内に侵入した神勇者と神賢者に応じて姿を現した『巨悪』グアリザムを補足したゾウガは、神皇の作り出した閉鎖戦闘空間に誘い込むために準備をしつつ、更に待ち続けた。

 『巨悪』グアリザムは、『妖』にとっても異端だったが、『魔』にとってもやはり異端だった。神の更に高次の存在である筈の魔神皇を、如何に傷ついていたとはいえ倒すことができるのは、やはり脅威だ。

 そのグアリザムに罠を仕掛けていることを悟られないようにするためには、これまた神勇者として異端のファルガと、神賢者として異端のレーテが戦闘を開始し、グアリザムの注意が完全に二人に移行したタイミングを狙って≪洞≫の術を使い、閉鎖戦闘空間に誘いこむのが神皇ゾウガの立てた作戦だった。

 神の延長でしかないグアリザム。最高次の存在ではないにも拘らず、戦闘能力だけは魔神皇以上となった、『魔』の異端の存在。その存在を抑えるには、『妖』の異端の存在をぶつけ、抑えつつ機会を探るしか方法がなかった。

 そして、≪洞≫のゲートを安定して開くには、最高次の存在である神皇の能力……自身を確率で存在させることができる能力……を使い、指定したXYZ座標に無の空間を作りだす能力が必要となる。

 無の空間とは、知覚不能なねじれ関係のエネルギーも存在しない、文字通り大きさゼロ、重さゼロ、ありとあらゆるエネルギー値ゼロの空間だ。光すらも存在しえないため、その空間は外から見ると虚ろな黒い空間に見える事だろう。そして、全て無になり、時間の観念すらなくなった空間同士を≪洞≫のゲートで繋ぐことで、物理的移動時間ゼロの移動を実現している。

 その為、皇帝兵器イン=ギュアバは愚か、神フィアマーグやザムマーグですら実現維持の非常に困難な≪洞≫の術を、神皇は安定して実現できるわけだ。そして、≪洞≫の術が六道のうちの召喚術に区分されるのも、それが理由だ。


 レーテはファルガに尋ねた。一体何が起きたのか、を。

 自分たちのいた星から、≪洞≫の術を通って彗星城に移動した二人。ところが、そこでのグアリザムとの戦闘中、突然知らぬ場所に飛ばされたのだ。飛ばされたというより、いつの間にか移動していたという印象だ。

 だが、ファルガは気づいていた。

 双方の造る大量の『マナ球』に因り発動させられた術の応酬。グアリザムの持つ剣とファルガの持つ竜王剣との乱撃。そんな高速戦闘の最中、全力で後退するファルガとレーテの背後に突然≪洞≫が現れ、後退を逃すまいと突進するグアリザムもろとも飲み込んだことに。

 その事実を耳にしたレーテは驚愕し、改めて周囲を見回す。

「ゾウガ様の城があった場所も、こんな感じの所だった。違うのは、凄く大きな湖の中州にお城があった事だけど、同じような疑似空間をゾウガ様が作って、その中に俺たちをグアリザムごと封じた感じなんじゃないかな」

「それじゃあ、私たちはもうここから出られないの?」

「いや、ゾウガ様がその気になれば、俺たちだけ出すことはできると思う」

「じゃあ、早く出してもらいましょうよ!」

 レーテの言葉にファルガは答えない。

 その時レーテは初めて気づいた。

 少し離れた所に立ち、ゾウガを呪う言葉を吐くグアリザムを見るファルガの眼差しが、凄まじい怒りを帯びていることに。

「……俺はここであいつと決着をつけたい」

 初めてだ。

 長い間常に行動を共にしてきたファルガ。

 この少年が特定の相手に対し、激しい怒りを向けた事は、過去に一度だけあった。だが、レーテはその瞬間を目撃したことはない。この少年の旅は、あくまでその目的を達する為の旅であったとは知っていたが、彼女はその相手を見ていない。

 今回、少女は初めて少年の怒りの対象を知る。

 ファルガはグアリザムを知っているのか?

