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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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162/256

神闘者との戦い5

 恐ろしいほどの沈黙だった。

 先程まで轟音を伴い、砂浜を削り続けていた雷撃がぴたりと止んだ。

 その地鳴りは、強力な稲光が空気を裂く時のものとは全く異なっていた。それは、地面を穿つ程の大きな威力を持つ黒い稲妻が、浜の無数の砂粒を高圧力ですりつぶし瞬間的に蒸発させた際の炸裂音だろうと思われた。事実、穿たれたクレーターには、規則的な模様の描かれた砂が無数に存在したという。それは、落雷による高熱で砂浜の砂が一度蒸発し、再度冷却凝固したことを意味している。砂の粒が大きくなったものもあるのは癒着が進んだためだろう。

 人々の耳を撫でるのは波の音と風の音。そして、蒼い鎧の肩当てよりはためく真紅のマントの風を孕む音だけだった。

 その静寂を引き裂くように、天に向かって吼えた一人の男。その後、男は蹲った。

 時が止まったかのように、男はピクリとも動かない。そして、男を注視する者達もまた。

 その中の一人、レーテの唇から思わず零れ出る言葉が、雁字搦めになった者達の心と体を金縛りから解き放つ。

「ガガロさんが……、どうして? あの時には『黒い稲妻』に打たれても大丈夫だったのに……」

(あの時?)

 女神フィアマーグとザムマーグは、レーテの言葉に一瞬疑問を持った。

 だが、それも仕方のない事だろう。流石の女神達でさえも、自身が封印されている時の世界の状況を全て知ることは難しい。

 実は、ガガロは一度黒い稲妻の直撃を受けたことがある。

 半年ほど前の、カタラット国首都ワーヘでの戦いの最中だ。ワーヘ城の屋上という、閉じられた空間で行われたあの戦いでは、大陸砲に魅入られた仮王ゴウ=ツクリーバが、自らの体を生贄とし砲身となった。その大陸砲の結晶を巡って、レーテは父レベセスと共に、ギラ=ドリマと激しく争った。美しく悍ましい少女ギラと聖剣の戦士二人……レベセス=アーグとレーテ=アーグの戦闘中に、少女ギラの言うところの『選別の雷撃』が、無数に降り注ぐことになったのだが、その降り注いだ先は地上にいる者達のみではなかった。

 上空を飛ぶ鳥や、野を駆け回る小動物は勿論の事、ワーヘ城屋上に駆け付ける直前の、聖剣の勇者ガガロ=ドンですら黒い稲妻の直撃を受けた。

 その時でも、黒き心に染め上げられそうになるレベセスやレーテを尻目に、彼は『黒い稲妻』による影響をものともせずに行動を続けた。

 ガイガロス人には黒い稲妻は効かないのではないか?

 そう思わせるに十分なパフォーマンスをガガロは見せていた。彼が黒い稲妻を受けたのは明白だった。あの時の彼は、青白いガイガロス人特有の皮膚の色が、より黒ずんで見えたからだ。

 レベセスもレーテも、黒い稲妻に込められた『巨悪』のメッセージに侵され、肌が濃い褐色へと遷移していた。それと同様、ガイガロス人であるガガロの皮膚も褐色遷移を見せていた。それでも、ガガロの行動は被雷前のものと寸分違わなかった。

 彼は、大陸砲の光の奔流に飲まれたレーテを助け出し、彼自身は奔流に消えた。

 だが。

 『黒い稲妻』に打たれても、大陸砲のエネルギーの奔流に巻き込まれても平然としていたガガロが、現在眼前で苦しんでいる。尋常な苦しみではないことも、ガガロの苦悶の表情から見て取れた。

 果たして、ガガロは大陸砲台となったゴウのようになるのか。はたまた、ハンゾ達神闘者達が変身した、吐き気を伴うような悍ましい怪物群の一つになるのか。

 長い沈黙が落ちる。

「……グアリザムめ、あの雷撃が最後の力を振り絞った物だったか。そして、その成果を得おった」

 蹲るガガロを見ながら、精悍な女神は口惜しそうに呻いた。

「最後の……?」

 女神の口から出た言葉に、レーテは違和感を覚える。

 半年前から、黒い稲妻の発生頻度が急激に増した。その原因は、この星に近づく巨悪とこの星との物理的距離感の問題。レーテ自身そう考えていたからだ。つまり、攻撃対象の物理的距離が近づいた為、この世界に更に干渉できるようになり、精度を上げて複数回攻撃できるようになったのだと思っていたのだ。

