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界遊記  作者: かえで
巨悪との確執

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神勇者ファルガ

 漆黒の闇。

 上も下もわからない。

 浮いているのか、落ちているのか、漂っているのかもわからない。

 そんな違和の空間に、蒼き鎧を纏い、中大剣を片手で構える人物がいる。

 風などないのに、真紅のマントははためくように広がり、その状態で静止している。

 まるで時間が停止しているかのような不思議な感覚だ。

 その沈黙は、突然破られた。

 巨大な火球が少年の背後に発生し、それが少年へと激しく迫る。少年は突然現れた火球にも驚かない。いや、驚いていないのではなく、気づいていないようにも思えた。だが次の瞬間、少年の身体が一瞬煌めき、その周囲を一筋の稲妻が走る。少年が剣を振るったのだ。両手持ちの大剣と片手持ちの剣のちょうど中間程度の長さの剣を、目にも止まらぬ速さで。火球は二分され、少年の横を通り越した後、暫く飛行を続けたところで姿を消す。少年から大分離れた二カ所で、爆発の光が確認できた。だが、その爆発には少年は興味を持っていないようだった。

 火球が二分された直後、少年の右頭上に氷の塊が姿を見せる。いや、氷などという生半可な大きさのものではない。どう見ても氷山と評すべき巨大な物体が、中空に存在する。白色ではなく薄水色の氷山が倒れ掛かってこようというまさにその瞬間、少年は右手の剣はそのままに、指を広げた左腕を氷山に向けた。彼の掌底がキラリと光り、打ち出された青白い光の珠。その珠は高速で飛行し、氷山の中心に命中すると、氷山はバラバラと崩れていきながら、その姿を闇に溶かしていった。

 少年の足元に巨大な瞳が現れる。足の裏から見上げるような、感情の籠らぬ視線。一つ目の巨人サイクロプス。その巨大さは、瞳が巨大な落とし穴のように見える程だ。巨人の身長は少なく見積もっても五十メートル以上はある。少年がかつて見たギガンテスの子供より遥かに大きい。現れたサイクロプスは洞窟の入口のような口を更に大きく開け、吼えた。それはもはや音ではなかった。大地が震え、大海原であれば巨大な津波が起きようかという程の衝撃波。だが、少年は縦に構えた剣でその衝撃波を分割してやり過ごすと、サイクロプスの足元に立ち、大きく跳躍。青白い光の炎に包まれたまま一気に頭頂まで駆け抜けた。少年の右手には、剣。一気に駆け上がったように見えた少年の跳躍は、サイクロプスの拳による二連打と、体のひねりから生み出す蹴り、そして噛み砕こうとする巨大な口の攻撃を結果的に見事に回避し、サイクロプスを両断する。巨人はそのまま左右に分割され、倒れ込むように闇に消えていった。

 消えていく巨大な人型の影を飛び越えるように、赤いドラゴンが飛来する。背にある二対四枚の皮膜の翼を器用に羽ばたかせ、鉤爪をちらつかせながら、不釣り合いなほどに小さい瞳でファルガを見やる。器用に尾をコントロールし、少年の背後から打撃を加えようとするドラゴンだが、ファルガは背面飛びの要領でその尾の一撃を躱す。ドラゴンの次の攻撃を待たず、そのまま掌底を合わせ、氣の炎をその中に集中させて珠を作った。その間わずかコンマ数秒。次の瞬間、掌底の珠がドラゴンに向けて崩壊し、一筋の光の帯が伸びる。以前ファルガが放った光の帯より、ずっと細い。しかし、輝きは以前のそれよりもずっと強いものだった。あの細い光の帯に、巨大なエネルギーが集束している証拠だった。その光の帯はドラゴンの腹を打ち抜く。口から何かを吐き出そうとしていたドラゴンは、口内にエネルギーを溜めきれず、苦悶の唸り声をあげながら、崩れ落ちていった。

