彗星城での戦闘3
白銀の戦士と砲台を退けた神勇者ファルガと神賢者レーテは、灰色のピラミッドの前にいた。
このピラミッドの奥に『巨悪』グアリザムがいる。
そう考えると、身の毛がよだつ様な感覚に襲われる。
少なくとも、相対したい相手ではない。いや、できれば一生関わり合う事すらしたくない。そんな気持ちにさせられる相手だ。
『巨悪』と呼ばれるこの者は、元はファルガ達と同じ『妖』の神であり、三百年前の『精霊神大戦争』……実際は、先代の神勇者フィー=マーガーと神賢者サミー=マーガーが、先代の魔神皇の侵攻を退けた戦いだったが、その代償として古代帝国イン=ギュアバは滅亡し、古代帝国の代名詞でもあった浮遊大陸も墜落した。その影響で星の人間も絶滅の直前まで追いやられたとされる……で妖魔反転し、『魔』へと変異している。
なぜ『妖』のグアリザムが『魔』への転位を行なったのか。あるいは反転してしまったのか。それは現時点では謎だ。それどころか、古今その記録自体はファルガやレーテの知るところでは存在しない。
もっとも、『妖魔反転』などと仰々しい言葉を使ってはいるが、簡単に言えば、ありとあらゆる嗜好が逆になっただけ、だ。そして、逆になった嗜好が際限なく悍ましいものに感じられるようになった。
ただそれだけの事なのだが、その変化はその個人にとってはとてつもなく大きい。それが、人間や動物一個体ならばそこまでの問題にはならないが、一つの星の神ともなると、周囲に与える影響は計り知れない。
そして、その醸し出す雰囲気そのものも互いを相容れないものにしている。
その視線が。その声が。その吐息が。その行動、一挙手一投足が。
全て悍ましく感じられてしまうのだ。
『妖』だった者が『魔』に、『魔』だった者が『妖』になる事案は、過去に存在したのかもしれないが、変異した瞬間にショックのあまり変異した本人が消滅を選択してしまうのだろうか。肉体的にも精神的にも。あるいは、例えば『妖』の群れにいた一個体が『魔』に変化したなら、その瞬間にその個体は他の群れの仲間から集中攻撃され、塵一つ残さずに消滅させられてしまうのだろうか。
いずれにせよ、記録としては残っていない。
そして、その事象については、高次の存在である神や、更に高次の存在である神皇も知るところではなかった。『反転』そのものの事案の観測もないが、『反転』することも想定していなかったという方が正しい。
ただ、『妖魔反転』という言葉が、グアリザム前とグアリザム後のどのタイミングで成立したかを調べれば、概念そのものがあったのかどうかについては、仮説だけは立てられるかもしれないが。
ピラミッドの麓に立つファルガとレーテの視線の先には、白銀のピラミッドが聳え立つ。
その高さは、先程までここに乱立していた何棟ものビルディングに比べるとだいぶ低いはずだったが、幅があるせいか、よほど巨大に見えた。
そして、その四角錘の表面は傷一つさえなく、また、従来のピラミッドのように直方体の巨石を組み合わせて造られたわけでもない、巨大な一つの物体だった。全てが鏡面のような、まっさらな正四角錘。美しく光をはね返す巨大な幾何学的な図形の金属塊。
定規で線を引いて作られたようなその構造体は、凛として神勇者と神賢者の前に聳え立っていた。
暫く巨大な構造体であるピラミッドを見つめていたファルガとレーテだったが、その中腹に歩く人影を認めた。
その人影は、何事もないようにピラミッドの斜面を歩いてくる。相当の斜度があるにも拘らず、斜面の光具合から、その人影がまるで平地を歩いているように錯覚さえしてしまう。
出現場所はピラミッドの頂点らしかったが、その人影の出現の瞬間には、何かピラミッド頂点周辺に動きがあったはずだが、神勇者にも神賢者にも認識できなかった。
ピラミッドの表面には凹凸は全くない。その斜面を何事もなくゆっくりと歩みを進めてくる様は常軌を逸しており、えもいわれぬ気味悪さを少年と少女に感じさせた。
恐らく、飛行術≪天空翔≫を使えば、その行動の再現は可能だろう。だが、それであれば、わざわざピラミッドの斜面を歩いてこなくともよいはずなのだ。