 確かに、ここ数か月の『黒い雷撃』の頻度は異常すぎた。

 推測の域を出ませんが……、と前置きした上で、可憐な女神ザムマーグが口を開いた。

「『巨悪』にとって、今の状況は芳しくないのでしょう。

 その状況を打開するべく、物理的な距離があり、攻撃には不向きな筈の『彗星城』からの攻撃に力を注いでいます。その理由は、攻撃を完遂させることが出来さえすれば、その後の二年間、具体的に何の手段も講じず、休息をとった状態でこの星に到着したとしても、グアリザムの目的であったこの星の制圧が容易になるからです」

「……ところが、彗星城からの攻撃が、思いの外我々の戦力を削るに至らなかった」

 フィアマーグは、ファルガを示しながら話を続ける。

「その原因は、ファルガの異常なまでの成長速度。

 ……先の大戦から三百年近く経過したが、それまではあの者にとって安泰だった。

 たまに力を持つ者が生まれても、その力を継承する技術も制度も失われていた昨今、その者の寿命は尽き、力の継承はまたゼロからのスタートになる。

 帝国イン=ギュアバは壊滅し、神であった『巨悪』は世界を裏切り、伝承する知識と技術を持つ我々も封印されてしまっていたからだ。

 先の大戦で消耗しきったあの者は、脅威のない状態で体力の回復を図るつもりだった。

 あの者は安心しきっていただろう。自身が再度この星に攻め込むにあたり、かつて衰退させたこの星の力がそのままの状態で存在し続けるならば、三百年の時を経て、その続きを行なえばよいだけだからな。

 だが、飛び抜けたセンスを持つ者達が聖剣を手にし、ものの半年で第三段階に到達した。そして、ファルガに至っては今や神皇様がご準備されていた、超神剣の開放に必要な聖具すら使用せずに封印を飛ばしてしまい、実質超神剣を身に着けてしまった。戦闘能力だけなら、恐らく先代の神勇者……この私の当時の戦闘能力に比肩するだろう。

 以前までは、その時代時代でのキーマンになりそうな者にグアリザムが黒い稲妻を落とすことで、神勇者候補となり得る者達が、自然の流れで処分されていくよう仕向けていた。その手法こそが、『巨悪』の力の消耗を最小限にし、最大限の効果を得る方法だったからだ。

 だが、ここにきての神勇者候補たちの加速成長。

 奴は慌てて被雷者を増やし、『神闘者』を名乗らせ、それぞれの者を討とうとしたが、それもうまくいかなかった。今回の黒い稲妻の大量落雷も、せめて一番脅威となる神勇者候補だけでも抹殺できれば、と考えての行動だっただろう。

 だが、その行動の結果、超神剣装備が復活してしまい、かつファルガが身に着けてしまった。奴からすれば悪手だった。

 もはや、遠隔の地で力の戻っていない自分では対処できないと悟ったあの者は、ファルガに唯一対抗できる力を持った神勇者候補であったガガロを、最後の神闘者かつ最大最強の駒にしようとした」

 レーテは青ざめ、被雷により苦しむガガロと、超神剣の装備を身に纏うファルガとを見比べ続けた。

 『巨悪』の策を完全に断ち切るには、今ここでファルガがガガロに止めを刺せばよい。元々恐ろしく強大な力を持つガガロが、神闘者としての戦闘能力を得る前に。

 単純な話だ。

 だが、例え聖勇者から神勇者に成ったとはいえ、彼の気性の根本は変わらない。

 少年ファルガ=ノンなのだ。

 彼が、まだ戦う術を持たぬガガロを攻撃し、屠る事などできはしないだろう。真剣勝負を望む、なとどいう表現を彼は使わない。だが、彼は手を出せない。一方的な虐殺になりかねないから。

 女神たちは勿論。神賢者候補のレーテですら、わかっていた。

 唸り声を上げつつ蹲るガガロに対し、彼らは止めを刺すことも、手を貸すこともできずに立ち尽くしているしかなかった。


 人影が上空にいた。

 ドレーノ国の第一位サイディーラン、ハギーマ=ギワヤの元第一正室にして、働くサイディーランとして名を馳せた美しい少女、ギラ=ドリマ。黒い稲妻を浴びてからは、それまでの勤勉さがマイナスに作用し、邪悪の限りを尽くそうとした。