 ドラゴンを押しのけるように出現する炎の塊。それは徐々に人型へと姿を変えていく。シルエットこそ二足歩行の人間のようだが、紅蓮の炎に包まれるその表情は伺い知れない。そして、その身長も五メートル近くと、炎の巨人という表現がしっくりくる。巨人は右腕と左腕をバラバラにしならせ、鞭のように炎を操り、ファルガを攻撃してきた。一度、二度、高速の打撃が大地を打つが、その一撃が齎されるのはファルガがその場から立ち去った後の場所のみだった。鞭の攻撃と、顔面から飛ばす細かい体の一部が、周囲を炎に包んだ。だが、その巨人の首から上の部分が分離し、大地に転がったのはそれからすぐの事だった。ファルガの飛ばした斬撃が炎の巨人の頸部に直撃し、切断したからだ。

 物質の状態変化を示す酸化反応『燃焼』。その燃焼という現象も、構成エネルギーが『氣』での状態変化であれば、その状態で命を持つことは十分にありうる。『氣』は『心魂』との融和性が高いとされているからだ。そんな生命体……精霊や妖怪、悪霊達……に疑似物理攻撃でダメージを与える斬撃こそが、神勇者のもう一つの技術『閃光斬』だった。閃光斬は流星斬と同じく、刀身で斬撃を叩き込む方法と、刀身に乗せた『氣』または『真』で斬撃のエネルギーを形作り、離れた敵にダメージを与える方法がある。それを使い分けることで、ファルガは炎の巨人を倒したのだった。

 炎の巨人が倒れたその先から、巨大な鳥型の物体が飛来する。羽ばたいてはいる様なのだが、常にその体が揺らいで見える。近づいてくると視認できるが、その表面は帯電しているようだった。というより、稲妻のエネルギーがそのまま鳥型になり、命を持って行動している感じだ。猛禽を彷彿とさせるデザインに、何本もの孔雀の尾が靡く。体を覆っているのが炎であるなら、不死鳥であると表現できただろう。その帯電猛禽(サンダーバード)は、電子音のような高い咆哮を上げると、嘴から稲妻を吐き出した。しかし、その稲妻はファルガの手前で歪曲し、周囲に落ちる。幾度となく吐き出すも、全て少年の前で屈折し、明後日の方向に飛んでいった。少年は剣を構えると、鳥型の稲妻モンスターに突きの姿勢で飛び込んでいく。モンスターの身体は剣を避けるように大きく穴をあける。だが、そこでファルガは大きく剣を幾度か振るい、命を持った電気体を霧散させた。氣の周りにマナ術で磁場を構成し、帯電猛禽(サンダーバード)の攻撃を直進できなくさせた後、一気に間合いを詰め、敵の存在できる磁場を竜王剣で攪拌し、その体を維持できないようにしたのだ。

 帯電猛禽(サンダーバード)が霧消した直後、ファルガの両脇に≪洞≫のゲートが出現する。そこから紫色の腕が現れ、ファルガの両肩を掴もうとした。ファルガは竜王剣を放り上げると、体を半歩ずらし、手の掌握行為を回避。両掌を≪洞≫のゲートに突っ込むと、以前は余り得意ではなかったマナ術≪燃滅≫を打ち込み、落ちて来る竜王剣を跳躍して回収しながらその場を離れた。≪洞≫のゲートの中で何かがもだえ苦しむ気配がし、ゲートはそのまま小さくなり、消滅した。

 次々と現れる人外の生命体。その姿はファルガの想像を遥かに超えた異形の物から、良く知る可愛らしい愛玩動物まで多岐に渡る。ただ、サイズや数が尋常ではなかった。

 そして、それらをほぼ一撃の下に屠っていく神勇者。その戦闘能力は、神皇の準備できる最高戦力という名に恥じぬ凄まじいものだった。

 相手の攻撃を被ダメージなくいなし、ほぼ一挙動で無数の怪物どもに致命傷を与えていくという光景。まるで攻略法を知っているようにも思えたが、ファルガの視線は、新規の敵の行動を観察し、かつ最も有効な手法を使って相手を倒すための分析に貫徹していた。

 激しい戦闘を幾つも終えたにも拘らず、息一つ乱れないファルガ。少年はゆっくりと降り立った。地面などわからぬ筈の空間だったが、何故かそこに降り立ったと感じられた。足元に光の波紋が広がり、そこにいつの間にか暗闇の大地が出来上がっていた。