それを敢えてせずに、白銀の四角錘の凹凸の無い斜面を、まるでそこが本来の大地であるかのように歩みを進めてくる人影の行動理由も存在理由も理解しがたい、得体の知れない不気味さを感じずにはいられなかった。
ピラミッドを降り切ったその人影は、大地で固まったままのファルガとレーテに向かって、一辺の迷いもなく歩みを進めてきた。
歩いてくるその人影が、一人の少年であることが、徐々に近づいてくる容姿で見てとれた。
短髪の少年。刈り上げているわけではないのだが、髪型にも特徴がない。目鼻立ちも際立っているわけではなく、ともすればすれ違った直後に忘れてしまいそうな、没個性の顔。いつどこで出会ったのかはっきりせず、知り合いにいたような気もするし、いないような気もする、独特の雰囲気。
恐らく、顔の造作自体は整っているといっていいのだろう。しかし、圧倒的な平均顔故、特徴として認識されない。
身長も高いわけでもなければ低いわけでもない。恰幅が良いわけでもなければ、やせ細っているわけでもない。
一言でいえば、特徴が何もない。
その無個性の少年は、神勇者の少年と神賢者の少女の眼前約一メートルの所で立ち止まった。
「いらっしゃい。
恐らく、神勇者や神賢者も含めて、『妖』の人間が彗星城に到達するのは、古今例がないはずです」
少年はにっこりとほほ笑んだ。
そして次の瞬間。
ファルガの腹部に少年の拳が突き刺さった。
驚いたのはファルガだ。
眼前に少年が来ただけなのだ。そして、その少年に微笑みかけられただけなのだ。それまでは、この少年に対して何も感じなかった。しかし、話しかけられたその直後に、懐内で悍ましさが爆発的に膨張した。
少年は、拳が腹部に刺さったファルガの身体をそのまま振り抜いた。
これを突きと呼んでいいのかは評価が分かれるところだが、蒼の鎧を身に着けた少年剣士ファルガ=ノンは、撃ち出された弾丸の様に弾き飛ばされていった。
「ファルガ!?」
神賢者の横にいた筈の神勇者が突然姿を消したことに、レーテは驚きの色を隠せなかった。
神皇の下で三年近くの間、鍛錬を積んだファルガ。
その鍛錬は、いい意味でファルガに劇的な変化を与えた。
まず、聖剣の第三段階を用いても到達できない強さを手に入れた。それはもう圧倒的と表現するしかなかった。
かつては手も足も出なかったガガロを一蹴し、魔の神勇者という立場であった神闘者を何人も撃退した。神皇ゾウガが準備した歴代の神勇者のイメージと対峙しても、後れを取らないどころか、圧倒した。剣技を駆使し、洗練された術も使用した。
そのファルガを一撃で倒すとは。
レーテはファルガが弾き飛ばされて行った方角に向かって、≪天空翔≫の術で駆けた。
数瞬後、灰色の大地で腹部を抑えて蹲るファルガを見つけ、傍に降り立つと≪回癒≫の術を施す。
「だ、大丈夫?」
暫くは口を開けなかったファルガだが、レーテの回復術により体力を戻し、ゆっくりと口を開く。
「……凄いな……」
「凄い?」
「ああ。
あいつのボディーブローは、今まで対峙したどんな敵のどんな攻撃よりも重かった。
そして、この超神剣の鎧『蒼龍鎧』は、あいつの一撃の力をほぼ逃がしてくれた。普通の防具は、相手の攻撃を直接体に当てない事で体の負傷を防ぐのが狙いだが、この防具はそれだけじゃなくて、貫通してくる強烈な力も逃がしてくれる。
不意打ちだったのもあるが、まともに防御しないで攻撃を受けた状態で、このダメージで済んだのはこの鎧のおかげ以外の何物でもない」
呻くように呟くと、ファルガはゆっくりと立ち上がった。
「あいつがグアリザム、なのか?」
背に収めた剣を体の正面で構え、戦闘モードに移行する。
「状況からして、あの人がグアリザムには違いないでしょうね」
レーテはそう呟くが、一抹の不安がよぎる。額から流れる一筋の汗。
ファルガの装備は、神皇ゾウガが作ったものとされている。神皇が作った防具でこれだけのダメージを被ったファルガ。
片や自分は、神と神賢者となった自身とで紡いだローブ『暁の銀嶺』。
普通の装備品とは雲泥の差こそあれ、グアリザムの攻撃に対し、どれほど効果があるのか、想像もつかない。
だが、そんなレーテの不安をファルガは看過する。
「大丈夫だ。
レーテとザムマーグ様で一生懸命作ったんだろう?