 少女はドレーノ国首都ロニーコを離れて以後、一度も夫の元には帰っていない。元々、ドレーノンの立場を改善する為の政略的な結婚だ。そこに愛などない。

 夫? そんな表現を今、用いられたなら、少女は狂ったように笑うだろう。

 ギラはその類稀なる才能を使い、カタラット国で大陸砲争奪戦に参じた。

 ワーヘ城の屋上にて、大陸砲の砲台と化したゴウを利用し、大陸砲が集めた『真』を使い、大陸砲を奪取しようとするレーテとレベセス、そして、ゴウを大陸砲の呪いから解放しようとするスサッケイと他の『影飛び』の面々を相手に、一人で渡り合った。

 あの戦いにおいて、彼女が撤退を余儀なくされた後、黒い稲妻を通じて『指令』という名の衝動に襲われることはなかった。

 だが、もはやドレーノ国には戻れない。当然カタラット国にもいられない。

 ギラは、自身の居場所を無くし、黒い稲妻に打たれることもなく、徐々に元の聡明な少女に戻りつつあった。だが、感情が元に戻りつつあっても、過去の記憶ははっきりと残っていた。

 彼女は、名ばかりとはいえ夫であったハギーマに虐待の限りを尽くし、また、嬰児を食物として要求した自身に嫌気がさし、一時は死を選ぼうとした。しかし、それすらも逃げであると結論付け、彼女も自分が出来ることをやりながら、死が自身を受け入れてくれるまでの間、行動をしていく事を何となくであるが選択していた。

 人の傍にいてはいけない。

 その強迫観念といってもよいほどの強い心的外傷を抱えながら、黒い稲妻によって引き出されたその能力を使い、人目をはばかるように移動していた。

 そんな彼女が、黒い稲妻の波動を感じ、それに引き寄せられるように黒い神殿のある南の島を訪れたのは偶然ではないだろう。

 少女が島に到着したのは、ファルガが超神剣を纏い、神闘者と化した『影飛び』の兵士たちを滅し、ガガロに巨大な黒い稲妻が落ちた瞬間だった。

 少女は、幾つもの巨大なクレーターの穿たれた砂浜に降り立った。そこで、彼女は蹲り唸り続けるガガロを発見する。

「あの稲妻は、私が受けたものとは比較にならない程に巨大なエネルギーだ。稲妻が与える力はより強大だが、あれほどの稲妻を私がこの身に受けたなら、私の体そのものが暴走し、恐らく人の姿を保っていることはできないだろう……」

 突然、少女の背筋を悍ましい感覚が走る。

 何か、とてつもなくねっとりした生臭いもので背中を撫でまわされるような、不快な感覚。

 これは視線だ。

 誰のものかはわからないが、彼女の分からぬどこかで、彼女の一挙手一投足を監視している。以前はこの視線を酷く崇高なものだと感じていたというのだから、人間の感覚というものは恐ろしい。

 遠くに見える蒼い髪の男の体が、一回り大きくなったような気がする。目の錯覚なのか。

 いや、明らかに体が膨張している。と同時に、容姿の変形も確認できた。

 男の後頭部からゆっくりと一対の角が生え始め、背中も何か盛り上がってきているように見えた。服を着ているので、単なる服の盛り上がりにしか見えなかったが、その服が弾け飛び、皮膜の翼が姿を見せたのはそれからすぐだった。

「があぁァァァッ……!」

 叫び声を上げた男の声が、徐々に野太くなる。

 これはもはや人間の咆哮ではなかった。

 ゆっくりと立ち上がったその姿は、蒼い体のドラゴンだった。


「ガガロ……! 一体何なんだ、あんたは!?」

 眼前の男の変化に、少年ファルガは思わず叫ぶ。

 冷静に考えてみれば、哺乳類人であった者達が過剰なエネルギーを投与され、悍ましい怪物へと姿を変えているのをファルガは幾度も目撃している。爬虫類人が同じ状況に陥っても、同じように怪物に姿を変える可能性は十分にあるだろう。