 光の波紋が、無限に広がっていく。

 それが、ある一定の所まで広がった時、その先から広がってきたと思われる光の波紋と交錯し、その波紋は消えた。

 ファルガは表情を変えることなく、一点を見つめていた。

 その視線の先、闇の中から人影が現れる。

 それは、神勇者ファルガ=ノンと瓜二つの容姿。

 違うのは鎧の色。そして髪の色だった。

 甲冑の形状こそファルガの身に纏う蒼竜鎧、光龍兜と全く同じだったが、色が違う。

 神勇者の身に纏う鎧は深い蒼だったが、対する人影の鎧は鮮血の様な朱色。手にしている剣も竜王剣と瓜二つだったが、刃の色が赤黒い。

 少年と青年の間の年齢になり、大人と呼んでも遜色のない身長になったファルガ。精悍な顔つきはそのままだが、その顔からは幼さがほぼ消えた。

 鋭く射貫く強い視線が、赤い神勇者と交わった瞬間、お互いに打ち込んだ剣は火花を散らし、足元に光の波紋を広げる。

 今までほぼ一動作の一撃で相手を倒していたファルガの攻撃が、初めて防がれた。

 まるで鏡の自分に向かって剣を振るっているような、不思議な感覚に陥るファルガ。

 それは、ドイム界元の神皇ゾウガの想像できる最強の戦士。神の更なる高次の存在が、イメージとして作り出せる限界の敵。

 神皇ゾウガは、何代もの神勇者を見てきた。当然、先代の神勇者フィー=マーガーもこの神の王に師事してきたはず。そのゾウガが、イメージできる最強の戦士が、この赤い神勇者だった。言質はとっていないが、今まで現れた存在も、ひょっとすると歴代の神勇者だったのかもしれない。ファルガのように人間が神勇者に成ったとは限らない。つまりは『魔』……とりわけ魔神皇に対抗できればいいので、身長五十メートル以上のサイクロプスであろうが、炎人であろうが、赤いドラゴンであろうが、『妖』の存在であれば何でもよいという事なのだろうか。

 何度も剣が交わり、牽制の蹴りや剣の補助攻撃としての打突も幾度となく繰り返された。だが、一向に決着がつかない。

 全ての物質を斬り裂く『流星斬』。全ての生命体に宿る心魂体を斬り裂く『閃光斬』。互いに放つそれぞれの技の威力が伯仲し、空間に幾度となく轟音と閃光が放たれる。青白い竜王剣と赤黒い竜王剣が衝突したその瞬間に、周囲に爆風が巻き起こる。刃同士が衝突した瞬間に発生する真空状態は、周囲の空間をかき集めようとする。

 赤い兜の陰に隠れ、見る事の出来ない赤い神勇者の視線。だが、その口元は明らかに笑っていた。ゾウガの作り出した幻影であろうその赤い戦士は、蒼い戦士との戦闘を自らの意志で愉しんでいるように見えた。

 その笑みを目の当たりにしたファルガは、一瞬目を見開くものの、自分の口元にも同じ笑みが張り付いていることに気づく。

 神勇者ファルガ=ノンは、鍛錬を開始して二年半という時間が経過しようとするこのタイミングで、自身がこの戦闘を愉しんでいる事に驚愕しながらも、どこかでそれを受け入れていた。

 力を得た者の快楽。一歩間違えれば殺戮世界に身を置くことになるかもしれない。ファルガはそう思い、顔を左右に振ると改めて赤い鎧の神勇者を見やった。

 剣を立て、顔の横に刀身を構えたファルガは、敵に対し体を斜に構え、軽く膝を曲げた。

 次の瞬間、少年の体から噴き出すように発生した青白い光の炎は、少年の身体に巻き付き駆け上っていく。その間、構えた竜王剣に変化はない。しかし、徐々に剣に青白い光が移っていくと、最も強く刀身が輝き始めた。

