彗星城での戦闘2
神勇者として覚醒したファルガにとって、白銀の戦士集団は敵ではなかった。それどころか、出現した敵に対し全力で戦闘に臨む必要すらなかったというのは、些か白銀の戦士集団に対して失礼ですらあったろう。
だが、白銀の戦士たちは、生命体ではない。少なくとも、自尊心や自制心を持つ存在であるとは、ファルガには思えなかった。それ故、全力の勝負にこだわらず、体力を温存した戦闘になった。
最初は白銀の戦士たちの斬撃を躱し、受け止め、武器となった右腕を使えなくすることで戦闘を中止させるための方策をとった。
だが、彼らには想いはなかった。
仮に生命体でなくとも、想いを持つ存在ならば無碍にもできない。そう思っていたが、白銀の戦士集団は、『巨悪』グアリザムの只の人形にすぎなかった。
徐々に首をとばし、額の光を消す作業に移行し、最終的には、戦士の頭に剣の刃を突き立て、その斬撃で額の光を割るだけで相手が戦闘不能に陥ることに気づいたファルガは、敵であった者達を高速で殲滅していった。
程なくして、人型を保てなくなった戦士集団は、元は体であった白銀の液体金属の水たまりを足元に無数に作り、消滅した。
ファルガの攻撃の速さは、白銀の戦士集団が合体し、巨人になる時間すら与えなかった。
ファルガは剣を収め、背後のレーテを確認すると、レーテのほうも戦闘はあらかた終了している様だった。
「レーテの方もあっという間だったな」
ファルガが歩み寄ると、レーテも疲れを微塵も感じさせない様子で微笑んだ。
ファルガが高速で斬撃を繰り出している間のレーテの戦闘は、術メインのものとなったが、今までとはまるで戦い方が違うものだった。
白銀の球体は、それそのものが浮遊砲台だった。それ故、砲台そのものを破壊しなければ、戦闘は終了しない。
恐らく、マナ術の使い手ならば、広範囲の大きな威力の術を複数回使う事で、白銀の球体を殲滅するという選択を採ったはずだ。敵の弱点等が分からないなら、持てる最大火力の攻撃を仕掛けるしかない。
だが、この後に魔神皇という強大な相手が控えているとなると、エネルギーの無駄遣いになる選択を、レーテはすることができなかった。
マナ術の基本は、大気中に無限に存在すると言われる存在エネルギー『真』を、自身の生命エネルギー『氣』を使用して集め、収束した『真』を術の発動エネルギーとして使用する。発動する為には強力な精神力で『真』にエネルギーの変異の筋道を立ててやり、或いは関連付けしてやらねばならない。その効果は、術者の用いた術次第だが、術として発生する現象の全てのエネルギーは、集められた『真』で賄われる。
人間の身体で一番繊細な部分は掌と言われているが、そこに『真』を集め、球状に保存する。球状に『真』を成型するのは、自身の術の命令を伝えやすくするため。また、エネルギーをコントロールしやすくし、また使用する術のイメージをしやすくする意味もある。
従って、マナ術者はほぼ、胸の前で合わせた掌底内にマナ球を作り出し、術を発動する。
だが、無数にいる白銀の球体を迎撃するにあたって、掌底内のマナ球だけでは足りなかった。そこで、レーテは自身の周囲に無数のマナ球を作り出し、その一つ一つを管理することにより、一機一機の球体を撃墜させたのだった。
白銀の球体は、白銀の戦士たちと同じく流体金属然としている物であり、炎や冷気などの熱を操るマナ術では効果が薄いと、先のファルガの戦いを見て判断したレーテ。
マナ球の一つに≪光矢≫を放たせたが、一本の筋となって飛んでいった≪光矢≫の術が命中した瞬間、四方八方に霧散した。
白銀の流体金属然とした砲台の表面は、光を反射したのだ。
≪光矢≫の術の特性は、光と同じく圧倒的なまでの直進性と熱による貫通力。≪光矢≫の術の衝突の瞬間には球体の表面が波打ち、≪光矢≫の鏃の貫通力を受け止めた上で、光を反射するのをレーテは見逃さなかった。
レーテはマナ球すべてに、超高音の音波矢を作る術を発動する様命じた。
元々そのような術は存在しない。音を使うマナ術はあるが、あくまで爆音に因る一時的な聴覚の損失、三半規管の破壊または機能停止が狙いであり、音波に因る直接ダメージを狙うものではない。それに、敵味方問わずの効果となってしまうため、非常に使いづらい代物だ。それ故、音を使うマナ術は、幻惑する類の物が圧倒的なのだ。
だが、今回の音波矢の術は≪光矢≫の術の応用で、空気を超圧縮して放つ。
≪光矢≫程の精度も速度も威力もないが、白銀の球体に当てる事で、流体金属を波打たせ、砲台部をむき出しにした瞬間、二撃目で≪光矢≫を用いて正確に砲台を射抜く。
レーテの造った無数の薄緑色の球体は、直径十センチ程度の半透明の物体。表面上はシャボン玉のように七色の光が流れる。