 ただ爬虫類人だけに、ドラゴンに変身してもおかしくはないだろう。今回もまさにそのクチなのかもしれない。

 だが、ファルガにしてみれば、自分の手の届かぬほどの圧倒的な強さを持つ戦士だったガガロが、黒い稲妻に屈したことそのものが、どうにも我慢ならない事だった。

 青竜戦士族ともいわれるガイガロス人の『ドラゴン化』を、少年ファルガ=ノンが知る筈もない。そして、このドラゴン化はガイガロス人の悲劇を招く原因になった姿でもある。

 今となっては滑稽と一笑に伏させるような内容が、一族の中でまかり通っていた。

 かつて『ドラゴン化』は、忘我で命尽きるまで暴れ続けるとの言い伝えから、一族を滅す可能性のある禁忌とされた。その結果ガイガロス人の国では、『ドラゴン化』は排除の対象となった。それどころか、『ドラゴン化』の兆候が見えた者も排除の対象になったという。『ドラゴン化』した者は、正気を取り戻すことはないとされ、一族を挙げて抹殺された。その負の価値観の影響は根深く、『ドラゴン化』した後にまた人の姿に戻る事の出来たガイガロス人ですら、二十四時間の監視がつけられ、異常があれば直ぐに処分された。そんな現状を憂いて自ら命を絶ったのも一人や二人ではない。

「一族郎党に邪険にされ、排除されるくらいであれば、生きていく意味などない」

 追い詰められたガイガロス人たちは、そう思ったに違いない。もっとガイガロス人が自身の身体的特徴について興味を持ち、種として自分たちを調査していれば、このような悲劇は起きなかったはずだ。

 ガガロは、ある男と戦うことで『ドラゴン化』の制御法を確立した。

 それは、ガガロという人間の努力の成果であり、種の限界に対して挑戦した結果でもあった。ただ残念なことに、ガガロが『ドラゴン化』の制御に成功したのは、殆どのガイガロス人がこの地を去った後だった。

 ガイガロス人の『ドラゴン化』とは、個体が危機に陥った時の自衛反応で、大幅な戦闘能力向上と体長の増加を齎し、外敵と戦うために必要な生体機能であった。そして、元々は爬虫類人であることの証でもあった。

 ガイガロス人に限らず、他の爬虫類人も死を賭した戦闘に入る際、戦闘形態に変態したという。

 『ドラゴン化』そのものは、戦闘に直面する際の過剰な感情の高ぶりで起こるものであり、それは鍛錬さえ積めばコントロールする事は可能であった筈だった。

 だが、脈々と受け継がれた先入観により、ガイガロス人自身が『ドラゴン化』という現象をきちんと調査する前に、『種の特性ではなく精神的な病によって自我崩壊を起こした結果、その変化が容姿に発現したのだ』と結論付けられてしまっており、調査対象を抹殺してしまっていたのは、残念ながら種の愚かさ以外の何物でもないだろう。老若男女、ガイガロス人の貴重な命が、結果的に幾つも失われてしまった。

 だが、他の爬虫類人種も、形状変態という『種の特徴』にはかなり苦しめられたようだ。

 とある爬虫類人種は、感情の高ぶりによる変態を道楽に用いた他、種族間抗争の兵器としても用いたため、その個体数を減らし、結果生存競争に敗れてしまったという。また、別の種は、変態を思想的に禁忌とした結果、他の爬虫類人種に滅ぼされたとされる。

 そういう意味では、爬虫類人種の変態を禁忌として捉えたものの、思想的な害悪としてまでは捉えなかったガイガロス人は、結果的に種として長く存続する事が出来たわけで、それは皮肉といえば皮肉だ。そして、この変態能力の解釈の為、『ガイガロス』という爬虫類人種が、過去に乱立した爬虫類人族を差し置いて、最終的に爬虫類人間の生存競争を勝ち抜く事が出来たのだ、という事を証明したのも、稀代の考古学者であったファルガの父であった。

 『ドラゴン化』のように、戦闘形態というものが存在するのが、爬虫類人の特徴の一つだったが、とりわけ強力な変化をするガイガロス人に対し、他の爬虫類人はそこまで強力な存在に変化しなかったのが、研究の結果明らかになっている。