 神勇者の剣技、流星斬と閃光斬。

 流星斬とは、圧倒的な力と速さで対象を物質的に両断する技。通常の斬撃と違うのは、物理的に斬れないものは存在しないという点だ。もし、普通の剣で流星斬を使用しようものなら、剣は途中で燃え尽きてしまうだろう。だが、その斬撃を繰り出す剣は、超神剣装備『竜王剣』だ。そして元来の竜王剣の攻撃力に加え、所有者の氣功術による攻撃力の大幅な向上により、物理的な対象を全て両断する必殺の一撃となる。

 全ての物質は『氣』と『真』で構成される。その構成の結合を断ち切れば、理論上は切断という事になる。物質の硬度であろうが、切るという行為が難しいとされる流動体であろうが、切断は可能だ。

 結合の破壊。

 対象に対しての規則的な加力による規則的な破壊こそが、切断なのだ。

 そして。

 流星斬の対の技として、閃光斬がある。

 閃光斬とは、『心魂』のような、物質で出来ているものではない存在を斬り裂く技術だと言っていい。一般にあの世の者と呼ばれる、人間では触れる事が出来ないような敵に対し、有効なダメージを与える技。従って、通常人間や地上の生物にはダメージを与えずに、その背後にいる霊的な存在……サイコエネルギーの集合体に対してのみダメージを与える事が出来る剣技だ。ここでいう与ダメージという行為は、物理的に分断する事ではなく、心魂体の破壊だ。つまり、心魂が心魂として機能できなくなるようにするという事。

 本来『氣』の性質を持つ物質……それが蛋白質であろうと金属であろうと、燃焼の炎のような現象存在であろうと……により、生命体が生命を維持する為の『生命の外殻』が形作られているなら、心魂はそれに護られている。それ故、閃光斬単体では生命体を倒すことはできない。ただ、やり方次第では、機能停止に陥らせることは可能だ。

 何代も前の神勇者が、『魔』落ちした神賢者を機能停止に陥らせるため、閃光斬で神賢者を攻撃し、成功させた事例もあるという。魔神皇が、精神的に不安定になった神賢者に対し、≪魔染症≫の術を使って『魔』落ちさせようとしたが、『魔』に侵された部分を閃光斬で切断、分離させることで事なきを得たのだ。

 ファルガの構える最強の剣・竜王剣。その剣の刀身に、流星斬と閃光斬のエネルギーが共に存在する事に、神皇ゾウガは気が付いた。どちらかに傾倒すれば、反対のエネルギーは消滅する。だが、絶妙なバランスで双方のエネルギーを残す。その力が、準備された各々の力の累乗以上の力で弾けた瞬間、雌雄は決した。

 漆黒の闇全体が、神皇ゾウガの思念で包まれているからだろうか。ファルガの行為に対し、空間全体が驚愕した。

 歴代の神勇者がやろうと思ったこともなかった技。

 仮にやろうと思ったとしてもできなかった技。

 もし、二つの斬撃の特性を組み入れて一つの技に統合する事が出来るならば、それだけで十分な必殺剣になるだろう。物質もそれ以外の物も斬れるのであれば、もはや防ぐことは不可能。斬撃が直撃した存在は、物理的にも精神的にも分断される。最強の剣による最強の一撃は防御不能。そして、分断された心魂は消えていく。文字通りの消滅となる。

 ファルガの構想は、『紅い蒼竜鎧の戦士』との戦闘に決着をつけた。


「私もイメージをしたことはありましたが、まさか成功させるとは。しかし、恐ろしい技ですね。直撃すれば完全に切断されてしまう……」

 先程までの疑似空間が消え、広い玉座の間が現れた。先程までこんな場所にいた覚えはない。ファルガは思わず周囲を見回した。

 ファルガの知っているどのような城よりも巨大な広間。しかし、中空に照明らしきシャンデリアは存在せず、床も絨毯が敷き詰められることもなく、石とも金属ともつかぬタイルで覆い尽くされていた。同じ材質の壁や天井にも照明器具は一切なかったが、不思議と広間の様子を伺い知ることができた。

