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界遊記  作者: かえで
巨悪との確執

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彗星城での戦闘1

 見慣れた光景だった。

 いや、見慣れたというと語弊がある。見た事のある光景、という方が正しいかもしれない。だが、余りにそこに滞在していたせいか、その光景を見慣れ過ぎていたのだろう。

 『帝国イン=ギュアバ居住区』。

 古代帝国の皇帝であり、復活した現在の帝国イン=ギュアバの皇帝でもある彼が、そう呼称した。

 今では誰も住んでいない都市。

 この都市の特徴は、浮遊大陸という限られた容積の物件を三次元的に満遍なく使用するために考案された、大陸内部にスズメバチの巣のように階層を設けるという都市構造だ。類似の都市構造としては、山岳地の斜面に何階層にも及ぶ都市を設計したという記録は残っている。だが、大陸を浮かせた後の跡地を居住地に当てただけでなく、浮遊させた大陸の内部を繰り抜くように何階層にもわたる大地を設定し、そこに都市を形成させた構成は、古今例がない。それが、超巨大な浮遊大陸でなされているとなればなおさらだ。

 『ワスプ=ネスト構造』とも表現されたこの都市構成は、限られた大地を最大限活用する手法として、かなりもてはやされたようだ。数百年前までは爆発的な人口増加により、まったく居住地が足りなくなっていたからだ。だが、居住地を確保する為に森林伐採をするという方策も好ましくないという風潮になっていたようで、やむなくこの都市構成を採用したという説もある。

 浮遊大陸に大勢の住人が生活していた頃には、高さ数十メートルに及ぶ何百棟ものビルディングと、自然環境重視の為の緑地豊かな公園が、何カ所も設営されていたとされる。

 そして、そのそれぞれの階層を行き来する為の、垂直移動のツールとしては高速の昇降機が、平行移動または垂直平行移動を同時に行う斜め移動のツールとしては『鉄の蛇』が整備されていたという。ちなみに、ディカイドウ大陸に聳える『蜃気楼の針』が、その遺跡であることは、皇帝イン=ギュアバの説明を補足するテマによって、ファルガたちはこのタイミングで知ることになる。

 古代帝国イン=ギュアバの住人達は、このような空間で生活した。そして、子を産み、育て、死んでいった。ひょっとすると、空だと信じていた場所は上部階層の底部であった可能性もある。余りに広大なエリアだったため、その階層から出ずに生活していた人間も少なからずいた筈だ。世界は閉じていた。

 実際、ファルガたちが稼働開始前の古代帝国イン=ギュアバの街並みを探索していた際、彼等は灰色の空を見、その空に穴をあけた時、水が落ちた。彼らのいた階層の上部階層のその部分が海か湖、或いは川だったのかはわからないが、言われてみれば、そのような階層上の上部都市の構成物を、一部破壊してしまったからこその落水なのだという事なのだろう。

 そして。

 ≪洞≫から抜け出たファルガとレーテの眼前に広がっていたのは、まさにその光景だった。全てが止まっていた時の古代帝国イン=ギュアバの、全て灰色であったはずの世界。

 余りに風景が似すぎているが故に、≪洞≫が帝国イン=ギュアバとドレーノ北の砂漠を繋いだのだと錯覚したほどだ。

 だが。

 何かが違う。

 帝国イン=ギュアバの居住部とは、明らかに何かが異なるのだが、彼らには明確に指摘ができなかった。

 ファルガとレーテは、ゆっくりと歩みを進め始めた。

 背後の≪洞≫が徐々に小さくなり、消えた。

 幾ら神皇ゾウガであっても、『魔』の拠点である彗星城のエリアに≪洞≫の術……氣功術ともマナ術とも異なる、時空を切り貼りする類の術式……を、長時間発動させ続けることは難しいという事なのだろうか。