 レーテのそんな疑問に答えるように、ファルガは呟く。

「俺は……、あいつを倒したい。

 みんな、あいつの為にいろんなものを失った。

 今だってそうだ。

 もう世界は元には戻らない。

 時間があとどれくらい残されているかはわからないけれど、この世界はいずれ訪れる存在エネルギー不足で消滅していくだけ。奴が自身の欲望の為に先代の魔神皇を倒しさえしなければ、『真』(マナ)と『氣』を作る為の行為は続き、世界は紡がれた筈なんだ。

 けれど、グアリザムのせいで、この界元の存在全てに時限が設けられてしまった。

 俺たちが生まれた時から手遅れだったのはわかっている。すでに、三百年前から手遅れだった。今更何かをしても、多分もう何も変わらない。

 ……それでも、俺は奴と決着をつけたい」

 ファルガは思いを吐露する。

 ジョーに傷つけ心と体を壊されたレナ。

 その苦しみをレナと共有する事しかできなかったナイル。

 カニバル=ジョーのせいで何人もの人が喰い殺され、その命を奪われた。

 加害者であるはずのジョウノ=ソウ国の次王リンジョーグン。彼を苦しめたもう一つの人格『カニバル』は、彼の中で微かな嗜好の一部として生まれた。しかし、グアリザムの『黒い稲妻』の直撃によって肥大化した。『巨悪』が遠く離れたこの地にて、操り人形として使うためだ。

 古代帝国イン=ギュアバは、神から魔神皇になった瞬間のグアリザムによって施された当時の神勇者と神賢者への呪いの影響により、三百年前に滅亡した。

 イン=ギュアバの象徴であった浮遊大陸が墜落し、大陸の人間も地上の人間も絶滅の危機に瀕した。

 神皇ゾウガに封印されることで事態の一旦の収拾を図った神勇者フィー=マーガーと、神賢者サミー=マーガーも、『巨悪』グアリザムの呪いの為、封印後も封印解除後も互いに憎み続けた。三百年もの長い間。血を分けた姉妹であるはずなのに。

 哺乳人類と爬虫人類の対立も呪いによって加速した。

 元々異種族ではあったが、生活場所も様式も異なるため、交わることはほぼなかった。だが、そのバランスを崩したのも『巨悪』だった。

 青竜戦士族ガイガロス人も、呪いによって洗脳されたイン=ギュアバ人達に『緋の目』を理由に虐殺されそうになり、ガイガロス人も巨悪の呪いにより、イン=ギュアバ人を憎み、滅ぼそうという敵対関係が成立してしまった。

 運よく比較的呪いの効果が薄かった者達が、その違和に気づき、この地上をイン=ギュアバの民に譲り、別の世界に移動していく事で、対立構図は自然に縮小、消滅していった。

 他にも……。

 ファルガやレーテの知らないところでも、巨悪の呪いの被害者は数多くいるはずだ。そして、今まさに増え続けている筈だ。

 自分の欲の為だけに、『妖』であることを勝手に止め、弱った魔神皇を不意打ちで倒して、その地位を奪ったグアリザム。もし、『魔』になったならば、勝手に魔神皇を名乗ってこそいるが、誰もグアリザムを認めない。新しい魔神皇に部下も同志も仲間もいない。

「……俺のこの力は、奴と戦うために与えられたもの。俺はそう思っている」

 グアリザムの怒りは憎悪に変わり、ファルガを射抜く。

「お前らの命なぞ、俺の目的に比べれば価値なんぞありはしない。お前らは、俺の犠牲になる事を喜ぶべきだったのだ。

 それを、全て台無しにしやがって……。小僧。貴様だけはこの手で必ず嬲り殺してやる!」

 不意打ちなどの謀略の限りを尽くし、魔神皇の地位まで上り詰めた『巨悪』グアリザム。

 果たして、『巨悪』の辿った道筋が正攻法での戦いなどあったのだろうか。

 だが。

 今回の戦闘で初めて、神勇者ファルガと『巨悪』グアリザムは、剣を交えることになる。


 竜王剣を、顔の横に立てて構えるファルガ。八相の構えに近い。剣術では実践的ではないと言われる構えではある。だが、何故この型があるかといえば、剣の一撃の威力を上げる為に刃に『氣』を纏わせるのに適した型なのだと言われている。