 ただただ灰色の世界。

 玉座の間といっても、玉座は存在しない。謁見を求める者がいないのだ。城主の地位や立ち位置を示す玉座も不要だと言えば不要。そもそも、神皇に『腰かける』という行為が必要なのかどうかも不明だ。そういえば、ボロを纏った神皇は、回廊を進むときも、歩いているとは言い難い動きを見せていた。それは、浮遊したまま床を滑っているようにも思える。

 初めてこの城を訪れた時、周囲は闇に包まれており、燭台も見えない状態で炎だけが小さく導く回廊を進んだものだった。そして、その先にはボロを身に纏った背の低い老人。

 その老人は、今もファルガの前にいる。灰色の空間に、ボロを纏いその表情を見せようとしないこの老人の性別はわからない。いや、神皇であれば、性別などないのかもしれない。

 蒼き鎧を身に纏った神勇者ファルガ=ノンは、初めて肩で息をしていた。

 最初は、どの戦士も倒すことができなかった。

 巨人に殴られ、ドラゴンの爪に引き裂かれ、炎人の火の息に焼かれた。ネズミの形状をした大量の化け物に体を食べ尽くされ、角の生えたウサギに蹴り飛ばされた。翼の生えた馬に蹴られ、角の生えた馬に貫かれた。無色透明のゼリーに窒息させられ、大量の水を生み出す蛇に溺れさせられた。

 そして、赤い鎧を纏った神勇者とは何度も決着がつかず、そのままその場に倒れ込み、眠った。

 知識だけは、神皇ゾウガによって最初に強制的に与えられた。

 戦いの技術だけではない。人間という怪物が歴史上起こした、ありとあらゆる事件を映像で見せられ、妖と魔の悍ましくも悲しい戦いの歴史も受け入れざるを得なかった。

 知識が増加することに、反比例するようにファルガの感情が乏しくなっていく。以前の感性のままで知識を入れられたら、正気を保てなくなるのは明らかだった。それ故、ファルガは心を抑えた。そして、それらの事実は受け入れ、感情は入れなかった。

 結果、最小限の行動で最大限の成果が上がるような戦い方を身に着けた。

 神勇者となったファルガの、聖勇者の頃には持ちえなかった感性が、戦いの進め方を変えたのだ。

 ファルガは、刀身を見ながら呟いた。

「『流星斬』と『閃光斬』の両方の性質を持たせてみたいとは、常々思っていました。

 これから俺が戦うとされる巨悪には、『流星斬』と『閃光斬』をそれぞれ個別に放っていては勝てない。巨悪と呼ばれる存在がどのような存在なのかも見当がつかないのですが、今までの神勇者の技だけは戦えないような気がして……」

「最初に知識を可能な限り与えたのが功を奏しましたね。しかし、物質も心魂も同時に断裂させることができるとは。そのバランスを完全にコントロールし、常時放てるようにするには時間が掛かるでしょうが、まだ時間はあります。その技術を高めることに精進してください」

 ボロを纏った老人ゾウガは、そういうと闇に消えていこうとした。

「あ、ゾウガ様、待ってください。

 一度手合わせをお願いしたいのです。

 戦う巨悪は、現在の魔神皇。魔との対比で神皇様との戦闘経験が、魔神皇との戦闘のヒントになると思うんです」

 聖剣の勇者・聖勇者になってから神勇者になった現在に至るまで、ファルガから進んで手合わせを望んだことは今までなかった。だが、今回、彼は初めて神皇に手合わせを願う。

 ラン=サイディール国の首都デイエンにて、一週間だけ近衛隊副隊長ソヴァ=メナクォに剣術の基礎を習って以降、なんとなく戦い続けているうちにいつの間にか強くなってしまっていたファルガからすれば、きちっとした鍛錬など受けたことがなかったし、必要もなかっただろう。しかし、この二年半の間、界元の神の長・神皇を師とし、鍛錬を受け多様な術の教授を施されることにより、彼の戦闘技術は一足飛びに上昇した。

 その自覚はある。

 ファルガは何となくわかっていた。この手合わせが、恐らく鍛錬の最後になるだろうという事が。

「お断りします」

 当の神皇ゾウガは、ファルガの申し出をあっさりと拒否した。

「その必要はありません。

 現在の貴方であれば、純粋な戦闘面においては私より強いはず。私と戦ったところで得られるものは何もないでしょう。そして、対巨悪としては何の参考にもならないでしょう。

 彼の者は私の力を超えている。当然、歴代の神勇者が戦ったところで勝利することは不可能。そして、戦い方としても参考にはならないでしょう。只の魔神皇ならばいざ知らず、巨悪グアリザムはその括りにはできないからからです」

