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界遊記  作者: かえで
巨悪との確執

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薔薇の慟哭

 正式に神賢者となった後も、黒い神殿内の広間で鍛錬を続けていたレーテ。

 そんなレーテが、神殿内に立ち昇る巨大な氣を感じたのは、女神ザムマーグとの鍛錬を修了し、自ら課したルーチンとしての鍛錬を積んでいる最中だった。


 薄緑色の球体にその身を包むレーテは、女神ザムマーグの放ったマナ術を悉く無効化した。その技とは、所謂神賢の六つの神通力(氣功術・マナ術・鬼道術・召喚術・道具術・話術)とは全く異なるものだ。

 強いて言うなら、レーテが使っているのはマナ術の『反心魂の技』だった。この技術は、巨悪によって地上が攻撃された時、『魔』による世界汚染を防ぐ為の技だった。

 『魔』による汚染。

 巨悪を始めとする『魔』によって放たれた様々な術の攻撃に対し、レーテを始めとする『妖』の戦士たちがその直撃を受けずとも、『魔』の術がそのまま地上に到達して発動してしまったならば、『妖』には耐えがたい悍ましさが術の追加効果として、周囲に大量にばら撒かれることになる。結果、精神的に弱い生物であれば、その悍ましさに当てられるだけで、発狂したりショック死したりすることも起きうるとされる。

 また、同じマナ術であっても、『妖』に対して使われた『魔』のマナ術は、それだけで殺傷能力が格段に上がる。だが、それは『魔』が『妖』より術において優れていることを意味しない。何故なら、『妖』から『魔』に対して使われたマナ術も、同様の効果があるとされるからだ。術の威力は、術者の能力と共に、反心魂の関係でも影響を受ける。

 一言で言ってしまえば、『妖』と『魔』は、完全に相容れない。存在も、行動も、互いに発する生命エネルギーである『氣』や、万物の構成エネルギーである『真』(マナ)でさえも。

 もし仮に、『妖』が『魔』に対して≪快癒≫を使用した場合、『魔』の傷はその瞬間では確かに癒えるだろうが、施された『魔』は、体に纏わりつく不快感のあまり≪快癒≫を施された体の部位を自分のものとしては考えられないという。個体によって行動は様々だが、概してとる行動は、傷だった部位を搔きむしったり引き裂いたりといったような異常行為であり、結局そこから傷の状態が悪化し、死に至る事もあるだろう。

 その現象を、後世の人間は『魔』による汚染、『魔染』と呼んだ。

 『氣』も『真』(マナ)も、『魔』が作り出したものであれば、同一でありながら異なるものと認識される存在。その悍ましいエネルギーが地上に降り注げば、それだけで地上のありとあらゆる生物が異常行動を起こし、最終的には発狂したり自ら命を絶つ行為を行なったりする可能性は十分にあった。つまり、『妖』が主流の世界であれば、『魔』の術が使用される事により、その瞬間周囲は狂気と混乱に包まれるという事になる。

 だが、それをレーテが作り出す薄緑色の球体、即ち『反心魂の技』で、ありとあらゆる『魔』の現象を浄化することにより、『魔』の汚染を食い止める事が出来るかもしれない。

 それが女神ザムマーグと神賢者レーテ=アーグのあみ出した、対巨悪の戦術だった。

 巨悪がどのような術を使ってくるかは不明だが、何か術を使ってきた瞬間に、『魔』の使ってきた術とエネルギー値の真逆の術を正確に発動することで、術そのものを消滅させ、汚染が拡散するのを回避するという方法。

 それが『反心魂の技』だった。

 レーテは、女神ザムマーグですら確実には使用できない技を、いつの間にか高い精度で行なえるようになっていた。それが、『魔』の持つ雰囲気の中和だけではなく、術そのものを完全に無効化する方法だった。

 『同心魂』の術については、その術と同じ術を放ち、抑え込むという方法を採る事ができる。しかしその方法だと、抑え込んでいる間の術の拮抗中も、『魔』の力は飛散する。それを防ぐため、使われた術とは真逆のエネルギー値を持つ術を用いることにより、術の存在そのものを中和し、かつ『魔』が弾け飛ぶことを抑える事が狙いの技術だった。

 使われた術と同じ力のエネルギーである必要はない。使われた術と逆の性質を持つ術を用い、使用された術を中和、消滅させる事が大事だった。

 相手の使ってくる術を瞬時に見極め、出来るだけ『反心魂』のエネルギーを拡散させないように、真逆に近いエネルギーの術をいかに早く準備し、使用できるか。

 それが、『反心魂の技』の本当の難しさだった。


 レーテは鍛錬を中止し、錫杖を構えると氣の正体の出現を待った。

 今回の相手は何者だろうか。

 黒い神殿で修業中、今まで何度となく『魔』の攻撃を受けたレーテ。

 それらの『魔』は、恐らく巨悪が放った斥候ではないのだろう。

 実際、そこまで力のある『魔』ではなかった。単発的な攻撃は、レーテの『反心魂の技』による光球に衝突し、殆どの力を失った。

 『魔』による影響を世界に与えたくないだけで、『魔』の存在の命を奪うのが目的ではなかったレーテは、何度となく単発的に表れた『魔』の存在の魔の部分だけを消耗させて追い返した。