 一瞬ファルガとグアリザムとを見比べるが、神賢者の少女も錫杖『黄道の軌跡』を構えた。

 グアリザムの複数の斬撃にはファルガが対応し、術の乱撃にはレーテが対応する。

 神勇者・神賢者対魔神皇。

 ある意味やっと、本来の『精霊神大戦争』が開戦する。

 今までのグアリザムとの戦闘では、全てグアリザムの容姿が異なっていた。

 ある時は何の特徴もない少年。そして、今は豪奢な肩当てから伸びるローブを身に纏い、兜には仮面がつけられ、その表情を伺い知ることはできない。

 その正体を知る者が、果たして存在するのかどうか。

 ファルガと向き合い、剣を構えるその姿はファルガの身体の二回り以上は巨大だ。恐らく身長二メートルを超える大男だろう。

 閃光が周囲を包み、衝撃波が放射状に広がる。そして、金属同士が衝突する音と、とてつもなく重い物同士が衝突する重低音とが周囲にこだました。

 オーラ=メイルを纏い、全力の剣を振るうファルガの一撃と、闇の霞のように立ち込める魔の『氣』を纏ったグアリザムの一撃が、閃光の渦の中心で、激しくぶつかり合ったのだ。

 初撃は速さ・強さ共に全くの互角。

 だが、ファルガとグアリザムの間に瞬時に小さいマナ球が作り出されると、そこから黒い炎が噴き出し、ファルガの身体を業火に包んだ。

 黒い炎。

 黒魔術と呼ばれる、同じマナ術でありながら術の媒介を大気中の『真』(マナ)に依存せず、対象そのものを構成する『真』(マナ)や『氣』に干渉し、強制的に奪い取った上で現象を起こさせる術だ。その為、黒魔術のマナ術を受けた者は、何者かに食い破られたような損傷を体に残すと言われる。被術者の体の一部を強制的に『真』(マナ)に変換し、術を発動するからだ。

 黒魔術は、術者の対象に対する憎悪の感情が高まれば高まるほどに発動しやすいと言われる。本来術者の集めた『真』(マナ)を、術式を用いて変化させるのが『マナ術』だが、圧倒的な魔力と憎しみとで、対象そのものを直接術の媒介にしてしまう。

 つまり、同じ炎の術であっても、火球を飛ばすのではなく、憎悪の対象である標的そのものを発火させてしまうという悪魔の所業だ。その火力は凄まじく、発火点については骨も残らないとさえ言われた。

 だが、ファルガの身体の周りには生命エネルギーである『氣』の炎が噴き出している。その青白い炎の輝きが、黒魔術の漆黒の炎の延焼を防いだ。

 『氣』に触れた『真』(マナ)は、徐々に『氣』へと変異していく。敵の『氣』を奪い『真』(マナ)化して黒魔術を発動させるよりも早く、その変異が行なわれた。ファルガの体を覆うオーラ=メイルがファルガの身体を護ったのだ。

 ファルガは鍔迫り合いのまま、グアリザムを押し飛ばした。

 押されて数歩よろけながら後退する魔神皇。

 だが、ファルガはその間を見逃さず、竜王剣二撃目を繰り出す。剣先の軌道が、地を這うように進みつつ攻撃対象者の顎下から抉る様な斬撃となる。所謂『逆風』と呼ばれる斬撃だったが、グアリザムは上体を逸らし、その一撃を躱した、はずだった。

 だが、二人の足元に、二枚の金属が音を立てて落ちた。

 グアリザムの仮面が、ファルガの斬撃により真っ二つになったのだ。

 勿論、竜王剣の剣先はグアリザムの仮面に接していない。ファルガの下半身の伸びあがるような動きと手首のスナップを利かせた斬撃の為、切っ先の走る速度が増し、剣先より少し離れた部分であっても斬撃の鋭さにより減圧され、疑似的な斬撃を作り出した。それがグアリザムの仮面を割ったのだ。