『暁の銀嶺』。いい防具だと思うよ。
自信を持て。レーテが自信を無くしては、『暁の銀嶺』も、本来の力を発揮できなくなる。魔神皇の攻撃だって退けるさ」
「そうかな?」
「そうさ」
レーテは飛び退くように背後を確認する。
いつの間にか二人の背後に回り込んでいた、無個性の少年、グアリザムと思しき人物。
そして、背後からの言葉と同時にレーテの首元に打ち下ろそうとする右手首を、左手でがっちりと掴む神勇者ファルガ=ノン。
二人ともピクリとも動かなかったが、魔神皇の右手と神勇者の左手だけは激しく震えていた。
魔神皇はレーテすら驚く速さで動き、そして神勇者はその動きを捉えていた。
「……こんなもので、先代の魔神皇も騙されたってわけか」
レーテは、何事もない涼しげな表情でグアリザムを見るファルガの言葉に唖然とする。だが、先程の神勇者の左手と魔神皇の右手は壮絶な力比べをしていた。
二人の力比べをしている手が、赤い輝きを帯び始める。
次の瞬間、爆音と閃光、そして衝撃波が周囲を襲うが、すんでのところでファルガはレーテを抱えて離脱した。
先程のグアリザムの一撃で、建造物は愚か塵一つ残っていないこの空間には、巻き上がる砂埃などもありはしない。
閃光が消滅すると、そこにはグアリザムが立ち尽くしていた。
無個性の少年の眉間には、深く皴が刻み込まれている。明らかな怒りの表情だ。
「神勇者……、許さん。貴様だけはこの手で嬲り殺しにしてくれる」
先程までは無個性無表情だった少年の明らかな憤怒の表情は、レーテを竦ませるのに十分だった。そういえば、先程ファルガに微笑んだ後激しく殴りつけた時も、目は笑っていなかったような気がする。
「貴方、彼に何を言ったの?」
「大したことは言っていないんだがなあ」
そう言いながら、小脇に抱えていたレーテを降ろした。
自分が竦んだ状態でファルガの小脇に抱えられて、爆発から離脱していた事に気づいたレーテは、少し赤面しながらもファルガに礼を言った。
その中で、レーテの言葉に若干気になる内容があった。
それは、グアリザムと対峙するのに、様々な判断が若干遅れてしまうというもの。
グアリザムが出てきてから、レーテの調子がいまいちだ。というより、ファルガとグアリザムの戦闘についていけていない感じがする。
だが、ファルガは言う。
神賢者は、神勇者と魔神皇の戦闘の余波が周囲に及ぼす影響を完封できればそれでよく、あわよくば神勇者の攻撃の間隙を縫って、マナ術の一つでも成功させて魔神皇のダメージになればしめたもの、なのだそうだ。
確かに、魔神皇がばら撒く『魔』の氣は、大層な悍ましさを孕んでいる。それに当てられるだけで、体調の低下や病状の悪化、最悪は死に至る事案もあるだろう。
それを後衛で浄化し、地上に極力『魔』の氣……瘴気といってもよいかもしれない……の影響を与えないようにする事こそが、神賢者の使命なのだとすれば、魔神皇との戦闘に特化する必要はないだろう。
「直接戦闘、とりわけ肉弾戦においては、魔神皇と神勇者がするんだよ。実際には、そこで生まれたエネルギーを、神賢者が何らかの形でゾウガ様に渡すイメージなんじゃないか?」
魔神皇と神勇者の戦いで、この世界の存在エネルギーが補完される、という意味が、ファルガの言う通りだとしたなら、それはそれで大層切ない話ではある。
神様がこの世にいるなら、もっとましな世界構築はできなかったのだろうか。
そう考えて、レーテは自分自身が何人もの神に出会っていることに思い至る。
所詮、神というのは高次の存在にすぎず、万物の創造主たる存在などいないという事なのだろうか。
ファルガは、竜王剣を体の正面に配置した。
これで、前後左右上下隙がなくなった。魔神皇の攻撃がどこから来ようとも、今のファルガであれば十分対応できる。
「でも、それはグアリザムが普通の魔神皇だった場合よね。そうでない可能性の方が高いわね……」
