神賢者レーテ
人々から忘れられた島。
かつては名もあったはず。
だが、今は定住している人間は一人もいない。それどころか、所有権を主張する人間は愚か、人がこの地を訪れる事すら十数年に一度あればいい方だ。
大人の足であれば、半日もあれば一周できてしまう程度の広さの島には、鬱蒼と茂るジャングルと、波打ち際に広がる白い砂浜。そして、黒曜石のような漆黒のブロックを無数に組みあげて造られた建造物があった。
黒い神殿。
鏡面のように磨き込まれているようでいて、何故か傍にある景色を全く映さない。まるで降り注ぐ太陽光をすべて吸収してしまっているかの如き黒さだ。
アーチ状の空洞が神殿の中へと来訪者を誘う。
誰がどのように組み上げたのかは全く不明だが、外観からは想像もつかないような長い回廊があり、その先に広間があった。
広間は四方を全て黒い壁に囲まれていた。そこには窓一つない。どのような構造になっているのか、外からは全く見ることはできないのだが、内側からは外の様子が透けて見えている。
その広間の中心部に、薄緑色の光の球体があり、その中心に一人の少女がうっすらと確認できる。両腕を胸の前で交差させ、黄金の錫杖を抱くように禅を組み、白銀のローブと冠を身に纏う少女は、まるで球体の中心で浮いているように見える。
目だけが輝き、顔の中心線部が少しだけ隆起する仮面を身に着け、長さも太さも均一性のまるでない何本もの角が、四方八方に延びる不思議な形状の兜を被る、黒いマントの巨人が少女の前に立つ。
巨人と球体との距離は、数メートルもないだろう。
突然、巨人は全身を覆うマントの裾から両手を伸ばし、構えた。ほぼ同時に白色の炎が全身から噴き出す。それと同時に、巨人の掌底に更に強く輝く光の珠が出来上がると、そこから無数の火球が高速で打ち出され、球体に包まれる少女を直撃した。
漆黒の壁に囲まれた空間が激しく瞬き、そしてすぐに光を失う。轟音も衝撃も発生しない。遠くに発生したが故、音は聞こえず閃光だけが目に入る不思議な状態の雷雲を見ているような不思議な感覚だ。火球は少女に届く前に、薄緑色の光の珠に直撃したが、炸裂する間もなく珠に吸い込まれるように消える。
巨人が胸の前に抱える光の珠は『真球』。マナ術を使う際に集束された『真』が、強い力で圧縮されたエネルギーの具現体。
目にはそう見えているが、実際にはこの現象は視覚で捉えられているのではなく、体が感じているエネルギーの在り様を脳でそのように変換し、目で見ているような感覚として捉えているに過ぎない。従って、色彩も形状も見る者によって異なるのだが、それを体感できる人間が殆どいないのが現状だ。そして、『真球』を創り出せるほどの術者がいないという現実もある。
五秒……。十秒……。
気が遠くなる程に長く短い時間が経過し、光の珠から打ち出されるものが、触れたものを全て氷漬けにする白い靄に変化する。
また更に時間が経過し、無数に打ち出されるものが光の靄から閃光に変化し、大気を裂く閃光の轟音が神殿内に溢れ返る。『真球』から無数の稲妻が迸り、全て少女の作り出す緑色の光の珠に直撃しているのだ。だが、先程同様光の珠に直撃した際の衝撃音はせず、閃光は全て吸収されたように見えた。
それが終わるや否や、禍々しい緑色のガスが『真球』より噴霧され、神殿内を緑色に染め上げた。更に、空中に発生した無数の石つぶでが光の珠を襲う。一瞬空間が歪み、その歪みが空間にかかる負荷を伝える。
だが。
その他の全てのアクションが、標的である薄緑色の光の球体に衝突した瞬間、その気配も見せずに霧消した。文字通り、命中した瞬間に周囲への影響力を完全になくし、只の無に帰る感じだ。
辺りは、先程までの静寂に戻った。
「……流石ですね、レーテ。
私たち神と呼ばれる存在が、貴方達人間にとっての高次の存在とは、もう口が裂けても言えなくなりましたね」
仮面のせいで表情は伺えないが、黒マントの存在は恐らく肩で息をしていた筈だ。言葉に少し呼吸の乱れを感じる。
少女は目を閉じたまま禅を解くと、ふわりと降り立った。仮面の存在とは対照的に、その仕草に疲れは全く見られない。