 仮面が割れ、グアリザムの素顔が見えそうになった瞬間、ファルガの意識がそちらに傾く。

 その隙をグアリザムは見逃さなかった。

 グアリザムのローブの隙間から伸びる甲冑に包まれた左足が、ファルガの腹部を直撃する。

 苦悶の表情を浮かべるファルガ。先程ファルガの腹部を射抜いた強力な突き以上のダメージが彼を襲う。だが今度は、グアリザムはその足を振り抜くことをしなかった。ダメージだけを貫通させ、ファルガの身体を魔神皇の前に残したのだ。それは、彼の構える大剣の餌食にする為だった。

 もし、神勇者と魔神皇の一対一の勝負だったら、この時点で勝敗は決していただろう。

 だが。

 この戦いの場には、もう一人の圧倒的な存在がいた。

 神賢者の少女。

 彼女の翳す黄金の錫杖『黄道の軌跡』は、ファルガの前に巨大な岩壁を作り出した。

 その岩壁は、巨悪の斬撃を完全に止めるには物足りなかった。だが、レーテが斬撃の軌道上からファルガを救出するための時間だけは稼ぐことができた。

 大剣を振り下ろすグアリザムの眼前を光の玉が通過し、全てを斬り裂くはずの大剣の斬撃は空を切ることになった。

 十数メートル離れた所に着地したレーテは、既にファルガに≪回癒≫の術を施し終わっていた。

「私も一緒に戦う。

 ファルガだけじゃないよ。今を何とかしたいのは。

 ファルガの関わってきた人たち。私が関わってきた人たち。そして、そんな人たちを取り巻く人たちも、『巨悪』の被害者。

 倒すことができるかはわからない。倒すことが本当に世界の為なのかもわからない。

 けれど、これ以上『巨悪』が原因で、無念を募らせる人が増えるのはいけない事だと思う」

 長い前髪の為に、口元以外の様子を伺い知ることはできないが、グアリザムは薄ら笑いを浮かべているようだった。高々人間の小娘が何を利いた風な口を利くのか、と。

 だが、次の瞬間、魔神皇は吼えた。

「貴様らの正義ごっこに付き合うのはもうおしまいだ! 貴様らを倒し、この空間から抜け出し、ゾウガを殺す! そして、俺は次のステップに進むのだ!」

 次のステップ。

 魔神皇を殺し、神皇をも殺した上で『巨悪』が目指すその先のステップとは一体何なのだろうか。

 グアリザムは大剣を投げ捨てた。

 大地に転がる大剣は、真っ二つに折れ、砂になって消えた。先代の魔神皇ゼガの持っていた剣は、新しい主を拒絶した。

 一瞬鬼の形相を浮かべるグアリザム。だが、直ぐに無表情な顔に戻った。まさか魔神皇の剣にまで見放されるとは思っていなかったのだろう。

 グアリザムは上空へと上がっていく。そして、ある程度の高さまで登ったところで、両手を天に突き上げた。掌底の中に光の玉が生まれるが、明らかにマナ球とは異なっていた。白い光を放つ光の玉は、徐々に大きくなっていく。直ぐにグアリザムの大きさを超え、加速度的に膨張し始めた。