 まるで熱湯に浮かべたドライアイスのように、黄緑色の放電現象を纏った漆黒の≪洞≫のゲートは小さくなっていき、空間に溶け込むように消えてしまった。

「神勇者と神賢者よ。

 よくぞ『魔』の総本山、我が居城に到達した。

 神皇ゾウガの力もこの通り、彗星城の中では全く効果はない。

 完全に『魔』の空間だ。お前たちは完全に孤立した。お前たちを援助できる存在はこの地には存在しない。

 このまま捨て置いても、お前たちはいずれ狂い死にするだろうが、それでは面白くない。

 絶望する様を愉しませろ。時間をかけて嬲り殺しにしてくれる!」

 初めて聞く、魔神皇の声。

 今まで『魔』の氣を感じ、神闘者として戦った『魔』の戦士たちの親玉と考えてみると、彼等に比べて、酷く悍ましさの薄らいだ声だと、ファルガとレーテは感じていた。

 魔神皇という位だから、声一つ聞かせただけでも、彗星城を訪れた人間を戦闘不能……最悪即死の事態を招くくらいの効果があってもおかしくはなかったはずだ。

 だが、魔神皇の言葉から感じられる印象は、他の魔の存在から受けた悍ましさとは種類が異なっていた。

「レーテ、気づいたか? グアリザムの声が聞こえたが、今のは間違いなく声だった」

 一瞬、何を言われたかわからず、ハトが豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるレーテ。

「聞こえたけど……、声に決まっているでしょう?」

「いや、そうじゃなくて。

 今まで神様からの声は、物理的に遠くても聞こえていた。多分、頭に直接語り掛けてくるような術を使っていたのだろう。

 けれど、今回のグアリザムの声は違っていた」

「……どういうこと?」

 レーテの問いにはすぐに答えず、ファルガは突然絶叫する。

 ややあって、彼の声が山彦となって四方八方から戻ってきた。だが、当のファルガはそんなことお構いなしに、何度か鋭い声で戻ってくる自分の声に耳を傾けた。

「こんな風に声が反響したんだよ。頭に直接話しかけて来るなら、建物に声が反響する筈がない。それに、聞こえてきた声にはタイムラグがあった。

 つまり、この声の主グアリザムは、わざわざ自分の声で俺たちに語り掛けてきている。

 でも、≪索≫を飛ばしても全く検知できない。

 という事は、何かしら別の技術を使って、自分の声だけを物理的に飛ばしているってことだ」

 レーテは黙ってファルガの次の説明を待つ。

「頭脳に直接働きかける力が、グアリザムにないとは思えない。曲がりなりにも、女神様達の先代が、奴だったわけだし。

 それでも、敢えて肉声を俺たちに聞かせる意味が、何かあるのか……?」

 レーテは戸惑った。自分は気にならなかったグアリザムの宣戦布告。だが、ファルガはそこに異常なほどに執心する。

 ファルガの感じる違和が、レーテの感じていないものだとすると、自分は何かを見落としているのではないだろうか。ファルガがうっすらと気づいている物を自分が見落としている。少女は見落としによる情報不足を取り戻そうと必死になる。

「どういうこと……?」

「そもそも、グアリザムは何故、再侵攻に三百年待ったんだろうか?」

「……それは、妖魔反転したグアリザムが、フィアマーグ様とザムマーグ様との戦闘で、深刻なダメージを負ったから。

 ……そうか!」

 レーテの中で、全てが繋がったようだ。その機微の察知にファルガも驚く。幾らなんでもそれは早すぎる。

「おかしいとは思ったのよ。

 グアリザムは侵攻を開始した筈なのに、どうして大陸砲の攻撃であんな小さい規模の爆発しか起きないのかって。最初は、この彗星城に大陸砲の威力を抑える防御機能があるのかと思った。でも、違うのよ。

 単純に、彗星城が物理的に大きすぎる。それは事実。でも、それ以上に、私たちからの距離が遠いという事。

 遠くから飛来するのならばともかく、≪洞≫で空間を超えて現れるなら、もっと彗星城を接近させて現れればいいはず。そうすれば、奇襲にもなるだろうし、わざわざ≪洞≫を使って戦力を送り込まなくてもいいはずよね。