「今日は随分と短い時間でしたが……」
僅かに幼さの残る彼女は、二年半という月日を経て、美しい少女に成長していた。それでも、まだ大人の女性というにはまだ若干早いか。
体はそこまで丸みを帯びておらず、どちらかと言えば手足が伸び、すらりとして、以前の子供の時の体つきとも、大人の女性の体つきとも少し異なる印象だ。当然大人の顔つきに変わってきてはいるが、まだあどけなさも残している。
後ろで縛られた黒髪は、二年前と変わらぬ艶やかな輝きを保ち、冠によって目にかからぬように撫でつけられている。
少女の双眸は、少し吊り気味ではあるものの、元々目が大きく愛らしい顔つきのため、そこまで攻撃的には見えない。だが、一度決意すれば決して曲げぬ、岩をも貫き通す程の強い意志を裏付けるような輝きを漆黒の瞳に宿していた。通った鼻筋の形のよい鼻、微笑む薄い唇からは、白い歯が覗く。その表情からはごく自然に笑う事に慣れていることが伺える。
「いいえ、術を放った時間はいつもより短めでしたが、術に変換して放った『真』の量としては過去最大でした。それを全て『浄化』するのですから、たいしたものです」
胸の前で抱いていた錫杖を右手に持ち替えたレーテは、少し神妙な表情になる。
可憐な女神ザムマーグの言葉が、些か引っかかったからだ。
「私が二年半の間、この神殿でやってきた鍛錬と言えば、フィアマーグ様とザムマーグ様の強力な術を受け続ける、というものでした。後は、術を効率よく発動させるための『氣』のコントロールと『真』のコントロール。
それはちょうど、攻めに特化した相手と戦い、相手の攻め手を全部封じる技術の向上を目的としたような、そんな鍛錬であった印象を受けます。
これが、神賢者としての戦い方のヒントになる、という事なんでしょうか」
巨人は仮面を外した。
そこには、少女レーテとはタイプの違う美しい女性の顔があった。
その女性は年齢こそ不詳だが、文字通り絶世の美女だった。そして、この女性の姉であった女性も、同じように絶世の美女であるはずだ。ただ違うのは、この女性よりほんの少しだけ精悍さが勝っているところ。
「その通りです。
神賢者の戦い方は、魔神皇の繰り出す様々な術を中和し、地上を汚染させないようにするというもの。
以前話しましたが、本来であれば、貴方達神賢者と神勇者は、『魔』とのバランスを崩さないように戦わなければならないのです。
現状では、この星では私たちの方が『魔』より強い勢力を持っています。それに対し、『魔』は我々を倒してこの星での『魔』の勢力図を拡大しようと考えているのです。
ですが、我々はそれを阻止するだけでは駄目なのです。
魔神皇を倒さぬように力を奪い、撤退に追い込む。それが『優勢勢力』側の最終目標になります」
「倒さない程度に体力を消耗させる、ということですか? 生かさず殺さず、というか……」
「そういう事です」
レーテの表情が曇る。
意味が分からない。魔神皇を倒さなければならないのなら、体力を削って半死半生の状態で逃がすのではなく、いっそのこと圧倒的な力で瞬殺した方が、魔神皇も苦しまずに済むだろうに。実際にレーテたちが、それほどの圧倒的戦果を得られる実力があるのかはともかくとして。
それを、敢えて嬲るような事をする作戦をとるというのは、どうにも合点がいかない。
「……なぜ、そんなことを?」
そう問うレーテには、可憐な女神の美しい表情に少し憂いが浮かんだ気がした。
「『魔』という存在は……、とりわけ魔神皇のような強い存在については、以前は完全に不要なものとして考えられていましたが、今は壊滅させない程度に『魔』の勢力を残しておく、というのが鉄則となっています。
『魔』を絶滅させてはならない。
その理由は、魔を完全に滅ぼしてしまうと、我々も後に滅んでしまうからなのだと聞いています」
レーテは、相変わらず訳が分からない、とでもいうように首を傾げる。
「ニュアンスとしては伝わりづらいかもしれません。
神皇様のように、知識を全ての五感や第六感までをも用いて伝える力が我々にあれば、その考え方を伝える事もできるのでしょうが、私には貴女に言葉でしか伝える事が出来ない。