 そして今回、ガガロが強制的に変身させられたのは、黒い稲妻の直撃で過剰なエネルギー供給がなされ、興奮状態に陥った為であることに疑いの余地はなかった。


「グオオオオオ……ン!」

 ドラゴンと化したガガロは、大きく身を仰け反らせ、苦しそうに頬まで裂けた口蓋をカッと開くと、青白い光の帯を吐き出した。何発も何発も、爆音と閃光を伴う青白い光線を空に向かって吐き続ける。

 青白い光の帯が凄まじいエネルギーであることは、誰の目にも明らかであった。しかし、それをコントロールしているとは到底思えず、のたうつ様に吐き出される光の帯は、ともするとドラゴン化した者の断末魔の可視光線とも捕らえる事が出来た。実際、エネルギーを吐き出す度に、口蓋は焼け焦げ、口の周りに青い出血が見られた。

 ガガロであった蒼いドラゴンは、血走った双眸を突然ファルガに向け、忌々しげに短く吼えると、青白い光の帯を吐きつけた。

 ファルガは後方に跳躍することで回避するが、ドラゴン化したガガロは、まるで元々それを使いこなしていたかのように、標的となったファルガに照準を合わせて、光の帯を吐き出し続けた。

 超神剣の装備を身に纏い、身体能力が向上しているとはいえ満身創痍のファルガと、先程まで戦闘に従事していない上、黒い稲妻により異常なまでのエネルギーを供給されたガガロとの戦力差は歴然としていた。

 蒼きドラゴンの吐き出す光の帯を、余裕をもって回避していたはずのファルガの動きが徐々に鈍くなり、回避が紙一重になっていく。直撃するのも時間の問題だった。

「ドラゴン化したガガロが幾度となく放っているあの光は、一発が≪八大竜神王≫と同等の威力があります……」

 眼前で繰り広げられる戦闘に愕然とするザムマーグ。彼女の口から洩れた言葉は、レーテを愕然とさせた。

「元々、帝国イン=ギュアバの作り出した大陸砲を始めとするエネルギー収束型の兵器は、≪八大竜神王≫を道具術で再現したもの。『氣』と『真』という収束するエネルギーの差はあるが。

 その≪八大竜神王≫をあれほど速射できるガガロの今の身体的な強さは、もはや我々を完全に上回った……。

 グアリザムめ、奴は最後にとんでもない『兵器』を手に入れた……」

 ファルガは、≪天空翔≫を使って空を駆け、何とかガガロの攻撃を回避し続けていたが、ついに青白い光の帯がファルガを捉える。直前に更に体を捻じる事で直撃は避けたものの、エネルギーの奔流の巻き起こす波動に飲み込まれ、きりもみ状態で砂浜に墜落した。

「ファルガ!」

 レーテは思わず飛び出し、ファルガの元に駆け寄った。

 少年は息遣い荒く、何とか四肢を支えながら体を起こしたが、満足に動く事が出来ない。

 駆け寄ったレーテは、無意識のうちにファルガに対し≪快癒≫の術を施していた。

 ガガロの追撃のエネルギーが二人の元に到達する時には、少しだけ体力を回復したファルガは動く事が出来るようになり、レーテを脇に抱えて上空に逃げることに成功する。

「なんで来たんだ!」

 思わず叫ぶファルガ。だが、レーテも負けてはいない。

「なんで、ってどう見ても危なかったでしょう!」

「そ……、それはそうだけど……」

 思わず叫んだファルガは、それ以上の剣幕でレーテに返され、閉口する。

 ややあって、少年の口から出たのは、感謝の言葉だった。

 レーテは驚いて目を見張る。

 ファルガの口から感謝の言葉など聞いたことのなかったレーテ。とはいえ、ファルガが今まで全く感謝をしなかったわけではない。

 今まで彼女にとって、戦闘中の自分はファルガに守られるだけの存在であり、自身は彼を助けたり護ったりしたことなど一度もない。その意識があったからこそ、戦闘中のファルガに礼を言われた少女は言葉に詰まった。

 まさか、自分が戦闘中にファルガに礼を言われるようになるとは。レーテは無意識に流れ出した嬉し涙を、これまた無意識に手で拭った。

 だが、当面の危機だけは回避したものの、状況的には何も改善していない。

 万全の状態のガガロと、満身創痍のファルガ。そして、当のレーテは、聖勇者としては第三段階の力を得、神賢者としての鍛錬にも取り掛かり始めたとはいえ、如何せんこの戦いに加勢するには力不足は否めない。

