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界遊記  作者: かえで
ラン=サイディール禍
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デイエンへ

 ラン=サイディール国の首都デイエンは、ティノーウ大陸の北西に存在する。

 『ティノーウ』とは、この地方の方言で『巨大な地』を意味する単語だ。だが、三百年前に急に発生した方言故、その前の呼び名は不明だ。伝承のとおり、古代帝国滅亡時に浮遊大陸が墜落したとすれば、その前はその大陸はなかった可能性もあり、名前が無いのも頷ける。

 人口百五十万以上の、この時代では大都市に分類されるデイエンは、陽床の丘ハタナハの影響で、海から上がってきた湿気が霧散することなくその場所に留まり、結果雨季と乾季のない地域となっている。気温は、夏は高く冬は低いのだが、実際の湿度に対して降雪降雨が多いわけではない。海から上がってくる湿気を帯びた風は、ハタナハにぶつかって上昇するが、そこで急激に冷やされる。本来のこの手の地形ならば、急激に冷やされた空気が雲となり雨を降らせるはずなのだが、この地域では、急激に冷やされた雲は、更に上昇気流で押し上げられ、そのまま丘の向こうに押し出されてしまうため、湿気に比べて降雨量は非常に少なくなっている。

 城壁の外に広がる小麦畑は、デイエンの輸出品目にはなっているものの、他の野菜などの収穫量は非常に少ないため、ラマ村からの『お上り』による供給に依存している。その半面、元々のデイエンは、遷都以前は漁業で発展した町であり、海産物を多く水揚げし、小麦と同等かそれ以上の主力品としてラマや近隣の都市に卸している。

 そのせいかデイエンの人々は遷都前から非常に金銭的に豊かで、様々な物品の移動も頻繁に行われており、その結果集まる貨幣のせいで、生活水準が高いとされている。為政者としては稀代の存在だと言われるラン=サイディール国の宰相ベニーバ=サイディールがこの地を利用し、閉塞感漂っていたラン=サイディール国の立て直しを図ろうと画策したのもわかる話だ。

 デイエンは、都市そのものが裕福であったために、都市防災にはかなり予算を割いている。デイエンの住人は他者からの略奪を望むなどの粗暴な性質はないのだが、野盗などがデイエンを襲うこともままあったため、強固な城壁を築いた。同時に、デイエン都市内で準備された衛兵も、デイエン内のエリートとしての地位を確立しており、遷都後の近衛兵は、更に地位を高いものと設定しないと、遷都後の宰相ベニーバ=サイディールの地位が高まらないために、一時期は近衛兵の処遇は、地方の中級貴族並の破格の待遇となった。

 遷都してからのデイエンは、野盗以外に、旧首都のテキイセ貴族からの攻撃にも備えなければならなかった。結果、城壁はさらに高くなり、硬度も増した他、衛兵は対野盗軍として、近衛兵は対テキイセ貴族軍として徐々に軍として住み分けがされるようになっていった。しかしながら、二つの軍隊を維持するため国防費は上がって行き、結果貿易国家の首都と歌いながらも屈指の軍事力を持つことになってしまったのは、ベニーバにとって意図されたものではなかったに違いない。

 そういう意味でも三百年の成立年数を誇る国家にしては、内部がいろいろ分裂していると言わざるを得ない。

 遷都は、国の方針転換という、一元的な目標を達するために行われたものではあるのだが、その変更には様々なしがらみが包含されており、ラン=サイディール国の内外を巻き込んだ一大イベントだといえた。


 ハタナハの麓からデイエンまでは、半日強あれば到着する。

 ファルガとレーテの二人が、取るもの取敢えず移動を開始して、デイエンの城下町に入ろうという頃には、夕日は完全にハタナハの向こう側に姿を消す直前で、日没と同時に門を固く閉ざそうというデイエンの衛兵からは、走ってこいと催促される始末だった。

 門の所で今まさに門を閉ざそうとしていた衛兵たちも、遠巻きに見えた二人の人影が、まさか少年と少女だとは思わないので、呼び込んだ後、少し愕然としていたものだった。

 だが、衛兵の一人が、二人の子供たちのうちの一人を、ラン=サイディール国大将レベセス=アーグの娘だという事に気づいてからは、腫物を触るような取扱いになり、思わず傍にいたファルガは鼻白んだものだった。

 ファルガはといえば、レーテとずっと行動を共にする気はなかった。

 数日間世話になった恩返しなどと言うつもりはさらさらないが、同伴の少女を無事にデイエンまで送り届けるのが、せめてもの老夫婦に対する供養となるだろう、との考えで、レーテを自宅に送り届けたら、そのままジョー討伐の旅に出るつもりだった。といっても即座にデイエンから出るのではなく、デイエンの周囲で聞き込み調査を行なってから、だが。