それが口惜しい。そして、それを伝聞調でしか伝えられないことも……」
レーテは、仮面を外した女神の憂いた表情を、真に美しいと感じた。人間の美女がどうこうというレベルではない。神々しさが女神ザムマーグを美しく見せているのか。それとも美しすぎて神々しく感じるのか。
ひょっとしたら、彼女たちは仮面を外しさえすれば、神から人間に戻れるのかもしれない。
兜を脱ぎ、白いローブを脱ぐことで、かつての可愛らしい少女に戻る事が出来るのかもしれない。だが、それは巨悪を退けてから。彼女たちはそう心に決めているのかもしれない。本来は神になどなりたくなかった、只の年頃の少女たち。だが、それが許されなかった才気煥発な乙女。使命を終えたら、只の人間の女の子に戻っても大丈夫だろう、と信じて。
そして、恐らくこの女神は知っている。『魔』を嬲らなければいけないその理由を。その憂い故の美しさなのだろう。
何の根拠もなく、おとぎ話のようなことをレーテは思ったのだった。
「あまり使いたくない表現ですが、この界元では、『妖』の勢力が圧倒的に優勢です。『魔』も存在していますが、その存在率は限りなく少ないといわれています。
そもそも、貴女方が言うところの生命体としての『妖』と『魔』は、全く同一の存在です。例えば、『妖』の犬と『魔』の犬は、生物的には同一種なので、交配も可能であるはずなのです。
ただ通常は、相手の事を受け入れる事がお互いに不可能であると言わんばかりに嫌い合っています。従って、双方がそのまま交配行為にまで至ることはなく、子孫を残すことは百パーセントありません。それどころか、むしろ同種としては稀有なほどに激しく殺し合うでしょう。
貴女が出会ったという『神闘者』。
彼らは、自分たちから見た貴女達との関係を『反人』と呼んでいました。それはつまり、反対の人間、という意味です。
存在エネルギーとしての反物質は、互いに衝突すればエネルギーを発して消滅すると言われています。しかし、今の人間たちは愚か、神々ですら尺度としてではなく漠然としか表現することが困難な『心』という、物量的に把握することのできないものがあります。
見ることはできないし、触ることもできない。数を数える事も出来なければ、大きさや重さを表現することもできない。しかし、間接的に何かしらある事だけは感じることはできる。客観的に存在を証明はできないが、皆が確かに存在を把握できる。
それは『魂』と言い換えてもいいかもしれないものです。肉体に宿る不思議な何か。
『魔』とは、それが相反する存在。高次の神々はそう定義しています」
可憐な女神は一度言葉を切った。そして、少女の顔をじっと見つめる。
「レーテ。貴女は『反魂』という言葉を知っていますか?」
「はん……こん、ですか? ごめんなさい、聞いたことがないです」
女神は微笑んだ。
「そうでしょうね。今は殆ど使わなくなりましたから。意味としては、死者を蘇らせること。そして、その効能を持つ薬を『反魂丹』と言います。
勿論、空想の産物です。
ただ、神やそれに準ずる者。そして、その高次の存在は、皆その薬の効果を再現する事が出来ます。勿論、貴女もその力を持ちつつあります」
その言葉を聞いたレーテの頭に一瞬よぎったのは、彼女にとって第二の親であったツテーダ夫妻の事だった。
夫妻は、三年前に豚の怪物に殺された。
もし、当時の彼女に今の力があったなら、あの時の豚の怪物を容易に退ける事が出来ただろう。
もし、夫妻が生きていたなら、ファルガと一緒に旅に出ていただろうか。いや、恐らく元気になったファルガを送り出し、陽床の丘ハタナハに残っただろう。
だが、その後にSMGのデイエン襲撃は発生しており、後の世に伝えられる『ラン=サイディール禍』にて命を落としていたかもしれない。あるいは、ハタナハで赤く輝く城塞都市デイエンを見て絶句していたかもしれない。その後は一体どうなっていたのだろうか。
そこまで考えて、レーテは横に首を振った。
夫妻が亡くなったから、今の自分がいるのではない。もともと自分はこうなる運命だったのだろう。けれど、夫妻を救える力が今ならある。だからこそ、当時その力がなかったことが、なお悔やまれた。