 この戦局は、ファルガとレーテにとってはどう見ても不利だった。

「一度、神様たちの所へ!」

 レーテは頷く。

 ファルガは次のガガロの攻撃の瞬間に、一度回避しながら女神たちの元に飛び、レーテを預けてから、改めてガガロとの戦闘に向かうつもりだった。

 だが、そこでファルガは、足元の砂浜に一人の少女を発見する。

 ファルガは直接の面識はない。だが、レーテにはあの少女に見覚えがあった。

 美しき少女。

 恐ろしい程に術に長け、聖勇者であった父と娘を相手に、たった一人で互角の戦闘を繰り広げた少女。

 ギラ=ドリマ。

 少女も、上空を舞う蒼き鎧の戦士には気づいているようだった。

「あの人……」

 思わず呟くレーテの言葉の続きを促すファルガ。

 少なくとも、この南の島にいる時点で、普通の人間であるはずはない。浅黒い少女からは、先程まで感じた神闘者の悍ましさ程のものは感じなかったが、それでもいわれのない不快感を覚えたのだった。

「私、あの人とカタラットで戦った……」

 やはり、とファルガの口角が上がる。だが、この笑みは歓喜の笑みではない。どちらかというと諦めにも似た失笑だった。

 最強の戦士となったガガロは、黒い稲妻の影響で巨悪グアリザムの手先となり、破壊の限りを尽くそうとしている。そして、更に黒い稲妻の被雷者、大陸砲の集めた『真』を己の手足以上に使いこなした、浅黒い美少女ギラ=ドリマの出現。

 この二人を何とかしないと、この先はない。

 ファルガは女神たちにレーテを預けると、彼女たちと巨竜との間に立ちはだかった。

 不思議な感覚だ。

 周囲に悍ましさが満ち溢れる。立っているだけで眩暈を覚え、吐き気すら催す。

 ガガロは完全に神闘者……今となっては巨悪グアリザムの軍門に下った裏切り者の意味合いしかない名称……になったのか? あのギラという少女は、やはり神闘者としてファルガたちの前に立ちはだかるのか? 倒すしかないのか?

 ファルガは背の大剣に手を掛け、双方の様子を伺った。

 ガガロとギラ。先制してきた方を先に倒す。倒したくはないが、仕方ない。今ならわかる。二人とも元はこちら側の人間だった。だが、あの『黒い稲妻』の影響で、『巨悪』の手先になってしまった。不本意とはいえ、その類稀な能力をグアリザムに搾取され、この世界に害なそうというなら、倒すしかない。

 だが、次の瞬間、予期せぬことが起きた。

 巨竜ガガロが跳躍し、ファルガを飛び越え、少女ギラに対して飛びかかったのだ。

 流石のファルガも度肝を抜かれ、身動き一つできなかった。自身に仕掛けて来るであろうありとあらゆる攻撃にカウンターを仕掛けるつもりであったファルガでも、自分に対して向けられていない攻撃に対してのカウンターを発動させることはできない。

 ドラゴン化した蒼き戦士ガガロは、少女の手前で停止すると、少女に覆い被さるように庇った。

 青い空からの黒い一撃から。

 女神はガガロを変態させた黒い稲妻が、最後の一撃だと言った。

 だが、実際にはもう少し巨悪は余力を残していたようだ。攻撃力を完全に失う前に、もう一人の黒い少女を戦闘員として確保する為に、巨悪は『黒い稲妻』を放ったのだ。一度洗脳に成功していれば、また容易に洗脳できるだろうとの目論見の元。

 ガガロは気づいていた。

 立て続けに『黒い稲妻』の攻撃を受け続けていた少女の体ももう限界だった。次の一撃を受ければ、化け物と化した他の神闘者と同様、少女ギラも変態を開始していたはずだ。

 それを防ぐために、ガガロは最後の黒い稲妻の攻撃から、身を挺して少女を護ったのだ。

 だが、黒い稲妻を受け続けていたガガロの体も、限界だった。

 過剰なエネルギー供給は、ガガロの体を蝕み続けていた。そして、最後の黒い稲妻の一撃が、ガガロの体のエネルギー含有のキャパシティを超えた。

 ドラゴン化したガガロの体は、過剰なエネルギー供給をその身に受け、爆散した。

 その爆発は周囲を巻き込む大規模なものになる筈だった。だが、『黒い稲妻』によって付与された規格外の力は、外に弾けることなく内側に向かい、強力な『洞』を創り出した。そして、爆発のエネルギーをほぼその中に収め、爆発でも消費されずに残された殆どの力を使い、どこかに転送されたのだろう。爆発が起きたと感じた次の瞬間には、ガガロもギラも、この世界のどこにも存在しなかった。