レーテも錫杖『黄道の軌跡』を構えた。『氣』を貯め、練る事で、瞬間的に大気中の『真』を大量に捕まえる為の『氣の網』を準備する。この一瞬でどれだけの『真』を集められるかがマナ術の威力を左右するからだ。
レーテは、集めた『真』を加工し、体外に無数のマナ球を作り出した。『マナ術』の術者としても類稀なるセンスを見せる少女。
大量に作られたマナ球から、火球、氷矢、突風が放たれる。続いて、光の矢の術、音の弾丸も。だが、それらの術がグアリザムに直撃することはなかった。
音もなく大地に降り立つ神勇者と魔神皇。
二人の少年の向き合う様は、異様だった。
蒼き鎧の少年は剣を水平に倒し、横に薙ぐ構えだ。そして、ピラミッドから降りてきた少年は完全に丸腰。それどころか、下着だけの姿のようだ。袖の短いシャツと、裾の短いパンツ。
だが。
少年の手には、一振りの剣が握られていた。
先程までは確かに少年は丸腰だった。だが、今はどこからともなく現れた……現れた事すら把握できなかったが……一本の剣により武装している。
そして。
目の前の敵グアリザムは、いつの間にか豪奢な肩当てを身に着け、そこから伸びるローブを身に纏っていた。
思わずレーテは目をこする。
特に目を離したという意識もない状態で、次々と魔神皇グアリザムの様子が変わっていく。というより、変わったことに気づかされる。いや、元々最初の認識と違っていたのか。
ついにグアリザムからは少年の面影がなくなっていた。
兜には仮面がつけられ、その表情を伺い知ることができない。
「ど……、どういうこと? グアリザムがグアリザムでなくなっている……」
レーテはちらりと隣に立つファルガを見るが、少年神勇者は双眸を完全に閉じていた。
「思ったより、グアリザムは視覚による揺さぶりをかけてくる。
恐らく、今レーテが見ているグアリザムも本当の姿じゃないぞ。
俺もさっきは騙されたが、俺たちくらいの年齢の姿も嘘っぱちだ」
ファルガが目を閉じる事で視覚を絶ったのは、グアリザムに因る視覚的な揺さぶりの影響を受けないためだ。
敵の位置は『氣』を察知すれば確認できる。だが、視覚的な情報を入れることで、むしろ周囲の状況が分からなくなってしまう。
そうなれば、グアリザムの思うつぼだ。
先代魔神皇が倒されたのは、先代の神勇者であるフィアマーグとの戦闘で消耗した先代魔神皇の前に、丸腰の神グアリザムが現れ、一瞬隙が出来たからに違いなかった。
「この星の神が、今回のような無防備な姿で現れれば、そりゃ先代の魔神皇だって慌てるよな。慌てないまでも、眼前で起こっている状況を理解するのには多少時間が掛かる。他の方法で察する事が出来るとはいえ、眼という器官で情報を入れるわけだからな。
けれど、それが奴の狙いだった」
神勇者ファルガは、眼こそ閉じているが、グアリザムのいる方向、そしてその出で立ちも正確に捉えているようだった。『氣』の取り扱いについては、神賢者より神勇者の方が秀でているということなのだろう。
「先代神勇者との戦闘でダメージを受け、力を失いつつあった先代の魔神皇は、不意打ちに近いグアリザムの攻撃を受け、この世界の現次にエネルギー体として存在する事が出来ない程に破壊され、消滅した。
……つまり、グアリザムは現在の地位に上り詰めるまで、全て不意打ちで戦ってきた。
そして、それを気取られない様にする為、味方を置かなかった。
結果、謀略と策略で魔神皇という地位になんとか上り詰めたものの、それを認め喜び、付き従う『魔』の配下もできなかった。
そして、仲間が作れないという問題は大きかった」
レーテは、大地に降り立ったグアリザムから目を離さないまま、ファルガに尋ねた。
「仲間……というか、家族も恋人もいなかったってこと?」
「元々俺たちと同じ『妖』だった時の仲間たちも、妖魔反転したグアリザムにはついていけなくなった。
そりゃそうだ。根本的に別の存在になったんだからな。『妖』の神が突然悍ましく感じられるようになるんだから、ついていこうという存在もいなくなるさ。