もし、巨悪との戦いが終わって生き残れたら、夫妻の元を訪ねてみよう。ひょっとしたら、蘇らせる事が出来るのかもしれない。
そんなことを考えたレーテだったが、その考えは間接的にザムマーグに否定された。
「傷や肉体の損壊が原因なら、≪修復≫で傷は治ります。体力の低下による心停止なら、≪快癒≫で肉体は活動を再開するでしょう。
ですが、体が健常になろうとも、傷が完治しようとも、『心魂』を体に留まらせることをしない限り、その人間は決して目を覚ますことはないのです。
その状態が、『死』。
勿論、死という状態に陥って時間がそれほど経っていなければ、処置次第では死んだはずの人間が蘇生し、目を覚ますこともあります。しかし、死後ある程度の時間が経過し、体の中に含まれるとされる『心魂』が完全に消失してしまうと、徐々に丹田が『氣』を作り出さなくなり、やがて肉体は弱っていきます。それまでに処置を講じる事が出来なければ、結果的に生体的な死を迎えることになります。
『氣』は時間が経つごとに『真』に変化していきます。
同じたんぱく質でありながら、『氣』で構成されているたんぱく質は、新しく『真』を取り込まない限り自身が『氣』であり続ける事ができなくなり、徐々に『真』に遷移していくという事。そしてついに、体は完全に『真』となり、生命体としての活動を終えます。それが『死』です」
レーテは思う。
確かに、ツテーダ夫妻の遺体は既にこの世には存在しない。
だが、もし仮にツテーダ夫妻の身体を復活させることができたとしても、そこに人間の心とか魂と称される『心魂』というものがないのならば、彼らの意識が戻ることはなく、結果的に故人は生き返る事はない、という事なのか。そして、もしまかり間違って生き返ったとしても、全く別の存在になっている可能性が高い、という事なのか。
幾ら体が同一人物であったとしても、魂が違えば個人としては似て非なるものだ。
どれだけ力をつけても、夫妻を生き返らせることはできない。
圧倒的なマナ術を使い肉体を生成し、圧倒的な氣功術でその肉体に生命力を注ぎ込んだとしても、その肉体に心が……魂が戻ってくることはないという事なのか。
そんなレーテの揺れる心中を慮ったザムマーグは、しばらく言葉を止めていた。だが、レーテの心がふらりとこの場に戻ってきた時、女神は話を続ける。
「『魔』と『妖』の違いとは、その『心魂』が違うのだと私は予測しています。
神皇様に尋ねても、明確なイエスノーの回答は帰ってきていません。ですが、返答がない時点で、その問いは当たらずとも遠からず、なのだろうと思っています。
ただ、我々が知るべきではない話なのかもしれません。神皇様が私たちに伝えない時点で、何かあるのではないかとは思っています。
……もし。
『魔』の『心魂』が我々のものとは真逆の何かを持っているとしたら。
勿論、種類の異なる生物の『心魂』という意味ではなく、同じ動物・生物でありながら、『魔』の『心魂』は『妖』の『心魂』の存在ベクトルとは真逆の存在なのではないか、という事です。
そして、その違いこそが、互いが互いを悍ましい存在と感じる理由なのではないか、と私は考えています。真逆なら受け入れられる要素は何もない、という事ですから。
ただただ互いの存在が不快になるというのもわからなくはありません。同族嫌悪の根幹と言ってもいいかもしれませんね。
『心魂』の構成が、我々が認知できるところのエネルギーと呼ぶべきものなのかどうかはわからないので、エネルギーという表現は敢えて使いませんけれども……。
もし、何某かのエネルギー的なものなのであれば、『心魂』と反する『心魂』をぶつけたら、物質と反物質が衝突すると高エネルギー……即ち『氣』と『真』……を放出して消滅してしまうという性質と同じく、双方の『心魂』が消滅してしまうのではないかということです。巨大な何かしらのエネルギー的な物を放出しながら。勿論それを我々が知覚できるかどうかは別問題ですが。