レーテ自身は、白銀の球体からの砲撃を≪天空翔≫の術で縫うように躱しながら、次々と無数のマナ球を作り出す。そのマナ球を個別に操作し、対白銀の球体の砲台として、対峙させるためだった。
しかも、白銀の球体一つに対して、一撃分の術を放てば使い切るだけの量の『真』を球体として発生させ、全ての白銀の球体に対して一意に対抗させた。
つまり、一つの球体を破壊するだけのエネルギーしか持たぬ『マナ球』を球体の数だけ作り出し、球体一つに対して一つの『マナ球』を担当させ、≪音波矢≫と≪光矢≫の術で攻撃するように命じたのだ。
白銀の球体に感情があるとは到底思えなかったが、焦りが伝わってくるような挙動が目立ってきた。最初は数少ない射撃でレーテを狙ってきていたが、徐々に闇雲に撃つ様になってきていたからだ。
白銀の球体が放っているのは、術のようだがマナ術ではなかった。恐らく彗星城の持つ科学力が作り出した道具術の兵器であることはほぼ間違いなかった。
マナ球の放つ音の矢と光の矢の二連撃は、効果覿面だった。
白銀の球体は砲台を射抜かれ、流体金属部を統率する頭脳を失い、無残に崩れ落ちると大地に無数の銀色の水たまりを作った。ほんの数分で白銀の球体は全滅した。
「俺はマナ術が得意じゃないからよくわからんけれど、そのマナ球ってのを作るのは、そんなに疲れないものなのか?」
「どうかな、疲れるっていう感覚はないわね。
一工程あるのは、一つ一つのマナ球に攻撃対象である相手を認識させて、攻撃方法を伝えた上で放すの。そうすれば、後はやってくれるみたい。全て管理しているっていう印象はないわ。でも、相手が多い程大変は大変ね」
ファルガの問いに、軽く溜息をつくと、何事もなかったかのようにあっさりと答えるレーテ。
と、突如四方から声が響き渡る。その声は、先程の声と同じ物。『巨悪』グアリザムの物に違いなかった。
「見事だ、と言っておこう。
だが、これらと同じものを、地上にも送り込んでいる。お前たちは対処できたが、地上の奴らに対処できるかな?」
一瞬ファルガの顔が引きつる。
神勇者の力を会得したファルガが、白銀の戦士たちの額部を狙い、部隊を崩壊させることは朝飯前だ。
だが、地上に残された人たちにとって、白銀の戦士一人一人の身体能力が化け物じみているのは明らかだった。
地上にいる仲間たちが、皆白銀の戦士たちに殺される……。
ファルガは最悪の結末を想像した。帰るべき場所に、待つ者がいない世界を。
だが、レーテはグアリザムの言葉を一笑に伏した。
「大丈夫。あの人たちも、既に弱点はわかっているの。もう対処済みよ」
「……わかるのか?」
「ええ。厳密には、ザムマーグ様とのやり取りで、地上の人たちにこっちで得た情報を共有してもらっているの」
唖然とするファルガ。
確かに、レーテは想定外の事を平気でやってのける。
だが、まさか神皇ゾウガの術も効果が長続きしないこの地で、可憐な女神ザムマーグとそのようなやり取りをしているとは。
「確かに、ここでは私たちの起こしたアクションの効果は長続きしない。でも、情報をこまめに送る事で、こちらの情報はある程度伝えられているわ。後は、ザムマーグ様に彼らに伝えて貰っているだけ」
レーテは言う。
様々な情報を言葉に因る伝聞で伝えると、一見共通見解として統一が図れているように思われがちだ。しかし、それは言語で伝える為、やはり認識の多少のずれが発生してしまう。
単語にせよ文節にせよ、何かを伝えて理解してもらおうとすると、言語で伝えざるを得ないが、その言語の単語や表現は、あくまで受信者の今までの経験に左右される。その為、その経験をしたことがない人間に対して伝えようとした時、微妙なニュアンスが伝わらず、行動精度が著しく劣る事になる。発信者と受信者の認識が食い違う事もままあるという事だ。
だが、ザムマーグにより、人々の感覚に気づきの一環としてその情報を渡すことが出来れば、彼らは伝聞よりも遥かに精度高く行動でき、習得も可能にする事が出来る。
伝えるという事は、実は非常に難しいのだ。
そのことを、レーテはザムマーグとの鍛錬で学んだ。
しかし、それを逆手にとり、微妙なニュアンスを自身の気づきとして認識できるように伝えられれば、伝聞調で情報を伝えるよりずっと精度の高い共有が可能になる。
要は、白銀の球体が効率よく倒せさえすればいいのだ。その為の手段は問わない。
「流石は神賢者よ。私の時代に、お前のような神賢者がいれば、また世界は変わっていたかもしれないな」
グアリザムの言葉の裏に、一瞬よぎった後悔の念を感じた気がしたレーテ。だが、実際にはどうなのだろうか。
「だが、いずれにせよ私は、神皇になるか、魔神皇になるかの選択をすることは変わらなかった。『妖』を選ぶか、『魔』を選ぶか、だけの違いだ!