 でも、それをしなかった。

 ……出来なかったのよ。グアリザムは」

「三百年前の戦闘の傷がまだ癒えていないってことなのか?」

「妖魔反転したところで、神様時代のグアリザムの戦闘能力は、いわば神様。つまり、今のフィアマーグ様やザムマーグ様と同じくらい。

 魔神という存在と私たちは戦っていないけれども、対比から考えても魔神は『魔』にとっての神様と同じ括りであると考えていいと思うの。

 でも、魔神皇になる為には、様々な力を高めなければならない。神勇者と神賢者は、戦闘に関してだけ言えば、神皇様と同程度なんでしょう? でなければ、あの嫌な戦い……魔神皇と神賢者神勇者がエネルギーを生みだす為の戦いを、ずっと続けることはできない。

 そうよね?

 その力を神勇者と神賢者に与えるのが、超神剣の装備。つまり、超神剣を持たない女神様達も私たちも、能力的には神様の戦闘能力程度という解釈でいいと思うの」

 神様と同程度。

 聞く者によっては不遜で不快感を覚えそうなセリフだ。だが、今のレーテの洞察は神懸っていた。神をも納得させる弁論。そういわざるを得ない。

「神皇様と魔神皇という存在は、そもそもの力が俺たちとは桁違いってことだろう? それを超神剣の力を使って補正して、魔神皇と戦うってことだよな」

「そう。

 神様の力しかない者が神皇様になるには、何かしら力を増す処置を施さなければいけない筈。それが修行・鍛錬と呼ばれるものなのか、また別の方法なのかはわからないけど。

 グアリザムは、傷を癒す為だけではなくて、その力をつける為に、再侵攻に三百年の時間を要した。

 そう考えるべきね」

「三百年後、その力の引き上げが終わっている事を想定して、この場所に彗星城が出現するように設定していた。そして、眠りについていた。

 けれど、実際には力の引き上げが間に合わなかったってことか。で、その時間稼ぎをする為に、星から遠い所に出現して止まった」

 ファルガが、自分自身に言い聞かせるように発したその言葉を遮るように、上空に無数の球体が出現する。また、ビルディングからたくさんの人影が姿を現した。

 球体の一つ一つが白銀であり、少し球体の縁が揺らいでいるように見える。そしてその揺らぎの上に黒い点がはっきりと浮いていた。その黒い部分に光が灯る。どうやら、移動式の砲門のようだ。空間を縦横無尽に飛び回り、術を放つ。今までに対したことのないタイプの敵のようだ。

 そして、人影も球体同様に白銀色をしていた。だが、その姿に凹凸はほとんどなく、性別を排したマネキンのようにも見える。本来人間の目のあるところには何もなく、表情は伺えない。代わりに、額部に赤い点が浮かび上がっている。その赤い点は不規則に点滅を繰り返す。

「小娘、賢しいな。そして、小僧。殆どお前の言う通りだ。

 唯一違うのは、私の体の改造自体は既に終わっている。魔神皇を凌ぐほどの力を身に着けた体に……な。

 後は、馴染むのを待つだけなのだ。さして時間はかからん。稼働しさえすれば、お前たちを屠るのに何の時間もいらない。とはいえ、それまで座して待てとも言うつもりはない。

 これから私を愉しませろ。

 私の計画を、一瞬とはいえ遅らせたその力、見せてみろ」

「……遅らせた?」 

「元々の計画では、私が彗星城でこの地に到達する頃には、遠くから打ち込んだ≪誘魔弾≫の効果で妖魔反転し、魔の割合の増したお前たちの星の住人により、妖の排除が完了している筈だったのだ。所謂同士討ちだ。その様子は、お前たちも目の当たりにしただろう。