 神賢者となった少女の前に現れた『魔』の姿は様々だった。

 ウサギのような小動物の姿をしたもの。森林で囀る美しい羽毛を持った鳥。そして、たとえそれが『妖』だったとしても、猛獣としては相当の危険を持つ巨大な熊。

 だが、レーテは錫杖に乗せた『反心魂の技』で『魔』に刺激を与え、その生命体の『魔』の部分を抑えることにより、戦いを続けさせないようにする事が出来るようになっていた。『魔』の部分がより強い存在は、『妖』に対して悍ましさを覚える。だからこそレーテや他の『妖』に対して戦闘を仕掛け、排除しようとするのだが、『魔』の部分を鎮静化さえできれば、その戦闘が自動的に消滅する事を、何度かの戦いの経験を経て、レーテは気づいていた。魔の部分が失われれば、悍ましさを感じなくなり戦闘を継続する意志が失われてしまうのだ。そして、個体として遥かに強いレーテに対し恐れをなし、逃走する。

 『黒い稲妻』で『魔』の部分を肥大化された存在とは違う、天然の『魔』。

 どんな人間でも、何故かそりの合わない相手は必ずいる。だが、それも理性で抑え込める程度のもの。それが実は、『妖』と『魔』の両方の性質を持つ『心魂』所有者であり、この星ではそういった存在がほぼ全体を占めるのだという事を、レーテは幾度となく発生するこの手の事案に対応するうちに察してきていた。

 巨悪の手先に堕ちてしまうのは、心魂の含有する『魔』が多い存在だったことに気づいたからだ。

「『魔』の部分は、誰にでもあるのよ。その『魔』の部分が強く出る瞬間、その人は『妖』にとってすごく嫌な人になってしまう。でも、それをうまく抑える事が出来れば、みんな争わずに済むの」

 滅する方法に特化する戦闘術を身に着けたファルガに対して、希釈する方法を身に着けたレーテは、ある意味『妖』と『魔』の関係性を変えられる力を持った稀有な存在になった、というべきかもしれない。

 神殿の中に、巨大な力が集まってくる。

 いつの間にか、レーテの横に女神ザムマーグも来ていた。

「いよいよ、ですね……」

 女神の言葉に、レーテは敏感に反応する。

 いよいよ……。という事は、彼が帰ってくる。

 神殿内の空気が一瞬歪み、広間に≪洞≫が広がる。中空に浮かんだ黒い点が大きく広がり、円の周囲に薄紫色の放電が始まる。その中から二人の人影が歩みを進めてきた。

 一人は、女神ザムマーグと全く同じ容姿の『もう一人の女神』フィアマーグ。そして、その後に続いて歩み出てきたのは、蒼い鎧に身を包んだ神勇者ファルガ=ノンだった。

「おかえりなさい、ファルガ」

 レーテの言葉に、ファルガは答えた。

「間に合ったみたいだな……。巨悪がここに来る前に帰ってこられた」

 そう言いながら、レーテを見たファルガは、驚きの声を上げた。

 法衣『暁の銀嶺』と錫杖『黄道の軌跡』。

 神勇者の超神剣の装備とは、力の発動の方向性が真逆の、しかし完成された装備だったからだ。神勇者としての鍛錬を積んだファルガには、その錫杖と法衣が如何に力を持っているかがよく分かった。

「その法衣、凄いな……。レーテの力を高めるというより、レーテが法衣の力を高めて、法衣がそんなレーテの力を更に高めている……。力をうまく使えば、理屈上は無限に力が高まる筈だ」

 思わずレーテの美しい白銀の法衣に手を伸ばそうとしたファルガの手が止まった。

「ど……、どうしたの?」

 いきなり自身に手を伸ばしてきたファルガに対して、恥ずかしいような嬉しいような不思議な高鳴る胸の鼓動が収まらなかったレーテだったが、それを押し隠すように尋ねた。

 レーテの問いかけに反応することなく、遥か遠くの世界にしばらく思いを馳せていたファルガだったが、やがて一言小さく呟いた。

「薔薇が泣いている……」

 ファルガの言葉に一瞬怪訝な表情を浮かべたレーテだったが、レーテの表情もすぐに引き締まる。

 その嘆きを、レーテにも聞き取る事が出来たからだ。

 これは声ではなかった。何か視覚的な物でもなければ、聴覚的な物でもない。

 雰囲気。そう表現するのが正しいだろう。

 それはまさに、『氣』だった。

 生きとし生けるすべての物が持つ生命エネルギー。その生命エネルギーをもつ存在が思う感情が、『氣』となってファルガとレーテに届いたのだった。

 悲しみ。苦しみ。自分では何もできないという自己嫌悪の念。

「……ずっと彼らはこの感情を発していたのかしら?」

 南の孤島の黒い神殿で鍛錬を続けていたレーテは、この感情の存在に気づかなかった。幾ら鍛錬に集中していたと言っても、これほどに強い念……文字通り海を越えてくるほどに強い思いに気づかないという事など、あり得るのだろうか。

 ファルガはそれに答える。

「いや、俺もここに戻ってきてから感じた。俺がこの地に戻って、それから発し始めたんだと思う」

「そうなのね……」

 レーテは呟くと、ファルガと同じ方角の中空を見つめる。

 その視線の先には一つの国があった。二人にとって切っても切れない国。その国は、ある種の懐かしさと凄まじい恐怖と憤怒、憎悪を呼び覚ます。

「この方角は、ラン=サイディール……?」

「間違いない。デイエンだ」

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