幾らお前が、地上のザムマーグに攻略法を授けようと、お前たちと星に残された者達とは地力が違うのだ。
地上が全滅し、制圧されるのは時間の問題だ」
笑うグアリザム。
だが、そこでファルガが吼える。
「その前に、あんたの所までたどり着く。そして、あんたを倒すさ」
「私の居場所はわかるまいに」
「そうでもないさ。
この街並みは、古代帝国イン=ギュアバの遺跡とそっくりだ。というより、そのものだ。そうだとすれば、あんたのいる場所は、かつて皇帝が眠っていた場所だろう? 俺たちは今からそこに行く!」
ファルガはそういうと、かつての記憶を頼りに≪天空翔≫での移動を開始する。
ファルガたちが歩いていた主要街道。この遥か先に、巨大なピラミッドがある筈だ。そしてそのピラミッドの重心部分に、棺桶型の生命維持装置があるはずだ。帝国イン=ギュアバでは、皇帝はそこにいた。自らの体と心を兵器に変えて。
恐らく、そこにグアリザムもいるはずだ。
「それにしても不思議ね。あなたが奪った彗星城。
なぜ先代の魔神皇は、わざわざ帝国イン=ギュアバの構成を真似たのかしら」
突然、周囲から狂ったような笑い声が響き渡る。
それがあまりに長時間響き渡るが故、ファルガもレーテも飛行を止め、一度空中静止したほどだ。
『巨悪』の気がふれた。
本気でそう考えた。
「……逆なのだよ、逆」
「な……何が逆なの!?」
余りに長時間の嘲笑の為か、不快感をあらわにし、レーテは思わず叫ぶ。答えを求めていたわけではないが、グアリザムは自ら答えを示し始めた。
「私が伝えたのだよ。神として。地球に。彗星城の技術をな……!」
衝撃だった。
古代帝国が齎した技術革新は、それは凄まじいものだった。
中世程度の人間たちの知識教養技術に、突然数百年、いや、数千年未来の技術を与えたレベルだったからだ。その差はといえば、天気予報に飛ばした靴の裏表を使っていた時代に、突然衛星映像から天気図を作りだし、それを用いて予報するぐらいの革新だったろう。
当時、古代帝国の遺跡から発掘された様々な出土品は、殆どその意味の分かるものではなかった。その中で三百年程度の歴史を経て、研究が若干進んだものだけが、現時点での特異技術として人々の手元に届く。しかも、それ自体もかなりレアな物であり、人々の目に触れないものも多かった。
飛天龍。
大陸砲。
青の指輪。
そして、古代帝国イン=ギュアバの様々な建築技術。
……言われてみれば確かにそうだ。
文化文明とは、徐々に成熟していくものだ。
古代帝国が出現したのは、千年前とも二千年前ともいわれているが、三百年前の『精霊神大戦争』にて記録が全て失われ、成立年については推測の域を出ないとされる。
それでも、例え千年であろうと二千年であろうと、その技術の進歩には段階があるはずだ。
だが、古代帝国の失われた技術については、唐突にゼロから発生したとしか思えないものが多々あった。
予兆すらもない状態での技術の出現。前提の知識・技術がない状態での技術の出現。
それらは伝導されたものに他ならない。しかも、習得時間の不要なものとなると、考えられるのは悍ましい可能性。技術を使うために為された、無慈悲な被伝導側の改造・改良。つまり人体改造。
学者たちは、古代帝国の遺跡の探索や出土品の研究により、古代帝国が何故滅びたか、という事については躍起になって調べていた。
だが、その古代帝国がどうやって成立したかについては、ほぼ手付かずの状態だった。
無理もない。
何もわからない状態で、オーバーテクノロジーの技術が突然出土するのだ。そのテクノロジーの研究こそ進めど、その成立にまで思いを馳せることは難しい。
とはいえ、そこに思いを馳せる考古学者は確かに存在した。無論、研究そのものは困難を極めただろう。だが、古代帝国の事が何もわかっていない状態で、『精霊神大戦争』と呼ばれた世界規模の戦闘があった為に滅びた、という事が口伝として伝わっていることを突き止めたのも、考古学者の努力の賜物だ。