 だが、非力でとるに足らないお前たちの無意味な抵抗で、若干計画の修正を余儀なくされた。結果は変わらないのに、だ。

 その余計な手間を掛けさせられた代償を、お前たちの身体で払ってもらう。

 私の目覚めを心地よいものにする為に、せいぜい抵抗してくれ。神皇に匹敵するその力が『魔』の力に喰い尽くされていくのを見てみたい。

 その方が私の目覚めは快適なものになるだろう」

 上空を覆い尽くす白銀の金属球の中心が赤く輝き始めた。そして、大地を埋め尽くす白銀の人影の右手が伸び、鋭利な刃物になる。ちょうど、人間がショートソードを手にしたような印象だ。そして左腕の前腕部が平たくなり、左右に広がる。これは盾なのだろうか。だが、そもそも白銀の人型が護るべき体の部位がどこなのかわからない以上、盾を持たせる意味もよくわからない。

 ファルガは背の竜王剣を手にし、レーテは黄道の軌跡を体の前に立てた。

 竜王剣にゆっくりと光が灯り、鞘が剣内に回収される。

 そして。

 黄道の軌跡が黄金色に輝き、その光がレーテの身体を覆う白銀のローブ・暁の銀嶺を覆い尽くす。

「人型は任せろ。レーテは上空の銀玉を頼む」

「銀玉……。相変わらずセンスのないネーミングね。いいわよ。任せて!」

 ファルガとレーテの身体を、かつてない程に力強い青白い光の炎・オーラ=メイルが包み込んだ。

「たかが一人二人の人間の抵抗で崩されるような計画しか立てられない奴になんか、負けてたまるかよ!」

 ファルガの言葉に、姿を見せぬグアリザムが一瞬イラついたようだった。白銀の人影はほぼ全員が剣を振り上げ、上空の銀の球体に、エネルギーが満ちていくのが見て取れる。

 ついに神勇者と神賢者の全力の戦闘が始まる。




「あの二人、無事に彗星城についたのか?」

 ファルガ達二人が、神皇ゾウガの造った≪洞≫のゲートに飛び込んでいった後、≪洞≫のゲートは、外部の力に押しつぶされるように消失した。

 だが、その間も、神皇ゾウガは姿を見せない。周囲に漠然と存在し、それぞれの戦いを見守っているのは確かなのだが、存在場所が判然としない。

 ≪洞≫の術とは、空間を強制的に強い力で結び付ける術。

 氣功術ともマナ術とも異なる、神の術式といっていい。三次元を構成する『氣』とも『真』(マナ)とも違う力の源の術は、高次の術といえる。神が同時に別座標に存在できるのも高次の存在の特徴の一つなのだ。

 神をも超える強力な『真』(マナ)のコントロール能力を持つ、『術』に特化した神賢者であっても、恐らく再現は不可能だろう。やはり、術者自身が高次の存在となり、世界の存在構成要素である存在エネルギー『真』(マナ)と、存在を生命体として存続させることの可能な生命エネルギー『氣』の束縛から離れられるようにならないと、使用することはできないのだろう。

 例外は皇帝兵器イン=ギュアバだが、彼の肉体も極限まで高次の存在に近くなるように構成されているため、疑似的な≪洞≫の術が可能になったと考えられる。それでも、所詮は人間の延長にすぎない。出来ることは神とは比較にならない程に少ない。

「皇帝陛下! 貴方の力で、奴らの状況はわからないのでしょうか?」

 今までは平静を装っていた、元聖勇者レベセス=アーグ。

 だが、彼も人の親だ。

 長女カナールを失い、世界の命運をかけて戦う戦士に選ばれたとはいえ、実質一人娘となってしまった次女レーテを、戦地に送り込む際のレベセスの心の苦悩は、筆舌に尽くし難い。

 だが、そんなレベセスの悲痛な願いも、イン=ギュアバは無機質に否定するだけだった。

「残念ながら、わからない。

 私の持つ通信網は、この星のありとあらゆる所に張り巡らされてはいる。しかし、星の外に出てしまった存在については、関与のしようがない。従って、動静は愚か、生死すらも知ることは不可能だ」