 地上でその様を見ていたファルガとレーテは驚愕する。

 直径数百メートルになろうとする光の玉は、恒星そのものだった。


「恐ろしい力を持つ現次の存在よ。

 本来神皇や魔神皇が長い時間をかけて『氣』と『真』(マナ)を混合させ作り出す星々を、小規模とはいえ、この短時間に作り上げてしまうとは」

 神勇者と神賢者、そして新たな魔神皇を強制転送させた主、神皇ゾウガは、自身の城のある空間から、疑似空間を維持し続ける為に力を使う。

 その力を使うことを止めれば、疑似空間は崩壊する。そして、その後の現象は全く予期できないものとなる。

 超絶巨大規模の爆発が起き、星を崩壊させるのか、はたまた爆発は起きずに、星が一気に縮まり巨大なブラックホールとなって全てを吸収し始めてしまうのか。

 星を創り、世界を運営する神皇の能力はやはり、神の皇を呼称される存在に相応しい。例え星の神である女神達も、おいそれと星を創ることはできまい。

 その疑似空間を、ドイム界元が寿命を迎えるまでの間、神皇ゾウガは維持し続け、『巨悪』グアリザムを封じるつもりでいた。

 もし、グアリザムが高次の存在となれば、間違いなく先代の魔神皇以上の存在になる。だが、現在魔神皇を上回っているのは、戦闘能力のみだ。今は、『巨悪』の力では神皇を倒すことはできない。だが、その圧倒的な戦闘能力の土俵に上がって戦う相手ならば、決して負けはしないだろう。

 高次としての真の魔神皇が、グアリザムを抑えられていたのは、高次ゆえグアリザムの攻撃が届かなかったからに過ぎない。その魔神皇が先代の神勇者と神賢者によって力を奪われていた時、星の神であった頃のグアリザムの力でも攻撃が通るようになり、消滅させることも可能になった。そして、魔神皇の体力がフィアマーグとザムマーグによって削られたその瞬間を、グアリザムが見逃さなかったという事なのだ。

 ただ、魔神皇を排除しても、自身が高次の魔神皇になる事は叶わなかった。

 所詮は、多少高次に干渉できる力を持っただけの、元神にすぎなかった。

 ただ、その力は莫大だった。

 疑似空間を解けば、『巨悪』は放たれる。もはや二度と封印することはできまい。

 だが、疑似空間を維持し続けることで、世に存在する『真』(マナ)と『氣』を使い、星を創り世界を運営する神皇の本来の仕事は出来なくなる。

 直ぐに影響は出ないかもしれない。

 しかし、現象としては確実に起きてくる。

 ちょうど、無能な経営者が一見うまく回っているように見える会社をそのままにしておいたら、徐々に顧客の認識や、従業員の認識とのずれが生じてきて、いずれ破綻をきたす様子に酷似している。

 まず、徐々に子が生まれなくなり、育たなくなる。水が徐々に穢れていく。植物が実をつけなくなり、つけたとしても中に種が育たなくなる。動植物から、子孫を残そうという欲求が消失していく。同時に、食欲というエネルギー摂取の欲求も徐々に枯渇していく。

 上から下に物が落ちる。ある物質に熱を加えればその分子の運動が早くなる。

 そのような様々な物理法則が壊れ始め、予測しえぬ災害の回数が逓増していく。

 そして、当たり前だと思われていたすべての事象にずれが生じていく。

 空気も徐々に性質を変え、生物と呼ばれる存在の生存環境バランスを変え始めていく。

 突然の変化は見られない。

 だが、その兆候は徐々に見られるようになり、万人が認識できるようになると、もはや修正も不可能になっていく。

 どれほど尽力しようとも、星はいずれ年老いて消えていく。

 再び神皇が世界を運営するには、疑似空間を解除し、神皇の手を空け、界元の維持に従事しなければならないが、そうなれば『巨悪』が世に放たれる。封印し続けることで『巨悪』は抑えられるが、神皇の手を離れた世界は終末へと加速する。

 その事態を回避するためには、疑似空間内で神勇者と神賢者が『巨悪』を倒さなければならないが、今の『巨悪』の力を見る限りではほぼ見込みはない。干渉できる現次の力では、『巨悪』に対抗することはできないのだ。

 緩やかな消滅を待つか、『巨悪』の跋扈を許し、一気に絶滅に向かうか。

 神の皇ですら、その二択しか持つ事が出来なかった。そして、『巨悪』の他の界元への進出を危惧するなら、この界元が消滅するまで、神皇ゾウガが責任をもって幽閉しておくしかないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