「な……、何の為に?」
思わず口にするレーテ。だが、人間の歴史の根幹に関わる内容を、グアリザムはまるで子供が母親に夕食の献立を訪ねるかのように、何の抑揚もなく口にした。
「この『界元』のこの星を私の本拠地とし、他に攻め込むためだ」
「本拠地……? 攻め込む……?」
巨悪の発言の意図が全く分からないファルガ。
思い返してみれば、グアリザムがこの星を狙う意味がそもそも不明瞭だ。
神皇ゾウガは、『妖』と『魔』の戦いのエネルギーこそが世界を作ると言った。
それは何となくわかる。
存在エネルギーの『真』。生命エネルギーの『氣』。
『氣』は、何もなければ徐々に『真』に遷移していき、『真』が『氣』に触れれば、触れた部分の『真』が『氣』に性質変異するという特性がある。そして、『妖』の持つ何某かのエネルギーと『魔』の持つ何某かのエネルギーをぶつけると、『真』が生み出されるというのだ。
そのぶつけるべきエネルギーが何なのか、については、未だ判明していないとされる。世界は既に『氣』と『真』で構成されてしまっているからだ。その前の状況であれば、或いはそのエネルギーが何なのか、判明したかもしれないが。
「今更お前たちに説明しても仕方あるまい。理解力の低い愚鈍な脳みそしか持たなかった己を……、自らの種を恨むがいい。刮目せよ! 新しい魔神皇の降臨だ!」
武器を構える神勇者と神賢者を、正面からの強烈な爆風が襲う。
いや、果たしてそれが風なのかもはっきりしない。
神勇者の纏う蒼い鎧の真紅のマントが、引き千切られんばかりに激しく靡く。そして、神賢者の纏う白銀のローブが砕けんばかりに波打つ。
ファルガとレーテは流石に正面を向いていることができず、顔を伏せることでその凄まじいエネルギーの通過を待った。
異様に白い光と、大きく悍ましい波が駆け抜けていく。
閃光が駆け抜け、爆音が通り過ぎ、やがて静寂が訪れる。
静寂に耐えかね、ファルガとレーテはゆっくりと視線を上げた。
……何もない。
周囲に乱立していたはずのビルディングが完全に姿を消し、見渡す限り只の平地と化していた。
「今の凄まじいエネルギーで、全部消し飛んじまったのか……」
周囲を見渡しながら、ファルガは驚愕する。
只の都市破壊ならば理解もできよう。
だが、眼前に広がっていたのは、帝国イン=ギュアバの見本になったと言われる都市だ。その彗星城の街並み。
それが全て消し飛んでいる。見渡す限りの灰色の平面が広がっていた。
「ファルガ、見て!」
レーテが叫び、指さす方向を見たファルガは息を飲んだ。
全て圧倒的な強風で消し飛ばした街並みの先に、ぽつんと何かがある。
これこそが、帝国イン=ギュアバの最下層部で復活を待ち続けた皇帝兵器イン=ギュアバが眠っていたのと同じピラミッド。
それが、地平線の上にポンと置いてあるように見えた。
「あそこにグアリザムがいる。
恐らく、皇帝イン=ギュアバの時みたいに、魔神皇になる為の体の完成を待っている『巨悪』が……!」
ファルガたちは、まるで綺麗なカッターで斬られた断面のような、平らな灰色の大地の上を滑るように飛び始めた。
何回目の駆逐だっただろうか。
侵略者たちの集団を地上戦、空中戦にて殲滅させることに成功する者達が、初めて戦闘に対して、疑念を持つ。
≪洞≫から現れる白銀の人影。そして、白銀の飛翔体。
最初はそれほど苦戦せずに、出現した存在を空から大地から殲滅する。
だが。
人間はどこかで活動限界を迎える。
徐々に動きに精彩を欠いていき、飛天龍は撃墜される数が急増し、青い指輪の戦士たちも押され始める。まだ指輪の戦士たちは庇い合っての戦闘で何とか凌いでいるが、顕著だったのは単騎のドッグファイトで争っていた飛天龍たち。なかなか互いのフォローに入れぬ状態で、徐々に味方機を減らしていく。
それでも、それから何度かは敵を駆逐した。
だが、ついに戦力のバランスが崩壊する。
砲を持つ飛天龍『真・飛天龍』の最後の一機が撃墜され、大地に落ちる。