それに、逆の立場として考えても、先程まで敵だった存在がいきなり味方になりました、って言いだしたところで、どの程度の『魔』が仲間になってくれるんだろうな。
俺たちからしても、グアリザムは『魔』へと変異した裏切り者だが、『魔』から見ても、元々根本的な価値観が違う『妖』から反転してきた相手を突然味方だと思えるはずもない。
だから、これだけの広大な彗星城の城内にも、『魔』の存在がいない。奴に付き従う『魔』がいないんだ。
いるのは、彼自身で作った液体金属で構成された白銀の兵士と、球体で浮遊している砲台だけだ。
具体的に何か出来事があったのかどうかについては、俺もわからない。
けど。
変異元の『妖』からも、変異先の『魔』からも、裏切り者として扱われ、周りに誰もいなくなった。
味方は誰もいない。去ったのか、それとも反抗され、手を下さざるを得なかったか。
それが繰り返された結果が、この今の彗星城の無人の状態なんだろうな」
ファルガを睨みつける魔神皇グアリザムは、その仮面の下、ニヤリと笑ったのだろうか。
「……殺したんだよ。この俺が。
ゼガの奴は、魔神皇の分際で異常に『魔』どもから信仰心を持たれる奴だったからな。ゼガを信奉し、俺に従う気のない彗星城の住人の奴らは、皆まとめて消し去ってやった。
そうじゃない輩もいたようだが、ついでに消した。役に立ちそうになかったのでな」
ファルガは、やるせなさそうな表情を浮かべた。
「……仲間を裏切って、結果たった一人になってまで叶えたい望みって、一体何だったんだよ。望みが叶ったって分かち合える相手がいなきゃ、半減だろう、喜びも」
「『魔』とはいえ、我々の神様の神様と同じ高みにいた存在が、こうも簡単に堕ちていくものなのね」
刹那。
グアリザムの怒りの斬撃がファルガとレーテを襲い、同時に魔神皇の身体から湧きだすマナ球が、無数の術を奏で、ファルガとレーテを狙う。
グアリザムの告白する、先代魔神皇殺しと彗星城内全滅の事実に、神皇の手先どもは恐れおののくものと思っていた。恐怖のあまり竦みあがると思っていた。
だが、少年は呆れ、少女は憐れんだ。
それが、魔神皇を超えた存在と自負するグアリザムにとっては一番の侮辱だったに違いなかった。
グアリザムはいつの間にか手にしていた剣で、幾度も幾度もファルガに対し斬りつけた。幾度も幾度もレーテに対しマナ術を発動させ、標的とした。
斬撃と術撃の嵐だった。
もし戦闘外で見つめる存在がいたとしても、轟音と閃光に包まれ、戦闘の様子は視認できなかったに違いなかった。
ファルガは≪天空翔≫とサイドステップを織り交ぜながら、後退し始める。
レーテはファルガ同様に後退しながら、無意識に発動されるグアリザムの術を、マナ術でいなしていく。
孤独な魔神皇の斬撃が、斜めから上から下から少年剣士を狙い、常人ではなしえない沢山の術を無尽蔵に吐き出すその姿。
それは、最初こそ怒りを纏っていたが、徐々に狂気へと変わっていく。
それは『魔』の神皇が、無意識に作り出すマナ球より発する術にも同じことが言えた。
小刻みにダメージを与えて倒すより、剣でファルガを切り捨てたい。効率よく術を使って標的を弱らせるのではなく、最大の術を使ってレーテをずたずたに引き裂きたい。
齢十五歳の神勇者の少年に看破された、数千数万年生きたであろう『妖』属性の裏切り者は、ただ一言の少年の言葉により平常心を失っていく。齢十四歳の少女に憐みの言葉を投げ掛けられた自称最強の魔神皇は、己の使う術の威力に酔う事が出来なくなっている。
怒りでだんだん大振りになる魔神皇の斬撃。だが、剣が届く前に、ファルガはどんどん後退する。
斬撃と迫る速度が徐々に増していく。
その一撃が、まさにファルガを捉えようとした瞬間、少年ファルガの背後に薄紫の放電現象を伴う巨大な黒い穴が現れた。招くように後退するファルガと、怒りに任せて剣を振るうグアリザムは、躊躇なくその穴に飛び込んでいった。
次の瞬間、≪洞≫のゲートは掻き消えた。
彗星城での高速の攻防は、何者かが作った≪洞≫の術によって急遽終焉を迎えた。