「そうですか。わかりました」

 ファルガはあっさりとゾウガの拒絶を受け入れた。

 なんとなく、その答えを予期していた。巨悪は、全てにおいて今までの規格では処理できない。それはファルガにもわかる。

 何故、ファルガの星の神であったグアリザムが、魔神皇になったのか。いや、なる事が出来たのか。妖と魔とは、同一種の生命体でありながら存在を完全否定しあう存在ではなかったのか。

 だが、グアリザムは『反心魂』の高次へと進む道を採った。

 何故なのか。

 単純にその事実だけを取り上げた時、グアリザムという存在に酷く興味を惹かれる。

 だが、ファルガもこの短期間の間に何度も魔と交戦した。結果、魔とは話し合うどころか、存在を認めるだけでありとあらゆる感情と感覚とが逆撫でされ、とてもではないが意思の疎通は難しそうだった。

 会話のやり取りは、自称神闘者ハンゾとも行なった。だが、結局彼の想いは何一つ理解できなかった。

 いや、理解はできていたのだろう。

 だが、納得が出来なかった。どれほどの正論であろうが、発言する『魔』の言葉に悍ましさを感じてしまい、発言の内容ではなく、発言者そのものが理由で納得できず、否定してしまった。

 それは相手も同じだったろう。

 だからこそ、『反心魂』とはまず戦闘、そして排除ありきなのだ。

 ファルガは大きく溜息をつくと、戦闘の意志を解いた。竜王剣の樋部分に施している飾りが刃を覆い尽くし、鞘となる。少年はその剣を背負うと城の外に出た。


 初めてこの地を訪れたファルガにとっては、衝撃の光景だった。

 空に浮かぶ大小様々の惑星。余りの澄み具合に、遠くの銀河まで一望できた。そして、城の立つ湖は、上空の宇宙空間を美しく映し出す。湖の周りに遠く望める山脈群の向こうには、一体何があるのだろう。

 鍛錬が終わり、これ以上やることがないと言われ、傍と困ったファルガ。

 ゆっくりと、二年半前にフィアマーグと共に初めて訪れた城壁の塔部分へと歩みを進めていく。

 塔に人影が見える。

 不規則な角の兜と黒いローブに見覚えがある。フィアマーグか、ザムマーグか。

 更に近づくと、仮面を外した精悍な女神がいた。

「力をつけたな。私が神勇者であった頃とは比較にならない……。もし、あの時の戦闘で、私ではなくお前があの場にいたならば、巨悪グアリザムによってここまで世界が傷つくことはなかったのかもしれん」

 女神の言葉はファルガの耳には届かなかったが、彼女の氣はやるせなさを滲ませていた。

 だが、彼女たちはベストを尽くしたのだ。この世界への被害は彼女たちの尽力で最小限に抑えられていた。

 ファルガはそれを知識で思い知らされていた。

「……グアリザムは来ますか? レーテは? ほかのみんなは?」

 フィアマーグはそれには答えず、深く強く一度頷いただけだった。


 フィアマーグの『洞』に入ったファルガが、神皇の城から姿を消した後、城壁に姿を現した神皇。

 ボロのフードを外したそこに現れたのは、幼児に見まごう幼き少年だった。

 額から一対の角が天に向かって生えていたが、それ以外は普通の人間の容姿と何ら変わらなかった。だが、神皇の容姿など、恐らくいくらでも変える事が出来るだろう。そう考えると、幼き少年の姿をした神皇が、本当の姿とはとても思えない。

「ファルガ。恐ろしい程の潜在能力を持った少年。しかし、相手はかつての天才神賢者であり、神にもなった存在。そんな彼の目的が分からない以上、戦いようもありません。

 私もそれなりの準備をしておかなければなりませんね。今から準備して間に合うか甚だ疑問ですが」

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