 一瞬の間の後、レベセスは、改めて無理な要求をしたと謝罪する。

 元々、少女が神賢者になる鍛錬を女神たちと始めた時点で、聖勇者の経験しかないレベセスに認識できる鍛錬からは逸脱している。それでも、まだ『実質的な安全』は担保されていた。

 だが、今回の戦いはレーテの命の保証はない。そして、敵の強さも規格外。

 言わば、自分の及びもつかない存在である筈の女神たちが神として崇める神皇と、全く同じレベルの敵・魔神皇と戦うのだ。

 歴戦の勇士であるはずのレベセス=アーグですら、無事を祈る事しかできない。

 そんなレベセスの不安げな様子を目の当たりにしたヒータックは勿論の事、テマですらかける言葉がなく、共に祈るしかないのが現状だった。

「さあ、そろそろ我々も準備をしなければなりません。我々は、我々で今出来ることをするしかないのです」

 そう言い、上空を指し示すスサッケイ=ノヴィ。

 カタラット国の代表となった彼は、カタラットでの戦いで辛い別れを経験した。そして、その別れは自らの決断で行なった事だった。

 それを経験しているだけに、何もできないこの現状で無力感に苛まれる事に対しての抵抗力を、ここにいる他の戦士よりは幾許か持ちあわせているのかもしれない。

「上空に無数の≪洞≫が発生してきている。あのゲートが開けば、恐らくグアリザムの準備した戦闘員たちが、そこを通ってなだれ込んでくるはずだ。

 我々はそれを迎え撃ち、退けなければならない」

 今この現状において、皇帝兵器が精神的に一番安定していた。

 上空に幾つも出現した黒い点は、地上にて待ち受ける者達にその正体を見せる。

 その体を大きく広げた≪洞≫の術は、赤黒い放電現象を伴い、空に張り付けられたように鎮座する。そして、ついに上空の≪洞≫のゲートから幾つもの何かが姿を現した。

 一つの種類は、そのまま砂漠に墜落し、砂煙を上げる。もうもうと立ち込める砂煙がゆっくりと晴れていくと、そこには何十人もの人型の戦士が並んでいる。

 そしてもう一つの種類は、そのまま上空を舞い続けていた。

 どうやら、先に地上に降りた人型が操る乗り物の様だった。それらが数十機上空を舞う。

 大地を進む何十人もの戦士たち。全身が白銀に塗り固められており、手には何も持たないが、行進の途中で腕から剣を生やしていく。

 地上に残された者達は知る由もなかったが、それは彗星城にて神勇者と神賢者が向き合っている兵士部隊と同じものだった。

「ここからは我々の出番ですな!」

 『影飛び』頭領スサッケイ=ノヴィ。

 その言葉に応じるように、何十人もの人影が、彼の背後に現れた。

 彼らは、古代帝国イン=ギュアバの遺跡から出土した『青の指輪』を身に着けた戦士集団だ。

 レベセスの指導の下、彼らは生命エネルギーである『氣』をコントロールする術を身に着けた。それにより、常人の五倍程度の身体能力を手に入れている。

 指輪との適性のある者はそれ以上の段階にまで進むことができたというから、彼らが聖剣を手に入れていたら、第二段階程度までは使いこなせていたのかもしれない。

 だが、聖剣という伝説の武器が、超神剣を身に纏う為に必要な『氣』のコントロールを学習する為のツールであり、巨悪と戦うための道具ではないことが分かった現在、聖剣を使いこなせたところで何の意味もないだろう。聖剣の例の伝説は、超神剣の事を指していたのだから。

 唯一意味があるとすれば、聖剣なしの第二段階や第三段階にまで到達できる可能性がある存在が、神勇者と神賢者以外にも存在するかもしれない、という推論が可能になったということでしかない。指輪を持つ戦士たちが、戦闘の過程で第三段階まで到達できるようになれば、それはそれで大幅な戦力アップに繋がる。