それを感じているからこそ、『妖』は『魔』を毛嫌い、『魔』は『妖』を禁忌としています。お互いが近づかないようにしているのでしょう。お互いに消滅しないようにするために。
ミクロの接触では悍ましさのあまり互いを排除しようとしますが、マクロでは無意識のうちに接触を極力減らそうとしている。だからこそ、魔神皇は神皇様とは直接戦わず、神勇者や神賢者を介して戦っている……。
『心魂』の規模が等しい神皇様と魔神皇が直接対峙すれば、双方消滅の可能性が高くなります。それほどの巨大な『心魂』同士がぶつかり合えば、お互いどころか、周囲の存在を巻き込んだ大消滅となりかねない。従って、魔神皇と戦うのは、戦力的に同等である別存在、神勇者と神賢者となる。
そう考えると一見して矛盾している『妖』と『魔』の行動に一定の法則が見いだせる気がします」
なんとなく不愉快だ。
その理由を、具体的に言葉では説明できない。
それは、現象として知覚していないからかもしれない。であれば、実体験をすることにより、より明確で強い感情を持つ事は出来るだろう。
『妖』と『魔』の『心魂』は、エネルギー的に相反する為、本来ならば衝突させてはいけないのだが、相手を効率的に排除しようとするなら、相手を自分達より少しだけ減らし、その上で一気に衝突させればよい。少しだけ多い方が確実に生き残る。
生き残る対象は、恐らく女神達よりも高次の存在だろう。自分達さえ生き残れれば、例え世界が消滅したとしても、また世界を作ればいい。自分たちが生き残るために少しでも対象を減らす、その選別行為実施の要員として神勇者と神賢者がいる。神の勇者と、神の賢者という大層な名前を冠されて。
だが、そこには何の根拠もない。そして、それ以上に神の更に高次の存在の想いをすべて理解できるとも思わない。
レーテは一瞬覚えた不愉快な感情を忘れることにした。
「……では、その『心魂』は、どうやって作られるものなんですか? 『心魂』がないと、『氣』で形成された物質に命が宿る事はないわけですよね?」
女神は悲しそうな表情を浮かべる。それは、レーテの質問に十分に答えられないことを意味していた。
「わからないのです。
ただ、神皇様は仰っていました。
『心魂』の存在が感じられるのは、『氣』が徐々に『真』に変異していくとき、或いは『真』に『氣』が触れることによって、『真』が『氣』に変化する時、とあるタイミングで限られた瞬間なのだ、と。
思うに『心魂』とは、『氣』が『真』に変化するまさにその瞬間……変化途中のとある状態でのみ、安定して存在できるものなのかもしれません。そして、その瞬間こそが、所謂生命体の誕生するチャンスなのかもしれません」
レーテはザムマーグの言葉にはもはや答えず、再び自身が禅を組んでいた場所に戻り、目を閉じて瞑想を始めた。女神ですら悩み、迷い続けている事に対して自分がこれ以上考えても結論は出ない、と判断したからだ。
勿論、『心魂』の話に興味がないわけではない。しかし、今レーテに求められているのは、魔神皇を名乗るグアリザムを倒すこと。しかも、この『魔神皇』については、名乗っているだけであり、実際にはグアリザムが魔神皇であるわけではない。
魔神皇がグアリザムという妖の神という存在に倒された。そしてその後を名乗っている。
ただそれだけなのだ。
今までの魔神皇に対する戦い方と、『巨悪』に対する戦い方は違う。だからこそ、神々は迷った。
今までの戦闘手法とは違う。だが、神皇が準備できる最大戦力は神勇者と神賢者のみ。ならば、『巨悪』と対するのにぶつけられるのはその者達だけだ。
「力はついたけども、結局どうすればいいのかは、実際に『巨悪』が来てみないとわからないってことなのね」
溜息をつくレーテの体を、再度薄緑色の球体が包んだ。
鍛錬あるのみだ。
これから訪れる未曾有の大戦闘を、神勇者となったファルガと共に生き残るために。
可憐な女神は、仮面をつけると姿を消した。
新しい神賢者は、今までの経験が通用しない相手にも怯むことなく戦う意志を持っている。それを今までの経験をもとに不安を煽っても仕方がない。
自分たち神々は、神勇者の、そして神賢者の戦いに協力するしかないのだ。