 ファルガは眼前で起きた事態に、二の句が継げなかった。女神たちとレーテがその場に駆け付けた時ですら、ファルガはピクリとも動けない。

 それほどに少年にとって衝撃的な出来事だった。




「ガイガロス人の『ドラゴン化』は、ガイガロス人が自身の命の危険を顧みず、敵の排除のみを目的とした状態にまで感情が高ぶった、所謂リミッターの外れた状態の戦闘形態だ。余りにその形態でいると、体にも心にも異常をきたす。

 ガガロは、『黒い稲妻』によって強制的に力を注入され、外的な力によりドラゴン化をした。あれ以上の『黒い稲妻』の直撃を受ければ自身の体のバランスが崩れ、爆発することもわかっていただろう。だが、あのギラという少女も限界だった。あれ以上稲妻を受ければ、やはり怪物化した。

 ガイガロス人は、受けたエネルギーを吐き出し続け、使い切ることで元の姿に戻ることはできる。かなり強引な方法ではあるがな。

 だが、少女の変身は、体組織を完全に破壊する為、元に戻ることはできない。

 自らの命と少女の命を天秤にかけ、少女の命を取ったという事だ……」

 黒い神殿に戻り、戦いの傷を癒すファルガとレーテ。

 女神の施す≪快癒≫は、人間であるレベセスたちの施すそれに比べ、精度が高く、非常に早い時間で回復する。

 ファルガは聖台に超神剣の装備を置き、ボロボロになった装束のまま横たわり、女神の治療を受けていた。

 レーテはその横で、元神賢者である女神ザムマーグの様々な所作を見ながら学んだ。

 我流に近いながらそれなりに効果のあった術も、神が使えば大きな効果を生むことを目の当たりにし、レーテはザムマーグの元で正しい術を学ぶ決意をした。

「勿論そのつもりですよ。この星の運命は貴方達に託すのですから」

 ザムマーグは笑って答えた。


 治療を受けている間、ファルガは神妙な顔をしていた。

 彼には、何故ガガロが最後にあの行動をとったのか、理解できずにいたからだ。

 結局、ガガロが守ろうとしたあのギラという少女も、ガガロとともに消えてしまったではないか。共倒れになる事を狙っていたのか? それとも、あのギラという少女からファルガたちを遠ざける為の処置だったのか。

「悩んでいるようだな、ファルガよ」

 フィアマーグはファルガの傍に立つ。

「だが、そこに思いを馳せるのは、二年半後の戦いに勝利してからだ。この戦いに勝てねば、未来はない」

 フィアマーグの言葉に、ファルガの表情が引き締まる。

「治療が終わり次第、お前を神皇様の元に連れていく事になる。時間はない。早く体を治すことに専念せよ」

 そういうと、フィアマーグは姿を消した。

「フィアマーグ様は?」

 レーテの問いにザムマーグは、わからないと答える。

 だが、その言葉に反し、彼女にはおおよその予想はついていた。

 彼女は、三百年前に共に生活をしていた、皇帝兵器イン=ギュアバの元に行っているはずだ。

 あまり現世に関わってはいけない神という立場。直接人間に教示をすることを是としないフィアマーグは、今カタラットで戦いに備える者達に直接自身の言葉や考えを伝えるつもりはなかった。

 だが、三百年前の大戦で、自らの命と体を投げうち兵器となった幼馴染は、彼女にとって特別の存在だったのだろう。彼を通じて、ファルガとレーテの現状を人間たちに伝え、少しでも関係のある者達を安心させようとしているのだろうか。

 フィアマーグなりの、わずかに残った人としての思いやりなのかもしれない。

 翌日、フィアマーグは完治したファルガを連れ、神皇の元に旅立った。

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