『聖剣』は、所詮聖剣でしかなく、超神剣には及ばない。そして、その超神剣が復活し、固有の所有者を得た今、聖剣はこの世から消滅した。

 現在の青の指輪の所持者は、今の時点では、常人よりは遥かに強いが、所謂只の人間にすぎない。もっとも、今世界で必要とされているのは四人の聖勇者ではなく、眼前に現れた銀色の人型に対抗する力であり、それが全てだ。

 指輪の所有者たちは、皆一様に体が青白い光に包まれる。体が膜に包まれる者。そして、その光の膜から湯気のようなものが微かに立ち昇る者。

 それぞれの戦士たちが手にした武器を準備し、正面に出現した銀色の人型集団と相対することになる。

 恐らく、『青の指輪』がなければ、戦士たちは一瞬で全滅していただろう。だが、銀の人型の戦士より、指輪を発動させた『影飛び』の方が、力も速さも上回っていた。『影飛び』たちは、銀の戦士の斬撃を受けることなく、確実に相手にその刃を当てることに成功していた。

 しかし、銀の戦士の身体を攻撃しても、斬撃や打撃は受け付けるものの、ダメージになっている様には思えなかった。身体が流体金属然とし、斬撃や打撃が徐々に回復していく姿は恐怖だ。何度打ち倒しても、立ち上がり回復してくるように見える敵の戦士に、『青い指輪』の戦士たちは戸惑いを隠せなかった。

 だが、スサッケイが額部の赤い光を攻撃し、その部位を破壊することで活動を停止することが判明してからは、白銀の戦士たちに対して、『青い指輪』の戦士たちは終始戦闘を優位に進めることが可能になった。

 光を失い倒れた戦士を吸収し、体を徐々に大きくしていく白銀の戦士もいたが、体を大きくしたことで俊敏性が失われ、逆に額の光が狙いやすくなり、程なく白銀の戦士たちは沈黙した。

 そして。

 上空を飛び回る何か。

 形は違うが、それは飛天龍を彷彿とさせた。

 大地に立つ者達が、≪洞≫から現れた飛翔物をSMGの浮遊兵器『飛天龍』のような物体であると認識した次の瞬間、砂漠の奥より数十機もの飛翔物の編隊が飛来する。

 古代帝国イン=ギュアバの遺跡より出土した、古代兵器の一つ。

 古代帝国の組織の一部であったSMGが伝承した技術とは異なり、空中戦のような、通常ではこの世界では発生しないと思われていた戦闘にも対応可能な、完全な飛天龍。

 SMGの人間たちから与えられた、愛のある名称『丼』の裏面にあるのは、ローターではなく三つの穴。その中から光が漏れ、その光を動力にして飛行する。SMGの人間が目撃した事のある飛天龍とは異なる『真・飛天龍』。

 それらは、SMGの飛天龍と異なり、装甲も兵器も搭載されていた。

 この星の技術の粋を極めた飛天龍たちが、『魔』の巣窟から送り出されてきた飛翔体と戦闘態勢に入るのは時間の問題だった。

 先制攻撃は、≪洞≫の洞窟からカタラット国の上空に出現した飛翔体だった。

 飛天龍同士の空中戦。

 飛翔物同士の空中戦は、帝国イン=ギュアバ成立の有史以前から現在にかけてまで、発生したことは愚か、想定された事すらなかったとされる。

 誰もが初めての戦い方に困惑し、動揺し、そして理解する為に邁進した。

 空を舞う金属の塊同士が、熱を帯びた光を放ち、標的となった金属の塊に攻撃を仕掛ける。今でいえば『ドッグファイト』と呼ばれる飛翔体同士の戦闘形式に非常に近いが、そもそも疑似金属が宙に浮き、その動静を人間が管理できるという夢見心地の状態で、戦闘が成立するかといえば、甚だ疑問だった。