 いくらジョーとはいえ、完全に姿を消しているとは思えない。やはり、どこかの街に寄って様々な物資の調達を行うだろう。ラマではあの幼子たちを食しなかったところを見ると、恐らくラマに入ってからは殆ど何も食べていなかったはずだ。となれば、ラマから最も近い都市であるデイエンで食料を調達する可能性は非常に高い。ひょっとすると、この都市でも既に何人かの行方不明者が出ているかもしれない。その辺から調べていけば、必ずジョーに行き着く。デイエンをそのまま通過するには、デイエンは余りに魅力的な街だったからだ。

 ファルガには、ジョーの行動パターンの予測には自信があったのだが、事態はそう簡単には進まなかった。

 少年と少女が、日没直後に、二人だけで城塞都市外から徒歩で訪れる。

 片やラン=サイディール国の大将レベセス=アーグの次女。そして、もう一人は剥き身の剣を持つ正体不明の少年。それが、デイエン在住の人間ではないとなると、少年と少女のデイエン到着は、突然犯罪色が強くなる。直接犯罪に抵触していなくても、不穏な何かがあり、その結果の二人の到着ではないか、と少し注意深い人間ならそう考えたかもしれない。

 レーテは、少々の医者のチェックで済んだが、ファルガはといえば、拘束されての厳重な健康チェックを受けることになった。健康チェックとは名ばかりの、実質的な取り調べだ。

 日没近くに伴も連れず、デイエンの敷地外からラン=サイディール国軍大将の次女が歩いて来たとすると、やはり誘拐事件が発生しかかったと考えるのが自然だ。ましてや、この少年とともに少女が一人城塞外に出たという証言もなければ目撃情報もない。あるのは帰ってきた事実だけ。城塞の外に出るのに、衛兵の目を掻い潜って出ることはなかなか難しい。ましてや、子供だけで城塞外に出ようとするなら衛兵が必ず止めるはずだ。

 その衛兵の目に触れていないとなると、人目に触れないように連れ出されたか、あるいは自ら人目に触れないようにして出たか、のどちらかということになる。いずれにせよ、通常のデイエンからの外出ということではない。その外出が小等学校の高学年の女子によって意図的になされたとは考えづらかった。つまり、連れ出された時は人目につかない状態。となると、予測されるのは誘拐事件。そして、その誘拐事件の犯人候補には枚挙に暇がない。

 デイエン遷都に反対のテキイセ貴族。デイエンの富裕層からの身代金目的の夜盗。

 デイエンの衛兵の詰所には、一瞬緊張が走る。

 だが、外出の事実そのものは、旅馬車の予約履歴で、レーテがハタナハ傍の街道筋で降りたことが判明した。ただし、その履歴が残っていたのが三日前。それ故、当日の記録のみを辿った衛兵の現状掌握が遅れた理由だ。

 しかしながら、その人間が徒歩で帰ってくるとも考えづらい。実際、帰りの馬車の予約もしてあり、その予定より三日も早かった。本来であれば、まだハタナハに滞在していたことになる。ハタナハで何かが起きた。そう考えるのが妥当だ。

 デイエンの警察権を持つのは、近衛隊だ。

 ファルガの身柄は、衛兵から近衛兵に移され、保護観察となった。

 当初は独房に入れられる予定だったが、空きがなかったのと、レーテの陳情によりとりあえずは、保護観察房に入れられることになる。

 保護観察房は、独房とは違い、まだプライバシーは存在する。独房は三面を冷たい石壁に囲まれ、一面は完全に鉄の檻となる。排泄などのプライバシーは皆無だ。だが、保護観察房は自害などの恐れなく、取り敢えずは害なす人間とは思われないが、軟禁というわけにもいかない人間を拘留する場所であり、少なくとも暑さ寒さで苦しむことはないが、自由は完全に奪われていた。

 当然、ファルガの所持していた聖剣は没収された。やはり、得体の知れぬ少年に武器をそのまま所持させておくわけにはいかなかったからだ。

 少年ファルガは、こうして捕らわれの身になった。

 彼の身の上を証明してくれる保護者はおらず、彼の話を真摯に聞く者もいない。彼の無実の罪をあえて晴らす人間はいなかった。害なす人間でないなら、しばらく保護観察の身にして様子を見よう、というのがラン=サイディール軍近衛隊の判断だった。

 このまま半永久的に拘束され、いつしか存在すら忘れ去られた少年の人生は、人々の希望の都市の影の歴史に塗れたまま燃え尽きる事になってしまう。

 だが、大将の令嬢をここまで無事に連れてきたという事実だけが、ほんの一握りの人間に違和感を残していた。

 果たして、何故ファルガという少年が、大将の次女と共に戻ってきたのか。それがたまたまなのか。はたまた、ファルガという少年が誘拐事件を未然に防いだ英雄なのか。それとも、誘拐犯の内部分裂による人質解放なのか。

 少年は、様々な予測の下、自由を奪われた。

デイエンの少女と、それ以外の地の少年が、日没直前に首都に帰ってくれば、そりゃ何にもないわけにはいかないよな……。というわけで、普通に考えたら逮捕されました(^^;

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