エース・ヒータックの機体だった。
撃墜される瞬間を目の当たりにしていたレベセスは、思わず息を飲む。だが、何処からか飛来した、『真・飛天龍』とも白銀の飛翔体とも異なる丼状の飛行物体が、煙を上げながら落ちていくヒータック機に接触したかと思うと、急速離脱した。
殆どの者が、墜落する『真・飛天龍』に目を奪われている中、レベセスだけはその存在に気づいた。
聞き覚えのあるローター音。
その飛行する丼は、並み居る白銀の飛翔体の間を縫うように飛び回り、攻撃を躱しながら司令本部の背後に着陸した。
彼は、墜落する途中の『真・飛天龍』から、ヒータックを救出していたのだ。
「墜落した奴らも、皆生きている。動ける者が動けない者を保護しながら、こちらに向かっている。受け入れ態勢を」
丼の上で叫ぶのは、かつて単身最強の空中海賊と言われ、自前の飛天龍を持つ男・ズエブ=ゴートンだった。
「レベセスよ! 上空の黒い穴から、敵は送り込まれてくる。あれを大陸砲で破壊できないのか?」
蒼い指輪の戦士たちも徐々に劣勢になる中、救援のために司令本部から戦場へと移動し、傷ついた者を保護しながら後退していた、皇帝兵器イン=ギュアバは、ズエブの言葉を聞き、遠隔操作で十門の大陸砲を、それぞれの≪洞≫のゲートに向けた。そして、そのまま発射の為のエネルギー充填を始める。
「皇帝陛下! 大陸砲で狙えるなら、≪洞≫全体に当てるのではなく、≪洞≫のゲートの中を通すように、エネルギーを収束して撃つ事は可能でしょうか?」
レベセスは遠くにいる皇帝イン=ギュアバに向かって叫ぶ。
無論、自分の肉声が遠い戦地で白銀の戦士と戦う皇帝の耳に届くことを想定してなどいない。だが、この星全てにネットワークを持つ皇帝兵器ならば、自身の意図を汲んでくれるだろうと思っての発言だった。
「承知した。
大陸砲の現在の設置場所では狙えぬ場所もある。そこは守護獣を向かわせる」
戦況は徐々に悪化している。
だが、これ以上の悪化は防ぎたい。悪化を防ぐには≪洞≫からの『魔』の増援を絶つ事が第一だ。レベセスは直接戦闘には参加せず、状況を見極めることで、この方法を思い立ったのだった。
もし、大陸砲の威力で≪洞≫が掻き消せるなら、それに越したことはない。だが、≪洞≫のゲートを消せないとしても、大陸砲のエネルギーが≪洞≫を通せるなら、≪洞≫の向こう側のグアリザム軍にダメージを与える事も可能かもしれない。
一か八かの賭けだった。
大陸砲から放たれた幾筋もの光の帯は、≪洞≫のゲートに向かって伸びていく。ゲートの大きさはまちまちだったが、幾筋かの光の帯は、≪洞≫のゲートを残したままでその中に吸い込まれていった。
残された白銀色の飛翔体も、守護獣によって撃墜され、地上の戦闘は一旦終了した。
幾つかのゲートは破壊され、また幾つかのゲートは残ったが、敵の増援もなく、不気味な沈黙を守ったままとなった。
空を見守る数多くの負傷者たち。
戦闘が突然終了し、ややあって冷静になった者が覚えるのは、不安だった。
少ししたら、また戦闘が始まるのか。それとも、これで終わるのか。だが、地上の者たちが戦闘をこれ以上継続するのは難しかった。
不気味に口を開けたままの≪洞≫のゲート。
戦闘に勝った気はしない。だが、敗戦の悲壮感もない。
戦った結果、敵は突然不在となった。だが、また送り込まれてくる可能性も多分にあった。
「消しておきましょう」
皇帝兵器イン=ギュアバは、淡々と大陸砲を順次充填させ、一度は中を通した光の帯を≪洞≫のゲートに当てることで、消滅させていく。
最後の一つを大陸砲で消滅させた時、生き残った者たちから徐々に拍手が巻き起こる。
だが、巨悪が直ぐに新しい≪洞≫を作り出し、再度白銀の戦士と飛翔体を送り込んでくる可能性はまだまだあった。
戦士たちは、空の≪洞≫のあった位置を見ながら、思わずため息をついた。
勝利に酔いしれる事の出来ない、静かな戦闘の終了だった。