 だが、SMGにて選任された『真・飛天龍』の操縦者たちは、初見の敵に対して、十分すぎる程に健闘した。

 何機かの『真・飛天龍』は撃墜されてしまったものの、それ以上に空飛ぶ騎士たちは悍ましき敵の飛翔体を、その機体の持つ砲門より放つ『閃雷』で撃墜する。

 『閃雷』は、充填する時間が必要で、速射こそできないが、大気中の『真』(マナ)を収束し弾丸として放つという性質上、弾数は無限といっていい。そして、かつてSMGに所属し、飛天龍を駆る鍛錬をした戦士たちなら、更に高機能且つ操縦性が増している『真・飛天龍』を操るのは造作もない事だった。

 特に活躍したのは、三人の操縦士が必要なSMGの飛天龍を一人で駆る事の出来る、天性のエース・ヒータック=トオーリだった。

 彼は、SMGの他の人間が見ても明らかなほどに異常な挙動を『真・飛天龍』にて平気で行い、感情の起伏の感じられない相手機のパイロットすら手玉に取り、一人で二十機以上を撃墜してみせた。

 地上戦も、空中戦も、防衛側の勝利がほぼ確定した頃、≪洞≫のゲートから、同数の人型と飛翔体とが吐き出された。勝利の余韻に浸ろうとしていた戦士たちは愕然とする。

 今までも決して楽な戦闘ではなかったし鍛錬ではなかった。だが、新装備のおかげで思った以上に苦戦を強いられることなく敵を退ける事が出来た。誰もが歓喜した。

 ……はずだった。

 戦士たちは驚愕したものの、まだ戦力的に余裕があり、戦闘のスタミナも残っていたため、殲滅のペースは落ちなかった。更に地上では『青い指輪』の戦士を、空中では飛翔体を更にいくつか失うことになったが、それでも新しく送り込まれた敵を退ける事が出来そうだった。

 そして、第二波の敵もあらかた掃討が完了する、まさにその直前だった。

 上空にある≪洞≫から、更に同様の数の人型と飛翔体が吐き出された。

「くそっ、敵さんはまだまだ控えているってことかよ!」

 機上のヒータックはぼやくが、機体はまだ新品同然。そして、ヒータックもほとんどスタミナを消耗していない。更に湧いた敵に向かい、舵を切った。


「まずいな……。今はまだ、こちらが優勢に戦闘を進めているが、そのうち数の暴力に押され、劣勢になってくるだろう」

 地上で戦況を見守るテマの一言で、皆潜在的に抱えていた不安が顕在化し、『魔』に対してまだ優勢に戦闘を進めている戦場よりは寧ろ、本陣で戦闘を指揮している司令本部の方に焦りが出始める。

 今はまだ、グアリザムの作り出した≪洞≫の能力のせいで、一度に送信できる人型の敵と飛翔体の敵の数は、地上で迎え撃つ戦力で対応できるレベルだ。だが、それは儚いバランスの上に成り立っているに過ぎない。

≪洞≫の送信能力が増したら。≪洞≫の数が増えたら。グアリザムの能力が増したら。彗星城のこの星との距離が縮まったら。

 様々な要素がこの均衡を崩す可能性を秘めていた。

 そして、地上の『魔』の戦士にせよ、上空の『魔』の飛翔体にせよ、突如中空に出現する≪洞≫のゲートから無尽蔵に送り込まれてくるため、『青い指輪』の戦士たちも、駆動エネルギーこそ無尽蔵である『真・飛天龍』のパイロットにせよ、徐々に劣勢になっていくのは目に見えていた。

 どれほど卓越した技術を持っていても、人間である以上は、行動限界がある。

 個人差はあれど、そこに到達した者から、徐々に討たれていってしまうのは、容易に想像できた。

「何とか奴らの援軍を絶つ方法を考えるしかない」

 暫く沈黙した後、テマは呻いた。

 上空では、飛翔体同士の戦闘が行われ、地上では超人同士の戦いが続いている……。

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